074:眩い炎ほど濃い影が落ちるもの
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アルギメス国を中心から東西に分かつ、ディアスラング山脈。
その裾野は広く、人里も複数点在している。
地図に載っているかも怪しい、名も無き山奥の村々である。
「なんかー、白の大陸の連中がいるっぽいよ? 村の中で騒いでる」
「らしいね…………」
そんな村のひとつを先行偵察してきた、幼い少年のように小柄な斥候職の冒険者、ビッパ。
報告を受けた小袖袴の青年、村瀬悠午は腕組みして唸っていた。
山脈西側、かつ山中というルートを選んで北を目指したのは、戦争をしている白の大陸と黒の大陸の軍と遭遇するのを避ける為だ。
西側は、ヒト種やドワーフ、巨人種族から成る黒の大陸連合軍が、新兵器ゴーレム騎兵を前面に押し出してきた白の大陸軍の前に、敗走。
現在は、追う白の軍と逃げる黒の軍ともに入り乱れた混乱状態にあり、慎重に進めばこれを回避できる、というのが悠午ら一向の目論見だった。
かと思えば、まさかの遭遇である。
「こんな山奥まで残党狩りか? ご苦労なこったが、見つかると厄介だな。どうするよ?」
「ハズレを引いたかー……。まぁ見つからないように迂回一択だなや」
運が無かった、と溜息をつくベテラン冒険者の大男、ゴーウェン=サンクティアス。
とはいえ、悪い方に賽の目が出るのも人生ではさして珍しくないので、それほど深刻にも考えない。悠午と同じく、村を大回りすれば良いだけだと考えていた。
本来ならば村で少し休んでいく予定だったが、『人形の家』という古代神器があるので、強行軍もそれほど問題にならないだろうと。
なお、意図的にハズレを引かせた禿頭傷の騎士、オゼ=セントリオは無言だった。
「でも一応様子だけは見てみようか」
一行の目的は北の港町へ到達する事で、戦争に関わるつもりは一切無い。だからこそ、街道を外し山の中という辺鄙なルートを選択している。
しかし、通りすがりの村で何か致命的な事態が起こっていたら、それを確認もせず見過ごすのは少々拙いとも小袖袴の少年は思う。揉め事は当然回避するつもりだが、それも程度問題だろう。
様子だけ見て放置して良い状況なら、放っておくつもりだった。
このような場合、その多くは放ってはおけないのだが。
◇
明確に決まっているワケではないが、軍や部隊の斥候に獣人種の者が就くというのは、種族の持つ特性を見れば必然的な流れであった。
鼻が効き物音や気配に敏感、という事もあるが、他の種族がそういった役割に向かない、という事でもある。
気紛れで飽きっぽい妖精種、空ばかり飛びたがり狭い場所を嫌う比翼種、そもそも地上に出て来られない人魚種、雑用は他種族の仕事だと思っているエルフ種。
森の中では無敵な木人種には、目立たず先行して様子を見て来るといった器用さは求められない。小人族は戦いに向かない。
以上のような消去法により獣人種が斥候となる場合が多いが、それを脇においても獣人はそういった事において優秀であった。
敗走した黒の軍団、その追撃戦。
バラバラに逃げる敵を追う白の軍団の方も、同じように幾つもの部隊に分散して動く形となっている。
名も無き山中の村を見つけてやってきた集団も、そのひとつ。
そして、押し付けられるようにして斥候をやる事になったネズミの獣人『ガリ』はというと、自身の習性と役割から、村の外縁を成す森の中にひとりだけ身を潜めていた。
ネズミ、と言っても身長は180センチ近く。細身で肉食獣のように筋肉も付いているが、フード付きの外套により外見からそれを悟らせはしない。
「ほらほらもっともっとー!」
「アハハハ! クルクル回ってるよーアハハハ!!」
「あっつ!? あ゛ぁああああああああああ!!?」
「ねぇもっと燃やそうよー! あっちにいるのも燃やそうよー!」
村の一画ではヒトが燃えていた。服に火が付き、それを消そうと地面の上で転げ回っている。
周囲では無邪気に声を上げ笑う、ボンヤリと光を放つ翅が生えた30センチほどのヒト型生物が飛んでいた。
妖精種族が、制圧した村の住民に火を付けて遊んでいるのだ。
村の上空では、下界の惨状など知らんと言わんばかりに大きな鳥が何羽も旋回している、ように見える。
その正体は、部隊に偵察要員として同行している比翼種の者だ。
自称『大空の貴種』は、白の大陸の軍に加わってはいるものの、他の種族と協調する気は全く無い。ただ白の女神やエルフへ、連盟の一員としての体面を取り繕って見せるだけであった。
ネズミ獣人のガリは、妖精も比翼種も好きではない。善悪の観念が無い妖精の悪戯。地上を見下す比翼種の性格。そのどちらも、心底下らないと思っているのだ。
ガリにしても、自分の氏族が他の氏族に引き摺られて参戦しているから仕方なく働いているものの、戦争になど関わりたくない。白の種族と黒の種族が言う歴史の真実も建前も、どうでもいい。
ネズミ種のガリが好むのは、狩りだ。獲物を追い詰め、八方塞に追い込んだ後に、恐怖に怯えさせながら何もさせずに嬲り殺す。そんな狩りをしたいと心底思う。それは、このガリの種としての本性だ。
だというのに、今は勝手気ままに動く他の種族の使い走りをしなければならない、と。
面白くもなんともない面倒なばかりの仕事に、ネズミの獣人は腐りながら、干し肉など齧ろうと腰の雑嚢の中をまさぐり、
ピクッ……と、獲物と危険を嗅ぎ分ける高性能な鼻が、何かを捉える。
すぐさま身体を預けていた木の下にしゃがみ込み、小さくなって気配を消すネズミの獣人。薄暗さもあって、既に見た目には判別できないほどだ。
そのまま身動ぎせず、目と鼻と耳に神経を集中させて周囲を探るガリ。
そして間もなく、異常の主は見下ろした先、村の真ん中に姿を現す事になる。
◇
妖精種族は派手なもの、騒がしいもの、賑やかな場所を好む。そこに善悪や損得といった判断は挟まない。計算や合理的思考も無い。
大事なのは、主観的に見て楽しいかそうではないか。それだけである。
そんな思考、あるいは嗜好故に問題の多い種族であるが、特に大きく取り上げるとするならば、2点。
それは、他者への共感性の欠如と、強力な魔法力を持つ故に被害が大きくなり易い、という点が挙げられるだろう。
要約すると、ヒトの迷惑を考えない快楽主義者が冗談では済まされない大きな力を持っている、という事になる。
妖精に悪意は無かった。
ヒトに火を付けたのは、単にそれが面白かったからに過ぎないのだ。
しかしその火が、不意に降り出した雨により鎮火させられる。
「あー火が消えちゃうー!」
「雨ヤダー」
「ねぇなんか精霊の動きが変だよ!?」
濡れるのが嫌いというより、文字通り水を差された事に妖精たちは不満顔。この間に、火を付けられた村人は逃げていた。
妖精は、精霊や魔力、あるいは自然界の“気”と呼ばれるエネルギーに近しい存在だ。まさしく『妖精の目』を持つ妖精種は魔力の流れを視認でき、特に術や儀式を用いずとも魔法現象を引き起こして見せる。
故に、妖精は前触れなく降り出す雨の異常さに気付いていたが、気紛れな本性故にすぐさま他のモノに興味を奪われていた。
それは、雨の中でも全く濡れずにスタスタと歩いて来る、袖や裾の布地を大きく余らせた服を着る青年であった。
「なになにー? 村のニンゲンー??」
「変なモノ着てるよ? プレイヤーかな??」
「なんでもいいよ! 遊ぼう! 遊ぼう!!」
囁くようでありながら姦しく、数十体もの妖精たちが辺りを飛び回る。
相手は見た事も無い衣服を纏いながら、一方で鎧や盾といった防具は無く、剣や槍も帯びていない。
明らかに異常で不審な人物だったが、妖精には警戒や用心よりも好奇心や興味が優先された。
突風が起こると、雨粒と一緒に青年の裾や袖の布地が大きくはためく。ヒトがよろける程の強風だが、この相手は全く微動だにしない。
地面の小石が触れもせず跳ね上がるが、それがぶつかっても青年は腕を組んだまま全くのノーリアクションだった。
突風はやがて旋風となり青年を飲み込むが、派手に服を煽るばかりで着ている本人からは何ら痛痒の様子を見出せない。
目を突く砂粒や服を裂く風の刃も同様で、どういうワケだかまるで効果が出ていなかった。
「えーなにコイツー!? どうして転ばないのー!!?」
「つよいニンゲンだ! つよいニンゲンだ!!」
「すぐ死なないならいっぱい遊べるよ! いっぱい遊べる!!」
「火を付けて水に沈めて森で迷わせようよー!!」
まるで反応を示さない相手に少し戸惑う妖精だが、それならそれで、と弄ぶ気持ちに変わりはない。
相手が簡単には壊れないオモチャと分かれば、普段は出来ない派手な遊び方を楽しむだけだ。
妖精たちのイタズラはもはや致死的なレベルに達し、旋風は天まで届く火炎旋風となり、小さな人影たちはその周りで円になってキャンプファイヤーを囲むが如く笑っていた。
その炎が中心からドバンッ! と破裂する。
「キャー!!?」
「やー精霊が怒ったー!?」
「なにコレー!!?」
熱風と衝撃波で蹴散らされる、翅の付いた小さな者たち。
それまでの火炎旋風など比べ物にならない勢いで、噴き上がる炎がヒトの形を取って火の海の中から歩み出てきた。
「見てくれと違って随分とまぁ可愛気のねぇ遊びをする生きもんだな。害虫にも劣るウジ虫なら今この場で駆除しとくか?」
火の精霊、火“気”と完全に一体化出来る五行遣いにしてみれば、炎に巻かれたところで大した問題にならない。
それどころか、自身を炎の化身『火之迦具土』と成せる。
妖精などよりケタ違いに大規模な精霊を従えた村瀬悠午は、救えない馬鹿を見下すように酷薄な笑みを向けていた。
あるいは、救われない者を無慈悲に刈り取る死神の嘲笑である。
「なんでー!? なんで精霊がそいつの味方するの-!!?」
「ティータみたいだよこのニンゲン! 凄くたくさんの精霊を集められる!!」
「ウソー! ニンゲンだよ!? ニンゲンだよ!!?」
「精霊取られたー!!」
元々統制も纏まりも何も無い妖精は、最大の優位性である魔法の力で劣った途端に、羽虫のように四方八方へ逃げ出した。負けん気を起こすような場面でもなかったのだ。
同時に、村中を家探ししていた山犬やクーガーの獣人が、騒ぎを聞き付け飛び出してくる。
今までは「また妖精種どもの趣味の悪い遊びだ」と思っていた白の大陸の兵士たちは、敵の姿を見止めるや武器を構えて突っ込んで来た。
十数人があっさりと悠午に殴り飛ばされたが、詳細な描写は割愛する。
「まったく何事!? こんなところにまで湧いて出る! 這いずり虫のようなヒト種どもが!?」
その上空では、ただでさえ雨に降られて機嫌が悪いのに、足下で騒がれるわ突如炎の竜巻が上がり輻射熱で炙られるわで比翼種が怒り心頭だった。
プライドが高く、気持ち良く空を飛んでいるのを邪魔されるのが何より許せない種族である。
焦げ茶の羽や、白から黒にグラデーションする羽根を生やしたヒトに似た種族、10名の比翼種が機械式弓を地上を這いずる生き物どもに向け、
「――――――――エウランエランエラエクサンティア、レスペランツァ!」
「サーマルホーミング!!」
矢玉が放たれるより前に、下から飛んできたスキルや魔法に追い散らされる事になった。
「他にも毛虫が!?」
「おのれぇ!?」
炎の球体が飛び退る比翼種を追い、あるいは光の矢が高速で間近を突き抜けていく。
翼を持つ種族は半透明な魔法の盾でそれを防ぎながら、回避しやすい高度まで急ぎ上昇していた。
地上からの対空砲火を撃ち上げるのは、ジト目の法術士と爆乳魔道姫のふたりである。
小袖袴の少年が派手に妖精や獣人の目を引き付けている間に、他の仲間はこっそりと村人の保護に動いていた。大半の白の軍勢の部隊が悠午の方へ向かっていったので、ほとんど戦闘らしいものもなく。
尻を蹴っ飛ばされる、あるいは尻を焼かれるなどして、残党狩りの白の軍勢は名も無き村から叩き出されていった。
◇
(なんだアイツら…………プレイヤー? いや、そんなのより――――――――)
一部始終を、まったく微動だにしないまま観察していたネズミ獣人のガリは、今すぐこの場から逃げたくて仕方がなかった。
狩人が、狩られる獲物となる事もある。自身を小心者と言って憚らないネズミは、その事を経験で知っている。
一目見た瞬間、異国の服を纏う青年が、ガリの生涯で類を見ないほど危険な存在であるのは感じ取れていた。
狩人が獲物の力を見誤れば、死ぬだけである。ガリは自分の勘に自信を持っていた。
今までピクリとも動かなかったのは、僅かにでも気配を洩らせば自分の位置を露呈すると思ったからである。
そんなのはゴメンだ。あんな化け物に生殺与奪の権限を握られるなど我慢ならない。自分の命と自分の自由は、断固として自分だけの物だ。
(まだだ……まだ動くな。何かが連中の気を引くまで待て…………)
木の根と一体化するかのように、小さくなって気配を消してひたすら無心を貫くネズミの獣人、ガリ。
その潜伏は、数分後に黒の軍団の兵たちが村に入るまで続いていた。
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