007:エンディングに至る攻略手順
.
いまさらではあるが、この世界が『ワールドリベレイター』というゲームの中の世界だと仮定するならば、クリアするのも可能ではないか。
というのが、ゲーム知識に乏しい若き武人、村瀬悠午の思い付きであった。
だが、この意見に対して、先輩プレイヤーのお姉さん方は否と仰る。
「『ワールドリベレイター』にクリアなんて無いね。その気になれば永遠に出来るんじゃね?」
プレイヤーたちが最初に訪れる街『レキュランサス』の目抜き通りを歩きながら、ジト目の市松人形のような魔術士、御子柴小夜子が皮肉げに吐き捨てる。
そのゲーム仕様のせいで、ヘタすれば永久に帰れないかもしれないのだから。
「いや一応エンディングあるわよ。そこでゲームは終わらないけど」
ジト目魔術士の言葉を補足するのは、板金鎧を装備したグラビアアイドルの女戦士、姫城小春だ。
先日無くした剣の代わりを物色中で、店先に並んだ武器を横目で見つつ、どの店に入ろうか迷っている最中だ。
「クリアしたらレベル引き継ぎで最初からやり直せる、ってヤツですか?」
ふたりの後を付いて歩きながら、悠午も数少ないゲーム知識を思い出す。
自身ではゲームをやった事がないが、友人からそんな話を聞いた覚えがあるのだ。
ちなみに、もうひとり前髪で目を隠した俯き気味の法術士がいるが、喋るのは苦手なようで、悠午の少し後ろを無言で付いて来ていた。
「そういうんじゃなくてね、メインストーリークエストが……4つ?」
「いや5つ。出たばっかの背信者のなんとかが5つ目」
「メインストーリーの大きなクエストが5つあって、それぞれにエンディングがあるけど、ゲームそのものはその後もプレイを続けられるワケね」
MMORPGどころかシングルのRPGもやった事がない、近年のゲームがどうなっているのかほとんど知らない悠午には、どうにも要領を得ない話だった。
終わりの無いゲームなどいつまでも遊んでいられるものか、と当然のように疑問を持つワケだが。
◇
ゲームとしての『ワールドリベレイター』には、サービス開始から通して5つのメインストーリークエストがリリースされている。
ストーリーは全てひとつの時系列で繋がっており、最新作が出る度に旧作のプレイデータが引き継ぎ可能となっていた。
ワールドリベレイターはこれら5つのメインストーリーを中軸に、同時にパッケージされたサブストーリークエストや、後から有償無償のいずれかで配信されるダウンロードコンテンツのストーリーをプレイしていく事になる。
つまり、メインストーリークエストを完遂しても、未プレイのサブストーリーやDLCのストーリーコンテンツ、更にはアイテムを集めての装備作成やプレイヤー同士の対戦、メーカー提供の特別なイベントなどで、理屈の上ではいくらでも遊ぶ事が出来た。
その比率は、メインストーリークエストがゲーム全体の2割から3割として、その他が7割以上という。
メインストーリーをクリアしただけでは、とてもじゃないがワールドリベレイターをプレイしたとは言えなかった。
とはいえ、それでもゲーム本編はメインストーリークエストであり、基本的にプレイヤーはその物語りの中で各々の役割を演じていく事になる。
最も最初のメインストーリーは、ワールドリベレイターの副題としても銘打たれた『世界創世の女神』。
そのストーリーは、世界に現れた強大な魔物『魔神』を倒す為に世界を作った双子の女神に導かれ、プレイヤーは各種族から選ばれた英雄として、世界を救う旅に出るという話しだ。
メインストーリーの第2弾は、『四聖剣の伝説』。
前作で封印した魔神を崇拝する者や、その配下の怪物を倒して、発生した事件の黒幕を追う四剣士と共に戦う物語りだ。
その過程で、プレイヤーは歴史が歪められている事を知り、世界に真実を知らしめるべく巨大な権力とも戦う事になる。
第3弾、『這い寄りし闇』。
歴史の闇に葬られた双子女神の片割れ、黒の女神に助けを求められ、プレイヤーはその解放の旅を行う。
不都合な真実を封じ込めたい為政者はプレイヤーたちを葬ろうとするが、その間に魔神の眷族が世界に溢れ出し、白の女神が人々を調停して一丸となり世界の危機に立ち向かう。
第4弾、『黄金の神都』。
白の女神が祀られる神殿都市。その闘技場でプレイヤーは名誉ある闘士となって優勝を目指すが、勇猛果敢な戦いにより白の女神に見染められる。
しかしプレイヤーは白の女神を拒絶した為、女神の使徒に命を狙われながら自らの生き残りをかけて黒の女神を探す旅に出る。
第5弾、最新メインクエストの『背信の徒勢』。
嘘とまやかしで世界を支配する過去の英雄の末裔に対し、真実を知る者達が世界を解放する為に戦いをはじめる。
ちなみに、本作からは多人数同時プレイの機能が強化され、プレイヤー同士の大規模戦闘が実装された。
これらメインクエストをクリアすれば、それぞれエンディングを迎える事になる。
だが、それぞれエンディングの内容はゲームを終わらせるような物ではなく、どれも最後のチェックポイントからクリア時点のステータスを引き継いだ状態でのリスタートとなっていた。
メインストーリーの進行度合いによってプレイできなくなるサブストーリークエストも存在するが、それを補完するようなサブストーリークエストが後から配信される事が通例となっており、その他のクエストを遊んでいるうちに、次のコンテンツが配信されるという。
延々と終わる事無く遊べ、長くファンを増やし続ける世界最高のMMORPGの凄さが、そこにあった。
自分がそのゲームの世界に入っていれば世話は無いが。
「この世界って、歴史とかの出来事もゲームと同じなんですか?」
日も高いうちからお水系のお姉ちゃんに誘われている悠午は、薄く笑いながら手を振るだけで、簡単にそれをあしらう。
手慣れている様子に、グラビア戦士の目付きが少しキツくなっていた。
「あー……っと、あたしも詳しく聞いて確認した事ぁないけど、『魔神の眷族』とかいうのに大勢殺されたって事件は実際にあったらしいやね。一番新しいクエストの設定みたいな、人間と他の種族で歴史認識が全然違って仲悪い、とかいうどこかのクソみたいな話もチョロっと聞いたよ。その辺はゲームと同じみたいじゃん? 昔、人間の英雄は白の女神にハメられたんだけど、偉そうなエルフとかはそれを知ってて隠している、みたいなさ」
世間話のように軽く言う魔術士は、露店で買った腿肉の蒸し焼きを齧っていた。清楚な容貌に行動のギャップが激しい。
その途中で、薄暗い裏通りを通り過ぎながら眺めている。
裏通りには怪しい店が見え隠れしているが、魔術士関連の店はそういった場所に在った。
ワールドリベレイターのメインストーリーにおいて、最初のストーリークエストの顛末であるヒト族の英雄に対する白の女神の裏切りは、その後のクエストでもストーリーの核心となっている。
ファーストストーリークエストの時代以降、ヒト族は時の代表であった英雄と共に貶められる種族となったが、フィフスストーリークエストでは遂にその欺瞞が顕在化。
黒の女神の使徒であるダークエルフや、黒の女神と心を交わした種族であるヒト、白の女神を信奉する多くの種族との対立の構図が、はじめて明確となった時代だ。
現在の情勢は、確かに最新ストーリークエストの状況と一致していた。
「そのいちばん新しいクエストをクリアしたらどうなるんです?」
「クリアしたのはミコだけよね?」
グラビア女戦士の小春は、和風ジト目魔術士の小夜子を『ミコ』と呼んでいた。
出会った当初の見た目などから苗字の頭を取ってそう言う呼び名になったが、中身の性格を考えれば、一種の詐欺と思われる。
「一応クリアしたっちゃしたけどパティーンが3と同じで、ぶっちゃけると白組と黒組がケンカしているところにまたぞろ魔神が出てきて、世界がヤバいからみんなで力を合わせて一時休戦、って終わり方でさー。魔神を倒した後はまた種族同士でケンカはじめた、ってエンディングだった。むせる」
つまらんエンディングだった、と言うジト目魔術士だったが、さりとてメインストーリーには、それほど拘りも無いという話だった。
むしろ、3人娘の中で一番のへヴィープレイヤーである小夜子は、メインストーリーと付随するサブストーリーをさっさと終わらせ、その他のクエストに取り掛かるのが『ワールドリベレイター』の本番だと言う。
事実、メインストーリークエストは中程度の難易度となるが、その他のサブストーリーの中に高難易度、さもなくば超高難易度、あるいは超超高難易度のクエストが控えているのが、シリーズの通例であった。
最難関クエストなどは、クリア出来るものならしてみやがれこのヤロウ、と言わんばかりの難物であり、専用のエンディングに専用のボスモンスターまで用意されている事から、これを以って真のクリアとするのがプレイヤーの常識である。
「『生存限界領域』がバカなのアホなのってほど敵強くて、仕方ないからエレメント装備揃えようと思ってたら、あたしがゲームに入ってどうすんだ、ってヤツよ。だったらあたしがフルパワーで育てたレベル210のキャラでやらせんかい、って話よホンマ。こんなレベルじゃ隠しボスどころか魔神すら倒せないってーの」
フィフスストーリークエストをクリアしたジト目プレイヤー曰く、本筋の最後のボスは黒の女神がファーストから身を挺して封印している魔神だという。
それを倒せばとりあえずエンディングとなるが、問題はクリア推奨レベルが約150で、6人パーティー以上だという事。
3人の中で一番レベルが高いのが、魔術士のレベル12。
現状では、レキュランサスの次の街に行くのがせいぜいのレベルだった。
「リスポン出来るかどうか分からないから、もしも最ボスに突っ込むならレベル上限まで上げておきたいけどね。絶対失敗できないし…………」
美人の女戦士が憂い顔で言う通り、推奨レベルというのは所詮やり直しの出来るゲームでの話だ。
現実となったワールドリベレイターは、ゲームと似ているというだけで、あらゆる部分で勝手が違い過ぎる。
全てのプレイヤーは自らの身体を使い、レベルも1からやり直し、便利なゲームシステムも多くが使えなくなり、本物の命の危機に慎重な上にも慎重を期す必要があった。
だからだろうか、プレイヤーは大勢来たのに、最新のストーリークエストをクリアしたという話は、未だに聞かない。
「ランク一位のパーティーでも、『アニストリア』の水上迷宮まで行ったか行ってないかって話じゃなかったっけ。あー、でもこの情報古いなちょっと」
「ギルドで掲示板見れば分かるでしょ」
小春、小夜子、香菜実に悠午を加えた4人は、買い物を終わらせた後に、プレイヤー達の互助組織である組合に赴く予定だ。
目的は、このワールドリベレイターを模した世界から、元の世界へ戻る手掛かりを得る事。
これはその第一歩になる、と思われた。
とんでもない第一歩となってしまったが。
◇
当たり前の話だが、ゲームとワールドリベレイターに似たこの世界には違いがある。
その最たるモノが、プレイヤーの存在だ
ゲームにおいては、個人のプレイ内容により多少変わるが、プレイヤーは基本的にどこにでもいる名も無きひとりの冒険者としてワールドリベレイターの世界を冒険して行く事になる。
しかし、この世界においてはプレイヤーという存在自体が、社会的に特殊な意味と地位を持っていた。
それは、尋常ならざる強者として、あるいは世界の異物として。
ここ数年で何百と姿を現した、メンタリティ、行動原理、思考、発想、あらゆる点でこの世界の者と異なる生物。
ヒト種族らしいが、ヒトとも明確に異なる人種。
それが『プレイヤー』だ。
だが、総じて強い。
冒険者として戦うプレイヤーたちは、その多くが並のヒト種や獣人種、巨人やエルフよりも強力な戦闘能力を備えている。
どこぞのヘタレ女戦士にしたって、現状のレベル10で、そんじょそこらの野郎とは比べ物にならないほどの戦闘能力を持っていた。
ベテランプレイヤーや上位プレイヤーになると、たったひとりで100人の兵士を圧倒してしまう実力がある。
この世界に限らないが、最終的に物を言うのは暴力だ。
高い戦闘力を持つプレイヤーは、否が応でも国家や権力者、有力者の注目を集める。
必然的に、国に取り立てられる者、高給で雇われる者が出るが、一方でゲーマーの本分として、この世界をプレイし続ける者も多かった。
一番多いのは、そのいずれにも該当しない者たちだが。
そんな様々なプレイヤーが集まる巣窟が、『プレイヤーズギルド』だ。
レキュランサスの西地区は、最も後期に開発された地区である為、小奇麗で新しく洒落た建物が多い。
つまり高級な宅地の多いエリアとなっている。
それにしたって、プレイヤーズギルドの建物は左右に並ぶ建物とは明らかに異なり、景観から浮きまくっていた。
周辺が中世ヨーロッパのような建築様式であるのに対し、プレイヤーズギルドとされる建物は、四角い現代風の建築物だ。
「コンクリ? あ、いや、漆喰か」
場違いなコンクリートの構造物に目を点にしていた悠午だが、すぐにその外壁が何かで塗ってあるのに気付く。
見た目だけをデザイン建築にしていただけで、部分的に他の建物同様、レンガや木材が見え隠れしている。
また、一階部分はガラス張りだが、工作精度はあまりよろしくない。内部はブラインドでよく見えなかった。
「プレイヤーが作った建物なんだってさー。中もァメェリケンハイスコーのクラブの部室みたいになってる」
「何のこっちゃ」
ジト目魔術士が何を言っているのかいまいち分からないが、悠午もお姉さん方に付いて、プレイヤーズギルドに足を踏み入れる事に。
同時に、ジト目魔術士の科白の意味が何となく分かった。
「なるほど…………何かこういうの見た事ある」
内装を見て一言、悠午もポソッと呟く。
中にあったのは、金属製の低い丸テーブルと、その周囲に置かれている革張っぽいソファー。
壁際の棚には統一感の無い酒瓶や瓶詰めの数々が、手前のバーカウンターにはその空き瓶が無造作に転がっている。
壁にはセクシャルな女性の絵がかけられ、サイケデリックな色で塗られた鎧一式が槍に突かれて放置され、そこかしこで屯する小汚い格好の野郎や姐さんが、タバコらしき物を吹かしていた。
薄暗い室内に漂い、外から差し込む光の筋を浮かび上がらせる紫煙。
妙に甘ったるく煙たいそれに、女戦士は少しばかり顔を顰めている。
「下はこんなんだけど、上は事務所か何かみたいになってるんだわ」
ジト目魔術士は特に周囲を気にした様子も無く、雑多な部屋の間を歩いて行った。
あちこちから胡乱な目を向けられ、怯える法術士は悠午の背に張り付くように進む。
建物一階の中央部分にあった階段から、上の階に移動出来た。
魔術士の少女が言った通り、二階部分は一階とは異なり、机や本棚、パーテーションの衝立が整然と並べられた空間になっている。
まるで役所の一画のような場所だが、そこにいたのはスーツ姿の公務員ではなく、地味な布地の服を着た複数の男女だ。
「さーてぇ……なんか新しい情報でもあるかね?」
特に期待した様子でもなく、ジト目魔術士が3つ並んだカウンターのうち、一番入口に近い物に向かった。
カウンターの前の机では、ファッショナブルに髪を遊ばせたヘアスタイルの若い男が、暇そうに本をめくっている。
「すんませーん、攻略情報欲しいんですけどー」
ジト目魔術士が声をかけると、デザインヘアの男はチラリと目を向けた。
それから面倒臭そうに溜息を吐き、本を閉じて席を立つ。
「はいはい……どこの?」
「てゆーか、元の世界に帰る方法なんですけどー」
「はぁ? あー……まぁいいや」
やる気のなさそうな男は、壁際の棚からファイルらしき物を取り出すと、表紙に記載された内容を確認して言う。
「えーと? 現実世界へ帰還する為の情報ね…………。コレの閲覧は2500タラントするけど」
「先月から新しい情報が無かったら要らないんだけど」
「はー……? そんなの知らないよ。自分で確認してよ」
「でもそれじゃ金とられるんでしょ?」
「嫌なら見なきゃいいだろ」
お互いどこまでもやる気がない風の会話をする、オシャレヘアーの男とジト目魔術士。
横で見ている悠午は、やっぱりワケが分からなかった。
「……帰る方法が書いてあるんですか? アレに」
「んー…………。と言うか、わたしは来たばっかりの時に見せてもらったけど、単に噂を集めただけって感じの内容だったわ。それで2500もするんだからボッタクリよね」
宿代(1500タラント)にも苦慮する三流冒険者としては、役に立つかどうかも分からない情報に大金を払うのは、あまりにも懐が痛かった。
先日の狩りで多少はお財布に余裕があるとはいえ、今後も安定して稼げるとも限らず、無駄金を使う気は一切無いのだから。
「ま、何年も確定情報出てないのに、一カ月で進展があるなら苦労せんわな」
ジト目魔術士もあやふやな情報に出費する気も無いらしく、悠午達の所に戻って来る。
ひやかされた形のカウンターの男は、迷惑そうな顔をジト目魔術士に向けていた。
「つまり……情報を集めて売ってるんですか?」
「んだね。帰る方法だけじゃなくてダンジョンとかフィールドの攻略情報をさ、プレイヤーから買ってそれをまた売るワケよ。後はプレイヤー同士の連絡掲示板があったり。パーティー組みたい時に伝言残したり。あとお金も貸してくれる」
悠午の質問に、ジト目の魔術士はプレイヤーズギルドの行っている業務の一例を上げる。
プレイヤーの互助組織、と言っても、慈善活動でもないらしい。
しかし世知辛いとはいえ、同郷の人間の間を取り持ち、プレイヤーとして必要な情報を提供するプレイヤーズギルドという組織に、一定の有用性があるのも確かだった。
お金も実力も不安があるプレイヤーには、あまりその恩恵もなさそうだったが。
「さっきの情報は使えないんですか?」
「使えない、事も…………ない? わかんね」
「さっきも言ったけど、全部根拠の無い噂なのよね。全部のクエストとサブクエストをコンプリートすれば帰れる。双子の女神に会えば帰れる。『聖域のアビス』最下層に時空の門がある。黒い月から帰れる。とか色々書かれてたけど、結局誰も試した事がないんだもの」
「つか『聖域のアビス』を一番下まで行けたらこの世界で無双出来るっつーの」
困った様に眉を顰める女戦士に、小馬鹿にしたように嘲笑うジト目魔術士のお姉さんふたり。
それがどれだけ無理難題を言っているか、悠午も聞かされる事になった。
◇
プレイヤーズギルドの攻略情報。『現実世界への帰還』ファイル。
たいして厚くもないそのファイルには、つまるところワールドリベレイターをクリアする上での最上級難易度のクエストや、不可能とされる事柄が書かれていた。
情報に根拠など無い。
ただ、そこまですれば帰れるんじゃないか、というプレイヤー達の淡い希望を書き綴っただけだ。
そして、現在までに達成したプレイヤーが出たという情報もない。
ある意味、それは絶対に不可能な事だ。
何故なら、ここはゲームの中の世界ではなく、現実に様々なヒトや組織、集団、国といった存在が、様々な思惑を持って生きている世界なのだから。
『全てのクエストとサブクエストのクリア』というのは読んで字の如く。
だが、前述の通りこの世界はゲームなどではない、生きた世界だ。
プレイヤーはヒト種にしか現れず、またこの世界ではヒト種と敵対する種族も多く存在する為、実質的にクリア不可能となっているサブクエストもあった。
『双子の女神に会う』というのは、ある意味で最も現実的な選択肢ではある。
何故なら、プレイヤーはゲームをプレイしてきた上で、女神たちがどこにいるかを知っているのだから。
白の女神は神殿都市『アウリウム』の総本山に降臨し、黒の女神は『禁足地』で魔神の封印に使われている。
問題は、現実となった世界で白の女神を呼び出す方法が全く分からない事と、禁足地がメインストーリー上の終盤に位置するダンジョンな為に、プレイヤーにも高レベルが要求されるという事だ。
政治的にも、ヒト種であるプレイヤーが神殿の総本山に入るのが難しい。
禁足地は黒の女神の存在自体を認めていないエルフ種をはじめとした各種族、『英祖の連盟』により厳重に封印されている為、立ち入り自体が困難だった。
『聖域のアビス』というのは、ゲームとしてのワールドリベレイターでいかなるクエスト、サブクエストと関係ない、エクストラダンジョンと呼ばれる場所だ。
過去5作を通して設けられているオマケのような場所だが、その難易度は常に最高、同時に最凶。
各エピソードのレベルキャップいっぱいまでレベルを上げても、それだけではクリア出来ず。
ランダムに出現するモンスターは、メインクエストの最終ボス並の強さ。
そして、配置された中ボス、最下層の隠しボス――――――隠してないが――――――の強さは、プレイヤー達をして「理不尽」の一言だという。
当然、ゲーム時より数段難易度が上がっているこの世界では、ダンジョンに辿り着いたというプレイヤーの話すら聞かない。
最後の『黒い月』だが、実はプレイヤーたち最大の謎とされている。
プレイヤーたちにとって、ゲームと多少の違いがあっても、この世界は自分達が遊んでいたワールドリベレイターと、ほぼ同じ世界であった。
ところが、過去のシリーズやバックストーリーをどう思い返しても、空に浮かんだ黒い天体などという物が登場した事は無い。
実際には天体かどうかすら分かっていないのだが、空に黒くて丸い何かが一定の軌道で動いているのは事実だった。
正確な所は分からないが、どうやら宇宙ほど高い高度を回っているワケでもなく、さりとてプレイヤーの中にも到達したという者はいない。
このように、どれもこれもプレイヤーをして「無理ゲー」と言わしめる条件ばかりだったが、帰る方法が分からないというのは、何もそれだけが原因でもなかったりする。
悠午がそれを理解するのは、もう少し後の事だ。
「ま、あれよ。噂を試してみるにしても、違う方法を探すにしてもよ、レベルアップして装備揃えて金稼ぐのは必要じゃね? って話さ、裕次郎君」
「悠午っス」
ジト目魔術士にバンバンと背中を叩かれる悠午。痛くはないし、名前を間違われるのもたいして気にはしない。
ただ、多少の付き合いがある女戦士と隠れ目の法術士は、ジト目魔術士の物言いに、何か怪しい物を感じていた。
口は災いの元なので、あえて何も言わないが。