006:関係者以外立ち入り禁止
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アストラ国、レキュランサス市。
異邦人の山岳神殿、祭殿。
それほど高くない山の頂上。参道の階段が続く先に、岩盤から削り出された神殿は存在した。
しかし、それを一目見た村瀬悠午の感想としては、神殿と言うより長く時間を経た軍事基地の跡地のような印象を受けたという。
彫刻や宗教的なシンボルなど無く、ただ堅牢な石造りの大型構造物。
継ぎ目の無い直線的な作りの建物が、岩に埋もれるようにして口を空けていた。
「あーふ……しんどい……。ここ普通は二度も来ないじゃんね?」
「ハー……ハヒー……い、いや……なんか……クエストでも、来るよ………確か……あークソ…………」
美貌の女戦士と、お嬢様風の容姿ながら目付きと口がよろしくない魔術士。
グッタリとしたふたりのプレイヤーが、1111段の階段の一番上で、座り込みながら息を整えていた。
「なんか……すいませんね。付いて来てもらっちゃって」
一方、同行していた胴着袴の少年は、息ひとつ切らせていない。
階段の中盤で早々にへばった内気な隠れ目法術士を背負っているにも関わらず、だ。
年下というのが発覚した男の子に背負われ、法術士の少女は恥ずかしいやら申し訳ないやらだったという。
◇
胴着袴の少年武人、村瀬悠午。
グラビアモデルの美人戦士、姫城小春。
お淑やかな見た目で性格はやさぐれている魔術士、御子柴小夜子。
内気控えめ引っ込み思案の法術士、久島香菜実。
VRMMORPG、『ワールドリベレイター』に似た世界で出会った4人は、同じようにこの世界に来る全てのプレイヤーが最初に現れる場所、『異邦人の山岳神殿』を訪れていた。
冒険者組合で話しをしたオヤジ曰く、プレイヤーたちは何者かがこの世界に招いているという噂があるのだと言う。
ワケも分からず突然この世界に来た悠午は、何にせよ帰るのが第一目標だった。
異邦人の山岳神殿に来たのも、その手掛かりを得る為だ。
「ハァ……なんか懐かしいわ。あの時はパニクっちゃって、現実感なくて呆然だったけど」
「あれからまだレベル12かぁ……。色々ゲームと違い過ぎだっつーの」
どうにか息を整えつつある女戦士と魔術士のふたりが、眼前に横たわる無骨な要塞を見上げて呟く。
お互いにプレイヤーだ。
突如としてこの世界に来てしまった日の事を思い出し、色々と思うところがあった。
ところが、
「はあっ!? 入れない!!?」
「立ち入り禁止とか、そんなんあったっけ?」
そんな感慨も、神殿入口で番をしている兵士に話を聞いた途端に吹っ飛んでしまう。
「この先の奥殿はプレイヤー降臨の聖地だ。出る事は出来ても入る事など出来んぞ」
「わ、私たちはそのプレイヤーなんだけど…………?」
「プレイヤーだろうと何だろうと、この先に入れるのは国教会の人間か、王家により許しを得た者だけだ。国に仕えるプレイヤーも多くいる。滅多な気は起こさん事だ」
ジロリ、と胡乱げな目を向けて来る若い兵士に、女戦士は後退ってしまう。
一方、ジト目魔術士の方は横柄な物言いの兵士へ、鬼のようなメンチを切っていた。
結局中には入れなかったが。
「もー…………ゲームの時は割と簡単に出入りできたと思ったのにー」
「クッソあのNPC……ヒートウェイブで焼き殺してやろうか」
苦労して上った階段を収穫無く下りる事となり、徒労から女戦士と魔術士が愚痴り合う。
特に魔術士の方はジト目が凶悪に吊り上がり、本当に魔法のひとつもぶっ放しそうな様子だった。
ちなみに、
ヒートウェイブ、熟練度10。
近~中距離広域射程、熱波攻撃(風/火属性)、低確率で生物系の標的にスタン、ファンブル発生。
「やめなさいよ……。どこかみたいにプレイヤーってだけで逮捕されるようになるわよ。レキュランサスまでそんな事になったら最悪じゃないよ」
「あー……グレイスタッドのクランの話ね。まぁホントにやったりしないよ。やるとしても誰にも見られないようにやるし」
何やら穏やかではない事を話しながら、戦士の小春と魔術士の小夜子は、超絶長い階段をノロノロと下り続ける。
一方、胴着の裾を隠れ目の法術士に掴まれている悠午は、頂上の方を振り返り沈黙していた。
「どうする村瀬君? 神殿の方は調べられないみたいだけど」
悠午が立ち止ったのに気付き、疲れ顔な女戦士が問うが、少年は暫し無言のまま応えない。
精悍な顔には、少しばかり怪訝なものを滲ませていた。
「…………どうかしたの?」
「いえ…………ここは後回しっスね。考えてみれば、みんなここは真っ先に調べに来るか」
それだけ言って悠午は首を振ると、法術士を支えながら、自分も階段を下りはじめる。
自身が感じた違和感は、まだ誰にも言うべきではないと悠午は考えていた。
何せ悠午にだって、実家にある神域とこの場の気配が似通う理由など、見当が付かないのだから。
◇
山岳神殿の参道を下りきった悠午ら4人は、今日のところはそのまま宿に戻る事とした。
女戦士の小春と魔道士の小夜子、法術士の香菜実が以前から使っていたレキュランサス東地区にある安宿。
だが、女3人のパーティーと知った女将が、鍵付きの部屋を使わせてくれたり食事をオマケしてくれたりと、色々気にかけてくれるのだ。
レベルが低く人数も3人しかいない女性の弱小パーティーには、生命線の宿であった。
一時はその宿すら引き払わねばなるまいか、という財政的危機にあったが。
「おや、お帰りよ。今日は早いねあんたら」
年季の入った二階建ての建築物。
食堂、酒場、宿屋を兼ねる『鍋底の旨味亭』の扉を潜ると、天井近くから快活な女性の声が降って来る。
2メートル以上の身長に、筋肉隆々の身体。
されども地味な服にエプロン姿というその人物は、この宿を取り仕切る『マゴット』という女将さんであった。
なお、豪快で気っ風の良い美人である。
「ただいま女将さん……。神殿入れなかったわ」
「おやまぁ、プレイヤーの嬢ちゃんでもダメだったかい。ここ何年か国教会の連中があそこに居座っちまってねぇ。街の人間が行っても門前払いされるけど、プレイヤーなら入れるかと思ったがねぇ」
項垂れる女戦士に、まぁ元気出しな、と笑って背中を叩く巨女の女将。
板金鎧を着ていたにもかかわらず、小春は20のダメージを受けた。
夕食の用意を頼んだ女3人プラス少年ひとりのパーティーは、ここしばらくの寝ぐらになっている部屋に戻った。
鍵付きのふたり部屋を、3人で使っている。
ベッドがふたつ置かれ、衣装掛けが部屋の隅にあるだけの質素な部屋だが、雨漏りはせず隙間風も入らない床板は腐っておらず虫も湧いていない上等な部屋だと、ジト目の魔術士は力強く語っていた。
3人の中では最初にこの世界『ワールドリベレイター』に来たという事で、何かと苦労したようである。
「ま、そんな簡単に帰れるのなら誰も苦労しない、って事じゃね? あそこから帰れたなんて話し、プレイヤーズギルドでも聞いた事ねーしさ」
その苦労人も、今まで何も調べていないワケでもなかった。
ただ、帰るための情報はあまりに少なく、最初のポイントは灯台下暗しで、日々生きていく為の労働に忙殺されていた。
それだけだ。
謎の少年、悠午が行くと言うので、一度くらい見に行ってみるか、と思ったが、結局はそれも無駄に終わってしまう。
こんな事なら、『ドガの洞穴』にでも行ってレベル上げでもしたかった、とジト目のゲームプレイヤーは嘆息していた。
「『プレイヤーズギルド』?」
一方、ゲームにはまるで興味のない悠午が、新たに出てきた単語の説明を求める。
ドアを背に寄りかかる少年は、女性ばかりの狭い部屋に、所在無い思いだった。
一見すると、泰然と落ち着いた様子で腕を組んでいるのだが、内心では肩身が狭い。
「プレイヤーズギルドっていうのは名前の通りプレイヤー達の組合で、こっちの世界で苦労しているプレイヤー同士助け合う組織、って事になってる…………」
「『なってる』……と仰いますと?」
ベッドに腰掛ける小春の科白は、最後の方で消え入りそうになっていた。
そんな戦士職のお姉さんに、少年の方は眉を顰めるが。
「正直……あまり助けにはならないかな、みたいな?」
「無いよりマシ……いや、微妙……?」
女戦士と魔術師ふたりの答えに、なお一層分からなくなってしまう。
「何と言うかね、ゲーム攻略には熱心なヒトが多いと思うわ。情報の交換とかは盛んだし」
「情報は集まるけど女のプレイヤーが行くとウザい事になるかも知れないんだよねー。レア(アイテム)で女釣ろうとする下半身プレイヤーがいるかと思ったら、そんな野郎相手に寄生する魂胆見え見えのバカ女とかもいるしさ」
困り顔の小春と、荒みきったジト目の小夜子が何を言っているのか、悠午には半分ほど理解出来なかった。
ただ、少年の理解としては、真剣に帰ろうとしているプレイヤーが、それほど多くないように思える。
「…………オレ、行ってみちゃダメですかね?」
「えー……? 村瀬君、ひとりで?」
「祐二くんひとりでかー…………それはどうかにゃー」
「悠午っス」
何にしても情報は欲しい悠午としては、他にアテもないので行ってみるしかない。というのが正直なところ。
だが、お姉さんふたりは難しい顔をしていた。
女じゃなくて男なら大丈夫、という話でもないらしい。
あるいは、こんな美系が女の子なワケない、と尻を狙って来るプレイヤーが居ないとも限らない。
ある意味で非常に危険だ。
それはまぁ冗談としても、
「よっしゃ、それじゃこの小夜子姐さんが一緒に行ってやろう」
「ええ!? どういう事よミコ!!? 前に厨二プレイヤーに舐めぷされてからギルドは行きたくないって――――――――ん?」
この世界に来たばかりな上に、ゲームの事も良く知らない少年をひとりで行かせたら、マナーの悪いプレイヤーに絡まれやしないか。
そんな心配をしていた戦士のお姉さんだが、ジト目魔術士の提案は物凄く予想外だった。
しかし、ニヤリと悪い笑みを見せる魔術士に、何かしらの企みがあるのを察する。
これで実にプレイヤーらしいジト目の市松魔術士に、存外気の小さいグラビア戦士は、何も仕出かさないように願うしかなかった。
何者に願うかが大問題であったが。
「プレイヤーズギルドは明日でいいっしょ。今から行くと、夜とかあそこDQNの溜まり場になるしさ」
「それじゃ…………今日はご飯食べて早めに寝ようか。わたしは明日、買い物にも行きたいし」
「お! 失くした武器の代わり買いに行くんだ? あたしも装備更新しようかなー」
大半のプレイヤーは、携帯電話もバッテリーが切れ、腕時計なども様々な理由で失っている。
なので、正確な時間は分からなかったが、外は既に日が落ちかけていた。
いつもの面子にイケメンひとりを加えて、小春達は騒がしくなって来た一階の食堂兼酒場に下りる。
先日の狩りの成果で財布にも余裕があり、夕食を終えると、この日はお腹をいっぱいにして休む事が出来た。
なお、当たり前だが悠午はひとり部屋である。