101:灼熱の鍋にて材料が争うかの如く 食えるのかコレ
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白の大陸の中心的都市、神殿都市『アウリウム』。
そこでは、白の種族を挙げた大武闘大会、祝士武台が開催されている最中だった。
大陸中から集まりバトルロイヤルの予選を生き残った参戦者、その数約5000人中の47人。
一週間で6回戦が行われ、初日となるこの日は28試合を消化する予定となっている。
この場に立つ参加者は、既に選りすぐりの強者たちだ。
筋肉隆々の逞しい獣人の重戦士、華麗に宙を舞う比翼族の槍兵、魔術を纏うエルフの魔法使い、勇ましい重武装で中身が見えない妖精、あるいは主要種族以外の戦士の姿も。
いずれ劣らぬ実力を持つ武人同士の試合に、観客席は地響きのような盛り上がりを見せていた。
「ジャイロー!」
「ブルゼイー!」
「ダツマ様素敵よォ!!」
客席いっぱいの歓声を浴びる出場者たち。
片や誇らしげに勝利の雄叫びを上げる勝者。片や血だまりに倒れる敗者。
灼熱の舞台の中で、この上なくクッキリと分かれる光と影。
それはある種の白昼夢のような光景だった。
そんな中、
「続いての第一回戦第11試合ー! 挑むのは、栄光の種族エルフに名高き天才魔法技師、アルダイーン!!」
中盤戦、呼出役のコールでコロシアム中央に現れたのは、自信たっぷりの表情で両手を広げ観衆に応えるエルフの出場者だった。
復活させた古の技術の使用を試合で認められており、その実力は英雄にも迫るのではないかと言われる、大会の本命のひとりである。
種族による生まれついての魔法適性、それに秘蔵されてきた魔法技術と、その知識。
単純な剣と魔法ではない、新たな領域での戦いを予感させ、それがまた観衆の関心をより一層高めてた。
「対するのはー……世界への反逆者、ヒトに生まれし異端! プレイヤーの魔法使い! ヒサシマカナミー!!」
しかし、次の出場者の名前が呼ばれると、歓声が驚愕のどよめきに変る。
白の大陸を挙げて開催される大武闘大会、祝士武台。
そこに、黒の大陸の勢力、しかも仇敵と言える異邦人が出場するなど、常識では考えられないことだった。
しかも、見た目は周囲の視線に怯えるようなオドオドした少女である。
敵地に乗り込んでくるような肝の太い出場者にとは思えず、場違い感が強過ぎた。
「あっはっは! ヒト族がこの最上の舞台に上がるだと!? いったい何の冗談だよ!!」
「見せしめにしても女子供じゃ盛り上がらないだろー!」
「女神に刃向うヒトを処刑しろー! 殺せー!!」
か弱い女子供相手であろうとも、自らが正義であり相手が悪だと思い込めば、大衆は際限なく残酷になれる。正義の免罪符を掲げ、正義を建前に公正な暴力を振るい、それに酔い痴れる事ができる。
まだ若い少女を助けようという、慈悲を見せる観客は皆無だった。
見たいのは、正義の名の下に許される残虐なショー。
ただそれだけである。
「双方女神の御前にてその力を十分示されよ! 勇士として、同胞の前で誇りある戦いを忘れぬよう! 試合はじめぇ!!」
呼出が高らかに試合開始を告げ、歓声も一気に高まった。
呼出のほか出場者を監視する重装歩兵たちも、会場から一斉に外へ出て行く。
残されたのは、呪術士の隠れ目少女と、長身から尊大に相手を見下ろすエルフの技師だけだ。
「本来ならば、うら若き女性にはそれなりの紳士的対応というモノがあるだろうが、生憎私は蟲を見分けるような目がなくてな。ヒトはどれも同じに見える。
だが、下劣なヒトのように蟲を踏み潰して喜ぶような趣味もない。
私に手間をかけさせず棄権しろ。それが、お前が唯一出来る私と女神に出来る貢献だろう」
大陸で最も尊ばれる種族、エルフ。そのエリートである魔法技師、アルダイン。
おそよ戦う者には見えない長髪に細身の優男は、試合の場において興奮も恐れもしていなかった。
女神に愛された種族として、最高の神秘と知識を修める者の一員として、ヒト種や異邦人に劣るところなど一切無いと信じて疑わないからだ。
そして、優劣も勝敗も分かりきっている試合をすることに意味などないし、それを勧告し対戦相手に自ら退かせるのも至高の種族として当たり前の行いだと思っている。
別に慈悲や優しさの心からではない。
それが当然の理屈であり、また低俗なヒト種がエルフの忠告を謹んで受け入れるのもまた、当然なのだから。
故に、舞台の反対側で控えめに杖を構えて見せるヒト種のメスに、落胆の溜息しか出なかった。
「まぁいい。害虫を叩く手間くらいはかけよう」
見下す長髪エルフは、長い袖を振ると地面に光る円形文様を投影する。召喚魔法の術陣だ。これだけで一流の術者と言える。
その円形の光の中から浮き上がるように出現する物を見て、観衆の叫びが更に大きくなった。
元より優れた魔法の素養を持つエルフ、そして古代の技術に通じる魔法技師の真骨頂。
立方体の四肢がバラバラになり浮いている全高3メートルほどのゴーレムも、そんな古代神器のひとつである。
「潰せ」
エルフの技師が端的に命じると、直後にバラバラなゴーレムが腕を飛ばした。
途中で肘の部分が分裂し、腕と拳が更に加速。
直撃すると、爆発したような粉塵と轟音が巻き起こる。
「盛り上がりには欠けるかもしれないが、序盤の試合などさっさと終わらせてしまっても構わんだろう。 女神に我が叡智をお目にかけねばならないのだからな。劣等種になど構っていられない」
一瞬の沈黙の後に、湧き上がる会場内。
派手な術と圧倒的な破壊力に、観衆は熱狂のレベルにまで興奮を高めていた。
それを成した当人はというと、やはり昂りも安堵もしていない。
実力を行使し、順当な結果に収まった。ただそれだけに過ぎないのだから。
強いて言えば、この程度の結末も予想出来なかったヒト種の低脳さに、自分はああはなりたくないものだ、と寒気にも似た嫌悪感を抱いた程度だったが、
会場内の反応が驚愕含みのモノに変わった事で、アルダインも何か異常が起こっているのに気付く。
巻き上げられ滞留していた粉塵が風に流れ、その中に変わらず佇む異邦人の隠れ目少女。
見る限り傷ひとつなく、抉れた地面の横で居心地悪そうにしていた。
一瞬、頭に血が上るエルフのエリート。
仕留めて当然の一撃を外したばかりか、終わらせた、と早とちりする姿を晒した恥が、苛立ちと怒りに変った。
「確実に殺すまで叩き付けろ」
原則として対戦相手の殺傷は認められていなかったが、無視してしまえるほどに軽んじられるルールでもある。
エルフ技師の背後に立つゴーレムが、宙に浮く両腕を交互に発射。
ミサイルのように飛んで行く角ばった拳は、大人しそうな少女を容赦なく打ちのめそうとした。
だが、そんな二撃を隠れ目少女はピョン、と横に飛んで回避。
ただそれだけの動作に見えたが、ゴーレムの腕は完全にタイミングを外され、その脇を突き抜けていた。
不発となったゴーレムの腕部が舞台の床を砕き、長々とした溝を刻む。
目の前の現実にエリート技師は目を見張り、観客席からは困惑のどよめきが起こった。
そんな観客席の一画、参戦者が優先的に取れる席では、隠れ目少女の仲間たちが観戦中である。
「落ち着いて……は、いないかもだけど、自分から攻めない分相手の“気”の動きはよく読めてるみたい、かな」
「攻める気配も一切無いがな、カナミの嬢ちゃん」
「心臓に悪いよぉ…………」
「てかカナミンあれじゃジリ貧じゃね!!?」
隠れ目の弟子を冷静に評価する、腕組みした小袖袴の師匠。
それに、心配そうなベテラン冒険者のおっさん、半裸のようなグラドル闘士、ハイレグマントのジト目魔剣士。
他の仲間たちも、久島果菜実の試合を真剣に見守っていた。
ゴーレムの攻撃は、その尽くが空を切る。
それが全て偶然だとでも言うのか、さもなければ相手の回避能力がゴーレムの攻撃速度を上回ったということか。
だが、そんな事は考えたくもない、と言うように、アルダインは性急に次の攻撃へと移った。
「熱力集束法、放て」
五体が浮いているゴーレムは、腹の部分に収まる水晶球をオレンジに発光させたかと思うと、その中心から渦巻く火炎を発射。
エルフ技師は、対戦者を殺してはならないというルールを大衆の面前で堂々と投げ捨て、十数メートル先にいる少女を焼き尽くそうとする。
そして、観客も審判も惨劇を止めろと声を上げる事はなかった。
「うんッ!」
これも、緊張感なく隠れ目少女が力むと、突き出した杖の先で向かって来る炎が左右に引き裂かれたが。
「おお、キレイに散らしたな。ここでもう出しちまうのか、アレ」
「奥の手にするより、さっさと実戦で馴らして調整するつもりなんだと思う。確かにあのくらいの相手ならちょうど良い」
派手な攻撃が披露されたかと思えば、それがヒト種の少女だけを避けていく、という謎の現象を目撃することになり、観衆の声は戸惑いの度が大きくなる。
魔法を防ぐ魔術や魔法具はいくつか存在するが、今しがた起こった事は、まるで火炎が岩によって流れを変えられる水の如しだった。
防御魔法を知る者が見れば、これは明らかに別の術だと分かる。
その詳細を知る小袖袴の師匠やおっさん冒険者は驚くことなく、仲間のやりように感心していた。
「何故死なない。逆らうなど、身の程を知れ」
再度の火炎攻撃に対しても、やはり隠れ目少女は一歩も動かないまま無効化してしまう。
いよいよ苛立ちを隠せなくなってきたエルフの美形技師は、浮遊するゴーレムを前進させ直接叩こうとした。
とはいえ、たいした速度ではない。時速100キロも出ていないだろう。
接近戦が苦手な隠れ目少女であったが、それでも師匠の手加減した打撃速度以下の攻撃など喰らうワケもなく。
「ふあッ!」
と、本人なりに大真面目な掛け声と共に、ポンッと飛び上がり空中二段ジャンプで回避した。
残念ながらどうがんばっても前衛向きにはなれない果菜実であるが、修行の中では必死に動き回ってきたのだ。
その結果、のんびりしているようで素早い立ち回り、という不思議な動きになっていた。
一応、洞察術による攻撃予測が先にあってのこと、という裏付けとなっている。
腕を飛ばし、同時に火炎を放つゴーレムの猛攻。
しかし、縦横無尽に紙一重でかわし続け、魔法攻撃も謎の力で逸らしてしまう隠れ目の呪術士に、危なげは全くない。
アルダインはもはや上位者としての表情を取り繕うのも難しく、脂汗を浮かべゴーレムを操っていた。
決まり切っていた試合の行方が急激に怪しくなり、焦れた観客から不甲斐ないエルフの技師にブーイングが飛び始める。
その罵声で簡単に集中力を無くすエルフの天才技師。
称賛され、誉めそやされてきたエリートは煽り耐性皆無だ。
もっとも、隠れ目少女の方にも攻撃するチャンスがいくらでもあったのに、回避してばかりなのだが。
「やっぱり果菜実姉さんにはこの辺が課題かー……。オレの事は結構ぶん殴れるようになったんだけどね」
「かなみん泣きながらな。かわいそうだろいい加減にしろ」
「かなちゃーん……」
もはや実力差はハッキリしている。それは、コロシアムにいる誰の目から見ても明らかだった。
無論、対戦中の当人たちにとっても。
しかし肝心な隠れ目少女は、ついとう今までヒトを攻撃するという行為を吹っ切れずにいた。
本人の性格故だが、半分は小袖袴の師匠の不手際である。
どうしても、敵対したら殺せ、という基本原則を、この少女には叩き込めなかったのだ。
これに関しては、グラドル闘士も少しばかり負の感情を抱いてたりするが。なんであの娘にはできんで自分には出来たし。
防ぐ、かわす、だけでは勝てないと果菜実にも分かってはいる。
モンスターなら、相手は人間を捕食しねない脅威だ。排除するのにも言い訳が立つ。
だが、基本的に見た目どおり“気”の弱い、ヒトを傷つけることの出来ない少女だった。
故に、小袖袴の師匠の目を気にしつつも、この期に及んで相手の体力切れを狙うという消極性だったが、
「こんな下等な生き物にコレを使うとは……! 我が理力と叡智の結晶を目にする事を光栄に思うがいい! 本来貴様の命などでは対価にならぬがな!!」
取り澄ました面をかなぐり捨て、エルフの技師が新たな召喚を実行。出現したパーツが、次々とゴーレムに接続された。
地面に突き立てられる、クレーンのような4本の腕。ぶら下がる本体の脚部に備えた、ハサミ型の砲塔。
周囲には飛行する腕と同じ物が、10機以上浮いている。
天才的エルフ技師、アルダインの復活させた、古代の人工英雄。
『ドレッドナット』はロケットパンチと下肢魔力砲、腹部火炎砲といった全ての攻撃を隠れ目少女のプレイヤーに集中させ、
「あ、アイスピックロケットー!!」
真っ白い閃光が、そのゴーレムを一瞬で飲み込み粉々に噛み砕いていた。
あまりの光量に何も見えず、また轟音により耳も聞こえなくなっている観客。
目と耳を取り戻した者たちが見たのは、コロシアム中に散らばる何かの残骸と、大の字になってうつ伏せに倒れるエリートエルフ。それに、所在なさげに立ち尽くすヒト種の少女の姿だ。
コロシアム内の地面も無数の穴が空き、黒く焦げた箇所がいくつも見られる。
かと思えば、今は静まり返り、空気中には何かきらめく物が光を返し拡散しているという。
観衆は沈黙していた。
想定していた結末は、憐れな異邦人が無様に倒されるというものだけ。我らがエルフの天才が、ゴブリンのように蹴散らされるシーンではない。
審判も、突き付けられる現実を受け入れたくはなかった。しかし、難癖を付ける余地もない結果を前に、役目として拒否も出来ない。
「だ、第11試合の勝者、プレイヤー、ヒサシマカナミ……」
異邦人の勝利など認めていいのか、会場内の空気や観衆の様子を窺いながら、非常に不本意そうに宣言する審判。
案の定会場は困惑したどよめきを上げるが、現実は覆らなかった。
◇
「かなみーん!!」
「かなちゃん無事ー!?」
大勢のヒトが行き交うコロシアムの外周通路にて、ジト目の魔剣士とグラドル闘士は大急ぎで隠れ目呪術士を迎えに行った。
試合内容的に、怪我など無いのは分かっている。
だがそれでも、この控えめな少女がタイマンで戦うという高ストレスな戦いを終えてきたのだから、心配にもなるだろう。
そして予想通りと言うべきか、果菜実は試合結果よりも相手をフッ飛ばしてきた事を気にしていた。
ゴーレムだけを破壊するつもりが、勢い余ってエルフの技師も巻き込んだ為である。
相手の火力に、手加減とか考えている余裕をなくしたという事情もあったが。
今までの旅の戦闘は常に全力を出す必要があり、格下を相手にした経験が少ないのも災いしてしまった。
観戦していた者も、まさか試合を決めたのが異邦人の低級魔法スキルとは思うまい。
「とりあえず、お疲れさま果菜実姉さん。『波消壁』の実戦投入はいい感じでしたね。でも試合運びについては後でお話しようか」
「へうぅ……」
笑顔で言う男の子(年下)に、涙目で呻くしかない目隠れお姉さん。
分かってはいたが、やはりダメ出しは免れない模様。
気功術で大幅に強化されたプレイヤーの魔法スキル。洞察術による敵の攻撃タイミングと範囲、及び属性の見極め。
そして、課題である防御策のひとつ。五行気の相克属性の利用、あるいは出力任せに攻撃を吹き散らす術、波消壁。
それらひとつひとつは、及第点だったと言えよう。
でも勝負を長引かせて自ら危険な状況を作ったのはお説教案件であった。
ちなみにその新たな防御術であるが、元々は悠午が何となく使っていた技術を仲間達用に調整して教えたモノだ。
対応力、効率、完成度、と急造故に出来がよろしいとも言えず、ちょっと不安な師匠である。
そもそもベースとなった術は気功術ですらないので、でっち上げた感が否めなかった。
悠午も余裕がなくなってきた思いである。
◇
そんな師匠の懸念など知ったことではないと言わんばかりに、第一回戦第15試合、ジト目魔剣士はド派手に圧勝していた。
開幕直後の強化魔法スキルで、会場内を無差別爆撃。
魔法対策をして来た猛牛戦士を、その防御魔法ごと正面から吹っ飛ばして見せた。
ブーイングも夥しい客席に対戦相手を叩き込んだのは、ジト目さんなりのファンサービスとのことである。
燃えるミノタウロスのような獣人戦士が頭上に降ってきて大パニックとなる観客に、やった本人は爆笑していた。
仲間達としても気持ちは分かるが。
そこからの試合も大荒れだ。
妖精の魔法使いとの対戦で、ヒト種のおっさん冒険者があっさり勝利。
精神異常の術の遣い手だったようだが、“気”を正常に保つことで悪影響を排除するのは、叢雲の気功術における瞑想の基本技能だ。
船旅の最中にみっちりやり込んだのである。
小さな妖精の羽根を摘みあげて振り回し降参を迫る、という絵面が最悪な点以外は問題なかった。
会場中の女性人気を集める長髪エルフの細剣遣いを、青年剣士クロードはスピードと技量の双方で完封。
女性の観客から大ブーイングを喰らう一方、男性側からは大いに健闘を讃えられた。例えヒト種でも、敵の敵は味方ということらしい。
グラドル闘士は緊張のあまり大振りを繰り返し、最終的に会場を半壊させた。小春もまさか本当にコロシアムごと破壊しようとしたワケではない。
その後、会場の惨状を見てマズイと思ったのか、土“気”を操り自分で平らに均していた。
想像を絶する術の破壊力と、エルフ以上ではないかと思わせる精霊の支配力に、観客席は声も出ない。
このヒト種はヤバ過ぎる、と全ての者に思わせる一戦だった。
特別席からこれらの試合を観戦していたエルフの長、オルビエットは終始無表情である。
第一回戦、全28試合。
性別偽装斥候職が意外な力強さを見せたり、いつの間にか黒髪冒険者が勝利していたり、若奥様が隠れ目少女以上に危ない試合運びをしていたり、と様々だったが、悠午を除く9名は全員が第二回戦へ進出した。
白の大陸最高の戦士を決めるこの祝士武台において、ヒト種という嫌われ者が出場者の3分の1を占めるという、事前予想を大きく狂わせる異常事態。
勇ましい戦士達の試合に熱くなる大会のはずが、怒りと混乱が入り乱れる初日となってしまった。
「だがまぁ小気味よくはある」
「だよねー!!」
そうして大会終了後の宿屋、食堂にて。
妙に小ざっぱりした表情のオッサンと良い笑顔のジト目娘が茶など飲んでいた。
絶対的多人数の抱く確信と願望を単独でひっくり返してしまうというのは、ある種の爽快感を得られるようである。
「ふえー……会場のプレッシャー物凄いし、あの悪霊けしかけて来るヒトメチャクチャ怖いし、生きた心地がしなかったよー」
「フワフワ浮かぶゴーレム怖かったですよ……。大丈夫と思っても怖かったです……」
「うぅ……子供のところに生きて帰りたい」
他方、小心者組のグラドル大学生、隠れ目女子高生、一児の母は、全方向アウェイの中たったひとりで戦うという過酷な戦場を思い出し曇っていた。
内容的には、若奥様含め大して苦戦してないのだが。
そもそも争いごと自体が得意ではないという性格的なモノは如何ともし難く。
しかしまだ初日を終えただけである。
「こう言っちゃ悪いけど、皆が試合に出てるのは最終ラウンドに捻じ込まれるオレの前フリみたいな役所だし、なんなら次で棄権しても……いいのかな?
この先も旅が続くなら、ここで自分の力量を占っておくのは悪いことではないと思うがね」
と言いながら、一抱えもあるグラタン鍋を持ってくるのは、小袖袴の料理人だった。
顔の前でグラタン表面がボコボコ煮立って湯気を上げているが、太陽に放り込んでも死なない生物なので問題なし。
パンとペーコンたっぷりのご馳走グラタンである。
「まぁ正直明日のラウンドもそれほど問題はないと思う。油断したり情けをかけたりしなければ、だけど……お姉さん達はそっちの方が心配だわな。
問題になるとしたら英雄たちが出てくるその次のラウンドだろうけど、そっちも保険があるから参戦してもいいし。しなくてもいいし」
「だがそう何度も使えるもんじゃねーんだろ? いいのかねこんな所で使っちまって」
「あの手の術はオレ自身不慣れだから、むしろこういうところじゃないと使えない。いざって時は助けに入れるから」
悲喜交々ながら、それでもグラタン鍋にフォークを突っ込むパーティー一同。
ベースのクリームにもしっかり旨味が籠められているので、それだけで美味い。
悠午が参加するのは、各種族の英雄がシードで参加する第4回戦からとなる。
力量的にもその辺からが妥当だろう、というエルフの長オルビエットの主張であるが、ヒト種であり異邦人の少年がいきなり特別枠で参加するのに納得しない者も出るだろう、ということで、その仲間が先んじて空気を作る必要があるとか。
なにやら相手方の思惑を感じないでもないが、いくつか安全対策を講じることで、悠午と仲間もその提案を受け入れている。
どのみち優勝しないことには、女神と会う資格も得られないのだ。
「木人の彼も生き残っていたね。次の試合からはどうなるかな」
黒髪のダンのセリフに、鍋からパンや野菜を引っ張り出していた各人の手が止まった。
悠午らのパーティー同様に、少し前に出会った参加者の木人少年、バージャーも予選と第一回戦を勝ち抜けている。
その戦い方は、嫌われ者のヒト種の参戦ほどではないが、観客に物議を醸していたようだ。
確実に、バージャーが師匠と仰ぐヒト種の老人の影響であろう。
「白の大陸の連中は、良かれ悪しかれ持って生まれたモノを十全に活かした戦い方をする。そん中ではあの木人の若い奴、かなりヒト臭い戦い方をしていたな。
こっちの種族が全員あんな戦い方をするようなら、黒の大陸の連中が泡吹くぜ」
「この先あの木人のヒトと当たったらどうするの? ていうか、わたし達って明日どうなるんだっけ? 試合でぶつかったりする?」
思わぬ実力を見せた木人少年に、感心しながらも複雑そうなゴーウェン。
そして、自分のことで手一杯だったグラドル闘士は、そんな相手や仲間達と試合で戦う可能性があるのに、今頃気付いていた。
今のところ、仲間同士で試合をするような組み分けにはなっていなかったが。
その辺の匙加減も大会運営を行うエルフの裁量となるので、仲間同士で潰し合うのはオルビエットとしても望むところではないと思われる。
「どんな試合にも全力で臨むべき、なんて言うつもりはないけどさ。さっきも言ったけど、今の時点で半分目的は達したようなもんだろうし、もしも明後日以降の試合で仲間同士が当たるようなら棄権しても構わないよ。
もちろん女神と会うのに優勝するのが目的なんだから、オレ以外のヒトに最後まで勝ち抜いてもらっても全く問題ない」
「それ悠午に試合で勝つってことだろナメんな」
簡単に優勝しろとか言う小袖袴のヤツに、ジト目を殺意に染めて吐き捨てる小夜子。
こればかりはグラドルと隠れ目少女たちも同意だったようで、コクコクと首を縦に振っていた。
こんなバケモノと試合するくらいなら、英雄とでもやりあった方がマシだとか。
無論半分冗談で言った悠午であるが、これだけ尽くしているのにこの言われ様、というのに納得し難いモノも覚える14歳である。
感想(アカウント制限ありません)、評価、レビュー、物凄く遅れてごめんなさい這いずってでも更新するつもりでございますあけおめです。