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053:ダイナミックに過ぎる触れ合いサファリ

10日連続更新の5回目です。

.


 レーアの街から北へ一時間と少し歩き小川を越えると、付近の住民が燃料や食料を得る森が見えてくる。

 村瀬悠午(むらせゆうご)一行(パーティー)の8名、それにレーアを守る兵士70名は、その森を前に小休止を取っていた。

 ここに来た目的はもちろん、獣人討伐、と言う事になっている。


 兵士が木陰に腰を下ろしている一方、小袖袴の青年は腕組みして森の方向を窺っていた。

 時刻は昼前。最も日が高い時間帯。町長に依頼を受けた翌日となる。

 獣人は夜目が効く者が多いので、あえての昼の攻撃という作戦だ。

 そして依頼通り、基本的に兵士は森の包囲が使命であり、戦いの矢面に立つのは悠午ら冒険者となっている。


「森には中央から少し切り立った場所がある。森が濃くて日も届き辛い所だから隠れるにはもってこいさ。薪拾いのヤツや普通の狩人もそこまでは行かないしな」


 と、少し後ろで言うのは、案内役として付けられた冒険者の狩人だ。

 やや太目の男で、年齢は中年手前か。それ程上等ではない古い物だが、木材や革で出来た防具を身に着けている。

 先日のゴーウェンの話にも出た、町長がよく使うという地元の冒険者であった。

 どこか投げやりな印象のある男だ。


「厄介な魔物はいないが、ゴブリンくらいなら出るぞ。あいつらどこにでも住み着くからな。大丈夫かい?」


「大丈夫なんじゃないですかね。ヒドラまでならどうにかなります」


「おいおい冗談はやめてくれや……。もしかしたら、ケモノ頭の他にも運が悪けりゃハービルとかも相手するかもしれないんだぜ? 本当に大丈夫なんだろうな。俺が請け負ったのは案内だけだからな」


 森に潜むのは問題の獣人種だけではない。この世界にはヒトを襲うモンスターや、それ以外の野生動物も存在している。その境界は曖昧だが、ヒトの縄張りでない事だけは確かだ。

 そこに踏み込むのだから案内する方も命がけだが、肝心な主力の冒険者がどうにも頼りない、と感じてしまう狩人。ヒドラ云々は完全にジョークの類と思われていた。


 ビッパは森から南に大回りし、少し下った地形の麓に沿って戻って来た。鼻の良い獣人対策で、風下を通って来たと言う話だ。

 木の裏や茂みを常に遮蔽物にしていたので、合流の寸前までその姿を確認できなかった。


「森のど真ん中に崖みたいな所があるんだってさ。そこだった?」


「うんそこだね、30人以上で野営地みたいなの作ってたよ。完全に軍隊みたい。手強そう」


 ビッパは森の中を先行して偵察してきた。斥候職の御用である。

 その報告によると、獣人の集団は外からは見通しの効かない場所を選んで潜伏しているのだという。

 見た感じ統率が取れ、烏合の衆といった様子でもない。


 予想通りではあるが、獣人と話をするのは相当骨になりそうだった。


                       ◇


 一見人の良さそうな町長のアルマスだったが、探ってみると怪しいところがある。その裏に何があるかも、概ね読めてきた。

 とはいえ、獣人に街が脅かされているという話も間違ってはいないらしい。

 現状、町長が怪しいというだけで依頼を捨て置く判断も出来ず、また獣人の行動が意味不明という事もあり、討伐依頼に乗ってみる事にしたのだ。


「俺やクロードはともかく、女衆は大丈夫か? 獣人は怪物とは違うぞ」


「まぁ本人たちもやる気ですし……。向こうの大陸に行けば、この先いくらでもぶち当たりそうな場面でしょ? なら、今のうちに経験させておきたいと思ったんです」


「話は分かるが……危ないと思うがな。いざって時に殺せるのか?」


「そこも早めに自覚してもらうべきところですね。殺せないなら殺せないで、やり方を考えさせないと」


「『やるなら殺せ』、ってお前さん教えているだろう」


「定石で言うとそうです」


 薄く笑って言う悠午に、ゴーウェンは呆れたように溜息を吐く。相変わらず甘いのかエグいのかよく分からない。

 どんな理由があろうと、ヒト種族の陣営と敵対している獣人種と接触するのは危険を伴う行為だ。戦闘になるのは避けられまいが、それ自体は目的でもない。

 そんな面倒な所に、修行だからと素人に毛が生えた程度の少女達を連れて行くとは。

 フォローはするし、この程度で尻込みしてしまっては困る、と悠午は言うが、ゴーウェンとしては少女たちに同情せざるを得なかった。


「こっちはケモノ頭を逃がすなと言われてるが、本当に連中の相手はあんたらに任せていいのか? あんたらが全滅した後にこっちに面倒が回ってくるのは御免だ」


「心配なら森の外で待っていてもらっていいですよ」


 兵士の隊長格、面長の男は、怪しげな物を見る目で言う。町長から実力の程は聞いているものの、いまいち悠午たちを信用出来ていないらしい。

 街の治安に関わる事なので付いて来るのは止むを得ないにしても、悠午としては遠くに離れていてくれた方がありがたいのだが。


 30分ほどの小休止を終えると、悠午の一行と兵士の一団は鬱蒼とした獣道から森へ入る。

 特に風向きなどは考慮していないので、獣人の見張役には間も無く接近に気付かれるだろう。

 斥候職のビッパはいつの間にか消え、四列縦隊で慎重に前進する兵士の一方、悠午らは普通に歩みを進めている。


「大丈夫かなぁ……獣人って結構やりにくいよ? 何も出来ないでやられる、って事もゲームじゃ結構あったのに…………」


「それは小春姉さん次第じゃないかな」


 いつもと違いどこか素っ気ない年下師匠の態度に、小春は不安を募らせる。

 今回はできる限り自分の力でやってみろ、と言われているので、つまりそういう事なのだろうが。

 正直、めちゃくちゃ不安だ。

 ゲームと違い、この世界ではまだ獣人に出くわした事がない。

 モンスターと違う、ヒト種やプレイヤー同様に「考える」生き物。

 それ(・・)と相対するその時が、色々な意味で恐ろしいのだ。

 ゴーウェンやビッパ、セントリオといった実戦慣れした者以外は、似たような心境である。


 15分も歩くと、少し前を行くビッパから合図が来た。

 それから間も無く、森が奥の方からざわめいてくる。何かが動いている気配だ。


「来るな」


「総員構え! コーザは半数を率いて右から回り込み後方を押さえろ! ケモノ頭どもを包囲するんだ! 頼んだぞ冒険者!!」


「へいへい、それじゃ……みんな打ち合わせ通りによろしく」


 ゴーウェンが呟き大剣を抜くと、それを見た兵士が左右に散開して行った。

 場の緊張が一気に高まる。

 女性陣の方は頭が切り替わらずにうろたえていたが、


「ガァアアウ!!」

「ふぅあッッ!!」


 そこへ、突風のような勢いで獣人が飛び掛り、正面にいた悠午が叩き返した。


 激突の衝撃波で果菜実と朱美がひっくり返る。

 殴り飛ばされ、蹴飛ばされた獣人三名だったが、それに怯んだ様子もなく第二波が突っ込んで来た。

 今度は最前面にいる小袖袴の青年を迂回し、直接後衛を襲う動きだ。

 まるで本物のケモノのように姿勢も低く地を走り、しかし革鎧や剣で武装している戦士が弱い獲物を狩ろうとするが、その前に分厚い壁が立ち塞がる。


「そおらッッ!!」

「シッ!!」

「だぁああああ!!」


 豪快に振り下ろされる、身の丈ほどもある大剣。鋭く突き込まれたショートソードが獣人の剣を受け止め、あるいは超重量級の斧槍(ハルバード)が数人をまとめて薙ぎ払った。


「このッ……喰らえやサーマルホーミング!」


 サーマルホーミング、熟練度(レベル)30。

 中~遠距離単体、熱弾追尾攻撃(火属性)、温度差の高い対象を補足し攻撃、INTとMND値で射出数と追尾性能が変動。


 中盤の守り、ゴーウェン、クロード、セントリオ、それに小春が獣人を迎え撃った所で、小夜子が魔法スキルを発動。前後左右に火を噴き軌道を変える炎の塊が、5人の獣人目掛け飛んで行く。


「――――――――エウランエランエラエクサンティア……レスペランツァ」


 続けて、魔道姫マキアスが魔杖を掲げ高らかに唄い上げると、光の矢が飛び獣人の間近に着弾、地面や大木を大きく抉った。


「NPCのユニークスキルか!? ……いいなぁ!」


 プレイヤーのスキルよりよほど魔法らしい現象を目にし、ジト目魔術士が何やら物欲しそうな顔をしていた。オーク戦の時もそうだが、思うところがあるらしい。


 三人が倒され、他の獣人達は身を翻し距離を取る。魔法スキルやゴーウェンらからの追撃も凌がれていた。

 動揺も見られない。明らかにひとりひとりが熟練の戦士だ。


「……こりゃ街の兵士にゃ荷が重いな。精鋭だ」


「ありがたい事ですね。シャドウガストと違って話も通じそうだし」


 見ると、獣人にも様々な姿の者がいた。

 イヌやオオカミやクマ、あるいはトラなどのような頭で、腕や首周りからは大量の毛がはみ出している。

 しかし、一様にヒトと同じく二足歩行で直立し、服や防具を装備し武器を構えていた。

 一瞬の交差だったが、身体能力の高さは十分実証済み。加えて闘争心も高く、牙を剥いて唸り声をあげていた。


 一方、左右の手の平を組んで筋を解し、首を回す余裕な様子の悠午。ゴーウェンも落ち着いている。

 頼もしくもあるし付いて来るのを決めたのは小春自身だが、それでもどうか自分も同列に考えられませんように、と願わずにはいられなかった。手遅れだが。


「グルル……あの長、事もあろうにプレイヤーを差し向けて来たか!」

「構わん! プレイヤーの力などまやかし! 引き裂いて送り返してやればいい!!」

「ついでだ、手足を砕いてから仲間をどこへ連れて行ったか聞き出す」

「虐殺された女子供の無念、ここで晴らすべし!!」


 殺気立つ獣人たちは、再び姿勢を低く突っ込んで来た。

 木々の間を走り側面に回り込もうとするイヌ科に、斜面を駆け下り正面から攻めて来るネコ科、後方から足音を響かせ直進して来るクマ科、目立たないように茂みの陰を動くキツネ属。

 一瞬で目まぐるしく変化する戦場。

 ゴーウェンやセントリオは自ら前に出て相手の動きを制限する位置に付き、小春も心臓を爆動させながらそれに倣う。

 槍持ちや剣持ちの獣人が男ふたりに止められ、大ぶりな戦斧を持つ犬頭の獣人は自然と小春の受け持ちとなっていた。


「生ぬるいプレイヤーなど!!」

「ッ……集中すれば! 大丈夫!!」


 ゲームとは違うリアル獣人にビビるグラビア戦士だが、鉄火場にあって思い出すのは師匠の教えだ。

 その身体には、物理的に叩き込まれた戦う為の技術がある。

 柄の中心で斧槍(ハルバード)を回す小春は、その軌道を身体ごと振り回し自分の頭上に持っていき、十分な遠心力をかけ獣人へと振り下ろした。長柄の武器をコンパクトに取り回しながら、相手を寄せ付けず攻撃へ繋げる、悠午から教えられ身に付けた攻防一体の動きである。

 想定された通り、小春へ近づけなかった戦斧持ちの獣人は、叩き付ける斧槍(ハルバード)の一撃から距離を取って逃げていた。

 そして今度は小春の方から一気に踏み込む。斧を振り下ろした体勢より、身体を軸に回転しながら斬り上げる螺旋の動き。

 隙を突いて一撃しようとした獣人は、斧を弾かれたたらを踏む。


「グルゥ!? コイツ――――――――!!?」


 獣人の戦斧と斧槍(ハルバード)が火花を散らした。

 外から見ると見事に渡り合っているが、小春本人は無我夢中だ。相手が師匠以下だからこそどうにかなっているが。


「ふぬっ!!」


 戦斧の軌道を見極め、力任せに跳ね上げる。

 高速の足運びが地面を抉り、真横から振り抜かれる斧槍(ハルバード)を獣人は跳んでかわした。

 身動きの取れない状態で跳ぶのは悪手。

 こう散々言い聞かされてきた女戦士は、半ば無意識に斧槍(ハルバード)を引き付け身体ごと回転すると、斜め上から叩き付ける斬撃に変化させた。

 ところが、獣人は空中で身を捻って見せると、紙一重で攻撃を回避しつつ小春へ斧を振り下ろす。


「づッ――――――――!!?」

「ガァ!!」


 今度は小春が柄の方で斧を叩き返し、ギリギリで防御。パワーで押し返された獣人が、地面を擦りながら忌々しげに顔を歪めて吼えた。

 ありえない体勢からの回避と、力任せで強引な迎撃。デタラメはお互い様である。


「ハハッ! どうかと思ったが、なかなかじゃないかコハルの嬢ちゃん! 心配要らなかったか」


 3人同時に相手取るゴーウェンは、小春の戦い振りに素直な賛辞を上げていた。

 何人もの戦士と立ち合ってきたゴーウェンから見ても、小春が相手にしている獣人はそれなりの強者だ。

 それと五分に打ち合うとは。最初の素人具合を見ていれば驚異的な成長と言える。

 つまりそれだけ締め上げられているという意味であり、やや哀れだった。


 前衛組が守っている一方で、魔法職の後衛組も応戦中だ。

 しかしこちらは、善戦する女戦士と違い苦戦している。

 獣人側の魔法使いに翻弄されている為だ。


「幻覚ウゼェ!? カナミンか奥さん、エッセンスポッター使え!」


「本来は悪霊除けの魔術だけど、精霊の動きを妨げられるかも……。ナーダラナーダナエスエリムスエルリアス、トゥラバプラベニーア」


 ジト目魔術士が一帯に熱波の魔法スキルを放つが、敵の姿は影も残さず消え去ってしまう。獣人の戦士と思われたモノは、実体の無い虚像だった。

 それに紛れて本物も襲って来るので、たかが幻と油断もできない。

 本物の獣人とクロードが打ち合い、ギリギリ競り勝ち打ち払う。

 セントリオは即追い打とうとするが、その獣人の姿が二重三重にブレると、数を増やし散開していった。

 ジト目魔術士が出の早いスキルを連発するが、獣人本来の素早さもあって中てられない。

 法術士ふたりは、特殊効果無効化スキルで対抗を試みる。


 エッセンスポッター、熟練度(レベル)25。

 近~中距離直線、魔術効果消失(光属性)、対象と術者の熟練度差により成功率が変動する。


 杖を向けると、術者の一直線上にある幻影がかき消された。

 ところが、獣人の虚像が増える速度の方が早い。


「これ元凶を倒さんと終わらないヤツだ! ヒートショック・クラッカー!!」


 目に付いた獣人に魔法スキルをぶっ放すジト目だが、やはりハズレだった。

 魔道姫が炎のムチを振るい、禿頭傷の騎士や冒険者の大男が敵を薙ぎ倒す。

 小夜子としては、何とか敵の術者を倒して邪魔な幻術を止めたいところ。

 だが、敵の攻撃は間断なく、迎撃するので手一杯だ。

 これはヘタすると、ジリ貧消耗戦のまま打開策無く力尽きるゲームでもよくあったパターン、


 と思われたが。


「キャウ!?」

「ほいみーっけた」


 そこを簡単に引っ繰り返したのは、今まで姿を消していたビッパだった。

 前触れ無く木の幹から吊り下げられたのは、鎧ではなくローブを身に付けたキツネ顔の獣人だ。装備から見て魔法職らしい。

 吊り下げているのは、ビッパの用いる細く頑丈な糸だ。小春の体重を支えられるほどだが、素材は不明。

 同時に、獣人を何倍にも増やしていた幻影も消え失せる。


「メイラ!?」

「いかんシャーマンをやられた!」

「構わぬ! ヤツラは疲れている、一気にトドメを刺せ!!」


 一瞬だけ動揺を見せた獣人だが、戦意は衰えず前衛に突撃。

 これまでに倍する勢いで攻めて来た。


 しかし、それも長くは持たず。

 幻影の支援が無い並の獣人ではゴーウェンの相手にならず、大剣の一振りで一気に5人が吹き飛ばされた。

 ビッパの糸で雁字搦めにされる獣人も、ふたり。

 何より、主力と群れのリーダーであった獣人たちが、いつの間にか悠午に一掃されていたりする。

 逃げようとする者達も、既に兵士により森が包囲されている上に、戦力激減とあっては突破すらままならない。


 こうして、終わってみれば圧倒的だった。

 潜伏していた獣人部隊は全滅、依頼は完遂された。

 小袖袴のバケモノは言うに及ばず、ゴーウェンは当然にしてもクロードやセントリオ、それにビッパまでもが危なげなく立ち回っていたように見える。

 スピードファイター型の獣人と打ち合っていた小春は、最後まで押し切れなかった。相手が退いてホッとしている一方、少し複雑そうだ。

 グッタリして達成感も何も無い魔法職4人よりはマシだったろうが。



クエストID-S054:夜行性ストレンジャーズ 09/29 19時に更新します。

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