03 勇者の思惑
身体強化に加速、索敵の魔法を皆にかけて魔域の森を駆け抜ける。
流石にこの大きさの魔域ともなると、今までのように一日で中心部までとはいかない。
しかし、瘴気も魔物も退ける魔法、聖域を使う事で寝床を確保し魔域を進んでいった。
聖域は特級に分類される魔法で、使い手が無く遺失したといわれていた。
それを使えるのは、この聖なる指輪の恩恵のためだ。
聖なる指輪――国に伝わる聖具であり、勇者の証。
魔王再来の気配をひたひたと感じつつ何も出来なくて苛立っていたあの頃、勇者召喚の準備が進められていると耳にした。
自分たちで対処できないから丸投げするのかという憤りから立てた一つの計画。
聖具の国の王、その初代は勇者だ。
ならば、自分にも勇者の素質はあるはず。
聖具は自ら持ち主を選ぶという。
ならば、召喚された者よりも先に選ばれれば良い。
勇者召喚の儀式が始まったのを見計らい、封印されている聖具の間へと向かった。
自分たちが辿り着いた時、ちょうど聖具の間が開いたのは神の思し召しであろう。
そこにあった聖なる指輪を手に取り身に付けると、そこから知識が流れ込んできた。
すぐさま父上に報告に行くと、どのような力を身に付けたのか聞いてきた。
特級までの魔法の知識の獲得、それも上級までなら詠唱無しで、特級でも短縮詠唱で使用可能になった事。
また、聖なる指輪は優れた魔法具でもあり、魔法行使する際、周囲の魔力を集めてそれに当てるため無制限に魔法が使える事。
それらの事を告げると、父上は私を大いに褒め、勇者として披露して下さった。
勇者の称号の次は経験と実績作り。
我が国から最も近い上級魔物がいる魔域が、グレンナハトに隣接しているここだ。
その為に、この様な辺鄙な場所までやってきた。
ついでとばかりに、道すがら魔域から民衆を解放して来たが容易いものだった。
あの程度に怯えて暮らすとは民衆はか弱いものだな。
下級と中級の魔物にはそれほど差は無かった。
上級も高が知れてる。
ここも早々に解放して、我が英雄録の一頁としてくれよう。
そう思いながら進んでいるが、思いとは裏腹に一向に見つからない。
下級や中級は索敵にかかっていたのだが、それも先ほどから見かけなくなった。
一旦立ち止まり、考え込む。
「……魔域を突き抜けてしまったかな?
存外に小さな所だ」
「いえ、お言葉ですがそれは無いかと存じます」
我の言に異を唱えたのはグレンドル侯爵家次男フェリス、我らの参謀役をしている知者だ。
「瘴気濃度も上がっておりますし、順当に魔域の中心部へと向かっております」
「では何故いないのだ、髑髏大熊は!」
「こっちを恐れて逃げてるんじゃないっすか?」
冷静な言葉に苛立ちを募らせると、口を挟んできたのがハングー公爵家三男チムカ。
「ほら、動物って危機に敏感とか言うじゃん」
「……ふむ、一理あるな」
「もしかして探す気ですか?
流石に四人でこの広さの所は無謀ですよ?」
最後の一人、オルクスタ伯爵家長男セルクトがそう言うと残りの二人もこちらを見てきた。
「……いや、魔域の中心部へ向かうとしよう。
浄化すれば諸共死滅する」
魔物は瘴気が無くては生きられないと言われている。
実際、魔域を消滅させた際、直接退治していない魔物たちも死滅した。
「直接倒せないのは残念だが、自らを満足させるよりも魔域から民衆を解放する事こそが重要だ」
「流石です、王子。
人の上に立つ者としての見識を持ってらっしゃる」
「うむ、では進もう」
「「はい!」」
黙々と進んでいくと、鬱蒼としている木々の先が明るくなっているのが見えた。
フェリスに目をやると頭を振る。
魔域の出口ではないようだ。
考えてみれば、髑髏大熊の為にこの辺りまでこの魔域の調査は及んでいない。
地図は以前の勇者たちが居た百年前の物を元に改良がされているが、判らない場所の情報は古いままだ。
もしかしたら、その先は森でなくなっているのかも知れない。
地割れなどの可能性も考え、速度を緩める。
境目を抜けると、薄暗さに慣れた目が一瞬眩む。
明るさに慣れた目に映ったのは、広場だった。
「……フェリス」
丸く青い空が広がっている空間、整地された地面に整然と植えられた植物たち。
「いえ、たしかにここは魔域の中です、それも中心部近くの。
瘴度計もそれを示しています」
そして、その只中に丸太で組まれた小屋が一つ。
「だが、なんだアレは!」
どこからどう見ても、誰か住んでいるようにしか見えない。
しかし、魔域のそれも中心部近くという瘴気の中で暮らしていける人間がいるはずは無い。
聖域のように何らかの魔法を使えば可能かもしれないが、魔法探知をしてみても痕跡すら感じられない。
「……もしかしたら、魔族かもしれません。
人間が元になった魔物だと聞きます。
であるとすれば、住処としてこの様な場所を造るかもしれません」
「……そうか、魔族か」
魔族、人間が元になった魔物。
その為、人間と同じく魔法を使う。
策敵には引っかからないが、今居ないのではなく対抗魔法で妨害しているのかもしれない。
髑髏大熊に出会わなかったのは、ここに住まう魔族が争い、その縄張りを奪い取ったからだろう。
ということは髑髏大熊以上の上級魔族、実質特級魔物に値しよう。
「ふははははっ、我は運がいい、その様なものに出会えるとは!
ならば、その魔族を退治してこそ勇者というものだな!」
そう言い放ち意識を集中する。
指輪のお蔭で無制限に使えるといっても、流石に特級魔法ともなれば扱う魔力の量は膨大だ。
一瞬では集まらない。
指輪が明るく輝き、必要な魔力が集まった事を示した。
隠れているのか居ないのか、どちらでも構わない。
居なくても、拠点を潰す意味はある。
「喰らえ、極炎ごぶぎゅっ!!」
そして、意識を失った。
―――
何が起きたのかわからなかった。
強力な魔法を放とうとしている王子から距離を置いて見ていた所、一陣の突風が駆け抜けた。
その直前に王子が仰け反ったように見えたが、風が治まった後には姿なく目線を移すと薙ぎ倒された木々の先に王子の姿があった。
「王子!?」
動く様子はない。
今のはおそらく風の魔法。
それも、指輪で強化されている身体強化の防御を貫いた事から上級以上と思われる。
「……皆さん、退却しますよ!」
魔力反応もなくそれだけの魔法を使うとは、聖なる指輪を装備している今の王子と同等に近い。
そして、経験では確実に上の相手。
勝ち目はない。
「おうよ」
「あっ、はい」
呆然となっていた仲間も気付き、遁走にかかった。
途中で王子を拾い、更に速度を上げる。
王子が気絶したため、いつ魔法が切れるかわからない。
効果がある内に出来るだけ遠くまで離れようと、一所懸命足を動かす。
ある程度まで距離を開いた頃、魔法の効果が薄れてきた。
まだ髑髏大熊の縄張りの範疇だが、髑髏大熊は既にあの場所に居た何かに倒されているだろう。
そうでなければ、あの場所があそこまできれいに存在しているはずが無い。
その為、中級や下級の魔物に襲われ心配が無く、むしろ安全地帯と化している。
ちょど良いからと足を止め、一息を付く。
王子の顔は無残にも潰れていたが、まだ息はある。
セルクトと共に治癒魔法をかけ続けると、魔力が切れかける頃漸く意識を取り戻した。
「王子、大丈夫でしょうか?」
「我?
…………!!」
ガバッと王子が身を起こしたが、それを妨げる。
「お待ちください、王子。
どこへ行かれるおつもりですか?」
「決まっている!
今度こそあの魔族を叩きのめしてくれる」
「王子、それはなりません」
「何故だ?!
このままでは、我は逃げ帰った事になってしまう!」
「ですが、今戻ってもまた……」
「……くっ!!」
鼻息荒くしているが、自分でもわかっているのだろう。
実力の差は歴然。
生き延びたのは奇跡とも思える。
そんな所にまた向かうなど、自殺に等しい。
「……だが、不可能を可能にしてこそ勇者ではないのか?」
「ええ。
ですが、それは今ではございません。
そもそも、王子が聖なる指輪を手にしてから幾許も経っておりません。
あのようなものを相手にするには、未だ経験が足りていないと思われます。
その為、まず経験を積んでから再戦を挑むのがよろしいかと」
「……それまで我に汚名を着ていろという事か?」
「はい。
明日の勝利の為、今はどうか耐えていただきたく存じます。
かつての勇者たちも、幾度も戦いを繰り返し、時には逃げ延びて再起を図り、遂には魔王を倒せるまでに成長いたしました。
王子も、今回の件を明日の糧にしてくださるようお願い申し上げます」
「……では、魔域の浄化だけでも!」
「なりません。
あの場所に近すぎます」
「ぐっ!!
…………では、すぐさま町に戻ろう。
経験を積まねばならん」
「はい。
それでは参りましょう」
何とか説き伏せられた。
王子の強化は何より必要だ、自分の為に。
そもそも思慮が浅い第一王子はお荷物扱い。
王は第一王子を可愛がっているが、有力貴族は第二王子と第三王子にそれぞれ分かれて付き、派閥争いを繰り返している。
我が家の長兄も第二王子についており、私は万が一の為にこうして第一王子に付いている。
だが、それはそう簡単には覆されないだろう、よほどな功績がなければ。
勇者召喚の話を聞き、これだと思い王子を唆して上手く聖なる指輪を手に入れさせた。
後は名声を得るのみだ。
第一王子が王になれば、私はその側近。
あの長兄の鼻をあかせれる。
第一歩で躓きかけたが、何とか耐えた。
だが、流石に焦り過ぎたようだ。
次の場所はもう少し易しい場所を選らばなければ。