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022:対ボスバトル協力プレイ

.


 悠午のパーティーがシャドウガストを蹴散らしていたその頃、プレイヤーにしてヒト種族の期待の星たる『勇者』ジュリアスも華麗な活躍を見せていた。

 プレイヤーの中でもトップグループのレベルと、それがもたらす強力なスキル。加えて本人の持つ技量。

 シャドウガストの死体兵や剣を生やしたケモノは恐ろしい相手だったが、勇者とパーティーメンバーはそれすら圧倒する。


「プレイヤーは優先的に強いヤツから倒せ! 騎士団は無理をするな! 敵を抑えてくれればそれで良い!!」


 勇者の聖剣がガードの上から死体兵を真っ二つに斬り裂く。

 スキルを放てば、刀身が電撃を纏い直線上の敵が弾け飛んだ。


 ロングスカートに黒髪の女が、擦り抜けざまにレイピアで死体兵を穴だらけにする。

 肩出しワイルドヘアの弓兵は、眼にも留まらぬ連射でヘッドショットを量産していた。

 大柄な角刈りの青年はハンマーの一振りで敵を拉げさせる。

 全身鎧のプレイヤーは、捻れた魔剣から放つ魔力で数体の敵を薙ぎ払った。


 その他にも、薄笑いの二刀持ちプレイヤーが無数の敵に傷を負わせ、スレンダーな格闘プレイヤーが殴りまくり、召喚された大獅子が敵集団の中で暴れ狂い、強大な魔法がシャドウガストを八つ裂きにする。

 パーティー『ブレイブウィング』の力は流石の一言。勇者の一団に相応しい。

 しかし、第三王女の目に入っているのは、自分の勇者ただひとりだった。

 数刻前まで姉がいたテラスから、可憐な少女が混戦の地上を睥睨する。

 そこは、自分の為の戦場だ。


「殿下……こちらも安全ではありません。どうか中へお戻りを…………」

「私の勇者がいるのです。問題ありません」


 親衛隊の騎士が主に願うが、王女の方は優しくも有無を言わせぬ口調でこれを拒否。

 今宵、王女の勇者はまたひとつ伝説に新たな一節を加えるのだ。


 単に優れた戦士というだけではない、伝説の怪物をも打ち払う、物語に謳われるであろう真の勇者。

 貴族も平民も、そして王すらも、誰もが認めざるを得ない活躍を見せる英雄。

 そして、想いを通じ合わせるのは正当な王家の血を引く第三王女。

 多くの民衆の支持を受け、王女の厚い信頼も得ている勇者は、いずれこのアストラの王となる。


 当然、その時女王として傍らに居るのは、自分だ。


 良く走る勝ち馬を見る目で、それが己の所有物であるという愉悦に酔う、麗しの王女殿下。

 勇者の心を捉え、勇者が栄光の道を往けば往くほど、王女の力も増していく。

 いずれはこの世の全てを手にする事になるのだと、ミクシア=フローリア=イム・アストラは信じて疑わなかった。



 ここで、風向きが変わるまでは。



 ダンプール市上空で浮いていたエルフも、地上でシャドウガストを駆逐する勇者の姿を睨んでいた。

 想定外である。

 ここ一連のシャドウガスト召喚は、実験の意味合いが強かった。

 最終的にはヒト種族の王都や前線の陣地といった重要拠点で召喚する予定だが、現段階では大して希少でもない触媒を用いて召喚実験を繰り返していた。

 だが、今ここにヒト種の中でも最悪の害虫とも言うべきプレイヤーの筆頭、『勇者』が存在している。


「…………試す価値はある、か」 


 少し思案した後、エルフは奥の手をここで使う事とした。

 希少ではあるが唯一の触媒でもないし、勇者を殺せる可能性があるのなら、コストを支払う価値のある試行となるだろう。

 奥の手を使った場合のデータも取れるし、ヒト種に損害を与えられるのなら、大いにメリットのある一手だった。


 エルフは精霊の淀みの中心に、新たなる死の呼び水となる遺物を投下する。

 既に地獄の蓋は開いており、それだけで良い筈だった。

 果たしてその予想は当たり、死者の国の空気が一層の濃密さを増し、霧は物理的な圧力を持って周囲を固める。

 全てが覆い隠された。


『なんだ………? 声が!!?』

『シラベ……!?』


 それなりに場数を踏んで来た高レベルプレイヤーは、爆発するかのように濃くなる霧に警戒の構えを取る。

 ゲームのワールドリベレイターでは全員シャドウガスト戦を経験していたが、圧し掛かるプレッシャーは当然比較にならない。

 次に何が来るか、プレイヤーには大体の予測はついていた。

 黒い騎士や重戦士、狂戦士や騎兵、それに随伴する闇の怪物たちだろう。


 ところが、霧に浮かび上がる輪郭を前にした途端、アストラの騎士はおろか、プレイヤーまでもが金縛りにかけられてしまう。


 霧を引き摺って現れる、黒い鎧の騎兵。

 大斧を持つ筋肉の肥大化した狂戦士。

 魔物使いに鞭を入れられる醜悪な甲殻生物。

 ここまでは既出。


 問題は、その軍勢の中央に陣取る、ドラゴンに騎乗した最も禍々しい鎧を纏う高位のシャドウガストだった。


 桁違いの存在感と、放たれる魔力。

 ドラゴンに騎乗するシャドウガストに率いられた軍勢は、その威容とは逆に酷く静かに進軍していた。

 場を支配していたのは、底抜けな恐怖だ。

 プレイヤーや騎士達は、その場に姿を晒していながら、シャドウガストの目に留まらないようひたすら祈るしかなかった。


 だが、勇者パーティーのひとりがその恐怖に耐えられなくなる。


「ぅ………うオラァアア! ジャベリンボム!!」


 敵の密集しているところを狙い、槍兵のプレイヤーが高威力のスキルを放った。


 ジャベリンボム、熟練度(レベル)120。

 近~長距離範囲、爆発攻撃(火/土/物理属性)、STRとMND値で爆発範囲と威力が変動、中型までの対象を高確率でノックバック。


 属性付与された投げ槍の攻撃で、黒い騎兵が乗っていた馬ごと爆ぜる。

 強烈な爆音と火炎が周囲に広がり、シャドウガストの集団が覆い隠された。

 スキルの力で敵集団の連携を崩し、隙を抉じ開け攻撃の起点にする、ここ最近の槍兵プレイヤーの得意戦術だ。

 同じパーティーの仲間もそれは知っており、間髪入れずに攻撃を重ねて畳み込もうとするが、


 爆炎が槍の穂先で払われたと思った直後、最初に仕掛けたプレイヤーが胴から真っ二つにされていた。


 槍を振るったのは、投げ槍の直撃を受けた筈の黒い騎士だった。

 ところが黒い騎士も軍馬も、まるで揺らいだ様子がない。


「ロムレス!?」

「くっそぉおおおおおお!!」


 槍ごと斬られたプレイヤーは、何が起こったのか分からないといった顔で地面に落ちると、切断面から微細な粒子に分解されて消滅する。

 あまりにもあっけない仲間の最後に、戦場だという事も忘れて呆然とするプレイヤー達。

 ただひとり、勇者だけは気を吐いて突撃していた。

 迎え撃とうとする狂戦士を強引な攻めで押し潰し、シャドウガストの召喚魔獣を一瞬で飛び越える。

 しかし仇となった黒い騎士には、枝分かれした槍の穂先で簡単にいなされてしまった。


「ッせあ!!」


 力尽くで槍を弾く勇者は、距離を取った直後に切り返して別角度から攻め続ける。

 だが、黒い騎士はこれにも易々と反応し、逆に勇者を弾き返して見せた。

 先陣を切った勇者に、我に返ったパーティーの仲間も戦闘を再開。

 ところが、黒い騎士以外のシャドウガストも手練が揃っており、高レベルのプレイヤーといえども刃が立たなかった。


                        ◇


 シャドウガストが進軍をはじめ、プレイヤー以外の高位の騎士も激しく刃を交わす。

 圧倒的に有利なのはシャドウガストの方だ。

 勇者のパーティーでも戦線を支え切れず、死体兵や狂戦士が衛兵にも襲いかかって行く。

 予想外の事態に第三王女は親衛隊を応援に行かせるが、犠牲者を増やすだけの結果に。


「こうなる事は考えなかったのかしら? 『勇者』だって絶対の存在ではないというのに」

「…………お姉様」


 第三王女の愛らしい顔が険しくなり、そこに今まで姿を見せなかった姉の王女が現れる。

 この姉妹、特別仲が良いワケではないが、憎み合っているワケでもない。

 ただ、妹には野望があり、姉がその野望の障害になる可能性はあった。


「建て物を結界で覆ったけど、アレほどの魔物相手では我ながら効果が怪しいわ。ダメでも私を怨まないでちょうだい。こんな所まで勇者の手綱を握りに来た貴女が悪いのよ」

「『魔導姫』と称えられるお姉様でさえ、どうにもできないのですか?」


 姉の嫌味に、妹もまた皮肉で返す。

 自分の手駒から目を離せない妹に、魔術以外に興味を持てない姉。

 それ以降、人形のように可憐な姫と冷たい美貌の姫は言葉を交わさず、霞む戦場にただ目を向けていた。


                        ◇


 馬上から槍を振るう黒い騎士に、勇者ジュリアスは全く攻め込む事が出来ない。

 黒い騎士の槍に対して勇者の方は長剣と、装備する武器の間合いも不利の要因だが、黒い騎士の力と技量も並ではなかった。

 レベル220の自分が、まるで場違いに高レベルのフィールドに入り込んだかのような無力感。


(クッ……デュエルサウンドがあれば!)


 最高の素材と技術を注ぎ込んだ勇者の剣。

 戦闘中であっても、失われたその剣さえあれば、という気持ちが拭えない。

 腹立たしいヤツの顔が脳裏に浮かぶが、恨みを募らせたところで行方不明の剣が戻るワケでもなかった。

 何より、今は目の前の戦闘に集中しなければ、ここでゲームオーバーだ。

 振り降ろされ、地面を薙ぎ払う黒い騎士の槍。

 またしても攻め手を断たれたジュリアスは大きく飛び退き、続いて真上から叩き付けられる一撃をすんでの所で()わす。

 

「行け! フォトンスパイラル!!」


 フォトンスパイラル、熟練度(レベル)95。

 近~中距離範囲、光熱攻撃(光属性)、INTとMND値で威力が変動、対象のDEFとRES値を減少させる。


 光属性魔法の中でも、通常のレベルアップでは得られない魔法スキル。

 間合いが開いた直後、ジュリアスは黒い騎士に向けて光の渦を放出した。

 闇の属性を帯びるシャドウガストに、光の属性は有効な筈だ。

 ただ、ジュリアスは魔法スキルよりも直接攻撃を好む為、今までは使って来なかった。必要が無かったという事もあるが。


 光の魔法は不意打ちとなり、黒い騎士の動きを止めるだけの効果を上げた。

 そこを見逃す勇者ジュリアスではない。


「行けるか!? アークストライクシュレッダー!!」


 アークストライクシュレッダー、熟練度(レベル)150。

 近~中距離単体、光斬撃(光/物理属性)、攻撃力×70倍、AGL値で攻撃速度が変動、対象の防御力を無視。


 自身の踏み込みとスキルの性能に物を言わせ、雷撃の速度で踏み込む勇者。

 光の尾を引く聖剣を振り上げると、勢いに乗せて黒い騎士へと振り抜く。

 黒い騎士はギリギリのところで受け止めるが、勇者の聖剣は相手の槍の柄を断ち切り、鎧や馬までをも斬りつけた。


「――――――――ォォオオオ…………!」


 強力なスキル攻撃に、黒い騎士と馬が大きく跳ね上がった。

 苦悶か、あるいは感嘆からか、はじめて声を上げる黒い騎士に、他のシャドウガストの動きも止まる。

 攻撃が通り、勇者にも手応えがあった。決して届かない相手ではない。


 黒い騎士は興奮する馬を御すると、切断された槍を打ち捨て腰の剣を引き抜いた。

 油を引いたかのような、ヌラヌラとした曲線を持つ幅広の長剣。

 黒い騎士は剣を高く掲げ、ジュリアスも白銀の聖剣を正面に構える。


 だが、再度両者が激突すると思われたその前に、ドラゴンに騎乗するシャドウガストが何がしかの言葉を放った。


 途端に、勇者に対して敵意を見せていた黒い騎士は頭を垂れ、馬を数歩後ろに下がらせる。

 他のシャドウガストも同様だった。

 雑兵が、狂戦士が、黒い騎士が、一様に頭を低く、ドラゴンに乗るシャドウガストの傍に控える。

 それはまるで、王か支配者の如く。


 勇者ジュリアスと、その上位の存在と思われるシャドウガストの間には、何も無かった。

 ドラゴンから降りたシャドウガストは、傍にいた雑兵が二体がかりで抱えていた大剣を掴み上げる。

 その大剣は、黒い騎士の物より遥かに分厚く、大きく、ねじ曲がり、凶悪な刃を備えていた。


 すぐに、試されているのだとジュリアスは理解する。

 シャドウガストの長が、配下の騎士に一太刀入れたプレイヤーの勇者に力を見せろと言っているのだ。

 この状況では、応えるしかない。

 どの道プレイヤーには、戦う以外に選択肢が無かった。


 同じ目線に立つシャドウガストの長は、大きかった。

 黒い騎士のそれよりも、遥かに重厚で、かつ繊細な細工の施された全身鎧。

 ジュリアスよりも頭三つ分は背が高いが、それよりも大きく感じる。

 大の大人ほどもありそうな剣を片手で軽々保持する姿は、特に威圧的でもないのに、水中でサメを前にしているかのように恐ろしい。

 息苦しく、身体が動く気がしない。

 ジュリアスの剣を握る感覚が怪しくなっていた。

 白い息で、呼気が荒くなっているのも丸見えだ。


 勝たなければならなかった。

 自分は、多くの者の期待と運命を担っている。

 この『ワールドリベレイター』の世界で、プレイヤーとして、秩序無き世界で正義を成さねばならなかった。

 こんなところで終わるワケにはいかない。

 勇者として、ジュリアスにはやるべき事が無数に残っているのだから。


 構えるのは『脇構え』。

 現代の剣道においてはあまり用いられなくなった、古流に近い構え方だ。

 剣を脇に、後ろ向きに構え、脚を引いて相手から見て半身になる。

 少し前傾に、呼吸を整え、集中する。

 有難い事に、相手は仕掛けて来なかった。

 学校の剣道部の先輩を思い出す。

 あの時も、ジュリアスを舐めてかかり先の先を譲って見せた相手は、その後間も無く強かに壁に叩き付けられ、白目を剥いていた。

 たとえ相手を格下だと思っても、決して油断するべきではない。

 ジュリアスの面打ちに反応できず吹っ飛んだ先輩には、当然の結末だとジュリアスは思った。

 そんな誰の目に見ても当然の事実を、同じ部の人間は感情を優先し、決して認めようとしなかったが。


 分かり切った答えを認めないのは、非合理的でしかないのだと白部=ジュリアス=正己は理解する。

 相手が愚かな行動を選択するのを、勇者は決して喜ばない。

 しかし、今はそれが好機となっていた。

 シャドウガストの驕りと油断。

 そこを、ジュリアスはブチ抜く。

 油断した相手の意識の内側に飛び込み、最大の力で、全力でファーストアタックを決め、一気に叩きのめす。

 そのシミュレーションがジュリアスの頭の中で完璧に出来上がった時、


「ッつぇあァアアアアアア!!」


 ボイスコマンド無しで魔法を使い、ステータスを上昇。


 アドウルム・コルプス、熟練度(レベル)55。

 近距離単体、上位生体活性(光属性)、各種ステータスを一定時間上昇させる、上昇時間はMND値により上下する。


 更に、出の早い攻撃スキルでシャドウガストの長へ仕掛ける。


 スプリットインアウト、熟練度(レベル)130。

 近~中距離単体、斬撃攻撃(物理属性)、攻撃速度×5倍、攻撃力×10倍、AGLとTEC値で連続使用回数が上下する、技前後の硬直時間無し。


 初撃、斜め下から切り上げる超高速の一撃は、シャドウガストの緩慢にも見える動きで遮られていた。

 が、もはやそのくらいでは驚かない。

 このスキルの真骨頂は、連発が可能だという事。

 強引に剣を振り抜いたジュリアスは、次の瞬間逆サイドから横薙ぎ、正面から面打ち、その場で旋回して袈裟斬り、返す刀で逆袈裟、そして突きと。

 スキルの特性と補助を利用し、自らの鍛えた技を十全に発揮し、



 それら全てをシャドウガストの長に止められ、逆に大剣の一撃で跳ね返された。



「ぐぅうううッッ!!?」


 まるで騙し絵のようだった。

 ジュリアスの連撃は、文字通り息も吐かせぬ電光石火。対するシャドウガストの長は、ゆったりとさえ言える動きで剣を動かしていた。

 にもかかわらず、勇者の必殺剣は尽く受け止められ、まるでウチワで扇ぐように穏やかな動きで、ジュリアスは有無を言わさず飛ばされる。

 ただこの一合で、ジュリアスは相手と自分の格の違いを、完全に思い知ってしまった。


 シャドウガストの長の返しで、ジュリアスの腕は麻痺している。

 勇者を振り払った一撃は、その中に途方もない力が込められていた。

 まともに受けてしまった身体が軋み、力が入らない。

 だが、地面に膝を着いているのは、ダメージを受けたからではない。

 抗う気力を、根こそぎ奪われてしまったからだ。


 周囲のプレイヤーや騎士達も、言葉が無かった。

 恐らくはこの場のヒト種の中で最も強いであろう『勇者』が、まるで相手にならない。

 それが意味するところは、ただひとつ。


「し……シラベを援護する! 全員同時に仕掛けろ! 攻撃を集中するぞ!!」


 赤いロングスカートに長い黒髪のプレイヤーが、リーダーに代わってパーティーに号令を放つ。

 全員が、これが致命的に拙い事態だというのを理解していた。

 逃げるべきじゃないか、と考えるプレイヤーもいたが、いつの間にか周囲を壁のように霧に覆われ、どこに逃げて良いかも分からない。

 戦う以外に生き残る道は無く、またそれしか知らなかった高レベルプレイヤー達は、全力でシャドウガストを駆逐すべく持てる最強のスキルを振るった。


 同時に、勇者への興味を無くしたシャドウガストの長は、手を上げて配下に侵攻の再開を指示。

 様子見は終わり、いよいよ本気で敵を駆逐しろという意味だ。

 スレンダーな女性の格闘プレイヤーが狂戦士に叩き潰され、召喚師の操る魔獣が甲殻獣に喰われる。

 金髪巻髪の槍兵プレイヤーは、屈強な死体兵の集団を相手に逃げ回るしかなかった。

 全身鎧の剣士は、黒騎士の一体と正面から打ち合い死に体となっている。


 プレイヤーでさえそんな有様なのだから、その他の騎士と衛兵は無残なものだった。

 なにせ雑兵の死体兵ひとつ取っても、普通の騎士とは比べ物にならないほど強い。

 まともに打ち合えず、なまくらの剣や鈍器のような斧に撲殺される騎士、従者、衛兵。

 それだけに留まらず、都市内に拡散したシャドウガストにより、冒険者や傭兵だけでなく非戦闘員の平民までが殺されていた。

 虐殺が始まり、市長の邸宅にも死体兵や剣のケモノが群がって来る。

 それなりに強力な魔導姫の結界陣も、黒い騎士が集団で剣を振るうと媒体から破壊された。

 王女の親衛隊が屋敷の入り口で防戦するが、シャドウガストの圧力は凄まじく、突破されるのは時間の問題だった。

 王女たちにも逃げ場など無い。


 やがて親衛隊も突破され、市長宅に死体兵が雪崩れ込んだ。

 追い回される戦えない人々に、蹴散らされる衛兵、プレイヤーも例外ではない。

 『勇者』という支柱を無くしたヒト種側へ、シャドウガストは獰猛に襲い掛かると、戦意を無くしたプレイヤーを背後から斬り殺そうと剣を振るい、



 胴着袴の少年は、その狂戦士の足を横から蹴飛ばし、腕を掴んで支点にすると、空中でひっくり返して頭から地面に叩き落した。



 強大な“気”によって、陰の相に偏る霧が大きく押し退けられる。

 冷え切った空気が熱く乾燥した風に吹き散らされ、場に満ちる死の気配をも一掃した。

 圧倒的な生命感に、シャドウガスト達がたじろいだ様子を見せる。

 一斉に目を向けた先から歩んで来るのは、胴着袴の少年を先頭に置いた一団だった。

 冒険者、傭兵、プレイヤー、そういった者達を引き連れてくる少年は、巨人のような一歩を踏み締める度に、大地を生命の波動で揺らす。

 その桁違いの“気”配に、勇者のパーティーはおろか騎士も、親衛隊も、そして王女達も目が離せなかった。


 そして、威風堂々と決戦の場に足を踏み入れた悠午は、シャドウガストの長を一目見るなり、


「……あ、ヤバい」


 この世界に入って以来の、最大級の警戒態勢に入る。



クエストID-S023:アドバンスドリージョン 12/26 00時に更新します

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