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049:言い張れば本物になる伝説と英雄

前回までの殴って進むRPG。

ゲーム『ワールドリベレイター』の舞台に良く似た世界に迷い込んだ村瀬悠午とプレイヤーの少女達は、元の世界へ帰還する為に白の女神を探し隣の大陸へ渡ろうとする。

その旅の途中、リットの町にて巨大モンスターヒドラの襲撃を受けるが、悠午と仲間は他のプレイヤーのパーティーや冒険者と協力しこれを撃滅。

悠午たちはリットの町をあとに旅を再開するが、場面はここで裏舞台へと切り替わる。


10日連続更新の1回目です。

.


 原初混沌の母より産まれ出でし黄金律の女神。

 数多の命を守り導き愛を以って世界に秩序を齎さん。

 天にある者、地にある者、野の獣は女神の御業により別たれ女神の僕とならん。

 この世の全ての者は遍く女神の愛に満たされ、果て無き繁栄を享受せり。

 選ばれし種族は女神に永遠の誓いを立て、その威光に誇りを以って伏したり。


 されど光の時代に悪と邪の影が差す。

 無秩序の王、背徳と堕落の主、汚濁と腐敗、知恵ある者を無知な獣へと返すモノ。

 其は全ての魔なる者を統べる神。これをして魔神と忌み名せん。

 全ての邪悪と混沌から産まれ落ちる暗黒なり。


 魔なる悪神より生じた眷属、闇の僕は光の世界を蝕みたり。

 無垢なる者、敬虔なる者、無辜なる者へ、悪意に塗れた死の災いが降りかからん。

 母なる女神は己が神体を以て闇を退けるも、蔓延りし眷属はあらゆる陰に潜みその目より逃れ果せる。

 されど女神の庇護を受けし者達、義によって立ち上がらん。

 諸部族より集いし勇敢なる者、魔なる者の眷属を打ち倒し、魔神の心臓を神に捧ぐと誓う。


 結束の鎖に繋がれた勇者たち、幾多の冒険を越えいざ暗黒の懐へと攻め入りたる。

 勇猛果敢にして逞しき勇者たち。

 力ある者、雄大なりし巨人種族の勇者、アジール。

 翼ある者、大空に愛されし比翼種族の勇者、カイアス。

 小さき者、分け入る所を選ばぬ小人種族の勇者、ミース。

 匠なる者、鉄の秘密に通じるドワーフ種族の勇者、ハドロ。

 佇む者、大地に根を張り森と生きる木人種族の勇者、カラ。

 知恵ある獣、最後に女神へ信仰を捧げし獣人種族の勇者、ザイル。

 水に住まう者、大海原を母とする人魚種族の勇者、リープス。

 見えざる者、奔放なりし精霊の友たる妖精種族の勇者、プティ。

 友なる者、分け隔てる事なき自由に生きるヒト種族の勇者、ダーカム。

 真理を知る者、聡明にして慈悲深き導き手であるエルフ種族の勇者、ラルム。

 いかなる怪物も勇者の前に敵ではなく、魔神を屠るに疑いも無し。

 闇の領域を踏み越えし勇者は、その根源を祓わんと各々の妙技を振るう。


 魔神と勇者の戦いは飽くる事無く続き、追い詰められし闇と邪悪は卑劣なる触手を伸ばす。

 心弱きヒトの勇者は闇に囚われ、無垢を装いし者に惑わされん。

 裏切りしヒトの勇者は巨人やドワーフの勇者を誑かし、正道なる勇者の背中を刺さんと謀る。

 信じた友と闇の眷属に襲われ、手傷を負い追い詰められる勇者。

 されど真の勇者の意思は挫けず、全てを退け魔神の眉間を一撃す。

 力を失い倒れし魔神を、勇者は女神の加護を受け地の底へと封印せり。


 かくして平和は戻り、全てが秩序を取り戻す。

 裏切りし種族の勇者を、慈悲深き女神は寛容の御心を以って許したり。

 世界より闇は消え去り、地には再び女神の愛が満たされん。



 以上が魔神と勇者、そして女神に関する最初の伝説という事になっている。

 この世界では一般教養ともされる言い伝えだが、ここ数年で新たに語られる伝説は、内容がかなり異なっていた。

 新たに、ではなく、古き本物の、と言えるかもしれないが。


 他の世界よりやって来た異邦人、『プレイヤー』と呼ばれる人種は、先の伝説が歪められたものであると知っている。何せゲーム中にバックストーリーとして何度か聞かされるので。

 メインストーリークエスト第1弾から最新作までプレイしているプレイヤーなら、白の(・・)女神と対立の末に、黒の(・・)女神が歴史から存在を抹消され、ヒト種族と勇者ダーカムが裏切り者として貶められた事実を知っている。

 ヒト種族の英雄ダーカムは、黒の女神に惹かれていた。

 白の女神は黒の女神を疎んでおり、その上にヒト種族の英雄に想われているという事実が許せなかったのだ。

 白の女神は魔神との決戦直前、英雄ダーカムへ己の寵愛を餌に、黒の女神ではなく自分に対して忠誠と献身を求めた。

 魔神を排した後は、自分が世界の秩序を作る。だが、種族が自分と黒の女神ふたつの側に割れると、再び世界が乱れかねないというお為ごかしも交えて。

 しかし、ダーカムの心は動かず、白の女神は嫉妬と逆恨みに狂う事となる。


 『ワールドリベレイター』Ep.1のストーリー中において、エンディングは複数のパターンに分岐していた。

 その中に、ストーリーボスの魔神撃破後は黒の女神が己を楔に魔神を封印する、というものがある。

 メインストーリークエスト第2弾以降はそのエンディングが正史とされ、また後の歴史も白の女神と信徒らによって冒頭のように捏造されていると言うワケだ。

 その辺りの設定(・・)は、この世界もゲームと同様になっている。

 黒の女神が己を犠牲にしたエンディングでは、ヒト種族の英雄ダーカムもまた、愛する女神に付き添い戻ってこなかった。

 最後まで憎き姉との愛を貫き通された白の女神の狂乱は、どれほどのものか。

 黒の女神が姿を消した後、今度はその存在の一切を世界から完全に抹消しようとしたのである。


 巻き添えを喰ったのが、その後の白の女神とエルフ主導の体制に異を唱えた巨人やドワーフ、その他複数の種族から離脱した者達だ。

 魔神討伐に尽力したダーカムと黒の女神を称えるのではなく、全ての記録から消し去ろうとは如何なる所存か。

 この抗議に対して、エルフと白の女神は問答無用だった。

 巨人、獣人から分かれたモグラ種族、ドワーフ、そしてエルフの一部、これらを捏造された歴史においてヒト種族と同様の裏切り者であるというレッテルを貼り付けたのである。


 この体制は、既に1000年以上続いていると言われていた。

 ここ数年で異邦人(プレイヤー)が持ち込み復興した伝説は、長らく蔑まれたヒト種族や巨人族を戦争へと駆り立てるのに十分な内容だった。

 無論、エルフと連盟は、それらが妄想から捏造された偽りに過ぎないと全く相手にしていない。


 認められるワケがなかった。

 被差別種族を意図的に作り出し、白の女神の眷属を結束させる。または、種族と国家間に軍事的経済的な格差と地位を作り出す。

 これら現在の世界体制を、根本から引っ繰り返す事になりかねないのだから。



 それどころか、白と黒の両女神で行なうはずだった魔神の封印を、白の女神の姦計により黒の女神一柱で行なった事により、封印が甘く今日までの事態を招く事になったなどと。



 エルフを初めとした白の女神の眷属は、どんな手段を用いても、どんな美辞麗句と虚偽と虚言で塗り固めてでも、断固として今の歴史を守らねばならないのである。


                       ◇


 白の大陸、黄金都市アウリウム。


 そこは、一面磨き抜かれた白い石材に、同じく白の木材で設えた大テーブルが置かれる広い部屋だった。

 片側の壁は一面が窓となり陽光をいっぱいに取り入れ、もう片方の壁には各種族を表す旗がかけられている。

 大テーブルには、仕立ての良いローブを纏った者達が着いていた。それぞれ色と意匠が異なる。

 顔触れも様々だ。

 子供かと思う程幼く見える者。

 頭髪や眉が色とりどりの羽毛のようになっている者。

 犬の頭部を持つ者。

 木から滑らかなヒト型を削り出したかのような者。


 そして、見目麗しく整った顔立ちをした者。


「――――――してそれはいつになるのか? アルギメスでは我が氏族や兄弟氏族ばかりが犠牲を強いられておる。プレイヤー共は数を増す一方。ヒト種や巨人はおろか、その尻馬に乗り土喰いどもまでが勢い付いておるわ。

 この様な時に、盟主であるエルフ族は何をしておいでか」


「既に第一陣は到着しております…………。ザイル氏族が常に先陣を切り戦っているのは我らラルム氏族はもとより、白の女神の僕全てが承知している事でしょう。その為にエルフの持つ英知を結集させ、ゴーレム騎兵を作りだしたのです。

 黒の大陸の卑劣漢どもを正義を以って打擲せんが為、各氏族が最大限出来る事で力を尽くしております。

 貴方がたザイル氏族は武勇を以って、無論カイアス氏族、ミース氏族、カラ氏族も、無論ラルム氏族も。それはご理解いただきたい」


 長い髪の若い男が、犬の頭をした者に淡々と言って聞かせる。

 言葉遣いは丁寧だが、上座に座るその男に(へりくだ)った様子は無い。この場にいる者達に立場上の優劣は無いが、実質的には最も高い地位にいる者だ。

 上座の男はラルム氏族、エルフ種族だった。白の大陸、『英祖の連盟』議長でもある。若く見えるが、誰よりも高齢だ。


 怒りを堪えているような犬の頭の人物は、盟に連なる種族のひとつ、獣人族の代表者である。何も言わないが、エルフの議長の言葉全てに納得しているワケではない。

 何も言わないのではなく、何も言えないのだ。

 

 そして、子供のように小さな種族ミース氏族、鳥の羽も鮮やかなカイアス氏族、木の彫刻のようなカラ氏族の代表三者にとっても他人事ではない。

 先の議長の言葉に、戦争における更なる負担を求める、という裏の意味が込められていた故にだ。

 かつて魔神を討伐した勇者の末裔である各氏族が結んだ盟約、英祖の連盟。

 しかし現状、その結束は決して固いものではない。

 主な原因は、連盟が常にエルフのラルム氏族によって主導されてきた事、その端々に見える優越者の驕りなどだ。

 真理を知る者、長命者エルフは往々にして理を説くが、最終的には常に自らが利を得て他の氏族が犠牲を払っている。そして、それが最良の結果だったと言われれば、力関係的にも誰も何も言えないのが常だった。


 今回も、戦闘が得意なザイル氏族が前線で戦い、他の氏族が自らの領分で貢献するのが合理的だ、と言う理屈は間違っていない。ラルム氏族もエルフの知識と技術を提供し、かつ連盟の運営を行っている。

 だが、エルフのやる事は他の氏族からは見え辛くなっていた。

 他の種族のやる事はエルフにより自由に観察にされ、時として助言と称した口出しもされる。逆に、エルフのやる事は小難しくて煙に巻かれている感があるのだ。

 それが知識や見識の不足から来るものだと言われてしまえば、各氏族もプライドや畏れから口を噤むしかないのだった。

 フラストレーションは溜まるが。


 何より、そもそもからして裏切りと陰謀からはじまった盟約である。

 信頼なんてものは、最初から無いのであろう。


「あなた方が身命を賭して世界の平和に尽くしている事、それは誰より私がよく存じております」


 そんなガラスが軋むような空気の室内に、一瞬柔らかく白い光が満ちる。

 光が引き視界が戻ると、議長の後ろに少女が浮遊していた。

 足下に届きそうな白く長い髪に、幾重にも布の重なる祭服の上からでも分かるほど華奢な身体付き。

 その容貌は、幼いながらも調和の取れた美しさに溢れている。


「おぉ……! (あるじ)よ……」


「我が飼い主…………」


 テーブルにいた氏族の代表者たちが、一斉に椅子を下りて床に直接膝を着き、胸に手を置き深く頭を垂れた。最敬礼の形だ。

 この世界を実質的に支配する英祖の連盟、その代表者ともなれば、最高権力者たちと言って言い過ぎではない。

 そんな者達が、迷わず平伏する人物。


 ここアウリウムは、白の女神を祭る神殿都市。

 降臨するのも、氏族全ての主神に他ならなかった。


 見た目こそ幼い少女だが、放たれる聖気は紛れも無く俗世の者とは一線を隔している。

 御前に立てば、無条件で心を捧げずにはいられない、そんな絶対的な存在だ。

 この世界には女神が実在し、こうして折に触れ現世に降臨する。

 英祖の連盟が長らくその体制を維持している最大の理由が、ここにあった。


 そんな中にあって、エルフ種のラルム氏族代表だけが、常と変わらぬ澄まし顔だったが。


 女神は僅かに床から浮いたまま、静かに前へ進み出る。


「英雄ザイルの末裔、ボルダン。血を流すのを恐れない勇敢なる戦士の氏族。あなた方が先頭に立ち災いを払ってくれるからこそ、大陸に生きる者全てが安んじられるのです」


「我ら氏族は女神の忠実なる僕でありますれば…………」


 猛犬のようなザイル氏族の代表が、鈴を鳴らすような声で語りかけられる。

 すると、数瞬前までの怒りは消え去り、よく躾けられた犬のように大人しくなっていた。


「英雄ミースの末裔、クロップ。心やさしき小人族の方々。あなた方が皆の糧を作ってくれるおかげで、戦場にいる者達が餓えを気にせず戦えるのです」


「女神様のご加護を賜りまして、私共小さき者も安心して生きていく事が出来るのです。この上は、力を尽くせる領分で女神様に信仰を示したく存じまするぅ」


 小さな体を更に縮こまらせ、感極まったように言う小人族。

 見た目通り、気が大きな方でもない。


「英雄カラの末裔、タガヤ。数多の命を育み、恵みを齎す森の守り手よ」


「森とは我ら自身……森を切り開こうとするヤツらを追い出しているだけだが……それも女神の庇護の下にあればこそと理解している」


 抑揚の無い声色で応える木人族。

 一見して不敬な物言いだが、これは種族の特色だ。


「英雄カイアスの末裔、テラクーナ。私の代わりに空の目となり地上を見守る番人」


「空は私達の、そして我が神である貴女様の物でございます。未来永劫、他の何人にも侵させは致しません」


 羽根も鮮やかな比翼族の代表者が喜色を滲ませて言う。

 その声には自信が、あるいは傲慢さが素直に出ていた。


 幼子のような白い女神は、この場にいるひとりひとりに言葉を向ける。

 が、エルフ種の議長にだけは、何も言わない。

 それは冷遇や(ないがし)ろにするのとは、また別。言う必要がないのである。

 エルフ種族が女神に近い立場にいる事の証左だった。

 だとしても、その不満を女神に対して僅かにも漏らす事は無いのだが。


 なお、人魚族は水中に住む為に、妖精族はその性格を女神に許されているが故に、会議への出席を免除されている。


「皆の者の犠牲と献身、それによりこの世界の秩序が際の一線で保たれているのを、生けとし生ける全て者のが忘れる事は決してないでしょう。

 争いにより命が失われるのは哀しい事です。しかし、この世を闇へ引き込もうとする者たちから逃げる事はできません。

 ヒトや巨人の心は幼く、己の望むまま行う事を疑いはしません。ですがそれは、世界を混沌とさせ原初の魔神を呼び起こす行為に他ならない…………。可哀想に彼らには、それが自滅の道だと理解出来ないだけなのです。

 ならば、どうか貴方がた平和の担い手たちによる、救いと導きを」


「御心のままに……」

「命の限り……」

「この翼にかけまして」


 再び深く頭を垂れる種の代表達。エルフも同様だ。


 しかし、女神の威光で強引に会議が纏められてしまった形である。

 この大陸では、少なくとも世界の半分は、何よりも女神の意向が優先されるので、仕方のない事ではあった。

 神に逆らう事、神に意見する事、その意味はひとつしかない。


 会議終了の空気に、種族の代表は顔を伏せたまま広間から退室していく。

 そしてここでも、当然のようにエルフだけが残った。

 他の誰の目も無くなると、形式的なものだったと言わんばかりに頭を上げ女神に向き直る。


「戦況はどうなっています?」


 女神の口調も大仰なものでなくなっていた。質問も端的だ。


「黒の大陸の連合の勢いは止まりました。先頃完成したゴーレム騎兵を投入すれば、アルギメスでの優位に立てるでしょう。ゴーレムの増産も急がせていますが……彼の種族は、その後の侵攻までに?」


「ええ、プレイヤーの蛮行がよほど腹に据えかねたようですね。あちらへ攻め入る折には、と協力を約束してくれました。

 秩序ある統治の為には線を引き、隔てて、互いを鏡とするのが最良でしたが……こうなれば仕方ありません。あちらの種族も、貴方がたが直接治めるべきでしょう」


「全てをひとつの体制で支配する事により生ずる歪み、でございますね。懐に取り込むより、見下ろした方が管理はし易い。お考えは理解できます。

 ですが、黒の大陸を抑えた暁には、全てを(つつが)無く治めてご覧に入れましょう」


 女神の隣に立ち、気負いも誇張もなく言い切るエルフの男。自身の言葉を微塵も疑ってはいないのだ。

 そこに込められたモノを感じ取り、微かに沈黙してから白い女神も口を開く。


「…………オルビエット、最も古き友よ、貴方は私の代弁者として長らくこの地を治めてくれました。その信頼はいささかも揺らいでおりません」


「過分なお言葉です、女神よ。私はあの時から――――――――」


「あの時から、貴方は私のやり方に反対でしたね? それと知られずにではなく、直接に手綱を握るべきだと。

 ですがそのやり方では、いずれ手綱を振り払われるか、手綱を握る者の中に手綱を放そうと言い出す者が現れる。そういうものなのです。身の内の者ですら、ふたつに割れていく。

 私達は彼の大陸の者だけではなく、この大陸の者たちにも平和を与え続けなければならないのですよ」


 エルフの議長は、女神の言葉に意見を差し挟まない。

 議長は女神に意見するのを許されているが、基本的に忠実な僕であるし、また女神を頂点にした支配体制が盤石である為には、そうあるべきだと本人も考えている。

 故に、女神の意向の範囲内で、己の意を徹すのだ。


 女神は今まで、裏切り者の末裔の種族を直接支配しようとはしなかった。現在までに黒の大陸と呼ばれるようになった地へ隔離し、仮初の自由を与えて秘密裏に統率していたのである。

 それは同時に、黒の大陸に棲む種族の名誉無き生き様を白の大陸の者に見せ付け、統率を容易にする方策でもあった。

 エルフ種族による合理的な管理、一段身分の低い潜在敵を外に置く事で内部的な不満も解消させる、そういった巨大なシステムを構築する事で大局的な平和と秩序を保ってきたのだ。


 プレイヤーという異分子がこの世界に現れるまでは。


 ヒトや巨人、ドワーフへ種族的な罪悪感を植え付ける歴史教育、王室や種族の代表を傀儡にした間接的支配、迷宮や脅威度の高いモンスターを用いた不安定化工作や人心操作、そういった統治戦略は尽くプレイヤーによって排除されてしまった。

 時として力尽くで、時として戦略的に、まるで何があるか最初から知っていたかのように。

 初期にはエルフや獣人といった白の女神の陣営も、プレイヤーを拘束して情報を引き出そうとした事がある。

 が、幾度とない試行回数を経て、全てが徒労に終わる結果となった。

 それはそうだろう。プレイヤーとは異世界で生きる一般人でしか無く、戦い方も世界秩序のカラクリも、『全てゲームで知った』などと分かったところでどうしろと言うのか。

 一事が万事そんな調子である。しかも、エルフがその英知を結集し、女神までもが力を尽くしても、プレイヤーの流入は止められないのだ。

 エルフ種の上層部は、とっくに気が付いている。気が付いているが、口にはできない。


 一連のプレイヤーを送り込んで来る存在が、白の女神以上の力を持っているという客観的事実を。


 しかし、それを認めたところで詮無い事。プレイヤーがどれほど強力でも、いや強力であればこそ、白の女神の眷属は勝たねばならないのだ。

 黒の女神の眷属、とかくヒト種属の怒りは凄まじい。もとより苛烈で残酷な種族だ。エルフ種をはじめとした白の大陸の種族への攻撃も容赦が無いものとなるだろう。

 白の女神の陣営は、その支配体制を維持する為には勝つしかない。当然の事だ。

 それに、刹那的で感情的な行動が大半なヒト種、巨人種、ドワーフ種を管理統制し、秩序を保つ事こそが世界平和の唯一の道だと言う白の女神の主張に、エルフ種の議長オルビエットも賛同していた。


 事の始まりが姉への妬みと嫉妬であったとしても、正しいものは正しいのだ。


 全てをひとつの体制で支配するべきではない、という女神の政策も理解はできる。

 エルフ種の天命は長い。

 例え集団を統一しても、結局はその内部で複数の意見が生まれ、結局分裂してしまう。そんな流れを何度も見て来た。

 故に、はじめからふたつの枠を用意しておく。そして、一見して分からない間接的な操作により、管理統制するのだ。

 その後の思想管理、王族の間接支配、政治や印象操作を目的とした秘密工作と、これらを実行したのは主にエルフだが、指導したのは白の女神だ。オルビエットも見事な手腕だと思っている。


 一方で、放し飼い状態に危機感を持っていたのも事実だ。

 王族と国政を間接的に握っていたとはいえ、表向き自由を認めていた以上、黒の大陸の国家や種族に露骨な軍備や経済の制限を課する事も出来ない。支配されている、という現実を見せてはならないのだ。

 結果として、ヒト種や巨人、ドワーフは力を蓄えていく事になりかねない。

 裏切りの種族が開き直って地位向上を狙い攻撃を仕掛けて来る可能性も皆無ではない、と危惧していた。

 白の女神は、黒の大陸を警戒する事で白の大陸側も自己練磨するだろう、と考えていたが、その辺の危機感の差は、当事者意識の違いか、それとも神とエルフという絶対的な存在の差故の事か。


 いずれにしても、プレイヤーというとんでもない異物の出現で、全てが過去のものとなってしまった。

 プレイヤーは無邪気に歴史の真実とやらを語り、深い考えも無しに現体制の事実を語り、まるで遊びのように秩序を破壊しはじめた。

 そしてヒトや巨人はプレイヤーと合流し、今や巨大な流れとなって白の大陸に攻め込もうとしている。

 ここに至っては、全てを力で支配するほかないのだと女神も納得していた。

 

 現在の白の女神の連合は、古代神器(アーティファクト)を解析したゴーレム騎兵や魔法兵器を量産した事で、プレイヤーをも含めた黒の大陸の戦力を総合的に上回っている。

 黒の大陸を直接支配し、その上で異世界からプレイヤーを送り込んで来る術式を解析し、妨害かあるいは元凶へ攻め込み排除する。

 それが、今後の全体的な戦略となっていた。


「ところで、屍獄の扉を開いたようですね。プルゲトから文句を言われました。彼女は私の眷属神ですが、あちらとこちらはお互いに侵されざる領域です。

 どうしても一部を間借りしなければならないのですから、その事でヘソを曲げられては大問題なのですよ」


 戦略に関しては既に言う事もない女神だが、ここで少し話を変える。

 よほどの事が無い限り、眷属のやる方に口は挟まない。

 今回は、その例外的事項だ。


「ヒト種とそれに与するもの、全て滅ぶべし、という性急な若者が近年増えているのです。ですが全ては貴女への強すぎる信仰ゆえの事……。今後はお手を煩わせる事なきよう、然るべく執り行いましょう」


「私ではなく貴方を信奉する者では? ですが、それはいいでしょう。アレ(・・)をどこに封じたかをお忘れなく。万が一にでも解き放たれる事になれば、1000年の調和が壊れる事になるのですから。

 逆に、あそこに立ち入る事が出来なければ、彼の大陸の者達も祀る対象が得られません」


 幼い容姿に似合わぬ薄い笑みを浮かべる女神。その表情は、神と言うは少々生々しかった。

 オルビエット議長はというと、口には出来ないが封印は盤石ではないと考えている。プレイヤーは封印の場所を知っているし、屍獄を管理している眷属神は、本来白の女神だけの僕ではないのだから。


「そういえば、古代神器の複製品はこれから使うのでしたね? ですが先ほどは、既に戦局は五分に戻しつつあると。何かあったのですか?」


 一応言っておくべき小言を挟んでから、白の女神は少し気になった事を口にする。

 古い友、などと言っても、相手が懸念を持っている事になど気が付かない。


「はい、報告によるとアルギメスにおけるプレイヤーの数が、最盛期に比べて減少しているようです。これが、一番の要因かと」


「それは、何故…………。応戦の成果ですか?」


 女神が呈した疑問に、ここではじめてオルビエットが表情を歪めた。

 本当に珍しい事だと女神も首を傾げるが、


「恐らく、飽きた(・・・)のではないかと…………」


 その答えに、表情を無くして沈黙する。

 

 アルギメスの前線からプレイヤーが減ったからといって、決して手放しで喜べない。プレイヤーの総数自体は、増え続けているのだ。

 ここ十数年世界を荒らしている、異世界からの侵入者。

 常識も道徳も知らず気紛れ気儘に高い戦闘力を振り回す。

 忌々しいヒト種族の皮をかぶった怪物、ヒト種族という強欲で傲慢な象徴のような存在だ。


 オルビエットが窓の外に目をやると、そこにはどこまでも広がる巨大な神殿都市が広がっていた。

 ヒトだろうがドワーフだろうが巨人だろうが、エルフ以外には絶対に築けない、この世界で最も偉大な、黄金と英知に満ちた都だ。

 文明と繁栄の絶頂、女神により永遠を約束された王国。


 黒の女神など、理性ある社会の存続にとって害悪でしかないというのは、オルビエット他エルフ種も同意見だ。

 ヒトが過去を蒸し返そうと言うのなら、滅ぼしてでも閉じ込めておかねばならない事実だというのが本心。だが、女神はそれを望まない。

 それでも、今回の方針転換同様に、状況を変える事で意見も変えさせる事は出来るとオルビエットは考えていた。


「もうひとつご報告が……。先ほどの屍獄の件に関わりますが、プレイヤーの中に新たな人物が台頭してきたという報告が上がって来ておりました。屍獄の魔物、それも……獄将を退けるほどの者とか。

 今はまだアルギメスに現れていません。しかし、相手の動きによっては、再び黒の陣営を勢い付かせるとも考えられますが」


「屍獄の将といってもこちらの世界では大した力は出せないでしょう? ですが、こちらの大陸に来るようなら、今代の英雄の誰かに出てもらいましょう。仮にも封印へ繋がる世界、そう軽々しく開くべきではありません。それでいかがですか?」


「ご配慮、感謝いたします……」


 今代の英雄。かつての氏族の祖たる勇者、その継承者とされる者達。

 女神の寵愛により直接力を与えられた、白の大陸における最大戦力。対プレイヤーの切り札とも言える猛者たちである。

 とはいえ、別に今回の事が無くとも、英雄ははじめから大陸と英祖の連盟を守る使命を帯びている。

 それに氏族の英雄ではあるのだが、女神の直接の僕である故に、氏族の長といえども命令は出来ないのだ。


 もっとうまく英雄を利用すれば、戦争を優位に進める事ができるものを。

 それができないのは、白の女神がヒト種の英雄に横恋慕した時から変わっていない為だ。


 女神は要件を済ますと、来た時と同じようにその場から姿を消す。

 そして議長は、女神が去った後も窓際に佇んだまま、暫く思索に耽り続けていた。



クエストID-S050:クルマに乗る合理性と運転免許 09/25 19時に更新します。

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