09 修羅王と剣の国
流石は魔王を倒した勇者を数多く輩出し、勇者の国とも謳われる所だ。
指輪の国とは違い、古の資料も細部まで残っていた。
これで失敗しては元宮廷魔導師筆頭の名が廃る。
入念な準備の末行った術式は十分に機能し、魔法陣は光の柱を立ち上らせ、消えた後には人影が一つ。
蒼い全身鎧に身を包み、背には長剣と盾、兜の面覆いは下げていて表情は全く見えない。
観察しているのか動く様子は無い。
その前へと進み出て話しかける。
「わしはフンゲル、この国の魔導師長をしておる。
この度、魔王に対抗するべく勇者召喚を行った所、おぬしが現れた。
突然この様な場所に呼び出して申し訳なく思う」
「……魔王、ですか?」
予想よりも幾分若い声が兜の奥から響いてきた。
その問いに首肯する。
「うむ。
とりあえず、ようこそ勇者よ。
まあ、詳しい話は後にして、まずは聖具を受取ってもらおうかのう。
付いてきなさい」
そう告げると、周りの者に後始末の指示をして部屋の出口へと向う。
しかし、後を付いてくる音がしない。
「聖具とはなんですか?」
なので、真後ろからそう話しかけられた時はとても驚いた。
「?!
……ああ、うむ、聖具とはのう、勇者によって真の力を発揮するものでな。
後は手に取ればわかるだろう。
……おお、そういえば名前を聞くのを忘れていたのう。
失礼した、わしは先ほども名乗ったがフンゲルという。
おぬしは?」
「……アスラといいます」
―――
フンゲルたちが聖具の間の前に辿り着くと、そこには先客が居た。
「おお、やっと来たか。
成功すると思ってたぞ、その後ろの者が勇者だな?」
「……陛下お一人で何をなさっているのですか?」
「勇者見物に決まっているだろう。
早く紹介せい」
ファスロウ・ベルウッド13世。
年若く苦労知らずに見えるが、一応この国の王である。
フンゲルも、初めてあった時にはよく国王をやれているものだと思ったものだ。
「……こちらが勇者として召喚されたアスラ殿です。
こちらはこの国の王の――」
「ファスロウ・ベルウッド13世だ。
以後よろしく頼む。
さて、フンゲルよ。
勇者もいる事だし聖具の間の鍵を開けよ」
フンゲルが勇者召喚を行うに当たってまず初めに行ったのが封印されている聖具の間に外部から施錠する事だった。
前の様に盗難されては堪らない。
言われた通り鍵を開け、扉を開く。
真っ白な部屋、一段高くなった所に一振りの剣が鞘に入ったまま突き刺さっていた。
「あれが聖具、聖なる剣。
おぬしの物だ、受取るが良い」
促されて勇者アスラはその柄に手をかけ、地面から引き抜いた。
勇者はそのまま鞘から抜いて、刀身を眺めた。
「おお、それが聖なる剣か?!」
目を輝かせてそれに見入る国王。
繊細な模様が刻まれている黄金造りの一品。
だが、勇者はそれを鞘に戻すと元通り地面に突き刺した。
「なにを?!」
「……まだ使う時ではないようです。
それまで、ここで保管していただけませんか?」
そんな話は聞いた事がない。
そうフンゲルは思ったが、他でもない勇者が言う以上そうなのだろう。
もう一度見たいとごねる陛下を連れて部屋の外に出、また鍵をかける。
「――陛下!陛下!
どこにいるのですか、陛下!」
そこへ声が響いてきた。
「おお、ギルヘンダーか。
私はここだ」
「――陛下!」
程無くしてやって来たのは頭の禿げ上がった巨漢。
王を見つけるとすぐさま駆け寄り、捕獲した。
「いくら我が国とはいえ陛下が遊びまわれるほど暇ではないのですよ。
いいですか、遊ぶならせめてするべき事を行ってからにして下さい。
……ところで、なんですかこの者は?
陛下の御前で顔を隠しているとは無礼にも程があります!」
「こちらは勇者として召喚されたアスラ殿です。
こちらは宰相閣下のギルヘンダー殿」
「……そういえば見ておらんな。
しっくりしすぎて思いつかなかった。
兜を外してくれるか?」
「いいですよ」
「……おお、中々美男子だな。
勇者が見目良いのは良い事だ。
後で皆に紹介しよう」
「ところで陛下、用事はお済ですよね。
それでは政務に戻っていただきましょう」
そうして国王は宰相に引き摺られて行った。
少し気まずい雰囲気が漂う。
そんな中、勇者が口を開いた。
「詳しい話をしてくれるんですよね?」
「……そうであったな」
魔域の事、魔物の事、魔王との関わりなどこの世の事を色々と説明した。
「魔王はまだ見つかっていないんですか?」
「うむ、手掛かりもまだないのう」
一通り話し終えた頃、侍従長が呼びに来た。
勇者お披露目の準備が整ったとの事だ。
そのまま謁見の間へと案内された。
「ここって国なんですよね?」
ぼそっと勇者が尋ね、フンゲルは首肯したがその疑問ももっともだ。
宰相、騎士団長、魔導師長、料理長、侍従長その下の数名に庭師や掃除婦など城の関係者と城下町の住民たち。
総勢で百名にも満たないこれが、この国の全て。
他国の地方都市の方が断然ましな聖具の国一の貧乏国、それがこの剣の国。
この国には魔域は存在しない。
どこぞの国の様に根絶した訳ではなく、自然とこの国から消えていった。
それは何故かというと原因の一端は勇者にある。
聖なる剣は凄まじい力を発揮するがその分代償も大きいらしく、代々の勇者は聖なる剣とは別に普段使い用の佩剣を帯びていた。
普段使い用といっても相手が相手、相応の魔法具である事が多かった。
魔王を倒した後、勇者たちは必要なくなったそれらを置いていった。
この国の王は代々鷹揚、と言えば聞こえはいいがつまりは大雑把な者が多かったという。
対立をしていた魔域を内包していた地域に、ならば自分たちでやってみろと勇者の置いていった魔法具を与え独立させた。
魔域は国の資金源でもある。
そんな所を簡単に手放す国王を見限った者たちや、それなら自分たちもと他の魔域近くの地方も次々と独立していき、残ったのが今のこの国の現状だ。
その関係で周囲には色々な剣の国が乱立している。
聖具の国に倣って、強力な魔法具を国の守りとして掲げたそういう国の事を宝具の国と言う。
勇者の紹介は問題なく終わり、解散となった。
「ところで、勇者殿。
この後はどうするつもりだ?」
「そうですね。
情報を集めようと思っていますが、お勧めの場所はありますか?」
「うむ、なら大剣の国がいいだろう。
近隣でも有数の大きな魔域を持っている。
そこの魔狩人組合に向うと良い。
案内人も付けよう。
それ位しかしてやれる事は無いしな」
「いえ、ありがとうございます」
明くる日、騎士エイブラとフンゲルの一番弟子リリックが出立する勇者に引き合わされた。
「勇者殿、その格好は?」
前日とは違い、布製の衣服を身に纏っている。
盾も剣もどこから用意したのか、昨日のとは違う物を持っていた。
「情報集めに行くのに派手にしていては警戒されるでしょう?」
―――
「――で、そんなあんたが何でここに居るんだい?」
まにゅー婆がそうアスラに問いかける。
ここは城塞都市グレンナハトの路地裏。
書店は無いかと探して発見し、地図と魔法に関する書物などを買い求めていた所、そこへアスラがやってきたのだ。
とりあえず詳しい話を聞くために、周囲に気配の無いここまで移動した。
「組合に資料庫ってあったんですが、一定ランク以上の組合員しか見せてもらえないんですよ。
それで頑張ったんですが……」
「ああ、テンプレ的展開かい?
自重しなかったんだね」
「自重はしましたよ。
音速超えてないですし」
テンプレ的展開。
一人用のVRゲームなどによくある英雄物。
初めからある程度強いが常識の足りない主人公が、冒険者などの集まる場所で他が目を疑うほどの活躍をして、色々なイベントに巻き込まれるパターン。
資料庫を見るのに必要なランクは黒証。
中級魔物を狩る十分な実力があると認められた上で、組合からの依頼を受けて達成する事が必要条件。
実力を認められるだけでも数年掛かるその工程を、毎日大量に持ち込みわずか数日でこなしたのだから、自重していないと言われても仕方が無いところだ。
伝説一歩手前の魔物の皮を売ったまにゅー婆も、五十歩百歩ではあるが。
「あまり自重してるようには見えないけどね……」
アスラの現在の格好は金色の鉢がねと青い服、柄まで一体型の銅製の剣に皮の盾。
「良いじゃないですか、これ位。
……とりあえず、こちらに居るという上級魔族を退治するのが、組合からの依頼というわけです」
「へー、そんなの居るんだね」
「ええ、詳しい話はここの組合から聞くのですが、そこの森にいるそうです」
「そこの?
見た事ないね、ほんとに居るのかい?」
「え、そうなんですか?
こういう場合、依頼どうなるんでしょう」
「さあね。
そういや、話に出てた二人はどうしてんだい?」
「置いて来ましたよ、一人の方が早いですし。
ところで、まにゅーさんは今どこに住んでるんです?」
「なんだい、藪から棒に。
宿代浮かせるつもりかい?」
「まあ、そういう事です」
「貸しても良いが、情報よこしな」
「情報と言われても、近況交えて一通り話しましたし……。
……ああ、そうです。
一つ、面白いかもしれない話がありますが、聞きますか?」
「内容によるね」
「魔法についてです」
「いいだろう、話しな」
その言葉にアスラが地面に書き始める。
「これが何かわかりますよね」
「魔法の図形だろ」
「はい、そうです。
右が火弾の魔法で、左が水弾の魔法。
で、共通している所を取り除くと――」
「……なんかにょろにょろしたのが残ったね」
「ええ。
これがちょっと文字っぽいなと思って、色々と試したら漢字でいけたんです」
「…………確かにできるね」
小さく火を灯して答えるまにゅー婆。
どこまで出来るかわからないが、これなら色々な魔法を作れるだろう。
しかも、この方法だと瘴気も出来ない。
しかし――
「面倒だね、これは」
「やっぱりそう思いますか」
「……まあ、余興にはいいだろ」
今度はまにゅー婆が地面に図を書いた。
「ここがこの町だとしたら、この辺りだね。
引き払うつもりだから、居なきゃ勝手に使いな」
「どこかに行くんですか?」
「ああ。
行き先決めてなかったけど、あんたの話聞く限り魔王の森がよさそうだね。
それじゃあ、あたしは行くよ」
「はい、ではまた後で」
―――
「大剣とこの組合から来た?!」
組合長は冗談だと思ったが、伝えに来た職員の目は真剣だった。
「馬鹿な、どんなに速くても一月は掛かるぞ!」
「ですが、向こうに問い合わせた所、特徴が一致しました」
「……騙りという事はないのか?」
「それは無いでしょう。
最近台頭してきた魔狩人との事ですし、この辺りまで伝わってるとは――」
「まて、最近だと?
この緊急事態に、捨て駒を送ってきたのか?!」
「いえ、それがその……これが向こうから聞き出した情報の全てです。
ご確認ください」
「…………………………………………は?」
渡された紙に書かれていた事を見て、組合長の頭の中は真っ白になった。
赤剣のアスラ。
十代後半ぐらい、中背中肉で黒髪、黒目、金属製の額当てと青色の布の服に皮の盾、二つ名の由来ともなっている赤銅色の剣を装備している。
九日前に組合に登録、同行者は魔法使いと剣士。
剣士の鎧は紋章が削られているが、元は剣の国の物だと思われる。
巨狂狼や鉄長虫など中級魔物を数多く狩り、現在黒証候補。
「……聞き間違えや、書き間違えは無いのか?」
「御座いません。
何度も確認いたしましたが、そこに在る通りです」
優秀な者でも数年掛かる事を十日も経たずにこなす等、尋常ではない。
同行者に剣の国の者がいる事から勇者の可能性も思い浮かべたが、持っているのは赤銅色の剣だという。
伝説に謳われる黄金の剣とは似ても似つかない。
「……とりあえず、会おう」
そうして組合長室に通されたのは一人の青年。
とても、情報にあったような猛者には見えない。
「一人かね?
他に二人、仲間が居ると聞いてるが」
「ええ、まあ。
ところで、上級魔族の詳しい話はこちらに聞くよう向こうで言われたんですが、教えてくれますか?」
「いいだろう。
……………………というわけだ」
「上級魔族自体は確認されていないんですか?」
「うむ、だが住処らしい場所は見つけてある。
勇者が倒されたのも、そこを攻撃しようとした直後であるし、可能性は高い。
それに、主の代替えが起きてない」
「主の代替え、ですか?」
「魔物は強い瘴気を好む。
通常、そういう所は強い魔物の縄張りになっているが、その魔物が退治されると数日の内に、そこを巡って周囲の魔物が争い始めるという。
そうして生き残ったのが次の主になるらしい」
「へえ、いいですね」
「は?」
「それでは、その住処の場所を教えてください」
「……まて、一人で向うつもりか?」
「いけませんか?」
なんでもない事の様に言葉を返すその姿に、沸々と怒りが沸きあがってくる。
「上級魔族を甘く見るな!
……現在、他の組合からも人員を募っている。
それらが集まるまで待って貰おう」
「……そうですか。
そういえば、もしも上級魔族が居なかった場合、今回の依頼ってどうなるんですか?」
「そういう場合は、居ない事を証明できれば依頼完了になる」
「わかりました。
では、失礼します。
人員が集まったら報せてください」
青年は部屋を出て行き、一人残った組合長。
担当職員へ連絡を取り、アスラの監視を命じた。
その答えはすぐに返ってきた。
「目標見失いました!」
「なんだと?!」
―――
未熟な技術、相手にする価値も無い。
早々に撒いて、魔域へと向った。
上級魔族の住処を今は教えてもらえなかったのでまにゅー婆から探索した範囲を聞いて、とりあえずはそれの外を探しながら待つとしよう。
外側で見つかればそれでいいが、もし探索範囲にいたとしたら、それはどれ程の実力をもっているのだろうか?
それを思うと心が奮えた。
まあ、周囲の状況からして高は知れるが、少しは期待してもいいだろう。
一見すると好青年だがその中身は全くの別物。
いつもの全身装備、通称蒼天シリーズは実の所防具ではなく回復道具。
気に反応して治癒促進の光を放つ素材を主原料に作られている。
無論、その光に敵味方の区別はない。
それを装備しているのは、少しでも長く楽しい時間を味わいたいが為。
強い相手と死力を尽くして闘うのをなによりも好むHANTで一、二を争う戦闘狂、修羅王アスラ。
上級魔族が居ないと知って残念がるのは、もう少し先の話。