017:ままならぬ寄り道クエスト
2015.11.05 22:00 Update 1/3
.
『ワールドリベレイター』とは、全世界で5000万人超のプレイ人口を誇る仮想体験型多人数同時参加ロールプレイングゲームだ。
株式会社レクティファイが開発、運営を行う、超巨大な仮想現実ファンタジーの世界。
だがそれは、あくまでもサーバーとネットワーク上に構築された、架空の世界でしかない筈だった。
ゲームプレイヤーたちの中には、どういうワケかこのワールドリベレイターに良く似た世界へと迷い込んで来る者がいた。
大学生で新米グラビアアイドルの姫城小春、良家のやさぐれお嬢様、御子柴小夜子、引っ込み思案な文系少女、久島香菜実も、そうやってこの世界に来た元ゲームプレイヤーだ。
しかし、同様にこの世界に落ちて来た村瀬悠午はというと、そもそもゲーム自体をやった事がなかったりする。
元の世界へ戻るべく行動に移る悠午だが、その矢先に小春たちとは別のプレイヤーから接触を受ける。
実際には、接触などという穏やかなものでもなかったが。
紙月麻耶という高レベルプレイヤーは、悠午の実力を確かめると一方的に言い放つと、有無を言わさず襲ってきた。
レベル112のステータス補正がもたらす戦闘能力は、既に人間の範疇に納まらない。
が、悠午もまた常人にはあり得ない力量を見せつけ、真っ正面からこれを迎撃。
プレイヤーの持つスキルとは全く異なる本物の『技』で、暴走プレイヤーを返り討ちにした。
自分のパーティーメンバーである紙月麻耶を追ってきたプレイヤーの白部=ジュリアス=正己は、胴着袴の少年により、仲間が締め上げられている現場を目撃。
瞬間、迷わず同行してきた仲間と共に助けに入り、悠午やその仲間と交戦状態となる。
ジュリアスの連れて来た4人の仲間は、いずれもレベル100を超える高レベルプレイヤーだった。
うち3人の戦闘職が仲間を脅かす敵へ攻撃を仕掛けるが、逆に悠午に圧倒されてしまう。
倒れる仲間の姿に義憤を燃やすジュリアスは、単体では最も強力な攻撃スキルを使用。
辺り構わぬ最強の一撃を、胴着袴の少年へ叩きつけようと、した。
ところが、その最強の一撃を、悠午は真っ正面から殴り飛ばす。
最強と信じて疑わない己の剣、『デュエルサウンド』を失うジュリアスだが、それでも諦めずに戦闘を継続しようとした。
それを止めたのは、戦場となった倉庫の持ち主である大工衆だ。
まったくもってとばっちりで当然な怒りをぶつけてくるNPCに、いまさら己の正当性を疑うジュリアス。
そして、事の一部始終を見ていた冒険者組合の職員から話を聞き、潔く矛を納める。
内心では不貞腐れていたが、それを表に出したりもしなかった。
◇
「すまない、仲間が先に仕掛けたのはどうやら事実のようだ」
眩しいほどの金髪美少年が、苦り切った顔で謝罪していた。
とはいえ、頭は下げない。
「だがやりすぎだ。それだけの力があるなら、戦わずに事情を話す事も出来たはずだ。君は暴力に頼る前に、戦いを避ける努力をするべきだった」
毅然として堂々と言い放つプレイヤーに、周囲の人々は一瞬唖然としてしまう。
あまりにも相手が当然のように寝言を垂れるので、その言葉が正しいかのように惑わされてしまうが、
「いや……そんな暇無かったじゃん。そっちの女なんか、悠午がイヤだって言ってんの勝負フッかけて来た挙句襲ってきたしさ。悪いのはあんた達なのに、なんで上から目線なの? 何様?」
相手が何者だろうと退かぬ、媚びぬ、顧みぬ、思った通りの事を素直に口にしてしまう、ジト目の魔術士姉さん。
またこの子は余計な事を言って、と焦る女戦士だが、ジュリアスというプレイヤーは紙月麻耶のように、いきなり襲ってきたりはしなかった。
「――――――――だとしても、だ! 力を持つ者は、それを徒に振るうべきではないんだ。強者には、それに伴う責任がある。力を持つ者こそ正しく行動しなければ、それはただの犯罪者やモンスターと同じなんだ!」
しかし、己の意見に絶対の確信を見せる、正義のプレイヤー。
周囲から白い目を向けられても胸を張り続け、ジュリアスのその視線はジト目魔術士ではなく、胴着袴の少年へと向けていた。
対する悠午の方はというと、腕組みして静観の構えだ。
相手の弁に、特に何を言い返すでもない。
どちらかというと関わりたくない、と距離を取る悠午の様子に、ジュリアスの方が更に踏み込んだ。
「仲間が迷惑を掛けたのは悪かった。パーティーのリーダーとして遺憾に思う。しかし、安易に戦端を開いたそちらにも責任があるのを認めてくれ」
至極当然のような顔で言う、正義のプレイヤー。
この態度に、更にジト目を吊り上げる魔術士は、堪え切れず怒鳴りつけようとした。
が、今度は大男の冒険者、ゴーウェンが眼前に手をかざして押し留める。
悠午は、相変わらずの無言。
ジュリアスは相手を睨み付けたまま、決して目を逸らさなかった。
「いや良かった良かった。助かりましたよジュリアス様。おかげで丸く収まりました」
そんな事を、場の空気を一切読まずに言い出したのは、冒険者組合から来た職員のメガネ男だ。
わざとやっているのだろうと思われる。
「しかし流石はジュリアス様、確かな見立てですね。これほどの実力者なら、中央の件でも心強い味方となってくれるでしょう」
「それは――――――――」
更に話を続けるギルドの職員に、目を剥くやら苦い顔で唸るやらしているのは、悠午に挑んで返り討ちにあったジュリアスの仲間だ。
ジュリアス自身も、何やら戸惑いを見せている。
たしかに、魔境である『古代樹林』で大物を仕留めた冒険者――――――悠午とゴーウェン――――――を、この後に来る大仕事の戦力に加えようと言ったのはジュリアスだ。
しかし、不幸な行き違いとはいえ刃を交えた相手と轡を並べるのは、心理的抵抗がある、という事だろう。
「…………その件はお断りした筈ですが?」
そこをフォローするのは他でもない、胴着袴の被害者である。
先般、格闘系プレイヤーの紙月麻耶にケンカ売られた際、この上なく明確に明瞭に組合の依頼は蹴った筈だ。
それこそ、悠午とジュリアスと双方のパーティーの仲間、ほぼ全員の要求を満たす選択肢であろう。
だたひとり、密かにそれでは困る職員がいるワケだが。
「現在、ここアストラの中央部にシャドウガストが出没しております」
「なッ…………!?」
「おいおいおいそれ言っていいのか?」
「シャドウガスト、だと……?」
組合の職員が発した一言に、プレイヤーと冒険者、それに大工の皆様が驚きの声を上げる。
この場での説明を避けていた組合が、方針を転換して手札を切った形だ。
斜に構えた軽装のプレイヤーが発するに、どうやら表ざたにしてはならない情報だった模様。
特にリアクションが大きかったのはプレイヤー以外で、悠午はここでも冒険者のオッサンに質問をぶつける事とした。
「で、その『シャドウガスト』ってのは?」
「ん? ユーゴは知らんか?」
「こっち来て7日くらいっスからね。その間に聞いた覚えもないし」
シャドウガストというのは、この世界で大昔から、神話に、寓話に、噂話に語られる謎の存在らしい。
光を通さない霧の中から現れる、異形の怪物たち。
身体中から剣を生やしたケモノ、死者のような肌の色をしたヒト型の何か、所々毛が抜け落ちた痩せオオカミ、
そして、黒い鎧騎士に、黒い王。
モンスターが当たり前に跋扈するこの世界にあって、なお存在の真偽が不明とされる霧のバケモノども。
それは時に村を覆い尽くし、戦場を飲み込み、あらゆる命を刈取ると云われている。
「それじゃゲームではどうなってるんですか?」
次に悠午が身も蓋も無い質問をするのは、この世界の人間ではないプレイヤーの皆様である。
ゲームプレイヤーの多くは、この世界の人間が本来知り得ない『設定』を多く知っている。
各フィールドやダンジョンの位置、この世界で秘匿されている諸々、世界の裏側を、プレイヤーたちはゲームをプレイする過程で既に仮想体験していた。
よって、この世界では謎とされる事柄も、プレイヤーたちは攻略情報として把握しているというワケだ。
が、
「シャドウガストの設定ってまだほとんど出てないよね、姫?」
「う? うん、一作目からずっと謎の存在って扱いだよね、確か」
「何ですそりゃ?」
ジト目魔術士と女戦士の語る適当極まりないゲーム設定に、胴着袴の少年はクキッと首を傾げていた。
そんな悠午のもっともな疑問に、思わず顔を見合わせてしまうその他ゲームプレイヤーたち。
そういう『設定』なのだと思ってしまえば、ゲームを遊ぶ上では特に気にもしないものだった。
「まぁアレだ、ゲーム中では悪魔とかそんな感じの存在だよ。細かい設定は無いけど、クエストのボスモンスターとかで出てくんの、だいたい脈絡なく」
「ふーん……強いんですか?」
「強いよ。あと、めんどい。大量に湧くし固くて攻撃力ヤバいしステータス異常多いし囲まれると死ねる」
「って事ぁ、シャドウガストは実在するんだな。なんてこった…………」
悠午と小夜子がやり取りする横で、苦い顔で天を仰ぐ冒険者のオッサン。
この世界の人間にとって衝撃の事実が、プレイヤーという異邦人にあっさり肯定されてしまったのだから。
倉庫の天井に空いた大穴からは、いつも通りの空が見えた。
「そうです、シャドウガストは実在します」
そんな常識人にダメを押す、組合のメガネ職員。
心なしか嬉しそうなのが、なんとも腹の立つ話だった。
「そして事実、シャドウガストによりアストラの北部から中部にかけて、多くの村や町が既に滅ぼされているのです。王宮は兵隊を派遣しましたが、状況を見るに全滅したと思われています。その為、王宮は当ギルドを通して『勇者』のパーティーである『ブレイブウィング』に討伐を依頼。そしてブレイブウィングが王宮を通して、ギルドにあなた方の参加を求めたワケです」
とはいえ、状況は思ったより深刻なようだ。
現実世界で言う悪魔のような存在が、現実に災厄をもたらしているという。
どうして前線から勇者が引き上げられたかと思っていたら、話を聞いて納得のゴーウェンだった。
「改めてギルドからお願いいたします。どうかシャドウガスト討伐に力をお貸し願えませんでしょうか? 単独でブレイブウィングと渡り合って見せるそのお力で、危急にある民を救っていただきたい」
勇者や仲間のプライドをチクチクと刺激しながら、更に要請を強くする冒険者組合職員。
請われる悠午は、少し考えてジュリアスの方を窺う。
話に聞く限り、対シャドウガスト戦の戦力招集は王宮がギルドに依頼しているとはいえ、その意思決定における勇者ジュリアスの影響力は大きいと理解できた。
そして、勇者のパーティーと悠午の関係は、お世辞にも良好な物とは言えない状態。
ならば悠午の参戦も、その権限を以って却下されるのではないかと。
願ったりな話ではあるのだが。
「あなたとあなたのパーティーの方は、我々ギルドが、依頼主である王宮に強く推薦させていただきます。王宮も勇者のパーティーに匹敵する程のプレイヤーなら、喜んでその参陣を認めるでしょう」
ところが、そうは問屋が、というより組合が卸さない。
何か言いたげな勇者のパーティーを完全に黙殺し、悠午にも有無を言わせぬ勢いで参戦を促す組合のメガネ。
顔に似合わず、強引なやり方をする優男だった。
◇
二日後。
悠午と小春、小夜子、香菜実、ゴーウェンの5人はレキュランサスを発ち、ヒト種族圏アストラ国の中央部へ向かっていた。
完成直後の馬車に乗って。
黒と栗毛、二頭の馬が曳く、比較的密閉性の高い箱型の車体。前部には御者席があり、大男の冒険者が手綱を握っている。
その内部は、実質的に淑女たちの移動個室だ。
スペースを目いっぱい使ってパーテーションで区切り、それ以外の空いた部分に荷物を詰め込んでいる。
野郎どもの場所? そんな物無ぇ。
勇者の介入無しに、冒険者組合から直接依頼される形となった、シャドウガスト討伐戦。
結論から言うと、悠午はこれを受ける事とした。
ひとりで決めたワケでもない。
世間を良く知る冒険者の大男や、世間知らずのプレイヤーのお姉さん方からの意見を総合した結果だ。
半分ほどは、組合のメガネ男により、平民の犠牲者をダシにされたようなものであるが。
また、今後の王宮や組合との付き合いも考えれば、無意味に敵対する理由もないだろう。という話。
報酬も王宮からの「名誉」とかいう一文にもならない物ではなく、組合に現物を約束させた。
流石に黒金貨10枚(一億タレント)とはいかないが、それでも金貨500枚(500万タレント)の大仕事である。なお、白金貨もそこそこの貴重品なので、金貨での払いになるのだとか。
それに、今回の仕事では悠午なりの成算もある。
以って、戦闘のリスクやその他デメリットを差し引いても、僅差でメリットが上回ったというワケだ。
馬車は、両側面に草木が生い茂る、小さな街道を進んでいた。
ゴトゴトと車輪が地面を踏みながらも、馬車自体にはそれ程振動が来ない。車台と車体を分けて作り、間に緩衝機構を挟んだ成果が出ている。
馬車の屋根の上では、悠午が胡坐を組んで目を閉じていた。
実は鍛錬の最中だ。
何もしていないように見えて、その実体内では五行が螺旋を描いて際限なく高まり、筋肉は実戦さながらに力を漲らせている。
呼吸法ひとつ取っても、悠午のそれは全身に気血を廻らせ身体に負荷を与える。
一分一秒、その全てを己を高める為に使う。
それが、『叢雲』という武人の一族だ。
御者席で黙りこくるゴーウェンも、気配でそれを感じ取っている。
流石だ、などと、いまさら口に出す気もなかった。
そんな野郎どもをヨソに、女性陣は移動できる個室に感動しきりだ。
ひとりあたりはカプセルホテル程度のスペースしかないが、怪しい冒険者と乗り合いするワケでもなく、歩く必要もなく、まだ経験していないが夜露雨風を凌いで夜明かしも出来る。
女性は色々大変なのだ。いざという時の備えとか、処理とか、男どもより。
宿屋の機能も倉庫や物置と大差ないこの世界。馬車の役割は、旅をして行く上で欠かせないモノになると、一日目にして確信していた。
正確な時刻を刻まない世界。
太陽のような恒星が天を廻るその位置だけが、人々の生活時間の目安となっている。
プレイヤーたちのシステムコンソールも、今は時間を教えてくれなかった。
ただ、真上を見ると大分日が高く、そろそろ腹ごしらえの時間だと旅人たちに伝えていた。
「…………メシにしましょうか、ゴーウェン」
「お? そうだな、ボチボチ腹が減った。おいねーちゃんたち!」
「は……はーい!」
「んぎゃ!? なんじゃい!? オッサンうるさい!!」
スッと目を開ける悠午は、僅かに“気”を抜き溜息を吐く。周囲の警戒もあるので、完全に抜きはしないが。
御者席のゴーウェンが背後の窓を叩くと、中の少女たちが大声で応えた。
何やら取り込み中だったらしい。
街道の途中、僅かに草木が開けた広場のような場所を見付け、馬車はそこで停車する。
着替えたり寝癖を直したりと、ひと手間かけて馬車から出て来た乙女どもが見た物は、フライパンで麺にソースを絡めている、何やら料理中な胴着袴の少年だった。
ゴーウェンは、馬の機嫌を見ながら周囲を警戒している。
「え? なに? 村瀬くん料理出来るの?」
「基本ひとり暮らしなんで普通に料理しますよ、オレ。こっちは材料とか知らない物ばかりなんで、手探りになりますけど」
目を丸くする女戦士のお姉さん方の前で、自分で削った菜箸を器用に使い、ベーコンをこんがり焼いている少年。
ちなみに、ジト目魔術士は良家のお嬢様なので料理なんてできない。と言うか、しない。お嬢様学校で淑女の嗜みとしてカリキュラムに組み込まれているので、テコでも覚えたくないのである。
悠午同様にひとり暮らしの大学生アイドルは、簡単な物しか作れない上に隙あらばコンビニ弁当で手を抜こうとする。
隠れ目のインドア女子高生は、今までその手の技術をさぼって来たのを真剣に後悔していた。
何せ、悠午の料理は暴力的に美味そうな香りを立てている。
3人揃って女子力で負けている思いだった。
「しかしアレだな、ユーゴが食い物にこだわるのは意外な気がするな。外に出れば、そういう無駄な手間は省きそうなもんだが」
ベテラン冒険者のゴーウェンとしては、必要な栄養補給の為だけに食物を摂り込むストイックな武人、という印象が悠午にはあった。
街の外は一瞬たりとも気が抜けない危険な世界であり、食事などは移動しながら干し肉や乾パンを齧り、身体が動けるだけの栄養さえ取れれば良い。
貴族や商人か何かのように、手間暇をかけてのんびり料理するなど、そんな優雅なタチには見えなかったが。
しかし悠午だって、別に無駄な事をしているつもりはないのである。
「食事は身体を作りますし、『美味い』というのは英気を養います。同じ料理に『飽きる』というのも、多様な食物を摂らせる為の、一種の学習と防御の機構でしょう。それに、『医食同源』……バランスの良い食事は体調を整え身体を病から守ります。リソースを割いて惜しくない作業ですよ、料理ってのは」
「なるほど……そんなもんかね?」
「お前いつもそんな事考えて生きてるのか…………」
悠午がそう言うなら、と感心しながら納得するゴーウェンだが、ジト目魔術士の方は若干呆れていた。
そんな理屈を展開する悠午の方も、実は半分ほど趣味だったりするが。
実家では人間国宝の板長に教わり、ちょこちょこ料理もするもので。
材料が少し違うが、悠午が作ったのはベーコンブロック入りのカルボナーラと、粗い穀物の入ったパンを炙った物だった。
材料は、レキュランサスを歩き回っている間に集めていたらしい。
兼業主婦の如き“気”配りである。
でも本業は武道である。
「しかし考えられんくらい贅沢な昼飯だな。こんなんで3日も持つのか」
「余裕見て持ってきてますけどね。『ダンプール』の途中で何ヶ所か村にも寄るんですよね?」
「まぁそうだが……食料が手に入る保証も無いぞ」
パスタとソース、それにパンを残らず平らげた後、食休めしながらゴーウェンは複雑な表情だった。
これだけでタマゴ、ベーコン、ミルク、小麦粉、水、それに塩と高級品のコショウと、ゴーウェンでなくとも世界の基準からすると、気が狂ったかと思われるほど豪快に材料を使っている。
それも、一食分で。
信じられないくらい美味かったのも事実だが。
「悠介、麺なんてどうしたの?」
「街を出る前に作っといたんです」
「タマゴって悪くならない?」
「半分凍らせといたんで大丈夫ですよ。火も通したし」
そして、日本人であるプレイヤーのお姉さん方から見ても、悠午の昼食は謎の多い物だった。
答えを聞いても、芸が細かくて驚かされる思い。『凍らせる』など当たり前のように言うが、そもそも悠午は魔術士系ではない筈だが。
謎が深まる一方である。
「いいけどさ…………緊張感無いなぁ。シャドウガスト結構ヤバイよ? 大丈夫かね、こいつ」
「いや、ミコ……だったらなんであんた賛成したし…………」
食事と食材はともかく。
ジト目魔術士も一息つくと、これからやり合うであろう難敵の方が、改めて気になって来る。女戦士の言う通り、シャドウガスト討伐には賛成したが。
それと本人が強調する所によると、勇者どもの要請に応じたのではなく、あくまでも冒険者組合から振られた依頼だからこそ受けたのだという話。
『シャドウガスト』、と一言に言っても、その内容は多岐に渡る。
比較的低レベルな『ビースト』や『ソルジャー』、狼男のような『ウルフリング』、騎士のような武装をしている『シャドウナイト』、どの系統にも属さない魔術を操る『ダークメイジ』、そして伝説にのみ謳われる『王』。
またシャドウガストは、ひとつ目巨人や鹿鬼、邪精霊といった既存種のモンスターを伴って現れる場合もあるが、関連性は不明となっている。
これらの内、どのレベルのモンスターが来るかは分からない。
だがいずれにせよ、シャドウガストは質量共に恐ろしい力を持ち、特殊な性質を多く持つ事から、まともに戦うのも難しい相手だ。
悠午の実力に疑いはないが、調子に乗って舐めプして格下のモンスターの群れにフルボッコにされた、なんて事もプレイヤーの経験じゃわりと良くある話。
ところがこの胴着袴の少年は、いつも通りのんびり構えている、ように見える。
これが多少は慣れたプレイヤーなら、武器を新調し回復アイテムを揃えレベルを上げスキル構成を見直し、準備万端整え緊張感を漲らせているものだ。
そういった備えを全くしていない、するつもりもなさそうなのが、プレイヤーのお姉さんには不満だった。
「そう思うならどうして嬢ちゃんら付いて来たんだ? どうせ終ったらレキュランサスに戻るんだから、待ってても良かったろうに」
「んなの、もち! 経験値稼ぎの為に決まってらー! こんな機会逃して堪っか!!」
「それで死んだら元も子もないのに…………」
相変わらずワケの分からない事を言うプレイヤーの娘さんに、ベテラン冒険者のオッサンが呆れてみせる。
しかも、野郎どもにはか弱い乙女を守れと仰るのだから、どうしろというのか。
シャドウガストの恐ろしさを散々語ったのは、他ならぬプレイヤーの少女だというのに。
「……わたしも正直ヤバイと思う。それにこんなクエスト、ゲームにはなかったじゃん。敵のレベルとか数とか、全然分からないよ?」
「こっちの世界ならいまさらじゃん。それに、他のプレイヤーとか兵士のNPCとかも来るって言うし。大丈夫なんじゃね?」
例によって決定権が無く仲間に引き摺られるままの小春も、ゲームプレイ時シャドウガストにヒーヒー言わされたひとりである。
しかも、今回は攻略情報無し。
ジト目魔術師の言う通り、多人数同時の協力プレイになりそうだとはいえ、ひしひしと感じる死の気配で、今から大分ビビッていた。
一応、大枚叩いて対シャドウガスト装備は用意してきたのだが。
「ユーゴは何でまたこの依頼受けた? いや、ギルドや王宮の事を考えれば悪い話じゃなかったと思うし、俺も勧めたが」
これで気遣いも細やかなオッサンが、湯を沸かしている胴着袴の少年に話を振る。
一度はキッパリ断った話だ。
突然襲ってきた勇者のパーティーは、ゴーウェンとしても気に入らなかったので、依頼を拒んだ当初の主張はもっともだと思う。
それが、冒険者組合の職員から話を聞いた後、180度方針を変えてシャドウガスト討伐依頼を受けてしまった。
それも、勇者のパーティー『ブレイブウィング』や、他の上位プレイヤーのパーティー、王宮から派遣される騎士団と合同の、なんとも面倒臭そうな依頼だ。
組合と王宮に堂々と喧嘩を売ったこの武人が、報酬につられたとも思わないが。
「こっちがどれ程の物か…………シャドウガストとか他の上位プレイヤーとかの実力、気になるじゃありませんか。手練が集まる、こんな好都合な機会もそうそうありませんよ」
「大丈夫か? シャドウガストなんて存在も怪しいもんに、王宮の力の入れようは半端じゃねぇ。ユーゴが甘く見ているとは思わんが…………」
「ま、切り札も何枚かあるんで。ヤバくなってもどうにかしますよ」
と、やっぱり気負わずに言う胴着袴の少年は、背嚢の中から小瓶を取り出すと、その中身を鍋の中にポチャン、と落とす。
すると間もなく、鍋の中の湯が黄金色に色付き、仄かに胸の空く香りが立ち昇った。
「村瀬くん、なにそれコンソメ!?」
「野菜クズとか肉の切れっ端もらった時に煮込んで作った」
「お前どんだけ器用なんだ」
先ほどのパスタといいこちらでは食べられない懐かしい味に、グラビア戦士も文句を言うジト目も感涙である。
何も言わない隠れ目の少女は、無言で泣いていた。
ここから更に二日。
途中村や町を経由し、峠や山道を越え、遭遇したモンスターを蹴散らしてきた一行は、ヒト種族圏アストラ国の中央部に到達。
シャドウガストが次に出現すると目されている城壁都市、『ダンプール』を目前に捉えていた。
クエストID-S018:都市に依存しプレイヤーに依存する 11/05 23時に更新します




