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068:剛力にてその歯車抗い難し

.


 島国アルギメス南端の港町、『キヤック』。

 黒の大陸との交易港でもあるそこは、ここ数年大きな賑わいを見せていた。

 エルフ種を盟主とした白の大陸の軍勢、そしてヒト種を中心とした黒の大陸の連合。

 このふたつの勢力がアルギメスの中央で戦争を継続しており、必然的にヒトや物が大量に流れ込んでいる為だ。


 港町は船を乗り降りする客と、それを相手にする商人の露店が無秩序に建ち、ごった返している。

 この地を訪れる者の多くは戦場へ向かう兵士や傭兵、あるいは異邦人(プレイヤー)を含む冒険者であり、血の気の多さから肩がぶつかる程度で即刀傷沙汰に発展する例も珍しくなかった。


「ってーな!? どこ見て歩いてんだノロマがぁ!!?」

「相棒の肩折れたぞどうしてくれんだオラァ!!?」

「オイオイ治療費高くつくぞぉ!? あぁニイちゃんよぉ!!」


 そんなワケで、当たり屋的なチンピラなども湧いて出るのが、この界隈。

 ところは、桟橋のある船着き場からひとつ裏手に入った通りの一角。

 革の鎧に剣、といった並の装備を着けた粗暴な男三人に、小袖袴の青年が因縁を付けられていた。

 ちなみにぶつかっていない。どれだけ周囲にヒトが密集していようと、この青年はうっかり通行人にぶつかるようなヘマはしないのである。

 勢い込んでぶつかりに行った当たり屋その一は、目測を誤り転んで倒れて自爆した。

 公衆の面前で無様を晒したその男は、狙った青年の澄ました態度も相まって、早々に逆上したというのが事の顛末だ。


 剣の柄に手をかけ、3人で囲み威圧する当たり屋たち。周囲では野次馬が人垣を作り見物している。

 この程度の騒ぎは、キヤック港では日常茶飯事だ。いちいち衛兵なども来ない。


「チンピラが…………飽きもしないで代わり映えしねぇ手を使いやがる」

「相手はプレイヤーか? でも武器を持ってねぇ。ありゃカモだぜ」

「武器無しのプレイヤーも時々見るがなぁ。なんせプレイヤーだから」

「プレイヤーはどいつもこいつも普通じゃねぇよ。ここに来る奴はなおさらだ」

「兵士崩れか冒険者崩れか知らねぇが、武器持ち3人に素手の野郎ひとりか…………。さぁどうする?」


 無責任に期待感を高める野次馬集団。それらを全く無視して、囲みの中では話が進んでいた。

 当たり屋は肩をいからせ、獲物に迫り凄んで見せる。

 男たちはチンピラには違いないが、戦地となっている国にいるチンピラだ。

 首都のプロスレジアスやレキュランサスに(たむろ)するチンピラとは放つ殺気が違った。


「いってー! 肩の骨イカれたわなぁコレは!?」

「おいおいどうしてくれんだニイちゃんよ!? これから戦場で稼ぎ時ってのに相棒の肩使い物にならんくしやがって! あぁ!?」

「補填してもらわねぇとなぁ? プレイヤーはいくらでも稼げるんだよなぁ? とりあえず有り金吐き出せや足りない分は軍隊に身柄(ガラ)売ってでも払ってもらうからよぉ!?」


 ドスの効いた恫喝をする3人の当たり屋。平和な世界の平和な国から来たプレイヤーなら、この手のコミュニケーションに萎縮してしまうかもしれない。

 はじめてアルギメスに来た、冒険者の通過儀礼。

 当たり屋がテンプレなら、その後の展開もテンプレ通りに進みそうなものであり、チンピラも野次馬も哀れな被害者がどんな道化を演じるかを期待していた。


 ところが。


「ほほう……肩を脱臼でもしたかな? そりゃ悪い事しちゃったね」


 コリン、と音を立てて外れる、当たり屋たちの肩関節。

 絡まれる青年が抱えていた紙袋を一瞬だけ放すと、両手の平を当たり屋たちに向け宙を掻き回すように動かす。

 そうして、男たちの腕は力無く垂れ下がる事となった。


「は……? あ? ああ!!?」

「え!? ちょっ――――――――!!?」

「あがぁあああああ!?」


 何をされたかさっぱり分からないまま、ただ痛みと混乱に悶えるしかない当たり屋ども。脱臼しているのだからそりゃ痛い。

 小袖袴の青年が何をしたのか理解している者は、野次馬を含めてどこにもいなかった。本人は相変わらず、いっぱいに詰め込まれた紙袋を抱えているだけだ。

 手放した瞬間など、誰ひとり確認できなかっただろう。


「さて、異常があるのは肩だけかな? ほかに『()』、意外で抜けているところは? 頸椎、胸椎、腰椎、股関節、膝関節、胸骨、肩甲骨、とか」


 にっこり穏やかに脱臼患者へ尋ねる小袖袴の青年。

 荒れた街の喧騒が、この場だけ静まり返る。

 動物園の猿を見ているつもりで、気が付けば自分が猛獣の檻に入り込んでいるのだから、肝も縮み上がるだろう。


 当たり屋は、そして野次馬たちも、狙った相手が悪過ぎた事を悟っていた。

 戦場のアルギメスへわざわざやって来るのは、2種類。

 一旗揚げる為に勇み乗り込んで来た身の程知らずか、十二分に殺し合いに手馴れた玄人か。

 チンピラどもは、獲物を見誤ってしまったのだ。


「ひぃいい!? か、勘弁してくれぇ!!」

「いでぇよぉお!? ほ、ホントに肩が折れたぁ!!」

「おたすけー!!!」


 恐怖に顔を歪める当たり屋3人は、肩が抜けた痛みに喘ぎながら一目散に逃げ出そうとする。

 だがそれは、器用に買い物の袋を頭の上に乗せた小袖袴の武士(もののふ)村瀬悠午(むらせゆうご)に首根っこ掴まれた事で失敗に終わった。


                       ◇


 村瀬悠午と旅の一行(パーティー)が黒の大陸からアルギメスへ渡り、2日が経っていた。

 ここからは、あちらこちらで戦場が展開されている島国を縦断し、北の港から白の大陸へ渡るのが大雑把な予定となる。

 とはいえ戦争真っ只中。いくら悠午でも鼻歌交じりで縦断するというワケにもいかない。主にその後の問題で。

 よって、それなりに準備を整える時間を取ってから出発しようという話になっていたのだ。


「で……ユーゴよ、そいつらは?」


「モリーにワンナにビズラ、アルギメスが長い元傭兵だって」


 そんな時に、悠午が連れて来たチンピラ風のバカが3人。


 ところは、一行が取っている宿の一階食堂。昼から夕方の境で、他にヒトも少ない。

 そこに、仲間の全員が集まっていた。


 ヘタれグラマー姫城小春(ひめしろこはる)、ジト目お嬢の御子柴小夜子(みこしばさよこ)、隠れ目引っ込み少女の久島果菜実(ひさしまかなみ)、少々影の有る奥さま梔子朱美(くちなしあけみ)のプレイヤー4人。


 大男の熟練(ベテラン)冒険者ゴーウェン=サンクティアス、アストラ国の王女であり魔道士のフィアス=マキアス=イム・アストラ、その護衛兼世話役のクロード=ロックナー・ヴィレアム、斥候職の訳あり少年(?)ビッパ、自分が王女と同行している事を知らない騎士のオゼ=セントリオと召使のブーイ、この世界の人間である6人。


 以上、悠午を加えて11人の旅の仲間となる。


 そんな只者ではない集団の前に引き出された、ザコ3人。恐喝目的で悠午に絡んでエライ目に遭った当たり屋たちだ。


「ちょっと知り合ってね、アルギメスの事にも詳しそうだから話聞かせてもらおうと思って」


「へ、ヘイ…………」

「多少なりとも旦那のお役に立てればと思いまして…………」

「俺らの知っている事でよろしければ」


 3人揃って、悠午に凄んでいた態度の欠片も残ってはいなかった。

 一瞬で肩を外され、また一瞬でハメ込まれるという神技を見せられたのだから、生殺与奪の権限を誰が握っているのかなど一目瞭然なのだ。

 命が惜しくないタフガイなら、はじめから戦場を逃げ出したりしていない。


 顎の割れた四角い顔のモリー、太ったワンナ、それにチビで出っ歯のビズラは、傭兵崩れのチンピラだった。

 アルギメスで稼ごうとやって来て、あまりに過酷な戦場から逃げて来たのだ。

 別にそれは罪ではない。領の兵士として貴族に仕えるでもなく、傭兵契約を反故にしてきたワケでもない。

 だが生きる為には稼がなくてはならず、さりとて傭兵稼業も開店休業な3人は、別のシノギで生活の糧を得ようと考えたのだ。

 よりにもよってとんでもないのに絡んでしまったが。


「フン……チンピラから聞ける話なんざ、高が知れていると思うがな。ギルドから買った話だけで十分じゃないか?」


「まぁ情報を多角的に得るのは状況分析の基本だ、ってウチの姉ちゃんも言ってたよ。ゴーウェンだって自分なりの見方ってもんがあるでしょ?」


「そりゃそうだがな…………」


 買い物に行って何を拾って来たかと思えば、と。

 腕を組み、とりあえず納得した様子の大男冒険者。

 その『ゴーウェン』という名と傍らの大剣を見て、チンピラ3人が再び顔面を蒼白にした。


「『ゴーウェン』って……それにあのバカでかい剣!? 『断頭』のサンクティアス!!?」


「バカ野郎『大物狩り』の身内じゃねーか!!?」


「………………ヤバいのに関わっちまったな」

 

 小声でヒソヒソ何やら言い合っているチンピラ3人衆。

 冒険者のみならず、荒事を得手とする者たちの間で『断頭』のサンクティアスの名は轟いていた。

 邪巨人狩り、ワーム狩り、古竜狩り、そしてヒドラ狩りと勇名を積み上げている、既に冒険者の伝説となりつつある人物だ。

 大物狩り、というのも冒険者のひとつの到達点を言い表す。

 そんな怪物の仲間に手を出したとあって恐慌状態なチンピラ3人衆だが、自分たちが絡んだ小年がその数千倍ヤバい生き物だとは知る由もない。


「アレよ、やってる事は褒められたもんじゃないけど、オレだってそれを罰するような立場じゃないし。アルギメスの情報を教えてくれたら水に流すよ」


「そりゃもちろん…………」

「何でもお話ししやす」

「俺らもそこそこアルギメスも長いんで…………へへへ」


 もっともそれは、アリがイヌとオオカミを比べるようなもので、どちらも絶望的に隔絶した力の差がある存在である事に違いはないのだ。

 チンピラ3人衆は雲上の存在をこれ以上怒らせないように、と進んでアルギメスの最新情報を吐き出しはじめた。


                        ◇


 アルギメスは北西から南東に長大な山脈が走っている島国であり、南北の移動ルートはその山脈を避けて西回りと東回りを用いるのが基本となる。

 戦場もまた同じで、大規模な軍の布陣は東西の平地部分に集中して展開されていた。街道の要衝、あるいは山道に作られた砦などでも、取り合いの小競り合いが不定期に発生している。

 白の大陸の戦力、そして黒の大陸の戦力が集中するアルギメスは、全土が無差別に戦場となり得た。

 

 そのディアスラング山脈西側、ギルステンダイ盆地でも、両陣営は激しい攻防を行った。

 今は黒の種族側が自陣の砦まで後退し、体勢を立て直そうとしているところだ。要するに負け戦の後である。

 右手に天険を仰ぎ、左手に密林を臨む狭隘(きょうあい)な荒地にある砦の周囲では、傷を負い疲れ切った兵士たちが座り込んでいた。


「ええいエルフどもが! ゴーレムを武器にするとはプレイヤーのような真似を!!」


「いや、エルフがついに直接乗り出して来たんだ……。我らは確実にヤツらを追い詰めてはいるのだろう」


「だがひっくり返された……。エルフもまだまだ力を残しているという事だ」


「ゴーレムをまともに狩れたのは結局プレイヤーと、巨人たちくらいか。もっとプレイヤーを隊列正面に集中できないか。とにかく最初にゴーレムを排除させねば歩兵が崩される」


「今いる分で全員だろう。プレイヤーは好き勝手に動くからな。しかも最近は廃坑の迷宮へ多くのプレイヤーが向かっているらしい」


前線(ここ)を放ってか!? ったくアイツ等の頭の中はどうなってやがるんじゃ!!?」


「所詮は他の世界から来たよそ者か。アルギメスを取られれば次は本土への侵攻を許すというのにな…………」


 荒れ地の狭窄部分を占領するように作られた砦の二階部分、戦場を見下ろす大広間では軍の将達が集まり会議の最中だった。

 黒の大陸連合軍の西部進攻軍団、その各種族を指揮する立場の者だ。

 背は低いが横幅があり筋肉質な種族、ドワーフ。

 全身を短い毛に覆われ、大きな手の平に太い爪を生やす種、土竜(モグラ)人。

 身長4メートルに迫る、これまた屈強な体躯を持つ巨人種。

 そしてヒト種と、ヒト種に似ながら浅黒い肌と尖った耳を持つ種、ダークエルフ。


 最も人数が多いのは主力であるヒト種であり、次が前線と後方の両面を担えるドワーフ、土木作業や陣地の設営を任されている土竜(モグラ)人種、決戦を担う巨人種、魔力に秀でた助言役でありエルフに対抗できるダークエルフ、という順になっている。

 異邦人(プレイヤー)は基本的に傭兵扱いで野営地にいた。国と王に仕える騎士になったプレイヤーもいたが、基本的に縛られるのを好まないのがプレイヤーだ。

 いつでも自由に動けるよう、フリーハンドを保持するのが手慣れたプレイヤーのやり方というものである。


 黒の大陸の軍勢は押されていた。アルギメスにおける勝利、北の港への侵攻を目前としながら、今は一気に押し戻されているのだ。

 主な要因は、白の大陸側が最近投入してきた新戦力、ゴーレム兵器とでも言うべき物だろう。


 ゴーレムとは、錬金術にて仮初めの命を与えられた巨大な岩の人形を指す言葉だ。地球のオカルト知識ではそうなっている。

 この世界においても、基本的に魔法使いが製造する土や岩の魔法生物をゴーレムというが、今回現れたゴーレムはそれらとは全く異質な物であった。

 異邦人(プレイヤー)の一部が似たようなゴーレムを用いるが、そちらは白の大陸のように纏まった数を戦力として編成できる程ではない。


「クアッゼから我らは退がりっぱなしだ。この半年で押し上げた戦線が、たった一週間で……!」


「兵の損耗も重大だな。士気も上がらん」


「不意打ちで来られましたからな……。数で囲めば決して倒せぬ相手ではありませぬが、ああも一方的にやられては」


「アレに真っ向から挑もうという気概のあるヤツはおらんじゃろうなぁ」


 気まぐれなプレイヤーが前線を去る中、戦力低下を懸念した軍の上層部は、一気に勝負を決めるべく全軍を進め戦線の押し上げを計った。

 そんな最悪のタイミングで投入された、エルフのゴーレム兵器。

 完全に出鼻を挫かれた形となる黒の大陸軍は、そそり立つ恐るべき壁に減速無しで衝突し、無数の被害を出す事となる。


 明らかに普通のゴーレムではない、巨人と同等かそれ以上の大きさを持つ鋼の身体。

 その怪物が振るう桁違いに巨大な武器と魔法により、ヒト種もドワーフも巨人も分け隔てなく吹き飛ばされてしまった。

 以降は(いくさ)にもならず、並の兵士たちは戦意を失っている。


「ディシャ殿……あのゴーレムもどきに何か弱点などは? アレはエルフの業ではないのか」


 厳めしい面構えの巨人が問いかけたのは、初老ほどに見える上品な容姿のダークエルフだ。

 エルフとダークエルフの違いは、住む場所と肌の色だけだという。

 大昔にエルフ袂を分かった際にも、断固として白の女神の意向に異を唱える、というような決定的な意見の違いも無かったとか。

 ただほんの少しの気質の違いが、エルフとダークエルフ、その今の立場を分けた。

 もっとも、ダークエルフの種族はそれを後悔もしていないらしいが。


「左様…………アレは生者の命を燃やし動く、禁じられた兵器。かつての魔神戦争の際に作られた、犠牲を前提にしたゴーレム騎兵であろう」


「騎手の命を吸い取るという事か?」


 と聞き返すのは、ヒト種の将のひとりだ。アストラ国の騎士であり、子爵の位にある。ヒト種の国は複数あり、騎士も多く派遣されていた。


「いや、操る者とは別に、命を捧げる者を取り込ませている、はずだ。過去の物と同じであればな。

 だが、自ら命を捧げた過去の犠牲者とは違い、恐らく今は捕虜など捕らえた者を使っているのだろう」


 ダークエルフが答えると、広間の中に憤りの混じったざわめきが生まれる。

 命を吸い取るような忌まわしい兵器を繰り出し、しかもその犠牲を他者に押し付けるとは。

 戦争は非道であり殺し合いだ。人道主義の出る幕ではない。

 それでも、建前上は捕虜に対する扱いは丁重であるべきだし、同胞や友軍への仕打ちに憤るのもまた、当然の事ではあった。


「だがそこが弱点と言えるかもしれない。ゴーレムの道具として使われる捕虜が存在するなら、それを解放するのは大きな意味がある!」


「兵数をすぐに補充はできませんが、今頃キヤック港にはプレイヤーの勇者が着いているはずです。戦力を集中させ、ゴーレム兵器を優先的に撃破させましょう」


「よかろう、異議は無い。戦力を立て直し、勇者を加え次第ゴーレム騎兵へ反攻に出る!」


 反撃の要となるのは、異邦人(プレイヤー)の旗手たる『勇者』。黒の大陸側における、最大の戦力だ。

 異邦人(プレイヤー)の中でも、アストラ国をはじめとする各国王宮に認められた勇者ジュリアスには大きな期待が寄せられている。

 それが例え、戦意高揚を目的として戦略的に作られた英雄だとしても。

 異邦人(プレイヤー)だろうが勇者だろうが、使い物になるならそれを使うのみだった。


 最も位が高いヒト種の将軍が方針を定めると、その他の将兵も自らの役割に沿ってすぐに動き出そうとする。

 ヒトの出入りが激しくなる大広間。

 そこへ、扉を守る兵士に取り次がれて伝令の兵士が駆け込んで来た。


「斥候の騎兵隊より! 獣頭の先行する部隊300ほどが半時の差で接近中! 本隊の足止めではないかとカッソー男爵より……!!」


 容赦ない追撃の報に、広間の将官達がいきり立つ。

 『獣頭』こと、白の大陸の種族、獣人種。騎乗せずして高い機動力を誇る敵方の主力だ。

 その獰猛さと身体能力においてもヒト種以上である。


「ええい早過ぎる! 調子に乗りおってぇ!!」

「こっちが陣を整える前に攻め切るつもりかのぅ」

「たった300で砦攻めでもあるまい! 後方から本命が来るまで我らを釘付けにするつもりだ!」


 大急ぎで撤退してきた黒の大陸軍は、未だ砦にも入り切らず外に大勢が待機しているような状態だった。

 実質的な敗走なので、指揮命令系統が寸断された部隊や兵も多い。これから再編成というところだったのだ。

 無論、白の大陸側はそんな猶予を与えない為に、ひたすら攻めて来る構えのようだが。


 西翼の黒の大陸軍は、選択を迫られている。すなわち、迎え撃つか、退くか。

 足の速い獣人種ばかり300人で追撃戦でもないのは明らかだ。しかし攻撃される以上、黒の大陸軍はこれに対応せねばならない。

 ここで時間を稼いで主力のゴーレム兵器を突っ込ませるのが、白の大陸側の戦術と予想できる。

 迎え撃つなら、今すぐ全軍を臨時編成して防衛体勢を整えねばならなかった。ただし、前述の通り士気は低く、ゴーレム兵器と戦うとなれば相当の犠牲を強いられるだろう。臨時編成が終わる前にゴーレムが到着する可能性もある。

 撤退するのも今すぐというワケにはいかない。無秩序に逃げれば軍団が崩壊する。撤退する本隊を守る殿(でん)軍を置き斥候を放ち秩序だって撤退しても、敵からの攻撃で被害は出るし士気が低ければ軍からの逃亡者も増える。

 撤退とはそういうものだ。


「これ以上退がれば『マドラッゼ』まで一気に取られる……。レジカリアにいる東の軍の背後を取らせる事にならぬか」


「そうなれば我らが後方から襲うのは敵方も分かっているでしょう。東の軍の為にも、我らが全滅するワケにはいきません」


「撤退ですな。今あのゴーレムと当たれば(イタズラ)に被害を増やすだけ。どの道その後に来る本隊とは戦えません! 殿(しんがり)は私が」


「オケラス卿、武運を祈る」


「さーてまた逃げ支度かぃ、忙しないのぉ」


 慌ただしく撤退の段取を決める、西部方面軍の首脳陣。

 すぐさま自分の仕事をしに行くドワーフや巨人、そしてヒト種の騎士だが、その間際にアストラ国の子爵が別の騎士に呼び止められていた。

 撤退にあたり、自ら殿軍をかって出た人物だ。


「なに? 単独で来たというのか…………」


「すぐにでも参陣したいとの事でしたが、それよりも戦の勝利を決める程に大きな一手があるとか。オケラス殿にはその為の手配りを願いたい、と…………」


 飛び込んで来た知らせに、怪訝な顔となるオケラス子爵。

 便りの主は、友人と言う程の仲でもない知り合いの騎士だ。

 強いて言えば、同じ派閥としての繋がりくらいはあるだろうか。

 だが、その伝令の騎士が言う『勝利を決める一手』とやらを託す程の間柄ではなかった、とオケラス子爵は思う。


「ふむ…………剛力無双にして絶対無敵の力を振るう、プレイヤー。大言壮語としか思えないが、シャドウガストにヒドラ、それに……海峡を埋め尽くすほどの大海蛇を。面白い」


 辛うじて封蝋が為されていただけの、格式も何も無い必要最低限の事柄のみが記された手紙。

 暫く文面に目を落としていたオケラス子爵だが、読み終えた後は僅かに考え、顔付も少々不敵なモノに変わっていた。


「いいだろう、逃げる先を少し変えれば良いだけの事だ。適当な村を見繕おう。場所は追って伝える由、誰かに繋ぎを取らせよ」


「ハッ」


 命令されて速やかに駆けて行く伝令の騎士。

 その背中を見送ると、オケラス子爵は手にした手紙を力強く握り潰して愉快そうに言う。


「それにしても、思いのほか悪辣な手を考えるものだ。オゼ=セントリオ」


 どうせ期待もしないが、もしも手紙を寄こした騎士、セントリオの目論見通りいけば、面白い事になる。

 面倒な上に危険な殿軍を務めねばならないオケラス子爵だが、先行きに楽しみが出来たとあって、足取りも微かに弾んでいた。





とんでもなく盛り上がってますね、感想姫、評価姫、レビュー姫(違


クエストID-S069:プレイ中の難易度変更が可能 9/29 20時に更新します。

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