031:ドライな現実と調理の定石
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アストラ国の第二王女、マキアスの隠れ家屋敷に招かれた、翌朝。
夜半に何が起こったかなど知る由も無い冒険者のゴーウェンだが、起きて来たところで、想像もしない話を聞かされていた。
「ハアァ!? そりゃ一体どういうことだ!!?」
朝食の席に呼ばれたと思ったら、村瀬悠午は王女が召抱えた、と年嵩の執事から一方的に教えられる。
ついでに隠れ目の法術士、異邦人の久島香菜実も預かっているが、こちらは近いうちに返す、とも。
たった一晩でどうしてそういう事になったのか、当然尋ねるゴーウェンに対し、執事の方は理由も経緯も教えようとしない。いなくなったふたりに会わせようともしない。
取り付く島も無い愛想も無い、無い無い尽くしな執事とメイドの態度。
これにブチ切れたのは、ジト目の魔術士、御子柴小夜子だった。
「ふっざけんな勝手に連れて行って! ウチの仲間に会わせないとか何の権利があって言うんだよ!?」
「パーティーを離れるのは本人の自由だが、今までの取り分の話もある。先に相談させてほしいが?」
「悠午はともかくカナミン返さんかい!!」
小夜子は長テーブルを蹴り倒さんばかりの勢いだったが、生憎とかなりの重量があった為に、そうもいかず。
一方、ゴーウェンは口調こそ落ち着いていたが、周囲に向ける威圧感は戦闘時と遜色なかった。
「『神撃』のユーゴ殿と貴殿らとは、もはや関わり無き者。このまま何も問わず旅立たれるが良いでしょう。なお、アストラ王国の威光を恐れるなら、これ以上余計な事はなされない方が貴殿らの為にございます」
年嵩の執事も言葉使いは丁寧だが、言っていることは脅迫と命令だ。
思えば最初から、この執事たちはゴーウェンらを客人扱いしていなかった。主である王女の命令だから、仕方なく卑賤の輩に頭を下げているが、それだけでしかないのだろう。
既に、屋敷に王女はいないということだった。
事実だろうとゴーウェンは判断する。狙いが悠午ならば、身柄を抑えた時点でこの屋敷に用は無いはずだ。
王女の屋敷を出る間際、メイドから素っ気なく数枚の白金貨を渡された。
今回の手切れ金やら口止め料含んでいるらしい。
ゴーウェンは能面のような顔になっていたが、何も言わずに屋敷を辞していった。
◇
その後、プロスレジアス下町のスラム街。
王女の隠れ家屋敷がある王宮裏町を急ぎ離れ、一行はゴーウェンを先頭に治安の良くない区画へ移動してきた。
目的のモノを手に入れた王女にとって、ゴーウェンや他のプレイヤーは暗殺や拘束の対象ともなりかねない為だ。事実を知る者が邪魔になり、権力者が平民を消すなどよくある話である。
悪所となれば、お上品な衛兵や騎士といった存在は目立つし、動き辛くもなる。後ろ暗い者が隠れるには、打ってつけというワケだ。
「クソデカチチNPCの分際でー! てかユーリエフは何やってんだ! 偉そうなこと言って捕まってんし!!」
「いや……カナミの嬢ちゃんが利用されたんだろう。俺も見通しが甘かった。あの王女も所詮は貴族だ」
狭苦しい建物の隙間、井戸のある湿った袋小路。
そこで、ジト目の魔術士は悪態をついていた。
大男のベテラン冒険者も冷め切った目をしている。マキアスという王女は、友好的とは言わなくても認めた相手にはそれなりの筋を通す人物だと思ったが、とんだ見込み違いだ。
自分の目的の前には、平民など蹴飛ばすべき路傍の石コロとしか見えていない、典型的な貴族である。
「カナちゃんは…………すぐに返すみたいなことを言ってたけど、本当かな?」
「どうだかな。それも、手前の気分次第、と言う意味だろうさ。用済みなら解放するだろうが、もしそれも都合が悪くなれば…………」
「そんな…………」
リアリストな冒険者の見解に、女戦士の姫城小春と奥さま法術士の梔子朱美は顔色を悪くしている。
王女にしてみれば、爆弾のような悠午を御する装置として香菜実の存在は有効と見るだろう。パーティーの誰よりも扱い易そうだ。
逆に、悠午が従順にならなければ、どんな目に遭わせて見せるか分からない。
ならば今すぐ助けに行きたいが、相手は黒の大陸のヒト種族圏最大の国家、アストラの第二王女だ。ヘタな事をすると、お尋ね者へ一直線だった。
悠午が自力でどうにかするのを期待するか、香菜実の無事の帰還を今暫く待つか、危険を冒して動くべきか。
世間知らずだが能力はあるプレイヤーを3人抱え、どうするべきかゴーウェンは考えるが、
「『神撃』のユーゴだけど、彼なんか変な物に入れられて持って行かれたよ。王女様はこっそりお城に戻ったみたい」
前触れなく降って来る声に、女性陣の3人が驚かされる。
見上げると、低い建物の上から頭を出している者がいた。
以前に見たことのある顔である。
「お前か……いまさら出て来て何の用だ」
「あれ? あんまり驚いていないねー。忘れられてるんじゃないかって思ったくらいなのに」
「ユーゴから聞いていたからな。ダンプールを出た辺りから俺達をつけていただろう」
「うわっ、気付かれてたし。斥候の面目丸潰れだー。でも、ま……それくらいしてもらわないと」
屋根の上から軽やかに飛び降りて来る、子供のように小柄な姿。
それは、城壁都市ダンプールのシャドウガスト戦にて共闘した、バリオ冒険者団の斥候である『ビッパ』だった。
「オッサンどういうことよ? このショタいのがあたしらをつけてたって?」
「お前さんの言葉は時々分からんな……。今言った通りだ。理由はこいつに直接聞け。俺は知らん」
とっくに別れたとばかり思っていた少年が、どういうワケか自分たちに付いて来ていたと聞いて、目を丸くする小春と小夜子。なお朱美奥さまは初対面。
当然、何故、という疑問が出て来るのだが、
「こっちの方が稼げそうだったから」
という明快かつシンプルな答えが返ってきた。
その為、売り込みをかける機会を窺っていたら、悠午が『持って行かれる』現場を確認していたと、こういう事らしい。
「あの王女は城にいるか…………。当たり前だが、手の打ちようが無いな。途中ならまだ襲いようもあっただろうが」
「正確には城の隣にある離宮だね。裏町から通じる隠し通路で、誰にも見付からずに戻れるみたい。他の貴族にも知られたくないみたいだよ」
「なに……? その隠し通路を見たのか?」
ビッパの真意に疑いはあるが、それより重要なのは、悠午と香菜実の救出に小さな可能性が出てきたことだろう。
言うまでもなく、王族の城ともなれば警備は厳重。高い城壁に囲まれ、一日中衛兵が監視の目を光らせている。忍び込みようがない。
だが、秘密の通路なんて代物が存在するのなら、あるいは忍び込むのも不可能ではない。
見つかれば良くてお尋ね者、悪くすると即処刑だが。
だとしても、こんな所で悠午と別れるのはつまらん。
何より王女のやり方が気に入らず、ゴーウェンはすぐさまビッパの知る秘密通路からの潜入を決意する。
その間待っているようには言ったのだが、プイレイヤーの少女たちも、これに付いてくると言って聞かなかった。
◇
ゴーウェンがビッパと接触する、少し前となる。
隠れ目法術士の香菜実を人質に取られ、悠午は王女の隠れ家屋敷、その地下へと向かっていた。
暗い廊下を、ランプを持つメイドに付いて、黙々と進んでいく。
静まり返った屋敷の二階から地下へ降りると、石造りの通路は上階に比べて温度が低く、固い足音が強く反響した。
「こちらです…………。主がお待ちになっております」
案内されたのは、何の変哲もない地下室の扉の前だ。
一見して王女が待つようなところには見えないが、しかし気配が普通ではなかった。
何か仕掛けられている。
警戒モード中の悠午なら、周囲の“気”を常に探り、状況の把握に努めるのが当然だ。
何者かが潜んでいれば感知するのは難しくないし、自然界には有り得ない現象や呪いも識別できる。
その悠午のセンサーによると、目の前の扉に何かしらの呪いが張り付いているのだ。
とはいえ、具体的にどのような働きをする術式かまでは分からない。姉なら分かるのだろうが。
「ふむ…………」
「お入りください」
腕を組んで逡巡する悠午に、冷血メイドが入室しろと促す。しかし、ドアノブに触ろうともしない。
さてどうしてくれようか、と考える悠午だが、やがて少し扉から横に動くと、おもむろに手を振った。
一瞬後には、壁が二枚の二等辺三角形に切断され、重々しい音を立てて床に落ちる。
切断面は黒く炭化し、微かに煙を上げていた。
何が起こったのか、全く理解が追いつかないメイドは目を剥いて硬直していたが、悠午を見ても武器らしき物は見当たらなかった。
案の定というか、室内に王女は確認できない。
そこは物置らしく、バラされたベッドや銀の燭台、布を被せられた絵画らしき物、中身が不明な木箱や樽が、雑然と置かれている。
それらの中で悠午が気になったのは、簡素な机の上に置かれた、ひと抱えほどある大きさの物体だ。
実用品ばかりの物置内にあって、一際異彩を放つ物品。
物置の扉の正面に配置されていたそれは、いわゆるドールハウスのような模型の家だった。
二階建てで三角屋根のふたつの棟を、中央エントランスと廊下が繋ぐという作りの細かい洋館である。
だが悠午は、その洋館模型を見ているうちに、非常におかしなことに気が付いていた。
なんでまた、久島香菜実の気配がこの模型の中から発せられているのか。
もしやこれは封印術の類か? と眉間にシワを寄せる悠午は、模型の周囲をグルリと回って観察する。
もっとも、前述の通り術式を読んで干渉するような技術は、悠午には無い。
また、ヘタに破壊すると内部の香菜実にどんな影響が出るかも分からず、迂闊に手を出すのも躊躇われた。
ならば、元凶となる王女の処理を最優先するべきだ。
人質を取った張本人さえいなければ、少なくとも最悪の事態は回避できる。
しかし、悠午としては最優先で、香菜実の状態だけは確認しておきたかった。
人質事件の対応は厳格にマニュアル化され、逸脱してはならない事になっている。悠午など何度も逸脱しては痛い目に遭って来た。
人質を取られた場合、犯人を速やかに殺すのが定石である。絶対に交渉してはならない。
それは、決して面子や意地を重んじてのものではない。
何故なら、犯人を最優先で排除する事こそ、結果として損害を最も小さくする戦略に他ならないからだ。
人質を取られた状況での最悪の結果とは、犯人に人質を殺される事、ではない。自分まで殺されてしまう状況をいう。
犯人の言うことを聞いてはならない。
人質を取るような人間の言うことを信じてはならない。
人質が殺されるのを恐れ、犯人に従うなど愚の骨頂。手足を縛られたら、その時点で犯人の勝利である。
人質を取られないことが最良であるのは言うまでもないが、万が一人質を取られた場合は、犯人に一言も喋らせないうちに殺すのが最も確実な方法となる。
受け身に回ってはならない。
人質諸共隠れられた場合、まず居場所の確認を最優先し、犯人を見つけ次第間髪入れずに抹殺すべし。
犯人の素性が判明した場合、その身内を人質に取るのも厭うべきではない。
仮に人質を殺されたとしても、自分まで殺されるような事態は断固回避しなければならない。自分まで死ねば、犯人が野放しになるからだ。次の被害を出さない為にも、犯人は確実に、絶対に処理すべし。
また犯人の行動として、人質を取るなら必ずそこには動機がある。それこそが犯人の弱み。犯人は人質をギリギリまで殺さない。例えどれだけ傷つけたとしてもだ。
悠午はその辺を、バイト先の民間軍事会社でかなり徹底的に教育された。
失敗も経験し、その方法論が実感として身に付いている。人質を吹っ飛ばされビルは倒壊し巻き添えを大勢出して仲間は大怪我して犯人には逃げられると散々だった。
これらの手法は世間一般の常識とは違うし、普通の人間に受け入れられるモノではないのも、承知している。
しかし、これが事実だ。
犯人に従うより、問答無用で殺す方が、人質を助けられる確率が高い。
逆に、情に負けて犯人に従えば、人質と自分の生殺与奪権を与えてしまうことになる。
犯人の「言うことを聞けば人質は返す」という何の保証もない言葉を信じてはならないし、主導権を握らせてはならないのだ。
とはいえ、早々に割り切れるものでもなかったが。
今この場に王女がいれば悠午も問答無用でブッ殺しただろうが、生憎状況はそこまで単純でもない。
ルールを順守すれば、今すぐにメイドを半殺しにして王女の居場所を吐かせ、然る後に主犯の息の根を止めるのが当然となる。香菜実はその後、ゆっくり救出の方法を探せばよい。
王女から救出方法を聞き出そうというのは論外だ。人間は自分の命と引き換えにしても悪意あるウソを吐き、相手の破滅を喜ぶ生き物だ。ましてや人質を取る人間に、信など置けないのである。
と、以上のような事を散々教え込まれた悠午であったが、それでも香菜実の無事を最優先で確認しておきたかった。
あるいは、王女を殺すのを先延ばしにしたかったのかもしれない。
今王女に会えば、悠午は脇目も振らずに首を獲る。これは絶対だ。それ以外に方法は無い。
だが、そもそも人質を取り返しさえすれば、犯人を殺す必要は無いということになる。
悠午だって好んで殺したいワケではないのだ。
そうやって迷っていたばっかりに、またしても失敗して、悠午は後悔することになる。
諦めも悪く館の模型を調べていた際に、悠午はフと微かな異音に気がついた。
爪の先で机を叩く音、とでも形容するべきか。
それも一定のパターンではなく、生物特有の斑や偏りがある。
もしかして、と思い音源を探す悠午だったが、そこで模型の館の玄関ドアに指をかけたのが、良くなかった。
クエストID-S032:スイートホーム イン ケイジ 05/19 00時に更新します




