033: 選んだ先がザ・ヘル
.
王宮とは王の住まう座所であり、一国の権威の象徴でもある。
それは国その物と言い換えても良く、城を落とされることは即ち、国を落とされるにも等しい大事だった。
故に、その守りは国内において最も堅くあるべきであり、ヒト種族圏最大の国『アストラ』であるならば、黒の大陸にて最も堅牢な要所と言っても過言ではなかった。
だというのに、城壁の裏手から王宮内部まで秘密の抜け穴があるという。
アストラ国王宮の敷地内。
その裏庭の端に、朽ちかけた騎士の像があった。
不意に、像の土台が内側から開くと、中から出て来るのはオッサン冒険者とプレイヤーの女たち、他一名である。
「なんてこった……城に来るなんざ二度とゴメンだと思ったが…………」
ヤバい所に出てしまった、と心底嫌そうな顔で呻く冒険者のゴーウェン。見つかればすぐさま、城中の衛兵が群がってくること請け合いとなれば、仕方がないだろう。
不幸中の幸いなのが、抜け穴を案内してきた斥候の少年曰く、ここは城の外れにあたり見回りも滅多に来ない場所だということ。
人目を忍ぶ為の隠し通路ならば、さもありなんと言ったところだろう。
「ほら、王女様が入っていったのはあそこの建物だよ。離宮って言っていいのかな?」
「『離宮』? 物置か何かだろアレ」
「城の作り……旧作のとあんまり変わってないね」
案内役の斥候こと『ビッパ』が指差す先に、王宮本体に背を向けられたかのような、小ぢんまりとした建物があった。
ヒトの寄り付かない場所にあり、周囲に窓も無く、目立たない建物だ。
大きさは、標準的なコンビニふたつ分程度だろうか。
王宮に隣接する以上『離宮』ということになるのだろうが、飾り気も何もないレンガ造りの建築物は、ジト目魔術士の言う通り倉庫か何かといった印象が強い。
女戦士はゲームの中でアストラの王宮に入ったことがあるが、内部を自由に動けたのはEp.1とEp.2だけだった。現状に近いEp.5では、イベント上で部分的に垣間見たのみである。
「ビッパ、あたりに誰かいるか」
「いないと思うよ? 上からざっと見たけど、ここ巡回路からも外れてるみたいだし」
「好都合だな……。おい、嬢ちゃんたちはここで待ってろよ。俺が見てくる。騒ぎになったら来た道を戻れ」
「いやあたしらも行った方がいいじゃね? いざって時にオッサンひとりじゃ切り抜けられねって」
「お前らがいたら逃げられるもんも逃げられんって言ってんだ……! 捕まったらその場で首を落とされるぞ……!!」
「だーかーらー、もし見つかったら全員で蹴散らすしかねー、ってんのよ!」
いざ100メートルほど先にある建物へ向かおうとするのだが、この期に及んで揉めはじめるゴーウェンとプレイヤーの小娘。
双方の考え方が全く違う為でもあるが、それも中心となる少年不在で、方針が定まらないのが原因だろう。その少年を助けに行くのだが。
「オイラが見張っておくから、みんなで行ってくればいいんじゃないの? なんなら足止めとか囮もやっとくから」
ここでビッパが、自らの役割を申し出てきた。
パーティーに先行し、地形の把握や罠の有無、敵の規模や動静を探るのが仕事となる斥候は、勘が良く身軽で隠密裏に動ける者が就く。
その性質から、敵の注意を自分に向け逃げ果せたり、罠などの小細工を用いて遅滞行動を取ることもあった。
ただ、自ら危険な役回りをこなせる一流の斥候は、言うまでもなく貴重だ。
元バリオ冒険者団の斥候、ビッパは、やはり優秀なのだろうとベテラン冒険者のゴーウェンは察した。
そんな奴がどうして、自分たちを追尾してきた上に手を貸そうとするのか、という疑問はある。
罠か、というのも一瞬頭を過るが、どの道忍び込むしかないのだから、考えるだけ無駄だった。
小柄な影が僅かな突起を頼りにして、王宮の壁を攀じ登り、屋根の上に潜む。クライミング技術も大したものだ。
ゴーウェンとプレイヤー3人は、なるべく目立たないよう足音を殺して建物へと駆け寄る。結局、女戦士の姫城小春や、奥様法術士の梔子朱美も付いてきた。
観音開きの扉に鍵はかかっておらず、簡単に侵入できた。不用心だと思うが、何せ王宮の敷地内だ。侵入者など想定していないのだろう。
内部は、彫像や絵画、家具が布で覆われ保管されていた。そこだけ見れば本当に物置のようだが、ゴーウェンは床が定期的に清掃されているのを見抜く。
ただの倉庫なら、常に清潔にしておく必要は無い。ヒトの出入りがある場所なのだろう。
「だ……誰かいないの?」
「いやいるだろうさ、カナミンとユーグレナが」
「ミコ……もうそれやめようよ」
「王女もどこかにいるんだろうよ。衛兵がいる気配は無いが、見つかったらすぐに逃げるぞ」
声を押さえながら、4人は分かれて倉庫内を捜索。
入ってすぐの広間を抜け、廊下に出た突きあたりに隠し扉を発見する。明らかに壁の色が部分的に異なり、見付けるのは容易だった。
隠し扉の向こうは、階段になっていた。幅は、3人は並んで歩けるほど広い。伊達に王宮の一部ではないということか。
地下階は明らかに地上部分より広かった。
階段の左右に廊下が通り、両側に等間隔で扉が並んでいる。
壁にかけられるランプが地下を照らし、陰影をくっきりと際立たせていた。
静まり返っており、一行の足音や装備の出す音、抑えた会話の声以外に何も聞こえない。
「…………どこ?」
「開けてみるしかないな」
女戦士と冒険者のオッサンも口数少なく、とりあえずどこでも良いので扉の中を調べる事とする。
どこかに浚われたふたりがいるはずだ。
さっさとこんな危険極まる場所から逃げ出したいと、扉のひとつを恐る恐る開く小春だったが、
「…………あら?」
「あ…………」
ひとつ目から、大当たりだった。
ただし悪い意味で。
腰が引けて中腰の女戦士が、開いた扉の向こうに見たのは、自身のそれを上回る巨乳と胸の谷間だった。
目を丸くして視線を上にズラすと、そこにあったのは無感動な王女様の顔である。
生来気の強い性質ではない女戦士は、この瞬間心臓が止まっていた。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー→Σ(゜Д゜;)!!?」
「姫!?」
「どうした嬢――――――っとぉおお!?」
女戦士の悲鳴で、ジト目とオッサンの方も最悪の事態に気がつく。奥さんはオロオロするばかりで思考が止まっていた。
一方のマキアス王女はというと、特に驚いた様子も見せずに、悠然と廊下へ歩み出る。
「ブリストー、何故彼らがここに? 言い含めたのではなかったの?」
「申し訳ございません、殿下…………。それほど利口な輩ではなかったようでございますれば……」
「すぐにお掃除いたします」
王女の背後に控えていた白髪に口ヒゲの老執事、主と同様に愛想も抑揚も無い栗毛のメイドが前に出る。
改めて見ると、揃って只者ではないのをゴーウェンは感じていた。
しかも、問答無用で攻撃の態勢を取っている。
それも仕方がない状況だとは分かっているが。
「む、村瀬くんとカナちゃんを返してください! 一緒に帰らないといけないんです!!」
腰が引けたまま、斧槍の柄を握り締めて訴える小春。
だが、貴族が下々の事情を斟酌し、願いを聞き届ける事はほとんどない。
今回も、その例に洩れなかった。
「諦めなさい、あの術者を手放す理由は無いわ。あなた達に用は無いから解放してあげたけど、王宮に忍び込んだ以上は見逃すのも無理ね。せめて、あの術者の協力を得る為に役立ててあげましょう。その間は生きていられるわよ」
それでも、慈悲深い魔導姫マキアス殿下は、自分の宝を盗もうとした不埒な賊にも寛大な執り成しをしてくださると仰る。
そのお言葉に心の底から感激し、ジト目のプレイヤーの御子柴小夜子はブチ切れた。
「ライトニングボルトくたばれクソババア!!」
魔法スキルの発動と同時に、放たれる憤怒の罵倒。
同時に、ジト目魔術士のスタッフから、マキアス王女へと白い稲妻が撃ち込まれる。
狭い空間で乱反射する閃光と轟音。
小夜子本人も狙っていたワケではないが、それは僅かな間、スタングレネードのように視界と音を遮っていた。
「たかがNPCの分際で調子ブッこきやがって何様だ! ストレスにしかならないキャラなんざ誰得だ開発!?」
「み、ミコ……!? 王女様にいきなり魔法はヤバいって!!」
「構わんこんな国二度と来るか!!」
耳を押さえる小春が悲鳴を上げるが、頭に血が上った小夜子には知ったことではない。
好き勝手抜かす腐れNPCなど、王女だろうがなんだろうがジト目のプレイヤーには我慢ならなかった。
ゲームでもこうして、腹の立つNPCを攻撃してはならず者化したものである。
ちなみに捕まってペナルティーを受けると解除される。
「まったく……プレイヤーの魔術は面白くないわ。誰が使っても印章のように変わり映えしない」
だが、一国の王女に攻撃した場合のペナルティーは、洒落にならないと思われた。
しかも、マキアス王女はおろか執事やメイドも変わらずそこに佇んでおり、ジト目魔術士の魔法スキルが利いた様子が無い。
魔導姫マキアス。
ゲームの設定上では、アストラ国随一の魔道士である。
「ステすら無いNPCのクセに…………!!」
スキルの待機時間が終わり、次の魔術をぶっ放そうとするジト目。
しかしその前に、王女の従者ふたりが動く。
「殿下に仇なしました。処分してよろしいですか?」
「仕方がないわね。既にひとり確保しているから構わないわ」
主の許可が出るや、無表情メイドは先頭のゴーウェンへ向けて走り出した。
とはいえ、ゴーウェンの方も伊達にベテラン冒険者をやってない。すぐに対応して見せ、メイドの袖口から延びた刃を、大剣を盾にして凌ぐ。
かと思えば、そのメイドはゴーウェンとは打ち合わずに、脇を抜け後方へ。
メイドの狙いを悟り、その前に叩こうとしたゴーウェンだが、続けて来た執事の迎撃を優先するしかなかった。
「お? え!? ちょっと!!?」
「ぶっ殺せ姫!!」
冒険者の大男を抜いたメイドは、そのまま低い姿勢でプレイヤーたちの方に突っ込んでいく。
敵の強襲に付いていけずパニックになる女戦士と、勢いに任せて殺人を教唆するジト目魔術士。
モンスターとは違う躊躇なく殺しに来る人間に、頭が真っ白になる小春だが、
その意思とは無関係に、身体の方は一万回近く繰り返した動作で、斜め上から斧槍を叩きつけていた。
「ッ――――――――!!?」
高速で振り下ろされる重量武器に、メイドはギリギリのタイミングで壁際へ飛び退く。
斧槍は床の石を叩き割り、尋常ではない爆音が地下通路を突き抜けた。
武器重量とステータス補正されたプレイヤーの膂力による攻撃は、それだけで戦士を鎧ごと叩き潰す破壊力を持つ。
しかも小春の攻撃は、斬撃の型や踏み込み、間合いと、悠午の教えてきた事が奇跡的に発揮され、文句の無い一撃となっていた。
「ぬ!? ツーリ!!」
「余所見かジイさん!?」
吹っ飛ばされたメイドに目を見張る老執事だが、目の前の冒険者相手に隙を作るのは致命的だ。
狭い通路をいっぱいに使い、ゴーウェンは逃げ場の無い剣撃で老執事を追い立てる。
並みの兵士なら持ち上げることも困難な大剣を振り回し、だが一向に冒険者の勢いは緩まない。
「っしゃぁあ! 奥さん回復の方ヨロー! ヒートショッククラッカー!!」
ヒートショック・クラッカー、熟練度15。
近~中距離範囲攻撃、高熱及び衝撃(火/風属性)、対象に確率で混乱と目眩まし。
ジト目魔術士から大量の火花のような物が飛ぶと、それらは王女の周辺で次々と弾け飛んだ。
熱波こそ届かないが、耳をつんざく音と光に王女も顔を顰める。
「その魔法防御はアイテムの類と見た! 耐久値超えたら壊れるんじゃねーの!!」
高笑いしながら、ジト目は魔術スキルを連発。
威力より妨害効果重視のスキルは、覚えたてで習熟度は低いがクーリングタイムも短く、速射性が高かった。
ゴーウェンが格闘老執事を叩き返し、女戦士の斧槍がメイドを寄せ付けない。
ジト目の魔術士は手数で王女を抑え込み、奥さま法術士が全員を回復魔法スキルで支える。
戦力は拮抗して見えたが、人数とステータス補正で、プレイヤー側がやや有利か。
かと思われたその時、上階から慌ただしい無数の脚鎧の音が近づいてきた。
「チィッ!? 兵士が来やがったか!」
「うげ!? 湧いて来た!!」
騒ぎを聞き付けたのか、それとも誰かか呼んで来たのか。
階段を埋め尽くして雪崩れ込むのは、軽鎧に長剣を持った王宮警護の衛兵たちだ。
狭い中に密集しており数は把握できないが、10人や20人ではない。
一気に形勢が絶望的になった。
「殿下! ご無事でございますか!?」
「おのれ賊がぁ! よくもこんな所まで!!」
殺気立つ衛兵に後方と階段を塞がれ、ゴーウェンやプレイヤーの少女たちは逃げ道を無くす。
更に前方には、王女と普通ではない召使い達が。
「あなた達にとっては、それほど悪い状況ではないと思うわね。もう勝ち目は無いでしょう。大人しくしているなら、まだ生きていられるわ」
「だからその上から目線やめろクソNPC!!」
さも決まった事のように言うマキアス王女に、ジト目魔術士は血管が切れんばかりに激昂していた。
しかし、拙いことになったというのは、全員が理解している。
これは王女を人質に取るか、あるいは死ぬ気で兵士を突破しプレイヤーの少女たちを逃がすか。
すっかり委縮した女戦士と法術士を見て覚悟を決めるゴーウェンだが、
その寸前、ズドゴンッッ!! と。
20メートルほど離れた場所にある、廊下の端の扉が内側から吹き飛んだ。
その室内からは、濛々とした濃いホコリが廊下へ流れ出し、ランプの光に淡く浮かび上がる。
何かが爆発したかのような衝撃に、状況を忘れた全ての者が、廊下の奥を凝視していた。
そこから、ホコリを押し退けスタスタ歩いて出て来る、ふたりの姿。
「久島さん大丈夫? 先に耳塞げって言っておけば良か――――――――――おや?」
「はうぅー…………あ?」
廊下に詰まった集団に目を丸くするのは、捕まっていたはずの村瀬悠午と久島香菜実だった。
一見して何が起こっているのか理解出来ない。
「ぉあー!? か、カナミン! 悠午!!」
「カナちゃん!」
「小春さん!? ミコちゃん!!」
集団の向こうに仲間を見付け、大声で手を振るジト目魔術士に女戦士。
隠れ目法術士も手を振り返し、それを見て悠午は状況を理解した。
「そうか……助けに来てくれたんだ」
会って間もないのに、わざわざ危険を冒して来てくれたとは、悠午も少し胸が熱くなる。
戦力にしても権力にしても強大な相手に対し、相応の覚悟も必要だったろうに。
ならば、次は自分の番だろう。
「あの術具は…………女神の力で作られた神器。ヒトの力で出られるような物では…………いったいどうして?」
王女は、白の女神が作り出した古代神器、『己律の家』がどれほど強力な術具か知っている。
自身も他に並ぶ者がない魔道士だという自負があり、その自分でさえ己律の家を内側から破るのは不可能だと判断していた。
仮に、呪いに長けたエルフであっても無理だろう。
ヒト種、エルフ種、あるいは竜種であっても不可能かもしれない。
己律の家という古代神器は、『人形の檻』と言い換えて相応しい、閉ざされたひとつの世界であった。
まさに、この世界を創造した女神の片割れにしか造りえない、最上位の神器。
「アレなら扉を蹴破ったら出られましたよ?」
そんな至高の逸品は、実に雑な手段で無力化されていた。
マキアス王女は愕然としていたが、実は悠午が言うほど単純な方法でもなかったりする。
力尽くで模型の館を破壊できることは最初から分かっていたが、問題はその際に、中にいる人間にどんな影響が出るかだった。
女神の作った神器というだけあって、模型の中は矛盾無く強固で調律の取れた空間だ。
それだけの法則世界を固定する術式を迂闊に破壊すれば、連鎖してどれだけの余波が出るか分かったものではない。
なので、術式と法則の穴を探すのに手間取った。
最終的にどうしたかというと、入口が出口、世界を隔てる唯一の境界、扉こそが開かれるべき蓋だった、というオチである。
扉自体も鬼のように強固な封が成されていたが、それでも蓋とは閉ざす物であると同時に、開かれるべき物でもあるのだ。術式的にも矛盾しない。
また、蓋とは力任せに引っこ抜く物でもあり、それこそ悠午の得意分野だった。
「そいつらも賊の仲間だ! 捕えろ! 殺しても構わん!!」
悠午と王女の間に何があったかなど知った事ではなく、衛兵の隊長は配下の兵に唾を飛ばして命令を叫ぶ。
王宮と王族を守る衛兵としては、当然の行動ではあった。
だが、忠実に職務を遂行する前に、あるいは王女に確認を取るべきだったかもしれない。
そうすれば、そこそこキレている達人に、喧嘩を売る愚を犯さずに済んだ可能性もあった。
「カッ! ハァアア!!」
「うぎゃぁああああああ!!?」
「バァアアアアアア!!!?」
長剣を構えて突っ込んでいった衛兵が、爆発したかのように四方八方へ吹っ飛ばされる。
壁に叩きつけられ、天井に打ち上げられ、床にへばり付く衛兵。
正面から蹴り飛ばされた兵士が味方の集団を薙ぎ倒し、なお勢いが止まらない。
ズンズンと大股で突き進み、諸手を大きく広げて迫る悠午は、間合いに入る者を片っ端から叩きのめしていった。
衛兵たちは洞窟の中で竜に出遭ったかのような錯覚を覚え、一瞬で戦意を喪失する。
「な、何をしているのだ!? 相手はたったひとり! 人数で一気に押し潰せ!!」
集団の後方にいた衛兵の隊長は、動揺する配下たちに発破をかけていた。自分は安全な場所にいると思って好き勝手言っている。
これは先に隊長を倒すべきか、と考える悠午。
だが、この連中は仲間に刃を向けたのだ。
どうせ全員潰すのだから、後か先かの違いである、と考え直した。
「う、うおらぁあああああ! あがァッ!?」
「いやぁあああ――――――――――ブバラァ!!」
叫びと共に猛進して来る衛兵を、剣を躱わして相手の腕を取り、引っ張り込むと自分の腰を支点に投げ飛ばす。
次の兵の剣を掴むと、その勢いを利用し体勢を崩して宙で一回転させた。
同時に来た兵は、剣を振り下ろして来た所で腕を取り、側面から足を蹴飛ばして空中大回転させる。
しかし、次に来た敵は少々面倒臭かったので、技は使わず普通の後ろ回し蹴りで壁に埋めた。
鎧で武装した衛兵が、まるで木偶人形である。
そんな悠午が自ら迫ってくるので、廊下に詰まった兵達は逃げ場が無い。
「ふバハァ!!?」
最後の一人、衛兵隊長の首を刈って背中から地面に叩き落とすと同時に、ゴーウェンの脇を抜けた老執事が悠午を襲う。
大剣の間合いと拳打の手数で五分の勝負をしていた男ふたりだが、年季の差で老執事がベテラン冒険者を突破していた。メイド以上の手練だ。
低い姿勢で、悠後までの距離を一瞬で詰めてくる白髪にヒゲの老骨。
一見して細身の年寄りだが、その動きのキレといい素早さといい、黒い執事服の下は相当に鍛え込まれているのが分かった。
ついでに、打撃ではなく組技狙いだというのも悠午は看破するが、生憎と付き合う気も無く。
「失礼、ご老体」
「むぉ――――――――――!!?」
悠午は片膝を突き出しワザと取らせる振りをするが、取られる一瞬前に突っ張らせ、大腿を鋼鉄の杭と化す。
傍目からは、老執事が自分からぶつかり跳ねとんだようにしか見えなかった。
気功術、柔剛の極み。
剛体法。
ちなみに空手にも同名の技法があるが、叢雲においては戦車以上の身体強度を得る技となる。
敬老精神の欠片も無いようだが、これも相手を鍛えられた武人と思えばこその礼儀であった。
「ではこの辺で失礼させていただきます、殿下。追いたければ……お好きに」
メイドに庇われたマキアスに、凶暴な笑みの悠午が暇乞いをする。当然、追ってくれば何人来ようが戦うだけだ。
もっとも、王女はそんな無駄な事はしないし、追えるような者も残っていやしなかったが。
しかし、悠午が離宮の外に出ると、地下に来た数の10倍以上の衛兵が辺りを囲んでいた。
槍や剣の刃を並べ、眦を吊り上げている完全武装の戦闘集団。
一触即発を絵に描いたような状況である。
「やれやれこれは……骨が折れそうだ」
「皆殺しだ……!」
「いや出来れば殺さない方向で行こうよ…………」
後を付いて来たゴーウェンやプレイヤーのお姉さん方も、悠午が来たからというのもあるが、覚悟を決めていた。ジト目に関しては完全に殺る気だ。
「そうですね。いい加減我慢の限界なので、国ごとぶっ潰しましょう。後腐れが無い」
「そうかぁ?」
「村瀬先生!?」
師匠の振り切れた発言に、ジト目を宥めていた女戦士が仰天していた。大人しい子だと思っていたのに。
ゴーウェンも溜息を吐きながら、改めて大剣を正面に構え直す。
そして、牙を剥き出し嗤う悠午は、片手を鳴らしながら際限なく魔力を高め、先頭を切り兵士の群れへ襲いかかった。
◇
マキアス王女が建物の外に出たのは、悠午たちが去ってから一分程後の事になる。
階段を上っている時から足元に地響きが伝わり、何が起こっているかおおよその見当はついていた。
それでも、いざ地上に出たら、目の前の現実に唖然とせざるを得ない。
大剣の腹に叩かれ宙を舞う者、電撃の魔術で身動きが出来なくなる者、煙玉に巻かれてのたうち回る者、凄まじい重量の斧槍に叩き潰される者、そして常軌を逸した怪力に薙ぎ倒される者。
駆け付けては成す術なく吹っ飛ばさる衛兵が、死屍累々と大量に転がっていた。
その上、王宮の壁が大きく崩落している。
外と内を隔てる城壁には大穴が空いていた。
主に誰がこれらをやったのかは、考えるまでもない。
「ユーゴ、次の客だ!」
「へーい――――――――っとらぁああ!!」
悠午が拳を宙で振り抜くと、接近していた衛兵の一団が突風と衝撃波で蹴散らされた。ついでに樹木も強く揺られ、石造りの城が揺るがされる。
その横では、槍を叩き折られた上に大剣でぶん殴られ、ゴロゴロと地面を転がっていく衛兵のひとり。
「フハハハハハハハ! ザコNPCが! 本物のプレイヤーの力を思い知れ!! あ、ヤベっ、SP切れる。カナミン、ポーション頂戴」
「は、はい!」
「せっ! やっっ!!」
隠れ目の法術士から魔力の回復薬を受け取ると、それを一気飲みして魔術スキルを連発するジト目プレイヤー。
ひたすら斧槍を振り回す女戦士と、建物の上から煙幕やらナイフやらを投げまくる小柄な斥候の少年。
騎士や王宮付きのプレイヤーが出てきても、その後の結果にほとんど差は無かった。
王宮中が大騒ぎになり戦力を注ぎ込んでくるが、ほとんど戦闘にならずに被害だけが膨れ上がる。
もはやどうしようもないほどの大惨事であり、マイペース王女をして途方に暮れる事態だったが、それでも声を上げて場を鎮めようとした。
「皆やめなさい! 第二王女のフィアス=マキアス=イム・アストラが命じます! 今すぐに刃を納めなさい!!」
「ふざけんなそもそも誰のせいだ!」
「上から目線やめろって言ったろバカ王女!!」
途端に反逆者サイドから上がる真っ当なブーイング。
発声の主は小袖袴の達人、悠午と、ジト目プレイヤーの小夜子だった。
王国の権威を無視するどころか完全に敵視している異邦人が、王女の言うことなど聞くはずもない。
「殿下! 今参ります!!」
「あの痴れ者を斬れ! 生かして帰すな!!」
「弓兵! 弓兵!!」
「宮廷魔道士を呼んで来い! 賊はプレイヤーだ!!」
「こちらのプレイヤーはどうしたぁ!!?」
それに加え、何せアストラ国の王宮なので、衛兵も騎士もいくらでも出てくる。
いずれも殺気立って侵入者の異邦人に襲いかかるが、間髪入れず返り討ちにされていた。
村瀬悠午という少年は、シャドウガストを正面から撃退し、勇者と認められた異邦人をも圧倒する戦闘能力を持つ。城の騎士や並みの異邦人では相手にならないのが道理だ。
だというのに、衛兵側は人数の多さで有利と錯覚し、攻めるのをやめようとしない。
これ以上刺激したら、悠午は本当にアストラの王宮を吹っ飛ばしかねないというのに。
王権に興味が無いマキアスといえど王宮が無くなる事態は看過できず、それからしばらく皆を冷静にさせるのに奔走するハメとなった。
クエストID-S034:アイデンティティ ハイ 05/21 00時に更新します




