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100:兵ではなく戦場をぶん殴れば勝てるという戦術論

.


 白の大陸の中枢、神殿都市アウリウムで偶然会うには珍しい、ヒト種の老人。

 その人物を師と仰ぐ、木人種族の少年。

 無限に連なる城壁の上で、村瀬悠午(むらせゆうご)一同(パーティー)はそんなふたりと出会うことになった。

 もっともそれは、偶然の遭遇ではない。

 祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)、白の大陸を挙げた武道大会の参加者と思しき強者に悠午が目星を付け、先んじて接触を試みた為である。


「バージャーの師をしている、ネムティウスと申す……。精霊を使うプレイヤー、というのにも驚いたが、いやはや…………」


 灰色の髪にアゴヒゲの老人。くたびれた旅装の、一見して中肉中背という凡庸な体格だが、それを普通と感じる者はここにはいなかった。

 ネムティウスと名乗る老人から発せられる、尋常ではない覇気。

 表情こそ微笑を浮かべるご老体だが、それを前にして旅の仲間たちは全く油断する気になれない。

 ファーストコンタクトからなにゆえ臨戦態勢なのか、プレイヤーのお姉さん方などはビビッていた。


村瀬悠午(むらせゆうご)と申します。失礼ですが、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)の参加者の方でいらっしゃいますか?」


 そんな中、ひとり(なご)やかに応じる小袖袴の青年である。

 老人の“気”は悠午ひとりに集中しているのだが、それを全く意に介した様子も無い。

 周囲にいた何の心得も無い一般人ですら畏怖を感じるほどであるにもかかわらず、当事者たちとの温度差が酷かった。


                        ◇


 突然の嵐がウソのように、アゴヒゲの老人から発“気”は失せていた。

 悠午も何も無かったかのように、老人と木人の少年を茶の湯に招く。

 ちょうど見晴らしの良い場所だったで、野点(のだて)にした。

 敷物や茶器は、例によってポリッと悠午がでっち上げる。

 この男、貫流茶道の『野貫(極伝)』の切り紙を許された茶人でもあった。


「私は師として付き添ってきただけ。祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)にはこの子が参加します」


「そうなんですか?」


 初めて出された抹茶に、動じるでもなく器を(あお)るアゴヒゲの老人。あぐらというリラックスした格好も、見ていて景色が良かった。

 貫流は茶の席において客に作法など要求しない。正解が無い故に、客には素のままの器と格が問われる事にもなるが。


 老人、ネムティウスは木人の少年、バージャーに戦い方の指導をしているのだという。

 木人種とヒト種という組み合わせも珍しいが、この世界の常識からすると、木人がヒトに学ぶというのも相当奇異な話だった。

 達人の老人ではなく、子供の方が出場者であるというのも、悠午には少々あてが外れた。

 力量的に、てっきりこちらが参加者かと。


「貴殿も祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)に参加を? だとしたら、バージャーが羨ましくも、少々気の毒になりますな…………」


「ヒトやプレイヤーが参加するのは異例との事でしたが、色々ありまして。

 不躾かもしれませんが、ヒト種の方が木人の方と連れ立っているというのも、珍しいとお見受けしますが」


「ええ全く。バージャーは木人の者にしては外界への好奇心が強く、ヒトの戦い方を身に着けたいという変わり者です。

 そんな木人らしからぬ者ですが、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)では勝ち上がって木人の英雄を目指すのだとか……」


「英雄ってそんな感じで選ばれるものなのですか?」


「いや……そこは種族の事情なのでしょうが、木人の英雄は代替わりが決まっているそうです」


 城壁の上の日陰で、人目も(はばか)らず堂々と開かれる茶会。

 小袖袴の茶人も、受ける老人も、その景色には良くわびさび(・・・・)が現れ奇異なること一点も無し。

 仲間の皆は、自分が何に巻き込まれているのかいまいち理解できていなかったが。


 他方、


「ヒト種の方は、儀式や魔術を用いてもエルフや妖精種のように精霊力を使うことはできない、と聞きました。あなた方は違うのですか?」


 深緑の頭に滑らかな木目肌の少年、木人種のバージャーはというと、漆黒の器の中を満たす緑の飲み物をジッと見つめながら言う。茶葉を粉末にして湯に溶かした物だが、どんな感想を持っているかは不明だ。

 木人種に共通する特徴として、ヒトなどに比べて表情や感情の変化が分かり辛い者たちだった。


「え? 私たち? えーと……し、修行したから、できるの、かな??」


「『精霊力』ってエルフとか妖精が時々言ってたアレか。やっぱり“気”と同じもんだったか」


「あそこで茶を掻き混ぜているウチの師匠(マスター)に教わってな。お前さんのマスター、あの爺さんも相当やりそうだが……」


「はい、ネムティウス先生は戦い方を知り尽くした偉大な方です」


 そんな木人の少年も、ゴーウェンに自分の師を認められると、少し誇らしげに見える。

 それから、悠午たちは奇妙なヒトと木人の師弟から、大会での出場順や他の参加者の事など聞いてから、後の再会を約束して分かれた。

 順当に行けば、試合の舞台でぶつかってしまう相手となるだろう。

 それが幸運か不運かは分からない。


                        ◇


「んでどうだった?」


 日が落ちた頃合いで宿に入り、皆が揃ったところで小袖袴の少年の、このセリフである。

 現在夕食中。

 料理は悠午と朱美奥様が人形の館の中で作った、ローストビーフとスパイシーサラダ、白身魚のパイ包み、干し肉出汁ヌードルスープだ。


 本来ならばヒト種や異邦人(プレイヤー)が神殿都市内で宿を取るのは難しいが、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)参加者となれば、種族で差別するワケにもいかないらしく。

 ましてや悠午たちは、エルフの長直々の招待枠だ。

 一流の宿らしく、従業員の接客態度もプロに徹していた。


「思ったよりヤバそうなヒト達がいっぱいいたね……」


「英雄以外にも、かなりやりそうなヤツがポツポツ見られたなぁ」


「アストラや黒の大陸の戦士たちが劣るとは思いませんが……白の大陸はさすがの層の厚さを感じます」


「てかカナミンや奥さんの顔色が凄いことになってんぞ」


 部屋の中の空気は、両極端である。

 緊張の面持ちで麺を(すす)るグラドル闘士、無言で草食動物と化す隠れ目呪術士に、パイ包みのパイ生地を一枚一枚剥がして食べている奥様。大分精神的にきている様子。

 他の者は平然としているように見えるが、それでも多少は思うところがあるようだ。


 今日の、エルフの長に祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)への出場を承知した後の、神殿都市(めぐ)り。

 その中で悠午は、他の出場者と思しき者たちを偵察しに行ったのだが、実感の出て来た大人しい組が精神的に追い詰められている様子である。

 最初に出会ったヒトの老人と木人の少年は例外的で、後から遭遇したのは、強面(こわもて)の強者ばかり。

 外見だけではない、これまでの旅の中でも早々お目にかかった事のない、実力者揃いであった。


 ちなみに比翼族の英雄、ウルリックとも偶然遭遇し、軽い挨拶のような空中戦をする流れとなった小袖袴の少年である。

 いきなり超音速で突っ込んでこられて、ソニックブームが周辺のヒトにえらい傍迷惑だったと思われる。


「の、ノクサーゾ……今度の大会ってさぁ、エピソード4のコロシアムイベントみたいなモノかな?」


「アレはストーリー上勝たないと先に進めないからクリアできるようにできてるし……。それに英雄クラスみたいなヤバいヤツは参加してなかったんじゃね?」


「うぅ……怖いよぉ」


「ユーゴ……おいら達はともかく、カナミやアケミが大会に出るのはやっぱ危なくない?」


 女神に会う、という目的の為、皆はここまで旅をしてきた。故に、全員で祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)に出るべし、というエルフの長の求めにも応じている。

 しかしビッパが言うように、そもそも戦いに向いていない性格の少女や奥様がいるのは事実。

 悠午もそれを見越して敵情視察を行ったのだが。


「まぁ……手は打つよ。相手も試合だからと言って生命に配慮してくれるなんて保証は無いし。

 だから最低限死なないで済ませる小細工(・・・)と、ここから大会までは防御に偏った術を覚えてもらおうかな。と、思っているんだけど」


 肉々しいローストビーフを食い千切りながら言う悠午。

 結局力技でどうにかするんですね、と遠い目でお姉さん方は言いたかったが、この際それが一番確実で現実的な手立てなので何も言えず。

 祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)の予選は明日から始まるそうだが、招待選手である小春やゴーウェンの出る本戦は、一週間後となる。


 それまでの地獄の修行が決定、したと思ったものの、それ自体は今までの旅とあまり変ってなかった。


                        ◇


 白の大陸を挙げた大武闘祭、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)には、建前であるにしても、誰であろうが参加は可能ということになっている。

 それはヒト種ですら例外ではない。

 女神により公示された直後から、腕の覚えのある者、名を上げたい者、栄達を望む者が、大陸中から集まってきている。


 その一方で、黒の大陸連合軍が白の大陸に上陸し、着実に侵行を続けているのを知る者は少ない。

 白の大陸軍は、アルギメスからの撤退後は再編成すらまともに行っておらず、ただ神殿都市まで後退している状態だ。

 ヒト種の勇者という旗手を得て戦意も高い黒の大陸の軍とは、あまりにも条件が違い過ぎた。


 それでも、白の女神にとって憂慮する材料など、ひとつとしてありはしないのだが。


「今回も頼もしい戦士たちが集まっていますね。自らの為、種族の為、白の大陸の為、己の力を示そうとする。素晴らしく気高い意志です」


「できればこのままの状態で戦力化したいところですが…………」


 楕円形の巨大コロシアムにて、白の女神とエルフの長は、最上段にある神覧席より予選に集まる参加者達を見下ろしていた。

 女神の表情は慈愛に溢れる笑みで、エルフの長は無表情だ。

 短いセリフの中でも、何かを言いたげである。


祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)で切磋琢磨した戦士たち、その英雄的な戦いを目にして白の大陸への親愛を新たにする新たな兵たち。

 皆私の祝福で今以上に力を盛り返すのですから、多少消耗していたところで問題ありませんね」


 この武闘大会に来た全ての者を、自らの意思で戦場へ向かう白の大陸と女神を守る戦士にする。それが、大陸の支配者達の目論見だ。

 それ自体は、エルフの長、オルビエットにも異存は無い。

 その中に、厄介極まりない異物を自ら取り込んだりしなければ、だが。


「プレイヤーの戦士、ムラセユーゴが祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)で名を上げるようですと、高まった士気に影響が出かねません。

 やむをえず本戦では引き立て役(・・・・・)として利用する事としましたが、本来は抱え込む必要のない懸念でした」


 そんな事態の原因を作った相手に、遠回しに物申すオルビエット。

 女神の方は、我関せずと闘技場の熱気に目を落としたままだ。


 天上の存在は、俗世の瑣事に心を砕くことはない。それは、ここ何百年の間に分かり切っていたつもりだ。

 だが、異邦人(プレイヤー)の台頭から徐々に狂いはじめている世界運営のこともあり、エルフの長としても(たま)()ねるモノがあった。


「自らあのヒト種たちを招き入れるつもりはない。貴女はそう仰った。ですが実際には獣人の者たちを使いましたな」


「アナタこそまた(・・)シャドウガストを使いましたね? プルゲトは、とうとうアレ(・・)の解放まで口にしましたよ。しかも、小人族の集落ごと屍獄に堕とそうとするなんて」


 楽しそうに言う白い少女に、無表情が少し硬さを増すエルフの長。

 以前女神は、村瀬悠午が神殿都市に来るにせよ来ないにせよ、流れに任せると言った。

 しかし実際には、獣人族の英雄を神殿都市までの案内に送り出している。


 オルビエットに対しては、悠午の旅を妨害してはいけない、とは言っていない。

 だが、この世在らざる者、シャドウガストとその領域を侵してはならない、とは以前に言い付けておいた。

 それは現世と死後の世界の境界を危うくする行為であり、また死後を司る神を怒らせる行いなのだ。


 当然の如く、白の女神は死の神から再び猛抗議を喰らう事となったが、しかし白の女神にはそれほど(こた)えていない。

 それに、実際のところオルビエットの反則行為にも怒っていない。

 むしろ、そんな謀略を易々突破してきた小袖袴の少年に満足さえしていた。


 上機嫌の理由はこれだ。

 なお自分の反則行為に関しては埒外という扱いである。


 予選が始まり、獣人やエルフの参加者たちが大乱闘を開始していた。本戦出場をかけた生き残りバトルロイヤルだ。

 白の大陸に限らず、この世界の常として安全基準などあって無いようなモノなので、参加者は普通に大怪我をしている。故意な殺傷かどうかは証明する手段もなく、結果として死んでも事故だ。

 怒号と絶叫がない交ぜになり、血しぶきが上がる光景に観客席から歓声が上がっている。

 そして、打ち倒す者、倒される者に関わらず、極度な感情の昂ぶりと共に(うた)われる女神への賛美。


 その時の白の女神の微笑は、慈愛とは程遠いモノだった。


                        ◇


 予選が終わり、その後の準備期間が明けると、祝士武台(ノクサーゾ・ボイム)はいよいよ本戦開始となる。

 出揃った参加者、中でも白の大陸の柱となる各種族の英雄達は、観客達の羨望の的だ。

 獣人種の英雄、銀背の大猩猩、『岩腕』のロウェイン。

 比翼種の英雄、虹の羽根、『翼刃』のウルリック。

 木人種の英雄、鎧皮の戦士、『樹界』のオルサン。

 妖精種の英雄、精霊の踊り子、『律者』のティータ。

 人魚種の英雄、海を纏う者、『海威』のメグ。

 そして、エルフの英雄、賢闘士、『裁定者』のナルコン。


 種族の英雄、我らが崇める女神に最も近き(しもべ)たち。

 それらがコロシアムへ至るメインストリートに姿を現すたびに、周囲は喝采と称賛に溢れ返る。

 赤や白の花弁が舞い、建物の窓や通りから人々が手を振っていた。


 そんなところを通りかかり、対象的に奇異の目で見られるヒト種や異邦人(プレイヤー)一団(パーティー)

 罵倒や嘲笑などはないが、場違いなモノを見てている感がスゴい、と腰が引ける姫城小春ら女性陣である。


「今思ったけどー……これってわたし達完全に悪役(ヒール)ポジション?」


「何をいまさら」


「まぁ少なくとも、正々堂々的な試合は期待しない方がいいんじゃねーか?」


「いやオレだってそんなことみんなに教えてないからね? 先入観持ったり思い込みで戦わないように」


 そういった怪訝な視線など知ったことではない、天下の往来そのど真ん中を罷り通る、大剣を背負う大男の冒険者。

 後に続く爆乳魔道姫と、影のように付き従う青年剣士。

 小袖袴の若き達人。

 性別と種族を偽る斥候職の少女。

 巻き込まれ系の黒髪ミステリアスガイ。

 そして後ろから付いていく、グラドル闘士に隠れ目呪術士、ジト目魔剣士と若奥様魔術士。


 大舞台を前にしたモチベーションの程はともかく、考え得る状況に対して、できる対策は取って来た一同である。

 所詮は鼻つまみ者のヒト種と異邦人(プレイヤー)。招かれたとはいえ、まっとうな試合が出来るとは最初から考えていない。

 それに何より、師、村瀬悠午に曰く、試合は実戦であり実戦である以上ルールなどない。戦いの場には卑怯も反則も無いのだから、その全てを想定して然り、とのこと。

 常在戦場無制限。

 参戦しなければならないという状況は是非も無いが、それでも戦に挑む姿勢だ。

 試合であってもここは敵地(アウェイ)、どんな展開になろうと生き残る為には手段を選ぶな(・・・・・・)、というお言葉である。


「戦術は柔軟に、型に囚われず。どういう事かというと、優勢に立つ為ならルールや戦場の方をブッ壊すのもひとつの手、って意味ですよー」


「負けそうになったらスタジアムごとブッ壊せってか」


「あっはっは! スッゲー迷惑!!」


 全方位敵になろうと、それなら全て撃滅すればよいだけのこと。

 喧嘩売ってくれるのなら面倒がなくて都合が良い、これ幸いと女神まで引きずり出せる、などと神をも恐れぬ物言いである。


 とんでもない事を言う小袖袴の匠に、警戒感も露わに唸るジト目魔剣士と、愉快そうに笑う偽装斥候職。

 後の者は諦め気味に笑い、あるいは緊張しながらも、多少腹が据わったようだった。





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