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021:誤報にあらずエマージェンシー

.


 ワールドリベレイターの世界においては、ヒト種族以外にも多くの知恵を持つ種族が存在している。


 ある種族は、ヒト種よりも押し並べて知能が高く、器用で、長命で、誇り高く、美しかった。

 また戦う術も心得ており、武器を持たせれば高い技量を発揮し、精霊の力を得る事で強力な魔術を行使できた。

 彼らは賢者と呼ばれ、尊敬を集め、自らが優れている事を自覚し、自信に満ち、正義を行った。


 何者よりも高尚であるとされる種族。

 それは、エルフと呼ばれていた。


 城壁都市『ダンプール』の中は、真夜中であってもヒトの行き来があった。

 ヒトの集まるところでは、自然と商売が活発となる。

 酒場や娼婦宿など、明るい最中に営業しない店は、夜闇の中でこそ客で賑わうものだ。

 だから、フードで顔を隠す男がひとり街中を歩いていても、衛兵だって気に留めたりはしなかった。

 何より、彼らが警戒していたのは得体のしれない寓話の怪物であって、冒険者や傭兵といったカネと血の臭いに誘われてきたゴロツキではないのだから。


 もっとも、そのフードの中身はゴロツキと呼ぶには綺麗過ぎたが。


 その容貌は、男か女か分からなくなるほど整っていた。

 ある意味では目立つが、そこは決定的ではない。

 特徴的なのは、隠れている耳だろう。ヒト種はそこでしか区別しない。

 単純な生き物だと、そのエルフは心の中で吐き捨てていた。


 ヒト種族にとってエルフは敵対種族だ。

 西にある白の大陸を住処とし、白の女神の眷族を纏め上げるエルフは、黒の女神の眷族たるヒト種にとって滅ぼさずにはおけない怨敵だ。

 それは、エルフにとっても同様。

 世界の秩序を保つ為には、ヒト種族は絶対に淘汰されなければならない害悪だった。

 頑固にも黒の女神の実在を語るプレイヤーは特にだ。

 そんな物は存在しない。


 好奇の視線を向けてくる衛兵の脇を通り過ぎると、フードのエルフは真っ暗闇の路地裏に入り、屈み込む。

 見るべき物は見た、知るべき事も知った。後は処分(・・)するだけだった。

 口を一文字に結んだまま、フードのエルフは地面に黒ずんだ何かの骨を埋める。

 好都合に、その場所は精霊が澱んでいた。

 決して歓迎すべき事ではなく、むしろ唾棄すべき状態だったが、今のエルフには好都合だ。

 表情は厳しいまま変らないが、それもヒト種の自業自得だと思えば幾分気も晴れる。


 忌むべき精霊への語りかけ、それはエルフの禁忌で、この世の摂理への逆行ともいえる。

 エルフは自然と共にある種族だ。

 自然を尊重し、精霊と心を通わせる。世界の代弁者である。

 と、言うのがエルフの主張だ。

 その在り方に真っ向から反する行為を、このエルフは行なっている。

 だがそれでも、やる価値のある事だとこのエルフは信じて疑わなかった。


                        ◇


 アストラ王国中央部に近いとはいえ、ダンプールという街は要衝と言う程ではない。城壁も古い時代の名残を再利用しているに過ぎなかった。

 戦場は遠く、近隣にモンスターの出るフィールドはあるが、それだって文無しの冒険者がこぞって片付け

てくれる。

 つまり、衛兵には大した仕事がないのだ。

 せいぜい、酔っ払いやかっぱらい、盗人を処理する程度で、実戦らしい実戦もない。

 当然士気も高くはなかった。


「おおぅ……んだよ冷えてきやがったな。さっさと切り上げて酒場に行くか?」

「あー……そうだな。ってバーカ、今はマズイだろ。お偉方が来てスナブルのクソオヤジやたら張り切ってやがる。見回りサボったらブッ殺されんぞ」

「たかが衛兵頭じゃ騎士どころか従者にもなれねーっつーの馬鹿オヤジが夢見やがってー」


 悪態を吐きながら、揃いの鎖鎧と槍を持った衛兵ふたりが街中を巡回している。王都付近という事で装備だけは良い。

 周囲には霧が出てきており、温度も下がっていた。

 ただでさえ無いやる気も更に下がる。


「…………シャドウガストは霧の中から出るってよぉ、本当だと思うか?」

「ハンッ! オレぁ何年も冒険者をやって来たが、シャドウガストなんて見た事もないね。雲の上のお方が何を考えているか知らねーが、イーブリーかオルグをシャドウガストだって騒ぎ立てているとかそんなところさ」


 立ち込める霧に、やや若い方の衛兵が声を潜めた。

 霧の悪霊、霧の怪物、死の霧、シャドウガストは霧から出てくる。

 しかし、ややメタボ気味の先輩兵士は、それを笑い飛ばした。

 シャドウガストとは、親が子供に言い聞かせる教訓の産物に過ぎない。

 暗い夜は外に出ないように。霧の中で迷子にならないように。

 恐ろしいモンスターは、他にいくらでも存在するのだ。


「まぁオレだって……なんだ? B間近のCクラス冒険者だったんだぜ。オルグくらいなら調子良けりゃひとりで倒してやるさ! ガッハッハッハッハ!!」


 楽天的な先輩衛兵は、若い者を安心させるよう剛胆に笑い飛ばした。

 粗雑だが気の良い男だ。

 そんな相方を頼もしく感じ、若い方も肩から力を抜いたが、


 次に隣へ目をやると、頼もしい相方の首が飛んでいた。


「あ…………?」


 なんだ、同僚の首はどこに行った?

 唐突な現実を脳が処理し切れず、そんな間の抜けた疑問を持つ若い衛兵。

 いつの間にか周囲には霧が巻いていた。

 それに、霧の中には無数の影と気配が蠢いている。

 首無し死体が地面に倒れ、血を噴き出して痙攣する段になり、ようやく若い衛兵に恐怖や混乱といった感情が湧き上がってきた。


 そうは言っても、間もなく若い衛兵も先輩と同じ運命を辿る事になるのだが。


                         ◇


 ノックの返事も聞かずに扉を押し開くと、大男のベテラン冒険者、ゴーウェンは既に装具を身に着けていた。

 悠午同様に周囲の気配に気付いており、戦闘態勢である。


「ねーちゃん達はどうした?」

「ちょうど姫城さんと一緒だったから、今起こしに行ってもらってます」

「ほほう……そりゃ災難だったな」

「そういうボケはいいです」


 ゲスな笑みになるオッサンに、つれない溜息で返す少年。

 しかし、冗談を言えるのもそこまでだった。

 外で何者かの悲鳴が上がり、徐々に周囲がざわめいて来ている。

 胴着袴の武人も、ベテランの冒険者も、これが戦場の空気だというのをよく知っていた。


「本当に来るとはな……。正味な話、今回の仕事は待ちぼうけだと思っていたが。こうなると他の連中が気になるところだ。やられるぞ…………。どうするユーゴ?」


 正味な話、ゴーウェンもシャドウガストが来るというのは半信半疑だった。仕事が不発に終わるのも稀にある事だから気にしなかったが。

 だが実際に来るとなった時、昼間に見た冒険者や傭兵といった者たちの事を思い出す。

 ハッキリ言えば、大半が二線級だ。

 シャドウガストがどれほどの物かは分からないが、かなりの混戦となるのが予想される。


 一方、ゴーウェンに問われた悠午の方は、あらぬ方を見て神妙な顔になっていた。深刻というよりは、その一歩手前。

 そういう顔をさせる現象が、今周辺では起こっている。

 普通では有り得ない事だ。

 どうして突然バランスが崩れたのか。

 自然は勝手に安定しているからこその自然であって、勝手にバランスが崩れたらそれは自然とは言えんだろうがと。


「ユーゴ?」

「…………何か良くないモノが来ているのは間違いなさそうスね。とりあえず様子を見て、ダメっぽかったらその時考えましょう」


 疑問はあるが、何にしても状況を確認しなければ始まらない。

 すぐに外に出ようとする悠午とゴーウェンだが、女性陣が起きないわ準備に時間がかかるわ置いて行こうとしたら怒り出すわと時間を取られ、大きく出遅れる事となった。


                       ◇


 霧に包まれるダンプール市内では、敵襲を知らせる鐘が鳴り響いていた。

 詰所からは武装した衛兵が伍隊を組んで飛び出し、各所の番兵も警戒態勢を取る。

 不運な冒険者や傭兵はタダ働きを強いられ、既に交戦に入っている者もいた。

 濃い霧の為に状況は全く見えないが、その中で血は流れ続けている。


 市長宅のエントランスでは、勇者の号を持つ白部(しらべ)=ジュリアス=正己(まさみ)とパーティーメンバーのプレイヤーが集まっていた。


「みんな準備は出来たな! 行くぞ!!」


 リーダーであるジュリアスの号令一下、勇壮に出陣して行く『ブレイブウィング』のプレイヤーと応援の騎士たち。

 階段の上からは、可憐な美貌の第三王女が熱っぽい瞳でそれを見送っている。

 ジュリアスはそれに力強い笑みで応えると、仲間と共に駆け出して行く。

 そして、同じパーティーの女性プレイヤー達は、勇者と王女の姿に苦々しい顔をしていた。


                       ◇


 第三王女が舞台のひと幕を演じていたその時、姉の第二王女は同じ市長宅のテラスから地上を見下ろしていた。

 屋敷の周囲は霧のせいで視界が悪い。

 かがり火も周囲の霧がオレンジ色にボヤけるだけで、あまり役に立っていなかった。


 ただ、魔導姫と謳われる王女の目には、また別の物が映っている。

 それは、今まで見た事も無いほど黒く澱んだ魔力の集中だ。

 更に奥には、まるで違う世界が顔を覗かせていると思うほどの、異質な何かが鎮座している。


「……無駄足にはならなかったようだけど」


 魔導姫マキアスの目的は、これだった。

 『シャドウガスト』と呼ばれる現象。

 伝説の中にしか確認出来なかったモノを、自分の目で見て解き明かす為。

 しかし、


「…………ちょっとマズイかもしれないわね」


 背後に親衛隊の騎士をおいて呟く王女。

 全然動じてないように見えるが、内心ではかなり困っていた。

 何せ、霧の中に感じる魔力は、尋常ではない。

 そして、内部に潜んでいると思われるモンスターも、恐らくは並ではないだろう。

 どれくらいヤバいかというと、この都市に滞在する勇者のパーティーと自分と親衛隊が力を合わせて、果たして切り抜けられるか否か、というレベルだった。


 妹が最近特に持ち上げる、『勇者』。

 何を考えて妹が勇者に構っているか、大体の想像はつくが、マキアス王女には興味が無い。

 気に入らない事は気に入らないが、かと言ってわざわざ労力を割いて邪魔しようとか対抗しようという気も起きないのだ。

 実際、媚を売る事しか知らない陰険で腹黒の妹は、良い人形を見付けたと思う。

 自分の取り巻きは、一刻も早く伴侶となる者を見付け妹に先んじるべきだ、などと言うが、


(…………そういえば、あの者達は…………)


 ここでフと思い出すのは、昼に偶然ここ市長宅で見かけた、ふたりの冒険者だ。

 冒険者組合(ギルド)の依頼で来たという青年と大男は、どちらも魔力といい器といい、ちょっと目を見張る一物だった。

 特に変わった服装の青年の方は、勇者にも見劣りしない器量。

 婿取りなど全く興味が無かったが、こうなると少し考えさせられる美丈夫といえた。


「……期待してみるとしましょうか。あなた達は屋敷周囲を固めなさい。この霧の中で出て行っても無駄死によ」

「ハッ!!」


 王女は自分の騎士団に命令を下し、拠点防御の構えに出る。

 聡明な女性であるが故に絶望的な状況だとは分かっていたが、それでも不思議と悲観はしていなかった。


                       ◇


 ダンプール中心部は、蜂の巣を突付いた騒ぎとなっていた。

 連携も取れずに正体不明の何かに襲われる衛兵。

 何か大きくて鼻息の荒いモノに引き摺られていく傭兵。

 外から扉を破壊しようとするモンスターに、悲鳴を上げて立て篭もる一般市民。

 打って出る冒険者も、見えない敵に囲まれ大勢が犠牲になっている。


「ダメだ固まれ! どこから来るか分からんぞ!!」

「背中を守り合うんだ!!」


 多少場慣れした冒険者や傭兵は、視界の悪い中でも仲間と力を合わせてどうにか戦えている。

 問題は、敵が強すぎる事だ。

 冒険者は弱くない。

 一流である『断頭』が言うには二線級との評価だが、防具はしっかりした物を身に付けているし、武器も業物とは言わないが手堅い物を使っている。

 剣を振るう姿も、達人ではなくとも形になっていた。

 通常の仕事なら、これでも十分な戦力として計算できる。

 しかし、急な襲撃、真夜中、悪い視界と良くない条件が続き、トドメが敵の異様な強さだ。

 分が悪すぎた。


                        ◇


 そして、月明かりも無いダンプールの上空では、宙に浮いたフード姿のエルフが地上の地獄を見下ろしていた。

 エルフの無感動な目に映るのは、腐った肉にタカる蛆虫とハエの姿だ。

 醜いヒト種族の巣。ゴブリンのように際限なく増える生き汚い種。薄汚れた裏切者の末裔。

 フード姿のエルフが使ったのは、自然の摂理を重んじるエルフにして許されざる禁忌だ。

 だが、その禁忌でヒト種族が死んでいくのは、とても正しい事だと感じる。


「死ね、存在してはならない者ども、忌まわしきプレイヤーども。呪われた闇の住民と喰らい合うがいい」


 静かな怒りを滲ませるエルフが、ヒト種族に望むのはそれだけだ。

 世界と全ての種族の為に、秩序と安定の為に、我らが白の女神の為に、ヒト種族は絶対に滅ぼさなくてはならないのだと。

 その目的に叶うなら、エルフは何でもするつもりだった。


                         ◇


 仕事にあぶれて巻き込まれた不運な冒険者5人組は、路地の入り口で防戦していた。

 まだ若い冒険者の一団。プレイヤーではなく全員が地元だ。

 変則的な前衛と後衛。

 重装備の前衛が敵を食い止め、中盤の槍持ちが敵を押し返し、回復魔法の使える術士が全体を支援する。斥候も武器や石の投擲で援護するのだが、相手にはどうにも効果薄だった。


「づアッ……!? なんだコイツら全然刺さんねぇぞ!!」

「隙間だ! 隙間を突け!!」


 筋肉質な冒険者の構える盾に、大型のケモノが体当たりしてくる。

 それは大型の山犬や狼ほどもあり、頭部は赤剥けで眼球は白濁、牙を剥き出し血混じりの涎を垂らし、全身から剣のようなトゲを生やしていた。

 激戦の最中だというのに、臭いが鼻について仕方がない。

 腐臭、刺激臭、汚物の臭い、そういった物を煮込んだかのような、およそ人生において嗅いだ事のない酷い臭いがケモノから放たれていた。

 トゲにしても体毛にしても鋼のように強靭で、刃がまるで通らない。

 そんなのが二体も三体も出た上に、恐らく霧の中には何体も潜んでいると思われた。


 一流冒険者が相手取るような格上のケモノと戦えているのは、地形に恵まれたからだ。

 三方向を壁に囲まれた袋小路。

 戦力を前方に集中して迎撃に専念出来る為、どうにか凌げている。

 だが、見方を変えれば追い詰められているとも言えた。

 それに、問題はこれだけではない、


「グアッ!? グ……クソッ!!?」

「ベルーゾ!?」


 風切り音を立てて飛来する物体。

 槍持ちが倒れると、その腹には汚れた矢が刺さっていた。

 戦線が崩れる。

 敵が更に増えてしまった上に、この冒険者団ではアウトレンジに対応出来ない。


「オフリオ! ベルーゾの血を止めろ!!」

「ダンダー! あれ!!」


 仲間の叫びにリーダーが前を見ると、霧の中から複数の影が迫るのが見えた。

 新たに現れた敵を見て、リーダーの頭に血が上る。

 今まで相手をしたケモノとは明らかに違った。

 それは二足歩行で、朽ちかけた革鎧や赤錆の剣を携える、死体のように白い肌をした、ヒト種と同じ姿の生き物だった。

 しかし、真っ黒な眼球に目や耳から流れる黒い体液から、明らかにヒト種どころかこの世のどの生き物とも違っている。


「こいつが……シャドウガストか!?」


 霧の怪物、剣を生やしたケモノ、死体の兵士、そして黒い騎士。

 小さい頃から散々聞かされたお伽噺が、目の前で現実の物と化す。

 しかも、ただのモンスターなどではない。組織化され、集団での戦術を行使する軍隊だった。


 シャドウガストの死体兵が理解できない言葉で喋ると、弓持ちの死体兵が矢を番える。

 咄嗟に盾を構える冒険者の前衛だが、それだけで全員をカバーできる筈もなく。


「アンニバレの後ろだ! 隠れろ!!」

「ギャァ!?」


 放たれる複数の矢は、守り切れなかった肩や脚に突き刺さった。

 回復術など使っている時間は無い。

 シャドウガストの死体兵は、死に損ないの冒険者にトドメを刺そうと剣を突き出し、


「ぬぅれああッ!!」

「グベァ――――――――――!!」


 身の丈を超える長さの大剣に、身体の中程から吹っ飛ばされていた。


「つぅあッッ!!」


 続けて、大剣を振るう大男の冒険者は、シャドウガストの弓兵を真上から叩き潰す。

 更に剣を斜めに振り上げ、近くにいた死体兵を遥か遠くにまで打ち上げた。

 その大男に剣を生やしたケモノが飛びかかるが、一瞬で踏み込んで来た胴着袴の青年が、カカト落としで地面に叩き付ける。


「お座り」


 シャドウガストの死体兵が、聞くに堪えない甲高い叫びを上げて胴着袴の青年に斬りかかった。

 犬を躾けていた青年は、振り下ろされる剣を軽く()わすと、相手の顔面に超音速の打撃を喰らわせる。

 強靭な四肢を持つ死体のような兵士が、天高く飛んでいった。


「強いっちゃ強いが、まぁまだどうにかなるな」

「っスね……。でも霧の中心部分はちょいとヤバそう。戦えないのはさっさと逃がさないと」


 などと言いながら二匹纏めてシャドウガストを薙ぎ払い、連続の打撃で殴り飛ばすのは、ゴーウェンと悠午だった。

 剣を生やしたケモノが飛びかかると、悠午にカウンターを喰らい地面に叩き付けられる。

 死体兵は防御した剣ごと大剣で真っ二つにされていた。

 桁違いの強さ。

 シャドウガスト以上の怪物どもの出現に、冒険者達も空いた口が塞がらない。


「姫城さん大丈夫? 危なくなったら言ってよ」

「だ、大丈夫ー!!」


 それに加えて、悠午に声をかけられテンパリながら、自ら長剣でシャドウガスト兵と切り結ぶ女戦士、姫城小春(ひめしろこはる)

 「ゲームとモーションが違うし!」などと叫んでいるが、割りと頑張って戦っていた。


「ファイオショッ!」


 ファイオショット、熟練度レベル10。

 近~中距離単体、炎熱攻撃(火属性)、対象へ持続ダメージ。


 ジト目魔術士の御子柴小夜子(みこしばさよこ)がスタッフを振るうと、その勢いに乗せられ火の玉が飛ぶ。

 火の玉は小春に剣を向けていたシャドウガスト兵に直撃。

 その援護を経て、更に小春が斬り込んでいた。一応連携が出来ている。

 いかんせん相手と地力が違うので、早々に悠午が助けに入っていたが。


「ま、待てぇ貴様ら! お前達は我が従者も同じであろうがぁ!! それを先に行くなど許さん!!」

「手柄が欲しいならしっかり付いてきてくださいよぉ貴族様。俺たちは別にあんたに雇われたワケじゃないんでね」

「き、貴様――――――――ヒィッ!!」

「し、子爵!?」


 泡を喰って後から走って来るのは、鎧姿が貧相な巻きヒゲ髪子爵だ。従者の青年と、悠午のパーティーが雇った形のバリオ冒険者団の面々も付いて来ている。

 置いて行かれた子爵はゴーウェンに怒鳴りつけるが、ゴーウェンの方は忙しいので取り合う気も無く、軽口で軽く流す。

 相手の態度に一瞬で沸騰する巻きヒゲ子爵だったが、横合いからシャドウガスト兵の強襲を受け、そこを冒険者のバリオに助けられていた。


「さーて動けるかあんたら? あ、手負いか。嬢ちゃん頼めるか?」

「は、はい!」


 あちこちに矢を受け動けない冒険者のパーティーに、バリオ冒険者団の僧侶と法術士の久島香菜実(ひさしまかなみ)が手当てに動いた。

 他のパーティーメンバーも、手強いシャドウガストに協力して当たっている。パラサイトちゃんことコノリーでさえもだ。


「ユーゴ、次はどっちだ?」

「気配が多いのはあっちっスね。大分乱戦になってる」

「っしゃ行くかね!」

「ま、待て貴様ら! 命令を出すのは私であるぞ!!」


 悠午が周辺の“気”配を探ると、一番熱く(・・)なっている所を確認。

 ゴーウェンが大剣を背の鞘に収めると、お貴族様の科白(セリフ)は完全に無視して移動を再開した。


                       ◇


 その少し前。


 騒然とする宿の一階には、雇われてここダンプールに来た冒険者達が集まっていた。

 悠午のパーティーに雇われた冒険者団、リーダーのバリオ、斥候のビッパ、マルチタレントのパラサイトちゃん、あと3人を含めた6名も待機中だ。


「何やってたんだお前ら? さっきビッパが迎えに行ったろ?」

「レディーは支度に時間がかかるそうですよ。詳しいところはコノリーさんにでも聞いてください」


 のんびり最後に現れた悠午のパーティーに、呆れたような顔を見せる中年冒険者のバリオ。

 同じ女性としての苦労を語って欲しいところだが、冒険者歴がそこそこ長いパラサイトちゃんは、これで意外と隙が無いそうである。

 できる女を演じるのまた、寄生には必要な事なのだとか。

 意外と苦労してそうだ。


「それでどうなってるんだ、外の様子は。何か聞いているか?」

「霧が濃くてよく分からんね。衛兵が走り回ってどこかじゃ戦闘になっているらしい。どうやら本当にシャドウガストが出たようだな。信じらんねぇ…………」


 ゴーウェンがバリオに状況を訊くが、何せ外の視界がゼロに近いので、迂闊に出る事も出来ないという。それが正解だ。

 外に様子を見に行った冒険者は戻って来ない。

 単に帰り道を見失っただけか、他に帰れなくなった理由があるのかは分からなかった。

 他の冒険者もこの事態にどう動くか迷っていたようだが、その点では行動指針は明確で有るとも言えた。

 つまり、フタを開けねばはじまらない。


「シャドウガストが出たとなれば、我らが武名を上げるチャンスと心得よ! 者ども往くぞ! 付いて来い!!」

「シャドウガストを討伐し功を立てるはこのフォーナムである! 遅れるな冒険者ども! 我に続け!!」

「栄光はこのヌース準爵の物だ! シャドウガストの首を取れば報酬は倍払うぞ傭兵どもよ!!」


 騎士らしきフルアーマーの肥満体が号令をかけると、冒険者の一団がそれに付いて外に出て行く。

 それに触発されたかのように声を上げる別の騎士。

 この場に集まっていたのは、騎士に率いられる事になっていた悠午と同じ境遇の冒険者らしい。


「……いまさらなんスけど、今回の体制ってどうなってるの?」

「知らん。騎士同士でも何かあるんだろうよ。どうするユーゴ、俺達もあの何とかって騎士様を待つか?」


 変なチーム戦みたいになっとる、と微妙な顔になる悠午に、どこか挑発的な笑みを見せるゴーウェン。

 悠午にも騎士が割り当てられており、その指揮下に入れという話だったが、正味な話そんなのは知った事ではなく。

 報酬だって組合(ギルド)に約束させているのだ。

 悠午たちの目的は、シャドウガストとの戦闘と経験値の取得。

 付随的な目的で、この世界でのプレイヤーや冒険者、騎士、兵士の戦いを確認する事だ。一応ギルドからの報酬も含まれるだろうか。

 その時が来た以上、ジッとしている理由も無かった。


「どの程度か見てみましょうか。それに一般人もいるだろうし、ヤバそうなら道すがら助けとこう」

「あ! それならさ! それならさ悠馬! 朱美さんのとこ行ってくんない? ちょっと心配じゃん?」


 しかし、いざ出ようかって時にジト目のお姉さんから意外なお願いが。

 それは日中の市内探索中に出逢った若奥様プレイヤー、下働き法術士の梔子朱美(くちなしあけみ)を救出したいという事だった。

 悠午としても、それに異存はなかったが。


「でも昼見た場所にいるとは限らないですよ? こうも場が荒れてると、オレも上手く“気”配読めないし」

「んーな気配がどうとかってのはどうでも良いよ! そんなら足で探すしかないじゃん!!」


 どこぞの刑事ドラマのような渋い事を言うジト目女子高生だったが、他にやりようがないのも事実。

 それならもう面倒だから、敵の数も削って周辺の脅威度も削っていくという話で纏まった。

 そうすれば、ダンプール市全体の安全も確保できるだろう。


 というワケで、悠午のパーティーが遅ればせながら宿の外に出る。

 一歩外に出ただけで、濃密な霧に行く手を遮られた。

 何もかもが霧に覆われ、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、それに魔力の感覚にまでフィルターがかかる。

 しかもやたらと寒い。霧に触れているだけで、体温と生命力、つまり気や魔力といったものが削られていた。

 通常ならただの霧で有り得ない事だが、悠午はこの現象がどういうモノか心当たりがあった。


(五行相剋……? いったい何をどうすればこういう事になるんだ?)


 霧のせいでそうなっているのか、原因があって霧が出ているのか、とにかく霧の中では生命の“気”の循環がおかしな事になっている。

 火気、土気、金気、水気、木気の生順ではなく、水気、火気、金気、木気、土気の剋順だ。

 生命を育むのではなく、全てを殺す巡り合わせ。

 相剋が悪いとは言わないが、陰陽がどちらかに寄ればバランスが崩れてしまう。

 バランスの崩壊は歪みを生み、良くないモノを招いてしまうものだ。


 その良くない存在、いわゆる『(モノ)()』が目の前にいた。

 体中から剣を生やした大型の四足動物、屈強だが死体のような肌を持つ兵士、そして奥には、ザコとは比べ物にならない強大な力を持った鬼がいる。

 想像よりも、遥かに不味い状況だった。


「いったい何だこの霧は? 普通じゃないぞ。それに……コイツら…………」

「基本的にこの世のもんじゃないですね。オレの近くから離れないでください、結界を張ります。あんまり得意じゃないんだけどこの手の呪は…………」

「…………マジか」


 文字通り肌で異常を感じるベテラン冒険者は、背中にした長大な剣を正面に構える。

 胴着袴の少年がパンパンッ! と手を叩くと、霧が何か見えないものに大きく押し退けられた。古来より拍手打ちには魔を祓い場を清浄にする効果があるとされ、悠午がやればその効果は覿面だった。ちなみに結界術とは、また別の術だ。

 そこに現れる者を目にして、思わず引くジト目の魔術士と、後退る青い顔の法術士。

 美貌のグラビア戦士は、腰の長剣を抜こうとして聖銀の短剣に換え、考え直して長剣に戻した。対シャドウガスト用に購入した聖なる武器だが、いざとなると非常に頼りなく感じる。


「ユーゴ来るぞ!」

「バリオさんはレディーをよろしく」


 叫びか嘶きか判別の付かない雑音を撒き散らし、死体兵が襲い掛かってきた。

 獰猛かつ凶暴、しかし確かな筋のある攻撃。

 それはさながら、恐れを知らない死を恐れない狂戦士だ。

 それも当然。死はシャドウガストの支配するところである。


 もっとも、悠午の打撃は死を返り討ちにする力があるワケだが。


「かっハッッ!!」


 一瞬で相手の間合いを侵略し、拳を振り抜き死体兵を殴り飛ばす。

 どうしようもない暴力に襲われた死体兵は、水平にブッ飛び荷車にぶつかり、大きく空中へ跳ね上がった。

 続けて悠午は背後の死体兵に肘を打ち込み、足を踏み付け裏拳で顔面を潰し、そのまま肘で地面に叩き落す。


「ぬぅうううあッ!!」


 軽いヒトひとり分はありそうな大剣を豪快に振り回し、ゴーウェンは群がる死体兵や剣を生やすケモノを蹴散らした。


「何だありゃ!? バカ強ぇえ!!?」

「やたらデカい剣はありゃ『断頭』だぜ……」

「若造の方は何者だ!? 素手でスゲェ飛んだぞ!!?」


 外の様子を見ていた冒険者や傭兵は、シャドウガストさえ圧倒するふたりの武人に目を見張っていた。

 その他のシャドウガストも、回し蹴りで壁に叩きつけられ、大剣に叩き潰され、痛そうな末路を辿る。

 戦場で暴れ回る少年と冒険者は、全く物語の主人公だ。

 それに比べて、傍観者でいるしかない女戦士は、もう何度目かの無力感を抱えていた。


 だがそんな時、死体兵の一体が突然宿の横から顔を出し、ギャラリーと化していた冒険者や傭兵を奇襲した。

 これにいち早く気付いた小春は、最も早く対応できるのは自分だと判断する。

 そして、


「ッはぁあああああ!!」

「――――――――姫!!?」


 集団から飛び出すと、手にしていたラウンドシールドでシャドウガスト兵を殴り付ける。

 突然雄叫びを上げた仲間に仰天するジト目魔術士と、周囲の冒険者勢。

 身体でぶつかって行った女戦士だが、やはり悠午やゴーウェンのようにはいかない。

 シャドウガストの雑兵であっても、レベルは65から70相当。小春のレベル11とは当然比較にならず、


「ぱ、パイルソーダー!!」


 敵の攻撃力に盾ごと突き返される小春だが、ここでコマンド入力。


 パイルソーダー、熟練度(レベル)10。

 近距離単体、刺突攻撃(物理属性)、軽量の敵をノックバック、装甲貫通補正有り。


 小春本人の力量に関係なく、剣の切っ先を向けた姿勢で死体兵に突撃した。

 死体兵は見た目にそぐわぬ技量で小春の剣を止めるが、そこにジト目魔術士が援護射撃。


「姫離れれ! ヒートウェイブ!!」


 強烈な熱波が死体兵を覆うが、僅かに動きを止めただけで効果が薄い。

 しかし、その一瞬で十分。


「ブッ叩けぇあ!!」

「クリスタルスプレー!!」

「ポールスマッシュ!!」

「ランススティンガー!!」

「射れ射れぶっ殺せ!!」


 何せ冒険者が集中し、プレイヤーも何人か混じっているのだ。

 小春の稼いだ時間で敵の接近に気づいた戦闘要員は、一斉に攻撃開始。

 身体が焼きつき動きが止まった死体兵は、成す術無く集中攻撃を受け見るも無残な有様となっていた。


 なお、

 

 クリスタルスプレー、熟練度(レベル)20。

 近~中距離範囲、刺突貫通攻撃(土/物理属性)、INTとMND値で射出数と貫通威力が変動。


 ポールスマッシュ、熟練度(レベル)35。

 近距離単体、斬撃攻撃(物理属性)、柄から刃の距離×3倍の攻撃力。


 ランススティンガー、熟練度(レベル)30。

 近~中距離直線上、刺突貫通攻撃(物理属性)、装甲貫通補正有り、AGLとTEC値で威力増減。


 これで弾みを付ける冒険者達も、パーティーごとに宿から各方面に散っていく。

 結界の範囲内だからこそ問題(ペナルティ)なく動けるのだが、と悠午は心配するが、止める暇も無かった。


「めんどくせぇ事になって来たなぁ…………」

「姫!? 大丈夫か!!?」

「だ……大丈夫」


 腕組みして首を傾げる悠午の後ろで、スッ転んだ女戦士をジト目魔術師と隠れ目法術士が引き上げる。


「うっひゃー……ユーゴ君つよーい」

「俺らはどうするね、ユーゴ?」


 地味に冒険者を援護していたパラサイトちゃんが呆気に取られて言い、大剣の具合を看るオッサンは悠午へ方針の再確認。

 悠午の方は、冒険者やらシャドウガストの大まかな気配を探りつつ、この後の展開を予想し、


「…………予定通り敵の多い所に殴り込みましょう。蹴散らす」

「お前さんと居ると退屈しそうにないな」

「いや正気か…………」


 一同は最も敵の分厚い所に突っ込む事となった。

 面白くなって来たと笑うゴーウェンに、冒険者のバリオは「えらい事になった」と渋い顔に。

 悠午は全員を一瞥すると、先頭を切って前進を開始する。


「ま、待て貴様ら! 我は命令を出していないぞ!」

「ビンセンタール卿!?」


 そして、いまさら出て来た巻きヒゲの騎士と従者が悠午達を呼び止めるが、誰も聞いちゃいなかった。



クエストID-S022:コーププレイ ボスバトル 12/25 00時に更新します

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