019:チェスボードと各種の駒
2015.11.06 00:00 Update 3/3
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城市『ダンプール』を王国より任される市長宅は、街のど真ん中に建っている。
貴族、それも伯爵クラスが住んでいると言われても不思議じゃないような、優雅で広い大邸宅。
今はシャドウガストの襲来に備え、都市の衛兵や傭兵により守りを固められた本陣と化していた。
シャドウガスト討伐戦に参加する事となった村瀬悠午と冒険者のゴーウェン=サンクティアスは、立場上挨拶をしなければならず、そんなワケで市長宅を訪れているのだが。
「どうなってんだ……親衛隊が居やがる」
「お知り合いで?」
「冗談言うなよユーゴ。親衛隊、つまり王族と公爵とかその辺のお偉方が抱える騎士団さ。あいつら普通は飼い主から離れん。まさか、いるのか…………?」
ゴーウェンが大きな身体に緊張感を滲ませていた。
屋敷の門前で名乗った後、番兵に中へと通されたのだが、その途中でそれらしい騎士を見かけたというのだ。
親衛隊に限らず騎士と言えばつまり貴族であり、ゴーウェンはそんな物と知り合いになどなりたくない。
そして、親衛隊の任務は、常にひとつ。
まさかこんな所に偉い貴族様がいるとは思わないゴーウェンだが、その予想というか希望は、直後にサラッと覆されてしまった。
「あら…………」
「ッ――――――――!? おいユーゴ……!!」
「はい?」
廊下の突き当たりの扉から、前触れなく誰かが出て来る。
それは、明らかに高貴な身分だというのが分かる、悠午並に高身長の女性だった。
長いブルネットのストレートヘアに、美しいが感情を表さない容貌。
スタイルに相当な自信有りか、大きく前の開いたドレスからは、某女戦士以上の巨乳が零れそうになっていた。
ゴーウェンが慌てて悠午の肩を掴む。どうやら傅かないとマズい相手らしい。
一見して粗野だが物腰卑しからぬ大男と、美しくキレのある容姿にしなやかな体躯の青年。
優雅に腰を折り礼を見せるふたりの男に、女性の方も表情を変えないままに感心していた。
軽く目の保養である。
「マキアス様」
「ドランツ、あれは何者かしら? 一度見たら忘れそうもない者たちだけど」
「ハッ……そこの、貴様ら何者か。控えよ、こちらは我がアストラのフィアス=マキアス=イム・アストラ王女殿下である」
次いで出てきた若中年の科白に、ちょっとやそっとじゃ動揺しない冒険者が腰を折ったまま硬直する。
最悪の予想的中。
ゴーウェンこそ、どうしてこんな所に王女なんて大物がいやがる、と言いたかった。
が、しかし、
「卑しき冒険者の身で噂に名高き魔導姫にお目通り叶い恐悦至極。この身はゴーウェン=サンクティアス、『断頭』の名で通ってございます」
内心の動揺などおくびにもださず、身分差など無いかのような堂々としたオッサン冒険者の名乗り。
実に見事なそれに、王女も自分の第一印象が正しかったと少しばかり満足していた。
「そして、これなるは我らが一団のひとり、ムラセ=ユーゴと申します。ギルドの……シャドウガスト討伐の呼びかけに応え、馳せ参じた次第…………」
「ああ、そうなの。あなた達がギルドの用意した勇者殿の対となる駒…………。話は聞いています。この度のシャドウガスト討伐であなた方が武名を上げるのを、心から期待しているわ」
何やら意味深なセリフを残し、親衛隊らしき騎士たちを連れて歩き去る、無表情な爆乳王女。
その背が消えるまで腰を折っていた悠午とゴーウェンだが、『ドランツ』と呼ばれた若中年に呼ばれると、後を付いて行く事になった。
その後に聞いた話だが、なんでもこの顰めっ面の男、アストラ王国中央方面の騎士団長であるという事だ。
これまた大物で、先の王女といいどうなってんだ、と困惑の度を深くするゴーウェン。
だが、話はそれだけで終わらない。
この上更に、現在のダンプールにはもうひとり、第三王女までが滞在しているとの事であった。
◇
騎士のひとりから城壁都市防衛における配置などの説明を受けた悠午とゴーウェンだが、話自体は単純だった。
担当となる騎士の指示に従い、間もなく襲来するであろうシャドウガストを迎え撃てば良い、それだけである。
要するに騎士様の露払いで自由に動けないヒモ付きなワケだが、そんな事よりもゴーウェンは、今回の件の裏が気になって仕方がない様子だ。
「ワケが分からん…………。王女の二番目と三番目がなんだってこんな荒れ場にいるんだ。またくだらねー継承権やら権力争いが絡んでんじゃねーだろうな…………」
待機場所として指定された宿は、城壁都市でも上等な物だった。
そこの正面にある酒場兼飯屋で、酒瓶を煽りながら大男が唸っている。品質がどうとかではなく、あまり良い酒ではないようで。
悠午と他のパーティーメンバー、グラビア戦士の小春、ジト目魔術師の小夜子、ステルス法術士の香菜実、それにもうひとりも、腹ごしらえをしながら情報を整理していた。
「その王女様ってのは何人いるんです?」
「ああ……王女は三人。あと王子がふたり、この国の王の子はそれで全部だ。上三人が女でな、男児は下ふたりだが、幼い上に側室の子だ。正室の子がここに来ている二番目と三番目…………。分かるかユーゴ。この仕事、はじめから厄介なネタを抱えていたのかも知れんぞ」
「シャドウガスト退治が、王位継承権争いに関わるって事ですか? でもこの国って女王を認めてるんです?」
「確かに王女に継承権は無かった筈だがな…………。もしかしたら、息のかかった騎士を使った代理競争なのかもしれん。自分の抱えている騎士がシャドウガストを討ち取れば、それだけ派閥の名声も上がるというワケだ」
「それじゃ、第二王女と第三王女は仲悪い?」
「本人同士がどうかは知らんが、何せ双方正室の子だからな、周りは煽るだろうさ。例えば先にどこぞの有力貴族とでも婚姻となれば、相手にも因るがそいつが次の王という事もになりかねん。王女の取り巻きも呑気ではいられないだろう」
やっぱり面倒な仕事だった、と天を仰ぐオッサンだが、さりとて選択肢など無かったのも事実。
古代樹林で巨獣の心臓を狩る仕事を請けた時から、こうなるのは決まっていたのだろう。
悠午も首を傾げていたが、すぐに考えるのを切り上げた。
現状では、特に動く必要も感じなかったので。
「んでその騎士様ってのは?」
雲の上の話はともかく、ジト目魔術士が気になるのは直近のクエストの事だ。
NPCを護衛するクエストはゲーム中でも何度かやったが、これはこれでまた別の面倒臭さがあった。
勝手に敵に突っ込んで死ぬ、プレイヤーに付いて来れずに遅れる、指示に従わないとクエスト失敗とみなされる、等々。
概ねロクな事が無い。
「名前はビクラン。偉そうにしていたが、実力は大したことないな、ありゃ。典型的な貴族様さ」
「うえー、ウザそう……」
「御子柴さんといい勝負ですねー」
「……すぞ」
そして何故か、同じテーブルに着いているベレー帽の可愛い系(養殖)プレイヤー。
結局、パラサイトちゃんことコノリーの要求に対しては、パーティーには加えないまま共闘するという事で合意した。
一応悠午も、担当の騎士にパラサイトちゃんがクエストを受けられるようお願いはしたのだ。
しかし、冒険者組合のような王宮とも繋がりのある組織ならともかく、いち冒険者の身分でしかない悠午やゴーウェンが推薦したところで何の信用も無いとされ、素気無く却下。
さりとて、パーティーへの加入はジト目魔術士などの根強い反対もあり、これを認められず。
結果として、そのような形となった。
正式にクエストを受ける事は出来なかったので、冒険者組合からの報酬や実績は得られないが、悠午らが得る報酬やドロップ品を山分けする事になっている。
戦力の増強こそ望めるものの、この条件に魔術士のジト目は当社比30%増しだった。
それでもなお煽ってくるパラサイトちゃんも、たいしたタマである。
「これからどうするの? シャドウガストが出るまで待ってるだけで良いの?」
また荒れそうな予感を覚えた女戦士のお姉さんが、先回りして今後の予定を確認する。
大学デビューして見た目だけは派手になったが、中身は慎重派だ。
「俺たちの頭になる騎士様とやらは宿に顔出しに来るらしい。入れ違いはまた厄介の種になるから出迎えにゃならん。シャドウガストがいつ出るか分からんが、準備は整えておいた方が良いだろう。ユーゴ、買い物してくるか?」
「必要ですか? いや、必要なんでしょうね。留守番は?」
「お前さんらに任せるワケにもいかんだろうからな。街の中も荒れているが、ユーゴがいれば問題あるまいよ。必要なのは出来るだけ質の良いポーション、止血軟膏、長丁場になるなら食い物……辛味菜があれば良いが。当然だが武器は使えるヤツ。ホントかどうか知らんが、シャドウガストは邪なる者と言われてる。理屈では聖捌された武器が効く筈だが、国教会の生臭どもの売ってるヤツなんざあてにならん。手を出さん方が賢明だろうな」
「そういや姫はレキュランサスで買ってたよね? 大丈夫かアレ?」
「…………多分大丈夫」
こうして、ベテラン冒険者の勧めに従い、悠午とプレイヤーのお姉さん方は街中に出る事となった。
その前にも、少し揉めた。
はじめは女戦士だけが悠午に同行する事となっていたが、これにパラサイトちゃんが付いて行くと言うと、ジト目魔術士が危機感から自分も付き合うと言い出し、ひとりになりたくない隠れ目法術士も一緒に行くという話になる。
結果、ゴーウェンひとりでお留守番である。
「ってもアイテムとかどんな物があるかオレにはさっぱり分からないワケですが」
「今回は、ブースターでも買っとくか?」
「勿体なくない? あれ一回使った事あるけど、値段の割に効果がいまいちな感じが…………」
「ユーゴくんお腹空かなーい? 何か食べに行こうよー」
混雑の最中にある目抜き通りを、悠午と4人のプレイヤーが進んでいく。
武器や防具は当然、ポーション類や薬らしき物が店先に並んでいたが、悠午は早々に理解を諦めた。この辺もプレイヤーのお姉さん方に丸投げである。
ジト目魔術士は女戦士と話しながら、甘えた声を出すパラサイトちゃんを悠午に近づけまいと陣取り合戦を繰り広げていた。
そして何気に悠午の胴着の裾を掴んでいる隠れ目法術士は勝ち組である。
なお、ジト目と巨乳が言う『ブースター』というのは通称であり、短時間だけステータス各種を上昇させるアイテム全般を指す。
主にポーションの形になっており、飲む事で効果を発揮。
ただし、消耗品であるにもかかわらず高価であり、また使用後は長いクーリングタイムを要す為に連続使用も難しいなど、ここ一番の使い方を要求される。
ちなみに、恒常的にステータスを上昇させる消費アイテムも存在するが、ゲーム時に比べてこの世界では一万倍以上に値が跳ね上がっていた。
◇
体力回復用と負傷を癒すポーションを数本購入し、切り売りしていたデカい牛の丸焼きらしき物を買い食いした後、悠午たちは裏通りにある連れ込み宿へと向かう。
別に悠午がお姉さん方4人相手に夜の無双をしようという話ではない。
『パラサイトちゃん』ことコノリーは、悠午やゴーウェンのパーティーに入る以前に、他のパーティーの一員だった。
それをあっさり鞍替えしようとしたワケだが、パーティー共闘という事になった以上は、本来属するパーティーメンバーにも話を通さねばならないのが筋。
完全にパラサイトちゃんの独断であったが。
そのパーティーが宿として使っているのが、裏通りにある場末の連れ込み宿のひとつ、というワケだ。
「ありゃ? コノリー帰って来たの? 違うパーティー行ったと思ったのに」
「あー酷いなービッパくん、そんなふうに思ってたんだー。せっかくクエストに参加できる事になったのにー」
宿の屋根――――――2階建て――――――からパラサイトプレイヤーに声をかけたのは、まだ年端もいかない少年、に見えた。
コノリーから紹介された所によると、現在所属するパーティーメンバーのひとりで、プレイヤーではなくNPC。
戦闘では遊撃、フィールドやダンジョンでは斥候を務めるとの事だ。
パラサイトちゃんの本性を知っているらしく、また顔を出したのが心底意外といった顔をしていた。
「バリオさんは中にいるー? もしかして、またお取り込み中ー?」
「リーダーは素寒貧で管巻いて宿屋の旦那に煙たがられてるよ。女買うカネなんて無いって。今回の仕事に噛めるなら大喜びじゃないの?」
足をブラブラさせる小さな少年に、笑って手を振り宿に入るパラサイトちゃん。
そんな彼女らが話すリーダーという人物に不安を覚えつつ、悠午を前面に押し出した小春たちも、続けて宿の中に入って行った。
パーティー『バリオ冒険者団』。
リーダーのバリオという冒険者は、二階の角部屋でベッドに寝転びエロ本の観賞中だった。
どうやらプレイヤーがもたらした文化のひとつらしい。
「バリオさんあれだけフーゾクにおカネ使っていてそんなのまで見たいんですかー? ぶっちゃけドン引きでーす」
「分かってねーなコノリーちゃんはよー。生身の女は生身の女。だがエロ本には飽くなき男の願望とロマンが詰まってんのさ。ホントにアトリエギルドはイイ仕事するぜー――――――――って、そいつらは何だ?」
そんな事を熱く語る中年冒険者だが、部屋の入口にパーティーの仲間や胴着袴の青年、それにゴミを見るような目を向けてくるプレイヤーの少女たちに気付き、身体を起こした。
見た目はこんなだが、冒険者の中では多少は名の知られた男らしく、パラサイトちゃんが目を付ける程には実力もあるという話だ。
これまでの会話内容からも分かるように、女好きで金遣いも荒い。
「おお!? 誰だそれコノリーちゃんの知り合いか!?」
そんな緩み切っていた冒険者だが、愛らしい少女の横にグラビアモデルの姿を見付けると、ベッドから飛び起き無遠慮に接近して来る。
好色そうなツラを隠そうともしない。
とはいえ、それも仕方がないかもしれないが。
なにせ『姫城小春』と言えば、成年誌の表紙などを飾っては売上を大きく伸ばしたグラビアの女神様である。
女好きが放っておく道理も無い。
「何か俺たちに頼み事か? それなら格安で引き受けてやるよ。それともパーティーに参加か? いいぜぇ、美人はいつでも大歓迎だ」
「え? ええーと…………」
相手の下心も露骨な態度に、気圧されながら言葉に迷う巨乳戦士。業界で鍛えた営業スマイルが引き攣る。
その横で、ジト目魔術士が悠午に責めるような目を向けていた。
胴着袴の少年は、お姉さんに何を求められているのか分からず、肩を竦めるばかりである。
何となく、悠午は男のノリにカナダの本社を思い出していた。専ら仕事は現場直行なんで、数えるほどしか行った事なかったが。
「バリオさん、その人に手を出すとー、今度のお仕事吹っ飛んじゃうかも。せっかくシャドウガスト討伐クエストに参加できるのにー」
「なに!? どういう事よコノリーちゃん!!?」
女戦士の為ではなく、あくまでも利己的な理由で女好き冒険者を窘めるパラサイトちゃん。経験値稼ぎとクエスト報酬がフイになっては堪らない。
これにまた大げさに驚いて見せるという、相手も騒がしい男であった。声の大きさと、それが分不相応にならないだけの実力を、運良く有しているのであろう。
「こっちのユーゴくんのパーティーがシャドウガスト討伐のクエストを受けてたからー、相乗りさせてもらうんだよー。報酬も山分けね」
「あの仕事か!? いや……『相乗り』って事は『ユニオン』か? あんたらは?」
ようやく美人のグラビア戦士以外にも意識を向ける、女好き冒険者。
その目がひとり落ち付いている胴着袴の青年に向けられ、他のお姉さん方も悠午に視線を集中させるに、当人は「オレかい」という思いだった。
パーティーのお父さんがいないと、末っ子の長男にそういう役が回ってくるらしい。
仕方なく、自己紹介と、事の詳細な経緯を説明するマメな少年であるが。
「どうも……ギルドからシャドウガスト討伐を依頼されて、成り行きでコノリーさんにも加わってもらう事になりました。オレは村瀬悠午と言います、よろしく。こっちの面子はこの3人、姫城小春、久島香菜実、御子柴小夜子と……あと、もしかしたら『断頭』のゴーウェン=サンクティアスの通りが良いかも」
「はッ? 『断頭』のパーティーだぁ!?」
何となく、『ふたつ名』の事を思い出してゴーウェンの名を口に出す悠午であったが、予想通り効果ありの様子。
名刺代わりには十分なようである。
しかし、自分の『神撃』などという組合に付けられた恥ずかしい名前は名乗らなかった。
◇
どこの馬の骨とも知れないプレイヤーより、名の通った冒険者が仕事仲間だと分かった方が信用も得やすい。
と思った悠午の考えは、半分は正しかった。
大物狩り専門の冒険者、『断頭』。
その実力は組合の折り紙付きで、つまり他の冒険者と獲物を争った事も一度や二度ではないという。
バリオという冒険者もまた、過去にゴーウェンとの競争に敗れ辛酸を舐めた事があった。
それ自体は冒険者の宿命なので、恨み事を言うのは筋違いだが。
わだかまりを抱えて飯の種の為に共闘するのもまた、冒険者家業の常というものだろう。
こうして冒険者の一団、『バリオ冒険者団』もシャドウガスト討伐戦に加わる事になった。
リーダーのバリオをはじめとし、斥候のピッパ、自称パーティーのマスコットであるコノリー、壁役の重戦士に、二番手の槍戦士、頭部の哀愁漂うオジサン僧侶の6人のパーティーとなる。
とはいえ、これは現時点でのパーティー構成に過ぎず、仕事を終える都度ひとりふたりと入れ替わったり、普段は一匹オオカミの冒険者を必要に応じて加入させたりと、大分流動的だという話だ。
また、今回のようにパーティーその物と一時的に連合を組む『ユニオン』、ひとつの活動目的の下に複数のパーティーで構成される『クラン』などの区分けもあるが、これも明確な基準があるワケでないとの事で。
「まぁよろしく頼まぁ! まったくデカイ仕事が有ると当て込んで来てみりゃ、ギルドはシャドウガスト討伐なんて存在しないと抜かしやがる。おかげで無駄足になるかと思ったぜ」
「もしかしてそういうパーティーは多いんですかね?」
「ここに来ているパーティーのほとんどはそうじゃねーか? 勇者専任の仕事とかって噂はあったが、まさかギルドの指名依頼になっているとはな。おかげで稼ぎ損ねるところだったぜ、ハッハッハ!」
運良く悠午のパーティーに雇われる形になったバリオ冒険者団だが、その他の冒険者やパーティーは仕事にありつくのに必死だという話も聞いた。
シャドウガストという存在すら不確かな怪物の討伐依頼というのを差し引いても、今回の冒険者組合の動きは、少しおかしいらしい。
悠午に推測できるのは、恐らくある程度の実力者にのみ白羽の矢を立てているのだろう、という事くらいだ。
にしたって、防衛すべき都市の規模に相応な戦力を集めないというのも、おかしな話だとは思う。
これもまた、王女がふたりも現場に来ているのに関係しているのだろうか。
「それで俺たちはどこに集まればいい? まとめ役はそっちになるだろう? 俺ぁ従うぜぇ。報酬を払ってくれて、しかも美人がいるとなりゃぁ文句のあろう筈がねぇよ」
最後の部分は、無論悠午に言ったワケではない。
バリオ冒険者団は、現在ゴーウェンが待機している宿の向かいにある、酒場兼食堂へ向かう事となった。
パラサイトちゃんもそちらに同行するようである。
「わたしたちもゴーウェンさんの所に戻る? もう買い物済んだし」
「できれば一通り街を見ておきたいんですけど。ここが戦場になるとしたら、今のうちに地理を把握したいですし。あと、どんな冒険者が来ているかも見たいし」
「見てどうすんのよ?」
ゲーム時においても、地形を知る事が戦闘でどれだけ有利に働くか、プレイヤーのお姉さん方はよく知っている。地形ハメできるモンスターは美味しいのだ。
なので悠午の希望にも同意はするが、一方で後者の意見は良く分からず、ジト目魔術士は眉を顰めていた。
気を付けて見てみると、街に溢れる冒険者は二種類に分かれていた。
片や迷いなく動き、戦いの準備を整えている者。
片や、目的もなさそうに屯し、うろついている者。
明らかに事態を把握している様子なのは、高レベルのプレイヤーだ。レキュランサスで交戦したようなレベルの持ち主もチラホラ見られる。
他方、恐らくは噂や伝聞だけでシャドウガスト戦へ参加しに来た冒険者は、小春や小夜子と大差ない力量となっていた。
少し前のバリオ冒険者団と同様、鬱屈した様子で儲け話に噛めないかと右往左往している。
「――――――で、衛兵の下っ端にされたんだとよ」
「だがまるで稼ぎ無しよりはマシだろう。このままじゃ俺ら、化け物が出るって街で立ち往生だぜ」
「クソッ! 冗談じゃねーぞ! ただでシャドウガストと戦えってのか!? 何しに来たんだ!」
「だいたい本当にシャドウガストなんて出るのか?」
「何だっていい……。いっそ商隊の護衛にでも売り込むか?」
「ギルドはどうして依頼を出さない!? 普段ピンはねしやがるくせに客を選びやがる! 何様だ!!」
街のあちこちで、何人かで固まり事の仔細を噂し合う冒険者の姿が散見出来た。
それらの大体の力量を計りつつ、悠午は城壁に沿って裏通りを移動。
封鎖された裏門近くにある娼婦宿の裏に出たが、そこにはほとんどヒト気というものが無かった。
居るのは、足を失った物乞いに、何をするでもなく樽に座り虚空を眺めているアダっぽい夜の女、骨を齧る痩せ犬、酔い潰れて寝ている傭兵。
活気と喧騒が遠くに聞こえ、天気は良く、そこには妙な平和な景色があった。
「……シャドウガストなんて来ると思う?」
「さーね……ゲームと同じクエストが出てる方が珍しいし。アイツらどこにでも出てくるから」
一抹の希望を込めて問う女戦士だが、ゲーム歴が長いジト目のプレイヤーでも判断はつかない。
結局はアストラ国側の見立てを信じるしかないのだが、ゲーム設定におけるシャドウガストが正体不明のままという事もあって、確信の得ようもなかった。
何せここはゲームの中ではない、現実の世界。
攻略情報など存在せず、未来に何が起こるかもまた、未確定なのだから。
「ゆ、ゆーごくんはどう思う…………?」
「…………はい?」
不意に悠午も質問されるが、誰に問われたかが一瞬分からなかった。
問いかけの主は、ここしばらく完全に空気状態だった、目以外も隠れ気味な法術士である。
「えーと……さっきから変な“気”配がないか気を付けてはいるんですけど、正直プレイヤー以外にはこれと言って気になるモノも無し」
その答えに、相変わらずこの小僧はワケの分からん事を言う、と思うジト目さん。
そして密かに、「名前で呼べた…………」とささやかな手応えに満足する隠れ目の娘さんだったが、幸か不幸か悠午はそんな事気にしちゃいなかった。
それよりも、気になる事が出来たもので。
「おい、こっちのシーツも洗っときな! さっきの汚れ物は洗い終わったのかい!?」
「は、はーいただいまー……!」
「とろ臭いねぇ、なんなら下働き以外の仕事もあるよ! そっちの方が宿代の代わりになるんだがね!」
「そ、それはちょっと…………」
閑散とした静かな裏路地に響く、オバサンのダミ声。
対照的に、それと一緒に聞こえてきた覇気のない声は、ある種この世界の人間には無い響きを持っていた。
「こんにちわ」
「はいッ!? あ、あら…………?」
娼婦宿の裏で大量の下着を洗っていたのは、30代に差しかかろうかという妙齢の女性だ。
長い髪が緩やかにウェーブしている、優しげな容貌の若奥様といった風体。
事実その通りな、日本出身のプレイヤーであった。
「あ、あなた達も……日本人?」
「はい、たまたま通りかかった時に姿をお見かけしまして。プレイヤーの方ですか?」
フラッと目の前に現れた胴着袴の超イケメン青年に、目を瞬かせる若奥様。
その名を、梔子朱美さんといった。
元は普通の専業主婦でしかなく、家には3歳の子供を残して来ている。
ある日、家事を終わらせ夫が寝た後、密かな趣味であるVRMMORPGにログインしたら、その瞬間に全てが変わってしまっていたのだという。
そうして、他のプレイヤー同様にこの世界へ迷い込み、途方に暮れていたところをある冒険者の一団に招かれたのだか。
だが、それから何かと便利に扱き使われ、先が見えないまま苦労を続ける毎日。生きるのだけで必死だった。
今も娼婦宿を拠点に使い、ついでに店の商品も使う仲間の宿代を補填すべく、下働きに使われているという有様。
どうやらロクでもないのに捕まってしまったらしい。
「ご苦労されたのですね」
「酷い……大変でしたね、朱美さん」
「もしかしてー奥さん? そいつらに何か…………」
「そんなッ――――――! ……事はないわよ? そういう要求も確かにあったんだけど……その代わりに、わたしもちょっと回復魔法が使えたから…………」
「あ、奥さん法術士なんだ」
レベル13で、法術士という職。それが現在の若奥様プレイヤーのステータスだった。
ジト目魔術士の想像通り、女盛りの美人妻という事で粗野な冒険者も放ってはおかなかったようだが、そこは一応プレイヤー。
並の男なら伸せる程度のステータス補正に、命綱の回復法術のおかげで、奥様も旦那様に操立て出来ていた。
もっとも、その必要もないのかもしれないが。
「ああ? ちょいとあんた、くっちゃべってる暇があるのかい!? それが終わったら部屋の掃除もしとくれよ! 使えば使うだけ臭くなってしょうがないだろう! それともあんた客を取ってくれるかい!?」
久しぶりの同郷人との出会いに安らぎを感じる間もなく、裏口から怒鳴るダミ声の主は娼婦宿の強突く女将だ。
髪をひっ詰め眦が吊り上り、その胴体はオーク族とのハーフかというほど、でっぷりと太っている。
見た目が人間の全てではないとはいえ、油の染み出すその顔は、お世辞にも善良なタイプには見えなかった。
「悪いが話し中だ。掃除婦なら別に雇ってくれるか」
若奥様に詰め寄ろうとするオークババアへ、突如口調を硬質に変えた悠午が何かを放る。
地面に落ちた何かにオークババアが目をやると、そこに黄金の輝きを見つけた途端、すぐさま飛びついていた。
「しばらく借りるが構わんな?」
「…………はいそりゃもう! ごゆっくりー。よろしければ是非ウチの宿もご利用くださいませー」
一方的に言い放つ青年に、少し間を置いて愛想笑いになるオーク女将(ヒト種族)。
金払いの良い相手と見たようだが、一方で若奥様には「良いカモを見つけたもんだね」と捨てゼリフを残していくあたり、性根が腐っていた。
「あの……あんなおカネ…………」
「大丈夫です! 村瀬くん全然おカネ使わないから! ね!?」
「そうっスね、職場でもコスパが良いって言われますね」
「あんなBBAに雇われてたらホントに客取らされるよ、奥さん。それよりこれからどうする? あたしらと来ない?」
申し訳無さそうに言う奥様に、気にしないように笑って言う女戦士。やや引き攣っている。
また、おカネにうるさいジト目魔術士も今回は何も言わず、若奥様の今後を案じていた。
最底辺の娼婦宿とはいえ、金貨一枚では何日分の宿代にもならないだろう。
「ありがとう、皆さん……。でも、ベッターさん――――――今お世話になってるパーティーのご迷惑にもなるから、突然辞めるワケにもいかないわ。回復魔法を使えるのはわたしだけだし」
それでも、若奥様は存外義理堅いようで、ジト目魔術師の勧めを固辞してしまった。
どうやら今居るパーティーも、今回のシャドウガスト戦でプレイヤーの誰かに雇われているのだとか。
少なくとも、それが終わるまではパーティーを離れられないと仰る。
どうにも気弱そうで放っておき難い奥様だったが、この仕事の後の再会を約束し、無事を祈って別れる事となった。
「なんか薄幸そうな人妻だったな……。アレならレキュランサスにいた方が絶対良かったわ、あのヒト」
「まぁ……それはわたし達も変わらない気がするけど」
現状、自分たちも相当場違いな気がしている女戦士、そのレベルは、たかが『11』。
とはいえ、あのまま最初の街で目的もなく腐っているというのも、ゾッとしない話ではあった。
思い出すのは、自分がこの世界に入り込んで間もない頃。
今回の若奥様のように、自分もジト目魔術士にパーティーに誘われ今に至るワケだが、それからこんな修羅場に巻き込まれるとは思いもよらず。
いや多少は感謝しているのだが。
「ハァ……頑張って生き残ってレベル上げないとね。あたしたちみたいな低レベルで勝算はあるんでしょうね、ミコ?」
「夢路を壁にしてザコ相手に経験値稼ぎ」
「結局それか」
「いいですけど……ヤバそうになったら避難して下さいね」
そんなジト目は相変わらず経験値稼ぎとレベリングを目的にしており、悠午と女戦士が脱力する。
シャドウガスト相手に、命の危機というのは二の次のようで。
今は冒険者組合の依頼で寄り道しているが、目的はあくまでも元の世界への帰還だ。
旅をはじめようと思ったら矢先にこの状況だが、事が終わり次第、本来の目的地に向かわねばなるまい。
だから、どうかこんなところで死にませんように。
そう祈る小春の目は、前を行く胴着袴の背に向けられている。
熱気が篭り、殺気立つ城壁都市の中、ただひとり悠午だけが自然体に見えた。
再び表通りに出ると、入り乱れる冒険者や商人の喧騒も相変わらずだ。
ケンカのような騒ぎの声も耳に入り、思わず小春は腰の剣を確かめ、胴着の袖を掴む香菜実の手にも力が入る。
先の事も結構だが、ここも所謂最前線。
今はお祭り騒ぎのようになっているが、戦いの時は確実に近づいていた。
本当に理解している人間が、どれほどいるかは甚だ疑問だったが。




