085:船旅の嵐は人生の苦難にも似て
.
改めて述懐するところによると、村瀬悠午という少年は、この世界に何も残す気が無いのである。
自分は飽くまでも余所者であり、いずれは元の世界に帰るべき存在。
故に、この世界のバランスを大きく変えるような事もしたくないのだ。帰った後に責任とか取れないので。
「と言っても聞いてはくれないんだろうなぁ……」(……しかもアレ結構デキるぞ。気絶とかさせるにしても骨だわ)
しかし、翼を持つ種族、比翼族の戦士はお構い無しに襲いかかってきていた。
超音速の突撃により双胴船の甲板が派手に破壊され、これ以上の巻き添えはマズイと考える小袖袴の少年は、帆柱の上に飛び上がる。
最初に突撃してきた比翼族の戦士は、悠午にカウンター喰らい得物の斧を砕かれた拍子に、コントロールを乱して天高く急上昇して行った。
そして、その隙をカバーするように一斉に降下して来るのが、黄金の鎧を纏う比翼族の戦士たちだ。
「このプレイヤーがウルリック様を!?」
「ウルリック様は!?」
「大丈夫だあの程度でやられはしない! それよりこいつを!!」
「近付かずに殺れ! ウルリック様の突進を真正面から潰すようなヤツだぞ!!?」
比翼族の戦士は手にしたエメラルドグリーンの槍を悠午へ向けると、その先端から魔力の穂先を発射した。一線級の比翼族の戦士は、一線級の魔法戦士でもある。
だが、悠午はそれらを苦も無く素手で打ち払って見せた。
狭い帆柱の上で、轟音を立てて拳が振り抜かれると、鋭い魔力が粉微塵に砕かれ光の粒子へと変わってしまう。
「ッ!? なんという魔法防御!? 魔法盾すら穿つ魔槍デルソルを!!?」
「正面からやるな! 囲め!!」
魔力による遠距離攻撃が通じないと見るや、戦士たちはただちに次の攻撃陣形へと移っていた。動揺せず、切り替えが早い。優秀である。
黄金の鎧を纏う比翼族が、悠午の立つ帆柱を中心に円を作り高速で回る。
敵が隙を見せた瞬間、背後から次々に絶え間なく攻め込もうという戦術だ。
比翼族がたったひとりのヒト種族にこれを用いた例は、歴史上存在しない。
今回も実現はしなかったが。
「退けぇ貴様ら! それは私の獲物だぁあああ!!」
「ウルリック様!?」
頭上から急降下して来る影。
それは、翼のような形をした斧を振り下ろそうとする、透明な翼の持ち主。
比翼族の英雄ウルリックの強襲だった。
片方の斧を失い冷や水をブッかけられたか、普段の軽い雰囲気は無い。
激情した戦士そのものだ。
(アレかわすと船が壊れるな。てかあの速度で突っ込んで来て海面に激突しない算段はあるのかね、アイツ)
その一撃が足下の船を破壊しかねないと見切る悠午は、帆柱から伸びる帆桁を踏み締め、迎撃の構え。
と同時に、また船に到達しない数百メートル上から、英雄ウルリックが斧を振り切った。
直後に発生する大規模な真空の刃。
「火“気”六尺玉……!」
即座に五行術へ切り替える悠午は、掌に集めた火“気”を真上に発射。
撃ち出された火球は直径200メートル規模の大爆発を起こし、風の刃を蹴散らして見せる。
大空に広がる真昼の花火。
熱風と衝撃も一気に拡散するが、空にいた比翼族には逃げ場が無かった。
「うぉおおああああああ!?」
「くッ! アーノスアノス――――――!!」
吹き散らされる金の鎧の戦士たち。どうにか風の魔術で身を守るのが精一杯だ。
一方で英雄ウルリックは真横に飛び爆発範囲から逃れ、船の周囲を高速で旋回していた。
「なるほど! 血竜を倒したプレイヤーと言うのは伊達ではなかったか! ならばッ! ザムザムドオーネルスライ……!!」
英雄が魔術式にて精霊に働きかけると、周辺海域の天候が劇的に変化していた。山の天気の変わり易さどころではない。
凪に近かった海が荒れはじめ、風は吹き荒れ青空は隠される。
そして、それは決して比翼族にとって悪い環境ではなかったのだ。
「馬鹿野郎が海を荒らしやがってぇ! 全部の帆を張れ! 船乗りじゃない野郎はさっさと下に引っ込んでろ! 海に落ちても拾わねぇぞ!!」
白熊船長が水夫たちをどやし付け、乗客を船室へと押し込んで行く。
左右の船体にある帆を全て張ったジ・ファルナ号は、帆柱を軋ませる程の風を受けて、大きく持ち上がる波で傾きながら走りはじめた。
船内も大騒動だ。固定し切れていない荷物が船室内を転げ回り、それらに混じり乗客も転げ回っている。
その上空では、乱気流に乗る英雄ウルリックが、翼の斧を振るい真空の刃を乱れ飛ばしていた。
小回りを利かせながらも、超音速の飛行速度に至る英雄が周囲に衝撃波をまき散らす。同時に四方八方から放たれる風の刃。
何者の存在も許さない、死の空域だ。
空中を跳ねる悠午は、無色透明なそれらを全て回避していたが。
「ぬうっ!? 飛翔の魔術使いか! 流石だな!!」
「そういうアンタは他人の迷惑考えな」
真正面から来た真空の刃を殴り壊すと、小袖袴の少年は空“気”を踏み切り、空の英雄へと一気に間を詰めた。
その時点で、既に打撃の発射態勢。
力を乗せた剛腕は、驚愕の表情で固まるウルリックの顔面目がけて叩き付けられる。
「ぐぉおおおお――――――――!!!?」
ところがそれを、英雄は全精力を傾け受け切った。
正確には、翼の斧で受け止め、急展開した風の障壁で自ら弾き飛ばされ逃げたのだが。
「ほっほー……」
それでも、小袖袴の達人は、非常に感心していた。
この世界に来て悠午の打撃を受けたモノは何人――――または何体――――かいたが、それを持ち前の身体能力による強靭さなどではなく、膂力と技量で凌ぎ切った者ははじめてではなかったか。
肉体に内在する“気”の大きさといい圧倒的な身体能力といい、この世界にこんな武人がいたのかと、驚きや危機感と共に妙な喜びを感じる悠午であった。
どうも考え無しな感じが残念に思うが。
「ったくテメェの師匠はどういう教育をしてたんだぁ!? なぁオイ!!」
「ぬぐッ!!? ウゴガァアアアアアアア!! こ、コイツは!!?」
傍迷惑な輩が大きな武力を持つとか厄介極まりないので、悠午は不干渉モードから少し排除モードに舵を切っていた。
スルッ、と距離を詰めると、無造作に振るわれる左腕の打ち上げ。
またもギリギリで斧を叩き付けて防ぐウルリックだが、咄嗟にその斧を身体の前で盾にし、次に飛んできた悠午の前蹴りを防ぎ切った。
単純かつコンパクトなクセに凄まじい威力の連撃で、自信の塊のようだった英雄の頭が真っ白になる。
何も考えずに防御に使った斧は、蹴られた箇所からヒビが広がっていた。
◇
「ウルリックさまぁあああ!!」
「あ、アレを止めろ! 刺し違えてでも!!」
大嵐の中でド突き回される英雄の姿に、心臓発作を起こしそうなほど衝撃を受けているのが比翼族の親衛隊たちだ。
暴風と乱気流は、全ての比翼族にとってホームグラウンドのはず。しかも、ファビナ空中庭園を守るクラスの戦士ともなれば、その風を自在に制御できる。
比翼族はこの空全てを、自らの力と変える事が出来るのだ。
その風の中で、比翼族最高の英雄が一方的に押されるなど、あってはならない事だった。
親衛隊の使命は、何より比翼族の英雄を助ける事。
最も強い英雄に助けなど必要ないと思われるが、万が一という場合もある。
そして、その万が一の時が来た以上、親衛隊の戦士たちは命をかけて英雄の敵を叩かねばならないのだ。
「エウランエランエラエクサンティア……レスペランマッ!」
「く、クリスタルスプレー!」
「サーマルホーミングだオラァ! リキャストォ!!」
「類感呪、驚天動地!」
それより先に、ジ・ファルナ号甲板からの反撃が始まってしまったが。
船内に逃げていなかった爆乳魔道姫、奥様魔術士、ジト目法術士、隠れ目呪術士の魔法職4人による、対空魔法攻撃。
撃ち上げられた魔法は比翼族戦士の障壁に直撃し、あるいは近距離で爆発し、至近を貫き、あるいは上下左右の感覚を惑わしてくる。
何がなんだか状況がよく分からないが、襲撃されたのは間違いないのだから、という悠午パーティーからの攻撃であった。
なお、
驚天動地、熟練度20。
呪術捕捉、空間認識失調(闇属性)、習熟度によって妨害効果、範囲、持続時間が変化する。
「チッ! あのプレイヤーの仲間か!?」
「サーヴィタ! お前はウルリック様のもとへ!」
「ぺルカ!? お前達は!!?」
「…………仲間をはやにえにしてやれば、あのプレイヤーの気が引けるかも知れん。お前はウルリック様をお助けしろ! 急げ!!」
飛び回って魔法を回避しながら、親衛隊は二手に分かれた。
人数の多い方が、英雄ウルリックを助ける為に横槍を入れに行く、サーヴィタの部隊。
もう一方が、ジ・ファルナ号から攻撃を仕掛けてくる異邦人や冒険者を血祭りに上げるペルカの部隊だ。
「コイツらはザコだ……。吊るして殺せ! あのプレイヤーを引きつけろ!」
爆撃するかのように、翼を広げ槍を突き出し急降下してくる黄金の鎧たち。
そのまま真っ直ぐ異邦人と冒険者を撃ち殺しに来るが、あっさり殺される相手でもなかった。
「ふんッ! 羽付きの浮島にいる連中か! こんな海のど真ん中でご苦労なこったなぁ!!」
「ハッ! ヒト種ふぜいが……!!」
身長ほどもある大剣を振り回し、比翼族の予測進路上を薙ぎ払うゴーウェン=サンクティアス。だが、ペルガという戦士は強く羽ばたき進路を変え、捻るようにして攻撃を回避する。
別の比翼族は爆乳魔道士へ襲い掛かるが、張り巡らされた見えない糸に突っ込み、バランスを崩して甲板に墜落した。そのまま怒りの水夫にタコ殴りにされ退場。小柄な斥候職、ビッパの罠である。
「死ぃいいい――――――――!」
「ひッ!?」
いかにも気弱そうな隠れ目少女にも比翼族は襲い掛かるが、これは直前に黒髪のダンが割って入った。
特別強そうでもない中肉中背に見えたが、身のこなしは早く、速度に乗った比翼族の攻撃を打ち払っても姿勢を崩さない。
「あ……ありがとう、ございます……!」
「いやなに……落ち着いて。キミならできるよ」
恐怖で心臓を爆動させながら礼を言う隠れ目少女だったが、その後のダンの言葉に数テンポ遅れて首を傾げた。
はて『できる』とはいったい何の事やら。
それを問い質す時間も勇気も無いので、すぐに比翼族の迎撃に専念するのだが。
「それにしても……今代の翼の勇者は随分と品が無いな。いや前もこんなもんだったか?」
そしてダンは、人知れずそんな呟きを零すのだ。
「ッたくチョロチョロとぉ! エアショック! 射程外だし!!」
「ブラックミスト!」
「せめて地面なら壁くらい作れたのに!!」
「コハル! 僕らは魔法を使う者の守りに専念するんだ! フィアさまや他の魔道士をやられたら手が出せなくなる!!」
しかし、足場の良くない船上での戦いは、異邦人やヒト種には不利を強いていた。迂闊に力を出すと船を破壊する事になる。
他方、海上を自由に飛ぶ比翼族は、『デルソルの槍』という中距離での魔力攻撃が可能な武器もあり、圧倒的に有利だ。
船の上から対抗する手段は、魔法や弓矢、投げナイフといった飛び道具のみ。生憎とゴーウェンたちは持ち合わせていない。
しかも、比翼族の飛翔速度は魔法であっても狙い打てるものではなく、プレイヤーの少女や冒険者達は有効な手を打てずにいた。
比翼族の方も、思うように攻め切れず苦戦していたが。
「クソッ! ヒト種がしぶとい!? 足場を崩せ! 動きを止めて殺る!!」
「まてペルガ! アレは同胞の船だろう!? 沈むような事になれば――――――!!」
「それより我ら全員でウルリック様を支援した方が良いのではないか!?」
「我らの英雄の命を優先する! それだけだ! あのプレイヤーはバケモノだぞ!? 確実な手を打つ!!」
ペルガという戦士は有無を言わさず、仲間の疑問を押し切りジ・ファルナ号への直接攻撃へ踏み切った。
艶のある茶色の翼が羽ばたき、船を見下ろす位置で滞空する。
同調する戦士は船を円形に囲み、そしてペルガの合図で一斉に魔力槍を撃ち放った。
甲板や帆柱に鋭利な黄色い魔力が刺さり、軽々と木材を貫通する。
風を受けて大きく張っていた帆には大穴が開き、倒れたカンテラから火が漏れ出ていた。
「あのクソッたれども!? テメェのところの船だろうが何考えてやがる!!?」
「ヤバイヤバイ!? 盾もヤバいけど船の方もヤバいよぉ!!」
「とてもこの船全体は守りきれないけど――――――アーノスアノスバルサクトリエ、ラーゼル!!」
成す術無く降り注ぐ凶弾に、大剣や丸盾を構えてどうにか耐える大男とグラドル戦士、障壁魔術で可能な限り食い止めようとする魔道姫。
だが、魔槍の攻撃はお構いなしに船室内部までを破壊し、
バリバリバリッ! と。
そこに奔る紫電の一閃。
「なんッ――――――――ぐがガガガガガガガ!!!?」
「バカな!? 我らには落雷避けの加護がぁアアア!!」
天からではなく側面から来る雷撃に、ジ・ファルナ号を取り巻いていた比翼族の戦士は蹴散らされていた。
雷が怖くて空は飛べない。故に、比翼族なら子供だって雷を避ける呪いを覚えているが、そんな術式など一瞬で吹き飛ばされてしまった。
異邦人の使う電撃魔術などとは、桁が違い過ぎる。
辛うじて死なずにすんだのは、風の障壁術が高圧電流を軽減した為だ。
無論、この雷撃は悠午からの援護射撃である。
英雄ウルリックと比翼族の戦士十数名を相手に立ち回りながら、隙を見て放り込んだモノだった。
稲妻。
木“気”の発現。
超高エネルギーを発散しながら眩く輝く電“気”の力。
それは、彼の少年が放った技術の結晶であり、そして久島果菜実の中にも在るはずの力だった。
鉄火場にあって、隠れ目の少女は髪の隙間から天を見上げ、その力強さと美しさに呆けてしまう。
悠午と同じと聞いて少し浮かれていたが、自分にアレと同じ事ができるだろうか。
『落ち着いて、キミならできる』
そんな疑問を持った時、自然と思い返されるのは、先ほど聞いたばかりの科白だ。
素性が知れない黒髪の男ダンは、いったいどんな根拠で自分に『できる』と言ったのだろう。
ただ、果菜実の希望としては、その言葉に縋りたい気がする。
少し前まではただ憧れる事しか出来なかった少年と自分に、少しでも同じ部分があるのなら、その何かを見てみたいのだと。
無意識に、その美しい輝きの残滓に手と意識を伸ばしていた。
そして、ドンッ――――! と。
隠れ目少女の指先から青白い天雷が昇り、ビックリして尻もちついた。
「ッぷあ!? なんだなんだ悠午のヤツの誤爆か!!?」
「いや……今のはこの船からじゃなかったか!?」
唐突に大型双胴船から放たれるイカヅチに、甲板上の全ての者が度肝を抜かれる。雷を放った本人が一番驚いているのだが。
時速1224キロメートルの一撃を正しく認識できた者は、その海域にはふたりしかい。
ジト目法術士や大男のベテラン冒険者といった仲間たちはやや混乱していたが、自分のいる空域が一瞬で危険地帯になった比翼族たちの動揺は、その比ではなかった。
「こっちにも同じ術者が!?」
「ま、マズイ!? 挟撃されているぞ! 離脱しろ!!」
異邦人の一団に中長距離の攻撃手段がなければこそ一方的に攻めていたが、こうなると逆に駆逐されかねない。
さりとて、我らが英雄が想定外の窮地にある以上、ただ逃げる事も出来ない。
「いいや今すぐ船を沈めるんだ! 横っ腹に穴をあけてから離脱しろ! 泳ぎながら我らの相手は出来まい!!」
ペルガという性急な戦士が選んだのは、同胞諸共船を沈めるという最悪の選択だった。戦術的には合理的かもしれないが、同じ白の大陸の種族にしてみれば、巻き添えなどたまったものではない。
結論から言えば、船は沈まなかったが。
比翼族の戦士たちはジ・ファルナ号の右舷へ、その海面スレスレにまで駆け下りると、船体の真横へ槍による魔法攻撃を実行。
そして今度こそ、横殴りの落雷に呑み込まれる。
「なぁあああ!? こッ……の程度でぇえええ!!」
「だ、ダメだ! 次は止められない!!」
黄金の鎧の戦士達が、風の障壁を全力で維持し雷撃に耐えると、散開して四方八方へ逃げた。今度は明確に狙い打たれた事で、多くの者が悲鳴を上げる。
「これは……カナミがやっているの……!?」
「今のなにカナミン!? え!? タンピングボルトなんて使えたっけ!!?」
爆乳魔道姫とジト目法術士も、今度は隠れ目少女の放った一撃を目撃していた。
雷の先端が音速を突破した際の衝撃波と、雷光の眩い光。
そして、それ相応の魔力の出力と破壊力。
プレイヤーの小夜子が、それを電撃の上位魔法スキルと勘違いするほどの威力だった。
ちなみに、次の電撃魔法は熟練度65。レベル30台の隠れ目呪術士には、当然習得不能である。
果菜実は先の感覚を逃さず、自分なりの五行術の引き金を、頭の中に形成していた。
それは、自分の意識をどこまでも先に延ばし、腹の底から全ての“気”力を全力で爆発させる感じだろうか。
ただ、はじめてにして2度の発“気”により、自分の“気”力が急激に萎えているのも自覚できる。
(でも……まだ、もうちょっと…………大丈夫、じゃないかな)
それでも、遠くの空を駆け回っている少年を見ると、がんばろうという“気”力が湧いて来る気がした。
◇
(果菜実姉さんも……か。オレの木“気”が誘発しちゃったかねぇ?)
そんな隠れ目少女の“気”付けになっているとは知る由も無く、比翼族の英雄へと攻め込む悠午は、凶悪な力を持つ拳を振り抜いていた。
ウルリックの纏う障壁が一瞬で消し飛び、盾に使った斧が限界に達し砕け散る。
余波だけで吹き飛ばされる英雄は、あえてその力に逆らわず上昇しながら受け流していた。
紙一重で直撃を避ける技量は、本当にたいしたものだと悠午は思う。
既に半分ほど仕留めにかかっているのだが、ここまで逃げられるとは少々想定外だ。
「まさか……こんな所でこれほどの相手と出遭ってしまうとはな。だが出し惜しみする必要は無さそうだ」
一方で、ここに至り彼我の実力差を完全に受け入れた英雄は、小袖袴の異邦人を生涯で二度とない敵だと認めていた。
もはや、この戦いは単なるエルフからの遣いによるモノではない。
比翼族の英雄として、戦士のひとりとして死力を尽くすべき死合いであると。
「女神よ……眷属たる天候の神『ハリエル』よ! 汝が忠実なる神の兵に聖なる契約の力を与えよ!!」
虹の翼を持つ英雄が、折れた斧の柄を掲げて謳い上げる。
すると、直上の空に立ち込める分厚い暗雲が払われ、台風の目のように円く青空を覗かせた。
そこを通り道とするように、何か強大な存在が翼の英雄へと降りてくるのが悠午には分かる。
「ハハッ……こっちの神か!!」
小袖袴の武人、『叢村』の末裔である村瀬悠午には、今までの人生でも神々と多少の縁があった。北欧の雷神やらギリシャの半神やら南米の暗黒神やら鉢合わせる度にえらい目に遭ったものだ。
それらの記憶が、否が応にも悠午を本気にさせる。
温厚な少年に狂暴な笑みを作らせるのは、日本最古の武神の血か、あるいは持って生まれた武人としての本能か。
『貴様は何者か……。その気配、異界から渡ってきた何かしらの神か…………』
「オレは単なる子孫に過ぎんがね、こと戦場にあっては神かヒトかに意味があった覚えがねぇよ!!」
英雄ウルリックを依代に、その口を借り遥かに上位の存在が悠午に問いかける。
只人であれば無条件で平伏さずにはいられない絶対的な重圧に、しかし悠午の覇気はより一層膨れ上がっていた。
『まぁよい……私はオルディニスと翼の種族の契約を果たすのみ』
「ったくもー、こっちでもこんなかい!? 神威顕現! 須佐之男大神――――――――!!」
ウルリックの折れた斧の先端に青い放電が起こり、それが十数メートルもの長大な刃と化す。
小袖袴の少年も、“気”の出力を最大にまで引き上げ、不意に遭遇した神の一柱に挑もうとしていた。
ところがだ、
◇
比翼族の戦士たちは、一列となり自らを矢と化しジ・ファルナ号へと突進してきた。
「んーッ……!」
ズバンッ!! と、隠れ目少女は覚えたばかりの木“気”の術を放つ。
ひび割れるように奔る稲妻が黄金の鎧を打ち据えるが、その先頭を行く者が脱落しても、後続は速度を緩めないどころか一層の加速を見せていた。
「何が何でも船をやる気か!?」
「させっかボケー!」
「――――――――エウランエランエラエクサンティア、レスペランツァ!」
刺し違える覚悟に近い、とゴーウェンが相手の意図を看破し、牙を剥くジト目法術士がプレイヤーの魔法スキルを目一杯に連射。
魔道姫も掲げた手の平から何十発という光の矢を放つ。
しかし、比翼族の特攻兵たちは未だに遠く、魔法が届かない。
かといって接近を許せば、もはや撃ち落とす時間も無いだろう。
果菜実は考える。
悠午のイカヅチは一発で比翼族の者たちを蹴散らして見せたが、やはり今の自分にはそこまでの威力は出せない。
ではどうすればいいか。
悠午の“気”の強さ、出力の大きさは、5つの属性を相互に反応、増幅させる事による反応炉のような五行の輪廻によるモノだ。
それは、五行術を極めた果の奥義。到底、果菜実には手が届かない領域である。
そして、今の果菜実の“気”力の全ては、これまでの修行の結果だ。誇りもしない、後悔もできない。年下の師匠は言った。修行は完成せず、いつだって勝負はそれまで培ったモノで臨むしかないのだと。
その時に、フと思う。
今の自分に出来る事の全てというのは、いったい何があるだろう、と。
「ハンマーボルトー!」
気付いたら実行していた。
プレイヤー、魔法職のスキル。
ハンマーボルト、熟練度10。
近距離射程、電撃(風/水属性)、金属防御無視、低確率でスタン。
ただし、発動した初歩の魔法スキルは、レベル10なんて威力ではすまなかった。
ジ・ファルナ号と周囲の海域を真っ白に染め上げ、一瞬全ての音を奪い去る。
次に来たのは、世界が破裂したかと思うほどの轟音と衝撃波に、大樹を引き裂いたかのような閃光だ。
隠れ目呪術士の杖から放たれた極大の雷撃は、防御も回避も許さず比翼族の戦士たちを薙ぎ払っていた。
これまでとは、桁の違う破壊力。
初歩の電撃魔法スキルに木“気”を上乗せできないか、という果菜実の思い付きは、想像を絶する結果を齎してしまう。
遙か遠くの海で爆発が起こり、水柱が立ち上がっていた。
そのあまりの出来事に加えて“気”力が尽きた事で、隠れ目の呪術士は甲板にへたり込んでいた。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビューが落雷のように落ちてくるといいな。
クエストID-S086:タイトル未定 11/09 20時に更新します。




