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041:成長への歩みは重く

10日連続更新の3回目です。

.


 旅の途中で立ち寄ったに過ぎないはずの、リットの町。

 村瀬悠午(むらせゆうご)はそこで『ドラゴン退治』なる冒険者案件と遭遇する事となった。

 当初、やむを得ぬ同道者であるユラン=パンドルフ男爵が自分の武勇伝とすべく持って来た怪物(モンスター)討伐案件だったが、そんな思惑が透けているのに、関わりたがる者などいるワケがなく。

 だが、被害状況如何によっては悠午としても放置はできず、念の為にと所管の冒険者組合(ギルド)に詳細の確認へ赴いたところ、その実態がまるで把握されてない事から自力で調査へ赴く事となった。


「報告するだけでも報酬が出るんだって。お小遣い程度だけど」

「ほー……。その本部の男とやら、なかなか融通が利くな。冒険者をうまく使う。油断ならない野郎だ」


 宿に近い酒場で集まり、冒険者組合(ギルド)で起こった事の内容をパーティーの皆に話す小袖袴の少年。

 ベテラン冒険者の大男、ゴーウェン=サンクティアスの組合(ギルド)本部から来た男への評価は、まあまあ高い。

 本部職員のナンティスは、難易度が高い割に報酬の低い『ドラゴン(仮)退治案件』の条件を、より柔軟な物に変更させていた。

 実態の調査報告のみでも可、としたのもナンティス氏だ。仕事の出来る男である。

 以って悠午も、寄り道とはなるが『ドラゴンの出る沼』とやらの偵察に赴くべく皆に相談していた。


「よかろう。では我らは怪物退治の準備を整えておく。すぐに怪物の正体を見極め戻ってくるがいい」

「あ、でも相手によってはその場で処理してきますよ?」

「なに!? どういう事だ!!」


 自分の思い通りに事が運んでいる、と思い込み横柄に言うパンドルフ某。

 だが、相手が自分の意に沿わないと分かると、途端に声を荒げていた。

 皆、無視するか怯えるか、いずれにせよまともに取り合わなかったが。


「危ない相手だったら手を出さない?」


 と、希望を込めて言うのは女戦士の姫城小春(ひめしろこはる)だ。

 何故に好き好んでドラゴンなんぞに関わらなければならんのか。触らぬドラゴンに祟り無しだと思っている。


「無害な奴なら放置か。騎士様の名誉にもならんだろうしな」

「んー……まぁ相手次第。被害が出ているって報告自体はあるみたいだし」


 怪物(モンスター)と見れば見境なく襲いかかるのが冒険者ではない。少なくとも、ゴーウェンは殺しが好きなワケでも割に合わない仕事をしたいワケでもないのだ。

 報酬如何によってはバカな事もするのが冒険者という人種ではあるが。


「というワケで見に行くだけ見に行ってみようと思います。見て来るだけだからすぐ帰ってくるよ」


 何にしても、敵を知り己を知れば百戦危うからず。敵が分からなくても己を知れば五十戦危うからず。

 自分で処理するにもジト目姉さんの経験値とするにも放置するにも、判断するには現状を把握しなければならないのだ。

 そして、現状把握だけなら悠午ひとりが超音速で現場まで飛んで行けばよい。皆に相手させるのがヤバそうな相手なら、その場で沼諸共吹き飛ばしてくれようと思う。


「あ、小春姉さんは同行してね。馬車を引いて」


 そして、油断していたヘタレ女戦士に無慈悲な師匠命令。本人物凄くビックリしていた。


                       ◇


 翌朝。

 小鳥が(さえず)り、朝靄の中でやや冷たい風がそよいでいる。

 まだ日が昇り切っておらず、早起きな現地住民をして未だ活動時間外という薄暗さの中、一台の馬車がリットの町を出立した。

 ところが異な事に、その馬車は馬が引くに非ず、また蹄の音や嘶く馬の鳴き声なども聞こえてこない。


 それもそのはず、立派な箱型馬車を引くのは、魅力的な容貌をしている現役大学生グラビアアイドルの女戦士なのだから。


「ひ……ひーん!」

「小春姉さん、馬の鳴き真似している余裕なんてあるんですか?」

「『鳴き真似』じゃないわよ泣いてるのよ! ねぇ村瀬くんこれ思った以上に恥ずかしい上に大変な気がしてきた!!」


 容姿とは逆に態度は万事控え目なお姉さんが、珍しく年下の少年にキレていた。

 本来馬を固定する輓具(ハーネス)を、前に向かって押すようにして馬車を引く美少女。どう見ても奴隷労働か罰ゲームである。

 しかも、予想していた事だが馬車は重たい。幌馬車などではなく箱型なので尚更重たい。

 まだ宿屋から100メートル弱しか進んでいないのに。

 これをこれから延々と続けるハメになるかと思うと、小春はもうレキュランサスに帰りたかった。冒険の旅終了のお知らせである。


「引けてるんだから、そのウチ慣れますよ。脇絞めて、腰を落として、踏み込む足は親指を十分に意識してください。全身の力を使って引くんです。上半身だけで押そうとすると腰やりますよ」


 一方、当たり前のように言ってくれる年下師匠こと村瀬悠午は、小春の後ろにある御者席にいた。馬が自発的に進路を考えてくれるので、手綱を持つ必要が無い。


 実際、重量にして600キロに迫ろうかという箱型馬車だが、小春はこれをどうにか引けていた。これがただの女子大生なら、まず無理だろう。

 プレイヤーという人種は、レベルアップで得られるステータス補正により、体力や膂力が常人より遥かに優れている。

 ましてや小春はフィジカルに優れた戦士職。レベル12という低レベルであっても、並みの男10人前の力は持っていた。

 いっそ馬車がビクとも動かなければ言い分けも出来たのに、と小春は無念に思うものである。


「アハハハハハ! ほら走れウマぁ! サボるんじゃねー!!」


 と、悠午の横で馬車の中からS顔を覗かせるのは、ジト目魔術士の御子柴小夜子(みこしばさよこ)だ。

 朝っぱらからご近所迷惑な哄笑を上げ、悠午が止めなければ今にもムチを振るわんばかりだった。


「グギギギ……お、思いっきり揺らしてやる! 乗り物酔いを起こすがいいわ!!」

「そんなスピードが出るならやってみるがいいわフハハハハ!」


 屈辱に歯を剥き出しても美人な女戦士に、いっそエロく見えるほどに高揚した顔のジト目。

 こういう時に口を挟むとロクな事にならない、と経験で分かっているので何も言わないが、弟子を煽るのはやめて欲しいと悠午は思った。メンタルを鍛えるのは当分先になると思うので。


 当初、沼の怪物を偵察しに行くのは悠午と小春のみと予定されていたが、アストラ騎士の5人以外は、結局全員が付いて来ていた。

 プレイヤーのお姉さん方は、経験値稼ぎの機会を逃したくない。

 悠午の弟子となったグラマラス魔道士は、師匠が何かするなら一瞬たりとも見逃したくないそうだ。当然従者の青年も付いて来るしかない。

 冒険者の小柄な斥候職とベテランの大男は、町に残ってもやる事がないと言う。


 そして、もうひとり。


「本当にプレイヤーが馬車を引くのだな……。何というか……その……厳しい修行だな」

「うう…………」


 馬車の横をカッポカッポと馬に乗って並ぶのは、騎士の中で唯一付いて来た禿頭傷の男、オゼ=セントリオだ。

 その騎士様、プレイヤーの美女が人力で馬車を引くという光景に言葉も無い様子。

 小春には追い討ちの科白(セリフ)となった。


「男爵の言う通りドラゴンが出たなら、ご報告に戻るつもりですよ? 一応…………」

「いや、どの道お前達が戻るまでは我らも出発しないからな。それに、元はと言えばパンドルフ卿が言い出した事。

 全てをお前達に押し付けて待っているだけというのも詰まらんし、どんな怪物が出るやら興味もあったのでな」


 と、言って付いて来た禿頭騎士であるが、要するに目的は品定めである。

 自分の見込んだ冒険者と異邦人(プレイヤー)が、期待した通りの実力を持っているか今一度見定める機会を窺っているのだ。

 ちなみに、その辺の真意も今回の同行の件も、同僚の騎士たちには一切話していない。


                       ◇


 女戦士は、だいたい1時間ほどで力尽きた。

 とはいえ、不整地の上りやら下りを徒歩と変わらぬ速度で馬車を引いて歩き通したのは、初日にしては大したものだったと言えよう。

 今は馬車の中で死体のように転がっているが。


 その代わりに、


「ん……ぬぅおおおおおおおおおおおおおお!!」

「クロードよぉ……。プレイヤーでもないのに、お前さんにはチョイ酷なんじゃないのかね」


 何故か先刻までの美人戦士のポジションで、馬車を引こうと歯を食いしばっている騎士見習いの青年、クロード=ロックナー・ヴィレアム。

 だが、御者席の大男が呆れたように言う通り、馬車は動かず気合だけが空回りしている様子。

 ヴィンセンタール子爵の従者をしていただけあって、それなりに体力はあるクロード青年。

 とはいえ、レベル12のプレイヤーの身体能力とは比較にならず、重量600キロ超の馬車は一向に動かなかった。


 なんでまたクロードがこんな無茶をはじめたのかと言うと、曰く『旅の間、私も力を付けたいと思いまして』との事。

 そこで、女戦士が早々に屍と化したのを見計らい、続きは自分が、と名乗り出たワケである。

 しかし、前述の通り人間馬車馬(ばしゃウマ)の刑(仮)は若き達人がプレイヤーのお姉さんに課した修行だ。一般人にはお勧めできない。

 それに、これでは旅の方も一向に進まず、クロードの根性に期待してもいられなかった。アイソメトリックストレーニングじゃないんだから。


「クロードさんは……あれ? 剣で身を立てようとか、そういう事を考えてらっしゃる?」

「は……あ、いえ、もちろんそれも騎士を志望する者として当然ありますが……この様な時代ですから…………」


 とりあえず朝食でも用意するか、と馬車を降りる悠午の問いに、言葉を濁して答える青年騎士見習い。

 一方で、馬車を引っ張る意気込みは非常に強く見えた。

 自ら率先してやりたいとは、達人の少年の方も恐れ入る。あまりに弟子の女戦士に不評だったので、もうちょっとやり方を考えるべきか? と思っていたのに。


 既にふたりも弟子を抱えてしまっている未熟な身。これ以上人様のコンバットマネジメントに口を出したくはない悠午だが、やはりクロードが小春と同じ修行をするのは無茶であると判断する。

 大学生グラビアアイドルのプレイヤーは、必要最低限動くだけの筋肉も無く、またそれを動かす経験も無いのに、ただひたすらパワーだけはあるという不自然で異常でアンバランス極まりない状態だ。

 その辺を十分に考慮し、筋力だけ付ければ良い、というようなトレーニングはやらせてない。

 古流のやり方、組み打ちと実戦での死合いを重視した鍛え方をしている。


 だが、クロードはそういうワケにもいくまい。

 ロクに運動していない現代日本の女子大生とは身体の作りからまるで違うが、かといって筋力以上の身体能力も持ってもいない。当たり前だが。それが当たり前だが。プレイヤーがおかしいのであって。


 悠午が見たところ、クロードという武人は悪くない基礎能力を持っているように思える。伊達に年がら年中強者と殴り合っていないので、相手の身体を見れば筋肉の付き方は見当が付くし、“気”を見れば容量や出力から性質まで大体のところが分かるのだ。

 クロードも鍛えればソコソコ良いところまでは行くだろう。武道に才能は不要だ。修練あるのみ。いかんせん悠午はサラブレッドなので素質の塊だったが。


「『ソードマンスタイル』かー…………」


 チーズを散らしたトマト麦粥などというイタリアンな朝食を作りながら、ひとりごちる(タスキ)掛けの達人。食事を作る時はこのスタイルだ。

 武芸百般に通じる悠午であるからして、ロングソードやショートソード、バスタードソードの類も一通り使えた。スコットランドの片田舎、ハイランドで老騎士に手解きを受けた事もあるのだ。

 だからと言って、自分がその剣を振るって良いものか、という疑問はある。今となっては完全に亜流と化しているので。


 ましてやヒトに教えるなど、おこがましくて出来やしない。


「ご飯出来ましたよー」

「おー、美味そうだな」

「お腹に優しそう…………」


 考え込んでいても手際は良く、イタリアン麦粥とジャガバターにスープの朝食完成。

 酸味が有って食が進む赤いお粥、手作りバターのコクもあるホカホカ蒸イモ、そしてちょっとクセのある豚骨出汁スープと、どれも非常に好評だった。


「吾輩、プロスレジアスでもこんな美味い飯を食った事はないのだがな……。レキュランサスではプレイヤーが色々変った物を作っていると聞いた事があるが」

「そういやプレイヤー連中、時々生の魚を刻んで食ってたりするが、アレは美味いのかね」


 などと会話しながらも、お代り二順目の禿頭傷と大男のベテラン冒険者。

 悠午はと言うと、一足先に食事を終わらせ皆の様子を窺った後、


「梔子さん、片付けお願いしていいですか?」

「あ、はい、それはもちろん」


 やおら立ち上がると、食器片付けを若奥様法術士の梔子朱美(くちなしあけみ)にお任せする。

 決して楽したいからではなく、同じく朝食を摂り終えていたクロードに用事がある為だった。


「クロードさん、腹熟しにちょっと運動してみませんか?」

「は…………?」


 唐突に何を言い出すのか、と一行の視線が悠午に集中。即座に意味を理解したのは三人だけだ。

 そして、クロードはと言うとやや理解が遅れ、しばらくポカンと悠午を見上げていたが、


「は、ハイ! お願いします!!」


 気付くと同時にバネ仕掛けのように跳ね上がる。


 こと料理のみならず武道において半端ない実力を見せる達人が、力を付けようと踏ん張っている騎士見習いに一手授けようと、こう言うのだ。

 ゴーウェンは面白そうに、女戦士は捨てられるのが不安そうな犬のような顔をしている。他のプレイヤー三人は、いったい何が始まるのかと目を丸くしていた。


 悠午本人は偉そうな事などさっぱり考えていないのだが、とりあえずクロードの実力のほどを確かめてみようと思う。

 仮に、特に何かが進展しなくても、組み打ち(試合)だけでも意味はあろう。小春に他者の試合を見せる、というのも悠午の狙いだ。


「ま、そんな固く考えずに……。戯れ程度に考えていただければよろしい」

「はい……お手合わせ願います」


 ともすれば少女のようにも見えてしまう達人が、その顔を凄まじくキレのある微笑に変えた。こういう時は齢14の少年では到底年季が足りないので、お爺ちゃん、村瀬蔵人の真似である。


 相手は年下だが、クロードは悠午に最大の敬意を払っていた。何せ、実力のほどはシャドウガスト戦から今まで常に証明されてきたのだから。

 そんな達人が本性を見せたと思い、クロードの緊張感は高まりっ放しだった。


 馬車が停まる川のほとり。そこから少し離れると、対照的なふたりが正面から相対する。

 悠午は例によって適当な棒を拾い、これまた適当な長さに整え気楽な様子で肩に背負っていた。

 今までに悠午と小春が散々遣り合っているのを見て来たクロードは、真剣を抜くのに迷いが無い。自分が小春に劣るとは思わないが、かと言って決定的に勝るとも思わない。

 互いに戦士であるなら、万が一の事があっても泣き言など言わないものだ。その点は、小春よりクロードの方が遥かに覚悟が決まっていた。


「それでは…………参ります!」

「どうぞ」


 とは言ったものの、泰然自若にして天地を貫く大樹か鎮座する岩塊のように佇む達人に、どう仕掛けて良いか大分迷う騎士見習い。

 気の弱い人間が勝手に相手を大きくしてしまう事はよくあるが、今回に関して悠午はクロードの想像を大分上回っている。

 クロードの得物は一般的な歩兵剣(ショートソード)、約80センチ。悠午が知る物よりも、やや幅が広く厚みもある。これは対人戦だけではなく、それ以外の生物との戦闘をも想定している為と思われた。

 重心を落し、脚を肩幅に開いて右側を引いている。この辺の構えは、人間が行う以上大きな違いも無い。

 その一方で剣の構えは、両手で持ち大きく後ろに振り被っている。初撃で必殺を狙うスタイルだ。騎士の剣術にしても、鎧の隙間を狙った突き主体の物ではない。やはり、人間以外を叩き斬る事を想定しているのだろう。


 興味深い、と思うと同時に、悠午は少し意地悪をしたくなった。


「それじゃ、こちらから」

「――――――――は?」


 杖代わりの棒を頭の上で高速回転させたかと思うと、肩、背中、脇と吸い付くが如く華麗に振り回し、そこから一歩踏み込んだけで5メートルの間合いを潰す。

 気が付いた時には、クロードの眼前に棒の先端が迫っていた。


「ッぉおおおお!!?」 


 無意識に横へ倒れ込むが、頭の横にちょっと掠る。

 すぐに剣を正面に、体勢を立て直し悠午の方へ向かい直ると、今まさに(・・・・)棒が振り下ろされる場面だった。

 剣を頭上に掲げて迎え打つと、単なる木の枝とは思えない重量のある一撃がぶつかって来る。


「ぐッ!? ぅおあ!!」


 気合と共に吠えるクロードは、悠午の棒を無理矢理かち上げると最小の動作で剣を突き出す。

 動かない悠午は、前方の空間を真下から斬り上げる様にしてクロードの剣を弾いた。そのまま頭上で回すと、無造作に振り下ろす。

 クロードはこれもギリギリで(・・・・・)頭を振って()わすと、斜め下から剣を振り上げる。

 これに悠午が棒の先を合わせて制すと、クロードは剣を捻り棒を弾き身体を旋回。

 遠心力をかけスピードに乗せて振り抜こうとするが、悠午は棒の腹で剣を止め、クロードはこれを切断できなかった。


「おー、結構やるもんだ」

「うん……あの剣士もなかなかのもの」


 一連の攻防を見物気分で眺めていた冒険者と騎士。いつの間にか酒を持ち出して来ていた。

 クロードと悠午の打ち合いは続き、剣が木の棒を叩く激しい音が響いている。

 素人目にも分かるほど、実力差は明白。

 そして、それを見て怪訝な顔をする女戦士。


「なんかズルイ…………」

「なんだいったい。彼氏を取られたって? 彼女気取りか」

「バカ、そういう冗談言ってる気分じゃなくて……」 


 『バカ』と言われた魔術士の小夜子が狂犬のような目になっていたが、女戦士の小春は気付きもしなかった。

 今まで何百回とブッ叩かれてきた小春は、悠午の容赦ないやり方が骨身に染みてる。

 隙が有れば確実に突き、甘い所や誤りが有れば痛い目を見せ、ガンガン追い込んでくるのが我が師匠だ。

 それに比べれば、クロードに対するやり方は、手取り足取りのハウトゥ本に等しい。

 差別だと感じるほど不満である。


 それが分かるほど、小春も成長しているという事だが。


 とはいえ悠午にしてみれば、小春とクロードでは持っている素養が違うのだから、相手によってやり方を変えるのは当然。

 クロードは既に基礎が出来ている。実戦経験もあるのだろう、戦いに対する姿勢がどこぞの女子大生とは根本的に異なっているのだ。

 悠午は打ち込みの速度を徐々に早く強くしている。それを、クロードがどこまで反応できるか。

 その力量をじっくり見極めている段階だが、思った通り身体能力も技の筋も悪くない。

 同時に、やはり実戦勘が無いと判断する。

 才能という点でも特別な物ではなく、英雄的な飛躍は難しいと思われた。

 天才でも努力は必要だというのが、これまでの人生で散々痛い目に遭って来た悠午の感想だが。


 開始当初から速度と威力が5割増しになった段階で、クロードは防戦一方になった。

 好青年が必死な顔だ。体力、スタミナ、肉体疲労的に、真綿で首を絞められるが如くジワジワと追い込まれている。女子大戦士に『サドっ気がある』と言われても仕方のないやり方だった。

 終いには、丸一日駆けずり回ったかのように、精も根も尽き果て剣を持ち上げる事も出来ない状態に。


 トドメを刺すのは、悠午の予定には含まれていない。

 実力の程は十分に見せてもらったと思われる。



クエストID-S042:遭遇は常にスペシャリスト 01/20 18時に更新します

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