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077:栄養のある食事と適度な運動による健康的な修行生活

.


 農村の日常とは労働の日常だ。農民は日の出と共に働き始め、日没と共に休む。

 仕事の大半は日々の糧を得る為の物である。農作業と狩りと採集作業、それに金銭に変える品物作りが主となるだろう。

 村外の町へ出稼ぎに出る者も皆無ではない。だが、田舎の農村から出て来た無知な農民に出来る仕事など、そうありはしない。

 大半の村人は、生まれた村で生き、村から(ほとん)ど出ずに死ぬ。外の世界に何があるかなど知る由も無く。


 そんなところに、外から来る異人(まれびと)というのは良くも悪くも刺激的な存在であった。


「スゲー! 大物だー!!」

「スゲースゲー!」

「いいなぁたっぷり食えるぞアレなら!」


 小袖袴姿の青年が、山で獲った獲物を片手で背負ってきた。クマほども大きなタヌキのような生き物だ。食べられる動物だというのは、同行してもらった狩人の爺さまに確認済みだ。

 村では大きなご馳走になる動物だが、その個体は全長4メートル以上と特に大きい。質素な服装の子供たちが、涎を垂らさんばかりな顔で周囲を取り巻いていた。


「土グマかぁ。肝は残ってのるかそいつ?」


「残してきた。獲れたてだから、まだ血も臭くなってないよ」


「お! いいねぇ」


 そして、涎を垂らしそうなオッサンがもうひとり。

 上半身裸で手斧を握り薪など割っている大男、ゴーウェンである。

 猟師の爺さまに曰く、クマとタヌキが一緒になったような生物、土グマの肝臓は鮮度の良いうちにしか食べられない珍味らしい。

 村瀬悠午(むらせゆうご)もそう聞いたので、解体を後回しにして急いで持って帰ってきたのだ。

 ゴーウェンは今夜の晩酌が楽しみだった。


「で他のみんなはどんな感じ?」


 宿代わりの一軒家の横に穴を掘り、解体の準備をしながら悠午がゴーウェンに問う。

 何の事かと言うと、村中でかくれんぼに興じている仲間たちの様子についてだ。


「さっきまで子供らと元気に駆け回ってたぞ。あんなんで修行になるのか?」


「いやまぁそんな大した修行にはならんね」


「おい」


「いいんだよ骨休めみたいなもんなんだし」


 やらせた悠午の言う事ではないが、未知の土地を旅しながら同時に修業も行うというのは、この上なく過酷だ。これに戦闘も加わり、身体への疲労蓄積も無視できないレベルになっている。

 一度纏まった休息が欲しいとは思っていたのだ。

 かくれんぼを利用した子供相手に気配を読む修行など、遊びのようなモノに過ぎない。なお子供といえども農家にとっては貴重な人手なので、報酬は払っている。


 肉を調達した悠午は、次に野菜の入手へ移る事とした。

 つい先日略奪に遭った村には、よそ者へ分ける食料など当然無い。

 故に自前だ。

 ただし、備蓄食料は先日の放出で少々心許なくなっており、今回は弟子の勉強も兼ね裏技を用いる。


「木“気”、成長し枝葉を広げる相。水によって生かされ火に燃え尽きる相であり、土の“気”を吸い尽くす相でもある。その流れを理解すれば、こんな事も出来るワケね」


 小袖袴の少年が、耕した土に軽く指を沈める。

 すると、地中の種が芽吹き茎を伸ばし急速に成長。アッと言う間にレタスに似た葉物野菜が収穫できるほど大きくなった。

 他にもトマトやレタス、アスパラに似た野菜もある。

 共通するのは、いずれも僅か数分で実るような植物ではないと言う点だろう。

 むろん、悠午の用いる五行術の仕業だった。

 なお、米も同じ方法で生産している。


「フィアならもうある程度“気”の流れをコントロール出来るだろう。と言ってもフィアは火“気”だから直接木行には干渉できないだろうけど。

 いずれは自分の相も変えられるようになるとして、今は火から相生順の土を活性化させてみるといいよ。自分の相を変化させる五行の輪廻(エレメンタルチェイン)の練習にもなる」


「はい、我が師よ(マスター)


 実った野菜をプチプチ収穫しながら、隣にしゃがみ込む爆乳魔道姫に軽く授業を行う師匠。

 他の弟子より多少上手く“気”が扱える魔道姫は、かくれんぼとは違う修業を実行中だ。子供と遊ぶキャラクターではなかったという事もあるが。


「さて、クロードは少しオレと遊んでみようか? フィアはしばらく動かないだろうし」


「はッ!」


 魔道姫が魔力操作の訓練に入ったので、従者の青年クロードは暇になる。厳密には護衛に付いていなければならないのだが、悠午の警戒範囲内なら核兵器が飛んできても問題無い。

 この間に、クロードの修業も次の段階に進めようかと師匠は考えていた。


「ぼちぼち“気”力体力も充実してきたから言っちゃうけど、クロードはアレだ、昔のオレとよく似たタイプだ。

 “気”の向く方が内向き偏重。外にはほとんど“気”を具象化出来ない半面、自分の内側に反映させるのが得意なタイプ。

 相も“金”行。剛体法や剛力法と相性が良い。つまり、身体能力の増強に才能があるって事やね」

「ぅぬぁああああああああ!!」


 のんびり講釈垂れている小袖袴の師匠だが、この間も凄まじい勢いで青年剣士と打ち合っている。正確にはクロードの猛攻を悠午が軽く打ち返しているのだが。

 青年剣士の方は、長剣とやや短い剣を装備した、二刀流。攻撃の回転数をひたすら上げ、体力の限り手数を出し続けていた。

 悠午は、今回に関しては受け流しや回避を用いない。全て正面から素手で受けて立つ。

 更に、クロードの前には見えない“気”の圧力障壁が立ち塞がっていた。

 これに耐え、悠午の鉄壁な防御にひたすら挑み、この上、


「正面致死圏内な」

「ッ――――――ふぬぅ!!?」


 一瞬前までいた場所が、ヒトひとり分の氷柱に閉ざされる。

 脚力を総動員する青年剣士は、気合だけで師匠の側面に滑り込み短剣を横薙ぎにするが、簡単にその腕を止められてしまった。

 手数だけではない、機動力も最大に活かさねば、一発アウト。

 これはそういうゲームである。


 クロードの才能分野である身体能力の強化率を、最大限引き上げる為の修行だ。


「…………あらクロード、こんなところで寝てしまうのは少々無作法ではないかしら?」


「め……面目……次第も……なく…………」 


 そうして(あるじ)の魔道姫が修行に一区切り付けた頃、限界を強いられた従騎士の青年は完全に力尽きていた。


                        ◇


 日が暮れると、悠午と仲間の一団(パーティー)は村の一軒家に集まる。放棄された(あば)ら屋を修繕したモノだ。

 元々ひと部屋しかない小屋だったが、世話になる村への置き土産のつもりで頑丈に仕立てた上に、増築もしてある。

 具体的には風呂とキッチンが増えていた。

 『人形の館(ドールハウス)』という古代神器(アーティファクト)があるので、これ以上の広さは必要ない。


「もう子供の体力とか底無しだよー……レベル的に体力は圧倒的に上なはずなんだけど」


「でも何となく子供の気配は分かるようになった、かな?」


 その居間にあたる部屋で、皆はテーブルを囲んでいた。夕食のメインは土グマTボーンステーキと、鍋だ。他には蒸した野菜サラダと果物が少々。

 昼間に子供達を相手に駆け回っていたプレイヤーの女性陣は、揃ってグッタリしている。箸は止まらないが。


「ていうかこんな遊びみたいなやり方で修行になんてなるんか? “気”を()る為の特訓って言っても、あんなに動き回りながら探すのは効率悪い気がするんだけどさー」


「修行の為ってのは理由の半分だけどね。後半分は子供らと遊んでもらって、不審者じゃないと村のヒトに安心してもらおうと――――――――」


 そして、悠午の科白(セリフ)でパワーを取り戻したジト目法術士が箸を振り上げ襲い掛かる。

 お行儀が悪いので、悠午は箸を取り上げた上で背後から(わき)に手を入れ元の席へ搬送した。

 ジト目少女は首根っこ掴まれた猛獣のように暴れていたが、膂力の差がゾウとアリなので無意味だった。


「修行を兼ねるのも本当の事だから許して? で実際のスコアはどうだったの? ターゲットの子供は捕捉出来た??」


「そりゃ見つけたよ! つか子供ごとの気配の違いとか覚えてないから、結局全員見付けたけどな」


「子供ごとの違いは分かるような気がしたけど、何と言うか覚えるのが大変でねー。特徴なんて感覚的なモノしかないしさ。神経集中している間にこんがらがってくるし」


「モヤモヤしていつも変化するから、見分けるの大変だよね」


「へー…………」


 そこで改めて本日の修行の手応えなど聞いてみる師匠だが、その弟子達の返答には少しばかり驚かされた。

 何だかんだ言って、全員子供たちの“気”配をしっかり追っていたのだ。つまり、基本的な洞察術は出来ているという事になる。

 悠午自己流の修行方法にしては、出来過ぎと言って良いほどだ。

 ここまでそれなりに下積みはさせたが。


「明日からもそんな感じか?」


「そうだね。フィアにも前線の偵察を頼んでるから、そっちが落ち着くまでは様子見だな。白黒両軍が混乱している間にスリ抜けるのが理想ではあったけど、こうなれば贅沢も言えない。どっちかの勢力が崩れたところを狙うか、黒の大陸の軍が北上するのを応援するしかないよ」


「それなら最初から黒の軍に味方しても良かったんじゃない? その後も白の大陸攻めにまで付き合わされるだろうけど、正味な話ユーゴならどうとでも出来るでしょ?」


「そりゃ強引に抜けて来るのも不可能じゃないだろうけど……あんまり手の内を見られたくない相手もいるのよ。オレだって絶対無敵な存在じゃないんだから。

 第一白の大陸のヒトは別に敵ってワケでもないからね。正面に立たされるのはゴメンだ」


 悠午は、魔道姫のフィアに使い魔を用いた戦場の監視を頼んでいた。その結果次第だとゴーウェンの問いに答える。

 そして性別詐称の斥候ビッパの言うような強行突破は、最後の手段だ。


 黒髪に黒服の少年や、その背後にいる相手には可能な限り手札を伏せておきたい。


「こう言っちゃ何だけど、このタイミングでこんな村を見付けたのは不幸中の幸いだよ。ここで身体を休めながら、ここまでの修行の総括と今後の方向性を出す。それぞれ“気”孔術の下地が出来てきたしね。

 実際、白の大陸はプレイヤーやヒト種族には完全アウェイでしょ? 欲を言えば、向こうの大陸に渡る前に、実戦で使える筋をひとつふたつ持っておいて欲しいもんだ」


 そうなると、弟子達の成長に期待したいのが師匠の正直な気持ち。

 実は悠午も割りと追い詰められているのだった。


                        ◇


 よく食べてよく休むのも修行のうち。身体は食べた物からしか作られない、というのも『叢雲』一門の格言である。

 就寝時は旅の道中と同じ、寝心地の良い『人形の館(ドールハウス)』の中で休む事にしているが、外にも見張りを置くようにしている。

 見張りは(もっぱ)ら野郎の仕事だったが、ここ最近は女性陣も自ら請け負うようになっていた。

 当初、王女様は自分もやるとか毛頭考えない、プレイヤーのお姉さん方は不寝番に耐えられない、という有様だったが、助け合う仲間としての自覚も出てきたのだろう。


 若奥様プレイヤーの、梔子朱美(くちなしあけみ)も同様だ。


 不寝番はふたりひと組で、ひと晩3交代制。夜更かしする組、夜中に起こされる組、早寝早起き組みとなる。なお、夜中起こされる組は色々キツいので人気が無い。

 ふたりで事に当たるのは、片方が寝てしまうのを防ぐ為。旅をする上では基本中の基本だ。

 この日の不人気な夜中組は、悠午とビッパの組合せだった。性別詐称の斥候職は現在進行形で難しい立場ゆえに、事情を知る悠午と動く事が多々ある。


 そんなワケで見張りを代わりに来た悠午だが、夜更かし組だった奥さまの様子を見て驚かされた。


「梔子さん……何してるんです? (いらずら)に周囲の気配を探るのはやめた方がいいですよ? 焦点を絞るのに慣れないうちは、頭に負担かけますからね」


「あ、あら? えーと……ごめんなさいね」


 小袖袴の美少年から困ったように(たしな)められると、若奥様はバツの悪そうな笑みで謝る。

 朱美奥様は見張りをしながら、洞察術の目を開きっ放しにしていた。世界の裏面である“気”で構成された世界を、常に見ている状態だ。


 洞察術で見る“気”の世界は、深い部分まで観れば観るほど美しい世界である。

 人間の可視光域に左右されない、純粋な存在情報の世界。

 そこに見えるのは、最上級に雄大であらゆる物事の本質を顕わにした世界だ。

 故に、その光景に囚われてしまい戻れなくなった者も少なくない。


 ただし、若奥様や他の弟子たちは、まだそこまでは行っていない状態だ。洞察術の目が開き切っていないのである。その点やや不安なのは、先祖返りを起こしたらしきジト目の少女だったが。

 朱美奥様は、未だ世界の全てを見通す千里眼には程遠い。

 それでは、不寝番の間中、一体何を見ていたのか、という話になる。


「その……昼間に会った子供たちの様子が気になってしまって。良くないわよね、なんだか覗きをしてしまっているようで」


 奥さまプレイヤーが眺めていたのは、昼間にかくれんぼをしていた子供の姿だった。壁越しに、ぼんやりとした気配のみだが。

 それでも、乱れの少ない“気”の状態から、安らかな就寝状態であるのを察する事が出来る。

 自身も一児の母であるママさんプレイヤーは、子供の気配を飽きる事無く観察していたようだ。

 師匠的には複数の意味で褒められた事ではないが、教えた責任もあるので強くも言えなかったりする。

 また、事情の方もある程度は理解できた。


「お子さんの事ですか?」


 この奥さんが本当は何を見ていたのか。幼い子供たちを見て、自分の子供の事を思い出していたと想像するのは難しくない。

 梔子朱美は元の世界に幼い子供を残して来ている。それが気がかりでたまらないのだろう。


「今頃向こうはどうなっているかしら…………。きっと大騒ぎね。子供がわたしの顔を覚えていてくれるうちに帰れるといいんだけど」


 力無く言う奥様には、既に諦観の色も見え隠れする。帰りたくとも、確実な手がかりが何も無い状態では心も折れるだろう。

 この村で休憩を取った判断は間違っていなかったと思うが、場所と修行内容は少々無神経だったかと。

 小袖袴の少年は、表情には出さないが多少後悔していた。


「……前にも言ったかもですけど、オレはこんな事に遭遇するのも初めてじゃないから。梔子さんは必ず帰します。今は休める時に休んでください」


「本当に……ごめんなさいね、悠午くん。大人の私がしっかりしないと」


 それはいったい何に対する謝罪だったのか。朱美奥様は、少し固い笑みを作って『人形の館(ドールハウス)』へと入って行く。

 ついでに不寝番なのに居眠りしていたジト目娘も連れて行ってもらった。


 『必ず』と言い切った悠午に後悔も迷いも無い。それが必要だったし、約束が果たせない時は死ぬ時だ。

 ならば、いつも通りやりきって見せるだけなのだから。


                        ◇


 翌日も村瀬悠午とその仲間は、のんびりとしたペースで修行を続ける。

 同時に魔道姫フィアの使い魔の鳥が、アルギメス中西部の最前線を観察し続けていた。


 全高4メートル以上と、見上げるような鋼のヒト型ゴーレムが等間隔に並んでいる。

 その間を埋め尽くすように密集する、獣の頭を持つ種族。それに、生木からヒトの姿を削り出したかのような木人種の戦士たち。

 頭上を飛ぶのは、小さな体躯に光を纏う妖精種と、色とりどりの翼を広げて誇らしげに舞う比翼種。


 それら白の大陸の軍に相対する、ヒト種や巨人、ドワーフ、そして異邦人(プレイヤー)から成る黒の大陸軍。


 両陣営併せ総勢10万人を超える大軍団は、ギルステンダイ盆地での攻防を以前とは立場を逆にし繰り広げていた。

 ヒトの歩兵と獣人の兵士が正面から激突し、比翼種と弓兵が矢玉を撃ち合う。

 巨人が鈍器を叩き付け、ゴーレムの魔砲兵器から撃ち出された魔力弾が集団の中で弾け飛んだ。

 死を恐れない木人種が太い幹を振り回し、ドワーフが大斧でそれを叩き斬る。


 そして、不意に戦場の各所で立ち込める霧と、その中から湧いて出る異形の戦士たち。


「なぁ!? なんだぁコイツら!!?」

「アンデッドか!?」

「まさかシャドウガス――――――――グゲブッ!?」


 突如現れた怪物に動揺する兵士だが、それが致命的な隙となる。

 左右非対称に筋肉を肥大化させた狂戦士が斧を振るい、それだけで鎧ごとひとりの男が真っ二つにされていた。

 醜いアゴを剥き出し、身体から剣を大量に生やした獣が、手当たり次第に周囲の者へ襲い掛かる。

 ボロを纏う浮浪者のような異形は、紫の炎で一帯を焼け爛れさせた。

 青ざめた肌を露出させた雑兵の群れは、錆びた剣を手に無言で生者の軍へと行進していく。


「シャドウガストの増援だぁ!?」

「NPC削られるぞ! 先にブッ潰せ!!」

「クソァ! めんどくせーところに出やがって!!」


 これに率先して対抗するのは、この世界の種族より圧倒的に大きな力を持つ異邦人、別世界のゲームプレイヤー達だ。

 大規模戦闘において現地人(NPC)の手数が必要だと知っているプレイヤーは、不本意ながらも危険極まるシャドウガストを叩きに行く。

 最前線のプレイヤーはレベルも相応であり、強力な敵(レベル65~)モンスターであるシャドウガストも苦労しながら抑えていた。


「シャドウガストを出したか! あの上位種は今度こそ僕が倒す!!」

「こりゃ向こうに出たのはこれの予行演習だったな」


 何やらボヤく短剣二刀流の仲間だが、勇者『白部(しらべ)=ジュリアス=正己(まさみ)』は特に応えず敵へと襲い掛かる。

 先のシャドウガスト討伐任務の折、勇者はその上位個体と戦い、実質的に敗れていた。

 しかし、今は以前と違う絶対的な(スキル)を身に着けている。

 ならば今こそ、あの時の雪辱を果たすのだ、と。


 勇者の一団(パーティー)『ブレイブウィング』は、プレイヤーのトップグループとしての力を遺憾なく発揮。霧に突入すると、シャドウガストの兵を片っ端から駆逐していた。

 唯一無二のスキルを手に入れた勇者の力は、他の者の追随を許さない。シャドウガストの狂戦士を斧ごと斬り伏せると、メイジの魔法を極端に弱体化させ、トドメに数百倍に強化した魔法スキルで丸ごと群れを消し飛ばす。

 パーティーの仲間も強化(バフ)魔法の支援を受け、その力を大きく増していた。


 シャドウガストばかりか白の軍までもがブレイブウィングの勢いに圧倒され、逆に黒の軍が攻勢を強める。

 勇者と共にあれば勝てると信じ、黒の大陸の者たちは我が身を省みず武器を振り上げ前進した。

 獣人に喰らい付かれながらも刃を突き刺す兵士、我が身を盾にゴーレム騎兵の攻撃を防ぐ巨人、味方が目の前で倒れながらもそれを乗り越えて行く黒の軍。

 だが、肝心な勇者の目的はシャドウガストの上位種であり、戦況などお構い無しに戦場を駆け回っていたが、


 そこで、何かの影が一瞬上空を()ぎったかと思うと、直後に軍勢の一画が炎に飲まれた。


 成す術なく燃え上がるヒトや巨人。輻射熱に炙られ悲鳴を上げる兵士たち。高い属性抵抗値を持つプレイヤーさえ、耐え切れず即死する者が続出している。

 更に、兵士が密集している所に大きな質量を持つ物体が次々と落下して来た。兵士を踏み潰し、巨人を跳ね飛ばす程の大きさだ。

 それは茶色や黄土色の固い外皮を持ち、他の生物とはケタの違う膂力で以って、鋭い爪やヤスリのような尻尾を振り回す。

 竜種の中位、ファイアドレイクの群れである。


「ここに湧くモンスターじゃないだろうがクソったれー!!」

「魔法職下げろ喰われるぞ!!」


 再び混乱の渦に叩き落とされる黒の軍に、まだどうにか対処できているプレイヤー。

 精霊使いの召喚体、魔物使いの使役するモンスターが正面からブチ当たり、ドライバー系プレイヤーのゴーレムがファイアドレイクと殴り合う。

 黒頭巾のアサシンが背後から首を刈りに行き、全身鎧(フルプレート)塔兵(ルーク)が後続の壁となり、聖戦士が攻撃と回復で八面六臂の活躍を見せていた。

 吟遊詩人がギターを掻き鳴らして味方にステータス効果を及ぼし、ガンナーが横槍の射撃を連発し敵の注意を引く。

 協調性こそ怪しいが、個々の戦闘ではプレイヤーの戦闘力の高さが際立っていた。


 そして、そのプレイヤーすら踏み潰す、最後の災厄が飛来する。


 暴風が地上を薙ぎ払い、それを(こら)えて人々が見上げた先。

 翼を広げ戦場の空を悠々と飛ぶのは、ファイアドレイクの10倍はある巨大なドラゴンだった。

 額から鋭利に反り返る剣のようなツノを生やした、赤い体表の巨竜。

 竜種の頂点に座する四天竜、その一角。



 血竜ウルブルム。



 メインストーリークエストには出現しないエクストラボスにして、ゲーム中の集団(レイド)戦にて多くのプレイヤーを虐殺してきた軍団スレイヤーである。


「やっべぇ……散れ散れ散れぇええええ!!」

「固まるな! 一網打尽に――――――――――」


 唖然とするプレイヤーだったが、すぐに我に返ると周囲に叫ぶ。

 呆けている暇など無い。ゲームプレイ時を思い返せば、そんな時間は全く無い事をプレイヤー達は知っているのだ。

 しかし時既に遅く、大きく羽ばたき滞空する血色の竜は、胸部に膨大な魔力を溜め込んでいた。

 それこそ、ゲームの戦闘時にも幾度と無く目にした攻撃前モーションであり、



 数千の兵士を一撃で消し飛ばす、血竜の放つプラズマの吐息(ブレス)だった。





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