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004:プレイヤーズシステム・オフライン

.


 ヒト種族圏『アストラ国』。

 『レキュランサス』市、異邦人の山岳神殿、北部裾野『フルーフ』の森。


「…………ったく、あの爆乳いったいどこまで行ったんかなー……。壁が魔術士職を放って行ってどうするよ」


 やさぐれ口調でズンズンと歩いて行くのは、前髪を切り揃えた長い黒髪の少女だった。

 整った端正な顔立ちだが、ジト目な上に口調がやや宜しくないと、お淑やかな見た目とのギャップが目立つ。

 そして何も言わないが、やさぐれ市松人形には同行者がひとり。

 同じ黒髪だが少しばかり量が多く、目元が隠れてしまっている俯きがちな少女だ。


 ジト目の市松人形は、グラスグリーンのロープと焦げ茶の服にクリーム色のロングスカート。手にしているのは、序盤のレアドロップ装備である『飛竜骨のスタッフ』。

 モッサリ隠れ目の方は、青い聖職者のワンピースに白いロングカーディガン。持っているのは『戒めワンド』。

 森を行く少女ふたりは、初期魔法職と支援職の魔術士と法術士だった。


「小春さん……大丈夫かな」

「姫よりあたしらの方がピンチだっつーの。壁無しじゃ3体くらいモンスターが出た時点でチャージ中に喰らってファンブルでハメ殺し確定だからね? 紙装甲のかなみん(・・・・)じゃワンパンで殺されるだろうし」

「はぅぅ…………」


 その科白(セリフ)とは逆に、特に恐れる風でもなく前進を続けるジト目魔術士。

 一方、隠れ目法術士はワンドを抱き締め縮こまっていた。

 ちなみに、紙装甲なのはお互い様。

 ふたりとも重装備をしてない、出来ない初期の魔法職で、例えゴブリン程度の攻撃でも大ダメージは必至。

 魔法で攻撃するにも、その前に相手の攻撃で中断させられ何もできずに殺される可能性が高かった。

 ソロでのプレイには向かない職種だ


 元々この魔法使い職のふたりは、もうひとりの戦士職の女性と、フルーフ森を訪れていた。

 しかし、クエストの最中に捌き切れない数のゴブリンの群れに襲われ、逃げる途中で(はぐ)れてしまう。

 幸か不幸かゴブリンの集団は女戦士を追って行ってしまったので、足の遅い魔法使い職のふたりは、追いかけられずに済んでいた。


 だが、モンスターの跋扈する領域(フィールド)の只中に居る事実は変わらず、依然として彼女たちは死の危険に晒されていた。



 かと思えば、何やらけたたましい派手な足音が接近して来る。



「ヤベッ!? 何か来た!」

「ひッ!?」


 足音は複数。

 (はぐ)れたのはひとりだけなので、当然の如く魔法職のふたりは警戒して隠れようとする。

 相手はモンスターか人間か、あるいは他の何か(・・・・)か。

 何にせよ、遭遇した相手が友好的でなければ、見つかった時点で命の危険もあった。


「っとお!? かなみんこっち!」

「う、うん……!」


 道の横に()れるふたりは、茂みの中に分け入りしゃがみ込むと、うつ伏せになって丸まる。

 忙しない足音は真っ直ぐ自分達へ向け近づいており、片や緊張の面持ちで、片や涙目の青い顔で息を殺し、何者かが通り過ぎてしまうのを心から祈っていた。


 だと言うのに、祈りも虚しく複数の足音は間違いなく、魔法職の少女達の近くで足を止めてしまう。


 狙いは十中八九自分達だと思うと、少女たちの頭へ一気に血が昇った。

 見つかる事、死ぬ事の恐怖で心臓が爆動し、脚が震える。

 今すぐに何振り構わず走って逃げたいという本能と、逃げ切れるか分からず、戦うのも危険で、見つかっていなければこのまま隠れているのが最も安全だという理性も働く。

 その一方で、とっくに見つかっているのではないか、という疑念も頭の中でグルグル回り、緊張と混乱と恐怖と焦りで少女たちが限界まで追いつめられていた。


 が、その時、


「ホントにここなの!? どこにも居ないじゃん!」

「いや多分そこな木の下に居るのがそうだと思うっスよ? 女の人、ふたり、こんな所に、条件ピッタリだし」


 聞き覚えのある声に、魔法職の少女ふたりは思わず茂みから立ち上がった。


                        ◇


 ひと月前、オンラインゲームのVRMMO、『ワールドリベレイター・オンラインユニオン』と良く似た(・・・・)世界に迷い込んだ大学生グラビアモデルの姫城小春(ひめしろこはる)は、同様にこの世界に来た元ゲームプレイヤーの少女たちと共に、ゲームと同じように冒険(クエスト)を行っていた。

 しかし、あるクエストで対応出来ないほどのモンスターの群れに遭遇した小春と仲間(パーティー)のふたりは、逃げる途中で逸れてしまう。

 運悪くモンスターの全てを引き受けるハメになり、逃げ切れずに追い詰められて殺されそうになっていた小春。

 だが、そこに降って来る(・・・・・)ひとりの青年により、小春は命を救われる事となった。

 落ちて来た青年、村瀬悠午(むらせゆうご)は、モンスターのボスと群れを素手による打撃のみで撃退。圧倒的な力を見せつける。

 そのすぐ後、小春は逸れた仲間を探す為に走りだし、悠午もまたそれに続いていた。



 それから間もなく、小春と魔法職の仲間ふたりは合流する事が出来た。

 ところが、仲間の女戦士の隣には、何故か見た事もない黒い胴着袴の青年が付いている。


「誰や!?」


 ファーストコンタクトの相手に、いきなり指を突き付けるジト目市松人形。

 その姿勢のまま、しばし悠午と見つめ合ってしまったが、


「え? 本当に誰? NPC?」


 相手の沈黙に耐え兼ね、ジト目魔術士は袴の青年から目を逸らし、隣にいた女戦士に答えを求めた。


「えーと…………」


 そこで、言われて気が付く女戦士の小春さん。

 そういえば、肝心な事をまだ聞いていなかった、と。


村瀬悠午(むらせゆうご)……です。なんだかよく分からんけどよろしく」


 指を突き付けられたまま、腕を組んで泰然自若と答えたのは、胴着袴の青年の方だ。

 全く動じない只者ではない感じの姿に、気圧されたジト目魔術士が「うっ……」と後退る。


「ちょいと姫! どういう事!?」

「『どう』って……ゴブリンにやられそうになったところを助けて……もらった?」

「何その疑問形? てかプレイヤーだよね?」

「多分…………」


 何だか知らないが形勢不利(?)と見たジト目の魔術士は、美貌の女戦士を捕まえ木陰で内緒話(ガールズトーク)に入った。

 彼女は一体何と戦っているのだろう。

 とりあえず状況を把握したい悠午は、お姉さん方の話が終わるで、放置プレイに耐えるのみであった。

 年上の女性に振り回されるのは、今に始まった事ではないのである。


「はぁ!? ハイゴブリンをソロで!? てかこんな序盤のフィールドでハイゴブリンは出ないっしょー?」

「だって出たんだもん…………。しかも彼、素手でやたら強かったし」

「モンク系? ハイゴブリン倒せるくらいってーと、『グラップラー』あたり!? 地雷職じゃん。壁にならないし素手なら他の戦士職レベル上げる方が補正高いしスキル微妙だしそのクセ転職メンドクサイし」

「いや……多分来たばっかりだから、じゃないかな?」

新参者(ノービス)!? ウソぉ……。姫、それはウソだよー。それなら戦士とか初期職の筈じゃん」


 胡乱な眼で悠午をチラ見する市松魔術士。

 一方、美人の女戦士も、自分の発言に自信なさげだった。


 確かによっぽどステータスが高くなければ、普通なら単独(ソロ)でハイゴブリン挑んだところで、何も出来ず殺されてお終いだ。

 改めて問い返されると、確かに色々と信じ難い。


 悠午としてはどう思われても、どうでも良い事ではあったが。


「とにかく彼も『レキュランサス』に送って行きたいし、今日はもう帰ろうよ。剣も無くしちゃったし……」

「うわ、お金無いってクエ受けたのに武器無くすとか……。どうすんの?」

「うぅ~~……。な、ナイフで頑張る?」

「それにクエストもまだクリアしてないし。ペナルティ付くじゃん」

「うぅぅぅううう…………」


 武器を失い、大分消耗した事もあって、一度街に戻ろうと言う女戦士。

 だが、元々彼女等も目的があって、この森にやって来たのだ。

 報酬を伴う依頼(クエスト)。それを達成出来なければ、少々面倒な事になる。


 女戦士の小春は、絞り出すような(うめ)きを上げて頭を抱えた。

 組合(ギルド)で仕事を受けた以上、未達成となればマイナス評価、ランクの格下げ、罰金の発生と、時々によりペナルティが発生する。

 今回の依頼(クエスト)に、罰金は設定されてない、筈だ。

 しかし、一定期間内にマイナス評価が貯まると、組合(ギルド)における冒険者のランクが落とされてしまう。

 冒険者のランクが落ちると、受けられる依頼(クエスト)にも制限が出てしまうのだ。


 小春達のランクは、現在『D』。

 これ以下だと最低の『E』ランクとなり、得られる仕事は雑用しかなかった。

 当然、報酬も低い。


「あ、アクシデントって事でお咎め無しには…………」

「ならないだろーね」


 無慈悲に斬り捨てるジト目魔術士に、女戦士はガックリと項垂れた。

 冒険者組合(ギルド)はプレイヤーをはじめとした冒険者を様々な形で支援してくれるが、慈善事業団体ではない。この世界の多くの現実同様、ドライだった。

 こうなると選択肢は、甘んじてペナルティを受け入れるか、気合で依頼(クエスト)を達成するかの、どちらかしかない。

 言うまでもないが、生きていく為には稼がねばならぬ。

 遊びのゲームでは気にもしなかった現実。

 今回も、この世界での生活の為に、カネになる依頼(クエスト)を受けて来たのだ。

 にもかかわらず、依頼未達成で物的な損失も大きいと。

 泣くに泣けぬ状況だった。


「そもそもどうしてゴブリンが群れてるのよ、こんな所で……。しかも考えてみたらあの群れ、絶対にハイゴブリンが原因だし!」

「でもハイゴブリン倒したんでしょ? レベル上がった? なんかドロップ無かったの?」

「…………倒したけど逃がしちゃった」

「なにやってんだコイツ」


 ジト目の市松魔術士が極寒の視線を、ブチブチ言う美貌の女戦士に叩き付ける。

 だがそれは、自分のせいではないと小春は訴えたかった。


「よく分からんのだけど…………どういう事かな?」

「ふぇえ!?」


 一方、会話の内容がサッパリ読めない悠午は、手持無沙汰で無聊の慰め的に、同じく放置されていた魔法職の少女へと話を振ってみた。

 俯き気味で目元を前髪で隠した少女は、いきなり異性に話しかけられて怯えた声を出す。

 今までの人生では遭遇した事のないタイプに、悠午の方が少し引き気味だった。

 考えれみれば、少年の周囲には押しの強い女ばっかりである。


「あー……と、すいませんね。村瀬悠午です。改めてよろしく」

「は、はいッ…………! ひ、久島香菜実(ひさしまかなみ)、です…………」


 木の陰に隠れながらも、一応自己紹介に応えてくれる律儀な隠れ目法術士。

 悠午は、これ以上の接近に迷った。14の少年にはハードルの高い相手である。


「えーと……その、これ以上近づかない方が良いですか? ヒトと話しする事自体好きじゃないですか? そういう知り合いってオレにもいますよ? バイト先なんですけど、まぁ必要な事さえ会話できればそんなに困らないんでいいですけどね」

「は……だ、大丈夫、です…………」


 どうにも大丈夫ではなさそうだ。

 しかし、コミュニケーションを取ろうという意思は感じる。

 言葉が通じて会話にならないような相手よりは、遥かに有難い事だった。


「でー……話を聞いている限り、この森でまだ片付ける用事が残ってる、って事ですか? このまま帰ったら問題がある、って事ですよね?」

「はい…………。『シックルー』、を倒して持って行かないと…………。クエスト受けてクリア出来ないと……その、色々…………」

「『シックルー』?」


 隠れ目法術士の説明は分かったが、持って行かねばならないと言う『シックルー』とやらが良く分からない。

 自分の知らない何かだろう、と悠午が考えていると、


「カンガルーとウサギの中間みたいな動物。足が速いけどそれほど強くないから、上手く追い込めば狩れるのさ」


 上品な容貌のジト目魔術士が、見た目と違う蓮っ葉な口調で法術士の説明を補足した。

 かと思うと、無遠慮に胴着袴の青年を、上から下までジロジロと品定めする。


「まー雰囲気あるけどさ……。いつこっち来たの? まさかホントに初心者じゃないよね?」

「えーと……『ワールドリベレイター』だっけ? そのゲームはやった事ないし、他のゲームも知らないっス。こっちに来たのは……多分30分くらい前かな」


 悠午の答えに、思いっきり胡乱な眼をするジト目の魔術士。

 その場で女戦士の方へ振り返ると、小春の方も理解不能と言わんばかりにブンブン首を振っていた。


「なんかね……彼、上から降って来たみたいで…………。ゲームスタートなら山の神殿の中でしょ? ホントにプレイヤーじゃないのかも」

「はぁ!? それじゃやっぱりNPCじゃんよ」

「でも根岸出身だって」

「島根っス」


 ちなみに悠午は島根出身の横浜在住だったが、それは良いとして。


 仲間の女戦士の言葉が信じられないと言うジト目の魔術士。

 悠午としては、何がお気に召さないのかが、サッパリである。


「んじゃ『システムコンソール』は? プレイヤーなら出せる筈なんだけど」

「なんですその『システムコンソール』って? てか、オレはその『プレイヤー』とやらじゃないんじゃ……………?」

「シャラップァ! プレイヤーじゃないNPCでもないなら何なのか、って話ですよ! いいから出してみなさい『システムコンソール』!」

「…………出し方がわかんねー」


 『システムコンソール』とは、ゲーム中でプレイヤーが呼び出すシステムメニューの事だ。

 呼び出すと目の前の仮想空間に半透明のウィンドウが出現し、そこに書かれた『アイテムインベントリ』『スキルツリー』『操作ログ』『ログオフ』『各種設定』『ゲームの終了』など項目を選択し、実行出来るようになるユーザーインターフェイスである。

 通常はゲームのコントローラーを用いるか、VRシステムの声による入力(ボイスコマンド)と生体パルスインター(BPIF)フェイスの併用で選択と決定を行える。

 これは、ゲームに限らないVRシステム全般に共通する入力方法だった。



 『ワールドリベレイター』とよく似た世界に迷い込んだプレイヤー達は、当然の如くゲームコントローラーなどは持っていなかった。

 ところが、驚くべき事にゲームと同じシステムメニューを呼び出す事は出来た。

 もっとも、『ログオフ』や『ゲームの終了』といった項目は消え失せ、本来はアイテムがたっぷり入った『アイテムインベントリ』は単なる所有アイテムの備忘録と化し、映像と音声の調整も出来なくなっていた。

 だとしても、これらのメニューを呼び出せる事、それに自分以外にもプレイヤーが多く実在するという事が、この世界がゲームと同だとされる証しだった。


「し、システムコンソール? システムコンソール!」


しかし、悠午が呼べど待てども何も出ない。

実は、VRシステムを使うには、最初にゲームコントローラーを併用して、システムコンソールを呼び出す際の生体パルスを個人プロファイルとして覚えさせる必要がある。

 なので、一度もゲームをした事がなければ、コンソールを呼び出せる道理も無かった。


「出ないじゃん。NPC確定(かくてー)

「もこの際何でもいいスけど…………。で、その『NPC』ってのは?」

「Non Player Character。頭文字を取って『NPC』。プレイヤーが操作しないゲームキャラの事よ。確か…………」


 女戦士の捕捉説明に片眉を上げる袴青年。

 つまりデータ上の虚構の存在というヤツらしいが、勿論悠午にそんな覚えは無い。

 特にその辺を強く主張する気もなかったが。


「ふーん……。で、オレがそのNPCかどうかって、そんなに重要な事ですか?」

「いやアイデンティティーの大問題だと思うんだけど…………」


 自分が人間じゃないとレッテル貼りされれば、どんな者でも否定したくなるだろう。


 だが、悠午はそういう事をあまり気にしない。

 今まで何度も何者かを問われ、出した答えに尽く意味が無かったからだ。

 それに、こういう事は主張したところで、相手に受け入れられる事はまずない。

 重要なのは常に、自分がどう行動するかだ。

 他人がどう言おうと自分の人生には関係ない。

 極端な話、人生はそれだけだと悠午は思っている。

 可愛くない14歳であったが、それも特殊な世界に身を置くが故の人生観だった。


「まぁヒト種族のNPCならそんなに問題ないけどね」

「『ヒト種族』?」

「ワールドリベレイターには人間以外にもたくさん種族がいるのよ。エルフ、コボルト、ドワーフ、人魚、モグラ、えーと…………」

「比翼族に巨人族、小人、あと竜かね? モンスターまで含めたら無茶苦茶いるッ!」


 この他、樹木人(トレント)妖精族(ピクシー)、精霊種といった種族までおり、亜種や派生まで多岐に渡るとの事。

 問題は、このワールドリベレイターの世界において、ヒトという種の地位が低い事であるという。

 正確には種族としてかなりの力と規模を持っているが、どうも一部種族に好かれてはいないのだとか。

 その理由は、過去に存在したヒト種族の英雄が何かやらかした為らしいが、この時は悠午も詳しくは聞かなかった。


「しかもプレイヤーだっていうだけで目の敵にする奴までいるからね。プレイヤーはプレイヤー同士で固まっていた方が安全なのさ」

「つまり人間で、しかもプレイヤー? だと、ダブルで面倒って事ですか……」


 何処かで聞いたような話だ、と悠午は密かに溜息をついた。

 そういう話は元の世界でも嫌というほど見ているので。


「村瀬、くん? は人間よね?」

「そうっスね。多分間違ってないと思います」

「同じ人間でもプレイヤーと聞くと変な顔するNPCもいるけどね。でも……なーんかNPCっぽくはないんだよなー」

「どうっスかね。それよりもうさっさと帰りたい気分っスね」


 恐る恐る問う小春に、相変わらず懐疑的な目を向けている魔術士。

 一瞬だけ人間の定義というのを問いたくなる悠午だったが、自重した。

 面倒事は嫌いではないが、時と場合によるのだ。

 自己存在の哲学に耽溺するよりは、早々に帰る手段を探したいところだった。


「帰るったって手ぶらじゃ帰れねーってさっき言ったじゃん。今度のクエストをクリアしないと宿代も払えないってーの」

「生活費がね…………」


 吐き捨てるジト目魔術士に、生活に疲れた顔のグラビアアイドル。

 悠午が言いたいのは元の世界に帰るという事なのだが、お姉さん方には明日の食費の方が切実のようで。

 いきなり世知辛い話になってしまい、悠午としても何と言って良いか分からなかった。


 ちなみに悠午は、元の世界でもバイトに特別な仕事に、と14の身空では割と稼いでいたりする。

 それに、北アフリカや南米、中東へと放り込まれる事も多く、生活の苦というモノは普通の日本人よりも知っており、お姉さん方の苦労も身につまされた。

 揃って美人だというのが、余計に侘しさを引き立たせる。

 どうして悠午の周囲には残念な美人しかいないのだろう。

 14歳の女運は前途多難であった。


「えーと……さっきのアレ、なんて言いましたっけ?」

「え? え? あ、し、『シックルー』?」

「そうそれ『シックルー』。それ捕まえて戻れば良いんでしたっけ?」


 何をするにしても、先立つ物、という事であった。

 悠午が法術士から話を聞いていると、諸行無常に暮れていた女戦士と魔術士も、少年の言わんとするところを理解する。

 壁役の戦士が武器を無くしたのは問題だが、ここには恐ろしいモンスターを素手で殴り倒す青年がいるのだから。



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