ピッチング
「おらあ!!」
飛んで行く剛速球。
バッターはバットを振ることも出来ず、キャッチャーでさえボールの勢いで後ろへと倒れ込む。
そんなボールを投げたのは水色金平糖頭の坂崎雹太。
そしてこの瞬間、ノーヒットノーランによる勝利が確定された。
湧き上がる歓声。
雹太に集まるチームメイトたち。
揉みくちゃにされる雹太。
これは春の甲子園予選決勝戦。
つまり今の勝利で錫峰高校の甲子園出場が決定されたのだ。
しかし何故、野球部でもない雹太が試合のピッチャーを行っているのかというと。
雹太は体力、腕力、脚力、瞬発力、動体視力などの運動神経が怪物並にずば抜けている。
身長も175cmと小さくはない。
故に、野球、サッカー、テニス、剣道、陸上、バレーなどなど…スポーツ全般を得意としている。
そのため雹太は1年時から様々な運動部から勧誘を受けていた。
「坂崎!なあ、野球部に正式入部して甲子園に一緒に出てみないか?」
「あー、だめです。俺がどっかに所属すると喧嘩騒ぎになっちゃうし」
顧問である教員にぽん、と肩を叩かれ入部を促されるも雹太は首を横に振る。
雹太の口にした理由こそ、雹太がどの部の勧誘にも靡かない理由。
その代わり雹太は何部からの助っ人依頼にも快く了承する。
「ふあ、流石に疲れた…」
「お疲れ様、坂崎くん」
わいわい騒ぐ野球部の輪から外れたベンチで座る雹太の横に、錫峰高校の制服に首からメガホンをぶら下げた女子生徒が座る。
雹太はそちらに目をやり、その目を見開いた。
「あ!あの時狐をぶっ倒した…!」
「どうも、生徒会長の岡崎凜音です。ぶっ倒したつもりはないけどね」
片手でVサインを作り名前を名乗る凜音。
雹太が以前見た時ふわふわと電気で浮いていた髪も今は落ち着いている。
凜音はへらりと笑って雹太の肩を数回軽く叩く。
「いやあ、君の活躍は聞いてるよー!坂崎くんのおかげで学校の、特に運動部の評判、活気も鰻登り。今後も期待してるよ」
へらへらとした表情と明るく軽い口振りにどことなく好感を覚える。
雹太も釣られるように笑い頷いた。
「うんうん、何か学校で困ったこととか無い?あれば多少、融通利かせられるかも。」
「……あ、じゃああの…選択授業について相談してもいいですか?」
「ん?…いいよ。」
首を軽く傾げる凜音に雹太も何か無いかと首を傾げた。
そしてやっと、担任に早く決めろと催促されている選択授業のことを思い出しそれを口にする。
式神形成術と占い学。
どちらを選べばいいのか。
その問に凜音は小さく唸る。
「んー…そうだな…将来どんな職に就きたいか、とか考えてるの?」
「将来…?んー…一応、対魔士関連の仕事、かな。父さんもそうだったし…」
対魔士。
この世界には動物とは別に魔獣と呼ばれる生き物がいる。
それは魔法を使うことが出来たり、魔法の力を持つものをいう。
それらは基本的に人間と違う『世界』にいると考えられており、人間が『召喚』しなければ『こちらの世界』には存在しない。
それが一般的な考え方であるが、なんらかの理由で魔獣が人間の制限なく活動し、人間に被害を与えている場合がある。
そんな魔獣を退け、討伐、捕獲するのが対魔士。
対魔士には科学班と魔法班が存在する。
更に対魔士にもD~Sまでのランク付けがされ、大体3~5人でチームを組み活動している。
この世界では一般的な職であり、危険を伴うが公務員であることもあって倍率は高め。
「なら、広い分野で使えて確実な式神かな。占い学は不確かだし、解釈も人によって違うから。」
「なるほど…因みに会長さんはどっちを?」
「私は式神。ほら、見てて…」
凜音が片手を出し拳を作る。
そしてゆっくりとそれを開くとそこには青白い閃光を放つ小さな鳥のようなものが出来上がる。
それは緑の目を持ち、ピィ、と鳴く。
「なにこれかわいい」
「ぴぴちゃんです。伝達係であり特攻隊。こんな感じで作るんだよ」
「えー俺絶対式神にする!かわいいもん」
はっきり言い切った雹太に凜音はつい笑ってしまう。
元気で素直で真っ直ぐで。
あまりに眩しいその目を見ると、つい凜音の方が目を細めてしまうほどに。