065:無慈悲に過熱する氷上戦
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海面下の巨大海蛇、サーペンティスが小島ほどもある氷塊を背中で跳ね上げた。
海水をまき散らして空を飛ぶ氷の島は、轟音を立て別の氷床の上に激突。そこで戦っていた船乗りや冒険者も、尻を蹴り上げられたかのように宙を舞う。
周囲では大波が立ち海は荒れ、他の氷床や帆船がうねる波に翻弄されていた。
「うぉおオオオ!?」
「来るぞ隠れろ!!」
「サカン頼む!!」
「こんなんダメだろぉおお!!」
そして、ちっぽけな異邦人たちが意志ある天災に立ち向かっていく。サーペンティスに比べれば、まるで氷の大地に転がる小石だ。
氷床に乗り上げ、果てしなく長い胴を振り回し、最強と名高いプレイヤー集団を蹴散らす大海蛇。
例えレベル220を超えるプレイヤーであっても、直径60メートルもの肉の塊が時速300キロオーバーで突っ込んで来ては、逃げるしかない。
表面の氷を削り迫る鱗の壁に、必死で足元の窪みに滑り込むプレイヤー勢。
そのすぐ上をサーペンティスの巨体が突き抜けると、引き摺られる空気に身体が持って行かれそうになる。
そんな状況でも仲間を守らんとした全身重鎧に大盾装備の壁役は、接触事故を起こして竜道海峡の彼方へ吹っ飛ばされていった。
「ヤバい! サカン飛んだ!?」
「シラベ! 後ろがフリーになってる! 前が下がるか後ろを逃がさないと!!」
「チッ……!? マタドルは前に出ろ! ネココも前に加われ!!」
後衛の守りが消えた事で、支援が危うくなり前衛までもが浮き足立ってしまう。
ところが勇者ジュリアスは、後衛の守りを立て直すどころか前衛の攻撃力を厚くすると言う。
「後ろが無防備になるぞ!? 危険過ぎる!!」
「こっちは少しでも火力がいるんだ! 後衛組はルーシーが守れ!!」
「サカンの救出はぁ!!?」
即、サブリーダーのマリヤが異論を叫ぶが、リーダーの勇者は勢いでこれを却下。飛んでいった仲間の救出についても応えず、巨大海蛇へと突っ込んでいった。
明らかに冷静を欠いている、と歯噛みするマリヤだが、もはや勇者に託すしか道も無いというのも理解している。
しかし、今のままでは勝機があるとも思えない。
「……チーター、か」
大海蛇が身動ぎするだけで、突風が起こり大波が生じ、世界が揺れていた。
一方で人魚が魔法を弾幕の如く打ち出し、その下では眷属の軍勢とヒト種や巨人が激突している。
そして別のエリアでは、理不尽なまでに強力なスキルを振るい、別次元の戦いを繰り広げているプレイヤーの姿が。
これまでは迷い無くジュリアスに付いてきた。また、それが間違っているとも思わない。
だが今だけは、生き残る為ならチーターさえ利用するべきだ、というのがマリヤの正直な意見だった。
◇
勇者の一団、ブレイブウィングの前衛組が激戦を繰り広げている後方では、魔法職を主とした後衛組がやや孤立した状態にあった。
言うまでも無く魔法職は物理的な防御力に乏しく、単独では敵の接近に対応できない。
にもかかわらず、後方組からは護衛の壁役どころか、前衛もこなせる魔法職まで前線に持って行かれる有様。
今は近接攻撃の手段を持つ召喚系魔法職が代役をしているが、非常に無防備な状態で放置されているのが実情だ。
他の方向から攻撃が飛んで来ないのは、今のところ単なる幸運に近かった。
「あんな自由に動かれたら勝てるワケないじゃん!? 人魚の島じゃ固定だったでしょ!!?」
「ねぇこれ流石に勝てないよ…………。逃げ――――――――」
伊達に最高レベルのパーティーではなく、今までそれなりに強敵を倒して来ている。
それでも、ブレイブウィングの後衛メンバーたちは顔色が悪かった。
前衛はどう見ても旗色が悪い。対して、大き過ぎる海蛇のボスモンスターは消耗した様子が無く、それどころか攻撃は苛烈さを増している。
どんな敵にも勝ち目がある時は、ある程度の勝ち筋という物が戦闘中にでも見えるものだ。
ところが、今回はそれが全く見えない。
「……そもそもシラベたち抜かれなければ、こっちにサーペント来る事心配しなくてイイ。前線の連中がバフと回復切らさないようにするのが自分たちの命綱ないカナ」
仲間にはそう言った召喚術者のルーシーも、現状が相当危ないという事は分かっていた。
だとしても自分たちだけで逃げる事など出来ないし、またその気も無い。どの道、魔法職のみで敵陣を突破するのは不可能だろう。
「ヤバ……船側の魚人とかバラけてるじゃん。こっちタゲられたら連鎖しない?」
「大した数じゃないから来たヤツから静かに片付けるヨ。アメリン得意のステルスキルね」
「ルーシーもイタチ出してよ。アレならヘイト無しで攻撃できるじゃん」
「シックルウィーゼル、目標がオートだからどこ飛んでくか分からんネ」
加えて、運命に委ねていたサイコロの目が悪い方に出た。
肩出し弓兵のプレイヤーが矢で指示した先、別の氷床で戦っていたモンスターが戦線を離れてブレイブウィングのいる足場へと上陸して来る。護送船団との戦いで釘付けになるだろう、という勇者の希望的観測は、ここに崩れた。
ゲームではなく現実なのだ、確実な仕様など存在しない。
以って、ブレイブウィングの後衛組は、主力である前衛組を欠いての単独防衛を余儀なくされた。
サカナ面の魚亜人や撲殺シャコをはじめ、大量のモンスターが徐々に、しかし確実に数を増やして姿を現す。
これに対し、召喚士ルーシーと弓兵職のアメリンは他の魔法職と共に迎撃を開始。
しかし、モンスターの数は減らす以上に増え続け、後衛組の対応力を超えるまで時間もそうかからなかった。
◇
人魚種族は海の霊長類である。そう言って良い程の優位性を、彼の種族は海で持っていた。
ヒレという海に適応した移動手段、発達した理性の齎らす高い魔法の素養。海という環境に隠れがちだが、その点はエルフ種にすら匹敵しただろう。
現在は小袖袴の武人一匹にほぼ蹂躙されていたが。
「潜れ! 潜るんだ!!」
「ダメだ撃たれ放題になる! 撃ち続けて動きを封じろ!!」
「海に引き擦り込めば我らの勝ちだぞ! 海嘯で飲み込むんだ!!」
「ち! 近づくなまたイカヅチがギャァアアア!!?」
乱れ飛ぶ赤熱した岩塊や噴出する熱水、召還されるやミサイルのように飛ばされる一角獣に似た生物、砂混じりの圧縮された海水カッター、回転する貝殻ソー、その他海に因んだ魔法の諸々。
その只中を、村瀬悠午は爆走していた。海面を脚で突っ走っているのである。
時速0から1000キロオーバーまで0.5秒以内。踏み込みや急制動の度に足元が爆発し、巻き込まれた人魚が豪快に吹っ飛ばされていた。
が、それ自体は別に攻撃でも何でもない。
「――――――――――ッがァアアアアアア!!」
海面を蹴飛ばし後ろ向きに跳ぶと、巻き上がる水煙へ向け小袖袴の少年が咆哮を上げた。
と同時に、大きく開け放たれた顎門より吐き出される雷撃。
五行術、木気『号砲雷落』。
間近で発生した落雷は、飛沫の中で一気に拡散。積乱雲のように内側で雷が乱れ飛び、人魚たちが一斉に感電させられていた。
身体が動かなくなった人魚や眷族が、固まったまま海の底へ沈んでいく。水中生物なので死にはしないだろう、と痺れさせた本人は思うが。または願うが。
このように、倒すのは実際問題無い。悠午なら殺さずに制圧できる。
ところが、一方の人魚たちも片っぱしから沈没させられ圧倒されている状況にもかかわらず、それら被害を一顧だにせず狂ったような戦意を維持していた。
(んー……知性持ってそうなのは後が大変だからなるべく殺したくないんだけど、やっぱ全員落とすしかないかなぁ……? このやり方だとひとりくらい死ぬかも。
ここまで雁首揃えて殺気十分ってのは種族柄なのかね? さもなくば、何かに干渉されたとか?)
不自然な状況だと悠午は思うが、なにぶん世界や種族が違うので、いまいちその辺の感覚に確信が持てない。
四方八方から飛んで来たダツのように尖った魚を、海面をぶん殴り爆裂させる事で吹き飛ばす。
爆音が轟き海水が水蒸気となり膨張するが、人魚は怯む事無くその中を突進してくる。
こういうのは勇猛とは言わない。単なる特攻だ。
「さてゴーウェンの方とサーペンティスは……と?」
周囲の状況はどうなってるかな、と視線を巡らせつつ気配を探る。
そこへ水中から人魚が飛び出て来るが、悠午は事も無く相手の槍を掴み、雑にビンタしてから放り投げた。
ビンタされた筋骨逞しい人魚は、白目を剥き悶絶していたが、
「んん?」
その手応えに、古流の技術を継承している少年が首を傾げる。
(はて今の感じは…………『拍手打ち』に近いものがあったような?)
今し方の手応えについて考えながら、次にちょうど良い実験材料が飛び掛ってきたので捕獲。続けて来ていた別の人魚は蹴り飛ばして排除すると、捕まえた方の人魚に心を込めてビンタ食らわせた。
「オベェ!? ………………え?」
「おおマジか、上手くいったわ」
「ちょ? なに!? んわぁあああああ!!?」
馬鹿力を横っ面に喰らい目を剥いていた人魚だが、その怒りに満ちていた目は理性を取り戻していた。本人も戦場を忘れて呆けている。直後にブンッ! と遠くへ投げ捨てられたが、安全圏へ避難させたものなので許してほしい。
(そういや師匠が似たような事やってたっけ。『拍手打ち』が頭の中にも効くとは思わなんだ)
一斉掃射されたウォーターカッターを振り抜いた拳の圧力で蹴散らしながら、悠午はひとり納得していた。
何でも応用が効くもんだな、と。
そして、何かしらの力が人魚に作用し凶暴化させているのも、これで確定されてしまった。
仙人掌拍手打ち。
武道の技術ではなく、実は儀式の際に用いる手法である。
ただし、実際に場の空“気”を清める効果を持ち、バランスの正常化等を役目とする『叢雲』においては当然のように必須とされる技術でもあった。
悠午も一通りできる。ヒトをぶん殴るのにも使えるとは思わなかったが。
とはいえ、こうなればやる事は決まっている。
「っしゃぁああ! それじゃ今から全員残らず折檻じゃー!!」
「なんッ――――――――――!? ベヘェ!!?」
「おのれブベラッ!!」
「アブロフッッ!!?」
もう全員気絶させる、という方針を、超高速でひとりずつ引っ叩く、に変更。
好都合にも人魚が自分の方から突っ込んで来てくれるので、悠午はそれを海中から引っこ抜きビンタくれて投げ捨てる、という工程を超高速で繰り返し始めた。
それまでとは質の違う、切ない悲鳴が戦場に響き始める。
◇
長剣ほどもある長い牙を持つトドのような亜人種族が、それ以上に大きな骨に殴り飛ばされた。
人間大のヤドカリは、丸太サイズの大腿骨に叩き潰される。
召喚系プレイヤーのルーシーによる召喚体、『ボーンギガス』による攻撃だ。
ボーンギガス、熟練度90。
遠隔自動攻撃、打撃(物理属性)、習熟度の向上によりプレイヤー同様の成長を見せる。
全長5メートルの全身骨となった邪巨人は、手にした骨を武器にして押し寄せる敵を薙ぎ払った。
巨体だけあって攻撃範囲は広く、アンデッドなので疲れも知らない。静かで強力、単純な攻撃では非常に使い勝手の良い召喚体だとルーシーは思っている。
いかんせん敵が増える一方なので、ボーンギガスを以ってしても押され始めていたが。
「スネークボウ!」
その後方から弓兵職のプレイヤーがスキルを放つ。
スネークボウ、熟練度55。
中~長距離攻撃、物理攻撃力×7・5倍、魔力付与(物理属性)、MOP、TECの値で追尾性能および追尾時間が変動する。
放たれた二矢は大きく左右に分かれて飛んだかと思いきや、モンスターの群れに両側面から襲い掛かった。
立て続けに放たれる挟撃矢は無防備な敵を射抜くが、多少の混乱は起こせても敵全体に影響を及ぼすまではいかない。
前衛を援護していた魔法職も迎撃に打って出るが、敵の圧力に抗するほどの火力は無かった。
「シラベさんダメです支えきれません!」
「魔法スキルだけじゃ踏ん張れない!? 距離を取らないと!!」
「援護どころじゃないよこれじゃこっちが危ないって!!」
「エアショック! もう一回エアショック! ヤダこっち来ないで!!」
エアショック、熟練度25。
近~中距離範囲、衝撃波攻撃(風/物理属性)、POW、MOPの値で衝撃威力と範囲が変動。
骨の巨人が処理できる量を超え、その脇を抜けて怪物の群れがブレイブウィング後衛に迫る。
プレイヤーは魔法スキルや魔法銃の連射で押し返そうとするが、密着されてしまってはもはや手遅れだ。
基本的に誰もが複数の役割を使えるものの、基本的に近接戦闘は専門外。本人の性格に因る所も大きい。
入り乱れての乱戦となり悲鳴も上がるが、勇者率いる前線組はボスモンスターから手が離せなかった。
「チッ! これじゃ戦線も何もナイ……スチームパイク!」
スチームパイク熟練度75。
近~中距離攻撃、高熱及び麻痺(風/火/水属性)、再生妨害、行動阻害、MOP、TECの値で攻撃距離が増
黒髪の大陸美人、ルーシーが宝石の付いたワンドを向けると、先端から蒸気の槍が飛び出す。
超高温の槍は青黒い甲殻類に直撃するや取り巻くように拡散し、蒸し焼きにして物言わぬ置き物へと変えた。
しかし、魔法スキルは使用後にクールダウンを置く必要があり、それ以上の魔法は使えず。
甲殻類の後方から跳ねて来る海獣亜人には、ルーシーも腰にした剣で対処せざるを得ない。
「ッ!? ザコのクセに……重イ!!」
「ヒグッ――――――――!?」
圧倒的な体重差の相手と正面からぶつかる事になり、膂力や馬力に優れないプレイヤーは押し込まれていた。
その間にも、味方が巨大シャコのパンチで消し飛ばされ仲間から悲鳴が上がる。
召喚体の骨巨人は魚人に集られ、地面に引きずり倒され殴り壊された。
そして、防御魔法が切れかけ回復職の女性が助けを求めていたが、魚人相手に剣を振るっていたルーシーをはじめ、ブレイブウィングの誰にもそんな余裕など無く、
「ッ――――――――だぁあああああ!!」
代わって、部外者である美貌の女戦士が横から殴り込んで来た。
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クエストID-S066:超えられない壁に対する工夫の有無 7/05 18時に更新します。




