076:独立独歩の要件を満たすには
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アルギメス国中央、ディアスラング山脈西部。
濃い森の中にある微かな山道を、騎兵隊と冒険者の一団が足早に下っていく。
村瀬悠午と一団は、騎兵と共に山麓から平地へ入ろうとしていた。
妖精や比翼種、または獣人といった白の軍勢に支配されていた村――――現在は解放――――を離れて、二日目。
アストラ国の騎士、オケラス子爵と禿頭傷の騎士、オゼ=セントリオに同行を求められた為、向かう先は戦争中の黒の大陸軍の本隊である。
「マドラッゼで持ち堪えていると良いが。我々はギルステンダイの砦が落ちる前に、殿軍に出たからな。
だがこのままでは終わらせん。なんとしてもアルギメスから白の大陸のヤツらを叩き出してくれる」
森が切れて小川や草原が見えてきたところで、撫で付け髪のオケラス子爵は馬上からそんな事を言っていた。
独り言のようでいて、実際には聞かせるように言っているのだろう。
先日から、オケラス子爵は話を振っては悠午の反応を伺っていた。
黒の大陸の種族が掲げる正義、白の大陸の長年に渡る欺瞞、犠牲を払う兵士たちと無責任な冒険者や異邦人の事など。
対して、小袖袴の青年の反応は鈍かった。興味無し、といった様子である。
実際には、興味が無いというより干渉しないよう気を使っているのだが。
加担した陣営が調子に乗って暴走とか二度とゴメンだ。
必死に戦争している当事者としては、悠午の憂慮などどうでもいい事なのだろうが。
「…………アルギメスを抑えたら、ここを足場に我等は必ずエルフどもの本拠地に乗り込むぞ。わざわざ危険を冒して単独で白の大陸に渡らずとも、その時に共に乗り込めばよいだけと思うが?」
「そちらの武運長久はお祈りしますけどね、これ以上足止めを食う前に、戦場を抜けておきたいんですよ。白の大陸の旅が上手くいかなくなったら、その時はそちらの軍に期待したいところです」
「フンッ……いい気なものだ。この戦争で死んでいるのは兵士や民だけではない、その方らと同じプレイヤーも死んでいるのだぞ。
万が一、白の大陸の軍が我らの大陸にまで攻め込むような事になれば、エルフは危険かつ厄介なプレイヤーを真っ先に排除せんとするだろうな」
「その前に目的を達したいですねー」
のんびりと言う小袖袴の異邦人に、微かに苛立ちを顔に出した騎士。
先日から遠回しに話をしていたオケラス子爵だが、それもそろそろ限界だった。
「アストラやナイトレア、我ら黒の大陸の連合がプレイヤーを好きにさせている理由は、ふたつ。少なくとも我らの役に立っているか、あるいは取るに足らない存在だからだ。
そのどちらでもないとすれば、放置しておく事など有り得んと知れ」
「その時は気を付ける事ですね。自分より大きなモノを踏み付けようとか、無様な結果にしかなりませんから」
一歩踏み込んだ物言いをするオケラス子爵。
それを、あっさりと蹴っ飛ばす悠午。
しかし、ここでキレたりしないあたり、この子爵は非常に理性的であった。普通の貴族ならこの発言で激昂し、剣を抜いて逆に悠午に返り討ちにあっている。
短い時間ながら、この異邦人の力量を察していなければ、ここまで我慢はしなかっただろう。
「まったく……なんと言えば従うのだ? 金も領地も望まぬと言うなら、その方の欲するところは何だ」
「こっちは邪魔をしないそちらも干渉しない、でイイじゃないですか。それに、オレを戦力に加えたところで一人前の働きしかしませんし、オレみたいに特殊なのが活躍しても弊害の方が大きいですよ。貴方ならちょっと想像すれば分かる事では? 後から絶対揉めます」
「今勝たねばならんのだ。後の問題など、それこそ大した問題ではない。その時に考えれば良い事だ」
その時々に最善を尽くすというオケラス子爵の科白は悠午としても異論は無いが、故に悠午も今この時に最善を尽くさなければならないだろう。
今だけ助けてくれ、恨みはしない、恩に着る、などと調子の良い事を言っても、後から簡単に手の平を返すのも人間という生き物なのだ。
それを、まだ起こってもいない今言っても詮無い事である。
ただ、悠午はここで黒の大陸軍に手を貸すのが最善とは全く思わない。
草原と林に挟まれた街道に出ると、徐々に熱気混じりのざわめきが聞こえるようになって来た。本隊が違いのだ。
道の先から現れた騎兵が、悠午らの真横を駆け抜けて行く。
戦慣れした冒険者のゴーウェンは、敗戦の軍が集結しているだけにしては妙に活気付いているのを訝しく思っていた。
「なんだぁ? 敗走してるって割には随分戦意が高いな」
「逆転でもしたのだろうか……?」
少し足早になる騎兵隊と、それにつられて足を早めざるを得ない冒険者たち。
兵の集団の中に入り少し進むと、オケラス子爵は顔見知りの騎士を掴まえようやく事情を聞くに至った。
「『勇者』ですよ子爵! プレイヤーの勇者が白の軍を側面から強襲! 連中が総崩れになったところを我らが一斉に突撃したんです!!」
まったく予想もしなかった状況に、撫で付け髪の子爵や禿頭傷の騎士は大いに驚かされる。
エルフがゴーレム騎兵を持ち出して以来、黒の大陸連合軍は圧倒的劣勢に立たされていたのだ。
だというのに、勇者とはいえ少数の異邦人の集団が、戦局をひっくり返すほどの活躍をするとは。
「この機を逃さず勇者を旗手に一気に北上する事になっています! ゴーレムも羽付きも取るに足りません! 勝てますよ我等は!!」
少年のように興奮気味に言うと、その騎士は自分の所属する隊の方へと駆けて行った。どこも今は進軍の準備で忙しいようだ。
当然それは、殿軍の使命を終えてきたばかりのオケラス子爵も例外ではなかった。
「…………このような事になるとはな。しかも流れは我らの方にあるか。コーレル閣下に帰参を報告せねばな」
しかしその前に、撫で付けた黒髪の貴族は、馬上から悠午を強く見据え改めて言う。
「どうやらここが勝負どころのようだ。その方も戦列に加われ。勇者にも勝るというその力で、邪悪なエルフ率いる白の大陸の者どもを駆逐しろ」
「戦争には加わらないと申しあげたでしょうに。あなた方とセントリオ殿は送り届けました。仕事は終わりです」
「そんな戯言を聞いている暇は無い。この戦争に中立など存在しない、味方でないなら敵だ。貴様は黒の大陸の全てを敵に回す気か。
プレイヤーであるなら、その方がエルフと共に戦うことは有り得まい。ならば貴様は我らに付いて戦う以外に選択肢はないはずだ」
「オレは常に自分の為に戦いますんで。白と黒の大陸のどちらの為にも戦いませんが、アンタらがオレを敵に回したいならご自由に。相手になってやる」
それは、その子爵なりに物事の道理を説いたモノだったのだろう。
だが、悠午とオケラスでは様々なモノが違い過ぎた。培った常識、判断基準、見ている世界も。
それは、口を挟めなかった禿頭傷の騎士、セントリオも実のところ分かっていたのかも知れない。
「残念だ、ユーゴ……。お前はただのプレイヤーではない…………世界の偽りを正す器だと思っていたが」
「んなヒトに都合のいいもんになる気は毛頭無いですね。自分の信念に従うだけです」
憮然とした子爵と痛恨の表情のセントリオに背を向け、悠午はもと来た道を戻っていく。他の仲間達も同様だ。
「また会おう、セントリオさん」
「死ぬなよ旦那」
「武運を祈ります、騎士セントリオ」
片手を上げて別れを告げる小袖袴の少年に、大剣を背負う冒険者、騎士見習いの若者。
オケラス子爵が悠午たちを拘束するような事はなかった。出陣を前に無駄な時間を使う事も、またその行為自体も無駄だと理解していたからだ。
後は、悠午が敵に回らないのを祈るだけである。
「でも良かったのかなぁ…………?」
そうして黒の大陸連合軍から離れたところで、そんな事を呟いたのは美貌のグラビア重戦士、姫城小春だった。
子爵と悠午がやり合っている時は何も言えなかった小春だが、その結果には思うところもある。
馬車引き当番中で、話をする余裕もあまり無かったが。
「何よ姫、戦争イベント参加したかったんか? あたしは嫌だわ。経験値は稼げても、なんかゲームと違ってこっちだと単なる殺し合いになりそうだし」
「いやわたしだって嫌だけどさ……白の大陸側の方よりは、どっちかと言うとわたし達は黒の大陸側でしょ? なのにあのヒト達だけに戦わせていいのかなって……。死人も出るだろうし」
ジト目を胡乱な目に変える法術士、御子柴小夜子。経験値は欲しいが、戦争はちょっと違うと思う。
小春だって戦争など頼まれたって関わりたくはないが、かと言って全くの無関係を装うにも罪悪感のようなモノがあるのだ。ヒトが良いばっかりに、強迫観念のようなモノがあるのかも知れない。
「小春姉さんが参戦したいって言うならそれもいいですけど、命令されてやりたくもない戦いに駆り出されたり、殺した相手の柵に延々纏わり付かれたり大変ですよ? よっぽど強い動機が無いと戦争は戦えません」
もっとも、そんな気も年下師匠に諭されると吹っ飛んでいたが。
色々と実感がこもっている。
「しかし、ここに来て『勇者』か。神輿が戻って士気が上がったかな……。まぁそれはどうでもいいが、どうするユーゴ? 西も騒がしくなりそうだぞ」
軍から離れて、幾分警戒を解いたゴーウェンも悠午に問いかける。
アルギメス西側を戦争の混乱に紛れてこっそり北上する計画は、遺憾ながら頓挫した。黒の大陸の軍も体勢を立て直し、これから本格的な決戦に挑むらしい。
西側中部から北部にかけては、双方の軍の動きが活発になるだろう。
旅をするには最悪の情勢だ。
「それなら一旦昨日の村に戻ろうと思うんだけど。ここまで強行軍だったから、前に少し纏まった休みを取りたいって言ったでしょ? あの村ならそれほど心象も悪くないだろうしね」
小袖袴の少年としては、これもひとつの契機として利用したいと考えている。
縁のできた村を戦争が落ち着くまで見守りたいのと、仲間の修行をひとまず総括したいなどの思惑もあった。
「フィアとビッパの意見は? 勝手に決めちゃったけど」
「んーまぁ黒の軍はもう勝つつもりでいるけど、戦況によっては北まで引っ掻き回した挙句に荒れるかもだから、少し様子見してもいいんじゃない?」
「私も戦争には関心もないので……。国の方も私が関わる事など望まないでしょう。私は私の魔道の為に動きます」
現地組、アストラ国の爆乳魔道姫フィアと、性別偽装の小柄な斥候ビッパも異存は無いようだ。どちらも戦争には興味が無いという事である。
禿頭傷の騎士やその従者と別れ、悠午と一団は戦争を避けて一回休み。
前線から距離を置いて嵐をやり過ごすつもりだったが、その後に嵐の方から接近して来る事となる。
◇
白の大陸の軍、エルフが主導する獣人種、比翼種、妖精種、木人種の数万から成る大集団は、北に向かいひたすら撤退していた。
強力な力を持つ異邦人の参戦による黒の軍の攻勢、これを跳ね返したエルフ種のゴーレム騎兵の投入。
しかしそれも、圧倒的な力を振るう勇者の参戦により、再びひっくり返されてしまう。
ゴーレム騎兵は黒の軍を総崩れに追い込んだが、今度は逆の事をされたワケだ。
「叛徒の群れは勢い付いております。罪無き獣人の無念、そして竜峰ドラグニスでの蛮行の報いを受けさせるは、今……!」
美しい顔立ちの種族、エルフ達は整列し、砦の上から宙に向かい跪いていた。
語りかける先には、一見して何も見えない。
しかし、この世界における貴人たるエルフ種をして、女神以外に仰ぎ見るべき存在が、確かにそこに居るのだ。
『…………我らが出るのは、プレイヤーと黒の女神の大陸を焼くその時、と言ったはずだが?』
凄まじく強い気配と存在感に、エルフ達も動揺を抑え切れない。
声の主の参戦はその科白の通り、白の軍勢がアルギメスを制圧して黒の大陸に入ってから、という約束だ。
それを戦況が不利になったから前倒しにしてくれ、などと気軽に頼める相手ではなかった。
「そ、その、プレイヤーの代表格、勇者が舞い戻ったのです。優勢となれば、ヒトどもは醜悪な本性を剥き出しにするでしょう。そのままこの地が取られる事となれば、かつてと同じ災禍が白の大陸をも飲み込む事になるかと…………」
故に、エルフもこの相手にはプライドを脇において頭を垂れる。
傲岸不遜で神にすら無条件では従わない、しかしそれが許される種族。
白の大陸への進攻を食い止める為には、あえて屈辱を飲み込みこの存在に弱みを見せるのも致し方なかった。
『グハハッ……! 鼻持ちならぬエルフどもが自らの不利を認めるとは。異人の勇者とやらに相当やられたと見える』
そして、その姿勢はどうやら正しかったようである。
嗤い声の主は、決してエルフにとっても味方というワケではない。
本来ならば中立であり、エルフのみならずあらゆる種族が触れたくない存在であった。
だが、それだけに一度力を振るえば、天災の如く。
白の軍とエルフの切り札。
その荒れ狂う力が、戦場を飲み込もうとしていた。
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クエストID-S077:栄養のある食事と適度な運動による健康的な修行生活 6/23 20時に更新します。




