093:仕込みにより出来栄えが違ってくるがそもそも素材を間違えないように
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白の大陸、コンカラム小海畔、小人族の集落。
村の一番高い場所にある、一際大きな家。
その中で、族長であるクロップは、今しがた聞いたセリフに自身の耳を疑っていた。
目の前にいるのは、若草色の長い髪を持つ、美しい容姿の長身男性。
白の大陸全ての種族を纏め上げるエルフ種族の長、オルビエットだ。
「それは……どういう意味でございますか? それは……それでは……村はどうなるのでしょう??」
少年のように背が低い男性、クロップが縋るような目で相手に発言の意図を質すが、オルビエットは無表情のまま応えない。
小人族に比べて倍ほどに上背があるエルフの長は、小人族の族長が見えていないかのように、視線すら向けようとはしなかった。
「女神のご意志である。汝ら忠実にして栄えある始まりの英雄の一族、英祖の連盟の名を連ねる小人族においては、その御心に叶うよう、使命を全うする事を願う」
議論の余地は無いと態度で示し、必要な事だけ言い背を向けるエルフの長。
相手が従わないとは、露ほどにも思っていない。
今までと同じように、服従して当然だと信じて疑わない様子だ。
そして残された族長は、相手の思惑通り、逆らう言葉も意志も持つことは出来ない。
ただ、床に視線を落とし、顔いっぱいにドロドロとした感情を滲ませるのみだった。
◇
木々の多い街道を抜け、先を見通せる場所に来ると、日の光を返す水をたたえた湖のような土地が目に入ってくる。
コンカラム小海。
実際には海と繋がるので入り江と言ってもよいのだが、入り口にあたるが部分が高く切り立ち、見通しを悪くしているので、そこは小さな海として孤立していた。
小人族最大の集落も、そんな静かな海辺にひっそりと存在している。
「わー、こっちはゲームと同じだー」
「白の大陸の避難所かー。中盤は世話になったなー……」
グラドル女子大生の姫城小春やジト目女子高生の御子柴小夜子、これらゲームプレイヤーは、また少しこの世界の住民達とは異なる感想を持つようだ。
ゲーム、『ワールドリベレイター』の中でも黒の大陸の種族にあまり敵対意識を持たなかった小人族の村は、特にクエストをクリアしなくても冒険の拠点として使える村だったとか。
村、と言っても実際には通行の要衝でもあり、規模が小さいのは単に住民達の性格故という話だ。
「ビッパくんは……先に行っているのかな?」
「多分ね。こっちの動きは分かっているみたいだし。村の方で合流できるかな?」
今日の馬車曳き番、プレイヤーの隠れ目少女、久島果菜実はここ数日姿が見えない仲間の事が気になっていた。
小柄な斥候職の少年、ビッパ。
港町『アポティ』を離れて獣人たちと旅をはじめた辺りから、そのビッパが一団と距離を取り、単独行動をしているのだ。
元々、何か思惑を持って仲間に加わった節があり、また村瀬悠午も“気”配は追えていたので様子見の構えだったが。
「アイツもよく分からんな。金が目当てだなんて言っていた気がするが、そんなタマじゃねーだろ」
そして、線の細い少女に馬車を曳かせて、自分は御者席に座るという絵面最悪なおっさん、ゴーウェン。
このやむを得ない状態に居心地の悪さを感じながら、同時に仲間の心配もしなければならないという、色々気苦労の絶えない年長者である。
だから白い目で見るなら、どうか小袖袴のヤツにして欲しい。
俺だって辛いんやで、とおっさんは心の底から思っていた。
いっそ馬車の番はもう自分だけにやらせてもらえないだろうか、とも。
「集落は湖の西、ここからは反対側になる。南回りの道は崖があるので面倒だが、北回りなら問題ない。今日中には着けるだろう」
先導役の大猩猩、岩腕のロウェインは腕を突き出し他の獣人に先行するよう指示。
これを受けて、オオカミやイヌといった足の早い獣人たちが進行方向へ駆け出していく。
モンスターなど障害があった場合は、先んじて処理してしまう為だ。
少女の曳く馬車の一団と獣人の一行は、ペースを緩めず森の街道を通り抜けると、小さな海沿いの道を何事なく進んで行った。
◇
コンカラム小海の畔にある、小人族の住み家としては最も大きな集落。
そこは、海側を向いた斜面に小さな家々が立ち並んだ場所だった。
村と海の間の平地は畑になっており、斜面側から川で水が供給され、その畑から出る水が海に流れ込み豊かな漁場となっている。
道を外れては入り辛い地形にもなっており、小さいながらも豊かで安全な故郷といったところだ。
「ようこそ遠いところをいらっしゃいました、獣人種の英雄ロウェイン様。それに、ヒト種の勇者ユーゴ様方」
集落に入った悠午たちを迎えたのは、子供の姿のまま大人になったような種族、小人族とその族長であった。
ヒト種にも悪感情を持たないというだけあって、遠巻きに見つめてくる目も好奇心以外の感情は浮かんでいない。
ここで2~3日ほど、獣人たちは小人族の家々で世話になり、身体を休めるとの事だ。
悠午たちは、一番大きな族長の家に滞在である。
「すまんな、クロップ殿。客人共々少しの間休ませていただく。それに、十分な対価は払うゆえ、旅の食料も分けていただきたい」
「ハイもちろん承っております……。今宵はささやかながら、皆様の歓迎の宴をご用意させていただいております。英雄様、獣人の皆様、どうぞごゆるりとお過ごしください」
「お心遣い感謝します、族長」
身長2メートルを越える英雄大猩猩と小人族の族長が並ぶと、なにやら古いモンスター映画を思い出す若奥様の梔子朱美である。
そんな身長差など関係なく、相手の立場に敬意を払う対応のロウェインと、小袖袴の達人、悠午。
このような挨拶を交わした後、一行は問題なく小人族の集落に腰を下ろすことができた。
一方で、悠午やプレイヤーのお姉さんの予想に反し、斥候職の少年は姿を現さなかったが。
◇
集落での歓待は、なかなかに盛大だった。どちらかというと村人たちの方が楽しんでいたようにも見える悠午だが。
彼らの素朴な生活を見れば、イベント事に飢えているのは容易に想像もできる。
小人族は、その性格の通り争いごとに向いていない。
白の大陸においては、主に農産物の生産と軍への兵站といった分野で貢献している、との事だ。
実際、料理に用いられている食材も、悠午から見て非常に質が良かった。
しかし、かつて白の女神と共に魔神と戦った際には、現在の白の大陸の主軸となる英祖の連盟の一角として勇者『ミース』を輩出している。
「いやいや、勇者ミースは我ら小人族の誇るべき英雄ですが、普通はそんな者などまず生まれません。我らは何というか、自分で言うのもなんですが身体も気も小さくて、性根からしてのんびり屋でございますから。
勇猛果敢な獣人の方々やヒトの身にして女神様に認められるような方のように戦うなど、とてもとても…………」
平身低頭するように言う族長は、全力で自らの無力を主張していたが。
宴の席は家々のある斜面の方ではなく、浜辺と土の地面の境辺りに用意されていた。
集落には、他に宴会が出来るような広いスペースがないらしい。
いきなり150人以上の客が来たのだから、むしろ小人族の対応力の方を讃えるべきだと悠午などは思うが。
大猩猩の英雄やヒト種の異邦人を直接持て成すのも、族長のクロップだ。
接待慣れなどしていないのだろうが、相手の持ち上げ方に何となく元の世界を思い出す悠午である。
「あれ? でも女神の祝福を受けた英雄ってのは、主な種族にひとりずついるんじゃなかった?」
「ははぁ……その、かつてはいたのですが、不慮の事故、で、その座から下りることになりまして。以来、我らの中から英雄たる気性の者も現れなかった為に、恥ずかしながら英雄は不在という事になっておりますぅ…………」
「それは知らなんだな。古の勇者の名を継いだ者がいると聞いたから、 祝士武台で見る事もあるかと思っていたが」
「あ、それだ、その『 祝士武台』ての、やっぱりオレも出なきゃならんの?」
「当然だ」
「うわ即答されたわ」
「ふむ……まぁ突然名指しされたユーゴの事情は分からんではないが、何も恐れをなしたワケではあるまい? 貴様なら 祝士武台でも勝ち抜くであろうし、あるいはそこで再戦できるかとも思っているのだがな」
「こっちも女神様に会うのは予定の内だから、一応そのつもりではいるんだがね」
果物の果汁や酒を飲み交わし、小人族なりに贅を凝らした料理を食べながら、閑談に興じる一同。
一息ついたというところで、リラックスした雰囲気の中口も多少軽くなる。
その中で息を潜める小人族の族長は、この後に起こる事を考えないようにし、今は自分の役割を演じていた。
◇
悠午と一団が小人族の集落に入った、翌日。
この日は旅支度を整え、明日の出立に備える予定だ。
食料に関しては小人族からある程度提供される事になっているが、先日来手持ちの備蓄を使い果たしたという事情もあり、悠午も自力で食料を調達するつもりだった。
「というワケでみんなには仙人歩、別名『縮地』を習得してもらうよ?」
「またサラッととんでもない事言い出したよこの年下サド師匠」
「おまえこの前からの修行でなにかあたしらに言う事ないのか」
「し、『縮地』って漫画とかで見る……あの?」
「なんかまた急ぎ足になってねーか? 師匠よぉ」
そんな、ひと狩り行くついでに修行もさせようという師匠に、心底胡乱な目を向けるプレイヤーの女性陣。プラス、少しばかり不安を漏らすおっさん。
小袖袴の少年としても、弟子たちの言わんとするところは分からんではないが。
「多分実戦レベルじゃなくても、もうみんなそれらしい事は出来るよ。原理を言う。周囲の“気”ごと自分を動かす。自分の内外の“気”を同調させて、自分の延長として動かすんだ。その手始めに、まずは自分の足下から」
縮地。
多くの創作物において、いわゆる瞬間移動のように扱われる高等技術だ。
当然、習得には高難易度が予想される。
また、ここ最近の乱闘のような修行を振り返れば、新しい技術を捻じ込まれても消化し切れない思いとなるのは止むを得ない事。
しかし洞察術、つまり“気”を認識することさえ出来れば、後は応用と錬度の問題だと悠午は考える。
ならば、現時点で気功術を用い、五行術において自身の属性を部分的にでも具象化するところまでいけるなら、出来ない理屈はない。
とはいえ、実はゴーウェンの言う通り飛ばし気味でもあるのも事実だが。
今まで弟子たちにやらせていたのは、基本的に自身の内なる“気”の発現、発“気”だ。
内“気”ではなく外“気”との同調は、今までとは段階が異なる。
本来ならば内“気”の練成を十二分にこなし、“気”力を更に充実させ熟練した後に踏み込む領域だろう。
ではなんでそんなフライングをするかというと、単純に『縮地』が実戦における基本技術だからだ。
早過ぎようが何だろうが、理屈の上では不可能ではないのだからさっさと習得してもらいたい。
「おさらいになるけど、この世の全ては“気”で出来てる。地面、水、空気、全てだ。
だから理屈上では五行術の使い手は全てが可能となる。自然現象そのモノにだってなれるし、世界さえ作れる。死ぬほど技術を上げないとダメだけどね。
それに比べれば、“気”を踏んで足場にするくらいどうって事ない」
話しながら小袖袴の達人は、砂浜から湖に似た小さな海へと歩いて行く。
すぐに波打ち際に踏み込むが、悠午の足下が濡れる事はない。
それどころか、平然と水の上を歩いていた。
現実味のない光景だが、仲間達は今までも何度か、この少年が同じ事をするのをその目で見ている。
なるほどこれがそうなのか、と思うと同時に、何となく方法も頭に浮かぶ思いだった。
何事かと見物していた小人族の漁師たちは、死ぬほどビックリしていたが。
「これを発展させていくと――――こういう事ができる。地面の方を動かすようなもんかな。
『兵は神速を尊ぶ』。距離も高さも問わない足の早さが戦いでどれくらい有利に働くかは、言うまでもないよね?」
次に瞬間移動に近い動きを見せ、今度は小人族たちの腰を抜かす。お騒がせして申し訳ない。
これも、旅の中で度々見られた現象だ。
他の追随を許さない絶対的な速力。
それは、村瀬悠午の底知れない力を如実に象徴する部分でもある。
その一端に触れ、前日までの修行で若干弱い者イジメをされている思いだった弟子たちの目の色が変わった。
若い師匠だけどそれなりに考えているんですよ。
「……いーじゃん『縮地』、ベタだけど使えそうで。てかユリイカ! これ知ってるのと知らないのじゃ勝負にならなくね!? もっと早く教えろや!!」
「これでも目一杯急いでますぅー。つーか教えはしたけど外“気”への干渉は本来五行の輪廻の次の工程だから、使いこなすのはスゲー苦労するだろうがね。まぁコツは教えるから、あとはご本人達の鍛錬に期待、という事で」
便利なスキルに対しては、貪欲に学んで行こうという姿勢は立派なジト目姉さん。
そのクレームに口とんがらせて応える悠午と、ほっぺたの引っ張り合いになっていた。仲良しな親戚である。
「理屈は分かったが、具体的にはどうすればいい? 身体の外の魔力なんて、自分の意志でどうにかなるもんなのか?」
「んわ、ほれ……それは足裏の“気”に集中して、外“気”に合わせて取り込むというか馴染ませるというか。別に手の平でもいいんだけど、コントロールしやすい方からやって。
当然ながら、水を踏むなら水“気”、土を踏むなら土“気”、火を踏むなら火“気”でやらにゃならんけど、まぁ火“気”は慣れない内は大火傷するからお勧めしない。
金“気”と木“気”もあんまりお勧め出来ないかな。金は基本的に流動しないし、木も難しいから」
ジト目の猛獣の両手を掴みブラーンとぶら下げ、弟子のおっさんにレクチャーを続ける師匠。ジト目は足を振り回して大暴れ。
グラドル重戦士は金属の足具を脱ぎ捨て、神妙な顔で地面を踏み“気”を集中させていた。ちなみに、ゾウ獣人戦士との戦いでプレートメイルが壊れたので、巨乳を覆う布に水着みたいな下、という薄着なままだ。
最近は常に剛体法で身体強度を上げているので、なんかもう動きやすいしこのままで良いかな、という心境らしい。
肩や籠手、腰の一部、脚といった部分だけは鎧が残っているが、ほとんど意味がなかった。
「我が師よ、わたしは水の上の方が確実でしょうか?」
「クロードは水“気”の訓練にもなるだろうね。自分の“気”の属性が合わないなら、派生を上手く使うことだ。火がダメでも土。金がダメでも水。木がダメだと火もダメだから土まで派生させるのが少し難儀だけど、ここで輪廻法の修行が活きるだろう」
青年剣士と主の魔道姫も、自身の“気”と周囲の“気”の同調訓練を開始する。
当然ながら、まだ自身の属性の“気”を多少使える程度の弟子たちでは、取っ掛かりさえ見出せない状態だ。
さり気なく自分の属性的にハードモードな隠れ目少女は、どうにか木→火→土と派生させながら足裏に“気”を集中させる。しんどくて涙目。
それらを見ながら、師匠は更にレクチャーを続けた。
「とりあえずオレがみんなに知っておいて欲しい基本的な気功術はそこまでかな。後は今までに教えた技術の精度を上げていく事だ。オレ抜きでも勝手に強くなれるよ…………。
こっちの大陸に来てからの修行では、いくつか実戦で使えそうな術を見せていると思う。自分に合ってそうな術も、みんな目星付けてるよね?
知りたいなら使い方を教える。ここからは基礎技術を固めつつ、自分の戦い方にどう五行術を組み合わせていくかを考えていくつもりでよろしく」
そこまで言うと、悠午はまたどこからともなく釣竿を取り出し、水の上に立ち沖へと針をぶん投げていた。
まるで地面の上に立つかのように安定しており、全く揺らがない。水底深くから伸びる柱のようだ。
今の悠午の姿は、そのまま仙人歩の、そして縮地の良質なお手本となる。
弟子たちは洞察術の目を凝らし、その“気”の動きをつぶさに観察しようとしていたが
「お? あれ? ちょっと待てなんか変じゃね??」
「『変』って……何がよ? つーか悠午くん木“気”なのに完全に水“気”になってちょっと参考になりそうもない――――」
「いやそうじゃなくて……あいつ今なに釣った?」
気功の目に高い才能を見せるジト目少女、御子柴小夜子は、悠午が針を投げた方向に得体の知れない大きな“気”を確認。
直後に巨大なスッポンが水面から飛び出し、女性陣は悲鳴を上げて逃げ出した。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、スッポンがいたのは喫水域だからみたいです。