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0.プロローグ 始まりと終わり

鏡に写っている自身の姿に、溜息を吐いた。



そこに写っているのは目に痣跡を残したまだ幼い少年、そうボクである。



ボクの名前は黒田健人(くろだけんと)



趣味はネットで知らないことを調べること、それにネットゲームをすること。

外で身体を動かして何かするといったことは滅多にしない、所謂インドア派に属している。


リアルで一緒に遊ぶような友達も今はいない。

そういう友達がいたのは小学校までだ。


ボクは自分の容姿が嫌いだ。

ヒョロっとしたガリガリの体系に、真っ黒で整えることもしないボサボサな髪、極めつけは笑うと引きつっているように見える口角。

キモいと言われたことは山ほどあるけれど、カッコいい・可愛いと言われたことはあっただろうか。

こんな奴と仲良くなりたい人間なんて、この世のどこにだっている訳がない。


中学・高校と進み、歳を重ねていくうちに当然のようにボクはひとりぼっちになっていた。

学校で馴染めない者は必然的に淘汰されていく、それは動植物の弱肉強食の世界と何ら変わりはない。

そんなボクを役職で例えるなら最低ランクの農民か乞食辺りだろうか?


もちろん、そんな奴に近づいてくるようなマトモな人間はいない。

逆に言うとマトモじゃない奴らならいくらでも絡んでくるということでもある。

金を要求してくる頭の悪そうなDQN、サンドバックの代わりとばかりにボクを殴りつけるそのDQNの取り巻き。

そしてそれを見て見ぬ振りする教師や同級生。


屑ばっかりだ。

正直ボクは自身の人生を悲観しきっていた。

生きていても碌なことなんてない、と思い死のうと考えたことだって何回もある。



でもボクだって友達を作って遊んだりしたいし、男なんだから彼女だって欲しい。



だけどその為には、今のままのボクではダメだ。

新しいボクに生まれ変わる必要がある、いつしかそう考えるようになっていた。



あれを見つけたのはそんな時だ。








ボクの実家は何代も続く老舗の漬物屋を営んでいる。

無駄に広い敷地内にはたくさんの蔵があり、そのうち空いているひとつはボクの部屋となっている。

この蔵はボクのひいじいちゃんが建てたものだけど、部屋として使う前も漬物用の蔵ではなく、ただの物置兼倉庫として扱われていた。

ひいじいちゃんはとても変わった人だったらしく、蔵には趣味で集めたという西洋の剣や鎧、古ぼけた本などが大量に置かれていたがこれらを片付ける手間を億劫に感じたボクはこのガラクタの山の中に自分だけの空間を作る、というアイディアを思い付き、それを実行に移した。



積み上げた本で入口となる門を作り、天井との境には四隅に配置した同じ高さの鎧にブルーシートを被せることで簡易的な屋根とした。

まるで別荘や秘密基地が出来た気分だった。

いや、ボクだけの城といってもいいだろう。だけどその城には重大な欠陥があった。

既にお分かりだろう。そう、とても脆かったのだ。



ある日、帰宅したボクが見たのは、城が完全崩壊した後だった。

積み上げた本は辺りに散らばり、鎧は倒れてバラバラになると他のパーツと混ざってしまい、まるでパズルのようになっていた。

これら、素人目には価値があるかどうか分からないようなひいじいちゃんのコレクションが蔵中に散乱する中、ある1冊の本がボクの目が止まった。



その本は真っ黒な表紙を下地にその上に金色の塗料で六芒星が描かれていて、何やら不思議なオーラを放っているように思えた。

ボクは本を掴むと、興味本位でそれを開いた。

そこには見たことのない文字と奇妙な紋様や図形、それに気味の悪い絵が描かれていた。

初めは図鑑か何かか? と考えたがページを捲るうちにこの本が何なのかが分かってきた。



これは儀式の方法を示した本だ。

そして、書いてある絵から察するに恐らく……



そうボクは見つけたんだ、それを。



黒魔術について書かれた本を!







<黒田ケント自室>



「揃った……やっと材料が全部揃った……!」



ネット通販で届いた黒蜥蜴の干物を掲げると、ボクは喜びの声を上げた。



黒魔術の本を見つけてから早3か月が経過していた。

あの日からボクは黒魔術について必死に知識を鍛えていった。

一番驚いたのは黒魔術が呪術を発展させたものであるということだ。

元々黒魔術は、黒呪術と呼ぶこともあるくらい似ているらしい。

しかし根本的に違うのは、占いや祈祷がメインである呪術と違い、黒魔術というのは欲望に特化したものであるということだ。

嫌いな人間に対して害を与える、自己の欲求・欲望を満たすため、といった内容で儀式が執り行なわれることが殆どらしい。

ボクが興味を持ったのは後者、自己の欲求・欲望を満たす為の黒魔術。

まさしく今のボクに必要なものはこれだ、と直感した。

これさえ出来ればボクは新しいボクになれる、そう確信した。

でも黒魔術を教えてくれるような学校や先生は存在しない。

しかし運のいいことに、ボクの手元には黒魔術の教科書とも言えるこの本があった。

使われている言語がラテン語であるということを突き止め、書かれた内容を理解するまでにかかったのは約1週間。

何とか翻訳まで扱ぎつけた結果、『黒魔術に必要なものを集めよう!』みたいなことが書いてあったのでボクはまずそこから始めることにした。



銅鍋やロウソク、牛の頭蓋骨、それに蛇の抜け殻や冬虫夏草(とうちゅうかそう)などといった普段滅多にお目にかかることはないようなものばかりが書かれていたが、今のご時世ネットで手に入らないものはない。

ずっと使わずに大事に貯めておいたお年玉貯金を切り崩しつつ、少しずつそれらを集めていった。

たまに文字が欠けたりしていた箇所もあったけどイラスト付きであったため、何とか理解することが出来た。



そして今日、とうとうボクは必要なものを全て揃え終えた。

さあ、早速始めなければ。




部屋以外のスペースとなる場所、ガラクタを退けたところに直径3メートルほどの六芒星が描かれ、その中心部には銅で出来た大きめの鍋が置かれている。

これは黒魔術の儀式の為、先日ボクが準備しておいたものだ。

さらに六芒星の頂点となる六カ所に30cm台のロウソクが設置してあり、それぞれがゆらゆらと炎を煌めかせている。

蛍光灯を消すと、部屋はロウソクの灯りだけで薄暗く照らされ、不気味な雰囲気を醸し出す。



ボクは用意した素材を、六芒星の真ん中に置かれた銅鍋の中に1つ1つ放っていく。

煮込んだりする必要はない、ただ鍋の中に入れていくだけでいい。

黒魔術の本(きょうかしょ)を繰り返し読み、頭の中で何度もシュミレーションした通り、慎重かつ素早く儀式を進めていく。

そしてしばらくして全ての素材を正しい順序で入れ終わると、ひとまず深呼吸をした。



「ふぅ、これでよし……と。いよいよ詠唱だな」



準備は整った、ここからが本番だ。

鍋の前で片膝を付くと黒魔術の本(きょうかしょ)に書かれていた内容を翻訳したノートを手に取り、その言葉を日本語で呟いていく。



「汝、主なる者に付き従う我、願い給う。この贄を持ち、我が願いを叶え給え」



ラテン語である必要はないのか、と思うだろうがこういうのは言語はあまり関係なく、頭の中でそのイメージを強く思い描きながら口にすることのほうが重要らしい。

ボクの願い、新しい自分に生まれ変わるイメージを脳内で描きながら、何度も同じ言葉を口にする。



「この贄を持ち、我が願いを叶え給え。この贄を持ち、我が願いを叶え給え……」



(もうこんな自分は嫌だ。お願いです、どうか新しい自分に生まれ変わらせてください……)



必死に祈る。神頼み、いや黒魔術だから悪魔頼みなのかもしれない。

でもどっちだってよかった、ボクの願いを叶えてくれるならどっちだって。

額から流れる汗を拭うこともせず、ただひたすら祈り続ける。

そして祈り続けること10分程が経過した辺りで、自分自身の体に違和感を覚えた。



「この贄を持ち、我が願……あ、れ、、、なんか、息が……」



その違和感は身体の内部、胸の辺りから感じられた。

いつもより呼吸する回数は増えているのに酸素を取り込んでいる気がしない。

例えるなら山登りで酸素の薄い山頂付近に来たような感覚。

この蔵は元々漬物を保存する為に建てられたものなので窓も少なく密閉率は高いが、それを知っているボクは普段から換気扇や窓を開けることで対処している。

もちろん儀式の前にもそれは行なっている、だから部屋の酸素が薄いというわけではない。

しかしいくら深く息を吸い込んでも、ヒューヒューと音を鳴らすだけで苦しさが紛れることはなかった。



「なんだ、これ……」



掠れた声が漏れる。

経験したことのない感覚に危険を感じる。



(まさかこれは黒魔術の影響……? どちらにせよ一刻も早く蔵から出るべきだ)



酸素の行き渡っていない頭でそう結論付けると立ち上がろうとした。

だがしかし、それは叶わなかった。



「……ウグッ! アァァアアアッ!」



突如襲ってきたのは、激しい胸の痛み。

左胸を抱え込むよう両手で抑え唸り声を上げると、その場に蹲って(うずくま)しまった。

心臓をグッと握られているような、無理やり拍動を抑え込まれているようなそんな感覚。

とてもじゃないが我慢出来るようなものではなく、じっとすることができずに床上でのた打ち回る。

傍から見ればその姿は滑稽で、まるでまな板で跳ねている活きのよい魚のようだ。



(――息、出来ない。苦し、い)



心臓の痛みと呼吸の出来ない苦しさで必死の形相を浮かべた。

刻々と近づいてくる死の感覚に、ボクは為すすべもなく恐怖するしかなかった。



「……あ、ぐ……」



朦朧とする意識の中、最後にボクの目に映ったのは銅鍋から眩い光が溢れ出る様であった。

待ちわびていたその光景、ボクはここで自分の思いを願わなければならなかった。

しかし死を目の前にし、命に追いすがるボクの頭はそんな願いを思考させる余裕を与えない。

浮かんでくるのはただ1つ。



(死、にたくない……。死にたく、ないッ……)



浮かんでくるのはこれだけだ。

だけどそんな思いとは裏腹に、意識が徐々に遠退いていくのを感じる。



(ボクは……、こんなことで……死……)




そして直後、視界が暗転すると、ボクの意識はコンセントを抜かれた家電製品のようにプツンと途切れた。

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