表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界に渡った狩人たち  作者: カカセオ
第零章 魔狩人
4/13

04 魔狩人組合の災難

「勇者が撃退された?

 ふむ、詳しく話し……何?!

 わかった、すぐさま全員撤収せよ!

 絶対に刺激するな!!」


「……班長、一体何が?」


 日頃何事にも動じず冷静な魔域調査班班長が、顔を蒼ざめさせ声を荒げている。

 一般職員が何事かと尋ねたが、答えは返ってこない。

 蒼白の顔のまま周囲を睥睨し、指示を下す。


「実働班全員に通達しろ、現在得た情報は許可あるまで一切外部に漏らすな、と。

 後ろからついて来ている者たちを見つけたら、そちらにも勧告するよう告げておけ。

 漏らした場合、相応の罰がある事もだ。

 これは諸君らも同じだ。

 私は組合長に報告し、判断を仰いでくる」


「班長、答えてください!」


 あまりにも不審すぎる班長の態度に、班長の態度に引き止める一般職員。

 自分たちが何を聞いてしまう事になるのか。

 班長が取り乱すほどの情報だ、事前に知っておきたい。


 必死な様子に、漸く班長が重い口を開いた。


「……未確認だが魔族が現れたらしい。

 それも、髑髏大熊を倒すような上級のが、だ」


 死んだような静寂が辺りに満ちた。

 職員のうち何人かはあまりの事に気絶した。


「判ったのなら行動に移れ!」


「「了解しました!!」」


 気絶した同僚を叩き起こし、慌しく活動する職員たちを尻目に班長は部屋を出て行った。


「何故、こんな事に……」


 魔物は瘴気から離れては長くは生きられない。

 そして、上位の魔物ほど必要な瘴気濃度は高くなると、今までの研究成果から判っている。

 最下級魔物が人里でも良く見かけられる一方、魔域でも深層でなければ上級魔物に出会わない理由である。

 その為、瘴気濃度に注意してさえいれば、髑髏大熊に遭うことなくそこの魔域で狩猟採取をする事ができた。


 しかし、魔族は違う。


 他の魔物とは違い、上級であってもそれほど高い濃度の瘴気を必要とせず、また幾分か弱体化するが瘴気がなくても活動する事が可能だ。

 つまり、以前の髑髏大熊と同等以上の脅威が魔域周辺に及ぶという事である。


 先の会議で検討されたこの組合の魔狩人全員で髑髏大熊を退治する案は、実の所机上の空論に過ぎない。

 危険と隣り合わせの魔狩人稼業とはいえ、絶対に死ぬという事までは看過しない。

 仮に実行したとすれば、大勢の人員が逃亡し、戦うまでもなく魔狩人組合がガタガタとなっていただろう。

 そして今、その危機に直面している。


 もし、本当に上級魔族がいるとしたならば、だが。


 そう、未確認というのも問題だ。

 緘口令を敷いたが、髑髏大熊が倒されている事実にやがては気付くだろう。

 魔域深層でしか取れない希少な素材は幾つもある。

 髑髏大熊が居ない今、魔域の深層まで辿り着けば、それらは取り放題だ。

 髑髏大熊が居た時は、そこへ向かうのは確実な死だった。

 今は居るか居ないかという二択。

 賭ける価値が十分にあると判断する魔狩人は少なくない。


 だが、それでは困る。

 異変があったのは一月ほど前、髑髏大熊が倒されたのはその時だろう。

 それから今まで、多大な被害の報告は無い。

 現場の報告からも、被害を受けたのは勇者一人のみ。

 それも、手を出そうとした挙句というものだ。

 しかし、この一例のみを持って線引きとするのは難しい。


 どこまでが刺激となるのかが不明である以上、近づかないのが最良だ。

 だが、これらの事を説明して納得する魔狩人がどれだけいるだろうか?

 実際に調査に向かっている面々がさほどの被害もなく戻ってくるのを見れば、むしろ進んで向かう可能性が高い。


 一介の魔域調査班班長の手に余る問題だ。

 後は組合上層部に任せようと、組合長室へ急いだ。



―――



 勇者一行が戻って来た時の様子から、髑髏大熊退治に失敗したのだと魔狩人たちは思った。

 大口を叩いていた分居た堪れなかったのだろう、勇者たちは戻ったその日に都市を出た。

 しかし、髑髏大熊退治に便乗して後をつけていった魔狩人たちの様子がどうもおかしい。

 退治できなくても勇者たちが引きつけている間、安全に採取できるだろうという目論見だったはずだが、尋ねても言葉を濁して何も答えなかった。

 余程情けない負け方だったから勇者たちが脅して口止めしたのだろうとも思われたが、勇者たちが居なくなっても口を開かない。


 そんなある日、組合から通達が出された。


 髑髏大熊が既にいない事と新たな上級魔族の可能性、それに対抗する人員を要請した事、そして人員が集まるまで魔域中層以降への侵入を規制する事。


 魔狩人たちは非難を浴びせた。


 上級魔族が現れた場合、その危険度から他地方の魔狩人組合に救援要請をする事ができ、要請された方はできうる限り最高の人員を送らなければならない決まりがある。

 幸い他の地方で魔族が現れたという情報はない以上、集まるのは各々の地方の魔狩人筆頭集団。

 それだけの戦力が在れば上級魔族といえども討ち取る事は可能だろうが、それにはどうしても必要なものがある。

 時間だ。

 過度の贅沢をしなければ移動や宿泊に掛かる費用は要請した側が持つので最新の魔法駆動車を雇うのも可能だが、隣国の魔狩人組合からでも最低十日、一番遠い所ともなれば三ヶ月は下らない。

 その間獲物を奪い合っていろとでも言うのか、というのが彼らの主張だ。


 ここの魔域は近隣で一番大きく、資源や魔獣も豊富だ。

 危険は多いが、見返りも多い。

 必然的にそれらを狙って実力者が集まってくる。

 そんな彼らの一番の稼ぎ元が中級魔物。

 下級魔物と比べると、物にもよるが十倍は実入りが違う。

 浅い所にも居るがその数は少なく、行き易い狩場と人数を考えれば他の所に移った方がましだ。


 機を見るに敏な者たちは、護衛の依頼がないか探しに走った。

 十分な武装に各種魔法薬など狩りには金が掛かるので、魔狩人は貯蓄に縁遠い。

 その為、ここから離れようにも旅をするだけの金がなく、取りあえず旅立って足りない分は道中稼ごうとしても魔域は勇者たちが粗方潰してしまったのであまり期待は出来ない。

 その点、護衛ならば金ももらえて移動が出来、食事も付くだろうという魂胆だ。


 苦情や依頼探しで組合の窓口がかつてない混み合いを見せる。

 そんな中、混雑を尻目に組合の奥へと案内される者たちが居た。


「来るんじゃなかったよ、碌に稼ぐ間もなくこんな事になるなんてな。

 ん、なんだあれ?」


「あん?

 ……ああ、来たばっかだからわからねえか。

 聞いた事ぐらいはあんだろ、あれが騎士狩りと天雷だぜ」


「あれが?!」


 騎士狩りのエドイン。

 中級魔物でも上位の騎士鹿、全身鎧のような皮膚で覆われ馬上槍のような角を持つこの魔物を単独で下す猛者。


 天雷サージェ。

 魔狩人では珍しい魔導師育成機関――通称学院の出身者で、電撃を得意とする才女。


 この魔狩人組合筆頭群団、角の槍の団長と副長だ。

 その異名は近隣はおろか、他国にまで響き渡っている。


「へー、さすがに良いケツしてぎゃあ」


「……馬鹿が」


 宮廷魔導師にも成れる経歴を蹴って魔狩人をやってるサージェには噂があった。

 お偉いさんに尻撫でられて殴り倒したから、そっちの方で仕事できなくなったんだろうと。


 酒に託けて悪戯しようとし、撃退されたやつらが流したとも言われているが真相は定かではない。

 下ネタも含めしつこく言われ続けて、我慢の限界を超えたのだろう。

 狂乱の一夜と呼ばれるあの事件に進んで触れる者は居ない。

 それを反省して適度に解消するためか、それ以来そういう話題にされるのを聞くと雷を飛ばすようになった。


 振り向きもせず魔法を放ち、正確に命中させた相変わらずの腕前。

 同罪とされなかった事に胸を撫で下ろし、彼らが案内されている理由に思いを馳せる。


 そして思うのだ、自分は弱くてよかった、と。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ