02 衛兵の独白
魔狩人。
それは瘴気に侵食されて変質した様々なもの――魔物を獲物とする狩人たちの事だ。
魔物は利用価値があり、それから取れる素材は高値で取引されるため、一攫千金を夢見て成る者が多い。
しかし、魔物の量や個々人の実力などから魔物を狩り続けるだけで生活できる例は少ない。
その為、傭兵など他の仕事もして糊口をしのいでる者も多く、そういう仕事の斡旋や円滑な魔物素材の売買の場として魔狩人組合が存在しており、多くの魔狩人がここに登録している。
ここ最近は瘴気の量が増え、魔物の動向が活発になり、数も非常に多くなったため、本業に専念できるようになったが、その一方で副業の人員が足りないと組合は頭を悩ませている。
この急激な瘴気の増加は魔王誕生の前兆だと噂され、聖具の国では勇者召喚の準備が進められているという話も出ている。
聖具の国とは、古の時代に魔王による脅威にさらされた際、神々から魔王に対抗する聖なる武器や防具などを授けられた者たちが造った国々だ。
ともあれ、色々な地域が魔物素材による空前の好景気に沸き立っている。
ここはそんな中の一つ、城塞都市グレンナハト。
かつては聖具の国の一つ、鎚の国の王都だった。
この地の東側に広がる森の中に魔域が存在する。
魔域とは瘴気が発生する地点を中心とした瘴気濃度の高い土地の事であり、その周辺は瘴気が流れてくる事もあって他の地域に比べ魔物の被害が大きくなる。
魔王も魔域で誕生するので、普通はその側に王都など置こうとは思わない。
しかし、勇猛果敢で知られたこの国は、むしろ魔王なんぞ見つけ次第叩き潰しくれるという気概でもってこの地に要塞の如き王都を築いた。
その思いが天に通じたのか、この魔域で魔王が誕生し、聖なる鎚を携えた勇者が数千の騎士団と共に意気揚々と魔王撃滅に向かった。
そして、魔族が襲来した。
魔族とは人間から生じる魔物の事だ。
魔物化したことで高い身体能力、魔力に加え、元が人間であるため知能を持ち、自分より下位の魔物を統率できる事が多いため脅威度は通常の魔物よりも高い。
それが集団で襲ってきたのだ。
面影からソレらが勇者たちの成れの果てだと知れた。
都は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれた。
瘴気に侵食されても即座に魔物化する訳ではない。
魔狩人が魔域を行き来しているのがその証拠だ。
その上、神殿で手に入るお守りなどである程度防ぐことも出来る。
無論、瘴気対策を万全にした上で彼らは出陣した。
特に聖具の瘴気を退ける威力は、神殿で手に入るものの比ではない。
しかし、その聖具すらも瘴気に侵され、逆に瘴気を放つ邪具と成り果てていた。
普通ならありえない事だった。
そのありえない事を引き起こした魔王の恐ろしさに遅まきながら気付くと、王を始め国の上層部は皆、都の混乱を尻目に逃亡した。
そうして取り残された者たちを纏め、生き延びさせたのが当時、この地の魔狩人筆頭に率いられた魔狩人集団。
その後、元勇者は魔王と共に他の聖具の勇者に退治されたが、平和になっても上層部は戻って来ず、そのまま他の地へと名前ごと都を遷した。
その際、住民たちの強い希望によりこの地は鎚の国から独立、魔狩人筆頭の名前を都市名に掲げた。
その様な経緯から、ここは魔狩人の一大拠点となっている。
他の地では胡散臭い山師的に扱われることもあるが、ここではそういう事は無い。
碌でもない者は碌でもないとされるが、基本英雄候補扱いで、子供たちの憧れの的だ。
そんなこの地に異変が起きたのは一月ほど前のこと。
突如として起きた地鳴りと異音、それは魔域の方から響いて来ていた。
それは断続的に続き、始まりの時と同じく唐突に終わった。
魔域を監視していた者たちからは、土埃のような物が舞ったとの報告もあるが詳細は不明。
瘴気は薄く霞みがかって見えるので、近くならともかく遠くを見通すのは難しいからだ。
なにかの――例えば魔王誕生の前兆ではないかと危惧した魔狩人組合上層部は、魔域調査班の増員し警戒を強化した。
しかし、未だ原因究明には至っていない。
それを阻む巨大な障害があるのだ。
髑髏大熊。
上級に分類される魔物で、この魔域の主と目されている。
魔物の分類は最下級から始まって、下級、中級、上級、特級、超級まである。
超級とは魔王の事を指す。
特級は上級の種族の中でも特に強力な個体が分類されるのだが、今は確認されていない。
というか確認のしようがない。
上級と戦って生き延び、比較できるような猛者が居ないからだ。
ともあれ、髑髏大熊は現存する魔物の頂点の一角と言ってもいい。
いつの頃から居るのか不明だが、かつて退治された魔王の骸から生じたと噂されているほど古くから存在している。
視認された場所はちょうどこいつの縄張りの中。
そこを調査しようとすれば、当然戦いとなる。
組合の力を結集すれば討ち取れなくは無いが被害は甚大、下手をしなくとも組合存亡の危機となる。
かといって魔王誕生の前兆と思しきものを放ってはおけない。
その先を調べるかどうか、日夜組合の上層部が協議を続けてはいるが答えはまだ出ていない。
その間ずっと、魔域調査班は急遽増員された者も含め、そこ以外に何か変調は無いか調べ続けさせられている。
つまり、一番怪しい所は調べられないので、二番目に怪しい所は無いかと言う事らしい。
何を調べるかすら判らないのに、それを行う意味はあるのか。
「……そう思わねえ?」
「……無駄口叩いてないで、集中しろ。
一瞬の気のゆるみが生死を分けるんだぞ」
「そもそも衛兵の俺等が、こういう事やってるのもどうかと思うわけよ」
この都市の成り立ち上、都市上層部と組合上層部は繋がりが深い。
その関係で、魔域調査の増員として徴収されたのが都市兵の面々だ。
魔狩人になる者は大抵瘴気に耐性を持っているが、都市兵がそうだとは限らない。
一応、神殿からお守りが支給されては居るが、一々都市に戻っては時間の無駄だからと、一時的に瘴気を祓った魔域内部の仮拠点で寝起きをさせられている身としては甚だ心もとない。
その上、髑髏大熊を刺激しては面倒だからと魔物除けの香は最小限度に抑えられているため、時たま夜中に襲撃があり、気の休まる暇が無い。
「もうあいつらに任せればいいじゃん」
「つべこべ言ってないで……来るぞ」
「へいへいっと」
殺到してくる気配を感じ注意を促す相方に軽く返事をして武器を構える。
欲求不満の良い捌け口が来たようだ。
―――
現れた森狼の群れを片付け、すぐさま調査に戻る。
森狼自体は下級魔物だが、十頭を超える群れともなると中級に分類される。
それを短時間で片付けるとは、相変わらず見事な腕前だ。
普段はめんどくさいだの、だりいだのと勤務態度は最低なのだが、実力だけは文句のつけようが無い。
そういう彼の相方をしている自分は衛兵隊の隊長であったりする。
「俺らじゃあいつの面倒見きれないっス。
こっちの方は俺らがやりますんで、あいつの事お願いするっス」
そう副官を始め、部下たちに言われて魔域調査班の方へと加わった。
彼の言う事にも一理ある。
実の所、大筋ではその方向で決まっている。
あいつら――力試しにと髑髏大熊を狩りにこの都市へ来た指輪の勇者一行。
上層部は引き止めたが、それは政治的な判断によるものだ。
何せ勇者は指輪の国の王子、送り出して万が一があっては大問題。
こちらの制止を振り切ってという姿勢が必要との事だ。
だが、彼らに任せるに当って一つ大きな問題があった。
それは彼らのこれまでの行動に由来する。
彼らは、この都市にたどり着くまで力試しにと道中にある小さな魔域を巡って来ていた。
そこまではいいが、問題はその後、魔物退治のついでにとその魔域を浄化してきたのだ。
この辺りの様に大きな魔域ならばともかく、小さい魔域ならば祓う事で簡単に消すことができる。
だが、魔域は祓って終わりというものではない。
魔域を祓うというのは水の流れを堰き止めるようなもの。
次に何処で噴き出すか判らず、下手すれば寄り合わさってより大きな魔域が生まれる可能性すらある。
この所為で突如として魔域に沈んだ町は数知れない。
浄化された魔域と次に発生する魔域の場所になんら関連性は無く、例え他国で行われた事だとしてもその危険度に差が無い事から、国家間の取り決めで魔域の浄化は制限されている。
その為、髑髏大熊を倒してそこで終わりとなるかが懸念されている。
聖具をもってすれば、これだけの大きな魔域ですら祓いきれるだろう。
そうしたら何が起こるか。
魔王の樹界、そう呼ばれる巨大な魔域がある。
実際にそこで魔王が誕生した例は無いが、通常の魔域なら中級が居るような区域から上級が出没する上、魔域の広さは段違いなため、奥地には特級の種族どころか超級の種族すら居るのではないかと言われており、その事から魔王の樹界と呼ばれている。
かの地には、かつて聖具の国の一つ、衣の国があった。
魔王が現れる兆候もなく平和を謳歌していた頃、その国は魔物の被害を憂い、魔域撲滅を宣言すると次々と自国の魔域を浄化し続けた。
そして、全ての魔域を消し去った明くる日、衣の国全土が魔域に呑まれた。
あまりに多く片付けたので決壊したのではとささやかれ、魔域浄化の危険性を各国理解し、魔域浄化制限取り決めのきっかけとなった。
先の幾つかに加えここまで浄化されれば、魔王の樹界とまではいかなくとも大きな魔域が生じる可能性が高く、絶対に防がなければならない。
その為、彼らに任せるに当って魔域調査班に指令が下った。
それは、魔域で彼らを見かけたら至急調査本部へ報せる事。
その為に貴重な魔法具が支給されている。
そして後をつけ、魔域を浄化しようとしたならば直ちに阻止する事。
曲がりなりにも相手は勇者、実力行使は無謀だ。
しかし、幸いにもと言ってはアレだが、頭は軽いらしい。
言い包めれば何とかなるだろうと言うのが大方の予想だ。
指令は一般兵にまで通達済み、しかも勇者一行の出発も確認され、彼らに対する警戒強化も指示されている。
そうなのにこうぶつくさ言うとは、こいつはまた聞いてなかったのだろう。
そう思っていると懐に入れておいた魔法具から軽い衝撃が伝わった。
伝双子と呼ばれるこの魔法具は、特定の二つの間で音や衝撃を伝える事ができる代物だ。
片方が調査本部にあり、そこで情報を集約、また伝双子の位置を示す魔法具表地板も置いてあり、それらを組み合わせて実働班に向かうべき地点を伝えるようになっている。
伝双子を取り出すと淡く輝いていた。
こつこつと叩くと声が返って来る。
「一行を確認、そこから東南東へ向かってください」
「了解しました。
……行くぞ」
光の消えた伝双子を懐にしまい、明らかにやる気の無い相方に声をかける。
勇者一行に近づくという事は髑髏大熊に近づくのと同じ事であるし、戦いに巻き込まれては洒落にはならない。
だが、近づかない事には役目を果たせない。
もう一度促すと、渋々返事をした。
「へいへい」
「返事は一回!」
「へーい」