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ホームランの原動力

「ホームランの原動力」

週刊ベースボール魂 6月2日(木)11時42分配信 


 天才は苦悩していた。

 高卒で入団して即4番に座り、以降6年間で打率.324、本塁打131本、打点498。春川耕介は、天才打者という名を欲しいがままにしてきた。

 それが今年、開幕から4月終了までの時点で打率.126、本塁打はわずかに1本。4月18日には6番に降格。遂に29日にはスタメンさえも外れてしまった。いつの間にか、試合後のロッカールームを最後に出るのは春川になっていた。眼を真っ赤に腫らしながらバスに乗り込む姿に、昨年までの明るく陽気な若者のオーラは欠片も無かった。

 しかし5月10日。ようやくその日が訪れる。8回の裏に代打で登場した春川の放った打球は、ライトスタンドに飛び込んだ。自身ほぼ一ヶ月ぶりとなるホームランは、チームを6連敗の危機から救う逆転満塁本塁打になった。以降、春川は調子を取り戻し、5月の月間成績は打率.298、本塁打6本、打点16。十分に復活といえる数字だろう。

 実はその復調の裏には、ベテラン外野手、寺本がナインにかけた言葉があった。


 時はチームが5連敗を喫した5月9日に遡る。試合後の緊急ミーティングは、重い空気に満ちていた。この5試合で、チームの失点20に対して得点はわずかに3。順位も1位から3位にまで転落してしまったのだから無理は無い。

 情熱家の石井監督からは容赦ない叱咤が飛んだ。特に打撃陣には、長い時間が割かれた。

「点を取らなければ勝てる試合も勝てない」

 選手個人には言及しなかったが、春川も大きな責任を感じていただろう。


 石井監督がミーティングの終了を告げ、皆が腰を上げた時、一人の選手が「ちょっと待って下さい」と声を上げた。寺本だった。

 恐らくその場にいた誰もが驚いたに違いない。寺本は今年で15年目の33歳。そのいぶし銀のプレースタイルに似て、どちらかと言えば背中で語る選手だ。あまり表立って意見を言うような性格ではない。その寺本が待ったをかけた。既に部屋のドアに手をかけていた石井監督さえも、静かに元の席に戻った。

 自分の席に立ったまま、寺本は大きく声を張り上げた。

「これまで自分たちが勝ってきたのは、ハルの力が大きい。それでも今、ハルの調子が悪いからといって勝てないのはおかしい。今は世話になった自分たちが頑張る番だと、自分は思っている。ハルの調子が戻るまで、みんなで何とかしよう」

 口下手な男のスピーチは、大きな拍手で迎えられた。

 部屋から出て行く時、心なしか春川の肩の力が抜けているように見えた。


 翌日の試合、先制点は取ったものの、すぐに逆転されてしまう。迎えた8回の裏。点差は3点に広がっていた。だが不思議と負けているチームの雰囲気はなかった。先頭の5番笠原が初球を流し打ちしてライト前ヒット。6番伊藤はサードの不意を突いたセーフティーバント。それを見た8番西原は、春川に声をかけた。

「もう打てるやろ」

 監督がその名前を告げる前に、春川をネクストバッターズサークルへ向かわせた。それを知ってか、7番寺本は粘った末にフォアボールを選ぶ。ノーアウト満塁。

「バッター西原に代わりまして、代打春川」

 そのコールは、ファンの不安と期待が入り混じった歓声に迎えられた。

 初球、春川は高めのストレートをスイングする。腰砕けの空振り。ファンの期待は、早々に諦めへと変わった。野次が飛び交う。

 それでも春川は次の一球に集中していた。次の球は、キャッチャーが外角に構えるミットから外れた。真ん中に甘く入る。春川のバットが、白球をかっさらった。懸命に走りだした春川を見て、誰もがライトフライかと思っただろう。しかし高く高く舞い上がった打球を、ライトは追うこともなくただただ見上げていた。息を呑んで打球の行く先を見守るファンの頭上さえも超えて、ライトスタンド上段に打球は着地した。一気に歓声が爆発する。春川は足早にダイヤモンドを一周した。

 ベンチから手荒な歓迎を受けた春川は、真っ先に寺本のもとへと向かい、深々と頭を下げた。寺本は「良かったな」とだけ言って笑った。

 試合後のヒーローインタビューで、春川は照れ臭そうにこう言った。

「詰まっていたし、バッティングフォームもぐちゃぐちゃで、とても自分の理想のホームランではなかったんですけど、でもみんなの応援を受け取ってホームランにするということが、ようやくできたような気がします」

 春川に、久しぶりに笑顔が戻った。

※本作品はフィクションであり、実在する人物などとは一切関係ありません。

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