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059:跳躍前の踏み切り板が火の輪潜りだった

.


 ナイトレア国、フートン港。

 黒の大陸南部の西岸、島国アルギメスを海の向こうに臨む港町である。

 アルギメスは白の大陸へ渡る玄関口であり、防波堤だ。現在は白と黒の眷属、両陣営が戦争を行なう最前線となっていた。

 フートンの町は火傷するほどの活気に満ちている。

 戦場を前に冒険者や傭兵は殺気立ち、武器や防具の商人は取引額を際限なく増加させ、怪しい代物を売り買いする有象無象が日陰で蠢く。


「分捕り物あるよ分捕り物! 獣頭やエルフの使っていた分捕り物! 剣でも盾でも格安で選り取り見取りだ!」


「命のクスリー、一本1000タレント! 命を拾うクスリが一本たった1000タレントだー!!」


「働き盛りの若い男は10万から! 若い女も10万から! 男は10万から! 女も10万から!!」


 そのほか、宿屋も酒場もその手の人種でいっぱいだ。

 肩が触れれば、即その場で殺し合いに発展するのも珍しくないほど集中する血の気。

 そんな(ちまた)でも、街の住民は逞しく生活を続けている。


「我がモトラッド傭兵団は共に戦場へ赴く同志を求めている! 我らが団長は彼のトリバルディ丘陵の戦いで――――――――」


「モークローバー傭兵団は将来の栄達を約束する傭兵団である! タルマウィ子爵閣下お抱えの傭兵団である我々は、既に領軍としての地位を確約されており――――――――」


 別の一画では、傭兵団が新入り募集を呼びかけていた。

 お立ち台に上がる団長らしき男がふんぞり返り、傍らでは呼子が声を張り上げている。

 その周囲を傭兵志願だか野次馬だかが十重二重に取り囲んでおり、分け入る隙間も無いほどだ。


「町全体が前線の後方基地みたいなもんなのかね?」


 小袖袴の少年、村瀬悠午(むらせゆうご)やパーティーの仲間達は、それらを横目で見ながら通り過ぎていた。


「いや、主戦場は相当北上していたはずだ。向こうに渡って即戦場なんて事にゃならん」


「交通の要衝なんてどこもこんなもんじゃない? しかも冒険者とプレイヤーでいっぱいだし」


 大剣を背負うシブ面の大男、ゴーウェン=サンクティアスと、対照的に子供のように小柄な斥候職の少年、ビッパ。

 旅慣れたふたりの冒険者には、これといって特別な光景でもない様子。

 悠午も多少戦場は知っているが、少なくともイラク、シリア、アフガンはこんなに賑やかじゃなかった。悪い意味では賑やかと言えなくもなかったが。アメリカで出くわしたクーデターは戦争と言うよりテロに近かったし。


 悠午たちがアストラからナイトレア国に入り、1週間と少々が経っていた。

 レーアの街での騒動を片付けてから4日、西へと向かい辿り着いた、ここフートン港。

 そしていよいよ白の大陸への中継地点、戦場の島国、一行はアルギメスへと渡る事になるのだが、


「『人魚』?」


 そこに立ち塞がる障害の話を聞き、少年は秀麗な眉目を(ひそ)めていた。


「うむ、こことアルギメスの間の海、竜道海峡には最近ヒレ付きどもが跳梁しているらしい。行き来する船が何隻も沈んでいてな、潮に流され知られてない浅瀬に座礁でもしたかと思われていたが、ようやく連中の仕業と分かったようだ」


「旦那、アルギメスのあっち側(・・・)じゃなくてこっち側(・・・)か? こっちの海は連中の縄張りの外だろう。確かなのか?」


 渡航の手配をしてきた禿頭傷の騎士、セントリオに曰く、現在アルギメスへ向かう船は水中に生きる人魚種族により攻撃を受ける可能性が高いのだとか。

 人魚種は白の女神の眷族であり、最初の英雄のひとりを輩出している直臣筋だ。当然、黒の大陸の種族とは敵対関係にある。

 が、ゴーウェンが難しい顔をするように、アルギメスの東から南にかけた大陸との狭間の海峡は黒の種族の勢力圏だ。知る限り、人魚種族がこちらにまで蔓延(はびこ)って来た例は無いはずだった。


「今までこっち側に来なかったの、遠いからとかそんな理由じゃないの? それか、プレイヤーならアイツらとも戦えるから来たくなかったとか」


 根拠も何も無いビッパの言だが、かといって相手方の事情など推し量り様もなく。

 問題は、制海権を握られている状況により船を出せないという事だ。


「オレひとりなら飛んでいけるけどなぁ…………」


 ひとりごちる少年に、仲間達からなんとも言えない視線が集まる。まぁこいつなら出来るだろうなと。今までも何度か空中に立っていたし。


 しかし、と悠午は思いなおす。

 (いたずら)に“気”を遣うと、周辺環境に影響が出のだ。自然の復元力があるので大した問題にはならないだろうが、“気”が歪んでいる間に変な(モノ)が生まれるリスクは避けたい。

 それに仲間を置いていくわ誰かに見られると手の内が知れるわと、あまり良い事ないので自重するべきだろう。

 のんびりしてはいられないとはいえ、旅も楽しみたいではないか。


「それじゃー……船はいつ出るか分からないんですか?」


「つかこんなイベントなかったぞ…………」


「か、『海皇の居』とか『アポカリプス・ダッチマン』のイベントじゃないよね?」


 プレイヤーのお姉さん方は、ゲームプレイ時には全く存在しなかった状況に困惑の表情だ。

 アイテムや経験値入手の重要なイベントが抜け落ちているのも困るが、例えば初見殺しのイベントが突如始まるとかも困るのである。

 メインストーリーとは関係ない、超高難易度のエクストラボス。レベル200台にも乗せていないのに、『海皇』や『終末の船長』などにうっかり遭遇(エンカウント)したくない。特に後者は条件こそあるが出る場所を選ばないのだ。死ねる。


「だからアルギメスへは何隻も船で護送船団を作り向かうそうだ。暫し待たされるがな」


「どれくらいだ?」


「さて……本来ならもう出ているはずだが、なにやらアストラ王族の座乗船が準備中だとか言っていたな。それ次第であろう。ある意味で我らは運が良かった」


 アストラ王族、と聞いて魔道姫と従者の青年、主従のふたりが少し身構える。王族専用の船に誰が乗るのか、とは身分を隠している関係上訊けなかったが。


 出発時期は不明だが、アルギメスへ渡る目途は立っているのだと禿頭傷の騎士は言う。偉い人の乗る船の準備が手間取っているか何かして遅れているので、自分たちも運良く乗り込めそうだという話だ。


 ちなみに悠午ら一行は、冒険者組合(ギルド)の仕事を請け負うという形で護衛として商船の一隻に乗り込む予定だった。

 

「じゃ……それまで準備ですね。船の移動時間はどれくらいになるんですかね?」


「対岸など見える距離にあるのだ、半日もかからん。長々とする船旅でもなし」


「そんな狭い海にヒレ付き連中が入って来るとはな。後方を封鎖しての前線の混乱が狙いか? 補給路はアルギメスの中にだってあるしな。同時に何か動きでもあるのか……?」


 海峡は文字通り狭い。最も狭い部分で4~50キロメートル程度だろう。複数の船で速度を合わせるので足は遅くなるが、それでも5~6時間で対岸に渡れると禿頭傷の騎士は言う。

 そんな所に、白の大陸の勢力は人魚種族を差し向け、船の行き来を妨害していた。

 補給線を断つには迂遠な手段だが、とゴーウェンは考え込んでいる。何せアルギメスは島国とはいえ、それなりに大きいのだ。大陸からの物資が無くても長期間の自給自足は難しくもなんともない。

 ならば、後方で騒ぎを起こし、前線にある黒の大陸の陣営を浮き足立たせるのが目的か、とも考えられたが。


 いずれにせよ、船出の予定は未定。待つ他ない。

 ならば、その時間有効に使わせてもらおうと小袖袴の少年は思うものである。


 何せ、表には出さないが地味に危機的状況なので。


                        ◇


 石積みの頑丈な岸壁に、何隻もの木造船が係留されていた。

 そのうちの一隻は、堅牢にして重工で全高も見上げるほど。帆の頂上には、アストラ国の旗が堂々と翻っている。他国(ナイトレア)にあっても、黒の大陸においてアストラの影響力は大きかった。


「飛行艇が使えれば船なんかでノロノロ行かなくても済んだのにー」


「あっても操縦なんか出来ないんじゃね? ゲームじゃ行き先指定するだけだったじゃんし」


「我々に他の船も守れとでも言うのか? ギルドは相変わらず図々しく勝手だな」


「そのような事は決して……これは貴方がたを守る為の船団でもあるのですよ。勇者の一団に何かあっては、黒の種族連合全体の士気に関わりますから」


 アストラ王族の船の(ふもと)には、各々個性的な装備を身に着ける一団があった。異邦人(プレイヤー)、それも攻略グループのトップとされる組織(クラン)、『ブレイブウィング』を名乗る者達である。

 それを先導するのは、メガネをかけた線の細い上品な物腰の男。アストラ国の冒険者組合(ギルド)職員、アルギメスへ出向の為移動中だったナンティスだ。

 その途中で本部から別件を回され、こうしてお仕事の最中となっている。


 アストラ王族専用船は、ブレイブウィングのプレイヤー達をアルギメスへ送り届ける為、第三王女によって用意されたモノだった。

 とはいえ、プレイヤーはそれを素直に喜べないらしい。

 ゲームとは違い、空飛ぶ乗り物や公共の交通インフラ、ファストトラベルといった便利な移動手段が存在するワケでもない。移動は基本的に自力だ。それも、エンジンやモーターなど文明の利器も存在しておらず、水上を往くにも天候と海流任せな帆船を利用しなければならないのだ。

 金髪巻き毛の少女や軽装の冷めた青年など現代っ子なプレイヤーには、それがまどろっこしく感じるらしい。

 おまけに、案内役を自称する冒険者組合(ギルド)は性懲りもなく自分たちを便利に使おうとしている、と黒髪にロングスカートのプレイヤーは憤っていた。

 ナンティスはやんわりと否定するのだが。


「ちょっとアストラに戻っている間にこんな事になるとはね……。まぁ僕らもアルギメスに戻らないといけないし、船が襲われていたら放っておくワケにもいかないんだから、一緒に行くのは手間が省けていいんじゃないかな?」


 プレイヤー集団(ブレイブウィング)の中心には、意志が強そうな面構えをした金髪の少年がいた。

 この世界で戦う異邦人(プレイヤー)の中で最強といわれ、アストラをはじめとする黒の大陸の国々からその功績を称えられ『勇者』の称号を与えられた者。

 白部(しらべ)=ジュリアス=正己(まさみ)だ。


「シラベは相変わらずアマい。そんなだからギルド調子ノル…………」


「でも、それがシラベさんの良いところですよね?」


 涼しい笑みで言う美少年の勇者に、呆れ顔の大陸系女性。一方で、隣に並ぶ柔和な女性は嬉しそうだ。


 勇者ジュリアスとブレイブウィングの面々は、ひと月ほど前までアルギメスの前線にいた。黒の大陸の連合軍の中で、最大の戦力だったと言って過言ではない。

 ところが、黒の大陸の内陸部がシャドウガストという脅威の出没により不安定化する恐れが生じ、これの排除の為に最前線を離れていたのだ。

 それでシャドウガストの件が終わり、首都での催し物やら王族貴族との会談を済ませ、いざ前線に戻ろうとしたら、これである。


「プロスレジアスでは大変だったでしょう。ジュリアス様と友誼を結ぼうと必死な貴族は多いですからね。コルドォラ砦の戦い、箱舟の撃破、守護獣の打倒、それにシャドウガスト討伐と、本当に素晴らしい戦果です。後援されるフローリア殿下へ集まる支持も、磐石だとか」


「…………政治の事は僕には分かりかねます。ですが、殿下を支えるヒトが増えるのは良い事です。アストラがミクシ……殿下のもと団結を強めたなら、アルギメスやゴーゴリアス、ジオーリアなど連合の国々も心強いでしょう」


 気遣いを見せるナンティスに対し、当たり障りない言葉で返す勇者ジュリアス。相手が本心から労っているのは分かるが、僅かに気に障ったのだ。

 シャドウガスト戦に関しては、ジュリアスは何も出来なかったのだから。

 だというのに、アストラの首都へ戻った際にはシャドウガスト討伐の戦功を散々讃えられ、ジュリアスはそれを当然といった顔で受け入れるしかなかった。

 それも、政治の為だと言う第三王女の願い故。

 アストラの為、黒の大陸連合の為、あらゆる種族の為、世界の為となれば、その大儀を信じるのが勇者であった。


 目が曇っていても、『大儀』に『勇者』いう名目があれば言い訳も立つ。


「しかし、前線は勇者の一団を欠いて大変なようです。王室の要請もあり一刻も早く皆様を戻して差し上げたいのですが、護送船団の準備には今暫し…………。もしや白の眷属がこちらの海峡まで来たのは、ジュリアス様の帰還を恐れての事かもしれませんね」


 王室、つまりミクシア王女の命でアストラへ戻り、今度は前線へ戻る。ナンティスの科白(セリフ)を聞き流しながら、忙しない事だとジュリアスは思った。

 彼女の為なら何でもする。つもりではあるし、求められている以上役にも立ちたいと思ってもいるが。

 だから、ジュリアスは早く前線に戻りたい。


「……時間がかかるようでしたら、僕ら『ブレイブウィング』だけで向こうに渡ってもかまいません。人魚なら自分でどうにか出来ますし。そちらの護衛が出来なくなるのは申し訳ありませんが」


 決して、何かに追い立てられるかのような思いだからではなく。


「は? あ、いや、いえいえいえ、まさか本当に皆様を向こうへ渡る際の用心棒にしようなどとは考えていませんよ? 確かに当ギルドは冒険者を扱き使うだ利用するだと評判は良くないですが、王室から受けた仕事に(かこつ)けて勇者様方を使い護送船団で小銭を稼ごうなどとは流石に…………」


「あやしいものネ」


 手間を省いて差し上げようと思った勇者の科白(セリフ)だったが、組合(ギルド)職員には異なった伝わり方をした模様。仲間の嫌味も地味に効いていたらしい。


「ここはどうかギルドの面子の為にもご協力ください。ブレイブウィングの皆様を万全の体制でアルギメスまでお届けいたしますので」


「そういう事でしたら…………お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」


「それはもうお任せください」


 相手を安心させる為に、笑顔でお任せするさわやか勇者。顔は非常に良い。

 こんなワケで、勇者一行(ブレイブウィング)も大人しく出港の時を待つ事となったのだが、


「じ、じじジュリくんジュリくんジュリくん! いたいたアイツがいたよ!!」


 そこに騒々しく駆けて来る、軽装の格闘装備にスレンダーな体型の女性プレイヤー。プラス、重鎧装備で顔も性別も分からない仲間が、もうひとり。

 このパーティーメンバーふたりが目撃したという情報を聞き、ジュリアスの精神は今度こそ決定的にささくれ立つ事となる。



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