094:どんな味わいでも喰らい付いたらとことん最後まで喰らい尽くすスタイル
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スッポン鍋である。
どうやら喫水域でもあるようで、その巨大スッポンはコンカラム内海の主的な存在であったとか。
しかし、小人族からも特に信仰とかはされていなかったので、小袖袴の少年に釣られそのまま食材にされる哀れとなった。
「スッポンって美味しいの?」
あたかも食べられないモノを食べ物のように捉えた上で自ら疑問を差し挟む形式の文法。具体例、『連休って美味しいの?』。
などと、怯えた目で距離を取っているのは、日本の現代っ子にして大学生兼グラビアアイドル、美貌の女重戦士、姫城小春だ。
スッポンは馴染み深い存在だが、かと言って食べた事のある者はそう多くない。
どちらかというと精力増進などに用いる珍味、という印象を持つ者も多く、その見た目から嫌厭される事もままあった。
特に今回釣り上げた相手は、それこそ平屋一戸建てか中規模なコンビニ店舗くらいある、巨大な獲物。
よく勘違いされるカメに近い姿からも、モンスターの類と思われても仕方なくはあっただろう。
ところがさにあらず。
スッポンとは美味な高級食材なのである。
「肉はクセが無いし旨味のある出汁が出る美味しい食材だよ、スッポン。こんなにデカイのは流石に初めてだけど」
と、なにげに日本随一の良家、『村瀬』の御子息である悠午は、食べるのも調理するのも慣れていた。
本来は2~3日真水に入れて泥を吐かせるところだが、今回はディナーまで時間もないので裏技を用い、生きたまま高速水流にさらし内側から洗い流す。
然る後に頭を落として絞め、熱湯にぶち込み皮を剥ぐ。例によって大鍋も金“気”ででっち上げており、真水ジェット水流といい五行の奥義大安売りであった。
皮を剥いだ後、甲羅を切り食べられない内蔵を取り出すと、残った内蔵と肉とをぶつ切り、というかサイズがサイズなので滅多切りに。
カメと違いスッポンの甲羅は、回りの部分がコラーゲンの塊で『えんぺら』ともいい食べられる。
冒険者のおっさんの悲鳴を無視し、鍋にしこたま酒をブチ込みアルコールを飛ばした後、地元のサカナの干物と塩と野菜もあるだけ投入し、最後にスッポンの具材を放り込んだ。
しばらく煮込みながら灰汁を取り、完成。
「おほぅッ!? コイツぁ効くなぁ…………」
「ン゛ー、そうなのか? どれ試しにひとつ…………おゥ!?」
スッポンの血は滋養に富んだエキスの塊である。実は血液というのはだいたいそうだが。
おっさん冒険者とゴリラの親分が飲んでいるのは、それを酒と割った物だ。
料理に使った酒を少し分けておいたものであり、悠午としてもこれで機嫌をなおしてほしい。
飲んだ本人たちに曰く、思ったほどクセも無くあっさりイケるとか。呑み過ぎには注意して欲しいものである。
基本的に足のあるモノは何でも食べるという獣人族だが、それでもわざわざ『カメ』を食べようとは思わないらしい。
つまり、案の定というかスッポンもカメの同類と思われていた模様。
噛み付くと放さない始末に負えなさも、食材として見なし難い遠因のようである。ましてや悠午が吊り上げたのは、内海の主のビッグサイズだ。
そんなナマモノを鍋に仕立てたとあって、獣人一同と地元民の小人族は、酷く懐疑的な顔色だった。
「いやスッポン美味しいけどさぁ……それ以前にコレ、ほんとにスッポンかぁ?」
「小夜子ちゃんはー……スッポン食べたことあるんだ」
お嬢様育ちのジト目、御子柴小夜子は、それなりに好きらしい。それでも鍋から若干顔を出している頭部に引いている。食べやすい大きさに切るとかしろや。
隠れ目の女の子、久島果菜実は経験者であるジト目の服の裾に掴まり、身構えていた。ヤバい味だったら自分の分も食べてくれないかな、とこの少女にあるまじき思考が浮かぶほど追い詰められている。
若奥様、梔子朱美は夕食に出したことがあったが、ご主人と効果を実感するには至らず、またそんなことを未成年の女の子達にいうワケにもいかず黙っていた。結婚生活の難しさであろう。
「見た目はなんというか……ですが、いい香りですね」
灰色のブヨブヨした皮に、やや黄身ががかった白い肉。しかしなんとも食欲をそそる匂い。
爆乳魔道姫は大鍋を横目で見て、首を傾げて判断に迷っていた。
とはいえ、今までこの師匠が作った料理で不味かったためしもないが。
「うん醤油がなくてもイイ感じだわ。みんなー、ごはんできましたよー」
小袖袴に襷掛けした板前青年としても、まぁまぁ納得の出来。
世界中で地の食材を使った料理をするのが当たり前の悠午にとって、材料が足りなくても創意工夫を凝らすのは毎度のことだ。醤油が無くてもいまさら気にしていられない。
武道のみならず、調理の技量も若くして達人級。
一団の仲間も、獣人や小人族たちも、その技を存分に味わい尽くすこととなった。
なお、米は前日までに使い果たしたので、〆にはウドンを用意した。
◇
深夜である。
スッポン鍋は少しマズかったかも、と板前の悠午は思った。
不味くはなかったのだ。ただ、拙かった。
まず、一口食べた獣人たちの間で戦争になった。鍋という領土の支配権を窺う、仁義なき戦いである。
神話の時代より獣人種として複数の氏族が共存していたのに、まさかの分裂の危機。
凄まじい旨みの詰まった巨大スッポン鍋には、それだけの魔力が漲っていたのだ。
最も強かったのは、お肌プルプルになると聞いて『えんぺら』を独占した女性陣だったと思われるが。
なお、戦争は〆のウドンを投入する段で和平となった。
これが獣人種族の中に亀裂を入れていないか、小袖袴のヤツは祈るばかりである。
小人族の各ご家庭から掻き集めた酒により、前日に続き開かれた酒宴は真夜中にまで及んだ。
しかし、悠午の仲間たちは昼間の修行の疲れもあって、早々にダウン。ゴーウェンも早く酔いが回り、無念のまま宿代わりの族長の家に戻った。
そうして宴も自然とお開きになり、村中が静まり返った、夜明け前の最も暗い時刻。
族長のクロップは静かに家を出ると、少し離れてから全力で闇の中を走り始めた。
まずは隣の家へ、小さな体を更に縮ませるようにして、他の誰も起こさないように家人だけ起こし、今すぐ村の外へ逃げるように言う。
その際に、同じように出来るだけ多くの者へ声をかけるように、しかし決して獣人やヒト種の冒険者達には気付かれないようにと言い含めた。
子供のまま大人になったような小人族の長が、必死の形相で村の中を駆ける。
夜遅くまで馬鹿騒ぎをする獣人たちに、どれだけやきもきさせられた事か。
エルフから聞いていた決行時間は、最もヒトが無防備となる、夜明け間近。つまり、もう今すぐはじまってもおかしくはない。
それまでに、出来るだけ多くを、そして自分もこの村から逃げ出さなければならなかった。
だというのに、この忙しい時に族長の前に立ち塞がる人影が。
「何をそんなに急いでいる? クロップ。まるで村を捨てて逃げ出そうとしているみたいじゃないか。あの時はエルフの顔色を窺って私の方を追い出したくせに。それで新しく作った村を、今度は捨てるの? ねぇ……クロップ」
「おぉ、お前…………『ミース』か!? どうしてお前がここにいる!!?」
感情が全く篭らない、平坦な声で語りかけてくる人物が、暗闇の中からゆっくりと姿を現してくる。
斥候職ならではの、身軽な服装と嵩張らない装備。
日に焼けた肌に、普段は屈託のない表情を浮かべている中性的な容貌。
それは、少年のように小柄なヒト種、ビッパ、ではなく、小人族にしては背の高い少女、ミースであった。
旧知の、しかしこの上なく会いたくなかった相手の姿に、族長の顔は真っ青になっている。
過去の仕打ち、謝罪、命乞い、帰郷の歓迎、と様々な言葉が浮かぶが、すぐに何を最優先すべきかを思い出した。
「い、今はお前に構っている暇なんかないんだ! エルフ様が儀式をする前に、出来るだけ皆を村から逃がさないと――――!!」
「相変わらずエルフの顔色ばかり窺っているのか……。あの時は大勢の村の仲間を、今度は村その物を? いったいどれだけの犠牲をエルフに払えば目が覚める?」
「うるさいッ! お前のようなヤツに……! 英雄になるようなヤツに何が分かる!!?」
だがそんな最優先事項も、最も我慢ならないところを突かれて頭の中から吹き飛んでしまう。
「我々はこの大陸で最も矮小な種族だ! 過去の英雄やお前のようなヤツが出る方が間違ってるんだよ! 比翼族のように飛べない! 獣人のように爪も牙もない! そんな我々がこの大陸の中でどうやって生きる!? 支配者のエルフに逆らって生きていくなんて、皆を危険にさらす事を喚いたお前なんか、俺じゃなくても誰だって非難したさ! お前が追放されたのは種族の総意なんだよ!!」
小人族の族長、などという重責を背負わされ、クロップにも鬱積するモノがあった。
英祖の連盟の一角、などと偉そうに言っても、現実に小人族は弱い種族なのだ。それに、自分と同様大半の同胞は、望んでそんな地位に至ったワケではないと思っている。
それにエルフも、結局は小人族を尊重したりはしない。
黒の大陸との戦争の為、という建前で収穫の大半を接収していき、そして必要とあればご立派なお題目を用意し、際限なく犠牲を求めるのだ。
そんな身の上を望んで受け入れたりするものか。生きる為に必死なのだ。
それを、さもお前が悪いというように責められるのは、断じて許せない。
特に、同じ小人族でありながら、以前から強い力と意志を持ち、自由気ままに生きていたこの幼馴染にだけは。
憎悪剥き出しのクロップを、冷めきった目で見下ろすミース。
何を言っても、それは誇りなき奴隷根性にしか聞こえないし、実際のところそれを今更糾弾しようとも思わない。
ただ平穏を望む故に、奴隷に甘んじそれに異を唱える者を積極的に排除し波風を立てないよう黙殺する。
そんな醜く卑劣な種族など、身分相応に勝手に滅んでしまえばいい。
「それで? エルフは今度は何をしようとしている? クロップはコソコソ動いて何をしてる?」
「エルフは…………俺は皆を助けようとしているんだ! エルフは誰にも言うなと命じてきた! 俺さえいれば、各地の小人族を集めてまた村は再建できるとか言われてな!!」
「だからぁ……あのクソエルフどもは今度は何をしようとしているんだよ!? こんな村どうなったっていいけど、ユーゴに今死なれると――――――――!!」
ビッパはエルフが族長に接触していると、既に知っていた。ここ最近姿を消していたのは、単純に同族に顔を見られたくなかったからだが。
今現在もエルフが村周辺で何かしているようだが、ビッパが単独でコレを排除しようと思うと、本気を出さざるを得なくなってしまう。
契約神の力を使えば当然女神に気取られるので、それは避けたい。
ならばいつも通り小袖袴の異邦人に動いてもらうしかなく、挨拶もかねて族長に口を割らせようと考えたのだが、
その前に、凍りつくほど冷たい空気と、流れ込む濃霧の存在に気付く事となる。
「これ…………まさかクロップ、お前またこんな事を許して!?」
「は、ハハ……! だから言っただろぉミース? 俺は皆を助けようとッ! お前なんかに構ってたから間に合わなかったじゃないかぁッ!
もーダメだ手遅れだよ! 村が丸ごと、屍獄に堕ちる!!」
過去の過ちと同じことの繰り返しに、今度はビッパが怒りを剥き出しにしていた。
族長のクロップの方は、恐怖と絶望を満面にたたえる、歪んだ泣き笑いとなっている。
村全体を囲むようにして、霧の壁が立ち昇りつつある、ように見えた。
だが実際には、霧が立ち昇るのではなく、村が急激に落ちはじめているのだ。
落ちる先は、罪人の死者が囚われる檻。
屍獄の亡者、シャドウガストの領域である。
◇
コンカラム小海の畔、小人族の本拠地とでも言うべき村とその周辺が、滞留する濃い霧に飲まれ姿を消した。
美しい容姿に長く尖った耳を持つエルフたちは、特に感情を表にすることもなく、自分達の仕事の成果を空から見下ろしている。
「役立たずのチビどもも、女神のご意志に適うならば本望というものだろう」
「ケモノ頭とその英雄も、屍獄に堕としてしまうようだが?」
「オルビエット様は構わないと仰っている。我らを脅かすプレイヤーを葬れるなら、取るに足らない犠牲だと」
この世界の秩序を守る統治者、その矜持があるエルフたちは、自分たちの正義を疑わない。
小人族の集落を屍獄に落とすことも、獣人種たちを目的の巻き添えにすることも、全ては必要なことであり正しいことだと心の底から信じている。
秩序を守ることが犠牲を最小限に抑えることであり、すなわち自分たちの安寧こそが世界の安寧なのだと。
葬ろうとしている異邦人を神殿都市に招くことと、獣人種の英雄たちが出迎えに行ったのは、エルフが信奉する白の女神の意志なのだが。
エルフの長、オルビエットは実行役のエルフ達にそのことを言わなかったし、言ったとしても結果はそれほど変わらなかっただろう。
オルビエットは女神の意志がどうであれ悠午らを阻止するつもりであるし、その意見に同調するエルフも多かった。
◇
小人族の村が、速度を上げて霧の滝つぼに落ち続けている。
地震のような揺れも起こりはじめ、寝静まっていた村人たちも家の外に飛び出してきた。
真っ暗闇の中、怪しく鈍い光を放ち、村の中を漂う霧。
見上げると、どこまでも高く聳える霧の壁が。
「また安易に境界を越えてぇ……。生者を屍獄に堕とすなど、このわたしが許すとでも思ったのぉ?」
すぐさまパニックになる無力な村人たちを、長いほつれ髪の女が、滝の霧に突き出る岩から見下ろしている。
美しい女性だが、顔色にも肌にも生気がなく、それもそのはず開かれたあばら骨の中には何もなかった。
小人族の村人は、松明を持ちとにかく村の外へ逃げようと走り出す。村の中心から数キロ四方が、現世と区切られているとも知らずに。
もっとも、それを確認することすら出来はしない。
村に漂う霧の中から、この世ならざる化け物共が這い出してきた為だ。
「ヒッ!? 魔物だぁあああ!!」
「逃げろぉ!」
「家の中に入れ!!」
村の外へ駆け出そうとしていた小人族たちが、一斉に取って返してくる。
しかし、真っ暗闇な上に霧まで立ちこめ、視界が悪く混乱の極みだった。
一方で、霧の中の魔物、シャドウガストは数を増やし続ける。
「ヴァヴァァアアアア!!」
「グフッ! ブフゥウウウ!!」
青白い肌に黒い眼窩を晒す、ヒト種に似たモンスター。
オークなどの邪巨人に似て、やはり屍のような身体となっている大型の魔物。
それらが汚れた武器を振り上げ、逃げ惑う小人族に喰らい付こうとしていたが、
「ガァアアアアアア!!」
「ギュッ!?」
「ギャブッッ!!?」
金剛石の拳を暴風のように振り回し、大猩猩の英雄がそれらを派手に蹴散らしていた。
「グルァ!」
「ガウッ! ガウゥ!!」
「ブォオオオオオン!!」
他の獣人族の戦士たち、オオカミやトラ、ゾウの獣人なども、シャドウガストに襲い掛かっていく。
「こんなところでシャドウガストか……。村ごと結界に閉じ込めるとは、やられたな」
「なに!? これがシャドウガストだというのか、ユーゴ!!?」
小袖袴の少年は、圧縮した火“気”の玉を複数打ち上げ視界を確保。悠午本人は暗闇でも困らなかったが。
照明弾のような光源が村中を照らし、状況が明らかになる。
霧は住居のある斜面側や海側を選ばず広がり、そこかしこでシャドウガストが蠢いているのを確認できた。
そして、天空まで伸びる巨大な霧の滝に、村の全方位が覆われているのも己の目で見ることができる。
「なにこれ!? どうなっちゃったの!!?」
「これは……以前のシャドウガスト召喚術式とは、まるで規模が違う……!?」
まだ寝ぼけ気味だった小春は、目と口をまん丸に開け広げて霧の滝を見上げていた。あまりのスケール感に圧倒されてしまっている。
魔道姫のフィアは状況を大凡掴んでいたが、だからこそ事態のマズさも理解していた。
「まずは、シャドウガストを片付けるか。村を戻す算段は、それから考えよう。みんな前にシャドウガストを相手にしていた時とは違うよね? 今の実力、見せてもらおうか」
「いやこれそんなこと言ってる場合じゃないだろ、冗談のつもりか」
「ふぇええ…………」
指をペキポキ鳴らし、村を見回しながら薄く笑って言う小袖袴の師匠。
それは勇気付けているつもりなのか、とジト目30%増し当社比の小夜子に、腰が引けている果菜実である。修行していても、この状況は流石に怖い。
悠午は向かってきたイノシシのようなシャドウガストを、シンプルに前蹴りで迎撃。霧の滝の方まで豪快に吹っ飛ばした。進むごとに敵は増えるが、基本的に鎧袖一触である。
前進を止めずシャドウガストを薙ぎ払う小袖袴の達人に、仲間たちと獣人の戦士たちも、それに付いて進撃を開始。
罠にハマった悲壮感など皆無に、その全てを殲滅にかかる。
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