013:直接交渉もリーダーのお仕事
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この世界を模したかのような、仮想現実体験型大規模同時参加ロールプレイングゲーム、
『ワールドリベレイター』。
そのゲーム中おいて、プレイヤーは方々を旅するにあたり、移動手段として馬車を手に入れる事がある。
徒歩での移動よりも当然早く、体力値の消耗も抑えられ、個人では携行不可能なアイテム類を持ち運べる便利な移動手段。
であるが、リアルなゲーム故に相応のコストを求められていた。
しかし、序盤を越えて中盤に差し掛かる程度のプレイヤーならさして痛いコストでもなく、またパーティーを組む上で複数のプレイヤーで、そのコストを分担する事も出来た。
しかし、ゲームではない現実なこの世界では、コストも手間も跳ね上がる。
ジト目魔術士のプレイヤー、御子柴小夜子も伊達に廃プレイヤーをやっていたワケではない。この世界に落ち、ゲームと同じように冒険して行こうと思ったその時、馬車の購入は当然頭の中にあった。
ところが、その目論みは計画の段階で頓挫する。
問題は、ゲームのように購入資金が稼げなかった事と、馬車、と言うより馬の維持と運用がプレイヤーには難しかった事だ。
ヴァーチャルではないリアルな馬の世話など、普通のご家庭で生きて来た都会っ子にはハードルが高過ぎたりする。北海道とかテキサスあたり出身のプレイヤーは強そうだ。
この世界には都市や村落を結ぶ乗り合い馬車なども無くはない。
世慣れた人間なら、商人の馬車などに便乗する事もある。
それも、プレイヤーの現代人には問題が多いらしい。
ヒッチハイクというヤツも実はそんな簡単なものではなく、乗り合い馬車というのも安全安心とは言い難いのだ。
以上の理由で、ジト目プレイヤーの小夜子、グラビア女戦士の姫城小春、隠れ目法術士の久島香菜実も、馬車を使えずにいた。
それが今は、落ちて来た正体不明の殴り系少年、村瀬悠午と、こちら側の世界の冒険者、ゴーウェン=サンクティアスという男手を加えて、馬車の活用にも目途が立った。
立った、と思ったが。
◇
プレイヤーはじまりの街、『レキュランサス』。
その北部には、武器や鎧の工房、石や木といった建材加工、そして馬車の組み立てなどを行う倉庫が集まる一画がある。
プレイヤーが出現する山岳神殿の街は、旅立ちの街でもある。
旅をはじめるのに必要な物は、大抵がこの街で揃う。
馬や馬車といった物は、その最たると言って良い。
都会っ子のプレイヤーが、それを扱い切れるかはまた別問題として。
大柄なベテラン冒険者、ゴーウェンと腹の出たオヤジのエラナンに連れられ、悠午とプレイヤーの少女たちは立ち並ぶ倉庫のひとつに来ていた。
なんでも、知り合いの大工の作業場兼資材置き場らしい。
馬車といえば専門の職人もいるとの事だが、冒険者曰くこの大工の作る馬車は割安で手堅い作りをしているのだとか。何せ本業が大工なので。
問題は、職人気質の大工が好き勝手な注文を付ける小娘どもにキレないか、という事だが。
「お前ら家を作りに来たのか馬車を作りに来たのか……。勇者の一団だって、そこまで無茶苦茶言わなかったぞ」
案の定、馬車という物の常識を完全に無視した要求に、大工のヒゲオヤジは憮然としていた。
それはそうだろう。
レディ三名の各個室にシャワー、キッチン付きなど、馬車としての容積と機能を完全に無視している。
小さな家を作れと言われているようなもんだった。
「金さえ払えば作ってやらんでもないが、そんなもんを馬に引かせるのか? エラナン……」
どうなってんだよ、と言わんばかりな大工のオヤジに、仲介した腹の出たオヤジもバツが悪そうだ。
命を助けられていなければ、エラナンもこんな話、まともに取り合わなかっただろう。
「無茶振りしているとは思いますが、どうにか近づける事は出来ませんか。車高を落として二階建て構造にするとか、バランスを崩さない範囲で横幅を広げるとか。多少費用がかかっても構いません」
一方、悠午の方は大工の親方にも物怖じせず、お姉さん方の希望になるべく添えるような妥協点を探ろうとする。
口には出さないが、横で見守る小春たちとしても申し訳ない。何としても要求は通してもらいたいが。
大工の方も、少年が単に我儘を押し付けているワケではないと感じ、職人の顔で考え込んだ。
「面白いアイディアだが、重量が増える事に変わりはないぞ。馬車を引く馬も増えりゃ世話をする手間も増える。お前さんらの頭数なら多くても二頭立て、話を聞くにある程度雨風を凌げにゃならんだろうから幌馬車じゃダメだろう。箱型でなけりゃな。前後に仕切りを入れてとりあえずの個室には作れるが、狭い上に他に荷物など載らん。水回りなんざ完全に専門外だ。タイル職人か何かに頼んで馬車の内装を弄るんだな。俺には想像も出来んが」
悠午も想像出来なかった。お願いしといてなんとも申し訳ない話である。謝るべきは小娘プレイヤーどもだが。
とはいえ、無理を通せば引っ込むのは道理ではなく、重量に負けた馬とか馬車の車軸とか恐らくそんな物。
それでは意味が無いので、最低限実用に耐えるように作らねばならず、プレイヤーの少女たちも仕様変更を余儀なくされていた。
悠午はその辺に口を出す気も無いので、結論が出るのを待つばかりだ。
「でー……勇者の連中もここに来たのか? 初耳だが」
手持無沙汰な冒険者のゴーウェンは、先ほどの会話でフと気になった話題を大工の親方に振ってみる。
冒険者のひとりとしてゴーウェン個人として、その称号は聞き逃せないモノだった。
「ウチというより商工組合が最近勇者の馬車を請け負ったんだ。4頭立ての大型箱型を4台ってな。それとは別に幌馬車もだ。大移動用さ。中身も相当にカネをかけてな」
「ハ……それはそれは…………。ならば勇者のパーティーはこっちにいるのか? アルギメスの前線はどうしたんだ」
「分からんが、どうやら王に招聘されたらしい。冒険者組合も本部のヤツが動いていて、どうやら捨て置けない大物狩りをやらせるようだな」
「わざわざ勇者と呼ぶほどのヤツを前線から持って来るとは、どんな大物狩りだ? 組合でも聞いた覚えが無いが」
「そこまでは知らん。だが、冒険者組合が動いていて表には出していない仕事となれば……つまりそういう事なんだろうよ」
なるほどな、と気の無い返事をするゴーウェンだが、その心境はあまり穏やかではなかった。
ここ数年の傾向だが、どうにも冒険者組合は裏で得体の知れない動きをする事が多くなったように思える。
そもそも、以前は冒険者組合も街ごとに独立しており、現在のように本部を中心に組織化などされていなかった。
それが各支部で横の繋がりを持ち、王家や貴族とも対等であるかのような権力を持って動き出したのは、いったいいつからだったか。
長らく冒険者をやって来た男が思うに、それは確かプレイヤーの出現と前後し、冒険者に奇妙なランク付けがされるようになった頃――――――――――――。
「『勇者』、ですか?」
「あ……? ああ、そっちは話纏まったのか?」
「いえ、トイレ回りでまだ纏まってないようで」
「コラ言うなバカ!!」
どうにも淑女にはデリケートな話らしく、ハブられた感のある悠午はゴーウェンから話を聞く事にした。
なんでも、シャワーは我慢できてもトイレは死活問題なのだとか。
「んなもんそこいらで適当にすればいいだろう。馬車に付ける意味が分からん」
ただでさえ広いとはいえない馬車の中にわざわざそんな物を付ける必要があるのかと、大工の親方は本気で訝しむ顔をしていた。
警戒しながら外で用を足すのも冒険者の嗜み。
ヒトによってはトイレが唯一の安心できる空間、とする日本人とは根本的に違うのだろう。
とはいえ、これは女性陣の中でも理想と現実で揉めているらしかった。
親方や悠午の言いに、これだから男は、というのだけが珍しく意見の一致をみていたらしいが。
「なんなら馬車の中じゃなくて、外で組み立てられる簡易小屋とかでも良いかもしれませんね。工事現場に有るみたいなヤツ」
「なんだそりゃ?」
「あるんですよ、これくらいの…………。壁だけ4面作ってもらって、ハメ込みか何かですぐに組めるような物、作ってもらえません? 後は地面に穴掘れば良いだろうし」
「馬車に乗るくらいのだな。なるほど」
要するにトイレの無い所に持ってくる仮置きの仮設トイレである。
もう前後左右の4面だけ仕切って地面に穴掘れば最低限の要件は満たせるのではないかと。
この少年の案に、女性陣は苦い顔ながらも妥協せざるを得ず、大工の親方は神妙な顔で請け負ってくれた。何か感心するモノがあったらしい。
悠午としては、それもいずれ面倒くさいと言う理由で使わなくなると思っていたが。
「で、『勇者』ってのは?」
「アレでしょ? 攻略組みのトップグループ、『ブレイブウィング』。パーティーってかクランって規模のグループだけど」
「それじゃ、プレイヤーなんですか?」
悠午に応えたのはオッサンたちではなく、プレイヤーのジト目少女だった。
この世界で活躍するプレイヤーの中でも、最も高レベルなグループのひとつ。
彼らは『ブレイブウィング』というパーティーを名乗り、全員がレベル100を超え、ここ一年ほど活躍も著しく、結果としてアストラ国や他国からも『勇者』の号を与えられているのだという。
「それで、リーダーがまたプレイヤーランキングでいつも一番か二番目にくる奴なのよ、これが。名前は確かー――――――――」
◇
「――――――――ジュリアス様、いかがでしょうか? 正真正銘の古竜の心臓石。それも、これだけ大振りの物は10年に一度出るかどうか…………」
仕立ての良い派手な服の小男が、これまた派手な内装の応接室で商談に及んでいた。
最高級の紫檀の卓を挟み、深紅のソファにかけているのは、意志の強そうな二枚目の金髪少年だ。
その隣やソファの後ろ、壁際、卓の脇にも、まだ若い青年や少女が屯している。
「確かに……このサイズのはゲーム中にも一度か二度見ただけだな。どうかな、キャス。使えそうかい?」
『ジュリアス』と呼ばれた少年は、右隣に座る灰色と黒の法衣姿の女性へ、手にした赤い結晶石を見せる。
服と同じ、長い灰色の髪。二十歳前と思われる落ち着いた女性の方は、微かに溜息を吐きながら答えた。
「わたしのアイテムクリエイトだと、あと2レベル足りない。それに、『賢者の石』を作るにもまだ『長老の木の葉』が必要だし『完全純水』も――――――――」
「つまり出来ないって事じゃん。つっかえなーい」
が、その科白が途中で遮られる。
侮蔑する軽い口調の言葉は、ジュリアスの後ろからソファに手を突いて身を乗り出す、金髪巻き毛の少女の物だ。
当然、気分を害した法衣の女性は、金髪巻き毛の少女を睨みつける。
「やめなよ水瀬。僕らの中でキャスが一番法術とアイテムクリエイトが高いのは事実だろう? それに、エリクシールはいずれ絶対必要になる。ゲームでもそうだった。一番面倒な材料が今のうちに手に入るのなら、ゲットしておきたいじゃない」
しかしジュリアスに窘められて、ふたりは同時に視線を逸らした。
ここにいるプレイヤーのレベルは、ジュリアスの220を頂点として一番下でも100を超える。
人数もおり、恐竜狩りは決して不可能ではないが、心臓血石を手に入れられるかどうかは運の要素が強かった。伊達に最高の霊薬の材料ではない。
故に、この機会を逃がすと、次にいつ手に入るか分からないが。
「でも二億は高すぎね?」
壁際にいた冷めた口調の青年が言うと、派手な小男が揉み手で愛想笑いをする。
商品には絶対の自信があった。相手が言い値で買うだろうという確信もだ。
「王宮に卸せばもう一億は行く逸品です。ですが、アストラやナイトレアの王宮でも認められているブレイブウィングの勇者様方ならば、と…………」
「王宮なら安く召し上げられるのではなくて?」
こう言って相手の思惑を透かして見るのは、長い亜麻色の髪に、黒い革鎧と赤いロングスカートという姿の女性だ。
その眼差しは、やや見下した物を含む。
とはいえ、相手は王国でも一流の商人。感情を露にはしなかった。
「良いんじゃないかな。『時は金なり』じゃないけど、後から手に入れる手間が省けるなら。財布にも余裕があっただろう、野島さん?」
「ありませんよ……。そうでなくてもウチは20人以上の大所帯なんです。バカ高い化粧品だの微妙な性能のアーティファクトの宝石だの無駄遣いするヒトも多いんですから」
ジュリアスの言葉に、商人が「やったお買い上げ!」と思う間もなく。
これに水を差すのは、左隣に座っていた小柄な栗毛の少女だ。
俯き気味で隣の少年を睨め上げるかのようだが、この少女はこれが素なので別に他意はない。
他のオンナに嫌味は飛ばすが。
「まぁ命には代えられないでしょう。ステータス補正の低い綺麗なだけの宝石よりは大分マシです。ですがもう少し負けて欲しいですね。ギルドに依頼した額の倍は吹っかけ過ぎです」
小柄な栗毛の少女に言われ、何故それを、と流石に愛想笑いが凍りつく商人。
仕入れ値を知られるのは、商売人としては致命的な問題だ。
特に今回は大金が動く為、その辺は冒険者組合や仕事を請け負った冒険者にも漏らさないよう含めておいたのだが。
「こ、これは参りしたな。しかし冒険者への報酬の他にも、これを手に入れるのは元手がかかっておりまして…………。腕利きの冒険者を呼ぶのにも多少金を使いましたし、ギルドにも仲介料をそれなりに取られております。それに、死んだ冒険者にも見舞金など出さなければなりませんし――――――――」
と言いワケする商人だが、ギルドに手数料を払ったという事以外は大嘘だった。
冒険者は知り合いの伝を使ったし、冒険者が何人死のうが見舞金を出す義理など無いので。
その辺の話も透けて見えたが、少年の方も事情は分かるので、特に何を言う気も無い。
それに、そんな事より、ジュリアスという少年には、他に聞きたい事があった。
「そちらにも生活が有るのは理解していますので、多少取り分を増やす程度は構いません。それより教えてください。これだけの心臓の持ち主、倒したのはどんな冒険者なんです?」
値段はまた相談、と笑顔で釘も刺しておく、リーダーの少年。
彼がそう言うなら、と会計担当や他の仲間も、何も言わなかった。
むしろ気になるのは、ジュリアスがまた他の冒険者に興味を持った事だ。
こうなった以上は、件の冒険者パーティーに同類が含まれていないのを祈るばかりだったが。
「はぁ……あ、いえ、私もギルドから少し話を聞いただけですが。何でも『断頭』という名の売れた冒険者と、それに素手で戦うプレイヤーらしき男が、バカでかい怪物を仕留めたとか…………」
しかし、その話は思いっきりリーダーの少年、白部=ジュリアス=正己の興味を引く事となってしまう。




