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061:透明度とか関係ない水中ダイバー

.


 黒の大陸南部、ナイトレア国西岸。

 フートン港。


 岸壁にズラリと並べられた木造帆船の数々。それは、ここから北北西の島国アルギメスへ渡るべく竜道海峡を突破せんとす、護送船団の雄姿である。

 戦争最前線の島、アルギメス。

 この国へ絶えず支援を送り込んでいた黒の大陸の連合各国だが、現在はその流れが海峡で寸断されていた。

 白の女神の眷属のひとつ、人魚種族を中心とした水棲種が海峡を封鎖している為だ。


「でもユーリエフ、おまえ水中の敵とかどうすんのよ? 潜って殴るんか?」


「御子柴さん、開幕で名前変形はやめよう誰の事だかわからない」


 ユーリエフこと村瀬悠午(むらせゆうご)御子柴小夜子(みこしばさよこ)、その仲間たち(パーティー)もまた、船で竜道海峡を越える予定になっている。

 今は既に話を付けてあった商船に乗り込み待機中だ。悠午は持ち前の怪力を活かして、荷物の積み下ろしなど手伝っているが。馬車だって余裕で持ち上げるので、周囲の船乗りを引かせている。


 とはいえ、悠午ら異邦人(プレイヤー)の冒険者に求められているのは、船員としての役割などではない。

 求められる役割は、この後に想定される海上での戦闘要員だ。

 そこで先ほどの、悠午とジト目な姫カット法術士の会話なのだが。


「そもそも人魚ってどう戦うんですかね? イメージ的に戦っている姿ってのを想像出来ない」


「おう、そこからか」


 この世界の事柄に関して、異邦人達(プレイヤー)は相当な予備知識を有している。何せ、舞台設定などは元の世界のVRMMORPG『ワールドリベレイター』とほぼ同じなのだから。この世界の住民が知り得ない裏の事情まで把握している始末だ。

 そんな元ゲームプレイヤーの知識によると、悠午の知る人魚と違いこの世界の人魚種族はバリバリの武闘派らしい。

 水中での他の追随を許さない機動力に、投げ槍や弓矢を使った中距離攻撃、種族特有の魔法攻撃、水を使った防御や文字通りの水際戦法、と。

 こと水に関わる戦いでは無敵と言って良い存在であるとか。


 それは強力な戦闘力を持つ異邦人(プレイヤー)にしても同じで、対策無しに人魚種族の土俵で戦うのは分が悪い。

 具体的な対策としては、ダイビング器材のリブリーザーのような水中呼吸器、あるいは水中用のボウガン等といった専用の魔法具を使う方法がある。

 更に異邦人(プレイヤー)なら、水中でも有効な特殊技能(スキル)や魔法が使用可能だ。


 オクスライブ、熟練度(レベル)50。

 近~中距離単体、二酸化炭素除去(土属性)、対象へ酸素を持続供給。


 ジェットステップ、熟練度(レベル)155。

 近~中距離単体、圧搾空気発生(風属性)、足踏みで反発する気流を放つ。


 などの支援技能(スキル)も高レベルプレイヤーなら使用できる。

 水に入らないのが一番大事であるとも言われるが。


 しかし、村瀬悠午はいわゆるゲームプレイヤーではない。水棲種族の攻略法など知らなかった。

 ジト目法術士はそこの所を確認したかったのだが、かといってあまり心配もしていない。

 空中を走ってヒドラを殴り倒すような輩がいまさら人魚や魚人に苦戦するとも思えず、こいつならどうとでもするだろう、と思っていた。

 他の仲間も、概ね同じ認識である。


                       ◇


 兵士や冒険者と思しき武装した者達が、岸壁から続々と船に乗り込んでいた。ヒト種だけではない、身長3メートルを超えそうな巨人種や、短足筋肉質なドワーフ種の姿も見られる。

 異邦人(プレイヤー)の存在も目立っており、魔法職系のとんがり帽子や全身鎧(フルプレート)な戦士職、銃士系らしき筒を背負った者もいた。

 アストラ国に所属する兵士の集団は、整列して出陣式などを行なっている最中だ。

 その目前には、勇者率いる異邦人(プレイヤー)集団(クラン)、『ブレイブウィング』の面々も揃っていた。


「どーでもいーけど大げさじゃね? アルギメスなんてすぐそこなのに、なんか恥ずかしいじゃん」


「そういう風に出来ているんだろう、NPCは」


 しかし、船出を前に覇気溢れる兵士たちの一方、ブレイブウィングのプレイヤーの方は冷めている。白けていると言ってもよい。

 軽装スタイルに短い剣を帯びたプレイヤーや重厚なローブを纏うプレイヤーは、演出過剰なゲーム内イベントを見るような目をしていた。


「人魚とか水中の敵だって魔法使えば蹴散らせるでしょ。別に普通の兵士をあんなワラワラ連れて来なくたってさー」


「俺たちだけ、とか。じゃなきゃもうプレイヤーだけでいいよな。普通の兵隊連れて行っても犠牲者増えるだけ」


「王女様に言われたらリーダー断れないさー。一応、善意なんだし?」


「『善意』かー? よく分からないけど自分の為なんじゃん?」


 隊長の訓示とやらが叫ばれている後ろで、その兵士達の存在意義が怪しくなるような会話をしているプレイヤーども。隊長の声が更に大きくなり、唾も盛大に飛ぶ。

 中には気まずそうにしているプレイヤーもいたが。


「僕らを送り出すだけじゃなくて、ここで海峡に陣取っている敵に打撃を与えておきたいという意図もあるのさ。僕らだけアルギメスに渡っても、その後の支援とかが届かなきゃ意味無いだろ?」


 勇者ジュリアスは、声を張り上げる隊長の後ろで、兵士たちへ胸を張りながら小声で言う。

 今回の一斉渡航は単なるアルギメスへの移動ではなく、海峡に巣食う敵戦力を削ぐ事も目的となっているのだ。

 ならば攻撃の手は多い方がいいし、それにプレイヤーが戦力として今一信用されてないのも、兵士が大量動員されている一因であった。

 何せ異邦人(プレイヤー)は気紛れなのが多いので。


                       ◇


 アストラ王国の王室旗が掲げられた帆船が、風を受けてゆっくりと滑り出る。

 既に他の船は岸壁を離れており、横並びの陣形を形成しつつあった。

 護送船団となれば通常は密集陣形だが、今回は海中の敵に対処する必要があるので横列陣形だ。攻撃型ローラー作戦というワケである。


「久しぶりだなー…………」


 うち一隻の商船の帆柱(マスト)に、小柄な斥候職の少年が登っていた。

 見下ろすのは、遠く霞んだその先にあるだろう故郷の大地だ。


 振り返ってみると、もう何年も帰っていない。

 親しい者を信じた者共に殺され、その理不尽を叫んだが故に同胞からも疎まれる事になり、遂には追い出された。それ以来だ。

 強大な力を持ち全てを支配する者達と、現実から目を背け甘んじて支配を受け入れてしまった者達。たとえどれほど不条理であっても、横暴な者ではなく和を乱す者の方を排除しようとする浅ましき事なかれ主義者。

 あの日から一日たりとも忘れた事は無く、そして今も昔も許した事は決して無い。

 そうして誓いを立ててから、随分時間が経ってしまった。本心を隠すのにも慣れきってしまった。自分の本当の表情を忘れてしまうほどに。


 しかし、今こうして再び海を渡ろうとしている。

 それも、欺瞞と独善に満ちた種族、エルフの企みを木っ端微塵にしてくれそうな、かつてないほど強力な異邦人(プレイヤー)を伴い。

 ビッパの顔に、いつもの明るい笑みは無かった。ただ通り過ぎた年月と虚しさだけが胸に残る。

 村瀬悠午が白の大陸に渡れば、エルフとの激突は必至。黄金の神殿都市でそれが起これば重畳といったところだ。


 いや、自分がそう仕掛ける。


「ちょっくら失礼ー」


「おー、ユーゴー」


 不意に、小袖袴の少年がビッパが居るのと同じ帆柱(マスト)帆けた(ヤード)に飛び乗ってきた。その時には、小柄な斥候職の少年はいつもの笑顔を貼り付けている。

 チラッと下を見ると、甲板までは10メートル以上の距離が。

 安定の怪物ぶりで何よりだ。

 悠午は帆けた(ヤード)の上で支えも無しに危なげなく立つと、護送船団の進む海と、その先にある陸を眺めていた。


「あ絶景かな、絶景かな…………壮観だねぇ」


 薄く笑う、旅の最中にもよく見せる表情。

 達観か、皮肉か、この歳でこんな顔をする少年は、今までの人生で何を見てきたのだろうとビッパは思う。

 不思議な異邦人(プレイヤー)だった。

 想像を絶するような力を振るうかと思えば、それを笠に着て威丈高に振る舞いもしない。

 どんな大事が起こっても常に自然体でいて、柔軟に構えながらも自分を曲げる事もない。

 今までの数多見てきた異邦人(プレイヤー)とは全く違う。


 気紛れに地上へ降りて来たヒトの振りをする神。


 それが、今の村瀬悠午への印象だ。

 本人の性格は、人数の多い年上へ接する態度などに悩む普通の少年だったが。


「オレ、早いうちにビッパに訊いておかなきゃならんと思った事があってさ」


「なーにー?」


 その力へ畏敬にも近い念を持ちながら、それを僅かにも漏らさない斥候職の少年。

 悠午の問いかけに内心で身構えるが、表向きは飽くまでも平静だ。


「いやフィアやクロードさんは一緒に来る理由があるとして、ゴーウェンやビッパは何となく一緒に連れて来ちゃったじゃない。白の大陸は基本的に敵地みたいなもんだって言うし、ホントに良かったのかなぁって思って」


 プレイヤー組は元の世界への帰還という明確な目的がある、ように思える(・・・)

 ゴーウェンは、自分の興味故に悠午らと旅をしていると言う。その動機はどうなのかと思うが、実際問題として旅慣れた冒険者の同行は有難い。未熟でこの世界の常識にも不慣れな若者たちの保護者枠だ。

 フィアことマキアス王女は悠午を師匠(マスター)と仰いでいる以上、付いて来ないと仕様がない。そのお世話役兼従者であるクロードも然り。


 他方、ビッパの事はよく分からないと悠午は言う。

 同行の理由は「悠午と一緒なら稼げそうだから」という話ではあったが、今まで一緒に旅をしていた限りにおいては、金銭に固執するような言動や行動は見られない。

 対ヒドラ戦など要所要所で役に立ってくれているが、時々姿を消すのも謎だ。

 悠午もビッパの言葉を鵜呑みにはしていないが、それは別にしてもこのまま危険地帯に連れていって良いものか、と思う次第である。


「おいらが要らないってなら、それでもいーけどね」


「そう言うワケじゃないのだけども…………」


「なーんてウソにゃ。結構稼がせてもらってるしね。それに向こうの大陸じゃヒト種とか絡まれ易いなんてもんじゃないから、おいらみたいな斥候はいた方がいいと思うよ?」


「あー……やっぱりそうなんだ」


 予定の科白(セリフ)を淀みなく口にする偽装斥候職。

 が、諦観の顔になった悠午を見てビッパは笑いそうになる。他の異邦人(プレイヤー)や黒の大陸の種族が白の大陸に行くのとは、確実に異なる感想を抱いているのだろう。

 危機感とは違う。ただひたすら面倒臭そうな表情が、ビッパのツボであった。


 それに、エルフ種の脅威を歯牙にもかけないのが小気味良かった。


「まぁ、そういう事なら今後ともよろしくお願いしますわ……。実際オレやゴーウェン以外にも姉さんら見ててくれるのがいると助かるよ。手が足りない」


「ユーゴってサヨコ達の母親みたい。女のヒト全般に甘いって気もするけど、大丈夫?」


 とはいえ、ビッパにも悠午に対して不安要素が無くもない。

 神ならぬ異邦人(プレイヤー)の身、この少年にも弱みがあった。同郷のプレイヤーである女4人だ。

 狙い通り順当にエルフを撃滅すれば、いずれは相手も本格的な戦略や謀略を以って悠午を排除にかかると予想される。

 エルフは狡猾で利口だ。必ず弱いところを突いてくるだろう。

 あまり早く倒れられては、少し困る。


「んー……その辺も一応考えちゃいるんだけどね。付け焼き刃だけどやらんよりはイイだろ…………」


 ビッパの本心など知りようもない悠午は、全く違う心配事で小首を傾げていた。

 ついこの前までは元の世界に連れ帰る事だけが目的だったが、現在はその難易度が数千倍に跳ね上がりかねない事態となっている。

 事ここに至り、お姉さん方にも自衛を促したいところであるが、場当たり対処療法感は拭えず先行き不透明だった。


「女神様とやらが元の世界へ戻してくれると有り難いんだがね……どうかな」


 イントレランス絡みだとそれも怪しくなってきた、と悠午も思うが、かと言って他にアテも無く。何かしら手がかりでも手に入れば、と今は考えている。

 ビッパには、あの根性の腐った女神が素直に力を貸すワケがないと分かっていたが。

 同行者である異邦人(プレイヤー)には気の毒な事だと思う。

 悠午が女神を殺してくれるのなら最上だが、そこまでは望むまい。


 互いの本心を隠したまま、景色を眺めて暫し沈黙するふたり。

 護送船団は海流に乗り、真北へとゆっくり進路を変えている。

 岸から離れてボチボチ敵襲が来ると予想されるらしく、甲板上も慌ただしくなってきていた。

 もともと船乗り達は忙しそうにしていたが、今は武器やら防具やらを身に着けた者が目立つ。

 となれば、用心棒枠で乗り込んでいる悠午らもお仕事の時間であった。


「どーれ……向こうも上がってきたようだし。お手並み拝見」


「そういうのも分かるの? 参ったな、おいらホントに要らないじゃない」


「“気”配を捉えるのと経験と技術で予測するのは全く別物でしょ。上からの警戒よろしく」


 悠午の“気”を読む能力も無敵ではない。今回は最初から襲撃を想定していたから、そちらに“気”を配っていたに過ぎなかった。

 そう言って悠午は、上からの監視と支援を本職の少年に任せて飛び降りようとする。


「おっと……そうだ、これも今のうちに言っとこうと思ってたんだ」


 が、ある事を思い出し身体を捻って踏み留まった。

 当然のように驚異的な体幹と身体バランス能力。


「これ言おうか言うまいか迷ったんだけど、一応ここだけの話という事で。

 長い付き合いになりそうなら、早めに女性陣と一緒に動けるようになった方がいいと思うわ、ビッパの事情にも因るけど。

 アレだ…………着替えとか風呂の前後とかトイレとか、時々困る」


 そして、自らバランスを崩して小袖袴の少年、自由落下。

 ビッパはというと、主語を抜いた悠午の科白(セリフ)を吟味しながら、表情が固まっていた。


「え? バレてる? ウソでしょ??」


 本心は悟られなかったが、違う事を悟られていた、と小さな斥候職の背筋が寒くなる。

 中性的な見た目と言動で隠しおおせているつもりだったが、いつバレたのか。


 悠午の“気”配を読む能力は万能ではない。

 が、相手の力量やコンディションを読めるのに、性別を見誤るワケもないのである。

 これは他の事にも感付かれているのかも、とビッパは追い詰められる思いだった。


                        ◇


 護送船団から先行する船が、敵集団の末端に接触したらしい。甲板上から銛や槍を投げる男たちの姿が見える。

 戦闘態勢を命じる大声と鐘の音が喧しく響いていた。横一列になった全ての船が同様にだ。


「はじまったなぁ……。嬢ちゃんたちは大丈夫か?」


 今回は背中の大剣を抜かず、適当に拾って来た銛を軽く振っている大男、ベテラン冒険者にして『断頭』の渾名を持つゴーウェン=サンクティアスだ。

 船上での戦闘もはじめてではなく、何をするべきかも分かっている。

 心配なのは自分よりも、異邦人(プレイヤー)の少女たちの方だ。


「うぅ~~考えてみたら船での戦いもゲーム以来だよ…………。使える遠距離スキル無いから基本待ちになるけど、大丈夫かな」


「耐久度削られると船沈んでミッション失敗リスポンだけど、こっちはそういうの無いだろうなー。穴開いたら即沈むんじゃね?」


 ゲームの方のワールドリベレイターを思い出し、女重戦士の姫城小春(ひめしろこはる)とジト目法術士の小夜子は落ち着かない様子だ。分かっているつもりだったが、船は揺れるし落ちたら海中と、ゲームと違いこの上なくリアルである。

 そうでなくても海棲種族相手でやり辛いというのに、いよいよ戦闘という段になり不安も最高潮だった。


 そこに、帆柱(マスト)の上から悠午が降って来る。

 派手な音を立てて甲板上に着地するが、着地場所の板が割れる事もない。前後に広げた脚と膝で緩衝し、そのまま踏み込みに移行できるという地味に高度な技を使っている。


「前情報と随分違うみたいですね。海の中、なんかでっかい奴もいるみたいだけど。人魚とか魚人って人間サイズじゃなかったの?」


「ハァッ!!?」

「えッ!?」


 軽く言う悠午の科白(セリフ)に目を剥く小夜子、ほか船員多数。

 ハッと進行方向上を見ると、先行している船へ帆柱(マスト)より長大な触手が巻き付いているところだった。

 僅かな間、時が止まる甲板上。そして間も無く、悲鳴を上げる者や走り出す者、他の船と大急ぎで手旗信号を交わす者、と蜂の巣を突いた騒ぎになっていた。


「連中、何か引き連れて来たようだな。アルギメスのこっち側まで出張って来たのも自信があっての事、か?」


 そんな中、何となくこんな事になるんじゃないか、と思っていたゴーウェンは落ち着いたもの。主帆柱(メインマスト)に寄り、周囲の様子を窺っている。


「こりゃぁ準備万端待ち受けていたかな。罠に突っ込んじまったのかもしれんが……まぁやる事は変わらん」


「んだね」


 戦いになるのは分かっていたし、想定外の事態など珍しくもない。

 いつも通りやるだけだと言う臨戦態勢の大男に、指を曲げ伸ばししてペキポキ音を立てる小袖袴。

 そして、プレイヤーの女性陣は是非も無く、また王女と従者の青年も戦闘準備を始めた。

 確かに、戦う以外に出来る事も無いと思う。逃げる場所も無し、先に進む以外に旅の選択肢だって無いのである。


「下にヒレ付きどもが来ているぞ! タルを落とせぇ!!」

「網もどんどん投げろ! 船に絡ませるなよ!!」

「おい気を付けろヒレ付きが頭出し――――――痛ぇ!?」


 甲板の端に殺到する船乗りや冒険者が、海面の敵へ向けて攻撃を開始。銛やボウガンのボルトが海中へと次々に突き込まれた。

 網は海中にいる者を絡め取り、その動きを阻害。一見して普通の木のタルが海面へ落とされたかと思うと、タルは水中で破裂し周囲の海水を凍り付かせる。

 そんな兵士や船員のやり様を見て、結構戦術は確立されているんだなぁ、と悠午は素直に感心していた。

 

 しかしそこは海棲種族もやられっ放しではなく、海の中からも反撃が飛んで来る。

 何かの骨やサンゴの類が切っ先となった武器が、放物線を描いて甲板に突き刺さった。別の船では、突如発生した大波に船上の人間が浚われている。

 その上、先行していた船を圧し折ったのと同じ種類の触手が海面から持ち上がった。

 海水を撒き散らしながら天高く伸びるそれは、船とは反対側へと大きくしなり、


「せいッ!」


 振り下ろされたところで、悠午の拳に逆側へと吹き飛ばされた。

 ドンッッ!! という爆風と衝撃波が海面へ伝わり大きな波紋を作り出すが、船体その物にダメージは全く無い。

 一方であまりの余波に、普通の船員や海中にいた者たちは度肝を抜かれていた。


「おいおい…………加減してやれや」

「ゴラァアア! ゆーごテメー!!」

「ごめーん」


 ビックリして激オコのジト目姉さんと呆れ顔の冒険保護者に、手を合わせて謝る悠午。

 そのまま軽く甲板を蹴ると、手すりを踏み台にして大きく海へと飛び出した。


「ごめんついでにも一発! カッハァアア!!」


 海に対して正面に構える小袖袴の少年は、大きく腕を引き生命の“気”に属性を持たせて爆縮。何も無い(・・・・)海中めがけ、その自然災害レベルの拳を振り抜く。

 直後、膨大な水流が叩き込まれ、水の中を得意とする種族すらまともに泳ぐ事が出来なくなってしまった。


 気功仙人掌『波濤撃』、熟練度(レベル)5000相当。

 近~長距離範囲、気功打撃(“気”/物理属性)、超高速水流による攻撃。同レベルの技が扱えなければ防御不可能。


 海面下は荒れ狂い、海上では爆心点から数十メートルという高さの水柱が聳え立つ。

 桁違いな攻撃の規模に、誰もが口を開け広げて見上げるしかない

 空中に立ちその惨状を見下ろす悠午は、まずまずの出来栄え、と鋭い微笑を覗かせていた。


「クソッ……!? クラーケンは僕らが倒すんだ! ザコは兵士に任せてブレイブウィングは魔法で集中攻撃!!」


「オッケーい、大きいの行くぞー!」

「バフ使います!!」


 最強のパーティーを率いる勇者ジュリアスは、小袖袴のプレイヤーを見て冷静ではいられない。

 すぐさま、まるで競うように仲間へ号令をかけ大物への攻撃を開始。

 再び水面を境界として無数の武器や魔法が飛び交い、尽きる事無く水柱が上がり続ける激戦が始まった。




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