005:古参組合のビッグボス
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異邦人の山岳神殿。
その麓にある街『レキュランサス』は、全ての『ワールドリベレイター』プレイヤーにとって、始まりの街と言って過言ではない。
ヒト種族圏最大の国家『アストラ』の中でも、王都を除いて一位二位を争う規模の都市。
ゲームに初めてログインしたプレイヤーは、例外なく山岳神殿の『誘いの間』に出現する事になる。
その為、神殿を出て間もなく訪れる事になる『レキュランサス』は、プレイヤー最大の拠点となっていた。
ゲームの設定としては、少し珍しい作りかもしれない。
◇
夕刻の鐘が鳴り、熟れた果実のように真っ赤な太陽が山の稜線へ消えようとしていた。
多くの店が閉まる一方、この時間から開けるような店も沢山ある。
『レキュランサス』は不夜城だ。
かつては、そして他の町や村と同様、この都市も太陽と共に目覚め、太陽と共に休む生活を営んでいた。
だが、プレイヤー人口の増加により市場ニーズが変わり、24時間どこかしらの商店が営業するようになっていた。
そんなレキュランサスの繁栄は、中央の本部と東西の支部、3ヶ所もある冒険者組合によって支えられている。
害獣の駆除や野生動物の狩猟、危険な場所の探索や希少な素材の捜索、要人や商隊の護衛と、これらに共通するのは、武力を必要とする事だろう。
こういった仕事が組合を通して冒険者に依頼され、報酬として大金が支払われる。
冒険者組合はある程度の規模がある街ならどこでも存在しているが、レキュランサスは冒険者の、あるいはプレイヤーの聖地故に、集まって来る依頼は数も質も他とはケタ違いだった。
そして、多額の報酬を手に入れた冒険者のサイフを狙い、世界各地から選りすぐりのアイテムが集まって来る。
ドワーフの名工による武器や防具、エルフの霊薬、特殊な力を持つマジックアイテム、古代神器とも呼ばれる『アーティファクト』。
力ある所に富は集まり、冒険者はネズミ車のように巨大な経済を回し続けるのだ。
が、大した力の無い弱小パーティーだと、あまり関係ない話だというのも事実。
世界各地にある冒険者組合には、基本的に優劣というモノは無い。
ここレキュランサスには本部が存在するが、建物が大きく依頼が集まり易いというだけで、特別な権限があるワケでもない。
創設以来冒険者組合は、冒険者への仕事の斡旋と依頼の仲介、その為の支援を行うだけの組織として活動を行ってきた。
しかし、レキュランサスには冒険者組合の建物が3つある。
これも、本来は冒険者の多さと街の規模から業務を分散したに過ぎなかったが、時間と共に自然と新たな意味付けが成されるようになって来た。
レキュランサス東地区の裏通りにある冒険者組合は、かつての本部であり、街で最も古い組合施設であった。
だが今では、単なる古くて小さな組合の建物に過ぎない。
夕刻は冒険者が一日の上がりを求めてそれなりに込み合う時間なのだが、他2カ所の冒険者組合と違い、ここ東地区の組合に冒険者はいなかった。
バーに置かれるようなカウンターにいるのは、口ヒゲを生やした恰幅の良い中年のオヤジがひとり。
唯一の職員であり支部長でもあるオヤジは、干し肉をツマミに軽い果実酒を飲みながら、今日はもう店仕舞いするかと考えていた。
そんな所で、組合の扉が開かれる。
「こんにちわー」
「おっさん、もう飲んでんの?」
「お……じゃましま、す」
入って来た小娘3人を一瞥し、オヤジはツマらなそうに溜息をついていた。
「なんだ、プレイヤーの嬢ちゃん達か……。収穫は――――――――おう?」
戦士とは思えない程の美貌を持つ頼りない女戦士、姫城小春。
上品な外見と性格が乖離しているジト目の魔術士、御子柴小夜子。
伏せ目がちで他のふたりの陰に隠れるようにしている法術士、久島香菜実。
ここ最近の常連であるプレイヤー達だが、今日はもうひとり、見覚えの無い青年の姿があった。
「おお、依頼の獲物も持って来たようだな。今日は氷漬けじゃないようだが、血抜きはしてあるのか?」
「はい、大丈夫です」
組合のオヤジが頭を振ってカウンターの上を示すと、子供ほどの大きさがある3体の動物を、青年がその上に乗せる。
自信を見せる女戦士だが、血抜きをしたのは3人の淑女の内の誰でもなかった。
「で、こっちは?」
今日までの付き合いで、組合のオヤジもその事を察していた。
この青年が血抜きをしたであろう事は容易に想像出来る。
ちなみに、狩猟採取後は速やかに血を抜かないと、血液の酸化で肉質が落ちるので注意。
「どうも、村瀬悠午です」
「『ムラセユーゴ』…………その名前、プレイヤーか?」
「さぁ、そこんところはよくわかんないです」
自己紹介する変わった格好の青年を、組合の所長が上から下まで興味深そうに眺める。
若いだけではなく、生命感に溢れた男だ。
背が高く、一見細身に見えるが、どっしりと構える姿勢から貧弱さは皆無。むしろ、雄大に身体を揺する巨獣を思わせる。
髪は深い焦げ茶に近い赤混じりの黒で、少し長め。それもあって、顔立ちは女のような優男だが、目の力は強く輝きは鋭い。
何より纏う空気からして、浮ついた他のプレイヤーとは根本から違っていた。
無論、小娘どもも含めて。
「なるほど……お前さん等に『シックルー』は少々荷が勝つと思っていたが、仕留めたのはそっちの兄ちゃんか」
「そう思ってたならそんな依頼勧めないで下さいよ!」
「割の良い仕事、と言ったのはお前さんらだぞ。危険が少なく高い報酬。シックルーは逃げ足は速いが凶暴な生き物じゃないからな。欲しがる人間も多いし良い値が付く」
本当の意味で冒険者と呼べる、ギリギリのランク『D』。
そんな小娘たちが金欠でピーピー言っているところに今回の仕事を紹介したのが、組合のオヤジだ。女戦士が不満を垂れるが、感謝して欲しいくらいである。
しかも、元からあった依頼ではない。オヤジが自分で作った依頼内容だった。獲物は後から自分がどこかへ卸に行くつもりだ。
一匹でも仕留めてくれば良し。ダメでも、オヤジが自分で出した依頼なので、ペナルティを付けずに済ませてやるつもりだった。
ところが結果は、大物が三体も。
ならば、一緒に来た精悍な青年の働きがあると推察するのは当然だ。
「ふむ……確かに血抜きは終っとるな。良い型だが……どう仕留めたんだコレは? 血抜きの穴はともかく、首が折れとるのか?」
良く肉の付いた獲物を矯めつ眇めつする組合のオヤジだったが、その傷の少なさに眉を顰める。
腕の良い冒険者や狩人は、徒に獲物を傷付けずに最低限の攻撃だけで仕留めるものだが、ハッキリ言ってプレイヤーにそういった繊細さは求められないのが常だった。
しかも、これだけではない。
「おっさん、おっさん」
「なんだ? お? おいこりゃ…………」
ジト目魔術士の少女が、カウンターの上に別の物を並べていくと、流石のオヤジも目を見張らざるを得なかった。
「ゼラチン核に……葉トカゲのタマゴか? こっちのビンの中身はフォレストレディの蜜か。よくこんな――――――――いや、そうか」
粘液状生物など魔法生物の形状を維持する、濁った半透明の小石のような結晶体。
真球に近い、茶色と白の斑になったピンポン玉サイズのタマゴ。
ヒトのシルエットに擬態した花のモンスターが湛える蜜。
いずれも手に入れるのは厄介とされる希少な採集素材だ。
少なくとも、山オオカミやゴブリン如きから這う這うの体で逃げ出す軟なプレイヤーに手に入れられる採集物ではなかった。
「これもそっちのにいちゃんか。やるじゃねぇか」
「ちょっとオッサン。あたし達が自力で取ったとは思わないんかい」
「…………ハッ!」
鼻で笑うオヤジに、一層やさぐれるジト目魔術士。
全くもって事実なだけに、余計に口惜しかった。
◇
悠午と小春たちの4人が、レキュランサスの冒険者組合に行く半日ほど前。
『シックルー』という地球上に存在しない生き物は、ウサギを大きく細身にしたとも、小型のカンガルーに白い毛を生やしたとも言えそうな見た目だった。
その肉質は淡白で柔らかく、丈夫で柔軟性のある革共々珍重されていた。
だが逃げ足は速く、深い森の中を右に左にと飛び回り、藪を飛び越え狩人の前から一瞬で走り去ってしまう。
性格は臆病だが、追い詰められると噛みつき、殴り、強力な脚で飛び蹴りもかまして来る、ある意味で非常に手強い獲物でもあった。
ところが胴着袴の青年、悠午は、特に立派な個体を3体、わざわざ選んで狩り獲って見せる。
足自慢の動物を、桁違いの速力で追いかけ簡単に捕まえると、間髪入れずに首に一撃。それっきり、逞しいシックルーは動かなくなってしまう。
それに、悠午には狩りの心得もあった。
「実家の裏山でイノシシとかクマとか結構出るんスよ」
出るのはそれだけではなかったが。
悠午は初めて見る動物ながらもあっさり太い血管を見付け出し、躊躇なくスッパリやってしまうと、獲物の血抜きも手早く済ませていた。
魚もさばけない小娘どもには真似できない手際である。
「な……なに者?」
「さ、さぁ…………」
手品のように植物の蔦でロープを作り出し、軽々と獲物を吊るして血を抜く黒い胴着袴の青年。
さっさと街とやらに帰る為、狩りを手伝う、と悠午が言い出し、僅か一時間。
この世界に来たばかりのプレイヤーとは思えない、人間離れしたスピードとパワーを見せる胴着袴の青年に、ジト目魔術士と女戦士は完全に言葉を無くしていた。
他のモンスターにも遭遇したが、ハイゴブリンを一蹴する実力者である。
肉を裂く爪を持ったケーケー鳥、糸を出して動きを止めに来るビッグキャタピラー、枯れ枝のような痩せハイエナの群れ、岩陰から奇襲して来た山オオカミなど相手になる筈もなく、実におざなりに蹴散らされていた。
戦闘にすらならない。
「このシックルーっての、何体くらい捕まえりゃ良いんスかね?」
「え!? ま、まぁ3匹もいれば良いんじゃない、かな?」
組合のオヤジは数など指定しておらず、グラビアアイドルの女戦士も悠午の手並みを前に、その辺を完全に失念していた。
「ユウタ君っつったっけ?」
「悠午っス」
「キミ、レベルいくつよ? こっち来たばっかって、マジで?」
「『レベル』とか言われてもなぁ…………」
地面に染み込む血から目を逸らしつつ、ジト目の魔術士が釈然としない顔で問う。
が、悠午には答えようがなく、獲物をぶら下げながら首を傾げるばかりだった。
通常、自分のステータスはシステムコンソールを呼び出して見に行けるが、悠午はそのシステムが使えないのだから。
「最初からレベルが高い? それとも、レベル1なのにメチャクチャステータスが高いとか?」
「んー……かなみん、『アナライザー』まだ使えなかったっけか?」
「え……!? う、うん、まだ…………」
ジト目魔術士の言う『アナライザー』とは、対象となる相手のレベルや体力、魔力、各種ステータスを知る事が出来る法術士の支援魔法だ。
問題はふたつ。
ひとつは、下位の支援魔法故に、力量が上の相手だと、ほとんどの項目が確認出来ない事。
もうひとつは、レベル9の法術士である久島香菜実には、取得出来ない魔法だという事だった。
更に上位の解析魔法もあるのが、実際のところ悠午の問題は、レベル以前のモノであると思われる。
なお、ハンターやレンジャーの技能でも同様の事は可能である。
「オレの『レベル』とやらってそんなに重要? それよりコレ、持って帰らないんですか?」
悠午としては、相変わらず自分の置かれた状況もよく分かっていないので、さっさと街なり落ち付ける場所なりに行きたいところ。
思考は常にシンプルに、だ。
「そうね、日が沈む前にレキュランサスに帰ろう。今回は獲物ゲットできたし。ゲットしたのは村瀬君だけど」
「でも姫は剣を無くしてるから収支マイナスじゃね?」
「あー! そうだったー!!」
そして、グラビアモデルの女戦士は小さな幸せから絶望の底へ。
『姫』こと姫城小春は、ゴブリンの群れに追われた際に、一振りしか持っていない鋼の剣を失っていた。
特別の業物、というワケでもなかったが、それなり良いお値段のする、冒険者御用達の武器だ。
具体的には、安宿の素泊まりが一晩で、アストラ銀貨1枚に銅貨5枚。
鋼の剣は、最低でも金貨1枚と銀貨4枚から。価値にして10倍違った。
実際には収支もマイナスというほどではないだろうが、大出費である事に違いもないのだ。
「くぅ……こんなんじゃいつまでも『トアトラン』にも行けない…………。いつまで最初の街で足踏みしているのよ、って話で……」
「ビビり過ぎなんだよなぁ……。まゲームみたいにはいかないけどさ」
何にしても、ゲームとしてこの『ワールドリベレイター』の世界を遊んでいた時とは違う。
システムコンソール然り、衣食住が必要という当たり前の事然り、痛みと死の実在然り。
ゲームのように気軽な旅とはいかず、あらゆる場面で慎重に事を運ばねばならなかった。
うんざりといった様子のジト目魔術士に、しょんぼりする女戦士。
何故か当たり前のように荷物持ち状態な悠午も、無言で後を付いて行った。
「ん?」
が、ケモノ道を歩いている最中、若い武人が異質な気配を察知する。
フッと頭上に目を向ける悠午。
後ろにいた隠れ目の法術士もつられて上を見ると、深い枝葉と木漏れ日の隙間に、何かが滑るように動いているのが見えた。
「…………ふわッ!?」
「ぉおうッ!? どうしたの久島さん?」
素っ頓狂な声を上げる法術士に、思わず悠午もビックリ。やはり苦手なタイプである。嫌いとかではなくて。
「んー?」
「カナちゃん?」
女戦士と魔術士が振り返ると、隠れ目の法術士は慌てた様子で上を指差す。
ふたりも揃って上を見ると、暫くしてから潜んでいるモノの正体に気付いて目を剥いていた。
「うげッ! トカゲがいやがる!!」
「うわぁ…………」
淑やかな顔立ちで、チンピラのような表情をつくる魔術士。
しかし、女戦士の方もまた、顔色が悪い。
「『トカゲ』、と言うと?」
「えーと……『木の葉トカゲ』とか、『木トカゲ』とかいう……大きなトカゲで…………」
悠午が内気な法術士に尋ねてみると、上に居るのはヒトの全長ほどもあるトカゲ型爬虫類ではないか、という話だった。
「危ないんですか?」
「ううん、向こうからヒトを襲って来る事は少ないし、ゴブリンより楽な相手だと思うけど…………ブツブツの肌とかキモい。一度近くで見たけどあれダメ!」
「でもタマゴはレア素材なんだよねー。多分ドロップはしないけどさ」
鳥肌を立てて答えたのは、気弱な法術士ではなく女戦士の方だ。
次いでジト目の魔術士に曰く、木トカゲのタマゴは秘薬や霊薬の材料として、高額で取引されるのだという。
ゲームでプレイした時は、倒すと低確率で落としたそうだが、この世界ではそういった突拍子もないアイテムの落とし方はしないのだとか。
女戦士の方は、貴重品だろうがなんだろうが爬虫類はダメだー、と自分の肩を抱き締め情けない声を出していてた。
「ふーん……そんなに高いんですか?」
「すっげーたかい。ゲームだと一個で一万タレントくらいしたし。多分こっちも同じじゃね?」
「『一万タレント』ってのは?」
「アストラ金貨だとちょうど一枚ってとこやね」
と言われても、価値がいまいち理解出来ない『ワールドリベレイター』初心者の少年。
ただ、そんなに価値があるのなら、財政の問題も解決できるのではないかと、素人なりに考えていた。
「タマゴを取るのは難しいんですか?」
「あー? ゲームと違って巣みたいな物が在れば取れるかも知んないけどー…………」
生物である以上、またタマゴを産むならば、当然巣に相当する物は在ると考えられる。
しかし、ゲームのプレイ時間が長いジト目少女の常識としては、木トカゲのタマゴはドロップ率0.5%以下のレアアイテム。
巣からいただくというのは、プレイヤーとして考え難かった。
「“気”配を追ってみますか。行き先を突き止めれば、巣にも辿り着くんじゃないスかね?」
「『気配』って村瀬君、そんな漫画じゃないんだから…………」
「でもこいつ、実際にシックルー狩ってるからなー」
女戦士は悠午の科白に困惑するが、ジト目魔術士は考えを改める。
これはもしかするともしかするぞ、と。
それから僅か30分ほどの間に、悠午は目も眩む高さの樹上から11個もの卵を回収し、次に物理攻撃の通じない粘液状生物を素手で吹き飛ばし、それから擬態する植物系生物を殴り倒して蜜を絞り出す、と、このように希少な素材を立て続けに入手。
大漁で狩りを終える事となった。
しかし、この日の最大の収穫は他にあったと美貌の女戦士が気付くのは、ずっと後になる。
◇
シックルーは冒険者組合のオヤジが取っ払いで買い取り、7万タレントとなった。アストラ金貨で7枚になる。
「他はどうする? どれもウチの手には余るが、なんなら買い手を仲介してやる」
「目抜き通りの薬屋じゃダメなん?」
「普通の物ならそれでも良いだろうが、それだけの物なら大店の卸に持って行った方が高値が付くぞ。他じゃよほど信用が無いと、出自を疑われて買い叩かれかねん」
斑模様のタマゴや小石のような結晶を検分するオヤジは、ジト目魔術士にそう勧めた。見た目と違って細やかである。
もともと近年のゲーム、特にMMORPGのように多くのプレイヤーが同時参加するようなゲームだと、アイテムにも需給バランスによる価格の変動が発生する。
その上、この世界では取引ひとつ取っても、生身の人間相手だ。
めんどくせー、とジト目魔術士は愚痴っていた。
「しかし木トカゲの巣は枝葉の集まる先にあるから、落とさずに取るのはほとんど不可能。ゼラチンも魔法を使えば核もダメにする。フォレストレディの蜜も少ない上に、死ねばたちまち腐る代物。手練の冒険者でも入手が難しいんだが…………兄ちゃん見ない顔だな」
「彼、こっちに来たばかりなんですって」
「やはり『プレイヤー』、ってヤツだな……。時々フラッと神殿から現れる異邦人…………。無念の英雄神『ダーカム』が同胞の子孫の為に招いた者だとかいう噂だが、俺に言わせりゃ甘ったれた始末に負えないガキばかりだ」
ジロリ、とオヤジが目を向けると、プレイヤー3人が居心地悪そうに身動ぎする。
一方、袴の青年に向ける目はやや違った。
「失礼、今『招く』って言ったけど、プレイヤーは誰かがこの世界に引き込んでるワケですか?」
悠午の方は、オヤジの話に聞き逃せないところがあり、その辺を詳しく訊こうとする。
「ん? ああ、いや、国教会なんかはそう言ってるがな、本当のところは分からん。まぁプレイヤーどもがヒト種ばかりだというのは事実のようだが。他の種族でプレイヤーが出たという話は聞いた事がない」
「エルフのプレイヤーとか、こっちじゃ全然見ないもんね」
「エルフ種でプレイヤーなんざ悪夢以外の何ものでもないだろうが」
ジト目魔術士がオヤジの言う事に同意するが、この世界の常識がまるで無い悠午には、その意味は推測すら出来ない。
『ワールドリベレイター』プレイヤーを、この世界へと引き込むメカニズム。
それが分かれば帰る為の手掛かりになるかと思ったが、そんな簡単な話でもないようだった。
「ふむ…………まずはその『神殿』とやらか」
「興味があるか? プレイヤーがどうして来るのか」
「どっちかと言うと帰る方法ですかね。色々放り出して来ちゃったもんで」
「なるほど…………そういうプレイヤーも何度か見た事があるが、来た場所に戻れたって話は聞かないな。世界の隅々まで回っても、方法なんざ分からんかも知れんぞ」
「そういう事はとりあえず世界中回った後で考えます」
気負わずに言う悠午と同じ科白を、組合のオヤジは他のプレイヤーからも聞いた覚えがある。
だが、そのプレイヤーの、旅行にでも行くかのような気安さは無い。
それは、生存と探求の厳しさ、夜の恐ろしさを知りながらも断固として前に進む、本物の冒険者の物だった。
「…………来たばかりと言ったな?」
「え? はい、彼は今日来たばっかりだって――――――――」
「お前さんには聞いてない。どうなんだ、兄ちゃん」
説明しようとする女戦士を黙らせ、悠午を真っ直ぐに見るオヤジが言う。
声に詰まる小春だが、真剣な男ふたりの雰囲気に、入り込める気がしなかった。
「オレが来たのは姫城さんの言う通り、まだ半日くらいですかね」
「冒険者組合がどういうモノか知ってるか? 腕に覚えのある手合いが危険な仕事を請け負い金を稼ぐのを仲介、たまには助けたりもする集団だ。大抵はどの国でも、ある程度の大きさがある街ならば建物がある。組合員になれば変わったネタや儲け話を教えてやれるだろう。旅をし、探し物をするならこれ以上役に立つモノもないさ」
どこか皮肉げに笑って言うオヤジに、フンフンと興味深げに腕を組んで頷く悠午。邪魔者扱いで女戦士は少し寂しそうだ。
冒険者。
その業務内容は認められた力量により異なり、下は雑用や子供の使い、上はドラゴンや魔獣の討伐と多岐に渡る。
一般の認識としては、国の兵士が動かない案件に対する民間の戦力として扱われるそうな。
「『冒険者』ねぇ……。こっちに来てまでPMCみたいなもんに入るとは思わなかったわ」
「何だと?」
「いえこっちの話で。それで、その組合員になるには?」
この青年が元の世界で民間軍事派遣会社なんてモノに片足突っ込んでいるとは、冒険者組合のオヤジが知る由もなく。
ただ、やる気ありと見て満足げに頷いていた。
「久しぶりの有望株だ。面倒な手続きは俺の方でしてやるよ。名前、役割、年齢だけ教えてくれりゃ良い。各地の組合で紹介状代わりにもなる証明書を出してやる」
なにげにこのオヤジ、組合長である。
伊達に今まで多くの冒険者を見てきていない。
プレイヤーなどは能力だけはある素人ばかりだと思っていたが、久々に骨のありそうな冒険者が現れた。
国教会の言う「ヒト種の尊厳」や「他種族への対抗」に興味は無いが、この冒険者を世界に送り出すのは、組合としての使命感のように感じた。
「名前は『ムラセ=ユーゴ』だったな。にいちゃん歳は幾つだ」
「14っス」
「『じゅうよん』!?」
「ガキじゃん!!!」
そして、実はまだ少年の自己申告に目を剥く大学生と高校生のお姉さん方。
冒険は、いきなり大波乱の予感である。