079:子供求めて三千里
.
火球や火の粉が天空を乱れ飛び、横殴りの雨が降り轟音が山肌を跳ね返ってくる。
ディアスラング山脈の西の森にある名も無き村は、天変地異に大混乱となっていた。
「全員地下洞に入れ! 上にいると死ぬぞ!!」
「戦争に巻き込まれるぞ! すぐに地下へ逃げ込めぇ!!」
冒険者の大男が声を張り上げ、騎士見習いの青年剣士が走りながら周囲に声をかける。
村瀬悠午が先行して被害を防いでいるが、戦場自体が山脈側へ動いているとも聞いていた。飲み込まれたら何も残らないだろう。
村には悠午が作った避難用の地下壕がある。
これに村人全員を退避させたら、悠午の仲間達もさっさと逃げる予定だ。
現状はそうスムーズにもいっていないのだが。
「ポリー! お前さっさと洞窟入れー! いま炎が飛んできたら死ぬんだよ!!」
「だってウチのコバコドリ! 卵を産む大事なトリなんだよ!!」
「おじーさん木を持って行くなんて無理だって! 現金だけもって早く逃げなよ!!」
「この木の下には死んだ子が眠っておるんじゃー!」
「カナミねーちゃん早く!」
「カナミちゃん早く逃げるよ!!」
「わ、わたしは自分で逃げるからいいんだよー!」
村人を洞窟に誘導しているプレイヤーの女性陣、ジト目法術士の御子柴小夜子と重戦士グラビアアイドルの姫城小春、隠れ目呪術師の久島果菜実は苦戦中だ。
命が一番大事と言っても、貧しい村人は生きる為の財産を置いていく事も出来ない。
思い出のある家を捨てられないという老人もいる。
頼りなさげなさげなプレイヤーの少女は、村の子供より先に逃がされそうになっていたが。
「ドラゴン……やはりヒト種とは比べ物にならない恐るべき魔力。我が師には到底及ばないにしても、何故勇者まで一緒になって……?」
「このウジャウジャいる火属性がウザいのは、まさかドラゴンタイプのモンスター? もう出現エリアなんてどうでもよくなってきたわ」
爆乳魔道姫と、ニワトリのような家畜を抱えたジト目少女は、修行により“気”の探知が大分巧みになっていた。
おかげで、急接近してくる大量の火“気”の持ち主を捉えてしまい、顔色を悪くしていたが。
とはいえ、空飛ぶ火山噴火のような大物の竜は彼女らの師が抑えているので、多少はマシな状況と言える。
「村の連中この期に及んで食料だなんだと持ち込むのに必死だ。もういい放って置け。他はどうだ?」
「一通り家は回ったけど……多分みんな避難をはじめてた、と思う」
とりあえず案内はしたのだから、今から家に戻っても村人の好きにさせる、と言う冒険者のゴーウェン。自分の命を何と天秤にかけるかは本人の自由だ。そこまで面倒見切れない。
小春の方は村中を駆け回り、家々へ避難するよう伝えて来た。何せ頭上で火の粉が飛びまくっているのだから、村人にも状況は把握できたと思われるが。
「おいら達はこれでトンズラかー、忙しないねー」
「別に一緒に洞窟で閉じ籠っていてもいいんだろうがな。どうなるか分からんから、今のうちに北上しておいた方がいいってこった」
高い木の上から周囲を監視していた斥候職の少年(偽装)、ビッパも地面に降りて合流する。
村人はまだバタバタと動いていたが、避難場所も作ったし避難誘導もした、後は村人の選択だ。
ゴーウェンは悠午に頼まれた通り、頃合いと見て皆を連れすぐに移動をはじめようとしていた。
「あの……朱美さんは?」
ところがここで、隠れ目少女がひとり仲間が足りていないのに気付く。
村を一通り回ったら馬車のところに集合という事になっていたが、若奥様魔術士の梔子朱美が姿を見せていない。
「あれ? そういえば上から見た時もアケミだけいなかった気がする!」
「小夜子!」
「えー!? あーちょっと待った…………」
グラビア戦士に振られ、ジト目少女が若奥様の“気”配を探す。一番この手の技術に長けているのが小夜子だ。
ジト目プラス眉間にシワを寄せ周囲を探る小夜子だが、周囲は強い火“気”が多く、また村人も動き回っている為に特定の個人を探し辛い。
「ったく奥さん何やって……ヤバいどんな“気”だっけ、あんまり覚えてない」
「それは~~~~なんかホラふにゃふにゃしてる朱美さんっぽい“気”配だよ!」
「それどんな!?」
などという“気”の抜ける言い合いをしながらも、小夜子はどうにか朱美奥様の“気”配を発見。
それは何故か、村から更に山の方へ移動しているようだった。
◇
血のように赤い大型竜が炎を吐き出す。
紅蓮の色に染まる空間。太陽表面並みの灼熱が、空も大地も全てを焼き焦がす。
「クッ!? 『神意律法』ブラックディープ!!」
「ったく……水“気”『深淵大花』!」
これに対し、必死の抵抗を続ける勇者ジュリアスは増幅した魔法スキルを行使。周囲から無数の水滴が集まり、空中で巨大な水溜りを形成した後に爆発し弾け飛んだ。
巻き添えを食った村瀬悠午も、地中から水を噴出させ、花のように拡散させる事で周囲の炎を打ち消してゆく。
ブラックディープ、熟練度125。
近~中距離範囲攻撃、低温及び水圧(水/重力属性)、物理防御無視、行動阻害中のスリップダメージ。INTとMND値で圧力が変動、Mopの値で範囲及び継続時間が変動。
『小癪な! プレイヤーが!!』
赤い竜は炎を収束させると、勇者と小袖袴の青年へ向けプラズマの息吹を放射。
全力で逃げるジュリアスの一方、周辺被害もバカにならないので悠午は迎撃を選択。大きく息を吸い込むと、その口から水“気”を噴出し赤い竜の攻撃にぶつけた。
直径10メートルはありそうなプラズマビームに対し、青年の噴く水流などウォーターカッターのような細さ。
ところが、威力の方はまったく引けを取らず、完全に相殺して見せる。
ちなみにこれにも、水“気”『鉄砲魚』という技の名称が付いていた。
凄まじい水蒸気爆発が起こり、赤い竜の巨体と勇者の身体が吹き飛ばされる。
小袖袴の青年が振るう力に、驚愕の血竜ウルブルム。
そして勇者は、圧倒される自分の無様さに奥歯を噛み締めていた。
「ッ……邪魔をするなよチーター! 消えろ!!」
「邪魔をするつもりはないから、どうぞお好きに戦っていてくれよ。こっちは世話になってる村を巻き込んで欲しくないから予防するだけ」
「ふざけるなぁ!!」
『ガァアアアアアアアア!!』
立ち込める水蒸気の中から赤い竜が飛び出し、拡散する火炎弾を勇者と小袖袴の青年へと連射する。
完全に敵視された、とうんざりする悠午は、もう守りに徹するより倒した方が手っ取り早いか? と思い始めていた。
殺すとマズそうな竜なので、もう少し穏便に行くように粘るつもりだが。
しかし、そうしている間にも無数の兵士と竜の眷属が戦場ごと接近して来ているのが分かる。
かと思えば村にいる仲間が移動している様子もなく、どうしたものかと悠午には悩みどころだった。
◇
プレイヤーの若奥様も、当初は村人に地下壕へ避難するよう誘導して回っていた。
ところがその最中に、よく見知った兄妹の姿が見えない事に気が付く。
近所の村人に聞くと、折り悪く山の中へ狩りに行ったという話だった。
仲の良い、そして親のいない兄弟だった。
兄は小学生低学年くらい、妹は当然もっと幼い。周囲の助けはあったが、いずれの大人も裕福ではなく、ふたりで助け合って生きていたのだ。
修行――――という名のかくれんぼ――――に付き合ってもらった際は、普段遊ぶ余裕など無いので本当に楽しかったと無邪気な笑顔で語っていた。奥様としても女の子が欲しくなるような、愛らしい子だった。
子供が大きな獲物を狩るのは難しい。それに山奥は危ない。それほど遠くには行っていないはずだ。
半分は奥様の希望込みの予想だったが、その考えは当たっていた。
村から出て少し山側に行くと、比較的新しい小さな足跡を発見。
習得したての洞察術を目いっぱい凝らして探し、目当ての兄妹を見付ける事ができた。
「おばちゃーん!? 空から火が……! どうなってるの!? 村は平気!!?」
兄妹も火の粉舞い散る天変地異に、狩りを切り上げて戻っている最中のようだった。
駆け寄ってくる妹の方は、泣きべそをかいている。かわいそうに怖かったのだろう。兄は妹の前だから取り乱さないようにしているが、顔色は悪い。
「この辺りも戦場になりそうなの。まだそうと決まったワケじゃないけど、逃げる先もないからみんな村の洞窟に避難しているのよ」
「『村の洞窟』? そんなのあった??」
兄の方が怪訝な顔をするが、洞窟が生まれたのは数十分前なので、知らなくても仕方がない。
もっとも説明するのも大変なので、とにかくあるのだ、という事で奥様は押し通した。どの道、今は重要ではない。
妹の方を抱えると、若奥様は急ぎ山道を駆け下り村へと急ぐ。
遠くで、小袖袴の年下師匠と強大なモンスターの戦う音が響いていた。
悠午は十分抑えられる相手だと言っていたが、それでも不安に駆られるのは仕方がない。それほど激しく戦闘の余波が伝わってくるのだから。
村の中は大分ヒトが少なくなっていた。
未だに洞窟の外にいるのは、家財道具まで持ち出そうとしている諦めの悪い者くらいだ。荷物を満載した長持を背負い、その重量に潰されそうな老体がいる。
何はさておき子供たちだ、と考える朱美奥様は、大急ぎで地下壕へ向かおうとした。
ところが、兄妹はその前に家に帰りたいという。
「ダメ! そんな暇無いのよ! 大きなモンスターがすぐそこまで来ているの! 今すぐ避難所に入らないと!!」
「で、でもおかーさんの鏡があるのー! アレは絶対にいるのー!!」
「俺が取りに行くから! ロッティ! 俺が取りに行くから!!」
朱美が『後から家に戻れるから』と言っても、妹は大騒ぎだ。戻れない可能性もあると分かっているのだろう。
かと言って、兄も幼くひとりでなど行かせられない。
そして、子供が母親恋しさに言う事を無下にも出来ないママさんプレイヤー。
仕方なく、何も起こらない事を祈りながら、兄弟の住む村外れの家へ走る朱美であったが、
その家が目の前でバラバラに蹴散らされると、中から岩のような何かが迫り出して来た。
粗末なベッドでありテーブルでありイスであった物を踏み潰すのは、二足歩行する太いトカゲに翼を生やしたような茶色の生物だ。
中位竜、ファイアドレイク。討伐推奨レベル110。このリスポーンの無い世界では、更にリスクが跳ね上がる。
レベル30台に乗せたばかりの朱美では、到底相手にならなかった。
ゲームで見たのとは桁の違う迫力に、若奥様プレイヤーは子供を抱えたままガタガタ震える。
梔子朱美はただの主婦なのだ。ゲームには逃避的にのめり込んでいただけ。他のプレイヤーや仲間の少年のように戦えるワケでもない。
しかし、ここにいるのは自分だけだった。
腕の中には息も出来ずにいる小さな女の子や、家より大きなドラゴンを見上げて硬直した男の子がいる。
「に、逃げなさいふたりとも! エアショック!!」
頭は働かなかったが、身体が勝手に動いた。
朱美奥様は妹を押し出すように逃がすと、弟を同じ方に突き飛ばしつつ魔法スキルを行使する。
衝撃波が目の前で弾け、面食らうファイアドレイク。
だがダメージはまるで無く、すぐさま目の前のヒト種のメスを敵だと認識。
引き裂くような咆哮を上げ、地面を踏み鳴らして奥様プレイヤーに豪腕を振るおうとし、
「ブラックミスト!!」
ここで朱美は次の魔法を放った。
またしてもドラゴンの顔面狙い。光が消滅し、闇が霧のように広がり視界を妨げる。
ファイアドレイクは纏わり付く闇の霧を振り払おうと、頭を左右に振り回し身悶えていた。
朱美も最初から倒せるとは思っていない。子供たちと自分が逃げる隙さえ作れればいい。
漠然とそう考えながらの魔法スキル2連発だったが、幸運にも上手い事ハマってくれた。
もっとも、多少の幸運など絶対的な力の差の前には誤差のようなものだったが。
「は? ――――――――キャァアア!!?」
闇を吹き散らす青紫の炎。
ファイアドレイクの噴出した灼熱の吐息が空中を薙ぎ払い、爆発したかのような空気の膨張に若奥様は吹き飛ばされてしまった。
白い法衣が熱で焼け焦げ、派手に転げ回った事で土に塗れる。
炎の吐息を直接喰らわずには済んだが、かと言って身動きできる状態でもない。
視界を取り戻したファイアドレイクは、今度こそ煩わしいヒト種の女を踏み潰そうとし、
「素ッッッッ首晒せぁあああああ!!」
ダッシュで突っ込んできた『断頭』のゴーウェンが、その横から大剣を振り下ろした。
無防備に首を突き出していたファイアドレイクは、喉元を叩き斬られて狂乱の悲鳴を上げる。
身長差故に浅く入ったが、出血量は夥しかった。
「朱美さーん!!」
「奥さん生きてるかー!?」
次いで、全力疾走してきたプレイヤー仲間の小春と小夜子が奥様を回収。担ぎ上げてファイアドレイクから距離を取る。小さな兄妹も、クロードが抱えて持っていった。
仲間が助けに来てくれた、と安心した若奥様だったが、事態はそう単純でもなかったりする。
大男の冒険者がファイアドレイクの爪を弾くと、鋼の爆音と火花が撒き散らされる。膂力の差は歴然であり、ゴーウェンですら吹き飛ばされないようにするのが精一杯だ。
これに、グラビア重戦士が横から斧槍を叩き付けて援護。プレイヤーの怪力が炸裂し、ファイアドレイクの固い皮膚を深く斬り裂く。
「チクショウ硬ぇな! 付き合い切れねぇよ! 引け引け!!」
「ぅひゃぁあああ!!」
しかし、ゴーウェンも小春も誰も、まともに相手をしようとは思わない。
そういう状況ではないのだ。
「オッサンもう糸が限界だよ! オマケにめちゃくちゃ怒らせてるし!!」
「魔力の抵抗力が高過ぎる……! 直接攻撃する魔法は無意味ね」
村の西側、山脈の反対方向からは、小柄な斥候職の少年と魔道姫が走って来る。ビッパは隠し技の糸で、フィアは足元の地面を崩す魔法で、ファイアドレイクの他の個体を足止めしていたのだ。
この2体だけではない。
村には恐ろしく強力な中位竜が、続々と到達しつつあった。
完全に逃げ遅れた形のゴーウェンや小春ら一団は、最初の一体を数の暴力で倒したものの、いずれ手に負えなくなると考え朱美を拾って山奥に逃げる事としたのだ。
既にフィアドレイクはあちこちに現れ、それも難しい様子だったが。
もはや村人の事を気にしていられる身分でもなく、上手く洞窟に逃げてくれるのを祈るのみだ。
「クッソー悠午はまたこんな時に……!?」
「あっちも忙しいんだよわたし達で切り抜けるしかないよ!!」
次々飛んで来る高レベルモンスターに、ジト目の法術士は喉が干上がっている。これはゲーム中でも覚えがある、手遅れで八方塞で全滅するパターンだ。
小春もプレイヤーとして同じ予感を覚えていたが、そのメンタルはただの大学生だった以前とは大分違う。
師匠が戦いにおける何を教えたか、また何故それを教えたのか、鉄火場において少しずつ思い出し始めていた。死の予感に大分浮き足立っていたが。
「こ、子供たちと地下の洞窟に逃げては!?」
「あっちはドラゴンが何匹も沸いている! 今から村の中に入るのは自殺行為だ!!」
「ちょっとヤバい! 他のドラゴンもこっち向いてる! 注意を引いたんじゃないのコレ!?」
木の上に駆け上がったビッパが指差す方向、降り立った中位竜が一団を追いかける気配を見せている。
一刻も早く逃げたい奥様だったが、唯一の安全地帯はドラゴンの支配域の中だ。
鈍重だが何体ものファイアドレイクが、逃げるゴーウェンらに反応するかのように動いている。
どうしてわざわざこんな辺鄙な村まで来て冒険者の一団を追い回すのか、その理由を知る者は誰もいない。
「チッ! ビッパ、先行して森の濃いところを南へ行け!」
「はぁ!? それじゃ来た道戻る事になるじゃない! てかゴーウェンは!!?」
「ドラゴンが白の大陸側に付いたなら北上は危険過ぎる! 俺はドラゴンどもを引き付けて南から逃げるからひとりの方が身軽だ! 行け!!」
「ゴーウェンさん!?」
ここで、年長の冒険者は自分の役割を果たす事とした。若い連中を引っ張る立場として、自分はそれを優先して生かす義務があるのだと。
ゴーウェンは身の丈ほどもある大剣を肩に担ぐと、木々をへし折ってくるファイアドレイクの迎撃に走る。
仲間たちが止める暇も無い。
ところが、そんな一団の葛藤など知った事かと言うように、森の上を飛ぶドラゴンが一直線に炎を吐き、
「――――――――ぁあ!」
何も出来ず、小春たちプレイヤーはそれに巻き込まれていた。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、ありがとうございますがんばりますよ暑さに負けず。
クエストID-S080:窮グラドル竜を噛む 8/04 20時に更新します。




