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011:口に苦しライフセーバー

2015.09.26 12:00 Update 3/4

.


 胴着袴のパワーキャラ、村瀬悠午(むらせゆうご)が断崖絶壁より強大なモンスターの跋扈する『古代樹林』へと生身でダイブし、30分後。


「食われたかナー、あいつ」

「滅多な事言わないの! そんなところに彼を送り込もうとしたんかアンタは!?」


 しゃがみ込んでボーっと樹林を眺める、ジト目の市松人形のような可憐な少女。

 魔術士の元ゲームプレイヤー、御子柴小夜子(みこしばさよこ)

 その物言いに噛み付く美人のお姉さんは、戦士の姫城小春(ひめしろこはる)だった。

 なお、ほとんど喋らないが、前髪で目が隠れている引っ込み思案の法術士、久島香菜実(ひさしまかなみ)も、少し後ろで不安な顔をしながら立ち尽くしていた。


 樹林の中が騒がしくなり、悠午が尋常ではない勢いで飛び出して行き、それから物凄く激しい振動が起こり、また静まり返ってから15分以上。

 古代樹林は、フィールド攻略の推奨レベルが150。

 ゲームにおけるレベル上限(カンスト)が300である事を考えるなら、どの程度の難易度かは推して知るべし、である。

 しかも、ゲームだった時より様々な現実的要素が加わっている為、現実的な難易度も数段上がっていた。

 悠午がなんぼ強いと言っても、元ゲームプレイヤーなのか否かも実は良く分かっていない謎な少年。

 ゲームとしての『ワールドリベレイター』をプレイした事も無いと言い、当然の如く攻略の知識も無い。

 そんな所にたったひとりで突撃してしまい、未だ音沙汰無し。

 万が一を心配するのも、止むを得ない事ではあった。


「あーあ……。色々扱いやすそうな野郎だったのに」

「これで死んでたらミコにも責任あるからね…………」


 ジト目魔術士の、強プレイヤーに寄生して一気にレベルを上げようという野望がおじゃんに。

 そんな思惑が分かっていたグラビアアイドルの女戦士は、利己的なプレイヤーそのものであるパーティーメンバーに、仕事でセクハラしてきたスポンサーの会社のオヤジを見るような荒み切った目を向けていた。

 本気で今後の付き合いも考えねばなるまいか。


 このような場の空気に怯えていた法術士が、断崖絶壁を回り込んで接近する一団に気付いたのは、女戦士がパーティー解消すら視野に入れ始めた頃の事だ。

 この世界は治安が非常によろしくなく、街の衛兵が見ていない一歩外では、ほぼ無法地帯と言って差し支えない。

 トイレの無い場所なんか行けない、と情けない事を言う都会っ子プレイヤーだが、旅が出来ない理由はそれだけでもなかった。

 外では、武装した相手と擦れ違う際には、相応の警戒をするのが当たり前。背中に気を付けない人間の方が少ない世界だ。

 当然、接近してくる9人ほどの集団に対しても、遅れて気付いた女戦士と魔術士も警戒するのだが、


「んあ? …………ちょっとちょっと、あいつ何やってんのよ?」

「村瀬君じゃん! よかったー…………。でも誰アレ?」


 集団の中に見覚えのある胴着袴の少年が混じっており、少女プレイヤー達は揃って目を丸くする事となった。


                        ◇


 その15分前。


 大型モンスターに致命的な一撃を喰らったベテラン冒険者、ゴーウェンの状態は酷い物だった。

 胸郭は粗方潰れて、折れた肋骨が肺を傷つけ臓器を圧迫する。

 四肢の骨にも無数のヒビが入り、切創など見える怪我も無数にある。

 それでも、前衛職の冒険者として屈強な身体を持っていたからこそ、この程度で済んだと言えた。

 並の戦士なら、3回は死んでいる。


 とはいえ、酷い状態であるのに変わりもなく、仲間の冒険者たちも手当てに必死だった。


「急に動かすな! 寝かせろ!!」

「こんな所じゃダメだ! 血の匂いに他のが寄って来る!」

「治癒のポーションがあったろう!?」

「あんな粗悪品じゃ意味ねぇよ!!」


 腹の出たオヤジと冒険者たちは、大男を大樹の陰に引き摺って行く。

 すぐさま傷を診るべく革鎧を引っ剥がすが、筋肉の上からも分かるほどの内出血が各所に見られた。

 それなりに冒険者家業の長いオヤジは、一目見て「これは拙い」という言葉を飲み込む。

 もはや多少の傷を癒す程度のポーションでは、間に合わない重症だった。

 そして、ゴーウェン自身もそれは分かっている。


「ッ……仕方ねぇさ、エラナン、潮時だ…………。ベンザとコロノーの仇は取ったんだ…………」

「喋るなゴーウェン! すぐに医者か教会に連れてってやる!」

「ヤバイぜエラナン! もう行こうぜ!!」

「黙れモーンス! 仲間を見捨てる気か、ろくでなしのクズが!?」

「そっちこそ死に損ないの為に命を捨てる気かよ!?」


 ここは古代樹林という超危険地帯のど真ん中であり、もはや自力で動けない大男が足手まといになっているのは冷酷な事実だった。

 自分が生き延びる為に、ゴーウェンを見捨てて逃げるのは正しい判断だ。


「こんな所であのバケモノどもに食われるのはゴメンだ! じゃあなエラナン! ゴーウェン、楽園が待ってるぜ!」

「す、すまねぇなゴーウェン! 俺はこんな所で死にたくないんだ!!」


 ハンマーと槍を持った男の冒険者ふたりが、他の仲間を置いて行こうとする。

 エラナンという腹の出たオヤジも、それが正しいというのは理屈では分かっていた。


 が、少し遅かったのも事実。


「チクショウ!? 殺し屋が来やがった!!」

「だ、ダメだ下がれ下がれ!!」


 木々の間から血の匂いを嗅ぎ付けて来たのは、全長2メートル前後で鱗に覆われた羽根を持つモンスター、それが四体だった。

 羽根のあるモンスターは、飛ばない鳥のように二足歩行で駆けて来る。

 その動きは素早く、強力な脚でデコボコの地面を疾走すると、全長程もある翼を広げて冒険者へと飛び掛った。

 脚の先端には、鋭く捻じ曲がった鉤爪が。

 圧倒的なスピードと脚力、それによって繰り出される凶悪な一撃を前に、冒険者は一歩も動けず、


「――――――――っと」


 スッ、と踏み込む青年が斜めに腕を振り抜き、間合いの外にいた(・・・・・・・・)翼あるモンスターを天高く吹っ飛ばした。

 立て続けに青年、悠午は、腰を回して正拳を突き出し、もう一体を側面から打ち抜く。

 少し離れた場所で別の冒険者に襲い掛かろうとしたモンスターには、一瞬で間合いを詰め後ろ回し蹴り。

 蹴った勢いを逃さず最後の一体に迫ると、その加速力と体重、脚力、背筋力、腕力と全身の筋肉を連動させて肘を叩き付けた。


 到底耐えられない威力の打撃に、瞬殺されて四方に吹き飛ばされるモンスター。

 冒険者たちは、それでも恐怖が拭えない。

 何故なら、異形の怪物よりもはるかに、人間の姿をした青年の方が得体の知れない存在に思えたのだから。


「な、なん……なんなんだお前は……?」


 感謝するより恐ろしさが先に立つ冒険者のひとり。その顔は緊張で強張っている。

 悠午としては相手の気持ちも分からんではないが、それよりも気になる事があった。


「そっちのでかいヒト、ぼちぼち危ないスよ? 魔法なり何なりで治療とか出来ないの?」

「あ……おいゴーウェン!?」

「もう何でもいいからポーション飲ませろよ!!」


 スタスタと近づきながら、青年は意識を失いかけている大男を指して言う。

 そうは言われても、冒険者たちにも成す術がなかった。

 薄い緑色の液体がゴーウェンの口から流し込まれるが、飲み込む力も無いのか血と一緒に吐き出されてしまう。

 顔色も、人肌とは思えないほどに青ざめていた。

 昔の出来事を思い出し、青年の秀麗な顔が苦く歪む。

 命の“気”配が消える直前のロウソクほどに小さくなり、今にも終わりそうなのが分かった。


 なので、とりあえず命は助けなくてはならない。


 ならないのだが、


「一応応急処置は出来るけど……オレってばヘタクソなんだよなぁ…………」


 器用な姉と違って弟は殴り一辺倒である。不器用な自分に、このように後悔が先に立たないこともしばしば。

 実際問題どうしたもんかな? と悠午は首を傾げて呟くが、命綱を見つけたオヤジは即座に飛びついた。


「あ、んた……術士か何かか!? 助けてくれ! カネなら払うよ!!」


 見た目に違わず悠午は術士の類ではない。それっぽい技が使えないではないが。

 そういえば崖の上に待たせてあるお姉さんが法術士とやらだったな、と思い出す悠午は、そこまで持たせられりゃ良いか、と手を尽くしてみる事にした。


 倒れている大男には、少々申し訳ない事になってしまうが。


「言っとくけど……オレ治癒術とかは使えないんで。この谷を出てすぐの所に法術士? の姉さんがいるんですけど。そのヒトに頼めば助かるかも」

「谷を出るって!? ダメだ、とてもそこまで持たない!」

「そんじゃオレに出来る応急処置だけで、それも滅茶苦茶痛いと思う…………けど、是非も無いか」


 いよいよ大男の方がヤバイので、これ以上の説明も、まずは一命を取り留めてからする事とした。


 悠午は指を組み合わせ、掌をひっくり返し、手首を回して柔軟の真似事をする。

 別にこの動作自体にそれほど意味は無い。

 だが、直後に青年は大きく鼻から息を吐くと、放たれる重圧が数十倍に跳ね上がった。

 何か巨大な、それこそ古代樹林で最大のグライトサウルスさえ上回る大きな“気”配に、モンスターが一斉に逃げ出して行く。

 一体何をするつもりで、何が起ころうとしているのか。

 冒険者達が問い質す間もなく、悠午はゴーウェンの前に屈み込んで心臓の位置に掌を置くと、



 数秒後、死にかけ冒険者の野太い断末魔が、古代生物の樹林に響き渡った。


                        ◇


 時と場所は変わって、古代樹林の外となる絶壁の上。

 引っ込み思案な隠れ目法術士が手をかざし、法術の光を当てている相手は、15分前まで死に掛けていた冒険者のゴーウェンだった。


「一体何をしたんだよ兄ちゃん。身体がはちきれるかと思ったぜ」


 悠午の施した『応急処置』により命を取り留めた大男だが、正直「いっそ殺してくれ」と言いたくなるほどの激痛だったという。

 そして現在、隠れ目のプレイヤーが大男に対して使っているのは、法術士が身に付けている最初期の回復術。


 ライフライト、熟練度(レベル)0。

 近距離単体、生体活性(光属性)、光を当てる対象の回復力を上昇させる。


 レベル9で法術士職しか熟練度を上げていない隠れ目の少女には、これ以上の回復術は使えなかった。

 それでも、魔力(MP)を消費し切るまで術を当て続ければ、死にかけの男ひとりを命に別状が無い状態にまで回復できる。

 プレイヤーが人間離れした力を持つとされるのは、伊達ではなかった。

 ちなみに消費した魔力は自動回復し、その速度はステータスによって変わってくる。


「フゥ……助かったぜお嬢ちゃん。いやー実際もうダメかと覚悟したわ」

「すいませんねあんなやり方しか出来なくて」


 歯を剥き出して笑う野性味溢れた大男に、法術士の少女は慌てて少年の後ろに逃げ込む。

 そして悠午は大男の物言いに、どこぞの魔術士のような半眼になっていた。


「いやいや助けてくれたんだろ? 分かってるって。一瞬トドメを指されたかと思ったけど」

「生命力を無理やり活性化させただけだしね。そりゃ痛いだろうともさ」


 こう言う悠午の『応急処置』だが、実は回復力では法術による回復より上だったりする。

 ただし、回復の過程で痛覚や神経も活性化してしまうので、軽く生き地獄を味わうハメになるというワケだ。

 正道な気功(・・)による回復法ではないので許して欲しかった。


「ま、なんだ、プレイヤーか……。こんな時は頼もしいな、ゴーウェン?」

「ああ…………分かっているさ、エラナン。こいつらは(・・・・・)違う」


 不意に、腹の出たオヤジと大男の声のトーンが落ちる。

 『プレイヤー』と聞いて何か思うところがあるようだが、当然悠午たちにはその辺の事情は分からない。


「とにかく兄ちゃんには礼をしないとな。あの大物を素手で殴り倒すなんざ、とんでもねぇよ」

「おじさんたちは一体何を狩ってたのよ?」


 礼を言われたのは悠午なのに、何故か自分が受け取る気満々なジト目魔術士。パーティーメンバーとして当然という認識である。

 腹の出たオヤジも、あんまり当たり前のように問われたので、特に気にもせず答えていた。


「俺たちの狙いはここ一番の大物さ」

「デカすぎだ」


 腹の出たオヤジの科白(セリフ)に、仲間の冒険者が心底嫌そうな顔をする。

 ゴーウェンら冒険者団の目的は、この古代樹林に棲む巨獣の心臓だ。

 それも、ただの恐竜の内蔵という意味ではない。

 歳を経た個体の心臓内部で稀に結晶化すると言われる、ある石だった。


「マジで!? 『心臓血石』があるの!!?」


 狩りの詳細を聞かされたジト目魔術士が、突如荒ぶる。

 悠午には何のこっちゃサッパリ分からなかったが、他二名のプレイヤーには分かるのか、微かに息を飲んでいた。


「礼ならそれくれー!!」

「い、いや待ってくれそれは」

「こっちもギルドの依頼があるんだ! こんなデカイ仕事、手ブラじゃ帰れねえよ!!」

「いいじゃん生きてるだけでラッキーじゃんよ!!」


 その成果をいきなり分捕りにかかる、ザ・プレイヤー。

 冒険者たちは当然承服できる筈もなく、女戦士も無茶苦茶言い出したパーティーの仲間を抑えに入る。

 そして、当事者である悠午は例によって仲間外れだった。

                         ◇


 それからどうしたかというと、カネで解決するという至って現実的な話になった。

 しかし、カネを払うには仕事を完遂して報酬を受け取らねばならぬ。

 カネになる肝心な獲物は、狩りの場にほったらかし。

 大男の冒険者が死にかけていたので仕方がないが、まずはそれを回収しに行かねばならない。

 そこで、大物を素手で殴り倒せるほどの実力者である胴着袴の青年に、冒険者たちは協力を頼む事となった。


 巨獣の解体の為に裂け目の林へ戻ると、倒れた獲物は早くも他のモンスターのご飯と化していた。

 乗りかかった船だと、悠午は群がっていた大小様々な肉食獣を、ここでも打撃で一蹴。

 そして冒険者たちは大急ぎで、大部分が残った巨獣の死骸から、目的の物を引き摺り出していた。


 後からジト目魔術士に聞いたところによると、グライトサウルスは骨や爪、牙や目と、捨てる部位が無いほど高額素材がてんこ盛りだったという話だ。

 が、周囲を高レベルモンスターに囲まれている状態の冒険者たちにそんな余裕はなく。

 ジト目魔術士や女戦士のプレイヤーたちも谷に入れず待っているのだから、悠午や冒険者たちも早々に戻る事とした。


「うおおー! これがエンシェントサウルスの心臓血石(大)(カッコだい)! リアルだとマジで宝石みたいじゃーん!」

「先に言っとくがやらないからな!」

「じゃ半分!!」

「おいふざけんなクソアマ!?」

「待てやめろプレイヤーだぞ!?」


 再び谷の上、古代樹林の入口に戻った一同。

 冒険者たちが持ち帰ったのは、グライトサウルスの大きさから見れば爪の先程度のような、人間の拳大の真っ赤な結晶体だった。

 それを手に取ったジト目魔道士がテンションを上げ、プレイヤーにそのまま持って行かれやしないかと冒険者たちが戦々恐々としている。


「分け前貰うって話になったんだからそれで良いじゃない…………。だいたいミコ、あんたアイテムクリエイトなんか使えたの?」

「かなみんのレベル上げる」

「いや鬼か!」


 掴んだ宝石を放さないジト目魔術士を、グラビア女戦士が諦め気味に窘めていた。

 冒険者たちとしては、まだ常識がありそうな美女の戦士に頑張ってもらいたいところだろう。

 話が纏まるまでもう少し時間がかかりそうなので、例によって空気なふたり、悠午は隠れ目の法術士『かなみん』に話を聞く事とする。

 それによると、


「『エリクシール』? エリキシル霊薬の事ですか?」

「う、うん……? たぶん、それ。エンシェントサウルスの心臓の石は『賢者の石』の材料だから……エリクシールを作るのに必要で…………」


 『ワールドリベレイター』におけるプレイヤー回復アイテムの最上位、『エリクシール』ポーションを生成する材料のひとつが、この『心臓血石』なのだという。

 エリクシール、エリキシル、エリクサー、つまり全て同じ万能薬や不老長寿の薬を意味する単語だが、そんな物の材料なだけあって、心臓血石もアイテムとして非常に希少(レア)

 歳を経た大型種の心臓でなければ生まれないという入手難易度もさることながら、他にも同じくらいに希少な素材を要し、その上で法術士などが習得する高レベルのアイテムクリエイトスキルを要するという。

 つまり、ジト目魔術士は仲間の隠れ目法術士を最低でもレベル170までもっていき、クリエイトポーションでエリクシールを作らせたい、という事だった。

 当然だが、レベル170などヘタをすれば一生辿り着かないでろう鬼の高レベル。

 そりゃ女戦士の小春も、魔術士の小夜子を罵るワケだ。


「…………難儀な事だな」


 そんなお姉さん方に色々ツッコミたい悠午だが、感想はただその一言に集約された。


 冒険者たちは、どうにか強欲なプレイヤーから無事に血石を取り戻す。

 そしてプレイヤーのお姉さん方3人と少年は、その日のうちに『ドガの洞穴』近くにある村へと戻った。

 到着したのは、日が落ちて大分経ってからだ。

 通常、夜間の移動は危険を伴う為に控えるのが冒険者の常識。

 しかし、野宿などもってのほかな現代の都会っ子は、何よりトイレと屋根のある場所に戻るのを優先し、暗い中の移動を強行した。


 そこから、更に数日後。


 悠午は古代樹林で別れた冒険者たちと、始まりの街レキュランサスで再会する。

 別に奇跡的な感動の再会ではない。はじめからそういう約束だっただけだ。


「よぉ兄ちゃん、待たせたか?」


 冒険者組合(ギルド)に残された伝言では、レキュランサス南地区にある酒場が待ち合わせ場所に指定されてた。

 やって来たのは、大柄な男のゴーウェンと腹の出た冒険者らしくないオヤジのエラナン、ふたりだ。

 店内の一角にプレイヤーの一団を見つけ、オヤジたちは手を上げてテーブルの方へと近づいていく。


「ギルドのバカが、カネを用意してなかったんだとよ!」

「連中こっちが生きて帰るとは思ってなかったのさ。おかげで余計な時間を食ったよ」


 彼らの冒険者パーティーは超高難易度の依頼を完遂し、組合(ギルド)から報酬を受け取っていた。多少ゴタついたらしい。

 その中から、ゴーウェンは悠午に助けられた分の分け前をくれる、という話だった。

 正直、悠午はそんなもん要らんのだが、


「でいくら儲かったのよオッサン?」

「お前さんは何割せしめるつもりなんだ?」

「5割ってとこが打倒じゃない?」

「おほほいおほほいお嬢さんよ…………。プレイヤーだからってちょい舐めすぎじゃねーか?」


 何故か全く働いていないジト目の魔術士が、この上なく熱心に値段交渉を行っていた。

 しかも容赦なくえげつない比率である。

 当然そんなモノ飲めるワケなく、笑いながら怒るという器用な真似をする厳つい冒険者。

 そして、すっかりツッコミポジションな戦士のお姉さんが、もはや言葉を尽くす気もなく物理的に首を締め上げ黙らせていた。


「というかそんな勝手に取り分を決められるワケじゃないでしょう。そちらの仲間の分け前も決めなきゃいけないんじゃないスか?」

「ん? ああ……まぁな…………」


 自分の報酬はともかく、大男の冒険者には6人ほど仲間がいた筈だ。

 今はふたりしか来ていなかったが、当然彼らの取り分も用意しなければならんだろう。

 と思ったところで、悠午も気付いた。


「あ、そうか。そっちの分配はもう終わらせて来たんですね」

「すまん……。こっちも色々あってな、連中自分の分をさっさと持って行きやがって。先に兄ちゃんと話し合うのが筋だとは言ったんだがよ」

「えー? なんだよそれー」


 気拙そうに言う義理堅いオッサン。偉そうなジト目の小娘の文句にも、今度は言い返さなかった。


 元々冒険者というヤツはその性質上利己的に思考が偏りがちであるし、強欲でなければ奪われるだけの弱肉強食な生き方を強いられる環境にある。

 また、そんな生き方を責められる者も居ないのが、この世界だった。

 今回の恐竜狩りの面子も、腕の良い奴と既知の冒険者を集めた一時的なミッションパーティーだ。

 ビジネス以上の間柄ではなく、組合(ギルド)から報酬が出ると、有無を言わせず自分の分を掴んで行ってしまった。

 死んだ仲間の分まで再分配しろと言い出さないところを見ると、多少は義理人情も分かっているようだが。

 あるいは、心臓血石を取られるかと思った恐怖故に、交渉よりも報酬確保を急いだか。


「勝手に決めて悪いと思うが、お前さんたち(・・)の分け前だ。受け取ってくれ」


 ブー垂れるジト目魔術士はひとまず置いといて、ゴーウェンは使い込んだ手の平サイズの革袋から、2枚の硬貨を取り出す。

 ただし、その色は白金でも金でも銀でも銅でも、むろん灰でもない。


「おお!? オニキスじゃーん!!」

「え!? 黒金貨!!?」


 テーブルの上を転がったのは、煌めきを帯びた黒のコインだった。

 それを見て突如テンションを逆転させるジト目魔術士と、椅子から腰を浮かせる女戦士。

 慌てるのは、冒険者のオッサンふたりだ。


「おい大声を出すなよ! 狙われたいのか!?」


 腹の出たオヤジがテーブルを叩き、コインを手の下に隠す。

 ゴーウェンの方は周囲に視線を走らせ、無遠慮に覗き込もうとする輩に睨みをきかせた。


「だったらこんな所で待ち合わせなきゃいいじゃん」

「他に適当な場所が無かったんだよ…………。俺たちの宿に来いって言って、お嬢さんらノコノコ来るか?」

「用心棒がいるからね!」


 得意げに踏ん反り返るジト目に、溜息をつくオッサン。

 そして用心棒こと悠午の手には、いつの間にか黒いコインが握られていた。

 腹の出たオヤジの方は、慌てて自分の手の中を確認する。


「いったいいつの間に…………」

「貴重品なんスね」

「兄ちゃん黒金貨を知らんのか?」


 冷静な目でコインを()めつ(すが)めつ(もてあそ)ぶ悠午に、プレイヤーのお姉さんやオッサン冒険者から説明がなされた。

 それによると、この国『アストラ』で発行され、少なくともヒト種族圏で価値が保証されている貨幣、硬貨の内、最も高価なのがこの黒金貨なのだそうな。

 プレイヤーには『オニキス』とも呼ばれている。

 しかも専ら高額取引に用いられる物で、灰→銅→銀→金→白金と10進数で上がっていく硬貨に対し、この黒金貨だけは白金貨に対して100枚、金貨に対しては1000枚の価値があった。

 これ以上の価値交換手段としては、国や教会、あるいは大商人が振り出す信用手形しかない。

 無論、物々交換という手段も残されてはいるが。


「ゲームの時はマックスで20枚くらいオニキス持ってたよ。それが今やシルバーにも事欠くクソゲー難易度…………ケッ!」

「いくらくらいになるんです、これ? どれくらい価値があるかよう分からん」

「一千万タレントよ。日本円に直すとー…………どうだろう?」

「街の食堂で食べた晩御飯っていくらでした?」

「え? えーと……全員分で1000タレントか2000タレントくらいじゃなかった?」

「なるほど」


 リアルの世知辛さに悪態をつき、コップの中身を煽るジト目魔術士プレイヤー。なお中身は何かジュースの模様。

 悠午は小春に話を聞き、どの程度の貨幣価値があるのか見当を付けていた。

 為替なんて無くても、その国の食料を見れば大まかな価値は分かる。

 (ゴールド)の価値の低さがやや気になったが、悠午が手持ちの金貨を調べてみると、なるほど純金ではなかった。

 何かしら混ぜて硬度を上げているのだろうと予想出来る。

 純金など柔らか過ぎて流通貨幣としては向かないだろうし。


 ちなみに各コインは日本の硬貨ほどしっかりした作りではなく、摩耗も見られたが、概ね100円玉サイズ。

 ただし、黒金貨だけは分厚い500円玉ほどであった。


「俺たちは10人いた。今回の仕事は一億タレントの仕事だったが、正味な話無謀だったな…………。多少は知られた腕利きの斥候と、もうひとり知った顔がやられちまった。分け前はキッチリ10等分と言う話でな、他の連中は手前の取り分が減ると思ったのかさっさと逃げたが、死んだ奴の分は残った。助けられたお前さん達に渡すのが筋だろう」

「なんか嫌な言い方だなぁ…………」


 ハイエナというか死体を漁るというか、あまり気分のよろしくないジト目魔術士。正直誰もが、いまさらな何言ってんだオマエ、と思わんでもない。

 しかし、冒険者家業は非情であった。

 それに、どうせ死人はカネを使えないのだから。


 カネを使えるのは、生きて人生を謳歌する者だけだ。


「その死んだふたりに家族は?」


 1000万タレントのコインをテーブル上でコマのように回し、胴着袴の少年はそんな事を冒険者ふたりに問う。

 一瞬、何の事か分からず固まるオッサンふたりだが、すぐに神妙な顔で話し合いだした。


「……ベンザは天涯孤独だろう? ひとり身だから気楽なもんだって前に…………」

「いや、あいつ妹がいる。妹には旦那とガキもいてな、雇われ農民で先が見えてるからって小さな畑でも買ってやりたいって…………」

「おまッ……!? そんな事俺には今まで一度も――――――――!?」

「あとコロノーな、昔手放した子供が引き取られた先で難儀しているとかで、今度の仕事が上手くいったら引き取って一緒に暮らせないかって…………」

「だからどうしてそういう大事な話が俺の所に来てないんだよ!?」


 寝耳に水な重い話に悲鳴を上げる大柄のオッサン。

 とはいえ、それが普通だ。

 飽くまでも仕事での付き合いしかしない相手に、自分の身の上を話すような事はしない。

 この場合は、腹の出たオヤジがキャラクターとして話しやすかったと、それだけの事だった。

 無論、それでゴーウェンの気が晴れるワケではないが。


「ゴーウェン、話してもしょうがないだろう。ヤツらに家族がある事は、俺達には関係ない(・・・・)事だ…………。ヤツらが選んだ事さ」

「そんなもんは分かってる…………」


 冒険者家業は、高い報酬と引き換えに命の危険を伴う。

 だからこそ、冒険者は自分の力量に見合った仕事を自ら選ばなければならない。

 死んでも自己責任。それが、冒険者。

 ゴーウェンや仲間たちが、残された家族の為に何かをしてやる必要などないのだ。


 だが悠午は、ゴーウェンへと黒く輝くコインを弾いた。


「それならそのカネは死んだヒトの家族で分けてください」

「ハァッ!?」

「くぉらちょっと待て中坊!?」


 慌てて宙でコインを掴んだ大男が目を剥く。

 ジト目魔術士はというと、瞬間沸騰して悠午の科白(セリフ)に噛み付いていた。

 しかし、中学生扱いされた方はこれを無視。

 申し訳ないが、自分が貰った報酬なんだから好きに使ってもよかろうと。


「別にカネが欲しかったワケでもないしね。あんた達を助けたのは成り行きだし。くれるって言うんなら遺族に遺産的にあげちゃってください」


 きっぱりさっぱり言い放つ少年に、1000万タレントという大金を惜しむ様子は一切無い。

 世間知らずのお坊ちゃんか、と一瞬思う冒険者だが、カネに飽かせた道楽貴族や金持ちのにわか(・・・)冒険者とこの少年では、明らかに違い過ぎた。


「本気か、兄ちゃん…………賢い生き方とは言えねぇぞ」

「それはもう諦めてるんで」


 澄ましていれば女性でも通りそうな悠午の貌が、ゴーウェンの言葉で皮肉げな笑みに歪む。

 なるほどこいつは若いに似合わず骨が太そうだ、とオヤジ達は思ったという。

 そういう事なら、助けられた冒険者たちがどうこう言う筋合いではなかった。


「分かった……コイツは半分ずつ死んだ奴の家族に渡してやる。それで良いんだな?」

「それで良いけど……そっちは?」


 悠午の意に沿うようにすると約束するゴーウェンだが、フと気付くと1000万タレントの硬貨がもう一枚、テーブルの上に忘れられたかのように転がっていた。

 何やらえらく雑に放置されているが、これは含めないのか? と悠午が目で問うと、


「そっちは怪我を治してくれた嬢ちゃんのだ」

「ああ、なるほど」

「マジで!? てかあたしのは!!?」

「わたしたち何もしてないじゃない…………」


 御尤(ごもっと)もなオッサンの科白(セリフ)に得心顔で頷く少年。ちょっと自意識過剰だったか、と恥ずかしい思いもしていたりする。

 そして、ジト目の魔術士が「異議あり!」と咆えていた。

 間髪入れずに呆れ顔の女戦士にツッコまれていたが。


「あ……私、ですか……?」

「そうだ。他の連中の傷も治してくれたろ。文句はあるまい」


 一方、思いもよらない話に戸惑う隠れ目法術士。いつもオドオドしている説もあるが。

 どこぞの廃プレイヤーと違って、それほど熱心にワールドリベレイターをプレイしていなかった香菜実には縁の無いアイテム(・・・・)だ。

 それに、仲間の気持ちも気になる。

 つまり、押しの強い魔術士や、年下なのにやたらハードボイルドな少年のだ。


「オレの事は気にしなくて良いっスよ。正当な対価をどうするかは本人の自由です」

「貰っとけば良いわよ、カナちゃん」

「暫くおごってよ、かなみん…………」

「たかるなよ」


 自分に気兼ねする事は無い、と察して言う大人な少年に、未練がましくも認めてくれる仲間の魔術士。

 迷い、悩む引っ込み思案のプレイヤーだが、それでも熟考の末に、明確な意思を以って決断した。


「そ、それなら、私のもご遺族の方に…………」

「えー…………?」


 不満を口にするジト目魔術士だが、半ば予想出来た事なのか、トーンは低かった。

 大男の冒険者は溜息を吐き、少年の方は黙って聞いているだけだ。


「わたしもカナちゃんの好きにすれば良いと思うけど……ホントに良いの? 1000万って終盤の高額クエスト並だけど」

「で、でも……私た……私達なら、また稼ぐ事は出来ると思う……し」


 女戦士のお姉さんに、自信なさげに応える法術士。

 確かに、働いて稼げるのは生きる者の義務と権利。

 そんな初歩的な事にゴーウェンは頷き、簡単に言うなぁ……と逃した魚の大きさにジト目魔術士がゲンナリしていた。


「ま、確かに兄ちゃんの腕ならこれくらい簡単に稼げるだろうさ。お嬢ちゃんも治癒術士はプレイヤーの中でも少ないだろう。どこかのお抱えになるだけでも良い金になるだろうな」

「そっちのボウズは治癒術も使えたからな。羨ましいこった」

「命を助けられてなんだが兄ちゃんのアレは治癒とは言えねぇ」

「ごめんなさいね」


 実質的には、古代樹林の巨獣狩りは悠午ひとりで十分可能だっただろう。

 同レベルの依頼は勿論、多少低レベルでも高額報酬の仕事は多くある。

 悠午程の実力があれば、組合(ギルド)の依頼を片っ端からこなしてボロ儲け、というのも容易に想像出来た。色んな意味で羨ましい冒険者たちである。

 悠午の治癒術に関しては本職の法術士より上であるにもかかわらず、すこぶる評判が悪かったが。



クエストID-S012:ハイリスク レディトラベラー 9/26 13時に更新します

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 思ったより寄生してる3人の中で戦士と魔術士の人がクソすぎて見てられなかったです。 名前を覚えないのも使い捨てようとするのもNPC扱いしてる故の態度なのかもしれないけど、少なくとも同じ人…
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