075:自分の舞台で出番を図る
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アルギメス国中央、ディアスラング山脈西の山中。
黒髪を後ろへ撫で付けた甲冑姿の騎士は、戦いが終わったという斥候からの報告を受け、その名も無き村へ向かう事とした。
遠くからではあるが、村の中であった一部始終も目撃している。
概ね、期待通りのモノも見られたと言って良いだろう。
「さて……後は話の出来るプレイヤーか否か、会ってみるとするか」
同じアストラ国に仕える騎士、オゼ=セントリオの言う「戦局を左右し得るほどの」、異邦人。
今しがたの戦闘を見るかぎり、確かに並の冒険者ではないように思える。
ならば、言うまでもなく是が非でも黒の大陸連合軍の戦力としなければならないところだが。
(小細工を弄したのだ。その甲斐があるといいがな)
撫で付け髪の騎士は片手を挙げ、待機させていた配下に前進を命じる。
黒の大陸連合軍、アルギメス攻略の西部方面軍に属する貴族の部隊は、蹄の音を立て山林の中を抜けて行った。
◇
全世界で約5000万人がプレイするVRMMORPG、『ワールドリベレイター』。
そのゲームとよく似た世界に、村瀬悠午は他の大勢のプレイヤーと同じように迷い込む事となった。
元の世界への帰還を目指す悠午は、偶然知り合ったプレイヤーの少女たちと共に、帰り道を探す旅をはじめる。
当面の目的は、スタート地点の黒の大陸の西にある、白の大陸、神殿都市『アウリウム』。
実在する神、白の女神への謁見と、元の世界への帰還を願う為であった。
しかし白の大陸と黒の大陸は戦争状態にあり、アウリウムへ行くには戦場となっている島国『アルギメス』を通り抜ける必要がある。
悠午と一団は戦闘を避ける為に、アルギメスを中央から割る山脈、ディアスラング山脈の西側を目立たぬように北へと進む。
そんな用心の旅路も虚しく、悠午たちは道中にあった名も無き村で白の大陸の軍勢に遭遇。
村人を弄ぶ蛮行を捨て置く事もできず、これの排除に動いていた。
同行しているアストラ国の騎士、オゼ=セントリオの目論見どおりに。
◇
怪我人の治療を行い、略奪された食料の代わりに炊き出しなどやってみたら、村長以下村人達からえらく感謝されてしまった。
村を占拠していたのは、敗走した黒の軍勢を追撃する、白の軍の部隊だったとか。
その部隊に、敵の捜索を名目に村中をひっくり返され、徴発と言い食糧から何から奪われ、挙句に村人を玩具にされて死に掛かると。
理不尽極まりない散々な目に遭ったと言うが、それも特段珍しくもない現実ではあった。
異世界に限らない、暴力が問答無用で弱い者を踏み躙る、現在の地球でもざらに見る光景である。
「戦争ですからなぁ……女子供を奴隷に取られなかっただけマシというモノです。いやいや冒険者さま方には感謝の言葉も無く…………」
「助けたのは成り行きの事ですけどね。一応お聞きしますけど、今後はどうされます? オレの言う事じゃないかもしれませんが、村が白の大陸の軍に逆恨みされたりしませんかね?」
「そうは言っても、村のもんは他に行くところなんてありやしません。恨まれようとそうでなかろうと、襲われる時は襲われますから……。昨日と同じように明日も生きられるのを祈るだけでございますよ」
炊き出しの輪から離れて悠午と話しているのは、この村の村長である。
以前に出会った趣味の悪い町長と異なり、覇気に乏しい普通の小柄な老人だ。気力も弱々しく、諦観し尽くした感があった。
力無き者は、流されるまま生きるしかないという見本のようだ。
炊き出しの内容はパエリヤにした。ちょうど米と魚介類があったので。
一度に大勢に振舞う料理というイメージもある。本場スペインでやるイベントの印象だろう。なお、巨大鍋は悠午が金“気”ででっち上げた。
貝とエビ、それに野菜、米とニンニクを炒めて、塩とコンソメで作ったスープで炊く。
馴染みの無い料理だが、村人は大喜びだ。
農村の平民が食べる物としては少々豪勢になってしまったが、災難の後なら多少の慰めである、と悠午は思っている。
「ゆー……悠午くん無くなるよー?」
村人に食事を配っていた隠れ目の少女、久島果菜実が悠午の為に最後の一皿を確保してきた。
他の仲間も村人の為に動いている。
特に法術士の治癒スキルは、怪我人を手当てする上で非常に役立ったのは言うまでもない。悠午の術は相変わらず痛くて不評だった。
「足りなさそうですか? 食材にはまだ余裕がありそうですけど」
「ウーンどうだろ……? みんなに行き渡ったとは思うよ?」
小袖袴の少年の問いに、小首を傾げて考える隠れ目呪術士の少女。
ヒトひとりがそのまま入れそうな鍋いっぱいに作ったパエリヤだが、量としてはギリギリだったようである。
そして米が尽きた。悠午の秘密の水耕栽培から収穫するか、またどこか沼に生えているのを見付けなければならないだろう。
村の子供たちを見ると、皿にこびり付く米の一粒まで、汁の一滴まで舐め取る勢いだった。
満腹になったようには見えないが、そもそも農村の子供が腹いっぱい食事を取る機会自体そうそう無かったりする。
「もーMP尽きた! しばらく回復使えないっつーの」
「あ、御子柴さんお疲れ」
「お疲れさまー」
歩きながら皿に匙突っ込んでパエリヤ食べているのは、ジト目も疲れ気味なプレイヤー、御子柴小夜子だ。
現在の役割が法術士なので負傷者の手当てに回っているが、それほど高レベルでもないので苦労していた。
レベル30台のSPに物を言わせ、低レベルの治癒スキルを連発していたようである。
「でもまぁ妖精に絡まれて死人が出てないってのはラッキーじゃん? アイツらこのゲームに関しては性格ゴミだから。
いやリアルだと更に邪悪になってないか?」
「そういや前にレイさんがそんな事言ってたっけか。ゲームでもそんな感じ?」
「え? えーと……まぁ、可愛くはない、かな?」
そのジト目姉さんが言うには、悠午が蹴散らした妖精という種族は、ゲーム中でも酷薄な性格のNPCとして登場したらしい。
以前に出会ったプレイヤーのナンバー2、レイモンド=トループも似たような事を口にしていた。
根性の悪い妖精に、遊び半分に殺されかけた、と。
それらの特徴を聞いていると、この妖精種はむしろ元の世界の古典や民話に登場するモノに近いのでは、と少年は思う。
イタズラ好きで、相手を省みず、時に残酷。日本人には馴染みの無い妖精観ではないだろうか。
ワールドリベレイターというゲームにおいて、妖精は非常に強力な魔法攻撃力を持ちながら、愉快犯的に気紛れな攻撃をしてくる厄介な敵だったとか。
その相手を弄ぶようなやり方から、プレイヤーからの憎悪も大いに集めていたそうで。
隠れ目少女の評価は、大分控え目と言えよう。
◇
惜しまれながら炊き出しが終わり、村人が荒らされた村の片付けなどはじめたところで、悠午らも旅を再開しようかという話になった。
そんなところに響いてくる、複数のウマの蹄の音。
また白の軍勢の兵士が来たのかと、村人達は慌てふためき自分の家に逃げ込んで行く。
食事を摂り落ち着いたように見えても、緊張状態は早々解けるモノでもないのだろう。
「気配は人間のもんだけどね」
「てこたぁ……いや、どっちにしろ面倒な事になりそうだ」
しかし、生き物の気配を読み取れる小袖袴の少年は、接近して来るのが先に撃退した妖精や翼付きの種族は異なると判断していた。
そして『人間』となると、どういう素性の相手かは大凡想像が付く、と冒険者のオッサンは呻く。
面倒事の予感も的中していた。
村の中に駆け込んで来た騎馬は、全部で31騎。騎士らしき高級な甲冑を纏うのは、先頭の3騎だ。
騎兵隊は、出立の準備を進めていた冒険者の馬車、つまり悠午たちを取り囲むように停止する。
「……村に入り込んだ白の軍を叩き出したのはその方らか。大したものだ。我々は黒の軍アストラ国のアルギメス解放軍である」
冒険者達を見下ろして言うのは、見るからに身分の高い黒髪を撫で付けた騎士だ。
他の騎兵からは、悠午たちを警戒した様子が伺える。
得体の知れない、しかも強力な力を持つ者に対しては、当然の対応ではあるが。
「おお、ありがたい。我輩はアストラ国正騎士、オゼ=セントリオ。クアッゼの本陣へ参じるところでありました」
ここで名乗りを上げたのが、禿頭に傷を持つ騎士、セントリオだった。撫で付け髪の騎士と同じ、アストラの出身だ。すぐ近くにアストラの姫もいたりするが。
一瞬だけ何かを確認するような視線を交わすふたりの騎士だが、実はこれが示し合わせた出会いであるという事実は、全く表に出さない。
禿頭傷の騎士から、オケラス子爵という撫で付け髪の騎士に悠午たちの素性が説明された。
これでひとまず不審者という見方はされない、という事になるが、無論これも茶番だ。
オケラス子爵は、前もって悠午の事を知らされている。
白の大陸軍の追撃部隊を名も無き村に誘導したのも、この子爵である。
それも、わざわざ口に出したりもしないが。
「この村にいた白の軍の者は我らを追っていたようだ。本来は我らの手で叩き潰さねばならないところだったが。その方らには助けられたな。いい腕をしている」
悠午と一団を褒める子爵だが、その目は笑っていない。
両者を引き合わせようと画策した禿頭傷の騎士は、ここまで一緒に旅をしてきた義理と後ろめたさから、穏便に話が進むのを祈るばかりだ。
「我々はこれから本隊に合流するが、そこまでその方らにも同行して欲しい。周囲にまだ敵がいるなら、これを迎え撃つ手勢が欲しいのだ。
我々の代わりに白の軍勢を追い払った事と合わせて、礼もしよう」
そのような子爵の申し出に対し、一応仲間を見回して意思確認をする小袖袴の異邦人。
誰も何も言わなかったが、そんな沈黙こそ雄弁であった。
「すいませんがお断りします。オレ達も戦争に巻き込まれる前に、アルギメスを抜けたいんですよ。軍の為に戦う気もありませんし」
自分たちの力が軍からどのように見えているかぐらいは、プレイヤー達にも分かっている。特に悠午。
それなのに、どこかの勢力や組織にうっかり深入りして、便利に使われる気もさらさらないのだ。
故に、巻き込まれる前にさっさと騎士たちと別れたいところだったが、当然相手もそれを許す気はないようで。
「オケラス子爵は同行しろと仰っている。プレイヤー如きが逆らうか?」
「そりゃまた……随分上から目線な仰りようで。なんならさっさと実力行使すればどうかね? 話が早くていい」
気色ばむ子爵の配下だが、うっすらとした微笑を浮かべる小袖袴の少年が、そんな恫喝に怯えるはずもなく。
また、プレイヤーの少女たちも多少緊張はしていたが、これが致命的に拙い事態だとも思っていなかった。この程度、今までの修羅場の比ではない。
逆に、悠午やゴーウェンといった圧倒的強者の発する気配に、騎兵隊の兵たちが動揺しはじめている。
囲んでいる方が追い詰められるという形になり、後はもう引っ込みの付かない騎兵の方から崩れるか暴発するかという状況だったが、
「待てユーゴ! 頼む、本隊までで良い、我々と共に来てくれ! これが我輩の最後の頼みになる……!!」
ここで、禿頭傷の騎士、セントリオが今まで考えに考え抜いた口説き文句を繰り出していた。
考えたのだ。
『神撃』と渾名される異邦人の冒険者、悠午という圧倒的な力を振るう少年は、アストラの為にもヒト種族の為にも戦う気は無い。それは分かっている。
それでも、セントリオは悠午を自陣の戦力として引き込むのを諦めていなかった。諦められるはずが無い。戦局を一変させる力の持ち主なのだから。
だから、どうすれば軍に引き込めるか必死に考えた。しかし何も思い付かなかった。金や名誉に釣られる男ではない。脅しは完全に逆効果だ。そもそも、それでどうにかなるような手合いなら欲しくはない。
故に、結局は泣き落とすような事しか言えなかったのだ。
「んー……まぁ、セントリオさんともここまでだしな。送って行く分には構わないか? みんなはどうする??」
その狙い通りに、非常に渋い顔をしていたものの、小袖袴の異邦人は禿頭傷の騎士に応えた。
村瀬悠午という男、例え腹の内が透けて見えても、身内を簡単に切り捨てたりはしない。自分が身内の範疇に入るかは、セントリオ本人をして賭けだったが
悠午は自分ひとりでイイと言ったが、結局は仲間全員で騎士たちに付いて行く事になった。
戦争には関わらないよう気を付けていたのに、気が付けば向かう先は白と黒の軍勢がぶつかる最前線のすぐ近く。
誰もが、事が穏便に進む気がしなかった。
評価、感想、レビュー、キャラクターについての苦情もお受けいたします。可能なら改善もしたく思います。
クエストID-S076:独立独歩の要件を満たすには 6/22 20時に更新します。




