087:過ぎたるは及ばざるどころか翼付ければ飛ぶんじゃないかと思うが如し
白の大陸、南東の果の港町、『アポティ』。
戦争の最中ではあるが、この港には未だに黒の大陸側から多くの船が入って来ている。
そこは、海側へ迫り出すように生える大樹と共存する港だった。
足跡の港、とも呼ばれるここアポティは、神無き地へ向かう人々が己の存在した証を残すかのように、護岸の壁や近くの建物に足跡を残すのだ。
地元住民にしてみれば、迷惑行為でしかなかったが。
そのアポティと島国『アルギメス』を往復する大型双胴船『ジ・ファルナ号』も、定期航海を終え母港に帰って来ている。
桟橋に着けた双胴船から次々と積荷が下ろされ、乗客も渡り板から港へと降りて来ていた。
逞しい体躯の獣人水夫が甲板上を動き回り、比翼族の水夫が翼を広げて帆柱の上から町の方へ滑空していく。
そして、小袖袴の規格外プレイヤー、村瀬悠午と一団の仲間も、白の大陸の地に最初の足跡を残す事となった。
直後に、小娘どもはフラフラしていたが。
「おっふ……地面が揺れる」
「おっとっとぉ…………」
ジト目に前髪パッツンな少女と、もう少し大人なロングヘアの溌剌とした美女。
元ゲームプレイヤーの日本人ふたりは、下船してもまだ船に揺られるような感覚を味わっていた。
半月近く船旅をしていたのだから、丘酔いも仕方ない事だろう。
隠れ目の少女や若奥様も、同じように足元が頼りない。
もっとも、この世界で生まれた大男のオッサン冒険者や青年剣士も、同じように揺れる地面の感覚を味わっているのだが。
「ユーゴ! こっちで野たれ死んでも知らねーぞぉ!!」
「逃げ帰ってきたらウチの船で使ってやるからなぁ!!」
大荷物を肩に担いで桟橋を歩いていると、甲板上から悠午に声がかけられた。
憎まれ口で送り出すのは、獣人や比翼族の水夫たちである。
科白こそ乱暴だが、ヒト種や異邦人がここまで白の大陸の種族に受け入れられるのは珍しい事だ。
それは、他の仲間に対しても概ね同じだった。
悠午らは軽く手を振り、ジ・ファルナ号の水夫たちに応えると港を後にする。
すぐに分解されていた馬車を組み直すが、丘酔いという体調不良で旅を再開するのは言うまでもなくよろしくなく、2~3日は町に留まる事とした。
無論、修行と旅の準備は、この間にも進める。
「アウリウムはここから真っ直ぐ西に行って、少し南下したところにあるな。前に話した事があったかも知れんが、基本的にこっちの大陸には国という枠が無い。
ただ、各種族や部族の縄張りというモノはある。この大陸はどこだろうと、どこかの誰かの縄張りと思った方がいい。まぁ放って置かれている土地もあるから、そういう微妙なところや縄張りの境を選んで旅をする事になるんだが」
「一応聞くけど、縄張りの中を堂々と通り抜けるのは?」
「出来なくはないが、チビ……小人族はともかく、他の種族だと確実に揉めるだろう。挨拶して交渉すれば通り抜ける事は出来るだろうが、ヒト種やプレイヤー……つまり黒の大陸のヤツだと、まず無理だろうな。
ヒト種なんざどうなってもいいと思っている連中だ。ふんだくった挙句に、縄張り荒らしとして吊るし上げるくらいの事はするだろうさ」
岸から海に突き出したような、宿屋の2階。
そこにベランダのような空間があり、小袖袴の青年やオッサン冒険者、異邦人の少女とこの世界の魔道姫、騎士見習い、子供のような背の斥候職、そしてミステリアスな黒髪男性が集まっていた。
今後の移動ルートの打ち合わせだが、語るゴーウェンは面白くなさそうな面持ち。苦い過去と経験があるのだろう。
「ゲームなんかじゃこの辺はどうなってたんです?」
続けて悠午は、この世界と良く似たゲーム、『ワールドリベレイター』のプレイヤー達に疑問を投げかけた。
ジト目娘と隠れ目少女とグラドル大学生と若奥様である。
「ゲームだと元々、NPCを攻撃したり何か盗むのを見られると手配状態になって、兵士とかに襲われたりしたけどね。こっちの大陸だと、それが最初からみたいな感じになってて…………」
「好感度上げるクエストを幾つかクリアすると襲われなくなるけど、多分こっちじゃそんなん無いんじゃね? プレイヤーズギルドでもそんなの聞いた事ねーし」
その女性陣が言うには、ゲームと現状で似たような部分はあるものの、穏便に通り抜ける方法はこちらの世界では使えないだろう、との予測だった。
理屈で言えば、信頼を得れば縄張りを通らせてもらう事は在り得なくもないのだろうが、それがゲームのポイント稼ぎのように単純なワケもない。
旅の計画には織り込めない、不確定な要素だった。
「『案内人』を雇えばいい、ような噂を聞いた事もありますが……?」
ここで声を上げたのが、家出してきた王女の世話役であり、護衛の剣士、クロードである。
貴族家の出身ではあるが、主家の雑用を片付ける中で、そんな話を聞いた事があるのだ。
ヒト種やドワーフ、黒の大陸の者が白の大陸を往く場合は、地元出身でそういう生業の者を雇えば安全に旅が出来る、と。
「冒険者ギルドでそういう依頼も出せるけどね。ここ数年は受ける者はいなかったんじゃないかなぁ? いたとしても、依頼主を危険なところに引き込んで殺して持ち物を奪おうとするような、ろくでなしばかりさ」
と、実際のところどうなのかを答えたのは、船の上で知り合った黒髪のミステリアスガイ、ダンであった。
なんでも、白の大陸の北部に用があるとかで、このまま悠午たちの目的地である『アウリウム』経由のルートを通る事にしたのだとか。
悠午の一団に同行した方が安全だ、とは言うが、実力的にもそんな弱気なタマには見えなかった。
特に、今すぐ排除すべきだと言うような意見も出なかったが。
それはそれで危険かもしれない、というのが、悠午とゴーウェンの共通した意見でもあったので。
「まぁ、どんな場所にも歩き方というのはあるモノだよ。木人の森は浅いところを通り、比翼族の空の下は岩陰や木の陰に隠れて進む。獣人の縄張りも、匂いに気を付ければ嗅ぎ付けられる事はない。エルフは意外と話が通じたりするけど、妖精の棲みかは避けた方が良いかな。彼らは気紛れで刹那的で……少なくとも理性的な交渉とかは出来ないから」
黒髪のダンによると、縄張りは無数にあっても通るコツがあるのだと言う。
ちなみにゴーウェンは、もっと平和な時に穏便な土地を選んで通り抜けただけだとか。
そして他に、エルフの本拠地『アウリウム』へ向かうに都合の良い道も無い。
慎重に縄張りの奥深くへ入り込むのを避け、そしていざとなったら蹴散らす覚悟で進むしかない。という事だった。
「重要なのは、魔物や怪物と違って種族のヤツを殺っちまうと、大陸中延々と狙われかねんって事だな。何せ俺たちはヒト種だから、逆恨みもひとしおだろうぜ」
「っても、襲ってくるなら返り討ちにされても文句は言えねーじゃん?」
「そりゃ向こうの大陸の理屈だな。サヨコ、こっちではヒト種とプレイヤーは常に一段下に見られると思っておきな。騒ぎを起こせば悪いのはこっち。揉め事を起こせば悪いのはこっち。何かとツケを払わされるのは、どう扱っても文句の出ない俺らヒト種や黒の大陸のヤツってワケだ」
黒の大陸では少なくとも表向きは公平に扱われ、腕っ節にモノを言わせて厄介事を片付ける事も出来た。
しかし、ここからは前提条件が全く変わってくる、と。ゴーウェンはジト目少女や他の者の意識を変えるように言う。
あらゆる点で、黒の大陸の余所者が不利益を押し付けられる、それが常識となるのだ。
「とは言えだ…………今の俺らなら、周り中敵だらけでも、その辺は割と上手くやれるんじゃないかね?」
とも、ゴーウェン不敵な笑みで続けたが。
敵地、厄介者扱いのヒト種族という立場、無数に敵対種族の縄張りが犇めき、命の保証も頼る者も無い、白の大陸という大地。
その旅は、どこまでも孤立し常に危険を伴う過酷なモノ。
となるはずであったが、万事慎重なベテラン冒険者をして、それは決して先行きの暗いモノではないように思えていた。
見れば、ジト目の少女はやや不満そうに鼻を鳴らし、隠れ目少女は突き合わせた指の間で静電気をバチバチさせ、美貌のグラドルは焦れるように足首を回し、青年剣士は口の前で掌を合わせ何かを抑え込んでいる。
そのいずれもが、悲壮感など滲ませていない。
一方で、小袖袴の少年は、やや沈痛な面持ちであったが。
「ゴーウェン……アンタらしくもない。敵の戦力が未知数なのに、油断なんてするもんじゃないよ。ダンさんの言う通り、面倒は避けていけばいいじゃんよ。
いざその時になれば、イヤでも修業の成果を発揮する事になるんだから」
「ハハッ、悪い悪い。俺とした事が、駆け出しのガキに戻った気分だ。どうにもいかんね。
だが船の上ではろくすっぽ力を試せなかったんだ。自分がどの程度やれるか知りたい、というのが人情だろ?」
悪ガキのようにニヤリとするオッサンに、処置なしと溜息をつく少年。
半月以上に及ぶ船旅の間の瞑想修業は、概ね上手くいった。
想像以上に、上手くいってしまった。
一見して目を瞑ってジッとしているだけ、というつまらない修業にどれだけ身が入るのか師匠としては不安もあったが、弟子達は比較的真面目にこれをこなしていた。
比翼族の英雄とその親衛隊の襲撃が、危機感を新たにしたという事もあったのだろう。白の大陸には、少なくとも同レベルの強敵が5人存在しているのだ。
そして、自由に動けない船旅に入る前の積み重ねもあった。
ひとつひとつはバラバラだった素養が瞑想の中で整理され、それぞれの戦闘スタイルとしてある程度の形を成していく。
“気”力さえ鍛えればそれだけで基本的な身体能力は上がり、常人より強くなるだろう。
この辺が、悠午の想定する当初の最低ラインだった。
欲を言えば、自己の属性を高め五行術のひとつでも使えれば、この世界を生き抜く上で頼もしい武器になるだろう、とも。
まさかゴーウェン、御子柴小夜子、久島果菜実、姫城小春、クロードが2属性まで連鎖し、フィアに至っては4属性にまで手をかけるとは思わなかったのだ。
おっかしーなー実家の門人のヒトじゃこんな事なかったのになー、と少年の頭には『?』マークが乱舞していたが、強くなってくれる程に悠午の負担が減るのだから、ブレーキをかける理由もない。
結果、弟子たちの気持ちが浮ついているというか、調子に乗っているというか。
何にしても、師として弟子の成長を喜んでばかりもいられなかった。というかやっぱり弟子を育てるのって難しい。
特に悠午は口には出せないものの、この一連の件の裏にいる存在を知っている。
万が一にもその連中と表だって殴り合うなら、今の状態も今の実力も非常に危ういと言わざるを得なかった。
「何にしても調整は必要だな…………。特に小夜子姉さん達はロールチェンジもしてるんでしょ? 丘酔いが治ったら組打ち修業も再開するとして、どこかで実戦勘もサビ落としして欲しいな…………」
「よっしゃそれじゃ『造船所跡地』か『旧倉庫街』いこーぜ! 造船所の方はドロップが良くて倉庫は宝箱が沸く」
「余計な争い事は回避していこうって今話したばっかだよね?」
肩慣らしと、自分の性能の把握。
その辺の為に実戦を経験したいと言うと、すかさずジト目のお姉さんから希望が出た。
元ゲームプレイヤーの知識によると、ここ『アポティ』付近に手ごろなフィールドがあるらしい。
派手に騒いでどこぞの種族の注意を引くような事は避けたい悠午だったが、そこのところどうなのかと問うと、ヒト目に触れやすいところじゃないから大丈夫じゃね? との事。
その返事の軽さに若干の不安を誘われる師匠だったが、事そういう情報ではプレイヤーに及ぶところではなく、提案に乗ってみる事とした。
結論から言うと、実戦勘を取り戻すリハビリテーションとはならなかったが。
◇
「うーん…………ちょっと問題だなぁ」
小袖袴の師匠が、剥き出しになった鉄の梁の上から地上を見下ろしていた。
ところは、飛行船造船所跡地。
かつて空飛ぶ船を作っていたとされる、巨大な鉄の足場が幾つも遺されている廃墟だ。
ゲーム中にも存在したフィールドのひとつであり、現在は天然のゴーレム系モンスターが発生する危険地帯となっている。
遺棄された大昔の魔術機構がゴーレムを生み出す原因とされているが、今となってはそのゴーレムが内部で生成する魔石が貴重品とされ、そのまま放置されていた。
ゲーム『ワールドリベレイター』における造船所跡地の攻略推奨レベルは、50。死に戻り無し、負傷リスクを考えると、難易度は更に高くなる。
港町アポティの冒険者組合で駆除依頼を受けた際には、ヒト種の冒険者なんかにゴーレムを倒せるのか、とウサギ耳の獣人に嘲笑われていた。
実際には、悠午抜きで蹴散らしてしまっていたが。
「フハハハハハハこれよこれ! 圧倒的火力のあるスキルを主軸にモンスターを殲滅! 経験値とドロップアイテム大量ゲット! 力こそパワー!!」
「サヨコ嬢ちゃんよ!? その術振り回すなら自分の周りを見てやってくれや! ユーゴも使い方しっかり教えとけ!!」
「やっぱりドラゴンの時ほど威力出ないなぁ……。ていうか小夜子、それ使うならやっぱりファイヤーブレスにした方が魔力消費的にも良かったんじゃないの?」
「やだアレかっこ悪い!!」
天然のゴーレムも、それなりに実力のある冒険者でなければ相手取るのが危険な存在だ。
故に暫く放って置かれ、全長2メートルや5メートルのヒト型の怪物が大量に彷徨っていたが、ほぼ全てが破壊されている。
五行術という強力な武器だけではない、日々の修練の中で鍛えてきた“気”力の下支えがあればこその戦果だが、全員が悠午の想定以上に有効に使いこなしていた。
十分とは言えない上に、これでは自分の限界も分からない、と問題が却って大きくなったような気もする師匠だが。
特にジト目姉さんのテンションの高さが限りなく不安である。すまないゴーウェン師匠の不手際で。
「すっげー……! みんなエルフの魔法みたいなの使うの、めちゃ強くない!? 英雄並みじゃん!!」
「まさか、そこまでじゃないよ。“気”力が上がって並みの人間より倍くらい強靭になったけど、技も術も荒いし適当過ぎる。属性の偏りもあるから弱点も克服できていない。出力も低い。
船で瞑想ばっかやらせていたのは失敗だったかなぁ…………。“気”力の上昇に慣れが追い付いてないのが一番の問題だわ」
同じ梁の上から地上の有様を見下ろし、小柄な斥候職の少年(擬)が感嘆の声を漏らす。
異邦人の少女達も冒険者のおっさんも魔道姫や従者も、船に乗る前とは比べ物にならないほど強さを増していた。
これなら、上手くカチ合えばエルフと故郷の連中を皆殺しにしてくれるんじゃないか、と思えるくらいに。
それは、新たに力を得たというより、力の使い方を理解した、という状態に近い。
本来は、あるいはエルフや妖精といった種族でなければ触れる事も出来ない、自己に内在する生命力を意思の下で操る事で階位を上げた生命体。
所謂、超人類。
だがそれも、悠午から見れば力を振り回しているだけ、振り回されているだけだ。武人として断じて容認できない有様である。
これ早いうちに修正しないと土壇場で事故るなぁ、と目を細める小袖袴の師匠。
さりとて、揃いも揃って中途半端に強くなってしまったので、現状では自分の限界を計れないだろう。
この先旅を続ければ戦闘状況になどいくらでも出くわすだろうが、そこがデッドエンドになっても困る。
これは師として、修羅となりて調子に乗った弟子達に実力で地獄を見せてやらねばなるまいか。
などと、船出以来の組み打ちを最高難易度にしてやろうか思案する悠午だったが、その予定は思わぬ襲撃者の出現によりキャンセルされる事となった。
クエストID-S088:タイトル未定 12/14 20時に更新します。
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