032:牢獄か甘い生活か
.
無表情なメイドが館の模型を持って来たのは、村瀬悠午が姿を消して30分後のこと。
自分が持つプロスレジアスの隠れ家屋敷、その離れに隠れていたアストラ国のマキアス王女は、模型を前に報告を受けていた。
全てを見ていた家政婦曰く、当初の予定とは少し違ったが、獲物は無事に捕らえたらしい。
まさか壁をブチ抜いて扉の罠を回避するとは思わなかったが、件の少年は何故か自ら術具のフタを開いてくれたのだという。
その行動から、何も知らされないまま、術具である模型の中に人質である異邦人の少女がいると、気付いていた節があった。
「…………魔力の感知能力に優れているのね。『人形の檻』の中の者に気付くことができるとは、流石だわ」
プレイヤーの隠れ目法術士、久島香菜実を先に捕らえたのは、悠午をカゴの鳥に出来なかった場合の保険とする為だ。
だが予想とは別の形で、餌としての役割を果たしてくれた模様。
今のところ、非常に王女の都合良く事が運んでいた。
かつて、ヒト種族の勇者を白の女神が虜にしようとした際、閉じ込める為に作り出したという古代神器のひとつ。
人形の檻、こと『己律の家』。
魔導姫マキアスが自ら発掘した、秘蔵の逸品である。
一度中に入った者が自力で出るのは不可能。王女ですら無理だ。女神の作り出した神器、と言うのは伊達ではない。
その人形の檻に引き摺り込む罠が見破られた、というのは計画と違ったが、そこは相手の能力の高さを喜んでおく事とした。
「馬車は用意できている?」
「はい、裏手にご用意してございます…………」
母屋の方は、静まり返ったままだ。
マキアス王女は模型の館を召使に持たせると、自分は先頭を切って離れを出る。
間もなく待機していた馬車に乗ると、闇の中を目立たないように、城壁の裏手へ移動して行った。
◇
真っ暗闇の中、前髪で目が隠れている少女は、落差数メートルの縦揺れに襲われた。
「ひぁうぅぅ~~~~!!?」
間延びした悲鳴を上げ、宙に投げ出される法術士の久島香菜実。
だが、その身体が壁に叩き付けられる直前、真下に滑り込んだ何者かに受け止められる。
香菜実の腰を片手で抱いた悠午は、そのまま二本の足で当たり前のように空中で踏み止まった。
暗い室内は立っていられないほど振動を続けているが、ふたりを揺さぶることはない。
「あのスケール差で持ち運びなんてされたらこうもなるわな…………。中に入る人間がどうなるか想像できないのかね、王女殿下は」
悠午は指先に火を灯して周囲を照らす。指が燃えているワケではないので、火傷することはなかった。
灯りに照らされる室内では、ベッドやらコートハンガーが踊っている。
一方で壁や天井が壊れる気配は無く、良いのか悪いのかといったところだ。
「久島さん、悪いけど首に手を回して。太モモから抱え上げるけどいい?」
「ひ、ひゃい! だいじょうぶ、です…………」
悠午に抱えられる香菜実は、是非もない密着状態に固まっていた。
少年の綺麗な顔が、目の前にどアップ。しかも逞しい腕に抱き締められている。
閉じ込められたミニチュアの家。地震の比ではない揺れ。その上、これ。
隠れ目の少女は、脳味噌がグツグツと煮え滾っていた。
何でまたこんな事になっているのかというと、つまりふたりして魔法の道具の中に囚われたワケである。
まず、『王女に呼び出された』と言われ、誘い出された隠れ目法術士の香菜実が。
だがそれは仕方ない。油断もあり騙されたとはいえ、気弱な少女にはどうしようもない流れであったと思われる。
一方、情けないのは悠午だった。
香菜実の救出よりも王女の抹殺を優先しなければならない場面で、未練たらしく模型の館にこだわった挙句、軽々しく触れた為に自分まで吸い込まれるとは。
人質事件対応としては、落第点。むしろ最低点。
迂闊にもほどがあった。
今は模型ごと持ち運ばれているらしく、しかし縮尺の差から内部の揺れが大変なことになっている。
普通のサイズの人間にとっては些細な上下運動でも、10センチ前後になってしまった悠午らにとっては致命的な落差となるのだ。
なので仕方なく、悠午が香菜実を抱えて宙に浮いているという。
その為、男性に免疫が皆無な奥手少女は、MPがゼロになっていた。
悠午も悪いとは思っているのだ。若干気持ち良いのも申し訳ない。
一時揺れが収まった際に内部を調べてみたところ、これは単なるミニチュアハウスではなく、どうやら相当に高度な術式による物らしい事が分かった。
たいていの呪いは寄せ付けない抵抗力を持つ悠午をして、自分を閉じ込めるほど強力な呪具があるとは驚きだった。その辺の認識も油断に繋がったのだろうが。反省。
以上を踏まえて、さてどうしたものかと考える悠午だが、間もなくミニチュアハウスは移動を再開してしまう。
激震で歩くのも困難になってしまい、そんな状態で約30分後。
どこかに到着したようで、模型内は平静を取り戻した。
香菜実の精神は動揺しっ放しだったが。
「やれやれ……虫籠の虫に共感できるね。久島さん大丈夫だった? もう降ろす?」
「ぅ……うん、だいじょうぶー」
片腕に抱かれていた香菜実はすっかり出来上がっていたが、揺れが収まった以上は、いつまでも抱き付いていられない。名残惜しい。
地に足を着けた悠午は、再びミニチュア屋敷の調査と脱出方法を模索しようとする。
その後を、おずおずと付いていく隠れ目の法術士。
だが、すぐにそれも中断させられてしまった。
「家具が粗方動いてしまったわね。やはり持ち運ぶような物ではないわ」
「ひゃわ……!?」
「うっせぇ…………」
窓から巨大な目玉が覗いたと思ったら、館全体を振わせる大音響。
耳を押さえていても、その抑揚の無い大声が下手人のマキアス王女であるのは分かった。
あまりのビジュアルと効果音に、隠れ目の法術士が腰を抜かしてへたり込んでいる。
耳を押さえている悠午としては、ただただ煩わしいという感想のみだ。
「もう試したでしょうけど、その中は女神による強力な檻になっているから出る術は無いの。ここで改めて、貴方の“気功術”の教授を願うわ。期限は私が奥義の修得に及ぶまで。受けてくれるのなら、もうひとりのプレイヤーは解放しましょう」
挙句の、この勝手な物言い。
悠午は窓いっぱいの目玉に奥義の閃剣をブチ込みたくなったという。その窓へ、窓へ。
「ありえませんね。弟子を取るのに人品を見極めるのは師として当然。あんたは完全に不合格」
「…………少し考える時間を与えましょう。国を持ち出すのは少々不本意だけど、私の要望にどのような利益不利益があるのか、よくよく考えなさい」
バッサリと切る悠午の科白に、王女の方も少し閉口した様子だった。
遠回しに権力をチラつかせ圧力をかけると、王女の目玉は窓から姿を消し、気配も遠ざかる。
飽くまでも拒否すれば、アストラ王国を敵に回すとでも言いたいのだろう。
上等である。
ヒトに遭ってはヒトを斬り、鬼に遭っては鬼を斬り、神に遭っては神を斬るのが叢雲だ。
国ごと滅ぼしてくれるわ。
「こういう時はシンプルでありがたいな……。相手の事情を考えなくて済む」
時々、相手の言葉に踊らされて後手後手を踏む者を見るが、悠午の受けた教育では、あらゆる意味で敵を信用しないことになっている。
敵は自分を騙し、謀り、惑わせ、陥れ、苦しめる者だ。そんな相手の言う事など、戦術に組み込めるはずもない。
確実に信用出来るのは、手前の持ち札のみ。
故に、はじめから『香菜実を解放する』という王女の言葉を真に受けるつもりはなかった。
自力で脱出するのが最も確実である。
「王女殿下はああ言ってたけど、早々にお暇しましょう。出る方法はあるんですけど、もう少し全体を調べさせてください。危ないんで」
「――――――――え!? う……うん」
いきなり『脱出可能』などと言い出す悠午に驚かされる香菜実だが、この少年のことだから事実なのだろう、と特に疑いはしなかった。
年下で、ゲーム内容に明るいプレイヤーでもないのに、いつも泰然として頼もしいパーティーの仲間。
模型の中に小さくなって閉じ込められる、という非常事態にあっても、力強く香菜実を支え、安心させてくれる。
自分のように悲観せず、うろたえず、思考停止せず、歩みを止めない。
まるで物語の主人公のような少年に、仄かな想いを寄せてしまう内気な少女であるが。
ここで気付いてしまった。
今の自分は、薄暗い館の中で悠午とふたりっきり。
「――――――はわぁッ!?」
「うわぁ!? なに!? どうしたの久島さん!!?」
隠れ目の法術士が素っ頓狂な声を上げ、不意打ち気味に悠午もビックリ。達人だって驚くことはある。
何事か、と思う悠午だが、香菜実の方は特に何でもないとのこと。暗闇の中で何か動いた気がした、というそれらしい話で誤魔化した。
仮に幽体などがいた日には、悠午の柏手打ち一発で吹っ飛ばされるだろうが。
両手で抱えられるサイズのくせに、館は広かった。
左右に二棟で、二階部分に寝室が10室。一階部分にダイニングとキッチン、浴場、歓談室、広間、書斎、主人の物らしき大きな寝室。凝ったことに、地下には物置まである。
その構成から『檻』と言っても拘束するのではなく、幽閉などある程度身分がある相手を閉じ込める為に使う物だと感じた。
悠午は内装を見ながら、自分を取り巻く呪いの構成を読み解こうとする。しかし、師匠たちや姉とは違い専門外なので、これでもかと言うほど眉間にシワを寄せ唸っていた。
指先に灯す炎が悠午と一緒に揺れ、影法師があちこちで揺らめく。
香菜実の方はビクビクしながら、その後を離れずに付いて歩いていた。
「異界にでも通じてるのかと思ったけど、これ縮地に近い……。これなら術式壊して閉じ込められる、ってこともないか」
聞こえるように独り言をいいながら、悠午は寝室のひとつを開けて中を照らす。
どの部屋も作りは全て同じのようで、一階にある物より小さなベッドやキャビネット、ドレッサーといった物が散乱していた。揺れの影響だろう。
部屋には窓もあり、模型の正面を見ることができる。窓は開かず、模型の用途を考えると、少々悪趣味と言わざるを得なかった。
しかし、それ以外は小さく纏まっており、清潔で良い部屋だと悠午は思う。ビジネスホテルのようなものだ。風呂とトイレは付いていないが。
「すごい、ホントに外が見える……。ホントにここ、オモチャの家の中なんだね」
「みたいですね。やっぱ術陣の中心は上じゃなくて下か…………」
窓から見える巨人の部屋に、呆とした声を出す隠れ目の法術士。
悠午の方も、周囲を調べつつ窓際から外を見てみる。
期せずしてふたりが並ぶ形になったワケだが、これだけで香菜実が心臓を爆動させていた。
「ゆ、ユーゴくんは……指燃やすの、熱くないの?」
「大丈夫ですよ。指を燃してるんじゃなくて、指先から出す火気を燃やしているだけなんで」
なんとか香菜実が絞り出した話題に対し、悠午は指から手の平に火を移し、輝く火球にして見せた。
クルクルと姿を変える、不思議で綺麗な術に見惚れてしまう。
プレイヤーの法術スキルでも明りを出すことはできるが、炎の灯りは暖かみがあり美しく、何より小袖袴の少年にとても合っていた。
「次は下に行ってみましょう。上物は単なる家みたいだし」
「うん…………」
再び灯火を指先に戻すと、悠午は階段の方へ向かう。
香菜実も後ろを付いて歩くのだが、思いきって目の前で揺れる小袖の裾を掴んでみた。
またしても予想外の行動に、驚かされる少年。
だが、
「久島さん、離れないでくださいね」
と言い、好きにしてもらう事とする。
頷く香菜実はドキドキと心臓を高鳴らせながら、微かな笑みを浮かべていた。
クエストID-S033: シークレットルート ザ・ヘル 05/20 00時に更新します




