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051:狩り場と獲物の相関関係

10日連続更新の3回目です。

.


 トドメはあまりにも執拗であった。

 もはや立ち上がる力も無いというのに、凶悪な力が籠る切っ先が、その肉体に突き刺さる。

 急所を抉られた者は、肺腑の奥から苦痛の呻きを搾り出されていた。


「くんッ――――――――ぅフウ~~~~ン!!」


 鼻にかかった声だが、コレで本人は地獄を見ていたりする。


 ところは、アストラ国南部の都市トアトランにある宿屋の一室。

 より正確には、室内に置かれた古代神器(アーティファクト)、ヒトを小さくして取り込む人形の館(ドールハウス)の中にある一室だった。

 ここで、うつ伏せに寝そべる美貌の女戦士が、小袖を(たすき)がけにした少年に指圧マッサージを受けていたのである。


「ぅ……っぐぅうううふぅううう!? フヒッ!? んぉおおおおお!!?」


 背筋の脇にあるツボを一番ヤバイ角度で圧され、姫城小春(ひめしろこはる)は品の無い悲鳴を上げていた。

 物凄く痛いのだが、疲弊しきってロクに身体が動かないので、四肢をビクビク痙攣させながらアヘ顔で白目を剥く事だけが今の小春に出来る全てだ。

 こうして修練後にはマッサージを受けるのだが、なにせ師匠である村瀬悠午(むらせゆうご)は秘孔と解剖学に通じた武道家。

 効き目しかない指圧は肉体の疲労を強制的に回復させ、激痛で失神しても翌朝には快適な目覚めを約束する酷い仕様だった。


「んあッ!? ヤァあああそれダメ深すぎぃいいい!!」


 腰のツボに信じられないほど指先が食い込み、小春はシーツを握り締めて悶絶する。痛いやら怖いやらだが逃げる事もできず、半分ほど嬲り殺しのような有様の末に気絶させられていた。

 この後、筋肉部分も揉みほぐせば完了である。

 効率重視とはいえ、やってる本人としても悪い事をしている気がしなくもない。


「ひグゥ!? ひッ! ひぬぅ! ひんじゃうぅううう!!?」


 こうして、隣室の者を勘違いさせる行為に没頭してから、悠午は情事の後の女を置き去りにするが如く部屋を出る。いやだから誤解なのだが。

 向かう先はドールハウス一階部分にある浴場だ。

 依存するのはどうかと思うが、せっかくある風呂なのだから悠午だって使いたい。街中では穴掘ってお湯を張るワケにもいかないし。

 時刻は夜半を回っており、女性陣も既に入浴を終えたと思われる。ベッドで半分死体と化している小春以外は。


「あ゛ー……やれやれだな…………」


 体力制限とか無い悠午であっても、精神的には消耗する。壊れ物のような女性を金床の鉄の如く扱うとなると、特にだ。

 スタート時点よりは大分マシになったとはいえ、身体の動かし方、立ち回り方、攻撃の組み立て方と、小春には今も問題山盛り。レベルアップでいきなり倍以上になったステータス補正も、バランスという点で足を引っ張る有様。


(勇者様やらレイさんやらはどうしてんのかねぇ…………)


 他の高レベルプレイヤーは、ステータス補正に悩まされたりしないのだろうかと。

 ヒドラ退治で共闘したパーティー、ロールプレイ・スクアッドとはリットの町で別れた。

 パーティーリーダーのレイモンド=トループは、本来支援職である遠距離攻撃系のロールでステータス補正を伸ばし、かつ強力な飛び道具を用いるという独自のスタイルを構築しているらしい。

 要するに、元の世界の銃火器を用いた戦闘方法をそのまま持ち込んだのだ。

 その戦闘力は流石プレイヤーのナンバー2とも呼び声高い人物だが、それも本人が現役の特殊部隊員であり、自らの戦術が明確だったからこそのスタイルとも言えるだろう。


 大半のプレイヤーは、小春同様この世界に入り込むまでは、ただの一般人である。ステータス補正やスキルを十全に使いこなしている人間など、現状ほとんど見当たらない。

 とりあえず武器だけ与えて戦場に放り込む少年兵が如きシステムに、改めてこの件について考えさせられる。

 これだけロールだレベルだスキルだとシステムが整えられている以上、自然現象などではなく何かしらの明確な意思が働いているのは明らかだ。

 ならば、これをお膳立てしたのは悠午にも心当たりがある超常存在か、あるいはこの世界における女神などの神性か。


 もうちょっと、他のプレイヤーから情報を集める伝など出来ないもんか。

 レイモンドとは組合(ギルド)を通して連絡を取り合うと約束したが、どうせならもっと広域から情報を得るネットワークが欲しい。

 そんな事を、湯に潜りブクブクやりながら思っていると、


 隣にある脱衣所からヒトの気配が。


「おや?」


 それが誰かを察知した瞬間、悠午は2秒で腰にタオルを巻き浴場を出て正面突破をかける。何せ他に出口が無かったもので。


 脱衣所では、隠れ目法術士の久島果菜実(ひさしまかなみ)が今まさにローブを脱いだところだった。

 しかし、その下が脱げない。

 服の裾に手をかけたまま、顔色を赤くしたり青くしたり、プルプルと震えていた。

 そんな所へ腰に一枚巻いただけの少年が突然現れ、隠れ目少女が小さく悲鳴を上げる。


 悠午が迷わず出て行ったのも、浴場でネイキッドなエンカウントをするより遥かにマシだと判断しての行動だった。

 これもダメージコントロールである。

 何せ、実家でも一時期風呂を襲撃される事が多かったので、今回は手遅れにならず悠午もホッとしていた。


「ゴメン久島さん、入ってた。てかオレ以外にも先客がいるかもしれないから、お風呂入る時は気を付けてね」


「ひゃ……ひゃい!?」


 軽く注意する悠午は、強引に水“気”を飛ばして小袖袴を持つと脱衣所を出た。

 その時の隠れ目少女の心境は、非常に複雑な事になっていたりする。

 悠午は果菜実が不可抗力で入って来たと思っているが、実際のところは違うのだ。

 これは、自爆覚悟の乙女の特攻である。


 何でまた人一倍肝の小さな隠れ目少女が、そんな似合わないセクシャルテロを敢行したのか。

 一言でいうと、仲間のジト目に教唆(そそのか)された為であった。

 そもそも、裸で迫るのと秘伝の伝授が結びつくのか、隠れ目少女には甚だ疑問だ。

 どうせ他に方法も思い付かないし色仕掛けでもやってみろ、なんて雑な理由で仲間を送り込む御子柴小夜子(みこしばさよこ)は控えめに言ってゲスである。どうせ上手くいくなんて思っていないのに、無垢な乙女を捨て駒にするとか。

 ただ、現状よりもう少し仲良くなっておけば、悠午の態度も変わってくるのではないか。その程度の考えだ。


 ところが、果菜実は思うところあって、この無謀極まる試みに乗った。

 あの少年が色仕掛けで大事な事を話したりするものか、とハッキリそう言えなかったのも、計画を実行する事になった原因だが。

 でも、これは切欠だと思ったのだ。

 少なくとも小夜子の旗振りなら、それ以上変な勘繰りをされる事なく悠午に近づける。

 最近は、小春やフィアと悠午が一緒にいる時間が多くなった。

 変な事はしていない、修行の為だと分かっているが、オッパイの大きな美女ふたりに懇切丁寧手取り足取り(果菜実主観)しているかと思うと、乙女の心中穏やかならざるのもまた事実。

 ましてや、小春の部屋から夜毎艶かしい声が漏れてくるとなると、尚更。

 自分だけ出遅れている感が凄いのだ。この上、旅で置いていかれるとか想像するのも耐えられない。


 かような精神的紆余曲折を経た結果が、風呂場への特攻であった。大分斜め方向に突っ走った気がしなくもない。

 ジト目も実際にやるとは思っていなかったし、異性と付き合った事の無い引っ込み思案の少女の暴走以外の何物でもないだろう。漫画知識を実践してはいけません。

 それも不発に終わったが、今となってはホッとしたやら残念やら。

 一方で、着痩せする逞しい体躯の少年が風呂上りでびしょ濡れとか大変良いものを目撃してしまい、興奮と罪悪感でしばし悶えていた。


                        ◇


 トアトランの街を出て3日後、一行(パーティー)はアストラからナイトレア国に入っていた。

 国境に設けられた関所を越える際には、それなりに手続きが必要だった。隣国への備えと言うより、戦争中故の警戒態勢らしい。

 それも、フィアがその場で書いた書状により、最優先で通過が許されている。

 とはいえ、アストラ側からナイトレア方面は、それほど通行も厳しくないらしい。逆は、厳重に身元や種族を調べられると言うが。


「もともとアルギメスは島国という事もあり、ふたつの大陸の種族が入り混じる土地柄であった。10年以上前は比較的大らかだったが、白の大陸の連中が攻めて来て一時は全土を奪われるところだったのだ。

 今は北岸付近まで押し返したというが、その前にこのナイトレアまで入り込んだ連中も多いと聞く」


 と説明するのは、アストラ国の騎士、オゼ=セントリオだ。

 アルギメスにある自国の陣地に向かう最中で、悠午やゴーウェンを戦争に巻き込もうと画策している。

 本来はユラン=パンドルフ男爵など6人とそれぞれの従者を加えて向かっていたが、リットの町でパンドルフは問題を起こし、今は上役のパーリナント侯爵へ弁解しに走っていると思われる。他4人も、それに付いてもと来た道を引き返していた。

 今となっては、セントリオには重要度の低い事である。

 然るべき筋に便りは出したし、騎士として参陣を急ぐ方が大事だ。パンドルフは自分を処罰する動きが出る前に手を打ちたいと考えているようだが。


「多少遠回りになっても、大きな街道を通りフートン港に向かう方が良いだろう。どこにケモノ頭どもが潜んでいるか分からんからな」


「『ケモノ頭』?」


「獣人種です。白の大陸では最大の勢力で、エルフに次ぐ地位にあります」


 国境最寄りの村で小休止を取る一行は、ここで今後のルートを打ち合わせる。

 ナイトレアにおける目的地は、アルギメスへ渡る港町、『フートン』となる予定だ。

 ただ、前線ほどではないがナイトレア国内にも敵勢力が入り込んでおり、僻地などでは遭遇もあり得るという話だった。

 セントリオとクロードが言うには、特に獣人という種族が潜伏しているらしい。


「モンスターとは……違うんですよね? 仮に出くわしたらどうするの?」


「敵である事に違いはない」


「獣人は小細工してくるんだよなー……。やり難そうだし」


「まぁこっちに乗り込んで来ているワケだしな。向こうも見逃して貰えるとは思っていないだろう」


 この世界においては、獣人もヒトと同じ知恵と意志を持つ生き物だ。本能のまま襲い掛かってくるモンスターとは異なる。

 その対応はどうすればいいのか悠午が問うと、温度差はあるが禿頭傷の騎士もジト目プレイヤーもベテラン冒険者も、交戦が想定されるという意見で一致していた。


「でも……大きな町の近くなら大丈夫なんでしょ?」


 恐る恐る希望を口にするヘタレ女戦士。

 無論、戦闘を回避できればそれに越した事は無い。

 だが、備えておかなければ生きていけないのが世の中である。

 これまでの経緯から言っても、何事もなくナイトレアを抜けられるとは誰も思っていなかった。


                         ◇


 ナイトレア国境から港街のフートンは、最短距離を取った場合西南西へと向かう事になる。

 しかし治安の良い大きな街や街道を通ろうと思うと、一旦首都のある真南へ下りある程度進んでから、西へ向かうのが最良となっていた。

 途中立ち寄る町などでは、武装した険呑な雰囲気の集団が目立つ。揃えの武器と防具を身に着けた者達がいれば、全くバラバラで統一感の無い者達もいる。

 また、それが馴染んでいる者とコスプレ感が拭えない者の二種類が見られた。異邦人(プレイヤー)と、この世界本来の住人の違いだろう。


「戦場帰りとこれから乗り込むヤツだろうな。迷宮が目当てのヤツもいるだろうが」


「そういや迷宮があるって言ってましたっけか。女神様とやらが不発だったら、行ってみる事もあるのかねぇ……」


「『シーレン古道』とか『キウン遺跡』とか稼ぎに効率いいんだけどー…………?」


 徐々にキナ臭くなる戦場の空気は、ゴーウェンなどには馴染んだものだ。慣れない雰囲気に中てられたクロードは落ち着かない様子。

 今まで散々方便として使っていた悠午は、迷宮(メイズ)に多少の興味を惹かれていた。元来物見高い性格しているので。

 とはいえ、これ以上道草を食うと帰還まで何年かかるか分かったものではないので、それとない小夜子の誘いも却下するが。


 首都に用は無いので、女戦士の曳く奇妙な馬車は途中で西へと街道を折れる。

 そこからまた数日を経て『レーア』という比較的整備された街に入るのだが、その雰囲気は今までの街とは大分違った。


「待て待て待て! 何者だ!? この街に何をしに来た!?」

「全員顔を見せろ! ケモノ頭なんて混ざってないだろうな!? というか何でヒトが馬車を…………」


 まず、街の入り口で殺気だった兵士に止められる。人力馬車が違う方向に只事ではない感を醸し出していたが。

 何事かと身構える一同だったが、人形の館(ドールハウス)内にいた以外の面子を確かめた兵士は、すぐに警戒を解いていた。


「どうしたんだ、アルギメスが近いにしても穏やかじゃないが」


「すまんな、3~4日前にケモノ頭に襲われたばかりなんだよ。それからご覧の通りなのさ」


「ケモノどもが街に入り込み食べ物や武器を奪って、知り合いの兵士も殺されちまった……。お前らは関係ないだろうな?」


 ゴーウェンが聞いたところによると、レーアの街は4日前の夜半から翌朝にかけて、獣人の集団に襲撃されたとの事。

 それから、近隣の町村からも応援を呼び警備を厳重にしているのだと言う。


「少し妙だな……こんな人通りの多い所をわざわざ襲うのか? よほど強気なのか、何か危険を冒す理由があるのか…………」


「ケモノ頭が何を考えているかなど分からんよ。知恵はあるが、文字通りケモノに毛が生えた程度であるからな」


 街道上でそれなりに規模がある街というのは、ヒトの出入りが多くなるので必然的に日頃から守りも固められる。当然治安も良く、野党の類も近づいたりしない。割に合わないし、他にいくらでも狙いどころはあるからだ。

 つまり、レーアの街も襲撃するには向かない場所という事になる。

 にもかかわらず、獣人は兵士と衝突する危険を冒して、街中にまで侵入してきたという。

 禿頭傷の騎士は深い意味など無いと言うが、ゴーウェンとしては腑に落ちない思いだった。

 獣人の事は知っている。確かに直情的で考え無しの行動は目立つが、同時に優秀な戦士の集団でもあるのだ。

 ましてやこんな内陸に入り込む手合いが、何の意味もなく人里を襲うなどという事があるだろうかと。


 釈然としないものを覚えるゴーウェンだったが、既に兵士が大量に詰めている以上、自分に出来るのはいつ面倒が起こっても対応できるよう構えておく事だけだった。


                        ◇


 半分忘れていたが、悠午はこの世界に来て間も無く冒険者組合(ギルド)に加入していた。レキュランサス東町の組合(ギルド)長に勧められての事である。

 この世界を旅する上で役に立つだろう、と言われていたが、残念な事に現状ではそれほど利点を感じない。組合(ギルド)からは面倒ばかり振られている気がする。

 とはいえ、いち構成員である以上、立ち寄った街の組合(ギルド)に顔を出すくらいはしておいた方が良い、というのはベテラン冒険者ゴーウェンの言。

 また組合(ギルド)には情報も集まるので、この街やアルギメス方面の事で何か分からないか聞きに行く事とした。


「『神撃』のユーゴ様、本部より通知が回って来ておりますよ。おめでとうございます、ランクBへ昇格となりました。この短期間で最低ランクから一気にここまで上がるなんて、聞いたことありませんよ」


 その受付にて、髪が外跳ねしている素朴な女性から聞かされたお知らせ。

 特に気にしていなかった冒険者のランクが、いつの間にか加入直後の『E』から『B』になっていた。

 ランク『A』のベテラン冒険者が言うには、『E』が雑用、『D』がとりあえず冒険者、『C』は戦力として数えられる程度で、『B』となれば一流どころ、『A』は名が売れている特別な冒険者という格付けになるらしい。

 ちなみに、ランク『S』も存在するらしいが、ここは実力だけではなく政治的背景も絡んでくるのだとか。王の直臣待遇というのだから、さもありなんと言うところであろう。間違ってもそんな物なりたくないとゴーウェンは言うが。


「つまりー……シャドウガストとヒドラの件で三階級特進って事ですかね」


「一気に3つも上がるなんざ聞いたことも無いが……まぁ実力からすると順当か? 『神撃』のふたつ名といい、完全にギルドに目を付けられたな」


「その渾名、やめてくれないかなぁ……」


 悠午もゴーウェン同様、『S』でなければランクなんてどうでも良いという感想。ランクは実力の目安で、斡旋される仕事の難易度や報酬にも関わるので、高い事に越した事はないらしいが。

 それよりも、『神撃』という呼び名をどうにかして欲しい繊細なお年頃の少年である。



クエストID-S052:薄氷下ブラッドプール 09/27 19時に更新します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いくらなんでも市松人形がウザすぎる。途中で良いところ出てくるかと思って物語自体は面白いから読んでたけどここで離脱。 主人公も裏の世界で生きてきた割には甘過ぎるし中途半端。魅力0。
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