13 模範的狩人の心労
上位陣の一人、ゼン。
ありとあらゆる装備、ありとあらゆる知識、ありとあらゆる技術に通じ、円グラフで表したら真球となるような彼は、今でも初心者講習系統のクエストを受注し、その教え方は定評がある。
そうした事から付けられたのが模範的狩人という二つ名。
だが、昔からよく知る古参勢はそれとは別の二つ名を付けていた。
―――
勇者の召喚は魔王がいなければ成功しないと言われている。
他国で勇者が確認されたという話を聞き、昨今の異変を魔王が現れた事によるものだと国の上層部は認定した。
それからは素早いもので、自国にも勇者をと直ちに準備を整え速やかに召喚が行われた。
勇者はこことは違う世界から呼ばれているという。
勇者ばかりいる世界とはどういうものか想像つかないが、ともかく召喚された時には当然こちらの事情を全く知らない。
だから召喚された彼が閉口一番、「この辺りで何か起きていませんか?」と言った時には皆が驚いたものだ。
ともあれ、こうしてこの弓の国にも勇者が誕生した。
勇者がまず初めにしたのは、戦力の強化。
国の戦士を集めて、戦い方の指導を始めた。
最初は皆、難色を示していた。
召喚された勇者で戦い方を知る者は稀だと言われていたからだ。
だが、皆すぐに意見を翻した。
勇者曰く、欠点を直し長所を伸ばす方法を教えただけとの事だが、その指導によって戦士たちは格段に強くなった。
そして、その日が来た。
勇者は予見していたのだろう。
その為に、戦力の強化を急いだのだろう。
その日、魔王の樹界から魔物が湧き出した。
―――
「……もう一度言ってくれないか?」
「……はい。
魔王の樹界から数え切れないほどの魔物が現れました。
現れた魔物により国境付近の町村は壊滅、魔物の一部は進行方向にあった魔域へと入りましたが、残りは依然として国土を蹂躙しております。
他国でも同様の現象が起こり、被害が出ている模様です」
「……上級魔物は?」
「確認されておりません」
「そうか」
樹界からは時折鳴動が響いてくる。
森の奥で魔物が縄張り争いしているのだろうと言われ、魔王の寝息と呼ばれるそれが、最近頓に増えてきた。
魔物の活発化が更に進んだのではないか。
魔王の樹界は比較的浅い層に上級魔物がいる。
樹界近辺では魔域外でも中級魔物を見かける昨今、上級魔物が出てきては一大事だ。
そう思いと見張を強化した矢先にこの出来事だ。
瘴気から離れては魔物は長く生きられない。
下級以上のは遠からず死滅するだろうが、それまでにどれだけの被害が出る事か。
そもそも、今回のこの現象はなんなのか。
他国でも起きてる事から統一的な意思を感じる。
魔族か。
だが、ただの魔族にしては大規模だ。
他国で上級魔族が確認されたらしいという話もあるが……。
ともかく、魔狩人組合に討伐要請を出し、戦士たちを召集して事に当たらなければ。
原因究明は、彼に任そう。
「……勇者ゼン殿をここへ」
「はい、ただちに」
しばらくすると伝令は戻ってきた。
聖なる弓を携えて。
「ゆ、勇者様が出奔なさいました!!」
「なんだと!!」
「部屋へ向った所、聖なる弓と共に置手紙がございました!」
「渡せ!!」
『個人的事情により魔王の樹界へと向います。
聖なる弓は置いていきます、この国に必要でしょうから。
短い間でしたが、お世話になりました。
ゼン』
「……武器を持たず死にに行くつもりか?!
勇者殿を探せ!!」
「……お待ちください、族長。
今、人手を割けばそれだけ多くの民の命が危険にさらされてしまいます。
聖なる弓を置いて行かれた勇者様のお気持ちをお考えください」
「くっ……わかった。
だが、一旦治まったら勇者殿の足取りを追え!」
「はっ!」
―――
「……またか」
ざわざわとしたこの感じ、またあいつが傍迷惑な事を仕出かしている。
それも現実じゃなくゲーム内で。
探しに行って説教しないと。
どの辺りに居るかな。
「……あれ?」
居そうな場所を思い浮かべてみたが、今一つピンと来ない。
HANTだと思ったが、別ゲームなのか?
だがHANTに居る気がする。
でも微妙に違うような……。
「……とりあえず一通り見回るか」
行く準備を整えていると突然光に包まれた。
光が晴れると見知らぬ場所、しかしさっきよりもあいつに近づいた感じがした。
思わず異変が無いか尋ねたが、返ってきた答えにはピンと来るものはなかった。
だが、ここが巻き込まれている感じはした。
戦闘になる予感、見過ごすのも寝目覚めが悪いので、少し教えていく事にした。
必要そうな分教え込んだ頃、慌しい雰囲気に包まれた。
盗み聞いてすぐに分かった。
あいつが原因だ。
手紙と借り物を置いて、すぐに出立した。
出来るだけ急いで、かつ静かに。
下手をすると異変の一つに数えられて、混乱させてしまうかもしれない。
……陸路は却下だな。
その日、魔王の樹界に流星が落ちたが、昼中の事で魔物騒ぎと相まって気づく者は居なかった。
―――
最初単にリア充爆発しろと思っていたが、その内色々と気づいた。
暴走する重機もしくは本能で行動する野獣のような相方と、それのサポートなどに奔走する彼。
今でも講習系クエストを受けてるのは、単に踏み潰されない様に前以って手を打っているだけに過ぎないのだ、と古参勢は理解していた。
故に彼をこう名付けた、猛獣使われと。