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088:郷に入らば郷に従うその必要性に乏しければ必ずしも必要ない

.


 白の大陸、足跡の港『アポティ』。

 冒険者組合(ギルド)


 魔物や怪物が跋扈(ばっこ)する世界において、冒険者というのはなくてはならない存在だ。

 領主が動かないような規模の魔物の排除、危険な領域へ分け入っての資源採集、旅の間の護衛、など。

 それらの依頼と冒険者を仲介する『組合(ギルド)』は、国家や種族を問わず中立の組織として活動していた。


 大半の職員はそう思って働いているし、その実情などを知る由もないのである。


 そして、ここアポティの組合(ギルド)で受付業務をしているウサギ耳の獣人女性も、特に深い考えもなく給料の為に働くだけな極普通の職員であった。


 黒の大陸や島国アルギメスとの玄関口だけあり、アポティの冒険者組合(ギルド)にはヒト種の冒険者も時々訪れる。

 しかし、その人数も頻度も少ない。

 二度訪れる者は更に少ない。

 白の大陸の一般常識として、『ヒト』という種族は小知恵が回り頭数ばかり多く大した力を持たないくせに卑怯で乱暴な生き物、という認識になっていた。

 そのウサギ獣人の受付係も、そんな常識にそれほど疑問を持っていない。

 今まで受け付けたヒト種の冒険者は、いずれも低難易度の依頼しか達成できないか、力が足らず達成を断念するような者ばかりだった。

 そもそもヒト種など黒の大陸の種族に、白の大陸は厳しい土地である。逃げ帰らず、生きて大陸を旅した実力者など数えるほどしかいまい。

 故に、先日やってきた新顔の冒険者も、早々に逃げ帰るか二度と顔を出さないか、どちらかだと思っていた。


「…………は? え? な、なんですかコレ??」


「だから駆除依頼のゴーレムの魔石だっつーの! 駆除した証明の魔石買取が依頼料金になるって話だったろ。さっさと計算して」


 ところが実際には、その冒険者達は『飛行船造船所跡』に湧くゴーレム駆除、という依頼を達成して戻ってきたのだと言う。

 ウサギ獣人の受付係の前には、ゴーレムを倒した証拠であり貴重な物資である黒光りする石が大量に積まれていた。

 そんなバカな、というのが率直な感想である。

 次に、信じられない、という本音が。


 造船所に自然発生するゴーレムは、非常に強力な魔法生物だ。それだけに魔石は高品質であり、そして獣人や比翼族の冒険者でも手が出せなかった。

 それを、ヒト種如きがどうしてこれほどの成果を出せたのか。


「コレ……本当に造船所のゴーレムの物なんですかぁ? どこかヨソから持ってきたんじゃ…………」


「はぁ!? 倒した証明にコレ持って来いって言ったのはギルドじゃんか!? そんならコレの鑑定なり造船所の確認なりはそっちでしろや!!」


「ギルドにはそんな義務ありませんがぁ……」


 難癖以外の何物でもないウサギ獣人の物言いに、ジト目のヒト種が(まなじり)を吊り上げていた。

 証明義務うんぬんを言うなら、依頼を達成した冒険者の方にこそ、そんな義務はありはしない。何せ、魔石を以ってゴーレムの討伐証明とする、という依頼内容の説明しかされていないのだ。

 逆にいうと、仮にギルドの受付係の言う通り、提示された魔石がゴーレムを駆除した物ではないヨソから持ち込んだ物だとしても、依頼達成の成否には関係ないという事になる。


 依頼を受けた冒険者本人が、そんな無駄な事をする意味があるとすれば、だが。


「あー……じゃぁもうそういう事でイイです。 それじゃ、そのゴーレムから採った魔石を査定しますから」


 先日、『ヒト種の方にゴーレムの駆除など荷が勝ち過ぎるのでは?』と鼻で笑った手前、依頼達成を認め辛いウサギの受付係。

 しかし、依頼内容の説明の不備、と言われてしまえば反論のしようもないと分かっているので、そこを深く突っ込まれる前に、さっさとこの件を片付ける事とした。


 頭くらいの容積がある麻袋の口から、零れ出るほど大量にある魔石。ヒト種の冒険者がそれほど多くのゴーレムを倒せるはずがない、という受付係の思い込みも、全く間違いというワケでもない。

 ゴーレム由来かどうかはともかく、そもそも本当に魔石なのか? と思いながらひとつひとつを単眼鏡で確認。

 結果、残念な事に(・・・・・)全て本物の魔石であった。


「えー……50万タレントですね」


「はッ!? ちょっと待て安すぎね!? 100個以上あるのに1個1万以下って事はないだろ!!?」


「と仰られても……それほど質は高くありませんし、状態も良くありません。魔石売却で依頼達成という評価はされますから、後は少しでも値が付いただけでも幸運だったと思ってくださいよ」


 少し考える素振りを見せた後、受付係は買い取り価格を提示。

 その想定を圧倒的に下回る数字に、冒険者のジト目娘は即座に噛み付いていた。

 そんな相手を面倒臭そうにあしらいながら、これで話はおしまいとばかりに金貨を並べる受付係。

 お前じゃ話にならん上司を呼べ、と、なおも食い下がるジト目冒険者だったが、


「価格で折り合わないなら、ここで売らなくてもいいんじゃないですか? 別にお金に困っているワケでもないんだし」


 ここで口を出してきたのが、一団(パーティー)の仲間と思われる異国風の衣を纏う青年だった。


「……あ? いえ、それは……ダメです! 本当にゴーレムを駆除したと言うなら、魔石の売却が証明になるんですから! 売却されなければ依頼達成とは看做(みな)せませんよ!?」


「元々は腕試しのついでだったしね。依頼の達成実績が欲しかったという事でもなし。ゴーウェン、相場から見てここの買い取り価格は安いの?」


「んあ? そうなー…………まぁ俺から見ても、ここの買値は大分安いな。あのゴーレムの心臓だけあって結構な代物のはずだし、こっちの大陸は戦争準備で魔石はいくらあっても足りないだろう。魔石は高騰しているはずだと思うが」


「なんか……ゴーウェンとこういう話をすると、あの恐竜の事思い出すね」


「それを言うなよユーゴ……。テメェの潮時の話なんざしてたらツキが落ちらぁ」


 無理に売らなくてもいい、と場に冷や水をぶっ掛ける青年冒険者に、慌てて警告を発する受付係。

 その内心は、科白(セリフ)とは違う理由で慌てていた。


 大男の冒険者が言うとおり、受付係の提示した買い取り価格は大分安い。黒の大陸との戦争の影響で魔石が高値となっているのも事実である。

 では何故、相場から見て組合(ギルド)の買い取り価格が非常に低いのか。


 答えは単純。

 受付係が差額の着服を狙っているからだ。


 実はこれ、多くの組合(ギルド)で大なり小なり行われている事である。特に、地元の冒険者ではなく旅の冒険者など、組合の受付係が恰好の獲物とする場合が多い。

 無論、不正だ。だからこそ、受付係も小遣い稼ぎで大火傷しないように相手は選ぶ。ピンはねする金額も考える。

 だが、今回は受付係も大胆に出た。相場の買い取り価格5分の1は、いくらなんでもやり過ぎだ。


 この組合(ギルド)に来る冒険者は大半が獣人種であり、種族の特性かあまり細かい依頼報酬に(こだわ)らず、金額を誤魔化し易い。

 そして、ウサギ獣人の受付係は、ヒト種が嫌いだ。

 そんな慣れと意識が、受付係を思い切った悪事に走らせた。

 ところが、事は狙い通りにならない。

 ヒト種の大男など、魔石の市場価格に勘が働くようである。

 さすがヒト種、小知恵が効いて悪賢い! とウサギ獣人は自分の事を棚に上げて歯噛みしていた。


「あ、あのですねぇ……! 魔石を売っていただかないと、報酬額の問題だけではすみませんよ!? 依頼の未達成となれば、その冒険者が実力不相応な依頼に手を出したとして罰則が課される事になるんです! 今回は魔石の売却が依頼達成条件だ、とハッキリ依頼書にも明記してあるんですからね!?

 それも拒否されるなら、冒険者の階級の降格や組合員からの除名という事もありえるんですから!!」


 内心の動揺を抑え、ウサギ獣人の受付は組合員規則を振りかざし、冒険者を威圧する手に出た。

 これは、一応事実だ。

 冒険者の依頼には、破棄や未達成時の罰則(ペナルティ)が設けられている案件が多い。冒険者が無闇矢鱈に依頼に手を出し、状況を荒らしたり仕事を独占したりするのを防ぐ為の処置だ。

 基本的に罰則(ペナルティ)は罰金となるが、依頼未達成が多くなると冒険者階級(ランク)の降格もあり得る。

 時間制限がある依頼など重要な案件となると、一回の未達成で降格となる事もある。

 その上で、罰則(ペナルティ)の拒否や協会(ギルド)に対して著しく不利益な行動を取ると、冒険者としての登録を削除される事もあった。


「罰金って、おいくら?」


「えーと? この依頼だと1万な」


「断然お安いじゃん。いいんじゃないですか?」


 ところが、そのヒト種の冒険者たちは罰則(ペナルティ)と魔石の売却額を秤にかけはじめた。

 ジト目の冒険者が、貼り出してある依頼書を()手繰(たく)ってくる

 ウサギの獣人はこっそりと舌打ちした。依頼が達成されないうちに、依頼書を剥がしたりしない。それは都合の悪い証拠だった。

 依頼未達成時の罰則(ペナルティ)も、はっきり『1万タレント』記載されている。


「そー……それは~~そう! ゴーレムの数を考慮して、罰金も50倍になっていたんです! それは古い依頼書ですね」


「おいふざけんな! 今考えたのバレバレだろうが!!」


「いいえ違います。あなた方が依頼を受けた時には、もう罰金50万タレントと決まっていたんです。なんと言ってもこれだけ大量のゴーレムが湧いていたワケですからね。依頼未達成となれば、本当に降格や除名する事になりますよ?」


「だったら更新された依頼書を見せて欲しいもんだな。冒険者は依頼書を信頼して、依頼を受けるしかないワケだが?」


「その不手際に関してはお詫びしますが、飛行船造船所のゴーレム駆除は魔石の買取が達成条件であり、未達成時の罰金は50万タレントになったと決まっています。罰則も拒否されるのであれば、ギルドとしても相応の措置を取るしかありません。どうするのですか? 魔石を売却して依頼を終えますか? 罰金を払いますか? それとも除名を選びますか??」


 ジト目の少女と大男の抗議も聞かず、澄まし顔で静かにまくし立てるウサギ獣人。

 無論、罰金が上がったなどと言うのはウソだ。でも、組合(ギルド)職員であれば後から依頼書を書き換えてトボける事ができる。

 それに、冒険者が組合(ギルド)を利用出来なくなるのは致命的だ。

 だから除名をチラつかせれば、必ずヒト種の方から折れて魔石を売り払い引き下がる、と確信していた。


「『除名』とか、受付のヒトの権限で出来るもんなの?」


 そんな目論見を、またしても冒険者の青年はブッた斬ったが。


「で、出来ます、当然です。あなた方へ依頼を斡旋したのは私なのですから。受け持った者として、その評価を下すのも当然の事です!」


 ああ言えばこう言う、と。

 何度も脇腹を突くような、ヒト種の青年の科白(セリフ)にイラつくウサギの受付。

 全く怯まない相手に思わず言い返してしまったが、たかがいち(・・)受付係の職員に、冒険者を勝手に除名する権限などあるワケもない。

 だがもう引っ込みも突かず、こうなったら本当に書類操作でもでっち上げでもして除名にしてやろうとさえ思っている。

 段々と事が大きくなり、ウサギ獣人の足が苛立ちを漏らすようにモゾモゾと動いていた。


「上等じゃん除名してもらおうじゃんよ!」


「おいおいサヨコ嬢ちゃんよ……。買い叩かれて業腹なのは分かるが、組合(ギルド)が使えなくなると、少々面倒な事になぁ…………」


「いいんじゃないの? この程度の事で追い出されるなら、いま除名されても後で除名されても同じだと思うがね、ゴーウェン。なんならナンティスさんに相談してみるのもいいかもね。結構偉いヒトみたいだし」


 売り言葉に買い言葉で、深く考えてない節のあるジト目女の叫びを、冒険者の青年はあっさり肯定してしまう。

 ヒト種の大男も、心から組合員からの除名を恐れている風ではなかった。どちらかと言うと、ウサギの受付に呆れた様子だ。

 いずれにせよ、このヒト種連中は飽くまでも自分(ギルド)に逆らう気らしい。

 しかも他の組合(ギルド)に伝を持っているなど、やはりヒト種小(ズル)い、であった。


「い、いい加減にしてください! なんなんですかあなた方はヒト種なんかの冒険者が偉そうに!? ギルドのやり方に従えない冒険者なんて要らないんですよ! どうせヒトの冒険者なんて大して使えない欲深いばかりのヤツ、いますぐ除名したって――――――――!!」


「何の騒ぎだコイツは!!?」


 イライラの頂点に至り、タウンターの天板に拳を叩き付けて立ち上がるウサギ獣人。

 と同時に、衝立の奥からしわがれた怒鳴り声が響いてきた。

 何やら重々しい足音と共に、長い縮れ毛に覆われた頭がヌウッと姿を現す。

 角が生えている事から、牛系の獣人と思われた。


「ぎ、ギルド長!? こ、こここれはですね…………!!」


 挙動不審になるウサギ。

 そんな受付係が何か言う前に、牛系の組合(ギルド)長の毛の奥に隠れた目がカウンターの上の依頼書と、山盛りの魔石を捉える。

 状況はすぐに理解できた。


「ここの責任者の方? 売買価格の折り合いが付かないんで、残念だけど今回は依頼の完遂ならず、って事にさせてもらいたいんだけど。

 そしたら罰則は組合員からの除名もありえるって聞いて……実際どうなの?」


「…………ああ?」

「ちょ……!? 黙って……!!」


 さっそく異国風の青年が質問を飛ばすと、牛系獣人の組合(ギルド)長の怪訝(けげん)な声と、ウサギの受付係の押し殺した声が重なる。

 しかし、頭に血が上ったジト目のヒト種が黙るはずもなかった。


「そいつ後出しで違約金50万とか言い出したんですけどー! 魔石の買取額をぼったくって、こっちが売らないって言ったら罰金50倍とかにして挙句の果にギルドから除名とか、そんな無茶苦茶許されると思ってんのかよこのアホ!!」


「ち、違いますよそんな事言ってません! ば、罰金の事は……このヒト種たちがウソ言っているだけです! そ、それに、ヒト種……冒険者、の都合で、売る売らないを決めたりされたらギルドなんて成り立ちませんし…………」


 当人達の目の前で、声を大にして虚偽を叫ぶウサギ獣人。

 だが、自身で無理のある事を言っていると分かっているので、すぐさま話の矛先を逸らしに行く。

 「(ズル)(がし)いヒト種」の言う事、というのを上司に強調しておくのも忘れない。

 後は、言った言わないの水掛け論にすれば、組合(ギルド)長はヒト種よりも自分の肩を持つはず。

 そうすれば、高額な罰金や除名云々をでっち上げた事を有耶無耶にし、あわよくば格安で魔石も買い叩ける。

 そんな目論見を持っていた。


「…………なんだこりゃ? おい、これがこの魔石の代金か??」


「…………え?」


 ところが、牛系獣人の組合(ギルド)長の科白(セリフ)は、ウサギの受付が期待していたモノとは違っていた。

 組合(ギルド)長がアゴをしゃくって指し示すのは、積んである金貨50枚だ。単純計算で50万タレント。ウサギ獣人が見積もった、ゴーレムの魔石の買取額である。

 

「卸値にしたってこんな安いはずないだろ。見たところクズ石も混ざってねぇ。これならザッと見ても250万から300万にはなるはずだ。オメェどういう計算してんだ」


「え……でも、そんな…………」


 自分の味方をするどころか面目を潰す上司に、何も言えず口をパクパクさせるウサギの受付係。

 一方で、いまさら正規の買取価格がどうとか言われても、もはやそんな問題ではないのがジト目のヒト種であった。


「ちょっと待った! こっちはまだ売るなんて言ってないし! つーかこんな所で売る気ないし!!」


「は……ハァ!? 250万タレントですよ250万タレント! 一体なにが不満だって言うんですか!?」


「オマエだよ分かんないのか!? 半分の値段以下で巻き上げようとした上に、ギルドの規則がどうとかで除名とか脅しかけるようなヤツに売りたいとか思うわけねーだろ! 頭おかしいんじゃねー!?」


「い、言って……言ってません! そんなの言ってません! あなた方のウソです! これだから卑怯なヒト種の冒険者は…………!!」


「ああ!?」


 怒りを顕わにするジト目の少女に対し、その科白(セリフ)をかき消さんばかりに金切り声を上げるウサギ獣人。

 今にも魔法スキルでもブッ放さんばかりな仲間に、隠れ目の少女はスカートの裾を握っていざという時に備えていた。


「……とまぁ、俺の仲間はこう言ってるな。そんなワケで売却に関しては少し考えたいんだが、ゴーレムを掃除したと証明するのは、魔石の売却が条件なんだろ?」


「…………そうなってるな」


「仕事を完遂できなかった時の罰金はいくらになっている? こっちが依頼を受けた後で、罰金を上げた(・・・)とか聞いたが」


「だからそれはあなた方が勝手に――――――――!!」


「テメェは黙ってろ…………」


 改めて、大男のヒト種は元々の依頼の条件を確認。その上で、依頼未達成という事にしたいと組合(ギルド)長に言う。

 牛系の組合(ギルド)長は口を挟もうとするウサギの受付を黙らせ、依頼書と冒険者のヒト種たちを一瞥してから、僅かに考えた後口を開いた。


「どこのアホが言ったか知らんが、この程度の依頼で50万タレントなんて罰金が付くワケねぇだろうが。それに、依頼報酬や条件が変わったなら貼り出す依頼書も変える。依頼書の内容が変ってないなら、依頼の内容に変りもねぇ。そういう規則だ」


 冒険者より組合(ギルド)の力の方が強い、それは事実だ。

 それでも、依頼書を信じて依頼を受けるのが、冒険者と組合(ギルド)の最低限の信義である。

 仕事を斡旋する、という立場上組合(ギルド)の権限は強いが、冒険者にも組合(ギルド)を選ぶという最後の自由があった。

 信用を無くした組合(ギルド)の掲げる依頼を信じるか。そんな組合(ギルド)に冒険者と依頼が集まるか。

 組合(ギルド)長はそれを分かっており、そして受付係はそれを分かってなかった。


「『規則』といえば、冒険者の除名ってのは誰に決定権があるんです? 仮に、罰金50万の支払いを拒否したとして、受付のヒトにその権限が?」


「…………あるワケねぇだろ。ろくでもねぇ冒険者を出禁にするとかってなら、ここでそれを決められるのは俺だけだ。

 除名となれば、複数のギルドから回状が出されるような事をした時の話だな。どっちにしろ、ここだけで決められるような事じゃねぇ」


 最後に、異国風の装束の青年が組合(ギルド)長に質問する。

 ウサギ獣人の受付は、(うつむ)いたままだった。


                        ◇


 天然のゴーレムを駆除したヒト種の冒険者達(パーティー)は、結局魔石を全て売り依頼を達成していた。組合(ギルド)長の権限で、最も高い見積もり額となる300万タレントとなった。

 売るならグダグダ言わず最初から素直に売ればいい、とウサギ獣人の受付は自分のした事も忘れて愚痴っている。

 ヒト種の冒険者達が去った直後は、自分の不正を組合(ギルド)長に知られた、と怯えて縮こまっていた。

 しかし時間が経つごとに怒りと不満がぶり返し、ヒト種が悪いヒト種が悪い、と責任を(なす)り付けるように(こぼ)していた。


「グチグチうるせぇぞ、ビエ。黙って仕事しやがれ」


 そこに、外に出ていた牛系の組合(ギルド)長が戻って来る。金庫から現金が減ったので、調達してきたのだ。

 組合(ギルド)長は、ウサギの受付係の不正を咎めなかった。

 それならヒト種の言う事など聞かず自分の言う事を聞いてくれれば良かったのに、と受け付け係は組合(ギルド)長にも不満を抱えていた。


「ギルド長……ヒト種の冒険者がゴーレムをあんなに倒すなんて、絶対におかしいですよ。何かズルイ手を使ったと考えた方が自然です。

 なのにどうして、相場の高値なんかで買い取ってしまったんですか? これで味をしめたら、絶対に調子に乗って同じ事を繰り返しますよ。すこし脅してやった方が良かったんです」


 自分のやった事を言外に正当化しつつ、ヒト種なんかを利したと上司を遠回しに糾弾する。

 そんな従業員の逆恨みなど取り合わず、牛系の組合(ギルド)長は微かな怒りを滲ませて言った。


「ビエ……てめぇカモにするなら相手見てやれ。ギルドの受付ならまず、冒険者がどのくらいのヤツなのか確認して当然だろうが。

 よりによってランク『A』と『B』の冒険者がいるパーティーから、あんなに分かりやすくチョロまかそうとするなんざただのアホだ。分かってんのかテメェ」


「…………は?」


 想定外な組合(ギルド)長の言い様に、ウサギ獣人のビエは何を言われたのか分からなかった。


 冒険者組合(ギルド)の受付係とは、入ってきた依頼を適切な力を持つ冒険者に割り振り、依頼主から預かった報酬から諸経費を差し引いて冒険者に支払う、そういう業務をする者だ。

 その為、当然ながら冒険者の素性や力量は、最優先で確認しなければならない項目である。

 ところがウサギ獣人のビエは、ゴーレムの駆除依頼を受けた冒険者たちの情報を確認していなかった。

 ヒト種なんか、どうせ逃げ帰るか二度と来ない、と思いまともに組合(ギルド)証すら見なかったのだ。


 故に、『断頭のサンクティアス』と『神撃のユーゴ』というふたつ名持ちの高位冒険者だと、気付きもしなかった。


「『A』やら『B』の冒険者が言う事ともなると、ギルドとしても無視できねぇ。本格的に揉めたら、オメェただじゃすまなかったかも知れねぇんだぞ。

 おまけにあのパーティー、『プレイヤー』まで入ってやがる。アイツらに理屈は通じねぇ。『ヨドノス』の虐殺くらい知ってんだろう。連中……気に入らないって理由で町ひとつ潰しかねねぇ。

 オメェ…………運が良かったな」


 牛系の組合(ギルド)長は、別に善悪を考えてヒト種の冒険者達(パーティー)の言い分を認めたワケではなかった。

 問題となった依頼内容、依頼の報酬、そして相手の冒険者達の素性を見て、敵に回すのは割り合わないと判断したに過ぎないのだ。

 受付係の不正も、狙ったのが取るに足らない実力しか持たない冒険者なら、黙認しただろう。

 実際には、面倒しかない相手を罠にかけようとして失敗して揉めたから、それを怒っているのである。


 受付係、ウサギ獣人のビエは、組合(ギルド)長の話を聞いて震えていた。

 冒険者の階級(ランク)というのは、全組合(ギルド)支部で概ね共通の基準となっている。

 その『A』や『B』ともなると、時として組合(ギルド)の方から懇願して依頼を受けてもらうような事もあった。

 発言力も馬鹿に出来ず、抗議内容によっては受付係くらいの首なら本当に飛ばしかねない。


 だが、今のウサギのビエは、死の恐怖すら感じ、震えている。


「アレが……神の敵、『プレイヤー』…………!!」


 恐れと、先ほどまでよりも強い、憎悪。

 もはや、儲け損ねたという無念も、不正を暴かれたという怒りも無い。


 そんな強い負の感情は、決してその冒険者組合(ギルド)のいち受付係だけのモノではなかった。


                        ◇


 白金貨2枚に、普通の金貨が100枚。

 そのようにして路銀の補充が出来た村瀬悠午(むらせゆうご)仲間の一団(パーティー)だったが、雰囲気はそれほど明るくもなかった。


「ふっざけやがって、あのクソウサギNPC! ウサギ皮のドロップアイテムに変えてやろうか!!」


 ジト目のプレイヤー、御子柴小夜子(みこしばさよこ)が地面を踏み鳴らしながら歩き、少し前に出た冒険者組合(ギルド)の建物を睨み付ける。

 まるで大きな切り株をくり貫いたかのような温か味ある建物だったが、気持ちは全く安らがなかった。

 中にいたのが性根の腐ったウサギだったのだから、それも当然だろう。


「ここからは、こういうのが普通になる。ギルドはまだ突き回せば規則通りにやるがな。アレでもマシな方だ」


 と、大男のベテラン冒険者、ゴーウェンは(なだ)めているんだか諦めさせているんだか分からない物言いをしていた。

 先ほどのウサギ獣人の行為を追及しないように言ったのも、ゴーウェンだ。

 後出しで上乗せされた罰則(ペナルティ)と罰金、根拠の無い除名をチラつかせた脅迫、いずれも言った言わないの水掛け論になる。悠午や小夜子の元いた世界と違い、控えの証書を書くような文化も無い。

 腹を立てるだけ無駄だ。


 それを理解するのに良い機会だ、と思ったのだが、どうやらゴーウェンの方が仲間の少女の熱し易さを理解する事になったようである。

 いつか誰か殺しそうだ。


「町に寄るのも最小限にした方が良さそうだ……。まともなサービスが受けられないなら、町に行く理由も無いだろうし」


「…………人形の館があってよかったね」


 内外の問題を認識する小袖袴の少年と、その科白(セリフ)にコクコクと頷く隠れ目少女。

 人形の館、ヒトも物も同様の縮尺に縮めて収めてしまう古代神器(アーティファクト)があれば、休むにも食料をストックするにも便利だった。

 悠午の言うように、いっそ誰とも接触しないようにして目的地へ向かうのも、不可能ではないだろう。


 景色を眺め、仲間と語り合うだけの旅になるなら、それもまたよし。

 そんな事を思いながら、港町『アポティ』の外れに停めてあった馬車にまで戻る一行(パーティー)だが。


「ねぇ悠午くん、アレ…………」


「………………ままならねぇもんだなぁ」


 自身の“気”配察知に引っかかる大きな魔力に、(いぶか)しげな顔を見せる美貌のグラドル重戦士。

 その大挙して押し寄せる強力な“気”の持ち主たちに、悠午は旅の再開が静けさとは無縁なモノとなるのを確信していた。





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