プロローグ 終わりの日 -始まりの胎動-
窓の外で冷ややかな風がピュウと吹いてテラスの落ち葉を巻き上げていく。
ダンスを踊るように舞う落ち葉に少し目をやって、ルーテル・ヴァ・ド・ドゥ・ティエンヌーーティエンヌ王国第七代国王ルーテル三世は静かにため息をついた。
(もうすぐ、冬か……こんな時に始めるあたり彼らもよくやるものだ)
心中でそう呟いて、ルーテル三世はゆっくりと玉座から立ち上がった。
玉座の間には既に数多くの貴族たちや臣下がかしずいて彼の言葉を待っている。
その姿をぐるりと見てから、かれは口を開いた。
「この玉座の間に集った諸君、既に知っている者も多かろうと思うが、昨日我が方の間者からの緊急の伝令で隣国であるオストランテ公国の陸軍が国境付近の基地に大規模な部隊を集結させつつあり、早晩
その戦力でもって侵攻を開始する、との情報が入った」
ルーテル三世の言葉に玉座の間では一挙にざわめきがおこり、少しの間をおいて静けさを取り戻す。
「既に、親衛隊直下の遊撃部隊は戦力を整えて国境へ向かいはしたもののその場しのぎ程度にしかならないだろう」
親衛隊ーー王が持つ二百人〜三百人程度からなる精鋭部隊である。それは主に王の護衛を目的として部隊であり国防そのものにそれが動員されることは極めて稀である。
この親衛隊の動員という事実は、敵の動きが早く既に一刻の猶予もないということを端的に示していた。
「オストランテ公国の動きは素早く我々は後手にまわってしまった。しかし諸君ら、ティエンヌ王国に連なる名誉ある騎士たちの長たる諸君らの力を持ってすればオストランテごとき無法者などはすぐに屈服させることができるだろうと私は確信している」
ルーテル三世が傍にさげた短刀を引き抜いて天に掲げた。
「諸君!国家存亡の危機、ティエンヌの大地の危機である。その愛国と信心との大いなる奮闘を期待する!ティエンヌに栄光あれ!」
ルーテル三世の言葉に貴族たちが次々と立ち上がり短刀を引き抜いて天に掲げ、復唱する。
『ティエンヌに栄光あれ!』
その姿を見回してルーテル三世は短刀を鞘に戻した。
「東方軍司令サンブロン伯アビニェール、南方軍司令ブラトワ伯エベール、そして海軍総司令ラールトン伯シェレンド、そなたらの活躍はこの戦乱にあって大きな役割を担うこととなろう、頼んだぞ」
ルーテル三世に名指しされた三伯は深く頭を下げてその言葉に応じた。
「さあ、行け!ティエンヌの騎士たちよ、東産まれどもに我らの精強さを刻みこめ!」
その言葉を合図に玉座の間の貴族たちは家臣を呼び寄せて次々と退出していく。
最後の一人が玉座の間を後にしたのを確認してルーテル三世はゆっくりと玉座に座り込んだ。
「陛下、どうぞ」
それを見て侍従長がアザール酒を持って寄った。
「ああ、ありがとう」
ルーテル三世はそれを手にとってゆっくりと飲み干し、息をついた。
「さて、この戦どうなるか。オストランテのこのタイミングでの侵攻、どうもきな臭い。戦力で劣る奴らがなぜかような暴挙に踏んででたか……」
そうひとりごちてから、ルーテル三世は、家臣たちを下がらせ、大窓を開け放ってテラスへでた。
「今はただ願うばかりか、ティエンヌの地と水とが我らを守り給わんことを……」
ユベリ暦356年九の月 オストランテ公国の西方侵攻開始ーーアメリット戦争勃発
同年十の月 ティエンヌ王国とオストランテ公国の一大会戦 ”アメリット会戦”において、魔導兵器の力を用いたオストランテ公国大勝。オストランテ公国軍はティエンヌ王国軍を撃滅してその勢いのまま王都トゥーレールを陥落させる。
第七代国王ルーテル三世は逃亡して行方をくらませる。ティエンヌ王国は崩壊する。これによりオストランテ公国は大陸にまたがる大国と化す。
時は流れ行き、そして回るもの。
明日の太陽が常に今日の太陽である保証など何者がすることができようか。
人はただ踊るのみ。運命の、コマの上で。
(ユベリ暦124年 マルリットの詩人、トワドゥ・ベレ著 『落葉』より)