008:遭遇のチーターゲーマー
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全世界5000万人がプレイするVRMMORPG、『ワールドリベレイター/オンラインユニオン』。
このゲームの舞台とよく似た世界に迷い込んだ、無数のプレイヤー。
その中の、4人の男女、
ゲーム未プレイの末っ子、村瀬悠午、
大学生グラビアアイドルの姫城小春、
淑やかな見た目を裏切る性格の御子柴小夜子、
引っ込み思案で半ば空気と化していている久島香菜実は、
元の世界に帰る手掛かりを求め、元ゲームプレイヤーの集う『プレイヤーズギルド』を訪れた。
プレイヤーズギルドには、多くのプレイヤーがこの世界を攻略してきた情報が集まっている。
ところが、肝心な元の世界に帰る情報は何ひとつ確実なモノがなく、手に入ったのは無理ゲーとしか言いようのない、噂話と大差のない情報ばかりだった。
無いものは仕方なく、悠午と3人の先輩プレイヤーであるお姉さん方は、他にもいくつかの情報を得てから、プレイヤーズギルド二階のオフィスを去る事とした。
知りたかったのは、この世界にプレイヤーが現れ始めるという、この事態がいつから始まったのか。また、最初にこの世界に来たのは誰か。
あるいはそれが元の世界に戻る手がかりになるかと思われたが、残念な事に、こちらも正確なところは分からなかった。
プレイヤーズギルドにあった情報で最も古いのが、約7年前の出来事に言及した物。
それも組合が出来る以前の、あるプレイヤーの伝聞をそのまま記録した物でしかないので、信憑性に欠ける。
当然、誰が最初にこの世界に来たのかも分からなかった。
ちなみに、プレイヤーズ組合の設立は5年ほど前。
当時の組合員名簿によると、その時点で500名以上がプレイヤーとして活動していたらしいが、間もなく登録制自体が無くなったという。
それは、プレイヤーの数が増え続けた為と、プレイヤー自身の気質によるものだった。
どういう事かというと、つまりゲームの世界に来てまで社会に縛られるつもりも無い、という事である。
「ご飯食べたらさ、冒険者ギルドの方にも寄ってみようよ。何か美味しいハンティング依頼があるかも知れないじゃん?」
「村瀬君はどうする? 帰る方法は全然分からなかったけど」
「ちょっと考え中です。もうちょっとこの世界の事を知ってから方針を決めた方がいい気がしてきましたよ。オレの場合ゲームの知識なんか全然無いし」
女戦士の小春と魔術士の小夜子、ふたりのお姉さんに促される悠午も、仕切り直す事とした。
とりあえず元の世界に帰るというのが最優先目標であるのは間違いない。
が、さりとて具体的に動くには材料が足りない。
それに、この世界はゲームと似て、非なる場所。
ゲームプレイヤーだからと言ってクエストの攻略だけではなく、生活の方もして行かなくてはならないワケだ。
ゲームなど知らない悠午としては、言われるまでもなく当然の事ではあったが。
しかし、繰り返すが悠午はゲームとしてのワールドリベレイターを、ほとんど知らない。
故に、先ずはこのノービスにゲームの基礎知識を教えねばなるまいか、とプレイヤーのお姉さんは考えていた。
先頭を行く妙に浮かれているジト目の市松魔術士は、足取り軽く二階オフィスから一階に降りると、さっさとプレイヤーズギルドを出ようとする。
まるで、何か楽しい事を見付けて気が急いているかのように。
ところが、その直前に何者かが軽い調子で3人を呼び止めに来た。
「キミたち日本人? 3人でパーティー組んでるの?」
「俺達と一緒に『魂魄海岸』行かない? あそこって今『テールグランパス』が来てるんだよね。見に行かない? 狩ってあげようか?」
混沌とした一階の奥から出て来たのは、天然の金髪にブルネットという日本人ではない3人の男だった。
10代後半か20代前半の若者に見え、それぞれ、重厚な鎧、上半身は何も身に着けていない腰鎧、胸当ての軽鎧にコートといった装いだ。
悠午から見て、どれも使い込まれた実用品だが、しかしどこか中身が伴ってない印象を受けていた。
なお、どういうワケか言葉は普通に通じる模様。
「うわぁ……やっぱり来ちゃった。ここ来るとコレがなぁ…………」
「――――――――と、仰いますと?」
愛想笑いが引き攣る美人戦士の呟きに、空気を読んで悠午も小声で尋ねる。
相手に聞こえないよう女戦士が短く答えた所によると、ここプレイヤーズ組合というのは、いわゆるひとつのナンパスポットにもなっているという話だった。
プレイヤー同士のパーティー勧誘や掲示板(物理)での連絡も行う場所なので、必然的にプレイヤーが集まりそういう事にもなり易いのだという。
そんな所に、日本のグラビア一番人気の戦士に、外見上は清楚な大和撫子な市松魔術士、隠れ目の引っ込み法術士と美少女3人組が来た日には、ナンパプレイヤーが放っておく道理もなかった。
「『魂魄海岸』って、あたしらそんなレベル無いし。これから『ドガの洞穴』か『水郷古城』でレベリングでもしようと思ってたんだよねー」
「レベリングなら俺らと一緒に行こうよ。君たち今いくつ?」
「『ドガの洞穴』なんてドロップもたいして美味しくないだろ? だったら『プリズムタワー』とかの方が良いって。ハイ決定。行こうか」
面倒臭そうにあしらうジト目の魔術士だが、男たちは強引に誘いをかけ続けた。
女戦士の方にも、短い金髪を逆立てた男が薄ら笑いで近づき、何気ない動作で逃げ道を塞ぐ。
まるで、得物を囲む狩人のようだった。
「オッケー分かった! それじゃ俺らも一緒に行ってやるよ、ボディーガードでさ。それならいいよね?」
「ドロップも俺たちはいらないからさ。なーいいだろ? もしかして警戒してる? 俺たち親切じゃん」
しつこく纏わり付く下心見え見えなプレイヤーの男達を、周囲のプレイヤーは無関心な目で眺める。
言葉使いこそは親しげだが、男は相手に有無を言わせない空気を発していた。
どうしてそこまでしつこく誘うのか。
無論、言葉通りクエストで協力しようという話、などではない。
体裁こそ攻略のお誘いだが、狙いはモンスターを倒す事で手に入る経験値やドロップ品ではなく、魅力的な女性プレイヤーそのものだった。
そして、野郎のプレイヤーの狙いなどはじめから分かっているジト目魔術士は、相手を刺激しないよう遠回しに断わろうとしていたが、
「壁役ならもういるし。だから他に手伝いなんていらなーい」
慣れ慣れしく肩に手を回された拍子に静かにキレ、成り行きを見ていた悠午を顎で示してキッパリと言い切ってしまった。
うん、大体火の粉って関係ない人間の所に飛んでくるよね、とこの後の展開を想像する悠午。
案の定、3人の男の目が、男女の輪から少し外れて腕を組んで立ってる胴着袴の青年へ向けられた。
その目付きはあからさまに、邪魔者を見るものである。
「ああ……なに、君達のパーティーメンバー? 気付かなかった」
「NPCかと思ったな」
「NPCがプレイヤーズギルドにいるワケねーだろ」
黒い道着に袴という、この世界でなくても珍しい格好をする青年に、無遠慮な視線を向けるナンパプレイヤー達。
やがて、品定めを終わらせると、
「あ、いいや。彼女らとは俺たちがパーティー組むから、お前外れろ」
「そうだな、前衛は俺たちがやるから。その方が彼女らも安心だろ」
「俺たちレベル50超えてるしさ。遠慮するよな?」
笑顔だが全く目の笑っていないプレイヤーが悠午を威圧し、上半身裸のマッチョが力いっぱい肩を掴んで言う。
ナンパプレイヤーがレベルを口にした瞬間、ジト目魔術士が小さく「ヤバい」と漏らして目元を引き攣らせていた。
魔術士、御子柴小夜子は初期魔法職の魔術士、レベル12。
一方相手はベテランのレベルであり、当然自分達のレベルでは抵抗など出来ない。
だが、悠午の方はまるで動揺した様子も見せず、また一見細身だが思いのほかガッシリしており、男達から見せかけの笑顔すら消えた。
「ふーん…………なに、強いの?」
「さあ……。結構鍛えてるみたいだけどな」
「お前レベルいくつ? ああいいや、嘘吐かれるかも知れないし。チェイス、調べてやれよ」
平静に見えて実は内心戸惑っている少年をヨソに、勝手に話を進めていくナンパプレイヤーの3人。
女戦士やジト目魔術士も口を出せないまま、金髪を逆立てたコートの男が悠午に手の平を突き出して唱える。
「どうせレベル3とかの雑魚ノービスだろ? 『ディセクト』」
ディセクト、熟練度45。
近~中距離単体、対象の上位解析(無属性)、彼我のレベル差により開示される情報量が異なる。
「おお?」
一見何も起こっていないが、悠午には赤外線のような不可視の何かが身体を舐めたのが分かった。
そして『チェイス』と呼ばれたコートの男の目の前に、プレイヤーの使うシステムコンソールのウィンドウが表示される。
そこには、魔術によって解析した相手の情報が記される筈だったが、
「あ…………? おいなんだよこれ!?」
訝しげに目を細めたプレイヤーが、悠午のステータスを見て声を荒げた。
一気に険呑な雰囲気になり、無関心を決め込もうとしていた周囲のプレイヤーたちも野次馬根性を出す。
「どうしたチェイス? レベル1のハッタリ野郎だったか?」
「どうせ最近来たばかりなんだろ? 格好見りゃ分かるだろう、武器すら――――――」
鎧を着た金髪男と上半身裸のブルネットの坊主頭は、ローブの男が開いたウィンドウを後ろから覗き込む。
すると、一瞬見た物が理解が出来ずに困惑し、すぐに嫌悪感に顔を歪めた。
「ステータスがバグッてやがる! こいつチーターだ!!」
鎧の男が悠午に指を突き付けると、ギルドの中では驚きや困惑のどよめきが上がる。中には、怒りや侮蔑といった声もあった。
「こっちにもいやがったのこのチートクソ野郎! ふざけやがって!!」
「バレないとでも思ったのかよクズが!」
怒気を漲らせたベテランプレイヤーのふたりが、目を丸くする胴着袴の青年へと大股で詰め寄る。
はじめから終わりまで、悠午には何が何だかさっぱり状況が分からなかった。
どういう事なの? と目線で訊くが、小春や小夜子らは高レベルプレイヤーたちの剣幕を恐れて何も言えない。
「チーターがプレイヤーズギルドなんかに来てんじゃねーよ!」
「誰がテメーなんかと組むか!」
「さっさと出てけよチート野郎!!」
喧しく喚きながら威圧し、胸倉を掴んで物理的にチーターを排除しようとする重鎧のプレイヤー。
だが、乱暴なその手は、目測を数ミリ誤り空を切る。
何気ない動きで、悠午が後ろに下ったからだ。
「何がどうなってるのか分からんけど……その『チーター』ってのは何なのよ?」
「黙れよバーカ! 死ね!!」
状況に付いて行けないなりに、悠午としても気分が良くなく、眉間にシワだって寄るというもの。
しかし、その落ち着き払った態度は短気なプレイヤーの逆鱗に触れ、背負っていた長剣を抜かせるに至った。
こうなれば、この後に起こる事はただひとつ。
レベル50台のプレイヤーが暴れるとあって、周囲に溜まっていたヒマ人プレイヤーも一斉に逃げ出した。
「調子に乗ってんじゃねぇテメェ……! 『インパクトブラスター』!!」
インパクトブラスター、熟練度45。
近~中距離範囲攻撃、熱波及び斬撃(風/火/物理属性)、物理攻撃力×2.8倍、攻撃時に衝撃と熱波が広がり追加ダメージ、確率で攻撃対象にノックバックあるいは麻痺の両方で判定あり。
重鎧の金髪プレイヤーは、剣を振り上げると同時にソードマスターのスキルを発動。
分厚い刃が叩きつけられ、ギルドの壁が内側から通りに向かって一面吹っ飛ばされてしまった。
「うわぁあああああ!?」
「バカ逃げろ逃げろ!!」
当然、締め切ったギルド内では爆風が巻き起こり、プレイヤー達がとばっちりを食う。
幸いにして外の通りの側で怪我人などは出ていなかったが、偶々通りがかった住人達は、またプレイヤーが何かやらかしたと逃げ出していた。
そして悠午はというと、通りに出て纏わり付く粉塵を、手を振って追い払っていた。
ただの動作ひとつで、まるで周囲の空気ごと押し退けられるかのように、滞空した塵が動いて行く。
誰もが中堅クラスの戦士職の攻撃をまともに食らった、と思っていたが、実際には怪我ひとつしてはいない。
巻き込まれたらバラバラにされかねない暴力を間近にしながら、まるで急な雨に降られて辟易するような顔をしていた。
「む、村瀬君!?」
「おお……生きてるよ」
他のプレイヤー同様に外へ逃げ出した女戦士の小春、魔術士の小夜子、そして咳き込んでいる法術士の香菜実。
悠午はお姉さん方に目を向けたが、すぐにその視線をギルドの奥に戻した。
同時に飛んで来る、バレーボール大のオレンジ色の光球。
そこそこ早いが、悠午にしてみれば風船が飛んでいるようなモノだった。
躱わすのもそれほど難しくなかったが、背後の被害を考えて、
「ッと…………」
悠午は片手を突き出し光球を受け止めると、そのまま握り潰す。
ボンッ! と光と熱が派手に弾けるが、胴着袴が焼けた様子もなく、また悠午の掌にも火傷ひとつない。
しかし、先の技といい今の術といい、普通の人間に当たれば死は免れない一撃だった。
その事に多少憤りはするが、手をプラプラさせて熱気を逃がす悠午には、どちらかというと戸惑いの方が大きい。
顔には出さないが、頭の中ではクエスチョンマークが乱舞していた。
「スプレッドボムが消されるって何だよ!? あんなの有り得ないだろ!!」
「きっとレジストの数値をカンスト以上にしてやがるんだ!」
「ゲームの時とは違うんだ、直接ぶった斬れ!!」
肩をいからせ、顔を真っ赤にした怒れるプレイヤー3人は、大声で怒りをぶちまけながらギルドから出て来た。
なお、悠午が握り潰したのはコート姿の魔法職が使った魔術だ。
スプレッドボム、熟練度50。
近~遠距離単体⇒拡散攻撃、高熱及び衝撃(土/火属性)、物理防御無視、軽量の対象に強制ノックバック。
防御魔術でも有り得ない防がれ方をし、プレイヤー達は自身の思い込みを加速させる。
それに、ゲーム時代の憤懣や、この世界における暴力への禁忌の薄さが、3人を安易な殺傷行為へと走らせていた。
鎧の剣士が長剣を悠午へ向け、バスケ選手のような上半身裸のプレイヤーも、腰から柄の短い両刃の斧を二挺持ち上げる。
彼等を怒らせるのは、ゲーム時代で不正を働き理不尽を行ったズルいプレイヤーの記憶だ。
だが、ここはゲームとは違う。
暴力は相手の数値ではなく肉体を破壊し、実際の行動は現実的な物理法則によって制約、結果が出る。
ここは、ゲームとは違う、生きた人間のいる世界だ。
そう言ったのは他ならぬプレイヤーたち自身だが、彼らがそれをどこまで実感しているかは、甚だ疑問だった。
何も、このプレイヤーたちばかりに限った話でもなかったが。
両手斧の戦士と鎧の剣士、それにコートの魔術士は自然と三方から胴着袴の青年を囲った。
戦士職ふたりと悠午の間合いは数メートル。
斧を回して低く構える男と、長い剣を持ち上げる男、いずれも2~3秒の間と悠午は読んでいたが、
「ぅおらあ!!」
「は…………?」
瞬きする間で飛び込んで来た斧持ちのマッチョに度肝を抜かれていた。
身体を反らした悠午の顎先を、鋭い斧の刃が猛スピードで通り過ぎる。
直後に腹を薙ぎに来たもう一挺の斧も、悠午は胴着に掠らせる事なく腰を引いて回避した。
軽々と捌いて見せたが、14年間武術に生きて来た少年が、混迷の度を深める。
ハッキリ言って、悠午は混乱していた。
こんなのは生まれて初めてだ。
「『ジャイロアックス』!!」
斧持ちの男が叫び、ウォーファイターのスキルを発動。
ジャイロアックス、熟練度30。
近距離範囲攻撃、物理攻撃力×2.5倍、速力と技量の値により攻撃回数が増減する。
コマのように回転しながら、斧を振り回した男が悠午に突っ込んで来た。
それも単に振り回しているだけではなく、斬撃の角度を変えて斜め上下から真横と、秒間に何発もの攻撃が飛んで来る。
並の人間なら、一瞬でコマ切れにされる威力と手数だ。
しかも、自動追尾性能有りで、逃げてもある程度の距離まで追って来るスキルだった。
なので、悠午は逃げずに斧の方を止めた。
「づッ……!? お、おい止まんな!」
振り下ろされる斧の柄を掴んで止めるのは、悠午にとってそれほど難しい事ではない。
多少早いと言っても一秒に3から5撃程度、かなり想定外ではあったが、力比べの方も問題なかった。
目を剥くのは、スキルを止められたバスケ選手風ブルネットの坊主頭だ。
今までこの技を逃げられた事も魔術で潰された事もあったが、発動中に力尽くでモーションを止められた事など無いし、ゲームシステム的には有り得ない。
それに、装備した武器を戦闘中に手放すという発想も無く、歯車に異物が挟まったかのように動けなかった。
「『ソードフラム』!!」
「おいダネル!!?」
バスケ選手風の男と同時に、押さえていた悠午も動きが止まっている。
そこを狙って、鎧の金髪が長剣のスキルを使った。
ソードフラム、熟練度35。
近距離範射程、物理攻撃力×2.5倍、速力と技量により攻撃回数が増減する。
器用に長剣と身体を回転させ、踊るような連続攻撃で悠午を襲う。
ジャイロアックスと同様の対個人連続攻撃で、同じくある程度の追尾性能があるが、ゲームと違って当たり前に同士撃ちがある世界だ。
接近状態だったバスケ風の半裸男も斬撃の範囲内に含まれ、悠午に解放されると同時に巻き込まれないよう大慌てで逃げ出す。
長剣は2メートル以上あり、速度、間合い、手数と凄まじかった。
が、これも紙一重で躱わす悠午は、連撃の中から一撃を選ぶと、一瞬で間合いに滑り込んで腕を取り、相手の重心を崩して放り投げた。
「がグッ――――――――!?」
遠心力と落下重量を十分に乗せ、ダネルと呼ばれたプレイヤーを背中から地面に叩き付ける。
鎧を着ていても、このダメージなら耐えきれないだろう。
悠午はそう読んだが、ここで完全に予想外の事態が起こる。
鎧の金髪男が間髪入れず、地面に背中を着けて横回転スピンしながら悠午へ反撃して来たのだ。
しかし、これは鎧の男が意図してやった事ではなかった。
オートリバーサル、熟練度25。
射程距離は装備武器に依存、物理攻撃力×0.5倍、DEXとTECが高い程、ダウン時に自動発動する確率が高まる。
パッシブスキルによる自動反撃。
軽く飛び退き長剣の足払いを回避する悠午は、混乱しながら距離を取る事とした。
もう本当にワケが分からない。
グラビア女戦士の小春をはじめ、周囲のプレイヤー達はレベル50台のプレイヤーと悠午の争いに固唾を飲んでいた。
そして、今のところ悠午が技量で圧倒していたが、実は外面ほど余裕も無かった。
「なんなんだよこのチート!? こっちの攻撃潰すとかふざけんな!!」
「ステータスだけじゃなくてサーバの応答から弄ってんだろ! チートやめろクソ野郎!!」
「そんな事言われても…………」
立ち上がった鎧の金髪男に、ダメージらしきモノも見られない。
これだけでも首を傾げる悠午だが、連呼されてる『チート』というのもまるで覚えが無い話だ。
攻撃を止めるな、というのも、大人しくやられろとでも言うのか。
軍隊、妖怪、生物兵器、悪魔、その他諸々と、様々な相手と戦って来た少年ではあるが、そんな事を言われたのも初めてで、なんと言うか困る。
正味な話、敵ですらない相手を攻撃して良いか、悠午は迷っていた。
だが、このままでは埒もあかないので、殺さない程度に対処するしかない。
今の悠午には、それが最大の問題ではあった。
「おらぁ思い知らせてやるよ!!」
「チートは死ね!!」
またしても単純な、そして想定外の速度で鎧の金髪男が長剣を叩きつけに来る。
手斧の男も追撃する構えであり、少し離れた所ではコートの魔法職が手の平を悠午へ向け、魔術を使う体勢だった。
斜め上から来る単純な斬り落としを、悠午は相手の側面に踏み込み簡単に回避。
背後から振るわれる斧も、体捌きひとつで躱わして見せる。
「マシンガン行くぞ! 『ブリッドロックシュート』!!」
ふたりに挟まれながらも猛攻を難なく避ける袴の青年は、一瞬の隙を突いて、歩いて死角に入り込んだ。
そこを狙って、コートの魔法職が魔術スキルを発動。
ブリッドロックシュート、熟練度45。
近~遠距離射線攻撃、土及び物理(土/物理属性)、知力及び意志力の値により射出数が増減する。
コートのプレイヤーは、手の平から高速で拳大の石弾を射出。
それは『マシンガン』と呼ばれるのに相応しく、50発程が連続で悠午を襲った。
この時、悠午は知り合いの女戦士やジト目魔術士を含んだギャラリーを背にしており、殺傷能力のある石弾から逃げるワケにもいかず、
「ふッハッッ!!」
全弾を拳ひとつで迎撃する。
高速で飛んで来る石弾を、それ以上の打撃速度と手数で殴り壊し、最後の一発を掴み取ると、コートの魔法職へと投げ返した。
ちなみに、投げた石は初速で時速300キロを超えていた。
「ギャぐッッ――――――――!?」
全く反応できず、額に石弾の直撃を喰らったコートのプレイヤーは、そのまま後方4回転して後頭部から地面に墜落。
倒れてからは、呻き声も無く、身動ぎもしなかった。
「チェイス!? チェイスどうしたぁ!!?」
「てんめぇえええええええ!!?」
反撃された事に目を血走らせ、激昂する鎧の金髪プレイヤーが長剣の切っ先を向けて悠午に突っ込む。
生粋の戦士職であるソードマスター、レベル55の力と速度、その全てを込めて、断固として存在を許せないチートプレイヤーを殺す為に。
鎧の金髪プレイヤーは、公正にゲームをプレイする者として正当な怒りを燃やし、
「フッ!!」
「――――――――ゲェッ!!」
紙一重で剣を躱され、カウンターで水落ちに打撃を喰らった。
素手であるにもかかわらず、とんでもない打撃力。
思いっきり吹っ飛ばされた金髪のソードマスターは、建物の壁に激突して地面に落ちた。
緩く螺旋を描くような拳の一撃は、それだけでプレイヤーの装備していた鎧を木っ端微塵に破壊。
打撃の衝撃はプレイヤーの全身を貫き、内側から深刻なダメージを与えていた。
失神はしなかった金髪のプレイヤーは、すぐさま転がり四つん這いになると、地面に胃の中の物を全て処分してしまう。
ついでに、本来は口から出てはいけないモノまで放出していた。
「おお…………耐えたよ」
そして、また手加減を計り間違えたか、と悠午は若干ガッカリしている。
とはいえ、腕を組んで相手を眺めるその姿は、それなりに納得もしている様子だった。
「だ、ダネル!? チェイス!!」
青ざめるのは、仲間ふたりの惨い姿を見せられる、バスケ選手風なブルネットの坊主頭だった。
まったく動じる様子の無い袴の青年に、一応斧を構えてはいるが、明らかに腰が引けている。
「お、おお、お前! チート使って俺たちに勝って嬉しいかよ!? チーターなんざプレイヤー全員の敵だ! パーティーなんて誰も組まないし、クエストだってクリア出来ないものが幾つもあるだろうが! お前はプレイヤー全員を敵に回してんだぞ!」
バスケ選手風の坊主頭は周囲のプレイヤー達を煽り、胴着袴のチーターとの対立の構図を作り、生き残ろうと画策していた。
チーターはズルい行為で普通にプレイしているプレイヤーに不利益を押し付ける唾棄すべき敵であり害虫に等しい存在。
それは、見物しているプレイヤー達も、同じ意見ではあった。
しかし、そもそもこのゲームとは事なる現実の世界に、チーターが実在するのか。
それに、仮に黒い胴着袴の青年がチーターだとして、レベル50代のプレイヤー3人を圧倒して見せるような相手をどうにか出来るのか。
平均してレベル10台程度でしかない周囲のプレイヤーは何も出来ず、ただ状況の推移を見物しているしかなかった。
ただひとり、ジト目の魔術士だけは、虎視眈々と何かを狙っていたが。
一方、胴着袴の青年はというと、
「別にオレが気に入らないなら全員でかかって来てもらって構わんがね…………。これ以上オレと死合たいと言うんなら、ああなるんで覚悟はしといてくださいな」
20人ほどのプレイヤーを前にしても泰然としたまま、重症なベテランプレイヤーふたりを顎で差しつつ、真っ正面から言い切って見せる。
さっきまでは色々と面喰って我ながら優柔不断だった、と少年は反省していた。
そもそも、自分の流派の教えに沿うならば、相手が何者であれ戦場に立つ以上、戦うのが至極当然である。
果たしてここが戦場なのか、相手が敵なのかは、その辺で大分判断に迷ってしまったが。
「だいたいあんたオレの事を『チーター』とか言うけど、こちとら14年間寝る間も惜しんで心技体を鍛えて来たっつーの。あんたらこそおかしいよ。だいたいその筋肉の付き方でどうやってあんな動きが出来るんだよ。どう見たって武人の身体じゃないのにやたらパワーはあるわ早いわ変な技使うわ。正直見てて気持ち悪いよ」
素人目に見ても只者ではない青年が、上半身を露出しているプレイヤーに顔を顰めて言う。
古流武道の最大の名門、『叢雲』の直系にして英才教育を施されてきた悠午が、プレイヤーに感じる凄まじいまでの違和感が、それだ。
齢14にして、ヒトとも、人外とも実戦を経験し、多くの強者を見て来た悠午は、相手を見ればどの程度の強さか計る目を持っていた。
その武道のエリート少年から見たプレイヤーの評価は、
単なる一般人。
身体付きは戦う者のモノではなく、体幹のバランスは悪く、“気”配も緩み切っており、戦い方自体もおかしい。
かと思えば、どこをどうすればそうなるのか、と言いたくなるスピードとパワーで襲って来て、悠午も完全に相手の動きを見切り損ねてしまった。お恥ずかしい限りで。
地力が天と地ほども差があったので、みすみす喰らったりもしなかったが。
しかし、相手の戦闘力はどこをどう見ても出鱈目である。
例えば、徒歩で地面を歩いているにも関わらず、時速4キロ程度の歩速と歩幅で実際には時速400キロほど出ているような。
悠午がある程度ゲームという物を知っていたら、この言葉がピッタリだと思っただろう。
まるで『チート』だと。
プレイヤー達は、まるでチートという包丁を振り回す子供だった。
こんな輩は、悠午の基準では『敵』とは呼べない。
そうは言っても通り魔やテロリスト程度には迷惑な存在であるのに違いもなく、感覚が狂いっぱなしで手加減できるかも分からなかったが、悠午も武人の端くれとして相手を叩く事としたのだ。
「あと聞きいておきたいんスけど、プレイヤーってこんな簡単にヒトを殺そうとするもんなの?」
それに、『プレイヤー』が害悪でしかないなら、武人の信念にかけて捨て置く事は出来ない。
堂々と、何恥じる事ない態度で悠午が周囲を見回すと、プレイヤー達の間で動揺が伝播した。
プレイヤーの中には、ゲーム感覚を引き摺り、軽々しく刀傷沙汰を起こしたり、プレイヤー以外を『NPC』と呼んで罪悪感無く鬼畜外道な行為に及ぶ者もいるのは事実だ。
そして、プレイヤーの持つチートのような力が、それを助長していた。
中には、プレイヤーの一団がある国で大量殺人をやらかし、その事でプレイヤー自体を全て危険分子として警戒している国まであるのだ。
元の世界では出来ない犯罪行為。
それをやらかしているのもまた同じプレイヤーという事で、プレイヤーである自身に引け目を感じる者もいた。
「お、お前はチーターだろうが……!? プレイヤーに狙われるのは当たり前だろ!!」
「別にそれが一般常識だって言うんなら構わんスよ、オレは。『道を違えば仇となるは必定。なれば己が道を罷り通るだけ』っスから。でー……あんたは、オレに殺される覚悟は出来てたの?」
首を傾げて問う胴着袴の武人に、バスケットプレイヤーの顔色が真っ白になる。
重鎧の金髪プレイヤーに、上半身裸の坊主プレイヤー、それにコート姿のプレイヤーは、チーター憎しとはいえ実際に凶器を向けて悠午を殺そうとしたのだ。
お前はチーターだから殺されても仕方ないけど、俺は普通のプレイヤーだから殺すな。
そんな理屈、他の誰に認められても、目の前の胴着袴の青年に認められるとは、到底思えなかった。
「ま、まま、まっ、待って……! こ、懲らしめてやろうと思っただけなんだ! こ、殺そうなんて……! た、助けて! 助けてくれ! 殺される! 誰か助けて!!」
チーターとは、プレイヤーのステータスを不正に操作し他のプレイヤーより優位に立とうとする卑怯者だ。
同時にそのプレイヤーは、時としてゲームシステムその物を超える程の力を持つ。
どれだけズルくても、まともに戦っても勝負にならない存在だ。
しかし、ここはゲームではなく、自分たちは数に勝り、今なら勝てると思い込んだ。
何を勘違いしていたのか。ここはゲームの中ではないのだ。
チーター討伐に失敗して殺されても、リスポーンなどされはしない。
怪物を殺そうとして、殺された。そんな当たり前の因果応報があるだけだった。
何度も言うが、悠午のは修業と才能の成果でチートではないのだが。
自分は他人を傷つけたいが、自分は傷つきたくない。そんなのは武人が戦うべき敵ではない。単なる排除すべき害悪に過ぎない。
ある意味では武人たる者が最も戦わねばならない相手だが、正直なところ、悠午は目の前で泣きべそをかいている情けない半裸の男を始末する気にもなれなかった。
本当は、一度でも敵対した者は後顧の憂いを断つ為にも殺すのが正しい選択、なのだが、生憎悠午はそこまで達観できていない。なにせまだ修業中の14歳なもので。
ではどうしようか。
斧を放り出したマッチョは、地べたを這い回って他のプレイヤーに助けを求める。
見物のプレイヤーたちは、早々に危うきに近寄らずを決め込み、見世物は終わったとばかりにその場を去る者もいた。
官憲の類でも来ると厄介だな、と悠午はのんびり思うが、その手の人種が駆け付けて来る様子も無い。
やっぱり筋としては、襲って来たプレイヤー3人は自分がどうにかせねばなるまいか。
どうにも悩みどころである。
(姉ちゃんならどうするかねぇ)
悠午のひとつ上の姉は、とんでもない運命に翻弄されながらも鬼のような基本スペックの高さで乗り切る、技と知恵と経験に優れたヒトだ。
基本的に殴り一辺倒の弟と違い、手札も多く、戦術、戦略の幅も凄まじく広い。広過ぎて軍に行った。順番としては逆だったが。
権力、権限といった物の使い方も良く分かっており、あの姉ならばこの馬鹿3人をどうとでも処理出来るだろうなぁ、と思うのは、ちょびっとコンプレックスのある弟の無い物強請りではあった。権力とかではなくて、器用さとか才能的な意味で。
そんなふうに、悠午がこの場をどう収めようかと考えていると、一方で動き出す輩がいた。
手応えからいっても当面は動けないだろう、と悠午が見ていた、鎧を砕かれたプレイヤーだ。
チーターを一際憎悪していたプレイヤーは、震える手で腰の小物入れに忍ばせておいた石の小瓶を取り出す。
荒削りの小瓶の中身は、俗に『ポーション』と呼称される液体の飲み薬だ。
このポーションは服用した者の傷の治癒を助け、体力を回復し、鎮痛作用を与える物だった。
本人はバレないように飲んでいるつもりだったが、悠午はこのプレイヤーの動きに気付いていた。
だが、それより何より気になる事がある。
ちょっとそこのジト目がクールなお姉さん、あなたはそこで何してんの? と。
「はい終了! 『ハンマーボルト』!!」
「ッ――――――――ゴボッ!?」
装備していた飛竜骨のスタッフを足元に向けた魔術士が、初期の電撃魔法を死にかけのプレイヤーに振り下ろした。
ハンマーボルト、熟練度10。
近距離射程、電撃(風/水属性)、金属防御無視、低確率でスタン。
スタッフの先から青白い電撃が奔り、直撃を受けたプレイヤーの身体がビクンと跳ねた。
金髪男の筋肉は勝手に痙攣し、歯を食いしばった口の端から泡が噴き出る。
しかも、魔術の効果を見ていた魔術士は、続けて2発、3発と同じ魔法を連発。
最終的には金髪のプレイヤーは折れそうなほどに背を逸らし、白目を剥いて完全に失神していた。
「よっしゃレベルアーップ! しかも一気に3レベル!!」
「ミコぉおおおお!!? あんた何してんのー!!」
空気も読まない周囲の目も気にしない仲間の行為に、思わず驚愕の声を上げる美人女戦士。
単なる少女――――――と言っても年上――――――が死人に鞭打つ瞬間を目の当たりにし、若いながら武人な少年も唖然とする他なかった。
「いやあれよ。同じパーティーの仲間にケンカ売ってくれたんだから、あたしも援護しとこうかなって?」
こう言うジト目魔術士ではあるが、狙いが『レベルアップ』とやらにあるのは明らかだろう。
つまりこのプレイヤーのお姉さんは、獲物が弱り切って無防備な姿を晒す、この瞬間を狙っていたワケだ。
悠午もここに至り、プレイヤーってヤツはホントどうしようもねぇ生き物だな、という事実を理解するに至る。