039:実戦に向けたマインドセット
10日連続更新の1回目です。
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ヒト種族圏最大の国、アストラ。
その王に仕える6人の騎士としばらく旅をする事となったのが、昨日の話。
騎士たちは、ヒト種族ら黒の女神の眷属と、エルフを筆頭とした白の女神の眷族との戦争に参加する為、最前線たるアルギメス国へ向かっている最中だ。
騎士のひとりであるユラン=パンドルフ男爵は、現在地であるリットの町の冒険者組合に来ていた。
男爵、とはいうが、騎士の格としてはそれほど高いワケでもない。パンドルフ男爵家も、頭首のプライドが高いばかりの貧乏貴族家だった。
妹が侯爵というアストラ有数の貴族に嫁いで、多少社交界で顔が効く分他の貴族より優位ではある。
だがそれだけだ。
プライドが高いだけあって、ユラン=パンドルフは男爵位が自分に相応しいとは思っていない。妹の縁故で身を立てた、と陰口を叩かれるのも我慢ならない。
もっと高い地位に至らなければならないのだ。貴族社会と社交界で見下されない為には。
故に、必要なのは誰から見ても疑いようのない功績だ。基本的に貴族とは騎士である故に、武功は特に重視される。
そして、現在の戦場であるアルギメスには、武功がいくらでも転がっているといえた。
とはいえ、戦場に出て誰もが手柄を立てられるのなら苦労はしない。
戦闘となれば、命の危険を伴うのが当然だ。多くの者はそこで死に、生きて戻れれば儲けもの。華々しい手柄を立てる者など、ほんの一握りになる。
正式な騎士として取り立てられるのを望む女王の従者クロードも、自分の力量に疑問を持ったからこそ冒険を回避したのだ。それは、賢い判断でもある。
しかしユラン=パンドルフ男爵は、安全な武功の取り方というモノを知っていた。
◇
旅の道すがら立ち寄った、リットの町。
この町の近くには人気の無い林があり、近くに人家も道も無い為、多少騒いでも不都合が無い場所となっている。
小袖袴の武人の端くれ、村瀬悠午と仮弟子である美人戦士、姫城小春は、ここで日課の組打ちを行っていた。
行っていたのだが、
「ぅぐあッッ!!?」
「――――――――あ!?」
女戦士の振り下ろした超重量級の斧槍が、小袖袴を着た少年の頭部側面を直撃。悠午はそのまま膝から崩れ落ち、地面に手を着いていた。
組打ちは常に真剣を以って行う、これが悠午――――――の実家――――――の方針だった。悠後の方は木の棒などを使っていたが。
それも、師と弟子の天地ほども隔絶した技量を鑑みての事だ。
今の小春が多少馬鹿力で長柄の得物を振り回したところで、師匠に当たれば世話は無い、という話である、はずだった。
ところが、その前提条件が崩れてしまう。
「む、村瀬くん大丈夫!? ヤダどうしよう! 避けてくれるって思ったのに…………」
柄に伝わる鈍い手応えに、秀麗な顔を真っ青にする女戦士。
武器の重量に振りの速度が乗り、最も威力の高い部分が人間の頭に直撃したのだ。
最悪の想像に、小春の頭が真っ白になり、
そこに、悠後の突き出す棒の先端が叩き込まれた。
「ぐへぇッッ――――――――――――!!?」
「はいダメー」
丸太でぶん殴られたかのような衝撃に、成す術無く吹っ飛ばされる女戦士。美貌も台無しな悲鳴である。
一方の悠午はというと、頭に直撃を受けたのも小春を突き飛ばしたのも意に介さない様子で、無様な弟子をガッカリ顔で見下ろしていた。
美人さんは地べたの上を悶え転げているのだが、特に心配していない。そういう打ち方をしているので。
「一発入っても油断しないように、って言いましたよね。小春姉さんは相手の騙し打ちにあって死にました」
「ぐうぅ……し、死んじゃう…………」
小春にさえ見える程度のスローな突きだが、まるでクルマに轢かれたかと思う程の衝撃を以って叩き込まれていた。喰らう方としては、死ななければ良いとか言う問題ではない。
全身が痺れて息も絶え絶えな女戦士の弟子に、何でもないような足取りで師が近づく。
文句の一つも言いたい小春は、涙目で悠午を見上げるのだが、そこには今まさに棒を振り上げている鬼教師の姿があった。
「トドメ刺されますよー」
「ッ――――――――うギャー!!?」
咄嗟に転がる小春の、一瞬前までいた地面に棒の先端が突き刺さる。しかも追い打ちをかけて来て二発三発と連続で。
必死に避ける小春だが、歩いている相手から転がって逃げ切れるワケも無く。
挙句に投石機のような蹴りに掬い上げられ、強引に立たされた。当然、物凄く痛い。
「んグゥ…………!!」
「小春姉さん、痛がる前に止めるなり受けるなりしないと死にます。とりあえず目の前の敵以外は全部余計ですよ」
「そんな……無理だよぉ…………」
立たされたものの、脚に力が入らずへたり込む小春。悠午の頭に一発入れる前から、組み打ちで大分消耗していたのだ。体力もスタミナも使い果たしている。
悠午もそれ以上追撃しようとはしなかった。既に小春に泣きが入っており、これ以上は折れると判断した為だ。
何とも鍛え甲斐が無いお姉さんである。
「て言うかズルイ……酷い……。わたし村瀬くんに怪我させたかって、本当に怖かったんだから!」
「敵も同じような事をしてきますよ。キッチリ死んだのを確認するまでは油断しないでください。オレとの組み打ちも同じです。オレを殺せるくらいになったら、小春姉さん免許皆伝ですから」
騙された、と恨み事を言う小春だが、もっともな悠午の教えに黙らざるを得ない。
実戦では卑怯も何も無いのだ。勝つ為に手段を選ぶべきではない。その程度の理屈は小春にも分かる。死ねば全てが終わりなのだから。
しかし、感情は別だ。ワザと自分を攻撃させ、心配させた所で不意を打つ。こんな悠後のやり方に、どうしたって反感が湧いて出てしまう。
自分の死を軽々しく口にするのも腹が立つ。他の者がどんな気持ちになるのか、考えないのかと。
やはり、自分と悠午は住む世界や常識が根本的に違うのだろう、という小春の思いは、少し前から徐々に大きくなっていた。
「まぁオレも100回くらい騙されましたがね……。しかも逃げ場が無いようにハメてくるから性質が悪い」
そんな弟子のフラストレーションを知ってか知らずか、渋い顔でフォローらしきモノを入れる師匠。実家では幼い頃から何度泣かされてきたか分からない。性格の悪い大人が身の回りに多いと今も思っている。
悠午だってそんな大人の真似をするのは辛いのだ、と分かって欲しい半面、こういう時は非常に徹せねばならない事も分かっていた。少年は少し大人になったのである。
「実戦は無情で、取り返し付かないって事がほとんどです。一昨日も言いましたけど、自分と仲間を最優先するなら、自分も非情に徹してください。でないと、ほぼほぼ後悔するような結果になりますね」
「ハイそれは分かったけど…………わたしだって言葉で教えてくれれば分かるよぅ。身に着くまで繰り返し教えてくれるのも先生ってものじゃないの? 教わる立場でこう言うのもなんだけど…………」
「人間ってヤツは痛くないと覚えねっス。あと、手加減は非情でも出来るんですよ? てか、非情な時以外は手加減しちゃダメです」
大人の階段を上る少年の一方、お姉さんは不満そうだった。理屈としてはシンプルで間違いが無い分、反論のしようが無い点で更に不満が募る。
痛いし疲れたし格好が悪いし、底をついたモチベーションを隠す気も起きなかった。
これが『叢雲』の修行なら、やる気のない弟子など速攻で追い出すところ。
だが、悠午としては今更小春を置いて行くワケにもいかない。かといって、年上の素人のお姉さんのやる気を出させる方法など見当もつかない。
そもそも武人の聖地である叢雲本家で教えを受けられるのは、実力も才能もあるエリート中のエリートのみだ。
この手の事で苦労した事のない悠午は、そういう意味ではやはりお坊ちゃんだった。
◇
軽い挫折感を味わう師匠に、若干不貞腐れ気味の弟子アイドル。
微妙な空気のふたりが宿に戻ると、その一階食事処に見知った顔が集まっていた。
元ゲームプレイヤーである女性陣、ジト目魔術士の御子柴小夜子、若奥様の梔子朱美に隠れ目少女の久島香菜実ら法術士コンビ。
地元組、冒険者である大男のゴーウェン=サンクティアス。魔道士のグラマラス王女、フィアス=マキアス=イム・アストラ。王女の世話役兼護衛であり正騎士志望のクロード=ロックナー・ヴィレアム。冒険者である小柄な斥候職、ビッパ。
そして、昨日から同行している禿頭傷の男、オゼ=セントリオ。傲慢で陰険そうな顔そのものの人物、ユラン=パンドルフ。他4人を加えた、アストラ国と王に仕える6人の騎士。プラス、騎士それぞれに付き従う従者が6人。
これらに悠午と小春を加えると、計21人の大所帯となる。いつの間に。
「貴様らにとっても悪い話ではないぞ。討伐報酬はくれてやる。冒険者として名は売れるし、我らアストラの貴族に奉仕できるのだ。なんなら私から別に報酬を出してやってもよい」
「あんたらアルギメスに急ぐんじゃないのか? 箔付ける為に命を失くしてれば世話は無いと思うがな…………」
「ゴーウェンの言う通りだパンドルフ卿。先日だって危なかったではないか。この上自分からバケモノに向かっていく事はないだろう」
「何を言うかセントリオ! 我らアストラの騎士は王国と民を守る誓いを立てているではないか。ならば、これほどの災厄を見て見ぬ振りをするは騎士道の名折れであろう」
他に客もいない一階食堂で、冒険者や騎士が疎らに座り、何やら話し合っている。あまり楽しい話題ではなさそうだ、と悠午は思ったが、無視も出来ない。
宿の主人に鍋に入れた水とコップだけを頼むと、その声で他の皆も悠午の帰還に気付いていた。
「おー、ユーゴ」
「ヒメはまた修行か。ご苦労なこった」
「んー…………」
悠午はゴーウェンに手を振って応え、小春は小夜子の科白に苦い顔を見せる。
一体何の話をしていたのかと言うと、パンドルフ男爵が悠午達のパーティーにモンスター退治の依頼を持ってきた、という内容であった。
アストラの騎士6人は、隣国アルギメスの戦争に参陣する為、道を急いでいたはずだ。
それがなんだってまたモンスター退治になんぞ絡まなくてはならないのか。
パンドルフ男爵の言い分としては、王国と民草にとって危険な怪物を倒すのは貴族の義務、という理屈らしい。
誰もそんな殊勝な科白を信じちゃいないが。
その狙いも、透けて見える。
前述の通り、アストラ国の騎士6人は隣国での戦争に参加予定だ。
とはいえ、パンドルフの男爵位を最高として、6人の位は決して高い物ではない。貴族である正騎士は騎士爵を最も下位として、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵と上がっていく。公爵という位もあるが、これは王に連なる血筋の者として別格だった。
戦と軍を仕切るのは、侯爵や伯爵といった高位の者となる。将軍の役所だ。
子爵も上級貴族である為、軍団の指揮を任される場合が多い。前線指揮所などから采配を振るうのだ。
そして男爵以下は、基本的に前線だ。平民や傭兵から成る部隊を指揮し、戦場を駆け回る事となる。
一兵卒より遥かにマシだとはいえ、実際に敵と相対し剣を振るう事になるワケだ。
戦死率は、それなりに高い。
しかし、同じ下級騎士でも、ここで更に優遇される者とそうでない者が分かれる。
十把一絡げの名も無き騎士は、平民と大して扱いは変わらない。戦争の消耗品だ。
だが、勇名を馳せる者、既に戦功を持つ者は、必然的に温存される。
配下も、雑兵ではなく精鋭を宛がわれ、支給される物資も上等な物となり、より大きな舞台で大勢の味方と共に安全に手柄を稼げるのだ。
侯爵を親類に持つ『男爵』とはいえ、パンドルフは戦場に出る事となる。本人の性格から言って、更に伸し上がろうとしているのは明白だ。
ならば、前線に到着して戦列に加わる前に、より正確に言えば将軍などによって配置を決定される前に、派手派手しい英雄譚を引っ提げて行く腹積もりだろうと予想できた。
問題は、何だってお貴族様のポイント稼ぎに悠午たちが駆り出されねばならんのだ、という話で。
「どうだ? 貴様も一応治癒術らしき物が使えるのだ。私の旗下で怪物退治に加われ。根無し草のプレイヤー如きが貴族である私に逆らうものではないぞ」
「と仰られてもですね…………」
根無し草が貴族の言う事を聞く筋合いも無いのだが、それを分かった上で尊大に振る舞い、言う事を聞かせようとする貴族。
当然、悠午達の知った事ではない。ワガママ自分勝手な騎士が人助けなど本気で考えているとは思ってないし、戦いに不慣れな者を抱えて危険な寄り道などやっていられないのだ。
「ハッ! プレイヤーと言っても所詮高貴なる者の義務など理解できない俗物か。己の利しか見えていない者ばかりだ!」
そして、自分の欲しい返事が得られないと、臍を曲げて憎まれ口を叩く騎士。
『自分さえ良ければいい』ってそれは自分の事だろう、と大半の者が思ったという。ヒステリーを起こすのは容易に予測できたので口には出さないが。
その後もパンドルフ男爵は身内の騎士やプレイヤーの女子供へ諦め悪く多数化工作に動くが、騎士は渋り、プレイヤーの方は聞く耳持たぬと結果は振るわず。
自己中貴族がただひたすら悪態と嫌味を吐くという、気分の悪い結果に終わった。
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