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024:自動設定カバーストーリー

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 ダンプール市における、シャドウガストとの交戦後の話になる。


 アストラ国の第三王女であるミクシアは、早々に王宮へと戻った。

 今回のシャドウガスト討伐を、我が勇者の手柄として華々しく喧伝する為である。

 事実はどうであれ、王女の身分たる自分が堂々と公言してしまえば、表だって異を唱えられる者は多くない。

 それに、勇者がシャドウガスト戦で活躍したのは事実だ。多少誇張したところで、それは変わらない。

 ならば、早い者勝ちだった。

 後から不都合な事実を持ち出す者の意見など、黙殺すれば良い。

 第三王女は権力が真実を作る事を知ってる。

 自分に都合の良い真実以外は必要無く、必要ならどんな手段でも用いようとするミクシアの顔は、可憐な姫の物ではなく傲然とした貴族そのものだった。


 その王女の政略に乗せられ、異邦人(プレイヤー)のトップグループに属し『勇者』の称号を持つ者、白部(しらべ)=ジュリアス=正己(まさみ)は王宮で褒章賜る事になる。

 華々しい勇者の伝説に、また新たな一項が加わった。

 ヒト種族の命運を背負い、多くの民草を救う為に立つ、栄光の勇者。


 しかし、栄誉と賞賛を満身に受ける筈の勇者ジュリアスは、不本意だった。

 涼しげな大人の(・・・)顔の裏で、内心は惨めさに腐っている。

 まるで笑い者にされる見世物か道化だ。

 自分は『勇者』で、人々の期待を背負う存在なのだから。

 そう自分に言い聞かせても、本来自分の物ではない功績を当然のように誇るのは、潔癖な少年に強いストレスを強いる。

 頑迷であっても厚顔無恥ではない。

 ジュリアスという少年にとって、勇者とは何より正しくあらねばならないのだから。



 そこの問題点に気が付かないからこそ、少年は歪むのだが。



「――――――――も強過ぎだよねー、ゲームバランスとかガン無視だしさ。何アレ、舐めてんの? って感じで」

「エピソード5の裏ボスなのかもしれん。フィールドじゃなくてイベントで出て来るというのは今までになかったが」

「やっぱチート無いと勝てないってあんなの。いいなーチート、あたしも欲しいなー」


 フと、自分の考えに没頭していた勇者ジュリアスは、パーティーメンバーの会話で現実に引き戻された。

 そこは王都に向かう馬車の中だ。

 パーティー『ブレイブウィング』の馬車は、大型の特注品。容積も多く乗り心地も王宮御用達に引けを取らない。王宮御用達の馬車の方が、プレイヤーの齎した技術を利用しているのだが。


「マヤさん、『チート』って?」


 ジュリアスが気になったのは、格闘系プレイヤーの語っていた内容だ。

 話題は、先のシャドウガスト戦についての事。

 パーティーの中核を成す赤いロングスカートの剣士が言うように、今回現れたシャドウガストは、ワールドリベレイターの過去のシリーズで最難易度のボスに比肩した。

 問題は、そんな相手と互角以上に渡り合い、遂には追い返して見せた憎たらしいプレイヤーの存在だ。

 名前など良く覚えていない。

 黒い胴着に袴という、趣味丸出しな装備というのも気持ち悪い。

 にもかかわらず、素手でシャドウガストを蹴散らす程の高レベルプレイヤーであるという。

 本当に、考えれば考えるほど気に食わない男だった。


 だが、パーティーメンバーの話だと、そんな輩が不正をしているという。


「……それ、本当?」


 努めて冷静に、落ち着いて続きを促す勇者。

 その格闘系プレイヤーが嬉しそうに話すところによると、件の胴着袴のプレイヤーは、少し前にレキュランサスで暴れたのが噂になっているらしい。

 魔法職のプレイヤーが解析の魔法を使うと、胴着袴のプレイヤーのステータスは数値が文字化けしていたのだとか。

 ゲーム中でそんな現象が起こるとすれば、不正改造ツールなどを用いてシステム上有り得ない操作をした時くらいだろう。

 つまり、ズルい(チート)行為。


 格闘系プレイヤーが、ダンプールを発つ前に他のプレイヤーから仕入れたという噂話。

 それを聞いた勇者ジュリアスは、全く疑いもせず納得していた。

 なるほど確かに、勇者である自分を圧倒的に上回る力など、チートのせいに決まっている。

 暗い表情は消え、胸を張る勇者からは、悩みも迷いも綺麗さっぱり消え失せた。


「ゲームじゃないんだからBANされる事もないし、有れば無敵だよねー、チート。いいなー、どうやってるんだろう?」

「『もちものけんさ』なんかが有名だったな、ステ改造ツールだと。運営が対応しても一日二日で作者がアプデするからイタチごっこになってたし。でもこっちでどうやって使うんだ、そんなもん」

「ゲーム内で使えるツールとかあるんじゃないの? どんな武器よりも最強だよね、チートツール」


 なるほど格闘系プレイヤーの言う通り、確かにステータスの数値その物を弄れる改造ツールは、どんな装備やスキルにも勝る強力な武器だろう。

 だが、ダメだ。


「チートなんか使っちゃダメだ、マヤさん。どんなに正しい目的を掲げても、手段が間違っていれば正当化なんてされはしない。してはならない。そんな事を許したら、不正を働く者ばかりが蔓延る事になる。正当な手段で努力する人達こそ、報われて当然なんだよ」


 勇者の言う事には、ただひとつも誤りは無い。

 そして「真面目だねージュリくんは」と言いながら背伸びする格闘系プレイヤーは、ただ勇者が好ましい故に、言葉の内容など聞いてはいなかった。


                          ◇


 シャドウガストの軍勢を撃退した、翌朝。

 城壁都市ダンプールは、活況の中にあった。

 激しい戦いの影響で多くの建物が倒壊し、地面は大きく隆起し、城壁は大規模に崩れ、多くの犠牲者が出た。

 とはいえ、それもこの世界では日常茶飯事という話ではある。

 ヒト種に限らず多くの者が、冒険者となって名声や富を求めて旅立つ。

 その中で、望む物を得られるのはほんの一握り。

 それ以外の冒険者は、冒険に敗れて人知れず屍を晒すのだから。


 ダンプール市は即日復興がはじまり、住民の大工や鍛冶屋が先頭に立って半壊した建物を壊し、片っ端から建て直していた。

 資材や人手、食料、棺桶、消耗した武器や薬、その他大人のサービス業の需要を当て込み、大量のヒトと物が市内に流れ込んでいる。

 それに、シャドウガストの到来を前に避難した住民も戻りつつあった。

 シャドウガストの脅威は去ったと決まったワケではないのだが、長く家を空ける事も出来ないのだろう。

 誰にでも生活があるのだ。


 今回のシャドウガスト討伐戦において、失ったモノ、得たモノ、それぞれある。

 得た物は、シャドウガストの遺留物が主だ。冷たい現実としては、死んだ冒険者の装備品なども、運が良い者が回収している。

 失われたものは、戦いに出た者の命や住民の家だ。装備やアイテムを無くしたくらいなら、これも運が良かったと言えるだろう。


 しかし、シャドウガストを退けた功労者の少年、村瀬悠午(むらせゆうご)は、失った物を前にして追い詰められた表情だった。

 悠午が目の前にぶら下げるのは、片袖から半分吹っ飛んだ黒い胴着だ。

 当たり前の話だが、着替えなんて持って来ていない。一張羅とはこの事である。

 今は仕方なく、上は一般的なインナーにジャケット、下は袴という格好になっていた。


「縫うしかないかぁ…………」


 誰もいない宿の一室で呟く少年。もっと上手くやればこんな事にならなかったのに、と己の未熟を悔やむばかりだ。反省。

 胴着をダメにしてくれた相手、シャドウガストの上位者は強かった。そこは素直に認められる。

 自分も持てる全力で迎え撃った、という自負もある。武器の有無で勝敗を決したのは少し恥ずかしいが。

 だが、こうして実際に失ってみて思うのだ。

 胴着程度で済んで良かった、と。

 それに、そもそも自分が『波動』さえ使えていれば、何も失わずに済んでいたというのも痛い。

 ちょっと事態を舐めていただろうか。


「でも正直どうにもなんねーし…………」


 今ある力で、手持ちの札で戦うしかない、それが実戦だ。悠午の流派、『叢雲』は現代においてとことん実戦を想定する。

 今後の戦いも、どうにかする自信はある。自分より強い敵ともやり合って来た。

 しかし、次は胴着では済まないかも、と思うと、後になって後悔しないよう全力は引き出せるようにしておきたい。


 その方法が、もう何年も修行してさっぱり分からないのだが。


 師匠は言った。悠午は既に、無意識に『波動』に触れていると。

 肉体能力の強大さも、それに起因すると悠午自身分かっている。硬気功や練気法は超越者の肉体を与えるが、それでもここまで人間をやめたりはしない。

 無意識に使っている術に助けられている、というのも武人として情けないし、何よりこの『波動』、分かっていれば無効化するのは割と簡単だったりする。

 シャドウガストの上位者が、この世界で最も強いとも思わない。

 いつか来るその瞬間の為に、今こそ壁を越える必要がある。

 あるのだが、ボロボロに半分崩れたお気に入りの胴着を前に、若き武人は道に迷っていた。


                        ◇


「うぉおおおいユーゴどこ行ったぁああああ!!」

「酒が足りねぇぞぉおおおお!」

「金蔓呼んでこぉおおおい!」


 そんな悠午であるが、実は酒盛りの場から逃走して来ていたりする。

 シャドウガスト戦後、生き残った冒険者やら傭兵やらは、辛うじて原形を残したまま建っていた酒場兼宿屋で一息つき、そのまま酒宴へと突入していた。

 飲まなきゃやってられなかったのだろう。そこは理解しても良い。

 ただ、そこで主役の悠午である。

 何せシャドウガストを正面から叩き返した張本人だ。

 戦士は少年を褒め称え、吟遊詩人は歌を仕立て、若い娘は少女のように綺麗な美丈夫へ熱視線を送る。

 しかし、オッサン達に飲まされそうになる未成年としては、堪ったものではないワケで。

 何気に、悠午の弱点のひとつだ。酒は全然ダメ。飲むとロクな事にならない。


 なので、酒場のオヤジに金貨の袋を放り、騒ぐ連中を潰してくれと頼んで逃げた。

 逃げたのだが、どうやら悠午をして見積もりが甘かったようである。

 金貨10枚分を早々に飲み干した酔っ払いどもは、酒の肴とスポンサーの不在に気付き、何故か刺客としてプレイヤーの女戦士が送り込まれる運びとなっていた。

 ついでに、野郎どものバカ騒ぎに付いて行けないジト目魔術士と隠れ目法術士も付き合う事とした。


「うう……代理店のヒトとの打ち上げを思い出すわ…………」

「かなみん、ダイジョブかー?」

「…………気持ち悪いよぅ」


 宿の一階に立ち込める酒精の濃さに、少女たちはやられ気味だ。

 むさいオッサン達ばかりの空間で、美貌の女戦士にクールな魔術士に守ってあげたくなる法術士の3人は、可憐な花である。

 可愛がられて酒を勧められて構われまくると、大変な目に遭い脱出するのも困難な有様。

 悠午を迎えに行くというのは渡りに船だった。後はヤツを生贄に捧げれば自分たちは助かる。

 そんな事を考えていた女戦士のお姉さんは、なんだか情けなくなってきた。


「おーいユーチェンコ、下で飲んだくれどもが呼んでたぞー」

「御子柴さん、もうオレの名前覚えたよね? 戦闘の時迷うから名前イジるのやめない?」


 足が鈍くなった女戦士をさっさと追い越し、ジト目魔術士が悠午の部屋の戸を叩く。

 間も無く悠午も、割と切実なお願いを口にしながら部屋から出て来た。

 その格好を見て、お姉さん方は少し戸惑う。

 今になって思うと、悠午がいつも着ていた胴着と袴は、まさにこの少年の体を表す象徴的な服装だった。

 それが今は、色を合わせただけの普通の格好だ。

 インナーにジャケットという姿も良く似合ってはいたが、やはり違和感は拭えない。


「……なんだろうこのコレジャナイ感は」

「いやオレだって向こうじゃ普通の服も着ているからね? 胴着着てたのはちょうど組み手の最中だったからだし、部屋着みたいなもんだし」

「残念ね…………。あの胴着、似合ってたのに」

「なんか良い布見付けて縫いますよ、形だけでも」

「縫えるんかい」


 しかし、その違和感も僅かな間だけのようである。

 女子力高いな、というジト目の言葉に、隠れ目の法術士さんも同意。

 そう言われてしまうと、今の悠午の格好がレアのように思えてしまうグラビア戦士だったが。


「身体の方は大丈夫? 手とか……怪我してなかった?」

「ん? ああ、治したから平気。体力とかも大丈夫ですよ。もう回復した」

「バケモノめ」


 他に気になったのは、シャドウガスト戦で悠午が負ったダメージだ。

 正面から大剣と拳で打ち合うという凄まじい応酬の中、悠午は皆の前で初めて怪我らしい怪我をした。

 ところが、今の悠午の拳も腕にも、既に傷などは見られない。例え掠り傷だって血が滲まなくなるまで3~4日かかるだろうに。

 それが今は、微かな傷跡が見られるだけだ。

 あんまりなジト目魔術士の物言いだが、これには女戦士も同意せざるを得ない。

 シャドウガストも想像を絶するバケモノだったが、そんな相手を力尽くで圧倒した少年を、他に何と表現しろというのか。

 いや、戦いの一部始終を見ていた小春には、悠午がただの怪物でない事は良く分かっている。

 ただそれを何と呼ぶべきなのか、グラビア大学生の語彙の中には無かっただけで。


 あの戦いを思い出すと、胸がざわつく。

 激しい実戦を乗り越えた小春たちプレイヤーは、当初の狙い通りにレベルを上げていた。

 だが、今の小春はその事に満足していない。

 このまま帰り道を探して世界を旅するなら、あるいはシャドウガストよりもっと恐ろしく強い敵ともぶつかる可能性がある。

 少なくとも、メインストーリークエストの最終ボスである魔神などとの戦いになれば、今回のシャドウガスト戦以下という事はないだろう。

 レベルを上げ、ステータスを補正し、スキルを覚える。それも確かに、戦闘では強力な武器となるだろう。

 しかし、それだけではダメだ。

 武器は装備しなければ意味がないと昔の偉い人は言った。

 そして、武器は使いこなさなければ意味がない。

 ましてやここは、敵の出現位置やモーションパターンが決まっているゲームではないのだ。

 戦い方を、覚える必要がある。

 でも、どうやって。

 どうすれば、この少年のように戦えるのだろうか。


「御子柴さん達こそどうなの? タフな状況だったけど大丈夫? 正直トラウマになってもおかしくないんだけど」

「そんなのになってるヒマ無いっつーの。敵は獲物で、先を争って倒して稼いでなんぼなんだから、この世界は」


 悠午の方は素人のお姉さん方を心配していたが、こちらも思いの他タフなようで少しばかり安心する。まるで傭兵の理屈だったが。

 それに、戦闘中も予想外に根性を見せていたし、評価も上方修正だ。

 実戦に勝る訓練もない。

 どれだけ訓練を重ねて精鋭と呼ばれようとも、実戦証明のある者の方が、常に敬意と尊敬を以って一段上とみなされるのだ。


「それじゃいつ頃出ます?」

「とりあえず今日は寝る! オッサンとも話し合って、明日か明後日じゃないの?」

「うい、じゃついでにその辺も話して来ましょうか」


 次の旅立ちも、間近なようだった。

 この寄り道を終えれば、いよいよ悠午たちは元の世界への帰還の旅をはじめる事になる。



 と思っていたら、またしても一行は寄り道をせざるを得なくなってしまった。



クエストID-S025:スタリオンハンティング 01/28 00時に更新します

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