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048:リザルトとステータス確認

10日連続更新の10回目です。

.


 ヒドラを討伐してから、2時間後の事。


 無事だった宿屋の客室に、一抱えほどの大きさがある館の模型が置かれている。ヒトや物を小さく縮めて収納してしまう希少な古代神器(アーティファクト)、ドールハウスだ。

 グラビア女戦士の姫城小春(ひめしろこはる)は、戦闘終了後に休むよう言われてから、既に1時間以上ドールハウス内の風呂に浸かっていた。

 ヒドラにトドメを刺すという仕事をやり切った小春であるが、極限状態で気力も体力も精神力も使い果たし、身体は返り血でドロドロという酷い有様だった。

 乙女でなくても、すぐに洗い流したいと思うのは当然だろう。

 そうして、これでもかと言うほど念入りに身体を洗った後、何も考えられず思考停止状態で湯船に入りっ放しであると。

 完全に燃え尽きていた。


 風呂から上がりドールハウスの外に出ると、宿の一階は戦場だった。

 怪我人の応急処置を終えた悠午が思い付きで炊き出しなどやったら、ヒトが殺到してしまったのだ。

 メニュー内容は、オニオングラタン鍋。

 コンソメとタマネギベースのスープに、肉と野菜、焼いたパン、仕上げにチーズで表面を蓋し煮込んだ物だ。

 大量に作るのにチョイスしたメニューだが、野菜出汁ふんだんなスープ、油を落としてサッパリとした肉、トロトロになるまで煮込まれた野菜、旨味をたっぷり吸ったパンに、全てをまとめ上げたチーズと、これで美味くないワケがない。

 ついでに、無料提供である。


「テメーふざけんな肉取り過ぎだろうがぁああああああ!!」

「っせぇええええ! パン美味いじゃろがパン喰ってろやぁああああ!」

「うめぇえええ! 玉野菜うめぇえええええ!!」

「いくらでも飲めるぞこのスープ……うぷッ」

「木気樹雷」

「ギャー!!」


 冒険者も混じっているので、一部殴り合いにまで発展していた。

 悠午が雷撃ブチ込んで大人しくさせていたが。

 なにスタンガン程度のものである。


「お、姫。今までずっと風呂入ってたんか? ふやけてんじゃね?」

「小春さん……大丈夫?」


 そして一階食堂の隅には、小春の顔見知りが固まっていた。

 仲間(パーティー)のジト目魔術士に隠れ目の法術士、保護者枠の大男のおじさん、胸が零れそうな爆乳魔道姫に従者の爽やか剣士、中性的な斥候職、皆にスープを注いでいるおかん役の若奥様、それに何故か一緒なデルタ隊員のプレイヤーとその仲間。

 小春も周囲の喧騒に小さくなりながらテーブルに着く。

 若奥様に食欲の有無を問われると、そこで初めて自分の空腹具合に気が付いた。

 奥様に器を渡された小春は、そのまま無言で一口。

 温かく野菜の甘みが強いスープが身体に染み、柔らかくなったパンの優しさにホッとさせられる。


「いやー、一気に上がるだろうとは思ったけどレベル32だよ。スゴくね? 姫、レベルいくつになった?」

「えー? んーと…………わ、30になってる」


 食事中の歓談内容は、おのずとひとつの所に定まっていた。

 すなわち、つい2時間半ほど前に行われていたヒドラ迎撃戦の事についてだ。

 地獄の戦場を生き抜き、敵の強大さと自らの奮戦を誇り、命をかけた割には少ない報酬の使い道などを話題にする冒険者たちだが、プレイヤーにはもうひとつ特別な要素がある。

 経験値(EXP)の累積によるレベルアップと、ステータス補正、スキルのアンロック等である。

 自身の能力(ステータス)を向上させ、派手で高威力な技や魔法のスキルが使えるようになり、更に高難易度のモンスターやフィールドに挑めるようになる。ゲームにおける大きなお楽しみ要素だ。

 この世界は遊び(ゲーム)ではないが、生き残る手段が増えると思えば、楽しみでないワケでもない。


 そして、小春は木の匙を加えたままプレイヤーの『システムコンソール』を呼び出し、ステータスを確認。

 レベルが12から30へと18も上がっており目を丸くしていた。

 レベル200のモンスターを倒したのだから、その程度は当然と言えるが。


 ちなみに、隠れ目少女の法術士がレベル11から29へ、若奥様法術士は13から31へレベルアップしている。使用したスキルの習熟度も応じて上昇していた。

 シャドウガスト戦と違い、大物への攻撃や支援に直接参加していたのが大きかったのだろう。


 ゲームとしては、まだ中盤レベルの入口。現実でのレベルとしては、まだまだ心許ないと言える。

 が、基礎的なスキルしか使えない序盤と違い、徐々に攻撃力の高い技や魔法がアンロックされてくるレベル帯でもあった。 

 実戦を知ってしまうと、「だからどうした」と言いたくなるプレイヤーの少女達だが。


「キミらはまだレベル30台なのか。よく生き残れたな……」


 一方、レベル200台に乗せているプレイヤーのトップグループ、『ロールプレイ・スクアッド』のレイモンドは驚いた様な、あるいは呆れたような顔をしていた。

 ヒドラ相手にレベル30台が一発でも喰らえば即、死んでいただろう。実際には戦闘時は10台だったが。

 それが生き残りレベルのジャンプアップを果たしたというのは、やはり援護と裏方に徹した超級プレイヤーの存在があったからだとレイモンドは思う。


「『アドバンスド The 6th』か……。こんな所でお目にかかるとは思わなかったな」

「レイモンド?」


 戦い方からスキルなどから、『村瀬悠午(むらせゆうご)』というプレイヤーに関しては、大凡その正体にも見当が付いている。

 ゲームでは複数の役割(ロール)をレベル300のカンストに乗せ、クエストボーナスのみのスキルや最上位の装備も多く手に入れたが、自分に彼の少年と同じような戦い方が出来るとは思えない。

 プレイヤーと、この世界の住民の珍しい混成パーティー。それを率いる、怪力を振るい規格外のスキルを使う、超人類(アドバンスド)第6位(The 6th)

 別に不思議でもなんでもない、このゲームのような世界に来る以前から、それだけの戦闘能力を持っていたのだ。


 だが、そんな事はこの際どうでも良い。


 レイモンドとしては、自分が元の世界へ帰還する一助となるなら、どんな怪物だろうと大歓迎だった。

 それが例え、母国で大暴れしクーデターを鎮圧し、ひとつの艦隊を壊滅一歩手前まで追い込んだ存在だとしても。

 今後の活躍を大いに期待したいくらいである。


「一気にレベル上がったけど次のロールどうすっか。このまま魔術士スキル取っても良いけど、法術士に変えて魔導師目指すかな。上級職なら後からでもスキルは取れるし」

「わたしもー……魔術士にして攻撃魔法取ろうかな…………」

「かなみんか奥さんのどっちかは回復職に専念して欲しいわー」


 プレイヤーの少女たちは、今後の役職(ロール)技能(スキル)のセッティングをどうしようか相談中だ。

 モンスターを倒しただけで強くなり、大した研鑽も無く強力無比な技や魔法を修得する、異世界から来た異邦人(プレイヤー)

 その存在に思う所がある冒険者のゴーウェンだが、そのやり取りは年頃の少女そのままであり、どちらかと言うと憐みを感じていた。


「あ、小春姉さん、おつかれさまでした」


 スープの大鍋を近隣住民のおばちゃん達に任せ、悠午も身内のいるテーブルの方へやって来た。

 後方では屈強な男達が焦げていたり、その隙を突いて子供らがスープを争って貰っていたり賑やかな事である。


「結構な怪物でしたけど、何とかなりましたね。こっちにはあんなのが多いんですか?」

「ヒドラとか表のフィールドに出て来るモンスターでは一番強い部類じゃん。ポンポン出てたまるか」


 この地方は雨が多いのか、的に尋ねる悠午へ、ジト目は思いっきり嫌そうに応える。

 経験値的には美味しかったが、さりとてあんなのと何度も遭遇したいとは思わないのであった。命がいくつあっても足りない。

 本来は、本筋のストーリークエストをクリアして複数の役割(ロール)をレベル300までカンストさせたようなプレイヤーが挑むモンスターだ。

 繰り返すが、こんな所に出ていいモンスターではない。

 やはりトッププレイヤーのレイモンドが言う通り、ゲームでの知識など忘れた方がいい、という事だろうか。

 今後もあのようなモンスターと遭遇する可能性は、皆無ではなかった。


「嫌になりました?」

「………………え?」


 悠午の問いかけに、小春は少しの間気が付かなかった。

 ゲームをやった事の無い達人と違い、元ゲームプレイヤーの女子大生にはヒドラ以外にもこの先に出現するであろうモンスターに心当たりがある。

 ヒドラは黒と白の大陸には通常(・・)出て来ない、ダンジョンボスか、EXフィールドである暗黒大陸のモンスターだ。

 雑魚として出現するモンスターでは最大の部類に入るだろうが、他にも恐ろしいモンスターは多く存在する。


 最大の邪巨人、ギガンテス。動く人喰いの森、アルラウネ。個にして群、レギアント。蝙蝠の王、ハイブウィング。物理無効現象、ブラックタイド。不死者の頂点、メイヘム。闇に棲む軍勢、シャドウガスト。


 基本的にプレイヤーの死亡とリスポーンを前提にした、危険極まりないモンスターども。

 が、この世界にリスポーンなど無い。

 ちょっと武道を齧ったに過ぎないゲームプレイヤーの小春は、それらと対峙していけるのか。

 『嫌になったか』という悠午の質問も、つまりそういう事なのだろう。

 

「前にも言いましたけど、小春姉さんが無理に戦闘に参加する事はないんですよ? ヤバいのはオレやゴーウェンが相手をすればいいだけの事です」


 つまり、それほど小春の顔色は悪いらしい。ヒドラ戦の消耗は並みではないのだ。

 悠午も別に嫌味を言ったり突き放しているワケではない。

 少々殴り方を覚えたところで、姫城小春は飽くまでも一般人の範疇を出ないという、これまでと変わらない認識に基づいての事だった。


 その言葉に小春も縋りたくなる。

 もう二度と、あんな見上げるような怪物に斬りかかるのも、生理的嫌悪を催す行為も、殺意を剥き出しにするような事も御免だった。


 しかし、ならばこれからの旅、悠午やゴーウェンが身体を張って戦う後ろを、ただ付いて行くだけなのか。


 危険な事から距離を取り、今回のようなや災厄が起こっても、自分だけは安全な場所に引き籠る。 

 生憎そこまで自己保身を優先した厚顔無恥の怠け者にもなれそうにない。

 気分は止むを得ず自主的に処刑台へ向かう刑死者の気分だった。


「一応……わたしもプレイヤーだし。修行も続けたい…………です」

「ん……まぁ構いませんけど」


 何やら苦悩に満ちたお顔で挑戦の続行を宣言される大学生のお姉さん。人間とは何と矛盾を孕んだものか。

 そして悠午は、折れそうで折れない小春の様子に、感心するやら小首を傾げるやらだった。

 あるいは今回の事で竦み上がると思ったのだが、何が素人のお嬢さんをここまでさせるのか。

 基本的に生まれ付いての強者で、身の回りには我と力の強い女性ばかりな少年には、よく分からなかった。


 そのように足掻く小春を見て、他の面々も考えさせられる。

 実際、ヒドラはヤバい相手だった。よくこの程度で済んだモノだと思う。

 今回は偶発的な遭遇だったにしても、これから大陸を移動したり危険地域に分け入る可能性が大きい以上、ヒドラ程ではないにしても危険なモンスターと出喰わすのは避けられないだろう。

 いざ目の前にした時、今度は無傷で乗り越える事が出来るだろうか、と。


 つまるところ、ヒドラという大物との遭遇も、この旅において大した出来事ではなかったのだ。

 道行は長く不透明で、それぞれに思惑がある。

 しかし、何にせよ生き残る手立ては取らなくてはなるまい。

 各々がそんな事を考えながら、一行は次の中継地、アストラ最南部であるトアトランへと向かう。

 旅と、それに様々な者の意図も、ゆっくりと動き出していた。



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