05 英雄候補の暴走
組合長直々の呼び出しとの事で案内されたが、正直気が重い。
呼ばれた理由が想像つくからだ。
「やあやあ、良く来てくれた。
君らの活躍は耳にしているよ」
愛想良く出迎えてきた組合長。
あまりの胡散臭さに思わず引く。
「世辞はいらん。
さっさと用件に移ってくれ」
「そうか?
なら、本題に入ろう。
上級魔族の探索と退治、これに君らの群団も加わってもらう」
「……決定事項か」
「そうだ」
強制依頼。
組合長の権限で必要と思われる人員を強制参加させる代物だ。
断れば、暗殺部隊に一生付き纏われるという。
乱発できるものではなく、発動するのに適当な依頼でなければ組合長の首の方が飛ぶらしい。
「人員の選出は任せるが、最低でも君ら二人には参加してもらう。
無論、報酬は十分に支払う。
前金で金貨5枚」
「金貨5枚ですって?!」
即座にサージェが反応した。
仲間たちが使い倒す所為でいつも遣り繰りに苦労している身としては、この大金は聞き捨てならなかったのだろう。
その剣幕に、今度は組合長の方が引いた。
「う……うむ。
成功すれば更に金貨10枚上乗せする」
「合計金貨15枚……」
中級魔物一体分の素材の売値は大体銀貨1枚前後。
金貨1枚は銀貨500枚に相当する。
あまりの金額に忘我状態になるサージェ。
「それと、これだ」
入った時から気になっていた場にそぐわない古びた包み。
人の背丈ほどもある細長いそれを、机の上に組合長は置いた。
「開けてみたまえ」
促されて包みを開くと、包みの古さとは違い新品の様に見える一本の戦鎚が収まっていた。
頭は一方が尖っている型で金色に輝いており、全体に精緻な彫刻が施されている。
上級魔族の事は遠からず市民も知る事になるから、これで目立たせて英雄を演出し、市民の動揺を鎮めるつもりだろうか?
自分はたしかに戦鎚使いだが、使うのは片手で扱える物に限っている。
自分の戦い方には合わない代物だ。
エドインがそう考えていると、おもむろに組合長が口を開いた。
「聖なる鎚だ」
「……はっ?!」
聖なる鎚、鎚の国の聖具。
かつて鎚の勇者が魔王に挑んだ時、勇者諸共瘴気に侵され邪具と成り果てた。
そこまで頭を過ぎった時点で、机から思わず遠ざかった。
「ははは、大丈夫だよ。
語られていない伝承を教えよう。
元鎚の勇者を退治した勇者たちは、邪具となったこれを手に入れた。
聖具に戻せないかと色々試したが、瘴気は祓えたものの聖なる力は戻らなかった。
それをグレンナハトが譲り受け、こうしてこの組合に伝わっている」
失われたはずの聖なる鎚の裏話に唖然とするエドイン。
サージェも遅まきながら気が付き、興味深げに見ている。
「今では唯の魔法具だが、神が造ったと言われるだけあって頑丈さは折り紙つき。
当時から一切手入れされていないのにこの状態なのからもわかるだろう。
組合秘蔵のものだが、なにこういう時に使ってこそだ。
事が終わっても返せとは言わんよ」
魔法の武器は魔狩人垂涎の一品。
だが、持っている者は限られている。
魔法具を作れるものは少ない。
その上、ほとんどの者を国が囲って生産品を管理し、市場に出るものを制限している。
その為、市場に出てくるのは国の目を掻い潜って細々と作られた一品か、使い倒された廃棄一歩前の物ばかり。
前者の価格は天井知らず、後者はそれに比べて手頃だがそれでも金貨1枚は下らない上修理には膨大な金が掛かる。
使用すれば当然手入れが必要となり、そこでも金が飛んでいくので維持し続けるのは難しい。
修理も手入れも要らない魔法武具。
かなり心惹かれるが、使い慣れない装備でかつてない危険に挑むわけにはいかない。
元が聖なる鎚である以上、曰くや面倒を背負い込みそうだ。
依頼自体は強制でも、その中身に関してはある程度融通が利く。
断ろう。
「口伝によれば、長さや重さを自在に操れるという。
聖なる鎚だった頃は、大きさや形も変えられたとか」
―――
「――エドイン!エドイン!」
大きく揺さぶられ、呼び掛けられているのに気付いた。
同時にむせ返る様な血の臭いが鼻を付く。
目を開けるとそこにはサージェの顔。
「……一体何が……」
「一体何が……じゃないわよ!
あの鎚掴んだと思ったらいきなり森まで走り出したのよ。
呪われたかと思ったじゃないの。
あっ、倒れたのは単なる魔力切れね」
「……そうか」
玩具を与えられた子供の様にはしゃぎ過ぎたのは否めない。
体を起こすと辺りに下級魔物が散らばっていた。
「中層にまで行こうとしたのを引き止めるのには苦労したわよ」
「すまない」
「まったくっすよ。
どうせ殺るなら、もうちょい綺麗に殺って欲しいっす」
そうぶつくさ言いながらカーネインが魔物の屍骸を解体している。
頭だけが潰れているのは良い方で、大概胴体部分が潰されていた。
勿体無い。
下級魔物で金になるのは主に皮と肉だが、皮は大きいほど高く買い取ってもらえる。
肉は量なのであまり問題ない、しかし……。
見かけ以上に物が入る収納袋はあるが、使用している間ずっと魔力を消費する。
容量が増えるに従って消費量も増えるので、必然的に使える物が限られる。
精々背負い袋並にに入る小袋ぐらいが魔狩人の実用限界だ。
しかし、それでも駆け出しの魔狩人が真っ先に手に入れようとする代物だ。
持ち帰れる量は稼ぎに直結するし、戻る道中襲撃された時に体の動きを妨げないかは重要だ。
重量軽減効果の付いた物が出回ったら、一瞬で売り切れる。
一体の魔物から取れる皮と肉の価値は大体同じ。
先ほどの理由から皮を重点的に持ち帰り、嵩張る肉は空きが在ったら詰める程度。
いつもなら残りは放置していくのだが、千切れた皮と同量の肉、どちらが高く買い取ってもらえるだろう。
「……死肉拾いは来てないのか?」
残していく者がいれば、当然それを拾う者もいる訳で、そういう者たちは死肉拾いと呼ばれており、主に駆け出しの魔狩人たちが行っている。
金稼ぎの為もあるが、骨が手に入り、加工費のみで装備を整えられるのも理由の一つ。
食料面で重要度の高い活動ではあるものの、印象が悪いからか自力である程度稼げるようになると大抵の者が辞めていく。
中には中級魔物の死肉拾いをしている古参の魔狩人なども居るが。
拾われた物については狩った者が三割の権利を持つので、換金する際に請求すればその分を受け取れる。
騙りが出そうな決まりだが、それが同一の魔物の物かは組合にある魔法具でわかるので、問題になることは少ない。
「流石に付いて来れねえよ。
俺らだって姐さんからの誘導なけりゃ追いつけなかったし」
皮を品質ごとに分類しながらイルックが答える。
「そうか……」
「これに懲りたら、もう少し自重して下さいね」
金に目の色変えるサージェには言われたくないなと思いつつ、口にすると地獄を見るので黙っておく。
「……あっ、そうだ。
姐さんから聞いたぜ。
俺らも参加するからな」
「そうっす。
団長たちにだけ良い格好させないっす」
「……お前たち!」
「「という訳で金貨1枚ください」」
手にしている物に目をやる。
長さが変わりいつの間にか手に馴染んでいるそれは、あれだけ屠りながら一欠けらの曇りも無く輝いていた。
どれだけやれるか判らないが、何とかなりそうな気がする。
「だ、だんちょう、たすけ」
「今日こそじっくりみっちり叩き込んであげるわ!」
「ひいぃ!!」
怒号と悲鳴と時々炸裂音。
それらを思考の外に追いやって、そんな事をエドインは考えていた。