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067:高空なる者の意思、地を這う者は知らず、ある者は知る要を認めず

.


 大海原が聳える壁となり、護送船団に影を落とす。

 津波は海峡いっぱいに広がっており、逃げ場などありはしない。

 想像を絶する海水量と激突した時、木造の帆船と乗員はどうなってしまうのか。

 船に乗る大半の者は絶望に強張っていたが、しかしその中では別の事に身を震わせる者達もいた。


「な……なな、なにか下から凄い圧! が来るんだけど…………?」


「ゆうぞうのヤツ今度は何やったぁ!? てかコレもうあたしの気のせいとかじゃないぞ絶対!!?」


 プレイヤーのお姉さん方は、師匠によってこっそり“気”に関わる修行を始めさせられている。

 だからこそ、海面下から徐々に持ち上がって来る大き過ぎる“気”配を感じ、心底から恐れ戦いていた。魔道姫に至っては、あまりの事に息してない。

 同じく魔力を察知する素養の有る者も、目の前の海嘯など(・・)より真下から浮上する存在の事で大騒ぎしている。

 高さ100メートルに近い津波であっても、下から来る何かに比べれば小波に見えるほどだ。


 海の一点が大きく広く盛り上がり、海水のヴェールの奥から巨大な何かが徐々にその姿を現す。

 海神(ワダツミ)の異名を持つサーペンティスより遥かに大きく、間近にいる船乗りや冒険者、プレイヤー達には何が起こっているのか理解出来ない。

 それ(・・)が全貌を現す段となり、ようやく自分たちが天を突く巨大過ぎるヒト型を前にしている事に気が付いていた。


 荒削りな岩その物の表面を、滝のような勢いで海水が流れ落ちている。

 海面から突き出ているのがヒトの(くるぶし)らしいというのは、あまりの大きさに暫く誰も気が付けなかった。

 ほぼ垂直に首を傾けても、頂点がほとんど見えない。それも当然で、今の悠午の身長は約18キロメートルにもなる。エベレストよりも更に1万メートル近く標高が(・・・)高い。

 砂と岩、即ち土“気”で形作られた肉体は山から削り出したヒトの彫像のようであり、巨人種族がその名を返上したくなるほど大き過ぎる者の姿だった。



『万象五行にして土業の極み! 神威顕現! (オソ)れる者、見上げて平伏(ヒレフ)せ! (コレ)大太法師(ダイダラホウシ)大神(オオミカミ)(ナリ)!!』



 天空から全てを揺さぶる大声が降って来る。

 船乗り、冒険者、人魚と多様な眷属、そしてプレイヤーは沈黙していた。その多くが、スケール差のありすぎる存在を正しく認知できず、また脳も理解を拒んでいる。

 あらゆる怪物(モンスター)、あらゆる種族、そして神の実在を知るこの世界の者にすら、天蓋を支えるが如き巨神というのは想像を絶していたのだ。


 神威顕現、熟練度(レベル)500000000相当。

 近~超長距離範囲、五行気具象化(“気”属性)、五行術最終奥義、特定属性による神話現象の再現。


 護送船団を背にし、国創りの神に連なる大巨神が動いた。

 筋肉か何かしらが軋む音を響かせ、膝を曲げ腰を落とし、遥か遠くにまで伸びる腕を腰溜めに構えている。

 空を覆い尽くすかと錯覚させた津波は、もはや単なる水溜りに起こった波紋にしか見えなかった。

 その津波に腕を突き出す大巨神の動きも、それほど早くは感じられない。大き過ぎる事に加えて、悠午も一挙手一投足を慎重に運んでいるのだ。このスケールで考え無しに動いたら、衝撃波やら突風やらで大変な事になってしまう。


 今の悠午は、自然現象が形を取った者だ。

 動く山、姿ある地震、大地の荒魂。

 それがひとたび箍を外せば、容易に世界を滅ぼすだろう。

 悠午のように五行と森羅万象の“気”に通じる者は、常に己を試されている。


 それに比べれば意図的に起こされた津波など瑣事であり、2キロメートルはある掌に阻まれ護送船団にはほとんど影響を及ぼせなかった。

 津波の中にいた大海蛇は、そのまま大巨神に摘み上げられる。

 サーペンティスはされるがままだ。吼えも暴れもしない。桁違いの存在を前に、ただの海蛇に還ってしまった。

 海皇に海の守護者として認められた矜持も、全ての海の生き物の頂点に立つ自負も、今は何も無い。

 絶対的な力の差は、明確に生き物としての格の違いを突き付けてくるのだから。


 悠午はサーペンティスを両手で巻き取ると、ポイっと遠くへ投げ捨てた。黒の大陸と暗黒大陸の真ん中ら辺、大陸を超えて『未明の海』と呼ばれる海域に思いっきり落水していたが。

 そして、大巨神は船が沈まない程度に大波を立てながら、ゆっくりと海中に没していく。

 出現から姿を消すまで1時間以上かかっただろうか、その間は護送船団の乗員も人魚と支配下の眷属も、唖然としたまま全く何も口に出せなかった。


                        ◇


 黒の大陸を出た護送船団は、島国アルギメスへ到着しようとしていた。

 沈没した2隻をはじめ大きな被害を出したものの、乗員の大半は他の船に乗り移り犠牲者は割と少ない。流石に人魚種族と交戦したので皆無とはいかなかったが。


 その人魚種族であるが、ひとり残らず小袖袴の少年にビンタ喰らった事で、早々に逃げていった。

 異常な“気”を正常に戻す特別な技のビンタではあったが、人魚が一目散に撤退した理由の半分は、命がいくつあっても足りないと判断した為であろう。

 船上にいた者たちには知る由も無いが、人魚も大分パニックになっていたようである。


「おいユーゴ、まだ? まだか??」


「まだっスよ、グツグツ言いはじめたらね」


「それ以前にコレ…………食えんの?」


 護送船団の一隻、ある商船の甲板上では、小型トラック並みに大きなカニが煮られていた。

 煮ているのは、小袖袴にたすき掛けした少年だ。カニと同じく海底で拾って来た石に火“気”の呪を刻み、カニの甲羅を開けて中に放り込み過熱している。


 ひと仕事して来たついでに獲って来たご飯である。


 石の他には酒とコメも投入されており、カニの甲羅を使った即席の漁師飯と化していた。

 カニの身とカニみそも当然の如くタップリと詰まっており、ゴーウェンなどは早くも酒瓶を片手に落ち付かない様子だ。

 ジト目法術士の小夜子は、こんなモンスターみたいなカニが食えるのか、と訝しんでいるが。


「普通に食べるらしいよ? ねー船長?」


「港に戻る船が偶然引っかけたりすると、持って帰って食べたりはするがな。普通船の上で煮炊きなどしないもんだが、本当に大丈夫なんだろうな」


 筋肉と脂肪を両立させている船長は、異様な光景を前にしても動じることなく頷いている。ザ・海の男。悠午という少年もオッサン受けが良かった。


 あまりにも常識外れな事が続いて、思考停止していた船乗りや冒険者たち。だがそれでも、大巨神が消えて小一時間もすれば自らの仕事を思い出す。

 幸か不幸か人魚種の軍勢は逃げており、危険も去った事で安全な航海に復帰も出来た。未だに呆けてダラダラした動きの者も多かったが。

 その原因たる悠午が海から船へ戻ったのも、そんな時だ。


 一体今まで何をしていたのか、と色々含めて小春が問うと、師匠の方も色々と後始末をしていたのだとか。

 もう“気”のバランスとかメチャクチャだったしね、と答える悠午だったが、だいたい皆は少年の背負って来た軽トラサイズのカニの方に気を取られて聞いちゃいなかったという。

 あるいは、悠午のやった事を理解していた仲間たちであっても、それを改めて問い質す“気”力が湧かなかったのかもしれない。


                        ◇


 同じ頃、別の船に乗っていた冒険者組合(ギルド)の職員、ナンティスはご満悦であった。

 出自不明にして一般のプレイヤーとは異なる謎の存在、村瀬悠午(むらせゆうご)であるが、期待以上の働きをしてくれているのだから何者かはこの際どうでも良い。


 ナンティスとその上にとっては、どうでも良い事なのだ。


 海峡を実効支配していた人魚種族も、勢力としては壊滅状態になった。

 白の女神の戦力が減っていく分には、ナンティスの仕事的にも文句無い。


「是非この調子で白の大陸も殲滅していただきたいものですね。過ちの上に立つモノは、それもまた全てが過ち…………。と、仰るワケですし」


 そのナンティスの傍らには、柵から海へ身を乗り出している子供がいた。

 茶色の癖っ毛にソバカス面の、どこにでもいそうな幼い少年。ナンティスの子のようにも見えるが、誰もその子が船に乗った場面を見ていない。


「あーあ、どうせならみんな死んじゃえばよかったのに。怒って怨んで向かって行ったのに、逆にその相手に殺されたら凄く悔しがりながら死んだのにね。なんで心が元に戻っちゃったんだろう? なんであのプレイヤーは人魚を殺さなかったの? つまんないなぁ」


 海を見ながら不満そうにブツブツ言っているのは、ナンティスの手駒となって暗躍している子供のひとり、ドークトゥだ。

 人魚の頭に血を昇らせ悠午に突っ込ませたところはでは良かったが、結末の部分が自分の思い通りにならなかったのである。

 ドークトゥが望むのは、諍いと争い、憤怒、憎悪、絶望、それらを誘導し、自分は安全な高みから眺める事。

 その点で言えば、人魚の狂乱はいまいち不完全燃焼だった。


「今回はよくやってくれたね、ドークトゥ。おおかたイフェクトゥスの入れ知恵だろうけど、まぁそれでもよくやってくれたよ」


 上役のメガネ職員は、少年をその心情に関係無く(ねぎら)う。特に思い入れや好意があるワケでもない。純粋に良い仕事をしたと思っているだけだ。

 例え、目下雲隠れしている黒髪の幼子にけしかけられたと分かっていても。

 ちなみに今回の件はイフェクトゥスの得点(ポイント)にはならない。


「でもキミには元々頼んでいる仕事があるだろう? この戦いを完全に完璧に決着させる為、火種を煽るという大事な仕事が」


「はーい。でもナンティスさん、今日みたいに一度にたくさんのヤツを動かした方が簡単じゃない? ボクもっと大勢がメチャクチャに戦い合うのが見たいよ」


「いや、それはまだ(・・)ダメだよ。万が一キミの動きを知られて、この戦いが仕組まれた物、などと自分以外の誰かの所為(せい)にされては始末に負えないからね。時計の針を進め、流れを円滑にする、今はそれだけでいい」


 ソバカスにクセ毛の少年は、少しガッカリしながらも言われた通り元の仕事へ戻る事に。

 その姿は瞬きする間に消えてしまい、たまたま目撃した船乗りが混乱のあまり海に落ちた。


 そして、ヒトの良さそうなメガネの男はひとり考える。

 今はまだ早いが、間も無くその時は来るだろう。

 任された仕事を完遂するのも、そう遠い日の事にはなるまい。

 自分は管理職に過ぎないが、主と言うべき者の怒りは本物だ。

 一切の弁解も慈悲も赦しも認めはしない。彼の者どもは己の真意で走り続け、その果てに炎の中へと投げ込まれる事になるのだ。


 ひとり残らず。


                       ◇


 これは、竜道海峡での戦いから少し後の話になる。


 人魚と眷属種の軍勢を率いていた人魚姫、アヌビアナは紫水晶海溝の本拠地に戻っていた。

 海峡における、ヒト種と黒の大陸連合の護送船団を阻止する戦いは、大きなイレギュラーが立て続けに起こった末に、人魚の軍の敗走という形で終わる。それも、守護者である大海蛇(サーペンティス)を失いかける、という大失態も加えてだ。

 サーペンティス自体はその後戻ったものの、肉体的には無論の事、精神にも相当なダメージが窺えるという。

 当然、責任者であるアヌビアナは同胞から総スカンであった。

 後先考えない総攻撃に、種族全体の守護者であるサーペンティスの独断での投入。

 海溝最奥にある枢機院の議会会場では、25番目の人魚姫への追及と今後の方針を決める議論で紛糾していた。

 アヌビアナの将としての地位の剥奪は当然として、その後はどのような処分を求める(・・・)のが相当か。


 そして、後任を誰にして、いつごろ反攻に打って出るか。


「待っていただきたい! またすぐに軍勢を出すなど論外です! もしまたアレ(・・)と戦う事になれば…………それこそ種族の命数に関わる!!」


 25番目の人魚姫は、自分が失態を犯したと理解している。軍を率いて負けた以上、責を負うのも当然だと考える。

 しかし、人魚の王族としての義務まで放棄する気は無い。

 アヌビアナは全てを見たのだから。

 自分の数千数万倍にもなろうという相手を殴り倒す膂力(パワー)、途方もない高威力の魔法、ほぼ全ての人魚を殺さずに叩きのめす速度と技量、


 それに何より、サーペンティスを歯牙にもかけない、神かそれに限りなく近い存在の巨大さ。


 今に思えば、皆殺しにする事など容易だったろうに。

 ワケもわからないまま引っ叩かれ、巨神のような姿に変貌したのを目にしたその時、アヌビアナは心の底から畏怖と理解を得たのだ。

 アレ(・・)はもはや、異邦人(プレイヤー)だとかヒト種だとか言う次元の話ではない。

 世界の行方すら左右するモノであると。


「お控えなされ! 今のアヌビアナ様は発言できるお立場にございませぬぞ!!」

「潔くされよ! 沈黙を以って人魚の総意に伏されるべし!!」

「サーペンティスを御自らけし掛けておきながら今頃何をおっしゃる!?」

「我らが女神の連盟盟主、エルフは叛徒共の分断を望んでおられる! その意向に刃向かうと!?」

「人魚種を孤立させ女神のご不興をも買うおつもりか!!?」


 しかし、アヌビアナの訴えは相手にされない、結論ありきの年嵩の人魚たちは相手にしようとしない。

 即時の反攻を特に叫んでいるのは、エルフ種族との関わりが強い者達だ。利益を受けている分、しかるべき時に働いて見せなければ体面にも関わるのだろう。

 その他の者は、親エルフ派程に即時反攻を唱えはしないが、逆に反対する理由も持たない。海は自分たちの領域であり、海では自分たちが有利であり、陸の種族に好き勝手させる気も無い為だ。

 アヌビアナの警告も、半分は自身の失態を糊塗する為の言い訳だと見られていた。


「迷う必要はありますまい。直ちに決を!」


 勢いに乗って、強引に結論を出そうと言う人魚のひとり。このタイミングなら、望む結果になるだろうという確信がある。他の人魚からの異論も出ない。


「それがよろしいでしょう…………。海で我ら人魚が退く事などあってはなりません。再度の進攻に賛同する委員の方は立泳をお願いします」


 痩せた男の人魚が周囲に呼び掛けると、賛意を示す人魚が尾ヒレを真っ直ぐに伸ばして浮き上がった。

 即時の反攻作戦に賛成するのは、円形の会議場に居る人魚の約半分といったところ。

 もっとも、積極的賛成と消極的反対では勢いが違い過ぎ、このまま主戦派が大勢を取り込むものと予想された。



「余は、今一度の出兵には慎重を期したいと思うが?」



 ところがここで、人魚の枢機院にて議決権の半分を持つ人物が反対に回った。

 誰もが予想しなかった発言の主は、長身痩躯にして貫禄に溢れ、老齢ながら背筋を堂々と伸ばしている。

 人魚なら、知らぬ者がいるはずもない。

 海皇を大海原の支配者とするならば、こちらは全ての海の民の統治者。

 人魚種族の王そのヒトなのだから。


「王よ……この枢機院の会議は、御身に見守られてこそ滞りなく話し合いが進められるのでございます。民の代弁者たる委員の声に耳を傾けその意思を拾い上げる事こそ枢機院の役割でございますれば、これに御身自身が意を示されるのは慣例にも無く、いかがなものかと…………」


「王族も国を司る者として枢機院に席を置いている。そして王が、この場合は余であるが、全ての王族を代表して臣民代表諸君へ思うところを述べる事ができる、と法にはあるが?」


 長い白髭を漂わせる老人魚委員が、遠回しに引っ込んでいるよう王へに言う。

 王もそれを分かった上で拒否していた。


 人魚の国は議会制を取っているが、前述の通り王と王族の権限は小さくない。

 しかし、今までは王もあまり枢機院の決定に口を出しては来なかった。必要が無かった為だ。

 人魚の種族としての団結は強く、また政治的権力への欲求はそれほど大きくない。

 広大な海で自由に生きる事だけが望み。王族とは自分たちを守り、あるいは取り纏める存在であり、これに好んで取って代わりたい等と言う者も少ないのである。

 枢機委員になる者は、その少ない例外達だが。


 そんな人魚臣民と意見が一致したからこそ基本的に枢機院への追認のみをしてきた王だったが、種族全体が危険な方向へ行こうとするなら話は別だ。

 王族が暴走すれば枢機院がそれを止め、枢機院が迷走すれば王族が正す。故に、議席を半分ずつ分けているのである。


「枢機院の議論に王が口を出すなど、許されるのか……?」

「王の専横など許せば枢機院の権威が揺らぎかねん…………」

「いや元々議席の半分を王族が持つというのがおかしかったのだ。独裁を許す構造なのだぞ」


 ヒソヒソと不満を口にする委員たちではあるが、そうは言っても実際のところ王と王族の持つ求心力は理解していた。

 王族が半数の議決権を持つ事や、枢機院の法に対して異議を唱えるような事も出来ない。

 こうして王がハッキリ意思を示した事で、中立派も動き全委員に占める即時反攻への反対派が大多数となる。

 この決定を機として、エルフ種が推し進める黒の大陸との戦争とも、人魚種族は距離を置く事となった。


 そのような枢機院での会議後。


「申し訳ございませんでした、父上……。臣民委員たちと対立するような事をさせてしまい…………」


「構わん。陸との諍いが明白になって以来、枢機院でも慣れ合いと政治遊びが蔓延るようになっていた。この辺りで王が置き物ではない事を委員達にも思い出させる良い機会だったのだろう」


 アヌビアナ姫は戦での不手際を詫びると同時に、何が起こったかを可能な限り主観を交えず、改めて父である王に報告する。

 作戦通りの海峡の封鎖と、黒の大陸側から出た護送船団との交戦。

 強力な力を持った異邦人(プレイヤー)、勇者たちの存在と、その中に混じり女神同等かそれ以上な想像を絶する力の持ち主を確認した事。

 そして、アヌビアナ本人をしてもよく分からない、謎の感覚。


 戦いに逸って我を忘れたのは言い逃れようがない事実だ。そこは人魚の姫も弁明しない。

 しかし、あの時は確かに自分のみならず軍団にいた全ての人魚が、何かに煽られるように戦意を高めたのも事実なのである。

 それは、後に多くの者とも確認できた事だ。


 人魚の王は娘の話にジッと耳を傾け、暫し考え込んでいた。


「…………所詮は陸の事情だ、と我ら人魚は他の種族の事にあまり関心を持たないが、これは良くない事なのだろうな。我ら自身の安寧の為、本来は海と切っても切れない陸の種族の内情も常に把握しておくべきなのに、だ。

 陸では、明らかに異質な力が働き争いを助長している。異世界からの訪問者からして、何らかの神のような者の介在があるのは間違いない。長命者達も、それにはとうに気付いているだろう。

 異邦者たちは長命者……いや、我ら白の女神の眷族の、嘘偽りと欺瞞から成る今日までの歴史を当然のように知っている。あたかも、真実を以って断罪するかの如く…………。

 長命者、それに御方には当然看過出来ぬ事だろう。権威と信仰は地に堕ち、かつての栄光は翻り最も暗愚な者として永遠に語り継がれる事となるのだから」


「父上、それは…………」


 白の女神の眷族において、口にする事は一切許されない禁忌(タブー)中の禁忌(タブー)異邦人(プレイヤー)が暴露した、公然の秘密。それを容易に口にする父に、娘人魚は表情を強張らせる。

 それは、己が主たる女神を貶める言葉だ。どこに彼の神の耳目があるか分からない以上、例え城の中であっても安全ではないというのに。


 特に、種族よりも女神に立場が近い人魚種の英雄には、絶対に聞かれてはならない。


「伝え聞くところによると、長命者は屍獄の亡者を使役し、封じられた神代の機兵を持ち出すなど手段を選ばなくなっているとか…………。同じ神を崇める者として、いや英雄堕しを共謀した者として共に戦ってきたが、それも考えるべき時が来ているのかもしれない。

 其方(そなた)の言う神が如き異邦の者……。そんな者と敵対してまで長命者……エルフ種と運命を共にする事もないのだからな」


 人魚の王が優先すべきは、他種族との盟約ではなく己の統治する海と民である。それは当然だ。娘の事も優先度は高い。

 故に、人魚種族の未来を思えばこその王女の言葉に、疑う要素は無かった。


 これが、人魚種族が英祖の連盟と戦争から距離を置いた、もうひとつの真相である。


                        ◇


 そんな諸々も裏舞台など知る由も無く、悠午やプレイヤーを乗せた護送船団は島国アルギメスへと入った。

 白の大陸、神殿都市アウリウム、その道行も折り返し地点となる。


「と言っても、中央付近はあちこちが戦場になっているらしいからな。なるべく穏便に通り抜ける道はこれから探さにゃならんし、正直不安要素(・・・・)を抱えたままというのは…………お代りだユーゴ」


「へーいへいへい、まぁ万事抜かりなく整えても想定外な面倒事ってのはやって来るもんですよ。その時に考えましょう」


「ウメーいくらでも食えるぞコイツぁ!!」


「こんなにウマいもんか座礁ガニ!? 獲るのは手間だがちょっとした儲け話だぞこりゃ!!」


 カニの身とカニみそと米と酒、それをカニの甲羅の中で炊くというシンプルかつ豪快な料理は、船に乗る全員に大好評だった。旨味と甘味が非常に強く、味が濃いので酒にも合うとオッサン冒険者は言う。

 カニ鍋雑炊ならぬ鍋カニ雑炊は、既に半分ほど奪い合いの様相を呈していた。


 おさんどんを船乗りのひとりに任せ、悠午はヒトの輪の中から抜け出し船首に出る。

 港まではあと僅か。熱気に満ちてごった返す人々まで識別できる。

 殺伐として薄汚れたその光景に、悠午はなんとなく中央アフリカ某国のマーケットを思い出していた。


「おいユリシーズ!」


「御子柴さん今度はなんか宇宙船みたいな名前になってる」


「うっさいもうお前の正体宇宙人だって言われても納得するわ」


 そんなところにバックアタックをかけてくる、ジト目の法術士さん。その少し後ろには、何か言いたげな表情のグラビア女重戦士や隠れ目呪術士もいる。

 何を考えているのか、悠午には大体想像つくが。


「もうなんて言うかユーリいろいろブッ飛び過ぎだろ…………。港着いたらキッチリ全部話してもらうからな」


「いいけどー……何が知りたいですか?」


 悠午自身、今回は手札を多く切りってやり過ぎたとは思っている。是非も無い事態だったので、特に後悔などもしていないが。

 それらの術や技の事で追及を受けるのも、想定の内ではあった。

 ただ、どう対応するかまでは考えていない。正直、海域の“気”のバランス修正に難義して来たので、もう疲れているのだ。

 いっそこの件含め裏に居るヤツの事も全部バラせたら楽だなぁ、と悠午の思考も少々ダメな方向に傾いていたりする。


 そんな少年少女のやり取りを離れた所から眺める、禿頭に傷がある鎧姿のオヤジ。

 アストラ国の騎士、オゼ=セントリオも船員に混じってカニ雑炊を啜っていた。

 美味ではあるのだが、それよりも今のセントリオは別の考えに耽っている。遂にアルギメスへ足をかけようという今、如何にして悠午(ユーゴ)という異邦人(プレイヤー)を戦争に引っ張り込むか、であった。

 取り立てて出世欲など持ち合わせてはいないが、戦争には勝ちたいとセントリオは心底から願っている。

 騎士として、国と王を勝たせる為に力を尽くすのは当然。

 だがそれを別にしても、ヒト種族の英雄と尊厳を永きに渡り踏み躙られてきた怒りが、セントリオという男を突き動かすのだ。


 白の大陸、そしてエルフは、本物の神の加護を得た強大過ぎる敵だった。

 正直、セントリオは異邦人(プレイヤー)自体にはあまり期待していない。確かに普通のヒト種よりは強い力を持っているが、エルフを打倒し得る器とは思えなかったのだ。少しでもプレイヤーと付き合えば、その大半が只人である事はすぐに分かる。


 しかし、ムラセユーゴという少年は本物だ。

 他の異邦人(プレイヤー)とは根本的に異なる、戦士としての気構えと技術に裏打ちされた戦い方、そしてどこまでも底が知れない戦闘能力。

 戦争には関わらない、と本人がどれほど前置きしたところで、聞き入れる気には全くなれない。

 決定打になると分かっている戦力を、むざむざ諦め切れようはずもないのだから。


 戦争の島、分かたれたふたつの世界の境界、アルギメス。

 すべての種族とプレイヤーが何も知らずに踊らされている(・・・・・・・)、巨大な舞台。

 怒れる黒の種族、傲岸なる白の種族、迷走するプレイヤー、奔放な神々、高空より見下ろす者。

 無数の意志と思惑が入り乱れる祭りのド真ん中へ、そんな事情など知った事ではない武神(ユーゴ)はいよいよ殴り込む事になる。





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