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010:実力至上なゲームの法律

2015.09.26 11:00 Update 2/4

.


 ワールドリベレイターというVRMMORPGに、良く似た世界。

 この世界にいるのは、迷い込んできた元ゲームプレイヤーだけではない。本来の住人達が、無数の人生を営んでいる。

 それに、人類が生態系の頂点に立つゲームプレイヤーたちの世界とは異なり、ワールドリベレイターの世界では『ヒト種』よりも強い種などザラにいた。

 むしろ、ヒト種はこの世界でも脆弱な種とされる。

 巨人族ほどの力や体躯は無い、エルフ種ほどの知性も魔力も無い。ドワーフのように冶金に優れず、比翼族のように飛べず、土竜族のように土に潜れず、人魚のように泳げるワケでもない。

 かと言って、絶対的な禁忌も無い。

 ヒト種は生きられる場所なら数限りなく増える上に生き汚いと、エルフなどの種族に言わせれば、ゴミムシのような生物だという事だった。


 この世界の冒険者には、ふたつの側面があった。

 ひとつは、何でも屋。もうひとつが、傭兵である。

 これらに明確な区別はない。仕事を選ぶのは、冒険者自身だ。

 実力に見合わない仕事を請ければ、報酬どころか己自身が大きな代償を払う事になる。

 冒険者とはそういう仕事だ。


 冒険者に仕事を斡旋する冒険者組合(ギルド)

 ここに登録する冒険者にランク別けが成されるようになったのが、10年ほど前の事。

 プレイヤーの増加に伴い、アルファベットの「E」から「S」の格付けを行ない、そのランクに応じた依頼を斡旋するようになった。

 組合(ギルド)の変質はそれだけに留まらず、それまでは単なる冒険者の仲介所であり、各国どころか隣の町との連携すら取っていなかったものが、今や国や種族を跨いだ一大ネットワークを構築している。

 運営の合理化、広域からの情報の集積、冒険者の管理、支部を置く国との折衝。

 今現在、冒険者組合(ギルド)はもっとも先進的な組織であり、潜在的な力は大国にも匹敵すると言われている。


 冒険者になるのはプレイヤーばかりではない。むしろ、この世界本来の住人の方が圧倒的に多い。

 プレイヤーは強い力を持つが、数少ない高ランクの冒険者は、それに匹敵する実力を持っている。

 そのような冒険者に光が当たるようになったのも、プレイヤーの出現で組合(ギルド)の体制が変わった為だ。

 また、扱い辛いプレイヤーよりも、高い実力を持つ世慣れた冒険者の方が重宝される場面も多々あった。



 最後に、基本的に自己責任という事で駆り出される冒険者は、使い捨てされるのが常だ。



                        ◇


 ヒト種族が支配するアストラ王国の都市『レキュランサス』は、以前は辺境の街に過ぎなかったという。

 小高い山の上に云われの不明な謎の遺跡があるが、わざわざ調べようなどという暇人は存在しない。皆生きるだけでいっぱいいっぱいである。

 その遺跡からプレイヤーなどというワケの分からない異邦人が溢れ出し、『異邦人の山岳神殿』と呼ばれるようになり、麓の街も10年で急成長した。


 以前から、レキュランサスという()は周辺に点在する狩場(・・)への中継地点だった。

 辺鄙なところに分不相応な町が作られたのも、その為だ。

 現在プレイヤーは2極化しており、さっさとレキュランサスを飛び出す者と、何故かレキュランサス周辺で(たむろ)している者と別れている。後者の原因が、旅が出来ないから、という単純な理由だと知る者は意外と少ない。

 そんな軟弱文明人のプレイヤーでも、兵士10人前の戦闘力は持っていたりするから性質(タチ)が悪かった。


 とはいえ、ある程度の高レベルプレイヤーも、レキュランサスに戻ってくる理由はある。

 その理由が、前述の通りここレキュランサスが、高難易度の狩場(フィールド)への中継地点として使われるからだ。


 そんな固定狩場のひとつ。


 『古代樹林』。


 巨大で広大な大地の裂け目を埋め尽くすような、原始的な植物群。

 崖の上からほぼ目線と同じ高さにある樹上には、胴体の半分ほどもあるクチバシを持つ派手な色の鳥が泊まっている。


 その鳥が、大きく揺さぶられる止り木から慌てて飛び立った。


 水面が波立つように、樹上に溢れる木の葉が右から左へとざわめいて行く。

 樹海の下で、何かが大きな重量のある生物が動いていた。


「ダメだッ! 全然ダメだ!! 足なんか止まらねぇじゃねーかどうなってんだよ!!」

「四本ある一本止めて意味無いだろボケが!!」

「デカ過ぎて簡単に跨がれたんだよ!!」


 その生物から、悪態を吐きながら全力疾走で逃げる男たち。

 革鎧や帷子(かたびら)を身に着け、剣や槍を持つ彼らは冒険者だった。

 密集する背の低い藪を突き抜け、行く手を遮る樹木に身体を擦りながらもお構い無しに突っ走る。

 その顔は、恥も外聞も無いほど必死だ。

 そして、冒険者たちを後方から猛追するのは、鼻の無い細身のゾウのような生物だった。


 ただし、サイズは全高で30メートル前後。オフィスビル8階相当。


 そのモンスターはゾウよりも首が長く、頭部に限って言えば凶悪なツラをした馬にも近い。

 ついでに肉食。

 冒険者たちはこれを狩りに来たワケだが、逆に仲間が食われる事態となっていた。

 足を止めて囲んで仕留めるという計画は破綻し、正面から戦う事など出来ず、もはや逃げる他ない。


 モンスターの方が圧倒的に足が速いワケだが。


「クソッ! 仕方ねぇな!!」

「ゴーウェン!? バカやめろ!!」


 早々に、逃げるのは無理、という動かし難い現実を受け入れたのは、今回の仕事で集められた冒険者の中でも古参の男だった。

 外套(マント)を纏う大柄の男は、大物狩り用に持ってきた長方形の大剣を背中から引き抜き、地面を擦ってその場に踏み留まる。


「ゴーウェン!!」

「どうにか逃げる! 先に行け!!」

「お前は囮役じゃねーだろが! 死ぬぞ!!」


 大型ボウガンを持つ腹の出たオヤジが叫ぶ通り、囮役の敏捷(はしっこ)い冒険者は、囮として食われてしまった。

 そして、一番逃げ足の速い仲間が追い付かれた以上、それより足の遅い自分達が逃げられる道理も無し。

 ならば、誰かがモンスターの足止めをして、他の仲間を逃がすのが最も被害の少ない判断だ。


 というのが、『ゴーウェン』と呼ばれた古参冒険者の結論だった。


「死ぬつもりはない! エラナンいいから逃げろ!」

「ッ……ゴーウェン、あの化け物の注意を引け! 目を潰すぞ!!」

「お前の腕じゃ無理だ! 逃げろ!!」


 大型のモンスターが体当たりで木々を薙ぎ倒し、大岩を蹴飛ばし地響きを立てて突っ込んでくる。

 それはもはや生き物の範疇に納まらない、人間では逃げる事も()わす事も叶わぬ災害だ。


「冗談じゃねぇぞ! あんなもんに勝てるかよ!」

「バラバラに逃げろ! 木の間を走って撒くんだ!!」


 槍や手斧を持った他の冒険者達は、巨漢のゴーウェンや腹の出たエラナンの事など気にせずひたすら逃げる。

 だが、誰も責める事は出来ないし、構っている暇もない。

 生き残る為には戦わなければならない、シンプルな必然があるだけだった。


「来るがいい!」

「ォオオオオオオオオオオ――――――――――ン!!」


 咆哮ひとつで身体ごと潰されそうな重圧が襲うが、歴戦の兵は歯を食い縛って耐え抜く。

 怒れる巨獣は牙の並んだ大口を開け、頭を突き出し大柄の冒険者に喰らい付くが、


「ぬぅううえええええあッッ!!」


 巨漢に似合わぬ素早い身のこなしで、ゴーウェンは顎門(アギト)()わして見せる。

 直後、巨獣の横を取ると、渾身の力を振るいカウンターの大剣を奔らせた。

 大樹のように太い脚が、大剣の重さで斬り裂かれる。

 しかし、


(浅い! 相手がデカすぎるか!?)


 2メートルを超えるスタンプボアの成獣だって一刀両断できる大剣だが、古の巨獣を前にしてはナイフのような物だった。

 脚を両断するどころか、皮膚に喰い込んだ所で刃が止まってしまう。


「ぐぉあッ!?」


 挙句、圧倒的な質量差で剣を持っていかれたかと思うと、相手が振り回す極太の尻尾の直撃を喰らい吹き飛ばされた。

 ゴーウェント呼ばれた巨漢の一撃は、プレイヤーではないこの世界の人間でもここまでやれると言うほどの、一流の技。

 だが、この世界のモンスターもまた、ヒト種の一流どころを踏み潰すほど強大な存在だった。


 生存競争における上位者にして、狭い環境に閉じ込められた旧支配者が戻ってくる。

 多くの場合、爬虫類の尾というのは恐るべき威力を振り回す凶器だ。

 革鎧を身に着け、自身もまた頑強な筋肉を持つタフな巨漢だったが、生き物としての格が違い過ぎる。

 その胸郭は肋骨が粗方潰され、動くどころか満足に息すらも出来なかった。


「グッ…………! ガッ!?」

「ゴーウェン逃げろ!」


 腹の出たオヤジが叫ぶが、血を吐く巨漢には応えられない。

 ヒトひとり丸呑みに出来そうな大顎門(アギト)が眼前に迫り、ええいここまでか、とゴーウェンは己の最後を覚悟していた。



 ところが、その途方もない巨体が、喰らいつこうとする直前でピタリと止まる。



 その瞬間から目を逸らさなかったゴーウェンは、全てを見ていた。

 生臭い息が吐きかけられ、蠢く舌が触れそうな程近づいたモンスターが、前のめりの姿勢のまま動かなくなる。

 しかし、死んだワケではない。

 勢いよく牙だらけの大顎(アギト)が閉ざされ、大岩同士がぶつかるような激突音が鳴るが、ゴーウェンには頭ひとつ分届かなかった。


 何かが、古代の巨獣が獲物に噛み付くを妨げている。

 どういうワケだか動けない巨大モンスターは、その原因が己の尻尾にある事に気が付いた。

 方向転換で振り回した時に、どこかへ引っかけでもしたのか。

 モンスターが振り返り、ゴーウェンも朦朧とした意識の中で、それを見る。


 先細る巨獣の尾の先端。

 そこには、自分に十数倍する巨体を片腕で押さえ込んで見せる、ひとりの青年の姿があった。


                       ◇


 村瀬悠午(むらせゆうご)が『古代樹林』に来たのは、『ドガの洞穴』で経験値稼ぎに(いそ)しんだ次の日の事だ。

 フィールドレベル150。

 メインストーリークエスト――――――3rdエピソード――――――をクリア出来るプレイヤー向けのフィールドであり、当然の如く出現モンスターの強さも半端ではない。

 何せ150というレベルの目安は、5thストーリークエストのメインシナリオをクリアするのと同じ推奨レベルだ。

 そんな場所に、たかがレベル10や15のプレイヤーがノコノコ入り込んで行ったところで、出現モンスターである恐竜に喰われて死ぬのがオチだった。


 ドガの洞穴では、残念な事にたいした成果も上げられなかった。

 敵の強さ、その危険度(リスク)に比して経験値の入りは悪く、レベル10前後の女の子パーティーとしても、初期の街『レキュランサス』から次の拠点を目指さねばなるまいか、という話になる。

 ところがジト目魔術士のプレイヤー、御子柴小夜子(みこしばさよこ)は、それなら比較的近場にある高レベルフィールドに行こう、と言い出したワケだ。

 それがここ、古代樹林である。


 ゲーム中なら特定の条件を満たさない限り立ち入れないフィールドだが、ここはゲームではない現実の世界だ。

 クルマや電車といった移動手段が無くても、プレイヤーを物理的に阻むフラグやシステムは存在しない。

 悠午以外は、近くに宿がない場所へ遠出できない都会っ子だったが。

 そうは言っても、フィールドレベル150は流石に自殺行為過ぎる、と必死の形相で訴える、美しいグラビア戦士の姫城小春(ひめしろこはる)姉さん、レベル13。

 これに対してレベル15になったジト目の市松魔術士は、


「レベル50台のプレイヤー3人相手で楽勝なんだから行けんじゃね?」


 と気楽に仰ってくれる。

 しかし、実際に「楽勝」だったのは悠午ひとりだし、その少年にしたって足手まとい3人を守りながら恐竜と戦うなど、御免被りたいというのが偽らざる本音である。

 恐竜は見たい気もしたが。


 結局、悠午の好奇心を執拗に攻撃したジト目魔術士が粘り勝ち、古代樹林の見物まで、という事で、美貌のグラビア戦士も押し切られてしまった。

 当然、良い感じの獲物がいれば、悠午を放り込み寄生プレイでレベル上げをする気満々だったのだろう。


 古代樹林とは、長大な大地の裂け目を満たす、周辺環境から隔絶された生態系だ。

 ゲーム中においては、ある程度イベントが進むまで裂け目に入る手段が無かった。

 必然的に、ゲーム序盤に低レベルでの侵入など出来なかったが、この世界は基本的に足さえ向けば何処だろうと入れてしまう。

 鍵のかかった扉なんぞ蹴破ればいいし、2メートルもない溝も跳び越えればいい。


 断崖絶壁だって、ロープなりフリークライミングなりで降りればいいのだ。


「降りないよ!?」

「わーかってるっつーの…………」


 そんな古代樹林の裂け目を見下ろす女戦士の小春さんが絶叫。廃プレイヤーの権化のようなジト目の魔術士を牽制する。

 上から見物するだけなら大丈夫と言われたから来るのを承知したのだ。

 こんな恐竜パークに入り込むなど冗談ではなかった。


「ユカタン半島にある大穴に似てます。規模は百倍くらいありそうだけど。この下に恐竜がいるんですか?」

「んだね。エンシェントサウルスって種類のモンスターがいて、要するに恐竜なんだけど脳筋だからカタにハメれば割りと簡単に狩れて素材も美味しいとゆー」

「いやだから今のわたし達じゃ一発死するっての」


 胡乱な目をするグラビアアイドルの一方、胴着袴の少年の方は、比較的上機嫌だった。

 経緯はともかく世界中あちこち行くのは嫌いじゃないし、雄大な景色を見れば素直に感動する。ゲームかどうかは、悠午には全く関係ない。

 植生が濃く下が全く見えないので、恐竜も見られそうになかったが。


「トループサウルス一匹でもレベル80くらいあるし、雄一郎君なら一匹くらい拉致って来れね?」

「あんたのはもはや寄生プレイですらない…………」


 どちらかと言うとトレイン行為という敵の誘導に近かったが、ゲームをしない悠午はそんな用語知らないし、女戦士のお姉さんもツッコむ術を持たなかった。

 ついでに、悠午の名前を意図的に間違うのも、もはやツッコまなかった。


「まぁ出来なくもないとは思いますがね。これ深さは……100メートルくらい?」

「えー!? 村瀬君やめなよ! 他のモンスターとは大きさが違うんだから本当に!!」


 いくら強くても食べられちゃう、と怖れ(おのの)く女戦士は、ゲームプレイの際に実際食べられていた。

 即死攻撃属性。それも高速で回避が困難。

 エンシェントサウルスの中でも最大の物、グライトサウルスに至っては巨大で素早く凶悪で獰猛と、多くのプレイヤーにとって恐怖と警戒の対象となっていた。

 トループサウルスはというと、サイズこそ人間とそうは変わらないが、素早い上に集団で狩りを行い致命的に鋭い爪と牙を持つ。

 これまた成す術無く嬲り殺しに遭い、トラウマを刻まれたプレイヤーが多かった。

 何にせよ、ゲームではないこの世界では洒落にならない。リスポーンは無いのだから。


「ミコも村瀬君に無茶振りしないの! 経験値稼ぎに付き合わせて殺す気!?」

「あたしらより強いツワモノにそんな心配失礼ってもんじゃん?」

「このゲス野郎!」

「それならちょっとくら様子を見て来るだけにしますから」


 良識派の女戦士が怒るが、野望の尽きない貪欲な魔術士には(こた)えた様子無し。

 悠午としては、お姉さん方双方の言い分を聴いた上で、その折衷案を出して自分の興味も満たす事とした。


 と、ちょうどその時、凄まじい何かの咆哮と共に古代の密林が大きく揺れる。


 何か大きな生き物が身体の奥底から絞り出す、明確な意思ある叫び。

 弱い生き物としての本能故に、否応無しに恐怖を呼び起こされ、プレイヤーの少女達は反射的に縮こまった。


「うわッ!? ちょ、これッ――――――――」

「大物だな、アレは。つーかコエー」


 ヴァーチャルリアリティーのゲーム内では、まるで本物のようなリアル感があった。

 しかしこうして現実を目の当たりにしてしまうと、所詮は架空の存在であった事を思い知らされてしまう。

 流石にこの上、高レベルのモンスターを一匹捕まえて来いとは、プレイヤーのジト目でも言えなかった。


 一方悠午は、崖っ淵に腕を組んで立ち、樹林を睥睨して気配を探っていた。

 視界が効かなくても、その先を見通す方法というのはいくつかある。

 音や振動、熱、電気、空気の動き、そういった生き物の発する信号を総じて「気配」と呼ぶワケだが、悠午のようにある程度の武術を修めた武人だと、また違うセンスを含めていた。


「んー……」(デカイのひとつに、いくつか小さいが前にいるけど。人間っぽいコレ、もしかして追われてるんじゃないのかね?)


 ところがどっこい、実は微妙にこの手の技術が苦手である、要修行な少年武人。

 それでもどうにか、生き物の発する“気”力、活力、生命力といったモノを捕捉する。

 その悠午のセンサーによると、生い茂って見えない樹林の下で、一際大型の生き物と人間らしき生物が食うか食われるかの瀬戸際(クライマックス)なご様子。

 こういう光景はどこも変わらねぇな、と悠午は何故か懐かしい思いだった。モハヴェのモンスターハンターと追ったり追われたり大騒ぎしたのを思い出す。

 そうは言っても和んでいる場合ではないのだが。

 なにせ、急がないと逃げている人間らしき反応全てが喰われかねないので。


「この辺は……安全そうっスね。なるべく早く戻るんで、姫城さんたち待っててくれます?」

「はぁッ!? いやいやいや待ってよ村瀬君! 下はめちゃくちゃヤバそうって今話したばっかじゃん!!?」


 目を剥く美人戦士が制止するのも聞かず、悠午は崖っ淵を思いっきり踏切り飛び出してしまった。

 あまりにも唐突かつ急な展開に、プレイヤーのお姉さん3名の顎が落ちそうになる。

 胴着袴の少年は、実に数十メートルという人間離れした跳躍力を見せ、緑の樹林の下へと消えて行った。


                        ◇


 ミシミシゴリゴリと、何か巨大な力が軋みを上げる音が、疎らな樹林に響いていた。

 実に全長30メートルを超える巨獣が、僅か1.7メートルほどの胴着袴の青年に尻尾を捉まれ、完全に動きを封じられている。

 しかも、青年の方は片手だった。

 常識で考えれば、どれほど力自慢のヒト種族でも、巨人族と競おうとは思わない。重量と体格の差が違い過ぎるからだ。

 アリは自分に倍する餌を持ち上げるが、到底トカゲには勝てやしないだろう。

 ところが、目の前にはサイズ差を完全に無視した現実があった。

 エンシェントサウルスという種の中でも、最大の物であるグライトサウルス。

 4足歩行の肉食モンスターは尾を振って小動物を振り払おうとしたが、青年は吹っ飛ばされるどころか、杭で打ち込まれたかのように動かなった。

 グライドサウルスは巨体を捻って背後の邪魔者に喰らい付こうともするが、これはつまり自分の尻尾に噛み付こうとするのと変わらない。

 生憎、そこまでの柔軟性は、この巨獣に求められなかった。


 尻尾の方が動かないので、グライトサウルスは右に左にと動き回り、激しく地面を踏み鳴らしている。

 地面や木々が揺れ、砂煙が巻き上がる中、冒険者のゴーウェンは身体の痛みも忘れて目を見張った。

 自分たちにとって絶望するしかない脅威だった怪物が、完全に子供扱いだ。


「今だ! 撃て撃て!!」

「両脚だ! 下を滑らせろ!!」


 ところが、そんなところに横からちょっかいをかける馬鹿どもがいた。

 当初、ゴーウェンと共に巨獣を狩りに来た仕事仲間の冒険者たちだ。

 その連中も青年が巨獣を押さえ付けたのを見て、自分達の目的を果たす機と判断したようだ。

 ある意味で冒険者らしい(したた)かさと言えたが、ゴーウェンに言わせれば危険極まりない愚行だった。


「よせバカ! そいつの邪魔をするな!!」


 両端に重りを付けた太い縄、特大サイズのボーラを投げる身軽な冒険者。

 腹の出たオヤジの放つボウガンの矢が巨獣の胴体に突き刺さり、ゴーウェンの警告は咆哮に掻き消される。


「ッと……? おお!?」


 刺激されたモンスターの暴れぶりは、今までの比ではなかった。

 それでも青年、悠午は相手の尻尾を押さえ付けていたが、不意に妙な手応えを覚えはじめる。

 一体何事かと見ていたならば、30メートルという大きさのグライトサウルスは、尻尾を半ばから切り離して悠午の手から逃げてしまった。


「…………なんと!?」


 これには、並大抵の事では驚かない少年もビックリ。トカゲじゃないんだから。

 ビチビチと手の中で暴れる、まさに尻尾切りされたグライトサウルスの尾。

 バランスとかどうなってんだろう? と尻尾を握ったまま唖然とする悠午だが、そこへ逆襲に猛る巨獣が襲いかかって来る。

 大型トラックのような頭部が地面スレスレに振り回され、とんでもない重量と遠心力が乗った頭突きが真横から青年へと叩き付けられた。

 が、


「ふんッ!」


 悠午はカウンターで拳を振り抜く。

 斜め上に突き抜ける打撃により、少年より17倍以上ある巨体が宙へ殴り飛ばされていた。

 ズドゴンッ!! という爆音と衝撃波が激突地点から辺りに広がり、地面を転がる冒険者たち。

 弾道飛行後、地面に墜落したグライトサウルスにより地震が起こり、突風が吹き荒れる。

 超高層ビルのような大樹が大きく揺さぶられ、付近の小動物は残らず逃げ出した。


「何だ!? 何が起こってるんだ!!?」

「なんなんだあの男!?」


 冒険者たちは背の低い木や地面の草にしがみ付き、地獄のような戦いの余波から必死になって身を守ろうとしていた。

 その最中(さなか)で、正面から暴風に煽られる悠午は、袴の裾をはためかせて凶暴な笑みを見せている。

 つまりそれは、お姉さん方の前では表に出さない戦闘者として育てられた少年の持つ、もうひとつの本質だ。

 武人として力を磨く上で、どうしても拭えない業だった。


「見た目以上だな。戦う生き物ってヤツはやっぱり頑丈だ」


 だからでもないだろうが、ついつい話しかけるような独り言を漏らしてしまう悠午。

 派手に殴り倒されたグライトサウルスは、うねるように身を起こすと敵へ向かって咆え猛る。

 力の差が理解できないのか。

 それとも、古代樹林における生態系の頂点に立つ者の矜持故か。

 わりと洒落にならない戦車くらいならバラバラになる一発だったんだけど、と悠午は心底相手のタフさに感動していた。

 そんな腕を組んでナチュラルに上から目線な小動物に、巨獣は物理的に上の目線から、ハンマーのように顎を叩き付ける。

 強大な力が地面を破裂させ、樹林の狭間に爆風が広がった。


 同じ頃、濛々と立ち昇る土煙を、崖の上から樹林の騒ぎを見ていたプレイヤーの少女たちも目にする事になる。


「ハハハッ!」


 潰される直前に回避した悠午は、後ろ跳びに土煙を引き、爆発圏内から離脱。当然無傷。

 更に、大口を開けたグライトサウルスも悠午を追って突っ込む。

 軽くバックステップを踏むだけに見える胴着袴の青年だったが、速度と機動力は地を這う飛燕のそれ以上だ。

 一方のグライトサウルスは樹木を蹴散らし、地面を抉りながら、巨体に似合わぬ突進力で獲物を猛追。

 悠午は一定の距離を保ち、自分を追いかけさせながら更に巨獣の本気を引き出そうとするが、


「素っ首晒せやぁああああああああああああああ!!」

「あ」


 グライトサウルスが駆け抜けるタイミングに合わせて、その側面にある隆起した地面から冒険者が飛び掛った。

 獲物を横取りするようなやり方はゴーウェンの流儀ではなかったが、仲間をやられた敵討ちもある。

 瀕死の身体にムチを打つ、最後の力を振り絞った一撃。

 その大剣は巨獣の頭部に直撃し、分厚い皮膚と頭蓋骨を叩き割って半ばまで喰い込んでいた。


「ヴォオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!!」

「ぐぁああ!!?」


 当然、痛みと生命の危機にグライトサウルスが発狂する。

 振り乱される巨獣の頭部に、空中で弾き飛ばされるゴーウェンは受身も取れずに地面に激突。

 大剣を喰い込ませたままの巨獣は、蛇のように地面に張り付くと、大顎(アギト)を限界まで開いて死に損ないの冒険者へと喰らい付き、


「っ――――――――らぁッッ!!」



 寸前で悠午が、横っ面を手加減抜きでブン殴った。



 まるで見えない巨人にでも蹴っ飛ばされたかのように、30メートルを超える巨獣が錐揉みして飛んで行く。

 音速を超えた拳はソニックブームを生み、踏み込みは地面どころか古代樹林の谷間そのものを揺るがした。

 地面に落ちた恐るべき巨獣は、そのままピクリとも動かない。

 ただの一撃で仕留められたのは明白。


 それも、素手で。


「なんつー馬鹿力だ…………」

「化け物か……?」

「ありゃプレイヤーだろう…………?」

「同じ事だ」


 およそヒト種族とは思えない青年の力を目にし、呆然とする冒険者たち。

 悠午の方は、息絶えてしまった巨獣を見下ろし、不満げに鼻を鳴らしている。

 そんな青年を見て、大男のゴーウェンだけは他の冒険者たちとは違う感想を持っていた。



クエストID-S011:口に苦しライフセーバー 9/26 12時に更新します

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすくてストーリーが面白い [気になる点] いくらなんでも市松人形がウザすぎる。なんでこんなのと行動共にしてるのか理解出来ない。
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