表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/101

055:暗闇の中のハラワタ

10日連続更新の7回目です。

.



 牢というのはヒトを閉じ込めておく為の物だが、それは一時的な拘束でしかなく最終的な目的ではない。拘束された者は、時に法の裁きの場に引き出され、時に刑場に連れて行かれ死刑にされる。

 あるいは情報などを引き出す為に留め置かれる場合、他所に移されず牢の中で全てを(・・・)済まされる場合もある。

 そういった目的の為に、牢屋や監獄には大抵それ専用の部屋があった。


 今は町長の私室と化しているようだが。


「これまた大物ですな……。こっちはそうでもないが、見栄えが良い」


「うむ……向こうの大陸を知る者に聞いても、これほど立派な獣人は滅多にいないようだ。よくぞ来てくれた。精一杯歓待させていただこう」


 窓が無いにしても、その部屋は異常なほど闇が濃い。燭台の明かりは、今にも飲まれてしまいそうなほど頼りなく感じる。

 その中で、平坦な男の声と妙に湿っぽい町長の声が反響していた。感情が抑え切れず滲み出しているようだ。

 壁には4人の獣人が鎖で吊り上げられている。

 そこにいたのは、小春とやりあっていた犬頭の獣人、白い毛の目立つ威厳のある狼頭の獣人、金色の毛並みも美しいキツネ頭の獣人、そして低い天井に角が着いてしまいそうな山羊頭の獣人だった。


「グルルルル……グフッ!!」

「ウルル!!」


 獣人が力を込めるが、鉄の枷は軋むばかりでビクともしない。特に大きい山羊頭の獣人は、何重にも鎖を巻かれて完全に拘束されている。

 その姿を見て、町長は僅かな愉悦を顔に浮かべていた。


「キミ達にとってわたしは敵と言う事になるのだろうが、わたしはキミ達獣人がとても好きだ。見たまえハンケン、この逞しい身体付きに雄雄しい毛並み。

 キミ達は誇り高く、強く、とても強靭だ。処理の間も易々とは気を失わず、絶命もせず、最後まで恐怖や苦痛、怒りを搾り出し、足掻き続けてくれる。

 そんなキミ達の剥製を見る度に何度でもキミ達の最期が思い返され、わたしはとても口では言い表せない充足感を得るのだよ。

 それはきっと、そう……。きっとキミ達の生と死を見て、わたしは自分が生きているという強い実感を得られるのだろう」


 傍らの小さな卓上には、様々な器具が並んでいた。凶悪に歪んだ形をした刃物が多い。

 うちひとつを手に取ると、町長は矯めつ眇めつしながら言う。

 その内容に反して、口調はとても穏やかだった。


「出来れば人目を気にせずじっくりと語らいたかったのだが……生憎とそうもいかなくなってしまった。すまないね。

 大きいのは剥製にするだけにしよう。ここで中を抜いて、軽くして持ち帰る」


 町長は今晩中に素材を移動させる必要があった。普段ならば時間をかけて楽しみたいところだが、獣人を捕獲するのに使った冒険者が怪しい言動をしていたのだ。

 また、領主の騎士が移送の為に来る前に、この牢屋から町長が自分の物にした獣人を動かす必要がある。

 今回手に入れた素材はどれも素晴らしい物だったが、いかんせん活きが良過ぎた。特に山羊頭の獣人は、大きさといい膂力といい並の兵士や冒険者の手に余る。

 よって、泣く泣くこの場で処理し、必要な部分だけを持ち帰ることにしたのだ。


 仕方ないので、死に際と死に様は他3匹で楽しませてもらおうと思う。


「手短に済ませてもらうが、どこからはじめて欲しいか希望はあるかな? 最後まで意識は残すから、精一杯近づいて来る死に怯え、身体を切り裂かれる痛みにもがき苦しんで欲しい」


「いやホンモノか!?」


 その前に、小袖袴の少年がツッコミを入れつつエントリーして来たが。


                        ◇


 町長が地下牢のどこにいるかはすぐに分かった。生き物の気配を追える悠午に、一度会った相手の位置を探るのはそう難しい事ではない。条件にもよるが。

 地下牢の隅にある部屋の前で、囚われた獣人がまだ生きている事には安心した。

 だが、扉の外で息を潜めて様子を窺っていたならば、聞こえてきたのは想像の斜め上を行く町長のリアルサイコパス発言。

 さしもの悠午も、ツッコまずにはいられなかった。


「ここで一体何を……!? 外の兵士はどうした!?」


「仕事してるんじゃないですか? それより、オレ達の仕事は街を襲う獣人の無力化であって、アンタに皮を剥がさせる為に猛獣を捕らえて来る事ではなかったはずですよね? どういう事?」


 うろたえて声を荒げる町長に、知った事ではない様子で問い詰める悠午。

 サイコパスでも後ろ暗い事をしている自覚はあるのか、町長は痩せた身体を強張らせていた。証拠に現場に自白、全て揃っている。

 が、間も無く町長は粘ついた笑みを浮かべ、多少落ち着きを取り戻していた。


「ユーゴ殿……それにゴーウェン殿も……。どうしてこちらに? 依頼の件は終わりましたが?」


「殺させる為に、ましてやアンタが獣人を弄ぶ為に依頼を受けたのではないと申し上げている。自分がやった事で獣人が嬲り殺しになるなど看過できません」


 遠回しに、お前は用済みなのだから帰れ、と言う町長だが、その辺も悠午は思いっきり無視する。

 泰然として腕を組む小袖袴の青年に、痩せた老人は忌々しさを含ませていた。


「……(わたくし)が依頼したのは獣人の討伐でございます。あなた方はそれを見事に成し遂げてくださいましたが、その後の事はあなた方には関わりなき事。口出しは無用に願います」


「『その後』ってのが獣人を剥製にする事なのかな? じゃなんで依頼の時にそう言わなかった? アンタ連中は移送するって言ってたよな? これは領主様や代官とやらも承知の事? 生き物をオモチャにしたいならオレらを利用してないで自力でやりなよ、オレの見ていないところでなー」


 矢継ぎ早に並べる悠午に、町長は更に黙り込む。

 自分は獣人を倒せと依頼しただけ。嘘は吐いてない。ただ本当の目的を言わなかっただけ。と丸め込むつもりだった。

 しかし、領主や代官の事を持ち出されるのは都合が悪い。


「…………もちろん、捕らえた獣人は全て領主様の下へ……。ですが、ここで拷問にかけて知っている事を聞き出すのも、後で聞き出すのも同じことでございましょう。どうせ処刑するのですから、殺してしまっても領主様も咎めはいたしますまい」


「左様で。それなら、直接領主様に尋ねてみるとしようか。実際に捕縛に関わった者として、移送にも立ち合わせてもらおう」


「そのような事は……!? 獣人の移送は兵士の職掌、貴方が勝手に決められる事では――――――――」


「アンタの許可は求めてない。きっちり見届けて領主の考えも伺わせていただく」


 どうにか引き下がらせたかったが、小袖袴の青年には取り付く島も無い。

 たかがいち冒険者が領主に会うなど出来るはずがない、とは町長も言い切れなかった。何せ相手はプレイヤーだ。常識が通じない。

 万が一、町長の行為が領主に知られると、誤魔化すのは難しいかもしれない。たかがいち町長に、捕虜を自由にする権限など有るはずもないのだから。

 それに、移送を監視されること自体も問題だった。現在、地下牢で枷に繋いである4体の獣人。これを見られた以上、また別の所で隠匿し続ける事もできはしまい。

 せっかく手に入れた極上の獲物をみすみす手放すなど、町長には断じて我慢できないのだ。


 金を積むか、町長の権威を大げさに見せて威圧するか。

 無表情の裏で気が狂うほど考え抜く町長だったが、そこで別方向から事態が動いた。

 今まで背景と化していた大山羊の獣人が震えている。

 見ると、それは満身の力を込めて鎖を引き千切ろうとしている猛獣だった。

 胴に何重にも巻き付いている鉄の鎖が、ミチミチと細かく破断する音を立てている。


「おいおいマジか…………」


 ここまで黙って成り行きを見ていたゴーウェンが、唖然として(つぶや)いた。

 止める者はいない。悠午らにとって獣人は敵と言い切れなかったし、町長と贔屓の狩人に抑えられる相手ではなかったからだ。


「ゴフゥッ! ンマ゛ァァアアアアア!!」


 耐久度の限界を超えた鎖は、その繋がりを断たれバラバラに弾け飛んだ。

 大山羊が身を膨らませると、牢の外まで響き渡る程の絶叫を上げる。

 身を竦ませるほどの迫力だが、それでも町長はここに勝機を見出していた。


「ヨーウェル! 賊が! ケモノ頭の仲間が来たぞ! 助けてくれぇ!!」


 大声を上げて扉へと走る町長。

 しかし、外へ出る扉はたった今悠午が入って来た所である。横を擦り抜けようとしたところをゴーウェンが首根っこを捕まえ、町長を部屋の奥へと放り投げた。この老人に敬老精神は必要あるまい。

 逃走に失敗した町長だが、その狙いの半分は上手く行っていた。

 固い足具の音が無数に打ち鳴らされ、外にいた兵士達が全速力で駆け付けて来たのだ。


「町長!? これは……一体どうした!!?」


「ヒト種の裏切り者だ! こやつらは獣人に内応し救出に来たのだ! 全員殺せ!!」


「ハァ!? 何言ってんだジジイ!!?」


「フンッ! 見苦しいのである町長。己の腐れた嗜みを覆い隠さんが為に、そのような作り話を」


 町長と荒ぶる山羊獣人、それに何故か獣人部隊を倒した冒険者たちが揃っており、兵士の長は戸惑いの声を上げていた。どう見てもおかしな状況である。

 そこですかさず命令(・・)する老害。しかも、ありもしない作り話を、さも当然のように垂れ流す。

 その卑劣さに、ジト目プレイヤーなどは速攻でブチギレていた。

 禿頭傷のセントリオは、そんな苦し紛れの話をしたところで事実はすぐに露呈すると鼻で笑うが、


「…………こいつらは獣人の仲間だ! 捕らえる必要は無い! 皆殺しにしろ!!」


 僅かな間考える素振りを見せた兵士長は、部下へ対し信じられない命令を下す。

 女性プレイヤーや禿頭傷の騎士、王女の護衛の青年は驚愕に目を見開くが、その他は事態を理解ていた。

 町長と、兵士長やその部下は仲間(グル)なのだろう。兵士長は現場と町長の言葉から事情を察し、目撃者達の口を塞ごうというのだ。あるいは金でも貰っているのかも、と悠午は思ったが、こうなっては瑣末な事である。


 全員殴り倒せば済むだけの話だ。


「メ゛ァアアアア! 黙って聞いていればチンケなヒトども! このランドンが踏み砕いてくれるわ!!」


「悠午先生こちら様はどうするの!? かなりお怒りのようだけども!!?」


 兵士もプレイヤーも関係なしに突っ込んでくる山羊の獣人。よりにもよって自分の方に向かって来られ、女戦士が悲鳴を上げていた。

 ズドゴンッ!! と地下室の壁が獣人の体当たりによってぶち抜かれる。小春は危機一髪で回避。


「死ねぇえええ! あベシッ!!?」


 その勢いに圧されて後退する兵士がいる一方、近場の青年に斬りかかり一発で殴り倒される兵士もいた。兵士長だったが。

 軽く殴ったようにしか見えないのに、被っていた兜がひしゃげて床と天井にバウンドしている。


「アズヴブブブブブ――――――――!?」


 青白い閃光が奔ると、電撃を受けた兵士が身体を痙攣させて床に倒れた。ジト目魔術士による魔法スキルだ。

 一応、殺傷しない事を目的にした一撃である。


「グッ!? こいつら!!?」

「この貴族様がぁ!?」

「こっちの女なら――――――――あっづあッ!!?」

「チクショウ強過ぎる!!」

「ちょっと待てそんなバカでかい剣でベァッ!!?」


 その他の兵士も、あっさりと返り討ちにされていた。 

 女子供を狙えば若い剣士や禿頭傷の騎士に阻まれ、後方から魔法を撃たれて薙ぎ倒される。

 見難い糸に引っ掛かって転ぶ。

 身の丈ほどもある大剣の突きに引っかけられて吹き飛ぶ、と。

 そもそも、ただの兵士がどうにか出切る相手ではないのである。


「け、ケモノ頭が!? 牢を破られたぞ! 脱走だぁあ!!」


 しかもここで、壁をブチ抜いて逃げた山羊の獣人が牢を破壊。囚われていた仲間を開放した。

 牢から出た獣人は兵士に襲いかかり、場の混乱に拍車がかかる。


 そして、町長に逃げ場は無かった。

 兵士は全くの役立たず、逃げた獣人は自分の事を許してはおかないだろう。

 仮にこの場を逃れても、領主に話が漏れたら処刑される恐れがある。貴族故に下々の事など瑣末な事だと捨て置かれる可能性もあるが、そんな気紛れに命をかけるワケにはいかなかった。

 何かが都合良く回ったとしても、街の者に今回の件が知られたら代々受け継いできた町長の地位を追われかねない。

 どう転んでも、老人の末路は惨めなものにしかなりそうもなかった。



「でもそれじゃツマんないツマんないツマんなーい」



 そこで、何者かの駄々を捏ねるような声が聞こえた気がした。


                      ◇


 冒険者組合(ギルド)本部の職員、ナンティスの(しもべ)であるイフェクトゥスにはやる気が無かった。

 上役の命令は、村瀬悠午を白の女神の眷属にぶつけろ、というもの。

 しかし、そんな事をして自分に一体何の得があるのか。

 嫌なのだ、詰まらないのだ、そんな事したくないのだ。

 さりとて上役の命令は絶対だった。逆らえば命に関わる。無理やりに、追い詰められて、どうしたって自分から動かざるを得ないように強制されている、となれば、腐りたくもなるだろう。


 そんなところで今回の状況。やる気も無いので観察だけして放っておいたが、思った通り面白くもない予想通りの展開になっていた。

 黒の大陸に潜伏などしている少数のザコ獣人、一応白の女神の眷属だが、こちらはイフェクトゥスが特に何もしなくても勝手に戦闘となる。

 そして、結果は村瀬悠午とその一団(パーティー)の圧勝。

 ヒドラやシャドウガストを真っ向勝負で打倒できる連中が、獣人如きに後れを取る理由が無いのだ。後れを取ってくれれば、イフェクトゥスはこの死ぬほど退屈な使命から解放されるかもしれないが。


 獣人も倒されたのだし、報告の為という体で帰ってしまおうか。

 そう思っていたところで、奔放な少年の目に入ったのは気に留める価値も無いヒト種の老人だった。

 何の力も無い、老い先短い枯れ枝のような存在。

 しかも、何やら立場的に追い詰められている様子。


 ヒト種の爺が生きようが死のうが知った事ではないイフェクトゥスだが、何となく暇潰しには使えるかも、と思った。

 それに、身勝手で陰惨な性質を持つヒトにあっても、その老人の趣味は頭ひとつ飛び抜けている。

 その欲望、残忍さに釣り合う力を与えたらどうなるか。

 自制という言葉を知らない我慢が嫌いな少年が、躊躇する理由は何も無かった。


                        ◇


 地下牢のある砦に詰めていた兵士が、悠午たちに返り討ちに遭った挙句、脱獄した獣人に襲われ大混乱のまま逃走する。

 当初の予定とは全然違う事になってしまったが、とりあえず獣人が町長により剥製にされる事はなさそうだった。


「っても、別に獣人を逃がしたかったワケじゃないんだけどね。も一回捕まえないと、他のヒトの迷惑になるなぁ…………」


「町長のジイ様の方は…………あ? おいユーゴ」


 悠午は自分が利用されて無用の人死にを出すような事に加担させられるのが許せなかったのであり、獣人を助ける為に動いたのではない。政治的な問題に首を突っ込むつもりはないのだ。以前えらい目に遭ってから、その辺は慎重である。

 獣人が脱獄したのは想定外だ。

 故に、町長は適当に拘束してから領主様とやらにでも丸投げするとして、自分の方は獣人でも捕獲しようかと思っていた。


 すると、地下室の隅で、何やら重力を無視したように仰け反りガクガク痙攣している老人の姿が。


「なんだなんだ、遂にイカれたかジジイ」


 追い詰められた末に脳の配線でも切れたのか、と胡乱な目を向けるジト目魔術士。

 しかし、見ると今まで空気状態だった町長お抱えの狩人も蹲って震えている。獣人のいる森を案内した男だ。

 単にドン詰まりでヒステリーを起こしているにしては、ふたり同時というのも少しおかしい。

 これどうするの? と聞きたそうに、小春が隣を振り返ってみると、


「ちょっと待てなんで『波動』だ!? まさかこの件って『イントレランス』絡みか!!?」


 常に余裕を持っていた師匠の少年が、今までに無いほど驚きを露にしていた。焦りすら含んでいるように見える。


 事実、悠午はこれまでの人生でも滅多にないほど驚いていたし、既に町長の事などどうでもよかった。

 まさかこんなところで世界滅亡級の緊急事態にぶち当たるとは思いもしないだろう。

 自分がこの世界に放り込まれた理由、あるいはこの世界で起こっている事全ての答え、その手がかりが突然目の前に現れたのだから。


「ゴメンみんなここは任せる! 急用が出来た!!」


「は?」

「はぁあああ!!?」


 悠午は一方的に言い放つと、天井をぶち抜き地上へと飛び出す。丸ごと吹き飛ばしたので瓦礫などは降って来ない。

 ビックリするのは残された者達だ。

 このとっ散らかった状況で、何やら町長も大変な事になっているというのに、いったい何をどうしろというのか。


「き……『急用』? 急用ってなに?」


「こっちはテメェでどうにかしろってこったろ。ほら、なんか知らんがジイさんも終わったみたいだぞ」


 ゴーウェンの言葉で暗がりに目を向けると、そこでは何かが膨れ上がり、蠢いていた。

 聞こえて来るのは、猛獣が漏らすような野太く大きな呼気。

 それは、もはや枯れた老人とは言えない生き物だった。


「ブー! ブフゥオー……フフォー…………」


「ウー……ウー……! じょ、じょーちょー!?」


 歪に全身を肥大化させた肉の塊が二体、星明りの下に頼りない足取りで歩いてくる。

 背中と肩の筋肉に頭部が埋もれ、はち切れた上着やズボンを四肢に纏わり付かせている町長。

 それよりやや小型ながら、左右の腕と脚をアンバランスに膨らませている狩人。

 その顔は、茫洋として明らかに正気を無くしていた。


「こ……こんなのゲームにあったっけ?」


「このジジイ、変身持ちか? それともミューテーション状態?」


 呆然と、現実逃避気味に呟く女戦士とジト目魔術士。

 ワールドリベレイターの劇中にも、NPCがモンスターに変身するというイベントは何度かあった。

 しかしそれは、こんな悪夢に出て来る様なおぞましい存在ではなかったはずである。

 ついさっきまでただの人間であったモノが、醜い本性を剥き出したかのような姿となり、女性陣は大なり小なり顔色を悪くしていた。


「うぐるぅ……ニクぅ……カワぁ……! ハダワダをぉ……えぐらせぇええええええええ!!」

「ぬぅッ!?」


 その女達を見て、町長らしきモノが脚をバタつかせながら突っ込んで来る。

 見た目に全くそぐわない速さに、反応できたのはゴーウェンだけだった。

 筋肉の塊へ真横から振るわれる、身の丈ほどもある鋼の大剣。それなりに切れ味も良く、ただ大きいだけの相手など一撃で叩き切る、はずだった。

 ところが、鋼の塊は町長の正面に食い込むに留まり、それどころか突進の圧力にゴーウェンの方が押される。


「ぅおおおお!?」

「オッサン!?」

「ゴーウェンさん!!?」


 悠午ほどじゃなくても怪力で鳴らした『断頭』が、そのまま壁に叩き付けられた。

 既にガタガタになっていた石組みの地下室が衝撃で崩れ始める。

 大男と大剣を振り落とした町長は、そこで偶然足に触れた道具を拾い上げた。

 一連の騒動で床に落ちていた、腑分けに使う骨鋸と大鋏だ。

 膨れ上がった巨体に比べてナイフのように小さく見えるが、少なくとも華奢な少女を解体するのに不足はなさそうだった。


「おおぎなニぎぅううう!!」


「一体どうなっている!? 魔法具でも使ったか!!?」

「フィア様はお退がりを!!」


 凶器を振り上げ襲いかかって来る町長を、青年剣士と禿頭傷の騎士が同時に迎え撃つ。

 手首を切り落とすつもりで剣を跳ね上げるふたりだが、その刃も腕の筋肉に食い込むだけで切断には至らなかった。


「なんッ…………!? こやつオーク以上、か!!?」

「グッ……ぉおおおお!?」


 しかも、片腕ずつ受け持つクロードとセントリオが、両手を使って押されている。

 広めに作ってある部屋と言っても、筋肉ダルマ二体に大の男ふたりが暴れ回るには狭過ぎた。

 どう動けば良いのか、こんな状況での立ち回りなんて教わってない、と混乱する小春だったが、その前に魔道姫が行動に出る。


「アイドネアクラウトオース……! ストレアート!」


 ほぼ崩れていた壁の石がひとりでに飛び上がると、町長だったモノに高速で多数直撃。

 クロードとゴーウェンへの圧力が弱まるが、筋肉町長は腕を振るいふたりを薙ぎ払った。

 抗い切れない豪腕に、成す術なく飛ばされる剣士と騎士。

 ここで、女戦士と町長との間がクリアになる。


「わ」


 呆然と見ていた小春は、ワンテンポ遅れて状況を把握していた。

 そして町長もまた、自分の前に立っている美女美少女の集団を見て、この上なく昂ぶる。


「ぉ……ぉお……おおおおおおおおお! なななないぞぅダダだ出したい! ムネとハラをきりきりきりさきぃいいいい!!!」


「イヤァアア! 猟奇殺人直前!?」

「ぶっ殺せ姫!!」


 膨れ上がった皮膚で顔の形は歪み、その真ん中に開いた穴から蛭のような長い舌が垂れ流されていた。

 そして、遂に嫌悪感を抑えきれなくなった女性陣は、悲鳴を上げながら全力で迎撃する。



クエストID-S056:バックグラウンドダーティーワーク 10/01 19時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ